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真面目に合同で章(スプリング&ソフィア編)11 赤く染まる月2

ガイアスの世界


鉄拳アイアンフィスト


 拳を使う戦闘職、拳士や拳闘士が良く使う武器ということまでは打撃用手甲バトルガントレットと同じだが、鉄拳アイアンフィストは攻撃特化、打撃用手甲バトルガントレットは防御特化というように大きな違いがある。

 打撃用手甲バトルガントレットは元々防具の延長上に作られた武器である為に防御を得意とし剣や槍などが入り混じる戦などで多用される。

 それに対し鉄拳アイアンフィストは元々同じ得物、拳を振う相手と対峙した時に使われる武器で、防御のことは一切考えられていないのだ。それ故に鉄拳アイアンフィストを持つ者は相手の攻撃を避ける技術を必要とするが、相手に与えるダメージは打撃用手甲バトルガントレットより遥かに高い。

 ちなみに自我を持つ伝説の武器ポーンが、所有者の転職ジョブチェンジと共にその形を鉄拳アイアンフィストでは無く打撃用手甲バトルガントレットに変えたのは、自分の所有者の身を守りたいという想いからくるものではないだろうか。



 真面目に合同で章(スプリング&ソフィア編)11 赤く染まる月2





夜歩者ナイトウォーカーぁぁぁ!」


 赤く染まる月の光が照らすガウルドの町でソフィアの叫びが響き渡る。その叫びと共にソフィアは手に持った細身の剣を前に出しながら、自分の目の前に立つ何処か怪しげな雰囲気を持つ美女、夜歩者ナイトウォーカーに突進していく。


「……単純……」


ボソリと自分の下へ向かって来るソフィアにそう呟いた夜歩者ナイトウォーカーは、屋根の上だというのに一切足元をふらつかせる事無く可憐にソフィアの攻撃を避けた。


「う、うわッ!」


突進を避けられそのまま屋根から落ちそうになるソフィア。


「馬鹿ッ!」


それを下で見ていたスプリングは、正気を失った男達の攻撃を避けながら落ちそうになるソフィアに叫んだ。


「……無様……」


今にも落ちそうなソフィアの背後に立つ夜歩者ナイトウォーカーは、冷笑を浮かべるといつでもソフィアの背を貫くことができるぞという具合に手に持った剣を構えた。


「死になさい、人間」


鋭く放たれる夜歩者ナイトウォーカーの剣による突き。


「ッ!」


だがその突きはソフィアの背を捉えること無く鋭い風切音を放つだけであった。


「元盗賊を舐めるな、この化物がッ!」


 赤く染まる月を背景にソフィアの体が宙を舞う。ソフィアが屋根の上でふら付いたのは夜歩者ナイトウォーカーを油断させるための芝居であった。少し前まで闇夜を駆け巡り時には足場の不安定な場所から目的の品を盗み出す盗賊という外道職とも呼ばれる戦闘職に就いていたソフィアにとって、屋根の上でのアクロバットな動きなどは朝飯前と言える程簡単なものであった。

 夜歩者ナイトウォーカーの鋭い突きを跳躍の高い後方宙返りで躱したソフィアは、そのまま背後に着地すると、一切硬直も無く夜歩者ナイトウォーカーの背を切りつけた。

 赤き月と同じ色をした血しぶきが夜歩者ナイトウォーカーの背から噴き出す。


「ふっ……」


しかしその傷の見た目に反して夜歩者ナイトウォーカーは痛がりも叫びもせずただ軽く笑みを浮かべる。


「……」


攻撃が当たり優位に立ったというのにも関わらずソフィアからは一切の余裕が感じられない。それどころか追い詰めているはずのソフィアが追い詰められているようなそんな厳しく歪む表情を浮かべる。


「以前あの場で泣くことしか出来なかったあなたが、私に一撃入れたことを素直に褒めることにしましょう……ですがもうこれ以上の奇跡はあなたには起きません……なぜなら……」


そう言ってソフィアに振り返る夜歩者ナイトウォーカー。その背にソフィアが切りつけた傷は既に無い。夜歩者ナイトウォーカーが持つ驚異的な自己治癒能力であった。


「ヒィ!」


振り向いた夜歩者ナイトウォーカーを見て思わず小さな悲鳴を漏らすソフィア。


「今宵の月は……我々を祝福するのですから……」


夜歩者ナイトウォーカーが言うように、赤く染まった月が何らかの影響をもたらしているのか、夜歩者ナイトウォーカーの周囲に漂い始める血の色をした赤いオーラ。先程までとは明らかに違う雰囲気を纏う夜歩者ナイトウォーカーは、狂気に満ちた笑みをソフィアに向ける。


「……ッ!」


突然、夜歩者ナイトウォーカーの体が揺れたかと思えば短い風切り音の後にソフィアの左肩に衝撃が走った。


「がぁあああ……ぐぅ!」


 夜歩者ナイトウォーカーが持っていたはずの剣が手には無く、その剣はソフィアの肩に刺さっていた。痛みで苦悶に歪むソフィアの顔。膝をつき痛みに耐えながら刺さった夜歩者ナイトウォーカーの剣を抜こうとする。


「大丈夫ですか? 私が抜いてあげましょう」


いつの間にかソフィアのすぐそばに立つ夜歩者ナイトウォーカーは、そう言いながら苦悶の表情に歪むソフィアの左肩に刺さった自分の剣を握る。


「あああああああああ!」


すると悪戯に上下させながら何のためらいもなく剣を引き抜く夜歩者ナイトウォーカー


剣に纏わりつくソフィアの血が、左肩から抜かれた拍子に宙を舞う。その血しぶきを恍惚の表情で眺める夜歩者ナイトウォーカーは、そのまま剣を自分の顔に近づけた。


「所詮お前達人間は、我々の家畜でしかない……お前達がどう足掻こうと無駄だ……」


 美しい口元から下を伸ばした夜歩者ナイトウォーカーはそのままソフィアの血が付いた自分の剣を淫靡に舐めとる。


「……くぅぅぅぅ」


熱を発し疼く左肩の痛みに耐えながらその原因を作った夜歩者ナイトウォーカーを激しく睨みつけるソフィア。


「ソフィア! もういいここから離れろッ!」


最初に止めておくべきだったと後悔するスプリングは、危機的状況にあるソフィアに撤退の指示を出す。

 しかし当の本人は戦意を喪失しておらず、手に持つ細身の剣を再度目の前の夜歩者ナイトウォーカーに向ける。


「ソフィア!」


「五月蠅い黙って! 私は超えなきゃならないの……この恐怖を……スプリングの背で守られてばかりな状況を!」


 今までの自分の不甲斐無さに終止符を討つ為、目の前の恐怖に立ち向かう為の強さを手に入れる為、そしてスプリングの背に守られる存在では無く、横に立つ存在になる為にソフィアは肩に走る痛みに耐え立ち上がり自分よりも背の高い夜歩者ナイトウォーカーを見上げながら威圧するような睨みを向ける。

 だがそれは無謀という言葉でしかない。今ソフィアが睨みつける相手は、ガウルドの地下に存在する、ならず者の町ギンドレッドを支配する闇王国ダークキングダムの団長の側近にして数百年前に人々を絶望と苦しみに落とした『闇』の力を持つ存在、夜歩者ナイトウォーカー。ソフィアが現在持つどんな攻撃手段をもってしても目の前の化物を倒すことは不可能であった。

 そうソフィアが持つ力だけならば。


「……いくら叫んでもあなたは泣くことしか出来ない哀れな少女……涙で頬を濡らしながら死んでいきなさい」


そう言いながら夜歩者ナイトウォーカーは手負いのソフィアに近づきトドメを刺そうと手に持った剣をゆっくりとソフィアの体に近づけていく。次の瞬間、ゆっくりと肉が貫かれる音がソフィアと夜歩者ナイトウォーカーの間に響く。


「……ガハッ……」


だが驚きの表情を浮かべながら吐血したのはソフィアを剣で突き刺そうとした夜歩者ナイトウォーカーの方であった。


「はあはぁはぁ……」


肩で息をしながらソフィアは夜歩者ナイトウォーカーの剣を左腕に装備していた手甲ガントレットで弾き右手に持った細身の剣を夜歩者ナイトウォーカーに突き刺していた。夜歩者ナイトウォーカーの腹部に突き刺した細身の剣を抉るようにグルグルと回すソフィア。


「さっきのお返し……さぁ……続きをしましょう……」


そこには夜歩者ナイトウォーカーに負けない程に狂気に満ちたソフィアの笑みがあった。



― ガウルド 旧戦死者墓地入口 ―


「状況報告、すでに闇王国ダークキングダムの団員達の役三割が町に侵入している模様!」


「報告ご苦労、町に侵入した団員達は一般兵と冒険者、戦闘職に任せ、我々は一刻も早く奴らの頭を落とす!」


純白の全身防具フルアーマーを纏った騎士の報告に耳を向けていた同じく純白の全身防具フルアーマーを纏った女騎士インベルラは周囲に立つ百人程の騎士や聖職者プリーストたちにそう叫んだ。


「「「「「オオオオオオオッ!」」」」」


 インベルラの叫びに呼応する騎士や聖職者プリースト達。彼らが纏う全身防具フルアーマーや僧衣はやはり純白に統一されていた。この集団の正体はヒトクイ王直属の特別部隊、聖撃パラディン部隊と呼ばれる『闇』を駆逐する為だけに特化した部隊であった。

 数百年前に起った人間と『闇』の戦争を教訓に王ヒラキは『闇』に対抗出来うる才を持つ者達を集めると育成に力を入れた。

 王ヒラキの完璧なバックアップを受けた聖撃パラディン部隊は現在、その七割が騎士の最上位の一つである、聖騎士パラディン、後の二割が聖職者プリーストの最上位である上位聖職者ハイプリースト、そして最後の一割が上級魔法使いという『闇』に対して特化した部隊になっていた。

 だがインベルラ達はあくまで『闇』に対しての対抗手段としてその活動は極秘とされ王ヒラキと僅かな側近たちしかその存在は知らず彼女達の正体を知る者は少ない。

 聖撃パラディン部隊の主な活動は、ヒトクイ各地で暴れる『闇』の存在の駆逐。普段は部隊を複数に分けて活動しており、ヒトクイの各地を飛び回っていた。

 だが現在、聖撃パラディン部隊全ての者達が戦死者墓地の入口に集結し、その入口から出てこようする生気を失った男達と交戦状態に入っていた。


「インベルラ隊長……どうやら彼らはすでに『闇』の者達に精神を犯されているようです」


インベルラの横に素早く姿を現した男は、目の前で交戦する生気を失った男達の状態をインベルラに告げた。


「……ノ—マット、元々ここにいる輩は盗賊共だ、一人残らず命を削りとって構わない」


自分の下へ報告に来た聖撃パラディン部隊、副隊長ノ—マット=イフノックに『闇』に堕ちた者達を容赦なく殺せと鋭い眼光で命じるインベルラ。


「ハッ!」


その命令に顔色一つ変えず返事をしたノ—マットはすぐさま部隊の者達に指示を飛ばしていく。

 その名こそ『聖』を謳う部隊ではあるが、そこに一切の慈悲は無く活動内容は黒いものが多い。『闇』の存在によって意識を奪われ『闇』に堕ちた人間達は、容赦なく殺す。それが例え子供であろうと他の者達に被害を与えない為に容赦なくというのが聖撃パラディン部隊の本分であり本質であった。

 その行動から国内国外からの反発は絶対でありそれを防ぐ為に聖撃パラディン隊の存在は、王ヒラキと僅かな側近にしか知られておらず他の者達には秘匿とされているのであった。

 僅かに『闇』に意識を奪われ正気を失った男達を町へ排出してしまったものの数からすれば国の兵士でもどうにか出来る数であり現状は、これ以上旧戦死者墓地から出てくる『闇』に意識を奪われ正気を失った者達を流失させないようにするというのが第一の目的であった。

 だがインベルラ達にとってこれは前哨戦でしかない。彼女達、聖撃パラディン隊の本来の目的は、旧戦死者墓地に住みついた『闇』の存在の討伐にあった。


「前進、前進しろ!」


ノ—マットの指示により大槍と大盾を持った聖騎士パラディンがジリジリと前進を開始する。正気を失った男達は聖騎士パラディンの重厚な前進にまるで巨大な壁に押し潰されるようにして排除されてていく。


「……まだ……現れないか……」



 前進を続ける大槍と大盾を持つ聖騎士パラディンの後を追いながらインベルラは周囲を見渡し目的の『闇』の気配を探る。だが正気を失い『闇』へと堕ちた人間の気配は山ほど感じるが、一向にその目的の人物の気配は感じ取れない。


「現れない? 一体誰を探しているんだい?」


それは突然だった。



「なっ?」


思わず声がする方に振りかえるインベルラ。その視線の先には、旧戦死者墓地にいるはずがない者が立っていた。


「お姉さん達は誰を探しているの?」


その場には似つかわしくない朗らかに浮かべるその笑みが不意にインベルラをドキリとさせる。幼いが驚く程に整った顔をした少年がそこに立っていた。


「おいおい、坊主こんな所にいては危険だぞ」


聖騎士パラディンの一人がこの場には似つかわしくない少年に声をかける。


(……待て……気配を一切感じなかった……)


嫌な感覚。


「待て! そいつに近づく……」


膨れ上がる『闇』の臭い。インベルラの鼻孔に焦げたような臭いが広がり危険を知らせた瞬間、既に少年に近づいた聖騎士パラディンの胴体は切り裂かれ『闇』の炎に包まれていた。


「敵襲、敵襲!」


インベルラは目の前の少年を敵と認識し即座に周囲の聖剣士パラディン達に叫ぶ。

だが燃える仲間を前に他の聖剣士パラディン達は既に少年への危機を感じ戦闘態勢に入っていた。


「少年だと侮るな……こいつが標的ターゲットだッ!」


少年から発せられる『闇』の臭いがインベルラに確信させる。目の前にいる少年が標的ターゲットであることを口にしながらインベルラは腰に刺さった剣を鞘から抜き戦闘態勢へと入った。


「ここ数十年……何かコソコソやっていると思ったら……こんなものも作っていたんだね……あの王様は……」


まるで数十年生きてきたと言わんばかりにその見た目に似つかわしくない言葉を発する少年は、先程の朗らかな笑みとは違い、絶対的悪意を持った笑みを浮かべる。


「ハッ!」


 突如として膨れ上がる絶対的力。その小さな体の何処にそんな力があるのかと疑いたくなるが、事実として目の前の少年の存在は、自分とは真逆な性質を持っておりそれが強大である事を確信するインベルラの体は恐怖を感じすくみ上がった。

 だが自分達との力の差、次元の違いを明白に感じていたのはインベルラだけであった。周囲の聖騎士パラディン達は誰一人として目の前の少年、化物が発する歪さ、その力の差に気付いていない。目の前の少年を『闇』の存在と認識はしていても、今まで『闇』を駆逐してきたという自信が、彼らの感覚を鈍らせ自分達の力を過信させていた。

 それは一瞬の出来事だった。少年に飛びかかった数名の聖騎士パラディンは、死への恐怖を感じることなく身に纏っていた全身防具フルアーマーもろとも果物のジュースのようにすり潰されその一帯を赤く染めた。


「だが残念、僕は君達家畜が知る夜歩者ナイトウォーカーとは違う……この世界に破滅をもたらす存在、闇歩者ダークウォーカーなのだから」


すり潰された聖騎士パラディン達の血を浴びながら恍惚の表情を浮かべる少年、闇歩者ダークウォーカースビアは、聖撃隊の隊長インベルラにその視線を向けた。


「クゥ!」


部下達が殺されインベルラの表情は怒りに歪む。しかしその裏にはすぐにでもこの場を離れたいという感情が渦巻いていた。

 スビアが見せた圧倒的な力は、『闇』を駆逐することに特化した聖撃パラディン隊の中でも更に特化した唯一無二の力を持つインベルラの心すら恐怖に陥れていたからだ。


「一時撤退! 一時撤退しろ! 殿は私が勤める皆は一時撤退しろ!」


だがインベルラは『闇』に屈する訳にはいかない。聖撃パラディン隊という隊の隊長である自分がここで恐怖を見せれば、聖撃パラディン隊という存在が失われる。そればかりか自分自身という存在が失われると気付いたインベルラは襲いかかってくる恐怖を払いのけ自分の状況を見据える。


「撤退! 撤退!」


自分達の目の前で何が起こったのか未だ理解できていないといった表情であった副隊長ノ—マットは、インベルラの命令に我に返るとただちに周囲の他の聖騎士パラディン達に指示をだした。

 ノ—マットの指示によりようやく自分達が置かれた状況に気付いた他の聖騎士パラディン達は、昇り上がる恐怖と対峙しながらすぐさま撤退を始める。


「『聖』の力を行使する者が『闇』から逃げちゃダメでしょ……逃がさないよ」


自分に背を向け撤退を始めた聖騎士パラディン達を逃がすまいとその視界に入れるスビア。


「う、うわああああああ!」


嫌でも背に感じる今まで感じたことの無い『闇』の恐怖に一人の聖騎士パラディンが耐えきれず叫び声を上げる。その叫びは他の聖騎士パラディン達に伝染し己が感情を爆発させるような叫びが至る所で上がる。それは既に撤退とは呼べるものでは無く、ただ恐怖から逃げるという状況に変わった。


「待て、お前の相手は私だ!」


逃げ惑う聖騎士パラディンの背を見つめていたスビアの意識を奪うようにその視界に入り込むインベルラ。


「へーまだ骨の有りそうな人間もいるね……いや、お姉さんは……人間じゃないのかな……」


インベルラに隠された力を見抜くようにそう呟くスビアは目を細め冷笑する。


「た、隊長……ご武運を……」


感じたことの無い『闇』の恐怖に耐えながらノ—マットは、殿を務めるインベルラの背にそう呟くと悔しそうな表情を浮かべ我さきにと逃げ惑う聖騎士パラディン達の後を追うように走り出した。


「その勇気に敬意を表して今は逃げる彼らの後を追うことはしないでおくよ、ただその代わり退屈だった僕の遊び相手にはなってよね……狼のお姉さん……」


「ッ! ……私の力に気付いていたか……」


自分の隠された力に感づいていたスビアに一瞬驚いた表情を浮かべたインベルラは緊張した面持ちで剣を鞘に納める。


「彼らを撤退と称してこの場から逃がしたのは、その力を見られたくないから……そんな所でしょう? 不便だねぇ……数百年前に人類を救った力が今じゃ化物扱い……その姿を気軽にさらけ出すことも出来ない、見られればお姉さんも狩られる立場だ……」


その姿、そうスビアは口にした。スビアが話している間にインベルラの姿は大きく変化していた。

 そこにいたのは、美しい聖剣士パラディンなどではなく、二本の足で立つ獣、白銀の毛並を持った人狼であった。


「……まさか僅かな間に別の個体に会えるとは思わなかったよ、聖狼セイントウルフ


数百年前に極秘に作られた『闇』を討ち滅ぼす為の存在、『聖』の力を持つ獣、聖狼セイントウルフにインベルラは姿を変えていた。


「なるほど……あの日に感じた感覚は、同族がこの町にいたからか……」


聖狼セイントウルフとなっても何処か女性的であるインベルラの狼の顔は、いつぞや感じた感覚の理由が何であったのか納得したような表情を浮かべていた。


「きっと今頃彼も必至でこの場所に向かっている頃だと思うよ……お姉さん達のその力は、理性に関係なく『闇』に引き付けられる性質を持っているからね……」


インベルラと同族であるもう一人の聖狼セイントウルフがこの場に向かっているとそう告げたスビアの表情はまるで本当の子供のように嬉しそうな笑みを浮かべる。


「ああ、これでようやく僕はカビの生えた僕の存在理由と決別することが出来る」


「存在理由?」


「ああ、お姉さん達が『闇』を駆逐する為に作られた存在であるように、僕はお姉さん達、聖狼セイントウルフを滅ぼす為にあのクズたち、夜歩者ナイトウォーカーが作りだした存在だからね……これでようやく僕はお姉さん達を葬ることで勝手に押し付けられた自分の使命から解き放たれ自由になれるってことさッ!」


そう言い終えた瞬間、スビアは地面を砕きなが踏み抜き一瞬のうちにインベルラとの距離を詰める。既に人間では計り知れない身体能力を持つ聖狼セイントウルフに姿を変えたインベルラの動体視力を持ってしても追いつけない速度で距離を詰めたスビアはその小さな手で聖狼セイントウルフとなったインベルラの首を掴んだ。


「迂闊に私に触れるとは……!」


 聖狼セイントウルフは『闇』を駆逐する為に作られた存在である。その牙も爪も、白銀に光る毛一本に至るまで、『闇』を駆逐する為のもの。強力な『聖』の力は『闇』の存在にとって毒のような物。全身が強力な『聖』の力に包まれた聖狼セイントウルフに僅かにでも触れれば、その触れた部分からすぐさま浄化されていく。はずであった。


「な、何ッ!」


だがインベルラの首を掴んだスビアの手は浄化されない。確かに『闇』の力を感じるはずのスビアの手は綺麗なまま聖狼セイントウルフの太い首を掴み続けていた。


「言ったでしょう、僕はお姉さん達の力に対抗する為に作られたって……僕はね……お姉さん達の力に対抗する為に……忌々しい家畜である人間の血が混じっているんだよ!」


この時初めて笑み以外の表情を浮かべたスビアは、自分の体に僅かに混じる人間の血を忌々しそうに口にするとそのままインベルラを蹴り飛ばした。

 子供の姿の何処にそんな力があるのかと思えるほどに聖狼セイントウルフの巨体は軽々と吹き飛び旧戦死者墓地に残るひび割れた墓石を次々と粉砕していく。


「なのに……僕が完成した時、すでに家畜である人間と『闇』の戦いは終わっていた、しかも『闇』は負けていたんだ家畜に……僕は呆れを通り越して絶望したよ、忌々しい家畜の血を体に流し込んでまで作られた僕は……一体何のために生まれたんだって?」


その体に頭上に昇る赤き月と同じ色をしたオーラを纏うスビア。膨れ上がる負の感情に反応するようにそのオーラも大きく膨れ上がっているようだった。


「……だから僕は、僕の存在理由を自分で作りだすことにした、そして僕は自分の存在理由を見つけた……自分を生み出したこの世界を滅ぼすことこそが自分の存在理由だと……」


人間を恨み、同族を恨み、そして自分を作りだした世界そのものを恨むことで自分の存在理由を見出したスビアは、インベルラ一人しかいない旧戦死者墓地で声高らかに世界を滅ぼすことを宣言する。


「な、何と……自分勝手な……」


旧戦死者墓地に残った僅かな建物の一つに突っ込み瓦礫に埋もれていたインベルラは、その瓦礫から体を起こすとスビアの我儘この上ない言葉にそう言葉を漏らす。


「どれだけ長い時間生きても、そのお頭は見た目通りのガキのようだな!」


「……」「……」


旧戦死者墓地に響く男の声。その声にインベルラは何かを感じ、そしてスビアはその声の者が誰であるかを確信した。


「……たく祭りを始めるなら事前にそう言えよ……闇歩者ダークウォーカー……お蔭で一旦町に戻っちまったじゃねぇか!」


スビアとインベルラの間に姿を現した一人の男。背に特大と言われる剣を担ぎそう叫ぶ男の名は、ガイルズ。ガウルドに現在存在するもう一人の聖狼セイントウルフの力を持つ存在であった。


「ああ、何分、君とだけ遊んでいる訳にはいかなかったんでね……でももし気を悪くしていないのなら、改めてこの祭りに招待しよう、受け取ってくれるかい僕の招待を?」


狂気と歓喜が混じりあう、そんな表情を浮かべるスビアは、自分の前に立つガイルズにそう告げる。


「ああ、その招待、受けてやるよ!」


スビアに引けを取らない狂気と歓喜にその表情を歪ませたガイルズは、背に担ぐ特大剣を一息で引き抜くとまるで血に飢えた獣の如く自分の標的ターゲットであるスビアに飛び込んでいくのであった。



― ガウルド 広場 ―



「おい! これじゃキリがないぞ!」


「くそ、殺っても殺っても湧きやがる!」


聖職者プリーストはいないのかッ!」


まるで戦場のように至る所で飛び交う叫び。スプリング達の身に起った異変は、ガウルドの町全域に広がりつつあった。

 突如として現れた生気を失った集団と共に現れた骨兵士スケルトン活動死体ゾンビ化した魔物達がガウルドの町を襲撃していたのだ。

 町にいた冒険者や戦闘職の者達はその緊急事態に即席の連携を取り各所で対処しているのだが、その数の多さとその打たれ強さに押されつつあった。


「国の兵士達は何をやってるんだ!」


ヒトクイの王が住まう城の膝元ということもありヒトクイの兵士達がこの事態に動き出すと考えていた一人の冒険者が、全く応援に駆け付けない兵士達に不満を漏らした。


「ダメだ、既に城のほうにもコイツからが侵攻しているらしくその侵攻を食い止めるので精一杯みたいだ!」


国の現在の事情を知る戦闘職の一人が国の兵士達の不満を口にした冒険者にそう告げる。


「クソッ! 国からの応援は望めないってか……これじゃじり貧だぞ」


突然の奇襲に何の準備もできず、国からの応援も望めない状況に冒険者は表情を歪める。


「それでもやるしかないわ! みんな絶対に活動死体ゾンビ化した魔物達の攻撃を喰っては駄目よ……喰ったが最後、その人を殺さなきゃならなくなる」


即席とはいえ、自分の背を守る者の命を奪いたくは無いと言うように魔法使いの女性は周囲にいる冒険者や戦闘職の者達にそう警告した。


「ああ分かっている……分かってはいるが……」


 魔法使いの女性の言葉はその場にいる者達誰もが理解していることであった。しかし目の前の状況に約束を守れると言い切れる者は誰も居なかった。

 活動死体ゾンビ化した存在の最大の特徴は、強靭なまでのしぶとさでは無くその増殖力にあった。僅かに活動死体ゾンビの攻撃を受けただけ、爪などで引っかかれただけで生物は活動死体ゾンビが持つ病原体に犯され時間が経つごとに自我を失い気付けば活動死体ゾンビの仲間入りを果たすことになる。

 その症状が初期の段階であれば聖職者プリーストによる治癒魔法や聖水などで治すといった手段はあるが、症状が進行すれば治癒魔法や聖水でも治すことは不可能になる。

 だが突然の襲撃に準備もままならず、国からの応援も望めない現在の彼らの状況ではそれも難しい。それ故に少しのミスが死へと直結することになる。そのミスによってただ死ぬだけならばまだ問題無いのだが死んだ後に敵となって他の者達に牙を剥き襲いかかるとあっては、思い切った行動をとることも出来ないというのが彼らの現状であった。

 更に問題を上げるならば、活動死体ゾンビ化した生物であった。彼ら冒険者や戦闘職が対峙する活動死体ゾンビは、人間では無く魔物。活動死体ゾンビ化した生物が人間であれば、動きも鈍く攻撃しやすいのだが、それが魔物である場合話は変わってくる。

 人間よりも活動死体ゾンビ化に耐性のある魔物達は、体の腐敗が遅く人間以上の俊敏性を持っていることが多い。生前の能力を残したまま活動死体ゾンビ化した魔物は人間が活動死体ゾンビ化したものよりも遥かに厄介な相手なのだ。

 そんな相手を目の前に連携をとりつつも一向に好転の兆しが見えないガウルドの冒険者や戦闘職の間では敗北という言葉が強くなっていた。現状を打破する策も戦力も無い今、自分達に出来ることは戦い続け死を待つ事しかない。そんな諦めの空気が広場で戦い続ける冒険者や戦闘職の間では広がっていた。


「おうおう、諦め空気全開って感じだな」


誰もが諦めという言葉を頭の片隅で思い始めていた頃、能天気な声で彼らの言葉を声に出す者がいた。


「チィ……なに能天気なことを、更に気分を落とすような事を言うんじゃね……ぇ……よ……」


 自分達が心に秘めて尚口にしなかった言葉を能天気な口調で発せられ機嫌が悪くなる冒険者は、その声の主の顔を拝もうと視線を声がした方に向ける。だが視線を向けた先にあったのは顔では無くその声の主の防具を纏った胸のあたり。そのまま視線を上げる冒険者はその声の主の顔を見て驚きの表情を浮かべた。


「何だ俺の顔に何か付いているか?」


自分の顔をマジマジと見つめる冒険者にそう言って首を傾げる声の主。


「なんだあの馬鹿デカい老人は?」


戦闘職の一人がこの場にいる誰よりも背が高く体格がいい老人は誰だと首を傾げる。


「お、お前、剣士であるにも関わらずあの人の事を知らないのか?」


あの人の事を知らないのかと驚きを通り越し呆れた物言いで首を傾げた戦闘職に聞き返す冒険者。


「あの人は、剣を扱う者なら誰もが憧れる最上級戦闘職『剣聖』のインセントさんだよ!」


「な、何ィ!」


剣を扱う者ならば誰もが一度は聞いたことがある名を口にした冒険者の言葉に御どきの声をあげる戦闘職。


「そうだ、俺が剣聖のインセント=デンセルだ!」


 自分の事を噂する冒険者と戦闘職に齢60を超えたとは思えない屈強な体を披露する老人は、そう自分の名を告げると老人とは思えないまるで子供のような悪戯な笑みを浮かべるのであった。



活動死体ゾンビ化した魔物


活動死体ゾンビ化した人間以上に厄介なのが活動死体ゾンビ化した魔物である。

基本魔物が活動死体ゾンビ化する事は稀でそこには何かしらの力、例えば外道職である死霊魔術師ネクロマンサーや『闇』の存在が介入していると言われている。

 自然には発生しない活動死体ゾンビ化した魔物の厄介な点は、当然その感染力であるがそれ以外に戦闘力という点が付け加えられる。

人間が活動死体ゾンビ化した場合、すぐに腐敗がはじまりその動きは生前の半分以下になり当然戦闘力も生前に比べ落ちるのだが、魔物の場合は違う。

魔物は活動死体ゾンビ化に対して何故か耐性を持っており、腐敗の進行が遅い。その為、活動死体ゾンビ化したばかりの魔物の動きは生前と殆ど変わらず戦闘力もそれほど落ちない。それ故に対峙した人間達に対して攻撃を加える頻度も高く活動死体ゾンビ化の発症リスクが格段に上がることになるのだ。

それ故に活動死体ゾンビ化した魔物と対峙した場合、対処する方法がない場合はただちに撤退することが推奨されている。



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