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真面目で章 10 (スプリング編) あいつ

ガイアスの世界


傭兵時代のスプリング


 ガイルズやソフィアと出会う前、スプリングはガイアス各地にある国で起こっている戦争や紛争、内戦に傭兵として参加していた。

 実戦をこなすことで技術や戦闘センスを磨くために参加していたようだ。

傭兵を続けるうちに仲間と呼べる存在との出会いは沢山あったがその殆どが現在この世にはいない。皆戦場で命を散らしていったからだ。

 幾度もの仲間との別れによってスプリングの心に変化が生じる。ある人物と死別して以降、スプリングは心を閉ざしたように戦場で仲間を作らなくなった。それはガイルズと出会うまで続くことになる。




 真面目で章 10 (スプリング編) あいつ



剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス




 ― ヒトクイ ガウルド 旧戦死者墓地 ―



 ここ数十年で驚異的な発展を遂げた小さな島国ヒトクイ。ガイアスにある大国と言われる国々とも肩を並べると言われる程に発展した島国を一目見ようと各大陸の国の人々は、ヒトクイへと集まってくるようになった。

 世界中が注目するヒトクイ、その中心都市であるガウルドには人の波が途切れず活気と喧騒で毎日が祭りのように賑やかであった。だがそんな活気あふれるガウルドの町から少し離れた場所には、その喧騒や活気が嘘のように静まり返り一切人気が無い場所がある。   

 そこはヒトクイ統一戦争で犠牲になった人々が一時的に眠っていた場所、旧戦死者墓地と呼ばれる場所であった。

 ヒトクイ統一後の混乱した状況化で一時的に作られた旧戦死者墓地は、町から離れた場所にある為、行き来するのが不便だった。その為、数年後には町の近くに新たな戦死者墓地が作られ、旧戦死者墓地はその役目を終え今は眠る者がいない廃れた墓地として人々の記憶から徐々にその存在が消えつつあった。

 人々の意識から消えつつある場所、誰も来ない場所は当然廃れていく。誰も来なくなったことで荒れ果てた旧戦死者墓地は不気味な雰囲気が醸し出し常に陰気で暗い場所となった。

 そうなると更に近づこうとする者は居なくなる。だがそれを利用し旧戦死者墓地を住処とした者達がいた。

 その者達とは脛に傷がある者やはみ出し者など太陽に背を向けた者達のことである。そう言った者達が身を隠すのに人気の無い、人が寄ってこない旧戦死者墓地という場所は適していた。

 そして気付けば旧戦死者墓地に集まった者達は大きな組織になっていった。それが現在、ガイアスでその悪名を轟かせるほどにまでになった闇王国ダークキングダムである。



 誰も近づかず危険な噂が幾つもある旧戦死者墓地に特大剣を背負った大柄の男が立っていた。男は鍛え上げられた己の体を旧戦死者墓地に生える不気味に枯れた木々の影に隠しじっと旧戦死者墓地の中心で会話をする二人組を見つめていた。一人は道化師ピエロのような振る舞いをするハットをかぶった男、もう一人はその場所には似つかわしくない少年であった。

 少し経つと少年は旧戦死者墓地の奥へと姿を消していく。会話の相手であったハットをかぶった男も少年の後ろ姿を見送ると、自分の周囲に黒い霧を作りだすと姿を消した。


「……」


 不気味に枯れた木々の影に隠れていた男は自分以外誰も居なくなった事を確認すると体を隠していた木々からその姿を現した。


「……おい……」


 周囲を見渡した男は突然自分以外誰もいないはずの旧戦死者墓地でまるで誰かを呼びかけているように声を上げた。


「……まだ……いるんだろ? 姿を現せよ」


再び誰も居ない旧戦死者墓地に声を上げる男。


「……あらあら、さすが闇狩りの犬……といった所でしょうか」


 静まり返った旧戦死者墓地に不釣り合いな陽気な声が響いたと思えば、突然黒い霧が現れる。その黒い霧から姿を現したのは先程旧戦死者墓地で少年と会話をしていたハットの男であった。


「闇狩りの犬? ……あんた、俺のこと知っているのか?」


気味の悪い笑顔を向けるハットをかぶった男の聞きなれない言葉に首を傾げる男。


「ええ、知っていますよ『闇』を滅する者……聖狼セイントウルフのガイルズ=ハイデイヒさん……」


男の名を口にしたハットをかぶった男は、気味の悪い笑みを更に強めながら挨拶するように頭をガイルズに下げた。


「……なるほど、俺が何者であるか知っている訳ね」


自分の素性を知るハットをかぶった男に警戒を強めるガイルズ。


「ああ、大丈夫ですよ、今の団長にあなたの気配は感じとることはできませんから……」


「ふーん、その口ぶりだと奴が何であるのかも知っているのか……」


「ええ……まだ出会って長い付き合いではありませんが、あなたよりは彼の事を知っていますよ」


まるで最近知り合った友人のように少年の事をガイルズに話すハットをかぶった男。


「ああ、そうだ、ご挨拶がまだでしたね……私、武具防具屋をしておりまして社長をしている笑男スマイリーマンと申します……まあ、社長と言っても社員は私一人しかいないのですが」


 物腰柔らかく丁寧に自分は武器防具を取り扱う商人だと自己紹介する笑男スマイリーマン。だがガイルズは笑男スマイリーマンが商人では無いことを確信していた。


「あんたの職業が商人だろうが道化師ピエロだろうがそんな事はどうでもいい。あんたからは怪しい臭いがプンプンする、一体何者だ?」


 そもそもただの商人が黒い霧を出現させその黒い霧から出たり入ったりできる訳が無い。そしてガイルズにはもう一つ、絶対的な確信があった。

 ガイルズが持つ聖狼セイントウルフの力は、『闇』の力を持つ存在を倒す為に特化した力である。当然、対象である『闇』を探知する能力も高い。そう笑男スマイリーマンから漂っているのだ。聖狼セイントウルフの力を持つ者だけが強く感じることが出来る『闇』の臭いを。


「あははは、道化師ピエロとはこれまた中々、ですが私は武器防具を扱うただの商人ですよ」


 ガイルズの問を冗談だと思ったのか笑男スマイリーマンはケタケタと不気味に笑い再度自分は商人だとガイルズに伝える。しかし聞けば聞くほど胡散臭く嘘に聞こえる笑男スマイリーマンの言葉にガイルズの表情は一向に緩むことは無い。


「はぁ……誤魔化しても通用しませんよね……さすが聖狼セイントウルフ……極力隠していたつもりでしたが私から漂う微かな『闇』の臭いも見逃してはいないようだ……」

 観念したのか笑男スマイリーマンは自分が『闇』の力を持つ存在である事をジッと自分を見つめるガイルズに打ち明けた。


「我々にとってあなたの力……犬……ああいやいや失礼、聖狼セイントウルフの力は脅威ですからね、是非ここは穏便に済ませたい所です」


そう口で言っているが笑男スマイリーマンの表情は変わらず不気味に微笑み天敵であるガイルズを挑発する言葉を吐いた。


「はは……犬ねぇ……」


 挑発は笑いながら買う、これがガイルズの流儀。その流儀を突き通すガイルズは笑男スマイリーマンの放った言葉に笑みを浮かべた。


「でも不思議だな……確か『闇』の力を持つ奴らから漂う臭いは、こんな色々と混じったような臭いじゃない……色々混じりすぎてもう下品と言ってもいいような臭いだ……」


 笑男スマイリーマンから漂う臭いは確かに『闇』の力を持つ者達が漂わせている臭いに間違いない。だがそれに混じって別の臭いが幾つも混じっている事を感じ取っていたガイルズは、その臭いを下品と言い現した。


「……」


「おいおい、気味の悪い笑みが表情の無い仮面みたいになっているぜ」


ガイルズの言葉に黙り込んだ笑男スマイリーマンの表情から笑みが消える。


「どうした俺の言葉がショックであんたのトレードマークの薄気味悪い笑みも作れないか?」


 『闇』の力を持つ者達は己が持つ『闇』の力に誇りを持っている者が多く大半は他の種族との交わりを嫌う。『闇』の血に他の種族の血が混じりその時点で誇り高き『闇』の血は失われてしまうからだ。

その為、『闇』の血を持つ者と他の種族の間に生まれる子供は少ない。生まれたとしても『闇』の者達にも他の種族の者達にも受け入れられずその命は直ぐに失われることが多いと言われている。

 奇跡的に生きながらえたとしても、待っているのは迫害だ。『闇』の者達からは穢れた存在として他の種族の者達からは恐怖の対象として迫害を受けるのだ。

ガイルズが口にした下品という言葉の中には『闇』の者達の誇りを刺激するような意味が込められていた。

 勿論そう言葉にしたガイルズ自身にそう言った気質は無い。どんな血が混ざっていようと強ければ問題は無いと言うのが本来のガイルズの考えだ。そうガイルズは強者を求めている。絶対的強者との戦いを望んでいるのだ。だからこそ得体の知れない力を持っている笑男スマイリーマンにあえて『闇』の誇りを刺激するような言葉を吐いたのである。


「……ただの野良犬かと思えば……あなたは中々……厄介な存在のようだ……」


 しかしガイルズが望む方向とは違う方向へと向かう。笑男スマイリーマンはガイルズの言葉に激昂することなく、ただ淡々と静かにそうガイルズに答えただけであった。

 程から不気味ではあったがガイルズの言葉で妙な静けさを出し始めた笑男スマイリーマンの不気味な雰囲気は跳ね上がったようにガイルズは感じていた。


「『闇』の誇りを持つ者の心を逆撫でるいい挑発でした……ですが残念、私には通用しません」


そう言うと笑男スマイリーマンはゆっくりと右手をガイルズに向ける。


「確かに私は『闇』の力を持っていますが、それは私の力の一部でしかない……あまりこういう言い方は好きではありませんが、私は『闇』という括りでは測れない存在なのですよ」


「はぁ?」


笑男スマイリーマンの言葉に首を傾げるガイルズ。


「そして自覚しているかは分かりませんが……あなたもまた聖狼セイントウルフという力では括れない存在だ……あなたは破壊者……この物語を壊す存在……」


抑揚のない声でそうガイルズに告げる笑男スマイリーマンの表情から笑みが消える。


「破壊者? 物語? なんのことだ?」


要領を得ない笑男スマイリーマンの言葉に困惑するガイルズ。


「その様子だと自覚していないみたいですね、この物語にとってのあなたの本当の役割を……」


「役割? そんなもん、自分で見つけるものだろう」


 困惑しながらもガイルズは、笑男スマイリーマンの意味の分からない言葉の中で唯一理解し引っかかった言葉に対してそう答えた。


「愚かだ……だが自覚していないのは私にとって好都合……早々にこの物語から退場して貰いましょう」


そう言いながら再び不気味な笑みをその表情に宿した笑男スマイリーマンの右手から放たれる黒い一閃。


「……? ……ああッ!」


 それは一瞬の事でガイルズに考える余地を与えなかった。笑男スマイリーマンの右手から放たれた黒い一閃はガイルズの右肩を覆っていたアーマーを砕きそのまま肉を貫いていた。

右肩のアーマーが粉砕し宙を舞う中、ガイルズは自分の右肩を庇いながらすぐさま戦闘態勢に入る。


(なんだ、攻撃が見えない)


 ガイルズには笑男スマイリーマンの右手から放たれた黒い一閃が見えていなかった。衝撃は一切無く体に走る痛みだけが笑男スマイリーマンに攻撃されたという事実を伝えてくる。

 今までにも何度か魔法の効果などで見えなくなった攻撃に出くわしたことがあるガイルズ。そういった状況になった時ガイルズは、人間の域を超えた動体視力で相手が攻撃に移る前の予備動作を見抜き見えない攻撃を回避してきた。今回もそう言った類の攻撃だと判断したガイルズは、笑男スマイリーマンが攻撃に移る前におこなうだろう予備動作に警戒した。


「……ガハッ!……何ィ……」


 だが警戒したはずの笑男スマイリーマンには攻撃の前の予備動作が一切なかった。確かに右手は自分を狙っていたがそれ以降何が起こったのかも分からないまま今度は左肩を貫かれていた。

 何が起こったのか理解できないガイルズは、兎に角動いて攻撃を回避しようとダランと動かない両腕を揺らしながら笑男スマイリーマンから距離をとる。


「無駄です」


 ガイルズが笑男スマイリーマンから距離をとった瞬間、今度は動いていたはずの左足が動かなくなる。


「ガァ……グゥゥゥ……」


 笑男スマイリーマンが放った黒い一閃は、距離をとろうと動いていたガイルズの左太股を貫いていた。ガイルズは衝撃が一切無いその攻撃を受けたことを痛みによって理解する。

 機動力を奪われたガイルズはガクリとその場で立ち止まる。


「次は……」


「あがぁああ!」


 左太股に穴があき自分の体を支えている最後の砦であった右太股が笑男スマイリーマンの黒い一閃によって打ち抜かれる。右太股に穴があき支えを失ったガイルズはそのまま地面に倒れ込んだ。


「ふむ、もう少し歯ごたえがあるかと思いましたが、この程度ではこの物語に支障がでることもありませんね」


 一連の攻撃でガイルズの力量を悟ったのか笑男スマイリーマンは黒い一閃を放っていた右手を下ろした。


「今のあなたならば、この物語にも私にも全く無害のようだ、これからは主要人物としてでは無く端役として人生を過ごしてください」


 殺す気が失せたのか笑男スマイリーマンはそう言うとガイルズに背を向けその場を立ち去る準備を始める。


「はっはは……あんたの言葉、意味が分からねぇよ」


 見た目、重傷に見えるガイルズ。だがその口からはまだ戦意は失われていない。ガイルズは両手を地面に付けると腕の力だけで体を起こす。その両腕にあいていた穴からは白い煙が立ち上る。穴は恐ろしい速度で塞がり始めていた。僅か数秒で両腕にあいていた穴は塞がり、更に気付けば両太股にあいていた穴も塞がっていた。

 戦場でガイルズが恐れられていた理由は特大剣を軽々と振り回す強靭な筋肉でも人間離れした動体視力でも無い。確かにそれらも恐れられる要因ではあるのだが、ガイルズが戦場で恐れられる一番の要因は、そのしぶとさにあった。


聖狼セイントウルフの自己修復の力……ですね」


穴が塞がったガイルズの四肢を見つめそう呟く笑男スマイリーマン

 『闇』の力を持つ存在を圧倒的な力で屠る為に聖狼セイントウルフが持つ力で最も発達したもの、それが自己修復であった。

 その恐ろしいほどまでに速い発達した自己修復、自己再生は一切の隙を与えず『闇』の力を持つ存在を屠る為のもの。

 本来、人間や他の種族が持つ自己再生を速める魔法の類は防御や補助の分類に位置づけされる。だが聖狼セイントウルフにとって自己修復、自己再生という機能は相手を屠る為の攻撃を手助けする機能であるのだ。


「よくわからないこと言っているが……結局たいしたことないんだな……」


両足の穴が完全に塞がり元通りの体になったガイルズはそう言いながら両足で立ち上がった。


「はい?」


今度は笑男スマイリーマンが訳が分からないというように首を傾げる。


「こうやってすぐに傷が塞がる程度の攻撃だってことだよ……数日前に戦ったあのガキからもらった攻撃に比べたらたいしたもんじゃない」


 数日前、旧戦死者墓地で少年と戦った時に受けた傷は聖狼セイントウルフの自己修復、自己再生の機能をもってしても塞がるのに数時間かかっていた。それに比べればたいしたことが無いとガイルズは一歩、笑男スマイリーマンの下へと足を踏み出す。その一歩は目の前の笑男スマイリーマンに攻撃する為。だがその一歩は攻撃への一歩とはならなかった。ガイルズが前に出た瞬間、突然生暖かい風がガイルズの体を撫でる。


「……ふふふ……本当に愚かですね……ならばお望み通り彼以上の傷を負わせて差し上げましょう」


「がぁッ……!」


 体を撫でた生暖かい風に違和感を抱いたガイルズは次の瞬間、両手両足の感覚を失いまるでだるま落としのように地面にストンと倒れた。


「ガァアアアアアアアア!」


旧戦死者墓地に響くガイルズの苦痛の叫び。


「……どうでしょうお気に召しましたか? 今度はそう簡単に癒せず立ち上がれないようにしました、どうですか四肢を失った気分は?」


地面に倒れるガイルズの四肢は綺麗に切断されていた。その傷口からは大量の血液が噴き出し地面に広がって行く。


「ぅあああああガァアアアア!」


 驚異的な自己修復、自己再生の機能を持つ聖狼セイントウルフでも切断された両手両足を修復するのにはそれなりの時間が必要になる。本来傷をつけることも難しい聖狼セイントウルフの四肢をいとも簡単に切断して見せた笑男スマイリーマンは四肢を失い地面這いつくばる苦痛で歪むガイルズの顔を見下ろしながら口が裂けているのではと思える不気味な笑みを浮かべた。


「それではもう会うこともありませんが、あなたのこれからに祝福を……」


 全く祝福しているようには思えない口ぶりで這いつくばるガイルズにそう言葉を残し笑男スマイリーマンは自分の周囲に黒い霧を発生させるとその黒い霧と混じりあうと姿を消した。


「……ぐぅうううううう……アアアアアアアアアア!」


 切断された四肢から白い煙が立ち始めようやく傷口の再生が始まるガイルズ。再生が始まった己の四肢を恨めしそうに見つめながらガイルズは、歯が砕ける程に食いしばり地面に額を打ち付けるのであった。



― 生と死の狭間 ―



 どれほどの時間が流れただろう。一分か五分か、それともすでに一時間は経過したのか。時間の感覚すら曖昧にさせる程スプリングと拳を握った死神の間には重厚で息苦しい空気が流れていた。その空気に当てられたのか、スプリング達を襲撃していた他の死神達も動きを止め二人の動向を見守っていた。


(……どれだけ続くのだ……)


 スプリングの後方に立つポーンは長い時間見合ったままの二人を見ながらこの状況が何処まで続くのか考えていた。

 スプリングと拳を握る二人の間に張りつめた空気は僅かなきっかけで崩れる。崩れればたちまち戦いが始まるのは分かり切っていたがその場にいるポーンも他の死神達でさえそのきっかけを作ってしまうのを恐れ身動き一つ出来ないでいた。


「……もし……もしお前が俺の知っている奴なら……」


 そんな空気をぶち壊したのは、渦中の一人であるスプリングであった。その声色に敵意は一切無くまるで旧友に話しかけているような柔らかいものがある。一瞬流れた緊張感であったがスプリングに対峙する死神は襲いかかることはなかった。


「今戦うのは止めようぜ……だって俺もお前も目標に辿りついていないだろ?」


 スプリングが口にした言葉が拳を握った死神にちゃんと伝わっているのかそれは分からない。だがスプリングの言葉を受けた拳を握った死神はその拳をゆっくりと下ろした。


「そうか……やっぱり……お前だったんだな……」


嬉しさと切なさが同居したような表情でそう呟いたスプリングはゆっくりと拳を下ろした死神の後ろにある死後の世界へと続く扉に歩き出した。


「……」


だが扉に向かおうとするスプリングを制止する死神。


「主殿ッ!」


再びその場に走る緊張感に思わず飛び出そうとするポーン。


「大丈夫だ……」


飛び出したポーンを止めるスプリング。


「……マッテイル……ソノ時ヲ……」


 拳を下ろした死神から発せられた人語としては聞きづらいその言葉。だがその言葉にスプリングの表情が緩んだ。


「迎エ……生ノ階段ヘ」


雑音が混じったような聞き取りづらい声でそう言った死神は、骨の指は遥か彼方に見えるスプリング達が向かうべき場所へ向けた。


「……ありがとう……」


死神に礼を口にしたスプリングは、死神指し示す方向に視線を向ける。


「さあ、ポーン行くぞ!」


ポーンに声をかけたスプリングはそのまま遥か彼方に見える天にまで届く階段に向け走り出した。


「し、しかし主殿!」


言われるがままスプリングの後を追うポーン。


「大丈夫だ、扉はあいつがどうにかしてくれる」


「あいつ?」


 親しさが籠るスプリングのあいつという言葉にポーンは首を傾げながらも自分達を襲ってくる死神がいないか後方を確認する。

 するとポーンの視線には死後の世界へと帰って行く死神達の姿が見えた。


「……」


全く理解できないといった表情でポーンは自分の所有者であるスプリングの背中に視線を戻す。


「へへ……これで死んだ後の楽しみができたな……」


 その時が何時来るのかそれは分からない。すぐにでもこの場所に戻ってくることになるかも知れないし剣が振えなくなる程、歳をとった後かも知れない。どうなるかは分からないがスプリングは、死ぬまでに己の目標に辿りつかなきゃならないと『剣聖』への想いを更に強くするのであった。




 彼の仲間達が一人また一人と扉の向こう側へ帰って行く。残ったのは最後の一人である彼だけであった。最後の一人となった彼は、大きく重い扉をゆっくりと閉めた。閉まった扉を確認した彼は、扉に背を向けるとその場に座り込む。


「マッテイル……再ビオマエガヤッテ来ルノヲ……」


 もう見えない背中を見つめるように彼はその虚空の瞳で遥か彼方にある天に昇る階段を見上げるのであった。


ガイアスの世界


死神


 死を司る神と言われているが、実際は神では無い。彼らの本当の立ち位置は死の神に仕える眷属である。

 一説によると彼ら死神には生前が存在するという。本来の死の神に認められた死者が死神へと変化、あるいは転生するのだという。生前の記憶は失われているが時たま生前並々ならぬ強い意思を持った者が記憶を取り戻すことがあるとかないとか。



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