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最後で章 34 注がれ繋がれていく力

ガイアスの世界


伝説の武具達の因縁


ポーン、キング、クイーンとビショップの間にある大きな因縁、それは当然の如く自分達の創造主をビショップが殺ろしたという所からはじまってている。創造主を殺した理由を未だ語らない事が、更にポーン達の不信感を強くする結果となっているのだが、このポーン達とビショップの因縁はこれだけではないようだ。

 そもそもポーンたちの持つ考えとビショップの考えは大きく異なっているようである。なぜポーン達と異なった考えを持つビショップを創造主が作り出したのか、それは不明である。



 最後で章 34 注がれ繋がれていく力



 人の感情によって消滅の道を進みだす世界、ガイアス




 それは耳では無く直接その場の者達の頭に届く声であった。魔王アキと同じようにその場にいた者達の頭に直接語り掛けてくるヒトクイの王にして夜歩者ナイトウォーカーでありながら『闇』と『聖』を司る神精霊レーニの声。頭に直接響くレーニの声に驚きの表情を浮かべるその場の者達。しかしそんな中、ソフィアだけはレーニの声を無視して自分にとって宿敵であるビショップとユウトに向け大槍の刃先を向けていた。


― ソフィアさん、お願いします、今はその怒りの矛を収めてください ―


レーニは、ユウト達との戦いを続けようとするソフィアに怒りを鎮めるよう語り掛ける。


「……くぅ……」


 その優しさに包まれたようなレーニの声はソフィアの戦意を喪失させていく。それに抗おうとソフィアは首を左右に振り回し自分の怒りの炎を心に灯し続けようと抗うのであった。


「ソフィアさん、落ち着いてください!」


精霊の神子テイチの声が背後から響く。その声がソフィアにとっては決めてであった。ブリザラの後ろに立つユウトに向けていた大槍を下ろすソフィア。しかしその表情は苦虫を噛み潰したように納得はしていないという意思を表していた。

 大槍を下ろしたソフィアにその場にいた者達は安堵の表情を浮かべる。


― ソフィアさん、あなたの心に湧き上がる怒りの炎、それは今ここにいる人達には分からないものだと思います ―


ソフィアがユウトとビショップに向ける怒り。それは『絶対悪』死神によって心を操られたソフィアが犯した罪によるものであった。

 心を操られていたソフィアは、ガウルドに住む大勢の人々を傷つけたのであった。幸いにも奇跡的に死者は出なかったが、そのことがソフィアの心には深い傷として残っていた。だがその全ての元凶がユウトやビショップで無い事は、薄々勘付いていたソフィア。だがそれでも死神のとった行為をそのまま黙認し続けたユウトやビショップは同罪であると、サイデリーの大型船でソフィアはユウトに襲いかかったのであった。

 そして現在、そんな事をしている状況では無いとわかりつつ、自分の犯してしまった罪に重圧から逃げるようにしてソフィアは、ユウトとビショップにその刃を向けていた。


― 本当は理解しているのでしょう……今はユウトさん達に刃を向けている場合では無いという事を ―


まるで自分の心を見透かしたように語り掛けてくるレーニ。その言葉にソフィアの表情は歪む。


― それに酷な話ではありますが今のユウトさんはあの時のユウトさんとは別人です…ガウルドを襲ったユウトさんはすでにこの世界にいません ―


「なッ……それどういう意味?」


目の前にはしっかりとユウトが存在している。なのに自分が操られるのをただ黙って見ていたユウトはこの世にはいないと言われ困惑するソフィア。


「そ、それは……僕の体が乗っ取られていたからです」


自分の命を狙うソフィアに対して恐る恐る口を開くユウト。


「僕もあまり分かっていないんですが、あの人は……あなたと一緒で異世界からやってきた人なんです」


「な、んであんたがそれを!」


自分が異世界からやってきた住人である事を知っているユウトに驚愕するユウト。


「それは僕の体を乗っ取っていた人が教えてくれました、あなたは別の世界の住人であると」


ソフィア本人ですら未だ実感が持てない真実。しかしそれが事実である事をソフィアも受け入れてはいた。だからこそ、ユウトの言葉が嘘では無いと思ってしまうソフィア。


「……分かった……お前の言葉を信じよう……だがお前が手に持ったその本は別だ」


『あらら、今度は私に矛先が向きますか』


まさか自分に矛先が向くなんて、などとは一切思っていないビショップは芝居がかった口調でソフィアの矛先が自分に向かれた事を驚いてみせた。


『……ソフィアよ、奴に関しては矛先を向けるだけ無駄だ』


今まで黙っていた伝説の盾キングが重い口を開く。


『ええ、キングの言う通りです、ビショップは所有者の心の行くままに行動するという習性があります』


それに続くように伝説の防具クイーンも口を開く。


『所有者が善の心を持っていればビショップは善に染まり、逆に所有者の心が悪の心を持っていればビショップも悪に染まる……そいつは自分で意思を持ちながら所有者に全ての意思を委ねているんだ』


伝説の剣ポーンもビショップについて口を開いた。


『あらら、それはおかしな話ですね……人の心は移ろいでいくもの……その心に寄り添うことの何がいけないというのですか?』


まるで自分を否定したようなポーンの物言いに異議を唱えるビショップ。


『それに善や悪などと言うのは一方からの視点でしか物事を語れない者が言う言葉ですよ……向かいあった善と悪……だが見る角度が変われば善は悪にだって悪は善にだってなりえるのですから』


『御託はいい、お前の行動で罪の無い人々の命が多く失われている事に変わりは無いのだからな』


この場にいる者達が知らない伝説の武具達の長い歴史。それはガイアスに残るどの文献にも記述されていない歴史。その中でビショップはポーン達とと幾度と戦いそして何の罪も無い人々の命を奪ってきた。


『ああ、あなた方は正義の……味方でしたね……そして私はいつもその正義を押し付けられる弱い立場の者達の味方でした』


『まるで自分のほうが正しいというような言い方をするのはやめなさい!』


クイーンの叫びがその場に響き渡る。


『……凄まじいですね、自分は兎に角正しいというその価値観……反吐がでます……とまあ、私達の関係は何処までいっても交わらない……これが私と彼らの間にある深い溝の正体ですユウト坊ちゃん』


ビショプとキングの言い争いを馬鹿馬鹿しいと一蹴したユウトに当てつけるようにビショップは自分達の間にある溝の正体を口にした。


『さて、今の話を聞いてあなたはどう思いますか……ソフィアさん』


「くぅ……」


『ソフィア様、こんな紙切れの言い分を真正面から聞いてはいけません!』


ビショップの問いかけに舌打ちを打つソフィア。すかさず簡易型伝説の武具であるナイトは、惑わされてはいけないとソフィアのフォローに入った。


― 確かにあなたの言っている事は正しいですビショップさん ―


『な、何だと!』


思わぬレーニの発言にキング達伝説の武具は驚きの声をあげる。


『ほう、以外ですねあなたが理解してくれるとは……』


― ですが……確固たる自分の意思を持たず、まるで蝙蝠のようにフラフラとするあなたを正しいとも思えません ―


『あらら、そう来ましたか……』


自分の意思を否定されるビショップ。だがその声には何の感情も乗っていない。


「あああ、もう分かった、分かったよ……あんた達二人を私が殺しても何の意味も無いってことはよく分かったよ」


正直納得したとはいいがたい表情ではあるが、話がややこしくなり考えるのが面倒になったソフィアは、お手上げというように手をあげると武装を解いて踵を返す。


「ソフィア……」


近づいてきたソフィアの頭を優しく撫でるスプリング。スプリングの優しい手に触れたソフィアは思わず涙が出そうになる。それを隠すためスプリングの胸に額を付けた。


「ようは……『絶対悪』を倒せばいいんでしょ?」


「ああ、難しく考えなくていい……お前を苦しめていたのは全て『絶対悪』だ」


ソフィアの心に残る傷。それを今までちゃんと理解していなかった事に気付いたスプリングは、自分の胸の中で泣くソフィアの頭を二度、三度と撫でた。

 

「……レーニさん、生きていたんですね」


自分の胸で泣くソフィアの頭を優しく撫でながらスプリングは、安堵と申し訳なさの入り混じった感情の籠った声でレーニに語り掛ける。

 レーニの命が危険に晒されてこれで一体何度目なのだろうと思うスプリング。少なくとも自分の前でレーニが命を落としかけたのは二度。一度目は、フルード大陸で黒い竜と戦った時、そして二度目はスプリングの母親とレーニが戦った時であった。その全てに自分が関わっていたという事実に、スプリングは不甲斐無さを感じていた。


― そんな気を落とさないでください、私が死にそうになったのは全て自分の責任です、決してスプリングさんの所為ではありませんスプリングさんを感じる必要はありません ―


レーニはまるでスプリングの心を見透かすように、自分が死にそうになったのはスプリングの所為では無いく自分の所為なのだと気を落とすスプリングを励ました。


「……で、てすが……」


だがレーニの言葉を真っ直ぐ受け止めきれないスプリングは、レーニの言葉に食い下がる。しかしスプリングがレーニの言葉に食い下がる理由は他にもあった。


― 大丈夫です、スプリングさん ―


しかしスプリングが何かを言う前にレーニはスプリングの言葉を遮るようにして声を上げる。その声は優しくはあったが、それ以上この話をするつもりはないというレーニの強い意思が感じられた。


― さて、時間がありません、本題に入ります、これから皆さんには各自やっていただきたい事があります ―


スプリングとの話を切り上げ、その場の全員が自分の話を聞く体勢になった事を確認したレーニは、時間が無いといい本題を語り出した。


― まずこれから『絶対悪』を消滅させる為、皆さんにはスプリングさんが進む為の道を作っていただきます ―


「『道?』」


レーニの言葉に皆が疑問を抱く。道とはどういうことなのか、それとなぜスプリングの名が上がったのか、その場にいた人間達は首を傾げる。


「あ、あの何で俺なんですか?」


特に名指しされたスプリングは、なぜ自分が指名されたのか分からず首を傾げながらレーニに聞いた


『それは……あなたが最も強い理を外れし者であるからですよ』


レーニが説明するよりも早く口を開いたのは伝説の本ビショップであった。


― はい、ビショップさんの言うとおりです、スプリングさんにはこの場の誰よりも強い理を外れし者としての力があります ―


「……は、はぁ……あ、あの……そもそも理を外れ者っていうのは何なんですか?」


理を外れし者という言葉は、これまで何度か聞いた事はあったが、具体的にその言葉がどんな意味を持っているのか、どんな力なのかを全く理解していないスプリングは理を外れし者が一体何なのかをレーニに聞いた。


― 理を外れし者とは、このガイアスの世界のシステムから逸脱した存在、例えばソフィアさんやユウトさんの体を乗っ取っていた者のように異世界からやってきた人達の事を、理を外れし者、『絶対悪』の理から外れた者といいます ―


ガイアスには『絶対悪』というシステムが存在する。このシステムは元々ガイアスという世界から争いを無くすという目的の為に生まれたものであった。人の悪意、即ち負の感情を吸い上げ人々から争いなどを無くそうとしたシステムであった。しかし度重なる限界値を超えた負の感情に耐えきれなったシステムは暴走し死神という存在を生み出してしまった。

 そんなガイアスのシステムから逸脱した者、それが理をはずれし者であった。


「……あの、でもそれじゃ俺は理を外れし者とは言えないんじゃ……」


スプリングは異世界からやってきた訳では無く、純粋にガイアスという世界で生まれた人間であり、ソフィアやユウトを乗っ取った存在とは明らかに違う。


― 理を外れし者は異世界からやってきた者だけではありません、それは強力な『聖』の力を持つ獣のガイルズさんであったり、精霊達と深い絆で結ばれたテイチさん、ブリザラさんのような神の目を持つ者の事もいいます ―


 ガイルズの場合、数百年前に活躍した『聖狼セイントウルフ』達の持つ力を遥かに凌駕した『上位聖狼ハイセイントウルフという力を手に入れたことによってガイアスのシステムから逸脱した存在となっていた。

 テイチの場合、本来は有り得ない神精霊四人との同時契約という状況がガイアスのシステムから逸脱した要因であった。

 ブリザラの場合、ガイアスで王として名高い者が持つと言われている『王領域キングオブテリトリー』という力に加え、自身の持つ視覚は殆ど失いはするが、世界を違った姿でみることができると言われる神の目という力を持った事によってガイアスのシステムから逸脱した要因であった。


― そしてスプリングさん、あなたはその中でも特に強い理をはずれし者としての要因を持っています ―


「お、俺が……」


にわかには信じられないレーニの言葉に聞き入るスプリング。


― それは遠い昔、まだガイアスという世界か誕生する前、この世界を作り出したと言われている三人の神の欠片を持つ者……それがスプリングさんあたなです ―


「は、はぁ?」


神という言葉に戸惑うスプリング。


『……なるほど……そういう訳でしたか……』


レーニの言葉に納得したビショップは、誰にも聞こえないほどの声で呟いた。


― この世界を作り出した神の欠片を持つ者、当然その者はガイアスからしてみればシステムを逸脱した存在です ―


スプリングが理を外れし者だという事実を淡々と説明していくレーニ。


― そしてその証拠は、スプリングさん、ヒラキ王から『縁ノ核』を受けとりましたね ―


「……え、ああ、はい」


なぜその事をレーニが知っているのか疑問に思うスプリング。あの時自分とヒラキ以外には誰も気配は感じなかったからだ。しかし神精霊となったレーニならば、自分の行動を感知するのも簡単なのだろうとスプリングはあまり深くは考えなかった。

 そんな事を考えているとスプリングは胸のあたりが物理的に熱くなるのを感じた。それが自分の体の中に溶け込んだ『縁ノ核』の気配であると唐突に理解するスプリング。。


― 『縁ノ核』を手にできたということは、あなたがガイアスという世界を作り出した三人の神の一人、双子神の片割れであるという何よりの証拠……『縁ノ核』は元々双子神の体の一部なんです ―


「『縁ノ核』が……」


そうレーニに言われ、『縁ノ核』をスプリングが強く意識した瞬間、スプリングの体の中にあった『縁ノ核』が強く光だした。


「こ、これは……」


緑色に輝くその光はスプリングの体を包み込んでいく。


― スプリングさんが双子神の事を強く意識した事によって体内に溶け込んだ『縁ノ核』が反応したのでしょう…… ―


強い光を発するスプリングにそう言ったレーニは一旦言葉を区切る。


― これで器であり『絶対悪』を穿つ剣となるスプリングさんの準備は整いました……しかしこれだけでは準備がたりません……器となったスプリングさんに『絶対悪』を滅ぼす為の力を注ぐ力が必要になってきます…… ―


そう言って再び言葉を一旦切るレーニ。


― その為に……テイチさん ―


「わ、私ですか?」


テイチの名を口にしたレーニの声は何処か躊躇しているようであった。レーニに突然名指しされたテイチは背筋を伸ばし緊張した面持ちになってレーニの次の言葉を待つ。


― スプリングさんにあなたの理を外れし者としての力を託すために、スプリングさんの体に触れてください ―


テイチが持つ理の外れし者としての力を託すためにスプリングに触れろと促すレーニ。


「……待てレーニ……テイチに危険はないのだろうな」


しかしそこに待ったをかける声が響く。その声の主は水を司る神精霊ウルディネであった。ウルディネは少し前から躊躇が感じられるレーニの声を聞き逃していなかった。自分達の契約者であるテイチの身に危険は無いのかとレーニに尋ねる。それは他の神精霊達も疑問に思っているようでレーニが発する言葉を真剣な表情で待っていた。


― ……はい、テイチさんの命の保証はします……ですが、テイチさんがスプリングさんに触れると、精霊の神子としての力を通じてこのガイアス中に広がる精霊達の力の全ては器となったスプリングさんに注がれる事になる……そうなればこのガイアスから精霊という存在は消えることになります ―


「な、何だと!」


精霊がガイアスから消えるというレーニの言葉に声を荒げたのは炎を司る神精霊インフェリーであった。


― 精神世界とガイアスとのつながりは完全に断たれ、精霊達がガイアスへ行く事は不可能になります、それによってガイアスでは精霊の持つ力は一切失われるということになります ―


「えッ!」


それは即ち、テイチとウルディネ達神精霊の別れを意味していた。それだけでは無く、ガイアスから精霊が居なくなるということは、徐々にガイアスの人々が魔法を使えなくなるという事でもあった。


「精神世界とこの世界の繋がりが消えるなど……テイチとの別れなんて、私は認めんぞそんな事! 」


誰よりもテイチを溺愛するインフェリーは、精神世界とガイアスの繋がりが消えるということよりもテイチとの別れに大きなショックを受けていた。


「落ち着けインフェリー、今ここでワシ達精霊の力を器となったあの男に注がねば、テイチはこの世界と一緒に消滅することになるのだぞ……」


ショックを受け混乱するインフェリーを冷静にさせようと土を司る神精霊ノームットが慌てて口を開く。


「な! ……ぐぅぬぬぬ……」


一瞬納得しかけたインフェリーであったが、まだテイチとの別れのほうがショックが強いのか唸り声をあげる。


「そうだよ、世界が消滅しちやったらテイチも死んじゃう、あえなくなってもテイチが生きているほうが大事だよ」


場の重い雰囲気に全く染まらない風を司る神精霊シルフェリアは笑顔でそう言うと、テイチに視線を向けニコリと笑みを浮かべた。


「ぐふぅ……確かに……」


まるで血反吐を吐くようにして炎を口から吐いたインフェリーは、二人の神精霊の言葉に自分の考えを改め、その目から炎の涙を流しながら、愛おしくテイチを見つめ静かに頷いた。


「ワシ達の覚悟は決まっておる……後はテイチよお前だけだ」


優しい口調でノームットはテイチに最後の判断を委ねた。


「……」


今まで自分を支えてくれた者達の永遠の別れ、そんな重い決断をしなければならないテイチは、どうしていいのか分からず困った表情でウルディネを見つめた。


「テイチ、たとえこのガイアスから精霊達の存在が消え目に見えなくなったとしても、私達とお前の絆が消えることは無い……わかるな?」


ウルディネは優しく微笑むと決断を迫られるテイチの肩に優しく手を添える。


「ウルディネ……」


そのひんやりとした手の感触を感じながら、テイチはポツリとウルディネの名を呟くと自分の周囲に集まった他の神精霊達の顔を見渡す。その目には大粒の涙がたまり零れ頬を伝っていく。


「……それで……いいんだね……」


テイチの言葉に神精霊達は頷く。


「分かった……」


目に溜まった涙を拭ったテイチは、真っ直ぐにその足をスプリングの下に進めていく。


「スプリングさん、精霊達の力、よろしくお願いします」


「ああ……」


事態の大きさに未だついて行けないながらも、テイチの覚悟、そして神精霊達の覚悟にスプリングは力強く頷く事でその想いに答える。


「じゃ行きます」


テイチはそう言うとゆっくり、恐る恐るスプリングの体に手を触れる。

 次の瞬間、テイチから発せられた精霊の属性を現す四色の光が浮かびあがりスプリングの体に吸い込まれていくように取り込まれていく。


「みんなッ!」


テイチからスプリングへ流れていくガイアス中の精霊の力。それと同時に神精霊達の体か半透明になり次第に消えていく。その神精霊達の姿にテイチは叫んでいた。


「しっかりと大地を踏みしめられる大人になるのだぞ、テイチ」


「風邪とか引かないでよ、それ僕の所為じゃないからね!」


「寒い時は私の事を思い出せテイチ、例え離れた場所にいようとも私はいつでもお前を抱きしめてやるからな!」


神精霊達は最後の別れの言葉を残しその場から姿を消していく。


「……テイチ、今まで色々とありがとう……お前は良き契約者であり、そして良き友でもあった……この世界の事、そしてアキの事を頼む」


テイチと一番繋がりのあったウルディネは、そういうと切なく笑みを浮かべテイチの前から姿を消した。


「……みんな……」


ガイアス中の精霊達が、それぞれの神精霊を通し精霊の神子を介して器となったスプリングに注がれていく。


「こ、これは……」


人間一人が持つにはあまりにも強大な力を自分の中に感じ始めるスプリング。そのあまりにも強大な力にスプリングの表情は戸惑いを隠しきれなかった。


「テイチ!」


全てを出し切ったテイチは意識を失いその場に倒れ込む。倒れ込んだテイチに駆け寄よったソフィアは、テイチの体を抱きかかえる。少し遅れてブリザラもテイチの下へと駆け寄ってくる。


― 大丈夫です、力を使い果たし意識を失っただけ……です ―


気を失ったテイチを心配するソフィアとブリザラにテイチは大丈夫だと話しかけるレーニ。


「あ、あの……レーニさん……この力は、人一人が持っていいような力ではないですよ」


スプリングは自分の中に湧き上がる精霊達の力を感じ、その力を持て余すように戸惑いながらレーニに話しかける。


― その強大な力を手にして……その力に恐怖しているスプリングさんならば……正しく扱うことができます ―


「レーニさん?」


少し様子がおかしいレーニの声に疑問を抱くスプリング。


― ……準備は整いました……『絶対悪』の下へ向かうとしましょう ―

 

 しかしスプリングの問いかけに答えずレーニは、これから『絶対悪』の下へ向かう事を宣言した。


「……はい」


やはり様子がおかしいとレーニの声を注意深く聞くスプリングは、少し間をあけて頷いた。


「待って! 私も行く」


テイチを横に寝かせたソフィアは立ち上がると、自分も行くと声をあげる。


「え! ま、待てソフィア……お前はここに残るんだ!」


「……そうはいきませんよね、ソフィアさん、そして私も行きます」


そう言ってソフィアに続くようにして声をあげるブリザラ。


「ブリザラ! お前も何を言っている、お前もここに残って……」


― はい、そう言うと思っていました……ソフィアさんとブリザラさんの力は……これからの戦いに置いて必要不可欠なものです、是非……スプリングさんに同行してください ―


声に疲れのようなものを感じるスプリング。やはりレーニの身に何かが起こっているのだとスプリングは断定した。


「あ、あの僕も行きます」


スプリングがレーニの異変に気付く中、場の雰囲気に流されるようにユウトも自分も一緒に行くと口を開く。


『はぁ……駄目ですよ、ユウト坊ちゃん』


しかしそんなユウトの言葉をため息を混ぜながらすかさず止める伝説の本ビショップ。



― はい、ユウトさん達には……ここに残ってやって頂きたいことがあります ―


この頃になるとブリザラとソフィアもレーニの様子がおかしい事に気付いたのか互いの顔を見合わせる。


「え?」


この場に残れとレーニに言われたユウトはなぜかと首を傾げる。


― ユウトさんとビショップさんには、この場に残って私が作り出した結界世界の維持を行っていただきます ―


すると突然何も無いところに歪みが生じ、人が一人は入れるほどの穴が開く。その穴の先は暗闇で何も見えない。


― この先に待つのは『絶対悪』……現在『絶対悪』は私が作り出した結界世界に閉じ込められています……ですが精霊である私の力は、今スプリングさんの中に注がれています ―


そう口にした瞬間、レーニの様子がおかしい事に気付いてたスプリング達は、その原因がなんであるのかを悟った。


― 私が消えれば私が作り出した世界も消え再び『絶対悪』はこのガイアスに出現する、そうなれば先程のように再びガイアスは負の感情に支配されることになる、そうならない為に『不正チート』という能力を持つユウトさんと『万能鏡マジックザミラー』の能力を持つビショップさんにこの結界世界の維持を頼みたいのです ―


 ガイアス中の精霊の力が全てスプリングに注がれたという事は、『闇』と『聖』を司る神精霊であるレーニも例外では無く、徐々にではあるがレーニの持つ精霊の力もまたスプリングへと注がれていた。


『ええ、こうなる事は分かっていました……少々骨は折れまずが、私とユウト坊ちゃんの力で完璧にあなたの力を再現してみせましょう』


レーニの言葉にビショップは自分とユウトに任させろと言う。しかしユウトは困惑していた。


「あ、あのビショップさん、僕そんな事できる自信ありません」


小さいながらも世界を作る、それはもはや神の域に達した行いであり、人間であるユウトには想像できない事であった。


『大丈夫です、ユウト坊ちゃん……私がついていますから』


全く何処から湧いてくるのか分からない自信。それを無理矢理ユウトに押し付けるビショップの言葉は強引であった。


「そ、そんな……」


悲鳴のような声をあげるユウト。


― もう私に残された時間はありません……ユウトさんよろしくお願いします ―


「……ああ、わかりましたよ、もうこうなったら世界の一つや二つ僕と【ビショップさん】でどうにかしてみせますよ!」


時間が無いというレーニの言葉に追い詰められるユウトは、自棄を起こしレーニの願いを聞き入れた。しかし勢い任せに聞き入れたのはいいものの、やはり自信が無いのかユウトはビショップの名を強く強調する。

 自分の意思とは関係無く、この戦いいに置いての要を任されたユウトは、ポカリと空いた大穴に向かい手をかざす。


「こ、これでいいんですか?」


『はい、ユウト坊ちゃん、それでかまいません』


ユウトとビショップがレーニの作り出した世界を維持する体勢に入る。


― どうやら、時間のようです、今まで色々とありがとうございました ―


まるで別れの挨拶のようにそうスプリングに告げるレーニ。


「……待ってくださいレーニさん……あなたも他の神精霊と同様にガイアスからは存在しなくなるけど、精神世界で生き続けるんですよね?」


レーニの言葉に一抹の不安を感じたスプリングはレーニに聞いた。


― …… ―


何も答えないレーニ。それが答えだと言う事を悟ったスプリングは、レーニに待ち受ける未来を想像し絶句する。二人の会話を聞いていたブリザラもレーニが精神世界からも消えてしまうという事を悟ると思わず手で口を押せえると込み上げてくる感情を押し殺した。


― さあ、時間ですスプリングさん達はこの穴の中に入ってください……そしてこの先に待つ、聖なる獣と共に、『絶対悪』を討ち滅ぼしてください ―


その言葉に頷く事しか出来ないスプリングとブリザラ。ソフィアもレーニの事を悟ったのだろう一旦暗闇の続く穴から視線を外し空を見上げる。


― ああ、それとユウトさん ―


「な、なんですか?」


ヒトクイの王でもあるレーニに再び声をかけられたユウトは、これから何が起こるのかと緊張しながらレーニの声に反応する。


― これからのヒトクイの事を頼みました ―


「えッ?」


それ以降レーニの声はその場の者達に聞こえる事は無かった。

 レーニという存在が消失すると同時に、何もない所に出現していた穴はその力を失ったのか大きく広がり始めた。するとユウトの体に突如として凄まじい圧が襲う。


「くぅ……こ、これ……」


一瞬でも気を抜けば押し潰される圧力。ビショップの力を借り、その中に宿っている黒竜ダークドラゴンの圧倒的な生命力を使い『不正チート』を使っても尚、ユウトに圧し掛かる圧力は軽減されず容赦なくユウトを押し潰そうとしてくる。


『くぅ……これは少々甘くみていましたね……』

 

何とか現状維持を試みるユウトとビショップ。広がり始めた穴は少し広がった所で動きを止める。


「ま、不味いですよ……こんなの長く耐えられる自信が……くぅ……」


全身にかかる圧に長い間耐える自信が無いと口にするユウトの表情は苦悶で歪む。


『ポーンの所有者!』


ビショップは苦しむような声でスプリングを呼ぶ。


「な、なんだ?」


今まで聞いた事の無いビショップの声にそれほどまでに苦しい状況にあるのだと悟ったスプリングはすぐさまビショップに視線を向けた。


『神精霊の消失に悲しんでいる暇はありません、持って5分です、私とユウト坊ちゃんがこの世界を維持できるのは今から5分です……その5分の間で決着を付けてください』


「えッちよっとビショップさん、神精霊の消失って?」


『ユウト坊ちゃんは余計な事を考えず、結界世界の制御に集中してください!』


珍しく口にする言葉を間違えたと思ったビショップは、自分の言葉に疑問を持ったユウトを強引な力技で誤魔化した。

 スプリング達に残された時間は5分。正確にはすでに5分を切っている状況が『絶対悪』を討ち滅ぼす為にスプリング達に与えられた制限時間であった。


「二人とも……準備はいいか!」


しかし焦ってはいけないと深く深呼吸を一度すると自分の両脇に並んだソフィアとブリザラに声をかけるスプリング。


「うん!」「はい!」


どうやら二人の覚悟はスプリング以上ですでに戦闘態勢に入っている二人に入っていた。そんな二人の姿に心強いと心底思うスプリング。


「よし、突入する!」


そういうとスプリングを先頭に三人はレーニに作り出した『絶対悪』を封じているという世界に飛び込んでいくのであった。



「……あ、あの……ビショップさん」


三人の姿が消えた事を確認すると苦しそうな声でユウトがビショップに話しかけた。


『何でしょう、ユウト坊ちゃん』


話しかけてくるユウトに、苦しい声で答えるビショップ。


「五分って……いってましたけど、五分持たないですよね……」


自分に圧し掛かってくる圧を感じながらユウトは、五分もこの状況を維持する事は不可能だとビショップに告げる。


『ええ、ですがポーンやキングビショップの前で情けない姿を見せるのは癪だったもので……つい強がってしまいました』


苦しいながらも笑うビショップの声にユウトは苦笑いを浮かべる。


「案外ビショップさんって負けず嫌いなんですね」


『はて、負ける事が好きな人などいないと私は思いますが?』


本当の意味で追い詰められた状況の中、ユウトはビショップの人間臭い部分に初めて触れた気がして苦笑いはいつの間にか本当の笑みへと変わる。


「わかりました、僕もビショップさんのその維持に付き合いますよ」


そう言ってユウトは己に気合を入れるのであった。


「ところで、さっきの話なんてすけど……」


『集中、集中ですよユウト坊ちゃん』


話を蒸し返され再び強引に話を誤魔化すビショップ。それはビショップなりのユウトに対しての思いやりであった。


 ユウトとビショップの力が尽きるまで後4分30秒。


ガイアスの世界


 結界世界


『闇』と『聖』を司る神精霊レーニの力の一つとして空間を作り出すというものがある。それはガイアスとは隔離された別の世界といってもいいものである。

 そして結界世界とはレーニの空間を作り出す力を利用した力である。それは小さいながらも一つの世界を作り出し、その中に入った者を閉じ込めるというものである。しかしこの結界世界には大きな力の負荷がかかる。世界を作り出すのだからそこにかかる負荷は凄まじくレーニはその命を賭して『絶対悪』を封じる結界世界を作り出したのであった。

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