最後で章 33 混乱
ガイアスの世界
ビショップの中に取り込まれた黒竜
伝説の防具クイーンが持つ能力の中に魔物などを取り込みその魔物の持つ力を使う能力があるが、それは伝説の本であるビショップが持つ『万能鏡』を発動させることで使う事が可能である。
その能力で現在、黒竜はビショップの中に取り込まれた状態となっている。
最後で章 33 混乱
人の感情によって消滅の道を進みだす世界、ガイアス
『そんな興奮すると、血圧が上がってポックリいっちゃいますよ』
突然伝説の盾キングの前姿を現した伝説の盾ビショップとヒトクイの志願兵、統率補佐であるユウト。その姿に驚きと怒りを含んだ声を上げた伝説の盾キングを、血圧に悩む老人のように扱うビショップは憐れむように諭した。
血液が流れていないキングに血圧が存在するのかは不明であるが、諭すというには余りにもふざけた物言いなビショップに対してキングの怒りは更に増していく。
『黙れ! ……なぜだ、お前は小僧に……魔王化したアキによって消滅したはずだ!』
人々の殆どが知らないガイアス消滅の危機、その当事者である伝説の本ビショップは、ヒトクイの首都ガウルドでその身を『闇』へと落とし魔王化したアキによって討たれ消滅したはずであった。そのことはその場にはいなかったキングもジョブシリーズが放つ特別な反応によってビショップが消滅した事をしっかりと確認していた。
しかし今、キングは消滅したはずのビショップの反応をその身に感じ取っている。紛れも無くそこに存在する伝説の本は本物であるとその反応がキングに示している。
ビショップが復活するなど一切想像していなかった事にキングは動揺していた。その動揺が現れるようにしてキングが多重展開している『絶対防御の制御は乱れ肥大化を続ける負の感情はその勢いを増していく。
『キング、今あなたは私の事を気にしている状況では無いと思うのですが?』
『くぅ……』
ビショップの言葉をを不服に思いながらも確かにそうだと思うキング。突然のビショップの復活、出現によって動揺したキングは乱れた『絶対防御』を立て直し、再び負の感情を押し込める事に集中する。
「……」
苦しい呻きをあげながら迫りくる負の感情を黙々と防ぐキング。その姿にケラケラと笑うビショップ。そんな二つの伝説の武具達を横目にユウトは、キングを握りしめたまま茫然と立つサイデリーの王ブリザラの姿に動揺していた。
サイデリー製大型船の中で初めて出会った時のブリザラとは全くの別人のようであったからだ。その姿には覇気も気力も感じられず、サイデリーの王かと疑うほどに絶望したような表情をしていた。
『……なるほどどうやら負の感情がその女性の心に干渉しているようですね』
「心に干渉?」
『ええ、負の感情は人の心が作り出した物、その力は容易く人の心の隙間に入り込み干渉する事ができるのです』
負の感情の性質についてユウトに説明するビショップ。
「干渉されるとどうなるんですか?」
『周囲をご覧ください、この場にいる人間はユウト坊ちゃん以外干渉されていますよ』
ビショップの言葉にユウトは周囲を見渡す。ユウトの視線が止まった先には、本来ならば一人居るだけで災害を引き起こすことも可能である程の力を持つ神精霊達の姿があった。しかしそんな絶大な力を持つはずの神精霊達の表情は暗く疲弊していた。なぜそんな神精霊達が疲弊しているのかユウトには分からない。
そんな神精霊達は負の感情から何かを守るようにして陣形を組んでいるようであった。何かを守るようにして陣形を組んでいる神精霊と神精霊の隙間に視線を向けるユウト。そこにはブリザラと同様に覇気も気力も無ない何かに絶望し怯えるような表情でどこかを見つめる精霊の神子テイチの姿があった。
「……」
ユウトとテイチには全く接点が無い。ユウトは遠目からその姿を見た事があるぐらいでテイチと話をした事は一度も無い。だがテイチの事を殆ど知らないユウトであっても明らかに今のテイチの表情が異常である事は理解できた。
「……これ、まずいんじゃないですか?」
『ですね、このままいけば負の感情は、この世界を覆い尽くすことになるでしょう……そうなれば、この場にいる者達のような人々が増える……いやそれならまだいいほうですね、もし負の感情が世界中に飛び散りそこにいる人達の眠っている攻撃的な部分に干渉すれば、至る所で争いが起き始め、瞬く間にこの世界は地獄となるでしょう』
恐ろしい事をサラッと言うビショップ。
「え、それって物凄くまずいじゃないですか! そんな事になる前に止めないと!」
ブリザラやテイチの姿、そしてビショップの言葉に思っていた以上に目の前の状況が危険である事を再確認したユウトは、今動けるのは自分達だけだと言わんばかりに負の感情を止めようと動きだそうとする。
『ユウト坊ちゃん、少し落ち着いて』
居てもたってもいられないユウトは、ビショップの声など耳に届かず周囲を見渡しながら『絶対防御』を展開しているキングへと近づいていく。
「……ッ! ……あの人は……」
驚きの表情を浮かべながらユウトは視線の先にいた人物を凝視する。そこにはサイデリー製大型船でユウトの命を奪おうとした女性、ソフィアの姿があった。
しかしそこにいたソフィアは、ユウトがサイデリー製大型船で見たソフィアとは全くの別人のようであった。ソフィアは何かに怯えるように自分の腕で自分を抱きながら一人の少女のように体を震わせていたからだ。その姿にはユウトに見せたあの荒々しく恐怖を感じるような強さは一切見られない。
他の二人とは少し様子が違うが、ソフィアも負の感情に干渉を受けているのは明らかでありユウトは人の心に干渉してくる負の感情を凝視する。
『アレを見るなビショップの所有者! アレを真っ直ぐに見つめるとすぐに心が干渉されるぞ!』
『絶対防御』の制御に集中していたはずのキングがユウトに叫ぶ。
「え? ……あ、はい!」
キングの言葉に咄嗟に負の感情から視線を晒し地面に向けるユウト。
『大丈夫ですよユウト坊ちゃん、あなたには『不正』の能力がある。負の感情によって心を干渉されないようすでに能力が発動しています』
ユウトの持つ『不正』という力は、持つ者に絶対的な勝利をもたらす能力と言われている。その能力は命を削ればどんな事でも実現できるとんでもないものであった。
そんなとんでもない『不正』という能力の前では、人の心に干渉し行動不能にしてしまう負の感情ですら無意味と化す。
「え、勝手に発動しているんですか?」
自分では全く実感が無いユウトは、すでに能力が発動していると聞き慌ててビショップに聞き返した。
『ええ、私の内に潜んだ蜥蜴野郎の生命力がガリガリと削られるのを感じましたから』
魔王アキと共にいた蜥蜴野郎こと、黒竜は、現在ビショップの中でユウトが持つ『不正の能力の代償を肩代わりしている状態であり、ビショップは黒竜の生命力が減った事をユウトに説明した。
「え、あの、だ、大丈夫なんですか?」
ビショップの中に居る黒竜の事を心配をするユウト。
『ええ、これぐらいならば全く問題ありません』
「そ、そうですか……」
その言葉が黒竜本人の口から出た言葉ではない為、ビショップの言葉を信じる事が出来ないユウトは疑いながら一応納得したように首を縦に振った。
『なぜ黒竜がお前の下にいる!』
黒竜という名に今まで黙々と『絶対防御の制御に集中していたキングが反応し声を荒らげた。
『別にそれを説明する義務はありませんね』
キングの問に答えないビショップ。それは巡り巡ってユウトの『不正』という能力の唯一の弱点を説明する必要がでてくるからであった。何も正直にユウトの能力やその弱点を説明する必要は無いと思ったビショップは、いつものような軽いノリで黒竜の説明をはぐらかした。
『お前の所有者は黒竜が制御できるのか?』
黒竜の力が恐ろしくそして暴走しやすい事はキングも知っている。そんな危ない力を内包するビショップを所有者が制御できるのかキングには疑わしかった。
『やめてくださいキング、あなたがたの無能な所有者とユウト坊ちゃんを一緒されては困ります』
キングの言葉に珍しく語気を荒げるビショップ。
『むむむ! その言葉聞き捨てならないな! 我ソフィア様を愚弄するとは許せないぞ紙切れ!』
そんなビショップの他の所有者批判にいち早く反応したのは、キングでは無くソフィアの腕に纏われた手甲、簡易型伝説の武具ナイトであった。
『なッ! ……ふぅ……私を紙切れと……はぁ……しばらく会わないうちに生意気な自我を持ちましたね』
突然会話に入ってきたナイトに少し驚きながら紙切れ呼ばわりされたビショップは、ため息を吐きナイトに矛先を向ける。
『ああ、例え私がお前のような紙切れに作られた数ある簡易型伝説の武具の一つだとしても、今私はソフィア様に仕える伝説の武具ナイト、例え私を作り出した紙切れであるお前であってもその言葉、許しはしない!』
簡易型伝説の武具ナイトは、ビショップやキングと同様に月石という人の心を力に変える特殊な鉱石で作られており見た目だけで言えば伝説の武具達と変わらない。しかし決定的に違う所がある。それは簡易型伝説の武具には自我や意思が存在しない事であった。
なぜ簡易型伝説の武具は自我を持たないのか、その理由はその運用方法にあった。何の力も持たない者が誰でも伝説の武具のような強大な力を扱う事ができるようにするために簡易型伝説の武具は作られたからであった。キングやビショップのように所有者となりえるのか能力を見定める自我は簡易型伝説の武具には邪魔で必要無かったからだ。
しかしソフィアの腕に纏われた簡易型伝説の武具ナイトはその本来の仕様を逸脱し自我を持っていた。これは簡易型武具を作り出したビショップにとっても想定外の出来事であった。
『……なるほど、死神が攫ったその女性はただの人では無く、簡易型伝説の武具が自我を持ってしまう程に何かを持った人だったという訳ですね』
自我を持ち自分を作り出したビショップに歯向かうナイトの言葉を聞き、納得するビショップ。
『……しかし結局、負の感情によって心を干渉され行動不能になっている、あなたの所有者が無能である事に変わりはない』
だが結果として負の感情によって心を干渉されてしまったソフィアはやはり無能だと断言するビショップ。
『な、何だと!』
ビショップの言葉にあからさまに怒りを表に出すナイト。
『結局……ユウト坊ちゃんが一番なのですよ』
伝説と名の付く自我を持った存在達には、自分の所有者が一番であると自慢したがるという変な習性がある。その習性を出し惜しみなく発揮するビショップの声は悦に浸っていた。
「あの……そう言ってくれるのはうれしいですけど、今はどうでもいい事です! 早くこの状況をどうにかしないと!」
しばらく伝説の武具達の会話を聞いていたユウトは話が脱線している事に気付き、悦に浸るビショップに強く声をかける。
『ああ、そうでしたね、申し訳ありません少し話が脱線してしまいました』
ユウトの言葉によって所有者自慢の悦から我にかえったビショップは、ユウトに謝罪する。
『待て、まだ話は終わってないぞ!』
『……さて、では先程の話の続きですキング、私達の力をお貸ししましょうか?』
騒がしく怒鳴るナイトを無視するビショップは、この場に姿を現した時にキングに対して持ちかけた話の続きをしようと話を進める。
「ビショップさん! まだそんな事を!」
この状況でまだそんな事を言うのか、なぜ素直に一緒に戦うと言えないのかといい加減ビショップに腹を立てるユウト。
『ユウト坊ちゃん、お言葉ですが私と彼らには深い因縁があります、かつて私がとったある行動が元で彼らは私を恨んでいる、彼らは私を絶対に許さない……だから私は彼にその意思を聞かねばならない……恨みを持つ私から力を借りるのかと……』
『ぐう……むむむ』
ビショップの言葉に苦しい唸りをあげるキング。ビショップの言う因縁に感情を揺さぶられているようであった。
ビショップとキング達の間にある因縁、それは果てしないほど遥か昔、彼らを造った創造主の死が起因となっている。創造主はビショップによって殺されていた。その理由をビショップは未だにキング達に語っていない。下手をすれば語る必要も無いと思っているようだ。
創造主の死を境に彼らは敵対しそしてその因縁は今この時、自分達が追い詰められた状況でも決して消える事なく続いているのであった。
「あーもう馬鹿馬鹿しい!」
しかしそんな彼らの間にある因縁を馬鹿馬鹿しいと一蹴するユウト。
「世界がどうこうなってしまうかもしれないという時に、何が因縁ですか! そんな
もの捨ててしまえ!」
その因縁がどんなものであるのかそれはユウトには分からない。しかし今ガイアスが消滅してしまうかもしれないという危機的状況に勝る因縁など無いとそう思うユウトは、ビショップとキングを怒鳴りつけた。
『……な、何だと……』
一瞬自分達がビショップに抱く恨みを軽く見られていると思ったキングであったが、冷静に考えればユウトの言葉が正しい事を理解しているキングは、その後に続くはずてあった言葉を飲み込んだ。
『さすがユウト坊ちゃん、やはり私の所有者として……』
『ビショップさんもいい加減にしてください……他人の弱みに付け込んで上から物をいうの……腹が立ちます』
キングやナイトに対して、そしてブリザラやソフィアに対しての言動に内心腹を立てていたユウトは、その想いをビショップにぶつける。
『あらら怒ってますね』
だがそんなユウトの想いに対して反省の色は見えず漂々と笑ってごまかすビショップ。
言っても駄目なのかと呆れた表情でため息を吐いたユウトは、そんな呆れた気分を瞬時に切り替えると視線をキングに向ける。
「キングさん……あなたやビショップさんがなんと言おうと僕はこれからあなた達に力を貸します、勿論、
ビショップさんが持つ力も出し惜しみはしません……いいですね」
『絶対防御』を制御し続けるキングにそう宣言するユウト。
『……君の言っている事は正しい、私からも頼む、その力を貸して欲しい』
ユウトが口にした言葉を正しいと認めた上でキングは、素直にその力を貸して欲しいとユウトに頼んだ。
「はい!」
キングの言葉に頷いたユウトはその視線を再び『絶対防御』に張り付き蠢く負の感情に向ける。
≪ユウト坊ちゃんにああまで言われては仕方ありません、今は一時休戦としましょうキング≫
≪全くお前にはもったいない所有者だな、この青年は≫
ユウトには聞こえないよう二人だけの会話を交わすビショップとキング。
≪ええ、私の所有者ですからね≫
「ど、どうしたんですかビショップさん」
突然鼻歌を口ずさむビショップに驚いたユウト。
『いいえ、なんでもありません、さてでは仕事をしますか』
そういうと伝説の本ビショップはヒラキページがめくられる。
『キング、私の合図で今展開している全ての『絶対防御を解いてください』
『な、なんだと!』
突然のビショップの提案に声を荒げるキング。
『もう本当にあなたは一々五月蠅いですね、私の力を理解しているあなたならすぐ察してください』
『……ま、まさかお前!』
ビショップの言葉に何かに気付いたキング。
『理解しましたね……では行きますよ』
『お、おいちょっと待て!』
キングの言葉を無視してビショップは光輝く。それに合わせるようにキングは多重展開していた『絶対防御』を解いた。
『絶対防御』が解かれた事が分かるといっきに飛散しようとする負の感情。しかし飛散する事無く負の感情は何かに阻まれる。
『『万能鏡』……全く無茶をする、タイミングが少しでもずれていれば終わりだったぞ』
呆れた声をあげるキング。しかしビショップの目論見は達成されていた。負の感情を阻んだ何か、それはビショップを中心にして展開された『絶対防御であった。
『そう私のこの能力があればあなたの代わりをする事などユウト坊ちゃんを悪に染めるより簡単です』
「よくわからない例えですが、そういう事は絶対しないでください」
よくわからない例えをしたビシッョプに苦笑いを浮かべながらツッコむユウト。
『万能鏡』とはどんな職業の技や魔法も所有者が耐えられるものであれば完全にコピーできる能力であり、所有者に絶対的な力をあたえる。
ビショップが展開した『絶対防御』によって再び閉じ込められる負の感情は勢いよく『絶対防御』にぶつかり飛び散っていく。
『だが……お前のそれは私の『絶対防御』に劣るのではないか?』
『万能鏡』は同族である他の伝説の武具達の能力もコピーする事ができる。しかし伝説の武具達の能力を完全にコピーする事はできず、オリジナルに比べ少々力が劣る事をキングは知っていいる。このままではすぐに負の感情によって『絶対防御』は破られるのではないかと心配するキング。
『そう、思うでしょう、しかし私にはユウト坊ちゃんがいます』
「……あ、なるぼと、分かりましたビショップさん」
キング以上に察する能力にたけたユウトは、ビショップの言葉で何かに気付いたのか、ビショップを持っていない左腕を上げる。
『ま、まさか!』
キングが声を上げた瞬間、ビショップが展開している『絶対防御』に厚みが増し、キングやブリザラが展開するものよりも強固な『絶対防御』がその場に展開していく。
『……ふふふ、詳しくはお教えできませんが、これがユウト坊ちゃんの力です』
ここで自慢しなければどこで自慢すると言わんばかりにビシッョプは、ユウトの凄さを自慢する。
『くぅ……私や王のものよりも……』
分厚く強固に展開された『絶対防御』を前にキングは何とも面白くないというような声をあげる。
「あの……ビショップさん、それでこれからどうするんですか? さっきと状況は殆ど変わっていませんよ」
ユウトが言うように、確かにキングやブリザラが展開するものよりも分厚く強固な『絶対防御』は展開されたが、それで状況に何か変化があった訳では無くユウトにはただの現状維持にしか思えなかった。
『……何かあるのだろう?』
『絶対防御』からの肩の荷が下りたキングは、未だ茫然と立ち続けるブリザラを気遣いながら、何か考えがあるのだろうとビショップに聞いた。
『ええ、勿論……ですが、主役がこないですね』
『主役?』
『ええ、私的には物凄く不満でならないのですが、どうやらこの状況をキッチリと終わらせる事ができるのは、ポーンの所有者だけのようなんですよ、私はユウト坊ちゃんなら問題なく終わらせる事ができると思っているんですがね……』
この状況に終止符を討てるのはポーンの所有者、スプリングだけだとキングに不満を漏らすビショップ。
『スプリングか……』
確かにスプリングがいれば、追い詰められたこの状況を打開できる可能性はあるかもしれないと思うキングではあったが、今何処にいるのかも見当がつかず生きているのかも分からない。そしてスプリングと行動を共にしているはずの伝説の武器ポーンの反応が感じられない事に不安を抱くキング。
「あの……そのスプリングさんって……」
そうユウトが口にした瞬間であった。
『……話をしていたらなんとやら……ですね』
『そのようだな……心配をかけおって』
ビショップとキングは何かを感じ取ったようにそう口にすると次の瞬間、ビショップとユウトが展開する『絶対防御』が眩い光に包まれていく。
眩い光は爆発するように『絶対防御の中で広がるといっきに集束を始める。
「はぁああああああああ!」
『……突然ですね』
ビショップが呟いた矢先、集束する光からは突然大きな光の刃が放たれた。すると言葉とは裏腹にビショップはまるでそうなる事を理解していたかのように『絶対防御』を一瞬で解除する。消失した『絶対防御』からまるで吐き出されるかのようにいっきに放たれた大きな光の刃は、『絶対防御』の押えから解き放たれた負の感情を一瞬にしてかき消し周囲を白く染めるのであった。
― 場所不明 ―
「ソフィア……ソフィア」
深い暗闇の外からソフィアを呼ぶ優しい声が響く。その優しい声に導かれるようにソフィアはゆっくりとその目をあける。
「……」
開けた目に飛び込んできた光景に凍りつくように固まるソフィア。そこには無残な姿となった盗賊時代の仲間達の姿があった。
「は……はぁ……いやああああああああ!」
恐怖と悲しみに絶叫するソフィア。その場から逃げようとするソフィアであったが、何故か体を動かすことが出来ないソフィア。その無残の光景を目に焼き付けソフィアは意識を失う。
「ソフィア、ソフィア」
するとまたソフィアを呼ぶ優しい声が聞こえ始める。ソフィアはその声に導かれるように再び目をあけた。しかしそこに飛び込んできた光景は、先程と同じ盗賊時代の仲間達の無残な死骸の山であった。
その一連の状況は永遠と続き、数えきれないほど繰り返されるその光景にソフィアの心は砕け今にもバラバラになりそうなほどボロボロになっていた。しかしそんな苦しみを味わいながらもソフィアは、深い闇の外から響く優しいその声に導かれるように再び目をあけてしまう。
― もう限界だソフィア……諦めろ ―
ボロボロになったソフィアの心に響くグレイルの声。
― もう止めるんだ ―
すでに絶望の底を知っているようなグレイルの声は、何度同じ光景を見ても再び目を開ける事を止めないソフィアに止めろと呟く。
目を閉じそのままでいればもう辛い光景をみることは無いはずなのにも関わらず、目を開くという行動を決して止めないソフィア。
「……いやあああああああああ!」
何度グレイルが止めようともその言葉を聞かずその先に絶望が待っていると分かっていてもソフィアは、目を開ける事をやめない。
永遠に続く絶望、それは何度と無くソフィアの心を砕いていく。
「起きろソフィア!」
しかし変化が訪れる。それが何度目、何十何百度目の呼びかけなのか、その呼びかけの回数だけ心を砕かれたソフィアには分からない。しかし今までの優しい呼びかけとは違い、現在ソフィアを呼ぶ声には乱優しさは感じられず乱暴にも聞こえる。
「目を覚ませソフィア!」
しかしその声にはソフィアを心配する感情が籠っていた。乱暴で優しさの欠片も無いその呼びかけが響く度に、ソフィアがいる深い暗闇に一筋の光が入ってその場を明るく照らしていく。深い暗闇に落された一筋の光はソフィアを呼ぶ度に太くそして力強く輝きを増していく。気付けば深い暗闇に埋もれていたソフィアの姿を露わになっていた。
― ……そうか……これがお前の見せたい希望なのだな ―
ソフィアに諦めろといい続けたグレイルは、降りそそぐ光をその身で感じるとソフィアが自分に約束した希望を見せるという言葉を思い出した。
― この声、そしてこの光……温かい……本当に温かいな……私にはもう感じる事の出来ないものだと思っていた…… ―
ソフィアを見つめていたグレイルの表情が柔らかく笑みを浮かべる。
― ありがとうソフィア……今この時、私はお前との約束を果たそう ―
今まで死臭を纏った女神のようであったグレイル。しかし憑き物が落ちたように晴れやかになったその姿は、まるで優しさに満ちた聖母のようであった。聖母のように優しく笑みを浮かべるグレイルは、姿を露わにしたソフィアの体にそっと触れる。体を動かせないソフィアの代わりにグレイルはソフィアの手を持つとその一筋の光にソフィアの手を触れさせるのであった。
「ソフィア! ソフィア!」
薄っすらとぼやける視界の中、ソフィアは自分の名を叫ぶ男をぼんやりと見つめる。
「……スプ……リング……」
掠れた声でその男の名を口にするソフィア。
「起きた! 起きたぞ皆!」
ぼやけていた視界がはっきりしだすとそれと同じく意識もはっきりとしてくるソフィア。
「……」
意識がはっきりとしたソフィアは、目の前にいるスプリングの姿を見て言葉を詰まらせる。自分を抱き抱えているスプリングを前にソフィアの心は別の意味で再び砕け散りそうになった。
「よかったソフィア、お前だけ全く意識をとりもどさないから心配したぞ」
目を覚ましたソフィアの顔を覗きこむスプリング。それに続くようにして先に意識をとりもどしていたブリザラやテイチもソフィアの顔を覗きこみ意識をとりもどした事を確認して笑顔をになる。
「あれ……ソフィアさん、さっきまで真っ青だった顔が今は真っ赤ですね」
ソフィアの顔を覗きこんでいたテイチがおもむろにそう呟くと何かに感づいたブリザラは、テイチの肩を掴みその場から離れていく。
「ど、どうしたんですかブリザラさん」
突然ソフィアとスプリングから無理矢理距離を離されたテイチは戸惑いながらブリザラの顔をみる。
「ふふふ」
手に口を当てながら笑うブリザラの表情は、サイデリーの王の顔では無く、何処にでもいる年相応の女性の笑顔であった。
「大丈夫か? どこか痛いか? それとも気分が悪いか?」
顔が真っ赤というテイチの言葉にソフィアの容体が心配になったスプリングは、畳みかけるようにしてソフィアに異常は無いかと尋ねた。しかしあまりのスプリングとの顔の近さに息も出来ないソフィアは頷くことしかできず顔は更に真っ赤になり、最終的には涙がポロポロと溢れてきた。
「ど、どうしたソフィア?」
涙を流し始めるソフィアに動揺するスプリング。動揺するスプリングの表情、そして何より自分の名を口にするその声に想いが高まるソフィア。
「スプリングッ!」
次の瞬間、ソフィアは今まで心にため込んでいたものを吐き出すかのようにスプリングの名を叫びながら抱き付いた。
「お、おい!」
抱き付かれたスプリングは更に動揺してその顔はソフィアと同じく真っ赤に染まる。
「うぅぅぅ……会いたかった……会いたかったよ…」
嗚咽交じりに正直な気持ちを吐露するソフィア。
「……そうか、ごめん……俺も……その……会いたかった」
ソフィアに抱き付かれたスプリングは、少し戸惑いながらもその背中を優しく抱くのであった。
「ソフィアさん、よかったですね」
ソフィアと同じく負の感情による心の干渉から脱したテイチはブリザラと共にソフィアとスプリングが抱き合う光景を笑顔で見つめていた。
「ええ、本当に……」
再会を果たした二人の事を心から喜ぶ反面、ブリザラにとってその光景は酷でもあった。自分と瓜二つのソフィアが、アキと瓜二つであるスプリングに抱きしめられるその光景、それはブリザラ自身が願っている姿でもあったからだ。
「もう絶対に離れないから……」
うまく息が出来ないのか少し変な呼吸をしながらソフィアはスプリングからもう絶対に離れないと宣言する。
「あ、ああ……」
しかしそんなソフィアの言葉に対して歯切れ悪く頷くスプリング。
『主殿……こんな時になんだが、その……皆の前だ』
抱き合う二人の間に申し訳なさそうに割って入ってくる伝説の武器ポーン。
「あ、ああ! そうだったそうだった!」
ポーンの声に我にかえるスプリングは抱きしめていたソフィアを慌てて自分の体から離した。
「スプリング?」
しかしソフィアの方は想いが溢れだし我を忘れているのかスプリングがなぜ抱きしめるのをやめたのか分分からず、涙を溜めたその目でスプリングをじっと見つめながら小首を傾げた。
「ソフィア、周りをみろ周りを!」
ソフィアに周りを見ることを促すスプリング。その言葉に素直に応じるソフィアは涙を拭いながら周囲を見渡した。そこには、満面の笑みを浮かべるテイチ、優しく微笑むブリザラ、そしてとんでも無いものを見てしまったという表情のユウトの姿があった。
「な……」
一瞬にして我にかえるソフィアの顔は瞬時に青ざめていく。特にソフィアがダメージを受けたのはユウトであった。ユウトはサイデリー製大型船でソフィアが敵とみなし攻撃をしかけ殺そうとした男だ。そんな男の前でこんな恥ずかしい姿を晒してしまったソフィアの今の心境は計り知れないものがある。
カクカクと体を動かしスプリングからゆっくりと離れていくソフィアは、顔を引きつらせながらそっとユウトから目を逸らした。
(し、死にたい……)
つい先ほどまで生死を彷徨っていた者の言葉とは思えないほどにソフィアはこの場から居なくなりたいと願う。
「と、とりあえずこれでみんな大丈夫みたいだな」
何とかソフィアを守ろうと話を逸らしその場を取り繕うスプリングの顔も面白いように引きつっていた。
「……くだらないラブロマンスはもういいですか?」
浮ついた場の空気がその一言によって一瞬にして凍りついていく。
「いや……まさかここまでやるとは思いませんでした……そして負の感情から私を救ってくださりありがとうございます……と言っておきましょう」
その声自体は陽気であるのだがその場にいた者全てがその声を聞いた瞬間、陰鬱な気持ちになる。何よりもその声とは相反し全く明るさとはかけ離れた全身黒ずくめの姿。トドメはその顔。まるで死神のような髑髏の仮面の異様な雰囲気を纏った『絶対悪』死神がその場に立っていた。
「……やっぱりあの程度じゃ死なないよな……」
ソフィアを自分の後ろに誘導するスプリングは、腰に差していたポーンをゆっくりと抜き、その刃を死神に向ける。
「ええ、でもいい所までいったと思いますよ」
表情はその不気味な髑髏の仮面で見えないが、笑っているようにスプリングの問に返事を返す死神。
「チィ……言ってくれるな」
死神と対峙するスプリングの表情に余裕は感じられない。しかし無理をしても笑みを浮かべるスプリング。
「まあ、これが私とあなた達の差という訳ですよ……例えあなた達が理を外れし者だとしても負の感情を取り込み続ける今の私には敵わない」
『ふん、その負の感情に取り込まれ暴走していたのは何処のだれですかね』
先程まで自我を失い負の感情に取り込まれていた死神を嘲笑するビショップ。
「あらら、久しぶりですね、ビショップさん、その節はどうも」
そういいながらビショップとその所有者であるユウトに綺麗に頭を下げる死神。
「ビショップ……」
「ビショップ!」
死神がその名を口にし頭を下げた瞬間、スプリングは驚きの表情を浮かべ、その後ろにいたソフィアは鬼の表情を浮かべ死神が頭を下げた方向へと視線を向ける。そこには分厚い本を持ったユウトの姿があった。
「あんたぁあああ!」
スプリングの後ろにいたソフィアはまるでウサギのような跳躍で飛びだすと、瞬時に体にナイトを纏わせ、手に出現させた大槍でビショップ諸共ユウトを貫こうとする。
『待てソフィア!』
ユウトとビショップの前に飛び出すブリザラはキングを前に出してユウトとビショップを貫こうとするソフィアの大槍を防いだ。
『ふふふ、あなたに守られる日がこようとは思っても居ませんでしたよ』
笑いながらビショップは自分を守るキングにそう言う。
『それはこちらの台詞だ、まさかお前を守る日がこようとはな』
互いに想像もしていなかった出来事が起こっている事を口にするビショップとキング。
「なんで! なんでそいつを守るの?」
自分の宿敵であるビショップをブリザラとキングが守ったという事実に怒りと混乱が混じった叫びを上げるソフィア。
「ちょっと待って、話をきいてくださいソフィア」
話を聞いて欲しいとソフィアに言うブリザラ。しかしソフィアはブリザラの話を聞く気が無いのかその後ろに立つユウトとビショップを睨みつける。
「はてさて、仲間割れですか……ならば私はこの隙に少し時間を頂くとしましょうかね……」
突然始まった仲間割れを見つめていた死神はそういうとゆっくりとその場から離れようとその姿を消して行く。
「ま、待て!」
死神にそう叫ぶが、ソフィアの方も気になるスプリングの動きは中途半端になり結局死神を追うとが出来ず取り逃がしてしまった。
「どいてブリザラ!」
「ま、まってくださいソフィア」
『スプリング! ここはいいお前は死神を追え!』
「し、しかし!」
収拾がつかず混乱する場。その元凶であるビショップはそんな光景を楽しそうに見つめ、その所有者であるユウトは全く状況に追いつけずオロオロと混乱することしか出来ない。
― 皆さん冷静になってください ―
混乱した場に突如として響く声。その声にその場にいた者達は動きを止める。
「この声は……」
「レーニさん?」
その場に響いた声、それはスプリングの母親バラライカの強大な魔法によって飲み込まれ消えたはずの夜歩者にしてヒトクイの王でありそして『闇』と『聖』を司る神精霊レーニ、その声であった。
ガイアスの世界
強化型『絶対防御』
本来『絶対防御』事体が最強の防御である為に強化型などという種類は存在しないのだが、今回ビショップが『万能鏡』という能力を使い、『絶対防御』をコピーしユウトが持つ『不正』』の能力を使い、防御力の底上げを行ったのが強化型『絶対防御』である。
キングが言っていたようにその防御力はキングやブリザラが展開するものよりもはるかに防御力が高いようだ。確認されてはいないが、通常の『絶対防御』では防ぎきれなかった、負の感情の漏れ出しを完全に防げるようだ。




