最後で章 32 黒竜を宿す本
ガイアスの世界
ノームットの岩の壁
ノームットが使った岩の壁。岩となっているが実はその岩の中には様々な鉱物が混じっている。その中には鉄や金、そしてダイヤも混じっていると言われておりその強度は脅威的ではあるが、その強度よりも目が行くのは岩に混じった鉱物だったりする。ノームットがガイアスで目撃されると、岩の壁を展開しないかと期待する者が多いらしく追跡する者達が後を絶たないとか。
最後で章 32 黒竜を宿す本
人の感情によって消滅の道を進みだす世界、ガイアス
理を外れし者達が魔王アキの下を去りブリザラの下へ向かった直後
― …… ―
「……」
元最上級盾士にして『無名』の剣聖ランギューニュと魔王アキの間には沈黙が続いていた。表向き魔王アキを監視する為という事で一人アキの下に残ったランギューニュであったが、アキの下に残った理由はもう一つあった。
― ……お前がここに残った本当の理由は、俺の監視が目的ではないだろう ―
沈黙を最初に破ったのは以外にもアキであった。自分を監視するというのはあくまで建前でありそれ以外に理由があってこの場に残ったのだろうとアキは沈黙を続けるランギューニュにその理由を尋ねった。
「……ああ、やっぱり気付いていたか……」
自分の考えに気付いていたアキから視線を逸らしながら少し歯切れ悪くそう言うランギューニュ。
― だが……お前の望みを叶える事はできない ―
「……ははは、違うだろ、そもそもはお前が望んだ事だ……再び出会った時、勝負しようってな」
苦笑いを浮かべながら、ランギューニュはアキと交した約束を口にする。
「まあ……それをお前が覚えていたって事だけで満足だ」
その約束をした当時、お互い今とは違う立場にいた。アキは漆黒の鎧を身に纏った冒険者。ランギューニュはサイデリーで最も誉れである戦闘職、最上級盾士という立場であった。しかし今は互い違う。一方は世界の消滅を望む魔王、そしてもう片方は最上級盾士という称号を捨てた男であった。
「正直……今のお前と戦いたいとは思わない……」
その約束はあくまでアキが人間であった頃の話で魔王と交した約束では無い。そう言いたげにランギューニュは当時の面影を残しつつも全く違う存在となってしまったアキに視線を向ける。
「今のお前と戦ったら一瞬で俺は灰になっちまう……お前が俺との勝負を断ってくれて正直安堵してるよ」
茶化しながら少し自嘲的にそう言うランギューニュ。
― ……違うな ―
「んッ? 何がだ?」
突然ランギューニュを否定するアキにランギューニュは少し驚いたように首を傾げる。
― 俺と勝負をするためにお前はここにのこった訳では無いということだ ―
「……ふふ……」
見透かされていたかともう一度自嘲的な笑みを浮かべるランギューニュ。だが次の瞬間、その笑みは消える。
「……お前……死ぬ気だろ? ……いや俺には分からないがもしかしたらそれよりも過酷な道を選んでいるのかもしれない」
アキと精霊の神子であるテイチ、そして水を司る神精霊ウルディネ三人を残しそれ以外の者達がその場を外れた時、遠目からランギューニュはウルディネが興奮したように取り乱していた事に気付いていた。そしてその横で悲しい表情を浮かべるテイチの顔にも気付いていたランギューニュ。
何故ウルディネが取り乱したのか詳しくは分からないし、テイチがなぜ悲しい表情であったのかも分からない、だがあの神精霊ほどの存在が取り取り乱していたということは相当な内容であるとランギュー二ュ察していた。
ランギューニュは、ウルディネが取り乱すような事、そしてテイチが悲しい表情を浮かべるような事は何かと考えた。
サイデリー一の色男などと言われているランギューニュ。女性の心を見抜くのはお手の物であり不本意ではあるが女性という分類に一応入る神精霊ウルディネとテイチがアキに抱いている感情も何となく察する事ができていた。そこから導き出される答え、それはアキが自らの命を散らせるという事、もしくはそれに付随する何かをしようとしているという結論であった。
「これは俺の持論だが、女性が取り乱す時っていうのは、大抵男が悪いか、どうしようも無く馬鹿な事を考えている時だ」
あくまで女性が一番であるという考えを持つランギューニュにとって女性が取り乱すのは男が何か悪い事をしたという考えにしかいつ行きつかない。そんなランギューニュはウルディネが取り乱しテイチが悲しい顔をするのはアキが悪いのだと持論を展開する。そしてランギューニュ自身もそれがどう世界に影響を及ぼすのかは分からないが、それよりも女性を取り乱させるような事をアキがしようとしている事のほうが問題だとアキのとろうとしている行動を馬鹿な事と片付けた。
「……お前と戦う気は無い……だがな……女性を悲しませる奴は別だ……それが例え魔王だろうと何だろうと俺は容赦しない」
今までに見たことの無い形相でアキを睨みつけるランギューニュ。その背後からは剣聖特有の光と共に、無数の剣が現れる。
― 万に一つも無いが、ここでもしお前が俺を殺せたとしたら、それはお前の矜持に反するんじゃないか、ランギューニュ? ―
自分がここで死ねば、テイチやウルディネは更に悲しむのではないかとまるで二人の感情を盾にとるアキ。
「……そう……お前の言う通りだ、ここで俺がお前を殺せば、神精霊であるウルディネは兎も角、テイチが悲しむ……そしてこれが一番だ、ブリザラ様が悲しむ」
この場にいないブリザラの名を口にするランギューニュ。しかしアキの表情に変化は無い。まるでその名を口にする事を分かっていたかのようにアキはランギューニュの言葉に無反応を貫く。
「チィ……反応は無しか……たく……可愛くねぇな……人間だった頃のお前のほがよっぽど面白かったぞ」
大きくため息をつくランギューニュは、戦う意思は無いと示すように背に控えさせていた数十の剣をその場から消失させる。
「……本当にそれでいいんだな?」
これが最後だと言うようにランギューニュは無表情のアキに念を押す。
― その言葉は聞き飽きた…… ―
ウルディネにも問われた言葉にアキは吐き捨てるようにランギューニュにそれが答えだというように返した。
「……はぁ……本当に面白くないな……」
心の底からの言葉を口にするランギューニュは、何かの気配を感じ取ったのかアキから視線を外し、ユウラギであった場所の曇天の空を見つめる。
― どうやら最後の客のようだ…… ―
曇天の空に視線を向けたランギューニュと同じ方向へ視線を向けるアキ。
「……巻き込まれるのは御免だな……」
そう言うとランギューニュは、何かを警戒したようにその場から離れていく。ランギューニュがその場から姿をしてから間もなくして曇天の空からそれは姿を現した。
曇天の空から姿を現したのは謎の飛行物体、もとい分厚い本を抱えた青年であった。
「ぬぉぁぁぁあああああああああ!」
凄い速度でアキの下へと向かう分厚い本を抱えた青年の表情は、世界の終わりでもみているかのように恐怖に歪み涙目であった。それもそのはずで少年の姿は飛ぶというより落下しているようであったからだ。
『それでは飛び込みますよ!』
「いやああああああああ!」
落下する事を楽しんでいるような何者かの声がすると同時に分厚い本を抱えた青年の速度が加速していく。青年は大量の涙を流しながら死を覚悟したような叫び声をあげ自分に迫る地面を凝視する。
― …… ―
自分に向かって落下してくる分厚い本を抱えた青年に向けて冷静に右手を向けるアキ。すると手の平からは神精霊達やソフィア、テイチ達に向けたものが放たれる。
『おっと!』
しかしアキ目がけて落下する分厚い本を抱えた青年は、アキから放たれたものを綺麗に回避しする。しかしそこに青年の意思は感じられず何かに引っ張られる、もしくは操られているようにもみえた。そうこうしているうちに青年は驚異的な速度を保ったままアキが立つその場所へと激突した。その瞬間、青年が激突した衝撃で強い爆発と大きな衝撃波が発生する。爆発によって砕けた地面は舞い上がりまるで水が吹き上がるようにして黒い柱を覆い隠していく。
「……」
それを放たれた所から見ていたランギュー二ュは苦笑いを浮かべ心底あの場に居なくてよかったと胸をなで下ろしていた。
上空まで舞い上がった岩や土、砂が落下してくる中、アキと黒い柱の場所だけは無傷で残っていた。
『いや~お久しぶりです……伝説の防具の所有者さん……』
土埃が舞い視界の悪い中、アキの前に立つ人影はそう言うとゆっくりとしかし少しおかしな歩き方でアキに向かって来る。
― 派手な挨拶だな ―
自分に向かって近づいてくる人影に向かって声をかけるアキ。
『……いやとても楽しいパーティーがあると聞いて……私達も混ぜていただこうと、少し気合を入れました』
そう人影が言った瞬間、砂埃の中から顔を出す青年。しかしその青年は目を回しているのか意識が無い。
『あなたを倒すというパーティーを!』
右手にしっかりと握られた分厚い本がまるで意識の無い青年の体を引っ張るようにしてその姿を露わにする。
― 伝説の本と……その所有者か ―
姿を現した青年の姿を見てアキはそう呟く。アキの前に姿を現したのは現伝説の本の所有者となったユウトと、伝説の本ビショップであった。
『あら? 他の皆さんの姿がみえませんね……もうお開きでしたか、パーティーは?』
言葉を発するのと同時にユウトが持つ伝説の本ビショップは開かれページがめくられる。するとそこから突然雷撃が飛び出していく。雷撃は予測不可能な軌道を描きながらアキに襲いかかる。しかし何かに阻まれるようにして雷撃はアキの体に到達する事なく霧散していく。
『ふふふ、あの時とは段違いですね』
再会を喜んでいるのかビショップの機嫌はよくまるで悪魔のような不気味な笑い声をあげる。
「はへっ?」
自分の体が引っ張られている事も知らず意識を失っていたユウトは変な声をあげると寝起きのような表情で周囲を見渡した。そしてその視線はアキへと向けられる。
「……」
時が止まったかのようにユウトの表情は寝ぼけ顔のまま硬直した。
(……なに……これ? ……どういう状況ですか?)
顔から嫌な汗を滝のように流しながらユウトは今自分が見ている光景が理解できずに心の中で問答する。
(なぜ目の前に魔王が……)
ユウトにとって魔王アキは初対面であった。しかしその場に漂う雰囲気とその場にいるだけで肌が焼けるほどの圧倒的な力を前にしてユウトの頭は自分の前に立つ者が魔王である事を認識させる。
『お目覚めですか、ユウト坊ちゃん』
「えっ! ……あ、はい……」
自分が気を失っていた事すら理解できていないユウト。気を失っていたユウトにはその僅か数十秒の間に起こった事が全く理解できていない。空から落下していたはずなのに、なぜ自分はちゃんと地面の上に立っているのか。そして目の前にいるあからさまに強そうな人は誰なのかそんな疑問が頭の中をグルグルと回っているユウト。
『それでは戦う準備をしてください』
まるでこれから遠足か何かにいくような口調でそう言うビショップの言葉に、更にユウトの頭は混乱する。
「た、戦うって……」
そこでユウトは恐る恐る自分の前に立つアキに視線を向ける。
『はい、ユウト坊ちゃんの視界にも入っている、魔王とです』
― …… ―
静かに自分を見つめる魔王アキにユウトの表情は一瞬にして強張っていく。
「ま……魔王ですか……それはそれは……」
あまりの事態にアキは驚く事も忘れただビショップの言葉を受け入れることしかできない。
「てッ! ビショップさん僕達だけで魔王を倒すなんて無理ですよ!」
そんな訳も無く、事の事態にようやく頭が追い付いたユウトは無茶を言うビショップに無理だと言い放った。
『おや、私の能力を……いやあなた自身が持っている能力を信じていませんね』
魔王を討つという事が本来の目的であるという事は志願兵の統率補佐をしているユウトは理解しており、しかしそれが少し違う事も薄々ではあるが気付いていた。
しかし魔王を倒すにしても何だか訳の分からない存在を相手にするにしても自分一人でどうにかするなど考えてもいなかったユウト。ガイルズもサイデリーの王もヒトクイの面々も居ない中、単身でガイルズに匹敵するほど、いや恐らくガイルズ以上に危険な存在に突っ込んでいくなど自殺行為だと思うユウト。
しかしそんなユウトの気持ちを一切汲まないビショップは、自分の力やユウト自身が持つ力を信じられないのかと、どこから湧いてくるのかも分からない得体の知れない自信を口にする。
「信じるも信じないも……」
『さあ軽い準備運動ですよ』
ユウトの言葉を遮るビショップの口調は水の中に入る前の準備運動だと言わんばかりでどこか軽い。なんでこの状況でそんな軽い言動を口にする事ができるんだとユウトが思った瞬間、突然ユウトの体は自分の意識に関係無く引っ張られる。それはビショップの力を使って空を飛んでいた時や空から落下する時に感じた感覚と同じだと感じるユウト。
気付けばユウトの体は意思とは関係無くアキの下へと走り始めていた。
「ちょ、ま、待ってぇぇえええええ!」
戦う準備も心の準備も柔軟体操さえしていないユウトはどんどん距離が縮まっていくアキを前に悲鳴をあげる。ユウトの悲鳴などお構いなしに、ユウトの体はビショップのページをめくりだす。するとビタリとあるページの所で指を挟むと何の動作も詠唱も無しに、ビショップとユウトを中心に地面をはうようにして霧が立ち込め始める。その霧は地面を這うようにしてアキに向かって行く。霧が這いずった地面は一瞬にして凍りはじめ、その場の温度は一瞬にしてこフルード大陸かと思うほどに寒くなっていく。
それは現在では使える者はいないと言われている超高度な魔法、触れるだけで何もかもを一瞬にして凍らせる『絶対零度』であった。
― …… ―
ユウトの意思に反してビショップから放たれた『絶対零度は周囲を凍らせながらアキに迫っていく。しかし迫りくる『絶対零度に対してアキは、先程ユウトに放った何かを同じく放つ。すると今まで迫ってきていた『絶対零度は忽然と消えてしまう。
『あら? ……あの時よりも厄介になっていますね……』
ユウトの体を使いアキに接近していたビショップであったが、アキのとった行動にその足を緩める。
「す、凄い……」
体をビショップに引っ張られているユウトは、ビショップとアキのその攻防を近くで目の当たりにしその凄さに驚愕していた。
― ……話を聞け伝説の本……今お前達の敵は私では無い…… ―
ユウトの足が止まった事を確認するとアキは、状況を理解していないビショップに自分が今は敵では無い事を伝えた。
『ええ、勿論そんな事は理解しています、今こんな事をしている場合では無いということも……』
― ならなぜ…… ―
『なぜ? ……うーん……準備運動……ですかね?』
「じゅ……準備運動?」
― ……なるほど…… ―
ビショップの言葉が全く理解できないユウト。しかしアキはビショップのその言葉で全てを納得したようであった。
「……」
一人理解していないユウトは自由になった体で首を傾げた。
『簡単に言えば、ユウト坊ちゃんが私の力を最大限に引き出すための準備運動だという事です』
そんなユウトに対してビショップは分かりやすく説明する。
「あ、なるほど、確かに僕はまだビショップさんと出会ったばかりですからね……て、納得できるか! 百歩譲って準備運動する事は分かりますが、なんでその相手が魔王なんですか?」
― それは ―
『他の相手では準備運動にならないからですよ!』
ビショップの言葉の途中でユウトの視線から一瞬にして姿を消すアキ。次の瞬間ユウトの目の前に再び姿を現したアキは、右手から黒い三本爪を生やしユウトに向かい振り下ろす。
下手をすれば自分が攻撃を受けている事も分からないほどにユウトの目にアキの動きを捉える事は出来なかった。しかしユウトの目はアキの動きを捉えられなかったが、ユウトの体はまるでそこに攻撃がくるかのように体を捻らせてアキの放った黒い三本爪による攻撃をかわす。
(え……)
体が無意識に動いている事に気付くユウト。しかしそれは明らかに先程のようなビショップに体を引っ張られたというような感覚ではなかった。
『どうやら、問題は無いようですね』
といいつつビショップは無詠唱でこれまたガイアスでは失われたと言われる超高度な軌道の読めない雷撃をアキに向かって放つ。
― 確かに問題ないようだな ―
しかし軌道が読めないはずのその雷撃をいともたやすくかわしていくアキ。
その間もユウトの体はまるで自分の体では無いようにビショップと息の合った動きで次の行動へと移っている。アキやビショップ、自分の体にまで置いてきぼりにされるユウト。
「な、何が起こっているんですか……」
アキとビショップ、そしてユウトの体による激しい攻防をまるで第三者のように見つめるユウトは、何もかもが理解できず茫然と顔を引きつらせる。
『体が覚えているんですよ』
― ……お前の体を乗っ取っていた者の記憶だ ―
激しい攻防を続けながらもまるで立ち話でもしているような口調でユウトに自分の体の中で起こっている事を説明するビショップとアキ。
「……あの人の……戦いの記憶……」
自分よりも少し大人で、でも自分よりも少し子供な自分と同じ顔をした別の世界の自分の消えゆく背中を思いだすユウト。自分の頭にビショップと共に戦う記憶は無くとも、乗っ取られていた時の戦いをユウトの体は忘れていない。
「そうか……体が勝手に動いたのは……あの人の経験のお蔭なのか……」
今までも何度か自分でも思っていない動きをした事があった。それを思い出したユウトは、それが別の世界のユウトのお蔭であった事を理解する。
ユウトが自分の体に起こった事しっかりと理解すると、それが鍵となったのか突然別の世界のユウトの記憶がユウトの頭の中に流れ込んできた。
「黒竜……」
その記憶の中でもっとも印象的なのは、巨大な黒竜の姿であった。その場所が何処なのかは分からない。しかしはっきりとその姿を映す『闇』のような暗さは、はっきりと別の世界のユウトの記憶に刻まれていた。
『おや……そろそろのようですよ……』
ユウトの呟きに別の世界のユウトとの記憶の統合が進んだ事を確信したビショップは、アキの黒い三本爪の攻撃を魔法で弾く。
― そうか、ならばもう問題はないな ―
まるで手加減していたというような言い方をするアキは、ユウトとビショップから距離をとる。その動きを一瞬で、まだ記憶が体に馴染み始めたユウトにはアキの動きを追う事ができない。しかしユウトの体はアキの動きに警戒を強める。
『さあ、ユウト坊ちゃん、準備運動も仕上げです』
距離をとったアキの姿に、ビショップはそう言うと全てをユウトに委ねるように沈黙する。
「……なんか……非常に嫌な予感が……」
アキが次に何をやってくるのかは分からないが、元々に戦いに対しての勘はいいものを持っているユウト。アキの体に集まる『闇』の力を見ればそれが危険な攻撃であることは一目瞭然であった。
体に集まる『闇』、それを両手で空に掲げるアキ。すると曇天の空はさらに暗くなり、アキの周囲には黒い雷がピカリと禍々しい光を発し轟音を轟かせ始める。曇天の空の奥から黒い雷の音によく似た何かの鳴き声が響き渡ると黒く重い雲と雲の隙間からゆっくりと巨大な翼を広げた何かが姿を現した。
「……ははは……」
掲げられたアキの両手の先を見つめていたユウトは全く嬉しくも楽しくも無い乾いた笑い声をあげる。アキの頭上に姿を現したのは、ユウトが記憶の中で見た黒竜そのものであった。
≪キシャアアアアアアアアアアアアア!≫
ユウトとビショップを一睨みする黒竜は常人ならば一鳴きで失神、運が悪ければ死んでしまう咆哮をあげる。ユウトは思わず耳を塞ぎこの場から逃げ出したい気持ちで一杯になる。しかしそう思いながらもその目はしっかり黒竜とアキに向けられている。
≪凌いでみせろ! ガキィ!≫
アキと同じように直接ユウトの頭の中にその声を響かせる黒竜は、その巨大な口を開く。すると黒い雷が黒竜の口の中に次々と吸い込まれ、禍々しい火球を作り出していく。
『さあどうしますか? ユウト坊ちゃん!』
火球の大きさ、そしてその内部で寝られた力からして回避する事は不可能である黒竜の攻撃に対して、沈黙していたビショップは、ユウトにどうするのかと問う。
「どう……する……て……」
正直どうしていいのか分からないというのがユウトの本音であった。しかしそう思いつつもユウトは自分の手の中にある伝説の本ビショップと自分ならばどうにかできるのではないかという何の確証も無い可能性を感じてもいた。
「……む、迎え討つしかない……」
その言葉には自信という強い意思は感じられない。しかしユウトは覚悟を決め、ビショップを持つ手を前に出し自分の意思で構えた。
『ふふふ、お付き合いしますユウト坊ちゃん』
ユウトの決断に嬉しそうにそう笑うビショップは、黒竜の火球が放たれるその時を待った。
巨大で大きな首を後ろに引く黒竜。
「来る!」
次の瞬間、瞬く赤黒い光と共に黒竜は口元で渦巻く火球を押し出すように放った。すると火球はその形状を変え一本の槍のような熱線となってユウトとビショップ目がけて迫ってくる。
「うおおおおおおおおおおおお!」
それは目の前に迫りくる熱線に対して抱く恐怖から漏れた悲鳴などでは無く、熱線を迎え打つ意思を持ったユウトの雄叫びであった。黒く光る熱線はユウトとビショップを巻き込み地面に到達すると、地面を割り、割った地面を一瞬にして消し飛ばしていくのであった。
≪たく久々に外に出されたと思ったら……お前よくあいつの思惑に気付いたな?≫
地面に到達し何もかもを消し飛ばしていく熱線を見つめながら、黒竜は呆れた声で同じく熱線を見つめるアキに声をかける。
― フフッ -
表情には出ていないが、黒竜の言葉を鼻で笑うアキ。
ユウトとビショップを飲み込んだ黒竜の熱線。しかしよく見てみると、熱線は地面直前で二股に別れていた。その二股の中心には、青白い光を放つビショップはその青白い光を刃のようにして黒竜から放たれた熱線を裂いていた。
「は、ははは……」
目の前の状況が信じられないといった感じで表情を引きつらせるユウト。
『さあ、ユウト坊ちゃん、彼らにユウト坊ちゃんの力を見せつけるのです!』
「えッ? あ、う、うん……」
戸惑いながらも今から自分が何をすればいいのか理解したユウトはゆっくりと歩み出す。ビショップから放たれた青白い刃はユウトが歩けば歩くだけ黒竜の放った熱線を裂いていく。
≪……さて……ここらへんが潮時か……≫
前へ前へと黒竜に近づいてくるユウトの姿に己の幕引きを口にすると同時に突然熱線の威力が弱まり消失をはじめる。
『……はて? 終わりですか?……』
物足りないといった物言いで消失を始めた黒竜の熱線を見つめるビショップ。
「はぁはぁ……」
完全に黒竜の熱線が消失したのを確認するとユウトは全身から力が抜けるように黒竜に向けていたビショップを下ろす。
『最高の出来ですよユウト坊ちゃん』
肩で息をするユウトの表情には疲労がみえる。そんなユウトを労うビショップ。
「はぁはぁ……何を言っているんですか……これはビショップさんの力でしょう?」
立っているのもやっとと言ったユウトは膝に片手をつくと息を整えながら黒竜の放った熱線を退けた力はビショップのものだろうと口にする。
『いえいえ、今の力はユウト坊ちゃんが持つ能力、勝利を約束された力『不正』の一旦です』
「……『不正?」
聞きなれない言葉に首を傾げるユウト。
『この能力の名は前の所有者が名づけた物なのですが、私にも意味はよくわかりません』
ビショップはユウトに嘘をついた。本当は『不正』という言葉がどういう意味を持つのかビショップは知っていた。しかし今のユウトの性格上『不正』の意味を知れば、前の所有者が殆ど持っていなかった正義感で、ユウトがこの能力を否定し絶対使わないと言いだすだろうと考えていた。だからそこ、そうならない為にビショップはユウトに嘘をついた。
『ただ、その能力はとても万能です……ユウト坊ちゃんが望めばあの剣聖にだって、そこにいる魔王にだってなる事は容易いでしょう……そしてこの世界を消滅させる事も……』
何かを含んだ言い回しをするビショップ。その迫力に言葉を失い喉を鳴らすユウト。
― 伝説の本、それ以上、余計な事を言うな ―
『はいはい、分かっていますよ……私は伝説の本ビショップ……私は所有者の心の行くまま従うだけです』
曇天の空から下りる黒竜の肩に立つアキの言葉に従うビショップ。
≪おいガキ、たかが俺の熱線を防いだぐらいで調子に乗るなよ……俺様が本気を出せばお前を一瞬で蒸発する事だって出来たんだからな≫
既に平地が続くとは言えなくなったユウラギであった場所にその巨体を下ろした黒竜は自分の熱線を退けたユウトが調子に乗らないよう釘をさした。
「え……ああ……はい……」
蛇のように首をくねらせながら巨大な顔をユウトに近づける黒竜は鼻息を立てながらユウトを威圧する。鼻息で吹き飛びそうになるユウトは黒竜の言葉に頷きながら平地では無くなった地面に必至で踏みとどまる。
『見苦しいですね……負け惜しみですか?』
黒竜の言葉に勝ち誇ったような声で挑発するビショップ。
≪お前……≫
ユウトに向けていた巨大な顔を横で浮遊するビショップに向ける黒竜は地が揺れるのではないかと思うほどにドスを利かせた低く響く声でビショップに鼻息を当てる。
『止めてください、ドラゴン臭い』
『消し炭にしてやるぞ!』
今にも戦いが再会しそうな雰囲気にユウトはどうすればいいのか分からず思わずアキに視線を向ける。
― 待てニコ…… ―
止めてくれと言うユウトの願いを察したのかアキは再び熱線を放つ勢いの黒竜を止めに入った。
≪くぅ……お前何度言えば分かる、俺をその名で呼ぶな!≫
黒竜ことニコラウスはアキが以前自分につけた愛称を嫌っているらしく、その名を口にしたアキに視線を向け抗議した。
― ニコ、もう時間が無い…… ―
しかしニコの抗議はアキに受け入れられず、再び愛称で呼ばれたニコは地鳴りが起こるほどの唸りを上げながら内に抱く殺意を何処に向ければいいのか頭を抱える。
― ……伝説の本、いい加減からかうのは止めてもらおう……そしてお前の思惑とやらはの真意を語れ ―
『いやどちらかというとからかっているのはあなたのように思えますが……まあいいでしょう……』
そう言うと一旦言葉切ったビショップは少し唸る。
『私からの提案ではあるのですが、正直あまり賛成では無いのです……』
気乗りしないのかため息をつくビショップは嫌々にアキの言葉を受け入れる。
≪それはこちらの台詞だ……なぜ私がお前の中に入らねばならん≫
「……え? あのどういう事ですか?」
全く話が見えないユウトはビショップやアキそしてニコに視線をばらつかせる。
『ユウト坊ちゃん、先程の『不正』の事なんですが、万能とは言いましたが、一つ欠点があるんです』
「……欠点?」
『不正』という自分が持つという能力と、黒竜がどのようにかかわっているのか全く理解できないユウトは怪訝な表情を浮かべる。
『かなり燃費が悪いんですよ』
「……燃費? ……それって魔力とか精神力の事ですか?」
一般的な魔法や技には魔力や精神力が消費される。それを言っているのかとユウトはビショップに尋ねた。
『いえ、もっと重いものです……『不正』によって消費されるもの、それは命です』
「命!」
ビショップの言葉に衝撃を受けるユウト。
『ユウト坊ちゃん、今体がだるかったりしませんか?』
「あ……はい……確かに……」
体がだるくないかとビショップに尋ねられ確かに黒竜が発した熱線を退いた直後から体のだるさを感じていたユウトは、恐る恐る頷く。
『それが命を削るという状態です』
「……」
更なる衝撃に言葉を失うユウト。
『ですが安心してください、所詮黒い蜥蜴の吐いたマッチほどの火などで削られる命などたかがしれています』
≪お前……黙って聞いていれば……本当に消し炭にされたいようだな!≫
― ……ニコ…… ―
静かにニコの名を口にするアキ。その言葉にはいい加減にしろという意味が含まれており、異様な圧がニコに圧し掛かる。
≪チィ……≫
大きな舌打ちを打つとアキから視線を逸らすニコ。
『……本当に飼いならされていますね……』
顔を背けるニコに聞こえないよう呟くビショップ。
「あの……それで……」
衝撃の事実を何とか受け入れるユウトは、ビショップに話の続きを聞く。
『はい、それでですね……これからの戦いに、ユウト坊ちゃんが持つ能力は重要になってきます、ですが『不正』の能力を連発する……もしくは大きな力として使用すればユウト坊ちゃんの命は失われいずれ早い段階で命を落とす事になります』
相変わらず重たい話だというのにそうとは思えないほどに軽い口調でユウトに説明するビショップ。
『その欠点を補う為に、私の前の所有者は魔物の命を奪いそれを自分の命の代わりとする事で補っていました』
別の世界のユウトが現在のユウトの体にいた頃、大量に魔物を倒していた理由、それは己の技量を上げる為でも無く、ただ無暗に自分の力を誇示し楽しんでいる為でも無かった。大量の命を消費する己が持つ『不正』という能力を維持する為であった。
『ですが、今のユウト坊ちゃんだけの力では、短時間であの忌々しい『絶対悪』と対峙するだけの命を確保する時間はありません』
決してユウト自身が弱い訳では無い、ただ別の世界のユウトが恐ろしく強かっただけだとユウトを気遣うように言葉を付け加えるビショップ。
『しかしユウト坊ちゃんの持つ『不正』の能力を使用する為には命が必要になってくる……そこで私が目をつけたのが……はぁ……本当は凄く嫌なのですが、そこにいる圧倒的な生命力を持ち私と私の前の所有者を倒す事に成功した蜥蜴野郎です』
心底嫌そうにニコの有り余る生命力が必要だとユウトに説明するビショップ。
― だからこそ、お前の能力覚醒と、ニコを納得させるためにお前に攻撃を仕掛けたという訳だ ―
「は、はぁ……」
今一理解できていないのかユウトは、頷きつつも首を傾げる。
「……あの……それで、ニコさんは納得してくれたのでしょうか?」
≪ガキッ! お前まで俺をその名で呼ぶか!≫
大きく動いたニコの首がユウトに巻き付くようにとぐろを巻く。
「あ、いや……すいません」
慌てて頭を下げるユウト。
≪ガキィ! お前の問に答えてやる……色々と問題はある……特にそこの尻拭き紙とかだが、しかし面白そうだ付きやってやる!≫
そういうとビショップに視線を向けたニコは鼻で笑う。
「……あのもう一つ……命が必要というのなら、その……黒竜さんを僕が倒さないといけないのでは……」
『それは大丈夫です……私がこの蜥蜴野郎をとり込めば問題はないですから……』
自分の中に取り込むのが本当に嫌なのだろうビショップの声は暗い。
「ああ、なるほど……」
なぜここまでビショップはニコの事を嫌っているのか分からないユウトは、苦笑いを浮かべる。
― さてこれで説明は終わりだな? ―
「あッ! 最後に……」
― 何だ? ―
話を締めようとするアキに最後にと声を上げるユウト。
「……あの……そのあなたは魔王なのに、なぜ僕達の味方をするんですか?」
今のユウトはアキと初対面である。アキが人間であった頃の事を全く知らない、いや覚えていないユウトは、純粋にアキの行動に疑問を持っていた。なぜ世界を消滅させる魔王という存在がこのガイアスという世界を守ろうとしている自分達に力を貸そうとしているのかと。
― それは……お前には関係の無い事だ ―
≪何スカしてるんだよ、こいつはな一人の女の為にこの世界の理をぶっ潰そうとしてるだけなんだよ≫
その理由を知る必要は無いと言うアキに対して、すぐさま今までの仕返しと言わんばかりに、ニコはアキが心に秘めていた理由をユウト達に打ち明ける。
― …… ―
無言の圧力をニコに向けるアキ。
≪惚れた女の為に……俺には理解できない感情だが、あれだ! 人間的に言えば純愛とかそんな……≫
しかし無言の圧力には屈しないと言わんばかりにある事無い事をベラベラと話そうとするニコ。そんなニコの態度に口でも無言でも聞かないならと実力行使に出たアキは、巨大なニコの頭にガイルズの動きを抑え込んだ巨大な黒い手を出現させ握り拳を作らせるとそのままニコの頭目がけ振り下ろした。その拳がニコの頭に直撃した瞬間、ニコの頭は一瞬にしてはじけ飛んだ。飛び散る血や肉がユウトの全身に降り注ぐ。
「……」
その何ともグロテスクな光景に今日何度目とも分からない引きつった表情になるユウト。
≪……やってくれたなアキよ≫
しかし飛び散った血や肉、ユウトの全身に降り注ぎ服の中に染み込んだ物さえ瞬時に元の場所へと集まりニコの顔が再生されていく。
― これで『ニコ』の圧倒的な生命力は証明できただろう、惜しみなくつかってくれ ―
ニコが嫌がる愛称を強調しながらアキはニコの生命力がしぶとい事を証明してみせた。
「……あ、あはははは……はい」
出来うるかぎりこの場に居る存在とは関わりになりたくないなと願いわずにはいられないユウトは、苦笑いを浮かべ続けた。
― さて、これで話は本当に終わりだ準備をしろ ―
アキが話を締めると本の形をしたビショップはニコの前までいくとページをめくる。
『はぁ……どうぞ』
ため息をつきながら、ニコを受け入れる体勢となるビショップ。
≪はぁ……あいよ≫
こちらも同じくため息をつきながらページを開いたビショップの中へとのそのそと入って行くニコ
「え、ええええ? 何かもっと契約みたいな、呪文的なものはないんですか? そんな物理的な」
ビショップがニコを取り込むに当たり何か契約の呪文的なものを想像していたアキは、物理的にビショップの中に入って行くニコの姿に声をあげる。
『何を言っているのですか、こんな蜥蜴野郎にそんなもの必要ありませんよ』
「あ、そうですか……」
想像以上にして想像の斜め上の展開に呆れを通り越し茫然とするユウト。
ニコの体が全てビショップの中に取り込まれるまでにそれほどの時間はかからなかった。ビショップが一体どんな構造をしているのか不思議でならなかったが、それを聞いたら話が長くなりそうだしそもそも聞いてはならないような気がしたユウトは、ビショップの構造については気にしない事にした。
― 終わったようだな ―
完全にビショップがニコを取り込むのを見終わったアキは、ビショップとユウトに話しかける。
『はい、準備はおわりましたよ』
「そうみたいですね」
パタリとページを閉じたビショップはゆっくりとユウトの手の中に帰って来る。
― ではお前達を『絶対悪』の所へ送ろう…… ―
そう言うとアキは右手をユウトに向ける。
『いえそれはお断りします……』
『絶対悪』の所に送るというアキの言葉を断るビショップ。
― …… ―
『これ以上あなたに貸しを作ると前の所有者に合わせる顔がありませんから……』
そのビショップの言葉には明らかな殺意が籠っている。
― そうか……分かった ―
アキも無理強いはせずビショップの言葉を察すると上げていた右手を下ろす。
「あ、あの魔王……アキさん……」
― 何だ? ―
この後に及んでまだ何か喋りたい事があるのかと、表情には現さないがユウトに呆れるアキ。
「その……今僕らとは別の場所で戦っている皆に何か伝言みたいな事はありますか?」
― ……伝言? ―
何を馬鹿げた事をとそう思った瞬間、アキの頭の中には一人の女性の横顔が浮かぶ。
「はい! 何かアドバイスとか……ありませんか?」
魔王というからもっと怖い存在だと思っていたユウト。確かに怖い存在ではあるのだが、思ったよりも人間味を持っているのだと今までの会話で何となく感じたユウトは、今『絶対悪』と戦っているブリザラ達に何かアドバイスは無いかと聞く。
― 特にない ―
しかしアキから返ってきた言葉は特にないという一言であった。
「そ、そうですか……」
少し残念そうな表情でアキを見つめるユウト。
『さあ、もう行きますよユウト坊ちゃん』
「は、はい」
ビショップの言葉に慌ててビショップを胸に抱くユウト。
― あ、まて…… ―
行こうとするユウト達を止めるアキ。
「なんですか?」
ユウトはアキの言葉を待つ。
― サイデリーの王に……絶対に諦めるなと……伝えてくれ…… ―
珍しく表情に変化を見せるアキ。少し困ったような表情でアキはサイデリーの王、ブリザラにそう伝えてくれとユウトに伝言を頼んだ。
「……はい、わかりました」
アキの伝言を快く引き受けたユウトが頷く。しかしなぜブリザラ様にだけと心の中で首を傾げる。
『……では行きますよ』
そういうとアキの前から姿が消え始めるユウト。
「……? ……あッ! そうか! アキさんが想っている……」
何かを悟ったユウトがその事を口にしようとした瞬間、ユウトの姿は猛スピードでその場から消えていった。
― …… ―
ユウトが消えたその場所の上には、堅く拳を作った黒く巨大な手が出現していた。その堅く拳を造った巨大な手は、まるで行き場を失った怒りをぶつけられないぶつければいいのかとフラフラ浮遊しているようにもみえる。
「……終わったみたいだな」
今までアキ達の戦いに巻き込まれないように遠くで状況を見守っていたランギューニュは、危険が無い事を確認するとアキの下へと戻ってきた。しかしランギューニュはアキの下へ戻ってくる間を間違えていた。
「あれ? なんでここにこれが?」
ランギューニュはなぜか浮遊したままになっているアキの巨大な黒い手を見上げる。するとその瞬間、巨大な黒い手はランギューニュの体を少しかすめる程の距離で落下した。後少し位置がずれていればランギューニュの体は見るも無残な姿になっていた。そんな状況にランギュー二ュはアキに向け抗議の意思を主張する視線をおくる。
― …… ―
しかし黙ったまま無表情でランギューニュの視線から顔を背けるアキの口から謝罪の言葉は一切無かった。
― ヒトクイ 北端 ―
『くぅ……駄目だ……完全に王の力が消える……』
負の感情による心の干渉によって戦闘不能に陥ったブリザラとソフィア。守りの要と攻めの要であった二人を失った事によって状況は追い詰められていた。特に守りの要であるブリザラを失った事によって多重展開していた『絶対防御』を維持する事が難しくなり、ブリザラの空いた穴を埋める為に三つの『絶対防御』を一人で制御する事になった伝説の盾キングは限界を迎えようとしていた。
先程まで負の感情に心を干渉されたブリザラには『絶対防御』を維持しようとする意思が僅かではあるが見えていたのだが、その意思が絶たれた事をキングは感じ取っていた。
そんな状況を少しでも楽にしようと精霊の神子であるテイチがこの場に現れた事によって力を吹き返した神精霊達が各々で行動を開始する。『絶対防御』を援護する為に土を司る神精霊ノームットは強固な岩の壁を展開する。しかし負の感情に対してノームットが展開した強固な岩の壁はそれほどの効果が見られない。
『絶対防御』やノームットの強固な岩の壁から漏れ出してくる負の感情を消滅させる為に迎撃に向かった火を司る神精霊インフェリーと風を司る神精霊シルフェリア、そして水を司る神精霊ウルディネの攻撃も軽い足止め程度の効果しか見られず、その場の者達は追い詰められていた。
『このままでは……このままでは不味い!』
もう数十分こんな状態が続く中、流石の伝説の盾キングにも、そして神精霊達にも疲れが見えてくる。そして何よりも今一番危惧されるのは、神精霊達に力を供給し続けるテイチであった。
負の感情は人の心に干渉してくる。それを遠ざける為にテイチは皆に背を向け最後尾から神精霊達に力を供給し続けていた。しかし迫りくる負の感情の干渉はついにテイチの心へと入り込む。
「……!」
ビクリと体を揺らすテイチ。
「テイチ!」
それにいち早く気付いたのは、神精霊の中で一番の絆を持つウルディネであった。最前線で戦っていたウルディネはテイチの容態に気付くとすぐさま最後尾へと飛びテイチの下へと駆けつける。
「テイチ、しっかりしろ!」
ウルディネが呼びかけても反応を示さないテイチは虚空を見つめている。
「おか……あ……さん……おと……うさん」
人では無い神精霊やキングには見えない何かを見つめるテイチ。その言葉からウルディネはテイチが自分の両親を見ている事を理解する。
燃え盛る集落に一人佇むテイチは、焼けただれ朽ちていく両親のその姿を見つめていた。実際にテイチは両親の死を見た訳では無い。しかしアキやウルディネの話からどんな感じで両親が死を迎えたのか想像する事はできる。まさにその想像がテイチの前に姿を現していたのだ。焼ける痛みと苦しみで悲鳴にもならない声をあげる両親を前に立ち尽くす事しか出来ないテイチ。その光景には一欠けらの救いも無い。
「クソッ……どうにもならないのか!」
自分の非力を嘆き叫ぶウルディネ。人がこの状態になったが最後、負の感情によって心を干渉された者達を正気に戻す手立ては今の所皆無でありウルディネは、負の感情によって心を干渉されたテイチを抱き抱える事しか出来なかった。
「駄目だ、このままではワシ達も持たない……」
テイチから力を供給されていたかも神精霊達は、その供給を絶たれた事によって頑張っても数分しか持たない状態になっていた。
『クソォォォォォ! 何をしている……王がこんな状態だというのにあの小僧は……あの小僧は何をしているんだぁああああああああ!』
もう持たない状況の中、キングは『闇』へと堕ち魔王となった男の事を叫ぶ。
『ああ彼なら色々と何かを企てているみたいですよ』
すると突然キングの叫びに答えるように声が聞こえる。その声はキングの後方からする。
『何だと……』
その声に驚愕するキング。
『なぜ、なぜお前が……』
『いや~どうもお久しぶりですね、キング』
驚愕するキングと相反して楽しそうにキングに語り掛ける声。
『どうやら追い詰められているようですね……どうです? 私と私の所有者ユウト坊ちゃんの力を貸してさしあげましょうか?』
周囲の状況からキング達が追い詰められているのは歴然であった。しかしそんな中、その声は軽い口調でキングに力を貸そうかと提案する。
『何故だ、何故お前がここに存在している、ビショップ!』
声の正体、それはキング達が消滅を確認したはずの同族、伝説の本、ビショップとその所有者であるユウトの姿であった。
ガイアスの世界
黒竜の生命力
元々ドラゴンの生命力を強いと言われているが、ドラゴンの頂点といってもいい黒竜の生命力は異常といっていいほどに凄まじく、顔を吹き飛ばされても再生してしまうほどであった。
しかしそもそも黒竜の顔を吹き飛ばせる力を持った存在が殆ど存在しないので、黒竜の頭が吹き飛ぶ姿はかなりレアだと思われる。




