最後で章 29 崩さぬ魔王と笑う剣聖王
ガイアスの世界
ソフィア達がいる場所とスプリングのいる場所のおさらい。
両者共にガイアスにいる。ソフィア達はユウラギと呼ばれていた場所、現在は見渡す限り平地が続く名も無い大陸。
スプリングは、『絶対悪』に飛ばされヒトクイの極北、幼い頃のスプリングが住んでいた地域に飛ばされている。
最後で章 29
『絶対悪』を抑え込み魔王の『闇』が渦巻く世界、ガイアス
― とりあえず『絶対悪』という存在についての説明は以上だ ―
「……」「……」
今が夜なのかそれとも朝なのか分からないほどの曇天の下、ユウラギと呼ばれていたが今はその影も無い平地の続く名も無い大陸の中心には、『闇』を纏わせ高くそびえる黒い柱が悠然と立っていた。
その黒い柱を中心に集まった理を外れた者達と神精霊達の視線の先には、黒い柱を背に『絶対悪』について説明する世界の滅びをのぞんでいるはずの魔王アキの姿があった。
『絶対悪』についての簡単な説明を終えたアキは、その存在を知らなかったソフィアとランギュー二ュを見つめる。
アキの説明を静かに聞いていたソフィアとランギューニュは納得が出来ないといった表情を浮かべアキを見つめていた。
「……人の負の感情を吸い上げて感情を抑制するって言ったけど……私にはそんな実感が無い、だって私の中には怒りや恨みの感情は確かにあるもの」
そう言うとソフィアはアキの放った黒い手で拘束されたガイルズに視線を向ける。視線を向けられたガイルズはヘラヘラと笑みを浮かべた。
「……確かに、それは私も思う所がある、私を巡って女性が言い争いをする場面に何度も出くわした事がある、確かに彼女達の心の中には怒りや憎しみがそこにはあった!」
サイデリー一のモテ男と呼ばれているランギューニュは、自分を巡って言い争う女性達の顔を思い浮かべながら、何故か拳を堅く握った。
「はぁ……あんたのモテるモテない話なんてどうでもいいのよ」
ランギューニュの場の空気を読まない発言に心底呆れるソフィア。
「ふふふ、ブリザラ様……嫉妬ですか?」
『お前にソフィア様が惚れるはず無いだろ! そしていい加減ソフィア様をブリザラと呼ぶのを止めろ、この糞盾士がッ!』
未だソフィアをブリザラと勘違いしているランギューニュの言葉に、怒りをあらわにする簡易型伝説の武具ナイト。
「ああ、もう! あんたが出てくるとますますややこしくなるから黙っていてよ!」
理解不能であり制御不能のランギュー二ュとナイトに呆れを通り越し苛立つソフィア。頭を抱えながらその視線は、自分の心に渦巻く苛立ちをどうにかして発散できないかと周囲を見渡していた。しかしソフィアが立っている場所は何処までも続く平地。何かあるとすれば、そこにいる者達かもしくはアキの背に高くそびえ立つ黒い柱ぐらいであった。
だがガイルズやランギューニュを殴った所で自分の苛立ちが発散できるとは思えず、だからと言ってアキの背にそびえ立つ黒い柱をぶん殴れば、何か嫌な事が起きそうだとソフィアの苛立ちを発散できるような物は周囲には存在しなかった。
苛立ちを発散する適当な物も無くただ苛立ちばかりが溜まっていくソフィアは、苦肉の策とし自分が立つ地面に向けることにした。苛立ちを全て足に集中するソフィア。
「あああああああああ!」
思いっきり叫ぶと同時に力一杯地面を踏みつけるソフィア。踏みつけられた地面は、その衝撃に耐えられず亀裂をつくり割れて凹んだ。
地面の揺れに足を取られないよう素早く衝撃の外に逃げるランギューニュ。体を拘束されているガイルズは、間ともに地面の揺れを受け目を回していた。
― ……落ち着け女…… ― それはお前がこのガイアスという世界から逸脱した存在だからだ ―
衝撃で揺れ割るほどの衝撃にも関わらずアキは全く動じる事無く、目を血走らせるソフィアに落ち着くよう諭すアキ。しかし全ての苛立ちを発散出来なかったのか声をかけたアキを睨みつけるソフィア。
― 質問の答えだが、それはお前がガイアスという世界から逸脱した存在だからだ ―
睨みつけられても動じないアキは淡々とソフィアの質問に答える。
「はぁ……それって……私が理を外れし者だから?」
発散されない苛立ちを胸に秘めながら、すわった目でアキに聞き返すソフィア。
― そうだ、理を外れし者は、その名の通りガイアスの理から外れている、それはガイアスの理の一つである『絶対悪』も例外では無い、お前の感情は『絶対悪』によって抑制することは出来ないということだ ―
「待て待て、だったら私を巡って言い争っていた女性達の事はどう説明する? 彼女達の感情が抑制されていたとは私には思えないが?」
『絶対悪』が理を外れた者達の感情を抑制することが出来ないというならば、自分を巡って言い争っていた女性達の怒りの形相、その感情は何だったのかとアキに問うランギューニュ。
― ならば私から問おう……お前を巡り言い争った者達は後に互いを傷つけたり殺し合いを始めたりしたか? ―
「はぁ? 何を言っている、そんな事になる訳ないだろう、そういう時は私が間に入って彼女達の話を聞く、そうすれば彼女達はすぐに納得してくれて事は収まる」
ランギュー二ュにとって自分を巡って女性が言い争うのは日常茶飯事であり自分が言い争う女性達をなだめるのは慣れていた。ランギューニュが間に入って女性達の話を聞けば、お互い納得し事が穏やかに収まる。アキが言う傷つけあう事や殺し合うと言った事は一度として無かった。
― ならば……お前が間に入れない場合、その者達はどうその問題を解決していると思う? ―
「……そ、それは……」
自分が居ない間、自分を慕う女性達が自分を巡って言い争いになった場合、一体どういう解決の仕方をしているのか正直全く考えた事も無かったランギューニュ。自分が見ていない所で彼女達は一体どうやって事を納めているのだろうと小首を傾げた。
― もしその状況が『絶対悪』の無い世界で起これば、極端な話をすれば、その者達はお前のいない所で殺し合うという可能性だってある…… ―
「そ、そんなッ!」
アキの言葉に驚くランギューニュ。
― しかしこの世界は、その一線を超えさせないよう『絶対悪』が管理している、その者達は互いが傷つけ殺し合わないよう帳尻を合わせられているのだ ―
「……」「……」
アキの言葉に驚きから言葉が出なくなるソフィアとランギューニュ。
「はいはい、魔王先生、僕も質問があります!」
重たい空気に包まれるその場に、どうにか拘束から脱した右手を突き上げ子供のような声でそう叫ぶガイルズ。しかしそう叫ぶガイルズの視線は殺気に満ちており隙あらばアキの喉を食いちぎってやろうという感じであった。
― ……なんだ駄犬 ―
しかしガイルズの殺気が満ちた視線に全く動じないアキは、無表情でガイルズの質問を受ける。
「『絶対悪』がガイアスの人間達の感情を抑制しているのなら、なぜこの世界から戦争がなくならないんですかッ!」
そう言いながら力むガイルズ。すると拘束されていた左腕も自由になり左腕をブラブラと揺らす。
― ……それは『絶対悪』が完璧では無い……いやあえて完璧ではないからだ…… ―
「……完璧ではない?」
アキのよく分からない答えに目を細めるガイルズ。
― この世界を作り出した何処かの誰かは、人間が負の感情によって溺れないよう『絶対悪』を作り出した……しかし時として負の感情は思いもよらない力を生み出す時がある……その力は人間を救う事もある……その事を知っていたこの世界を作り出した何処かの誰かは、『絶対悪』を不完全にする事でその思いもよらない力を残したという訳だ……お前達も大小にかかわらず思い当たる節はあるはずだ ―
負の感情、怒りや憎しみ悲しみは時として思いもよらない力を生み出す事がある。己の内に潜む強大な力の所為で親から捨てられた者、己の中に流れる『闇』の血を呪った者、自分を操り全く関係の無い人々を傷つけてしまった者、集落を焼かれ全てを失った者、その場にいる者達はアキの言葉に少なからず思い当たる節があった。
― その思いもよらない力があったお蔭で、人間はここまで発展する事が出来たといってもいい……負の感情は多すぎれば毒になるが、少なくても人間のためにはならない……絶妙なバランスの上になりたっているのだ……その為に、時には負の感情を利用し、人間同士で争わせる……それがこの世界から戦争が無くならない理由の一つだ ―
アキの説明になるほどと頷くガイルズ。しかしソフィアとランギューニュは信じられないという表情でアキの話を聞いている事しか出来ない。
― しかし今『絶対悪』は本来あるべき姿では無くなった……負の感情を吸い上げる上限を超え負の感情が溢れだしたからだ ―
「……溢れた……」
― そう数千、時には数百年という周期で『絶対悪』は限界を迎える、すると……負の感情は溢れだし種となって再び人間の心に溶け込んでいく……そしてその種が芽吹いた者は……魔王となるのだ ―
「じ、じゃ……お前は『絶対悪』から溢れた負の感情の種と適合したから魔王になったって事か?」
魔王化の仕組みを知ったランギューニュとソフィアは、再び衝撃を受けたように驚きの表情を浮かべる。
― さてお前達の質問は終わりか? ―
アキは他に質問は無いかと自分を見つめる者達を一人一人見つめていく。『絶対悪』について魔王化の仕組みについて知っていた者達からは特に質問の声は上がらず、『絶対悪』について知らなかったソフィアとランギューニュは衝撃のあまり声も出ない状況であった。
― ……無いようだな、ならテイチとウルディネを残して他の者達は少し席を外してくれ ―
今まで一切の沈黙を貫き通していたテイチに視線を向けるアキ。その視線に答えるようにテイチはコクリと頷いた。
アキの言葉に従いその場から離れていくソフィアとランギューニュ。テイチを不安そうに見つめる火を司る神精霊インフェリーを引っ張る風を司る神精霊シルフェリアと土を司る神精霊ノームット。
巨大な黒い手の拘束から逃れその場に居座ろうとするガイルズは、再びアキの放った巨大な黒い手によって拘束され強制的にその場から引き離されていった。
アキとテイチ、ウルディネだけとなったその場には重い空気が流れていく。
― さて……ではお前が望んでいた私とウルディネの密約について話そう ―
「……待ってくださいアキさん」
ウルディネとの間に交された密約を話そうとするアキを止めるテイチ。
― なんだ? ―
「私やウルディネの前でそんな他人行儀みたいな喋り方はやめてくださいアキさん……」
悲しそうな表情でアキにそう訴えるテイチ。
魔王になる前のアキの事を知っているテイチにとって、今のアキは全てにおいて無理をしているようで見ていられなかった。アキの事を知らないソフィアの手前、何も口を出さなかったテイチではあったが、今この場にはアキの事を知る者しかいない。魔王という立場を取り繕う必要は無いとテイチはアキに言った。
― ……テイチ、お前の知っているアキはもうこの世に存在しない…… ―
「アキお前!」
アキという者はもうこの世には存在しないと断言する魔王。その言葉にウルディネは怒りをあらわにする。
「お前、分かっているのか? テイチがどれほどお前の事を思い悩んでいたのかを?」
自分を救いだしてくれたアキが行方不明となり心を痛めたテイチが夜な夜な泣いていた事を知っているウルディネ。再びテイチの前に姿を現したアキが禍々しい『闇』を纏った魔王になった事実を知った衝撃は耐えがたいものがあるとテイチの気持ちを察していたウルディネにとってアキの言葉は許せるものでは無かった。
― 知らんな……いい加減話を進めたいのだが ―
「お前ッ!」
何処までも魔王を演じようとするアキの胸ぐらを掴もうと前に出るウルディネ。
「待ってッ! ……ウルディネ、私は大丈夫だから」
自分の前に飛び出したウルディネの手を掴んだテイチは、もう片方の手で自分の胸を抑えながら、優しさも笑顔も失われた魔王アキの顔を見つめた。
「魔王……聞かせてください、ウルディネとの密約を……」
「テイチ……」
ウルディネの腕を掴んだテイチの手は震えていた。しかしテイチの言葉からは決意と決別の意が籠っていると感じるウルディネは、テイチの後ろに下がると魔王となったアキと少女である事を止め、一人の神子としてアキを見つめるテイチを悲しみに満ちた表情で見つめるのであった。
― ヒトクイ 極北側 ―
「これは……」
焼け野原を一望できる高台の上に佇むスプリングは、すでにこの世には存在しないはずのヒトクイの王ヒラキに両手を掴まれていた。掴まれた両手からは、緑の光が輝いていた。
「これは『縁ノ核』ていうものだ」
「『縁ノ核』?」
聞きなれない言葉にスプリングの表情は困惑する。
「『縁ノ核』は、縁を結び力とする中心になるために必要な力だ……俺はこの力のお蔭で、頼りになる仲間達と出会う事ができた」
「……頼りになる、仲間?」
ヒラキの言葉を今一理解できないスプリング。
「まあでもお前の場合この力は違う使い方をしなきゃならないけどな」
そう言うとヒラキはスプリングの体の中に納まっていく緑の光を見つめる。
「『縁ノ核』の本当の使い方は、ガイアスに存在する、理を外れた者達の力を一つに集める力……お前はこれから理を外れた者達の中心、核として他の理を外れた者達から力を借りて一本の剣となる」
「剣?」
ますます理解できないスプリングは小首を傾げる。
「まあ今は分からなくてもいい、その時になれば自然に理解できるさ」
完全にスプリングの体の中に緑の光が収まった事を確認するとヒラキは、握っていたスプリングの両手を話した。
「さて、俺の役目も終わりだ、これで俺も成仏できる……」
何処か嬉しそうな表情でそう言うヒラキは焼け野原となったヒトクイの北の大地を見つめた。
「あのヒラキ王!」
どこか存在自体が薄くなりつつあるヒラキがすでにこの世から消えようとしている事を悟ったスプリングは、何か聞かなければと声をかける。
「なんだ?」
しかし何を聞けばいいのか分からず口から言葉を発する事が出来ないスプリング。
「ああッ! そう言えば、お前の師匠のインセントに二つ名の候補は聞いたか?」
「二つ名……ですか?」
ヒラキの言葉にピンとこないスプリングは小首を傾げた。
「いや~ほら剣聖って二つ名があるじゃない?」
「いや、全く知りませんけど……」
剣聖に憧れていたスプリングではあったが剣聖に二つ名がある事など初耳であるスプリングは、顔を横に振る。
「あっれ? 知らない剣聖の二つ名?」
「……はい」
もう一度ヒラキは、スプリングに剣聖には二つ名がある事を知らないかと聞いた。しかしスプリングは全く知らないと再び顔を横に振る。
「はぁ……何やってんだよインセントの奴……弟子の為に二つ名ぐらい考えとけよ」
ブツブツと独り言を始めるヒラキにどうしたらいいのか分からず困った表情になるスプリング。
「えーと剣聖には二つ名があるんだ、その二つ名は自分の師匠、お前の場合インセントに名付けて貰わなきゃならないんだけど……」
スプリングに剣聖の二つ名を授けるはずの師匠であるインセントは、既にこの世にはおらずこのままではスプリングの剣聖の二つ名は無名になってしまう。
「よし、分かったそれじゃこの『我流我道』の剣聖の俺がお前にいい二つ名を授けてやる」
そう言うと腕を組みうんうんと唸りながら悩みだすヒラキ。
「え、あの……」
突然訳の分からない事を言われ、突然二つ名を授けると言われどうしていいか分からなくなったスプリングは、言葉を詰まらせながら困った表情になった。
「よし! それじゃ『新米新道』の剣聖ってのはどうだ?」
「うわ~」
ヒラキのネーミングセンスの無さに顔を引きつらせるスプリング。
「……確かに我ながら全くセンスの欠片も無い二つ名だな……」
自分でもセンスが無い事を理解したのか苦笑いを浮かべるヒラキ。
「あの、ちなみにインセントの二つ名は何だったんですか?」
ふと自分の師匠であったインセントの剣聖の二つ名が気になったスプリングはヒラキにインセントの二つ名がなんというのか聞いた。
「ああ、インセントか……あいつ体力馬鹿だったろ、しかも技は豪快だったからそこからとって『剛流』だ、ちなみにお前の親父の二つ名は、『静流』……リューはインセントとは違って無駄な動きをしない奴だったからな……全く真逆なんだよあいつら」
ヒラキは人懐っこい表情でケラケラと笑いながら、インセントとリューの二つ名について語った。そんなヒラキの表情は、昔を思い出し懐かしさに浸っているようでもあった。
「そう言えばお前、『創流』のじいさんにも色々と関わりがあったみたいだな」
「『創流』?」
ヒラキの言葉が引っかかったスプリングは自分の記憶を辿っていく。
「……もしかして『創流』の剣聖って、ヴァンゲルの事ですか?」
「おッ! そうそうヴァンゲルだ……あのジジイ俺には剣を作ってくれなかったんだぜ、お前は自分で作れるだろうって」
スプリングの師匠であるインセントの師匠であるヴァンゲル。孫弟子にあたるスプリングは、闘技島で戦続きの剣や矛盾無き盾を作ってもらい、伝説の武器ポーンや、伝説の防具クイーンの最終調整をしてくれ、剣聖に上り詰めようとするスプリングに剣聖としての何たるかを叩きこんでくれた恩人であった。
「いいよな、お前は戦続きの剣とか作ってもらってよ、あれは最高の剣の一つだよ」
「はっ! そうだ……戦続きの剣……」
父であるリューとの戦いで粉々に砕けてしまった戦続きの剣、今までスプリングの戦いを助けてくれたポーンの次に頼りになる相棒を失った事に今更ながらに気付いたスプリングは、表情を曇らせた。
「……」
「何暗くなってるんだよ、もうお前も剣聖だ、戦続きの剣だって作れるはずだぜ」
そう言うとヒラキはおもむろに手を光らせる。すると寸分違わない戦続きの剣がヒラキの手出現する。
「なぁ、できるだろ? 剣聖の能力の一つは剣を作り出す事、今までずっと扱ってきたお前の相棒だったらすぐにこうやって作り出せるようになるさ」
「……い、いや……じゃなんで触れてもいないあなたが戦続きの剣をつくりだせるんですか?」
言動と行動が伴っていないヒラキに顔を引きつらせるスプリング。
「そりゃまあ俺が天才だからだ……ん? ……おッ! ひらめいた!」
「えっ? 何をひらめいたんですか?」
突拍子も無い行動や言動、全てが自由すぎるその姿からは剣聖にも王にも到底見えないヒラキに驚きを通りこし呆れ始めるスプリング。
「二つ名だよ、二つ名! ……お前は俺を含めた四人の剣聖に剣聖の何たるかについて触れた……インセントからは生き方を、ヴァンゲルからは物を作るという事を、リューからは己の剣との対話を、そんで俺からはそれ以外の事全てを!」
「えっ? 何も教わってませんけど……」
確かにインセントからは自分が生き残る為の方法を学んだスプリング。ヴァンゲルからは戦続きの剣や矛盾無き盾を通して物を作る事について学んだ。父であるリューからは、自分がどんな性質でどんな剣を扱えば有利に戦う事ができるのか剣との対話を戦いの中で学んだスプリング。
しかし最後のヒラキについてはどうにも納得できないスプリングは、自分でも驚くほどにポロリと本音が口から出ていた。
「なんだよその『えっ』て? 天才である俺と話しているだけで色々と見につくだろう?」
「あ……いや……」
自分に都合が悪い事は一切耳に入ってこないのか、ヒラキにはスプリングの言葉は聞こえていないようだった。
急速にヒラキ王という人物の評価が下がっていくのを感じるスプリングは、我が道を突き進むヒラキに苦笑いを浮かべるしかなかった。
「それでだ……お前の二つ名を思いついた! その名も『全流真道』だ!」
「『全流真道』?」
「ああ、全ての流れを掴み真の道を行く剣聖……」
「……」
ヒラキの口にした剣聖の二つ名はスプリングのこれまでの歩みを現すそんな二つ名であった。それを実感したスプリングは『全流真道』という二つ名を自分に授けたヒラキに対して、不覚にも感動してしまった。
「まあ、俺の二つ名に比べればまだまだだがな!」
「……」
ヒラキの評価が一瞬にして跳ね上がったと思った途端、その言葉で再び己のヒラキに対しての評価が急落していくスプリング。
「よしゃ! これでお前の二つ名も決まったな! これで本当に心置きなく成仏できる」
大仕事をやってのけたというように自分の肩を解しながら小さくため息を吐くヒラキ。ただ騒いでいたようにしか見えないスプリングは愛想笑いを浮かべる事しか出来なかった。
「……ヒラキ王……一ついいですか?」
「ん?」
突然腕を伸ばしながらストレッチを始めたヒラキはスプリングに振り返る。
「……あなたは何者なんですか?」
徐々に消えかけているヒラキの体。スプリングもそれは理解しているようでヒラキの様子に驚く素振りは無い。しかしヒトクイを統一した王であり圧倒的な強さを持つ先輩剣聖でもあるヒラキにスプリングは、何者なのかと聞いた。
「…………俺が何者かだと?……今更何を言ってる、俺はただの我儘で自分勝手な王様で剣聖だよ」
そう言ってニカリと笑顔を返すヒラキ。
「いえ、あの……そう言う事を聞きたい訳じゃないんです……その……うまく言えないんですけど、自然体と言えばいいのか……あなたからは人には到底たどりつけない何かを感じるんです」
スプリングがヒラキに聞きたい事はそういう事で無かった。ヒラキ王の伝説や逸話、噂話は、ガイアス中に広まっており当然スプリングも知っていた。
最も有名なものはヒトクイを統一した英雄としてのヒラキであるが、その他にも一人でとんでもない数の魔物を倒し町を守ったという話や、初めてユウラギにたどりつき無事生還したのはヒラキであったとい噂など数えれば切がいない。
数多くの伝説や逸話、噂話がガイアス中に伝わり伝説的な存在となっているヒラキ。そんな人物はどんな人なのだろうとスプリングは想像した事があった。
ガウルドで初めてヒラキに出会った時、スプリングは立派な人だと思った。しかしそれはヒラキでは無くレーニであった。
レーニから聞いたヒラキの話は想像とは違う人物でありどこか信じられないというのが正直なスプリングの感想でもあった。
だが実際にヒラキ王を目にしたスプリングはレーニが言っていた事は事実津であったのだと確信した。王らしくも無ければ剣聖らしくも無い、そこでスプリングが抱いたヒラキの印象はいい意味で普通の人であった。しかしだからこそスプリングはヒラキに得体の知れないものを感じていた。
一国の王として、剣聖という戦闘職の頂点として、数多くの伝説や逸話、噂を語られながら、どうしてここまで普通、自然体でいられるのか、普通権力や力を手にいれれば、それだけ何かが変わってもおかしくは無い。だがヒラキは変わらないのだ。そんなヒラキの事をスプリングは理解できなかった。
「……ああ……そりゃうーん、どうしてかな? 俺にも分からないな……ただ……」
「ただ……?」
そう言いかけて言葉を止めるヒラキ。その先を聞きたいと聞き返すスプリング。
「ああ、悪い……もう時間だ」
気付けばヒラキの体はすでに消え顔だけになっていた。
「そんな……俺まだ聞きたい事が……!」
まだ答えを聞いていないと叫ぶスプリング。
「甘えるな新米剣聖! これからはお前達の時代だ、自分達の事は自分達で考えろ、じゃな!」
「あ、いや……聞きたいのはあなた事なんですけどぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
スプリングの叫び空しくその場から消えていくヒラキは、満面の笑みをスプリングに向けていた。完全に消えたヒラキの居た場所を茫然と見つめるスプリング。
「……ぷぷッ……アッハハハハ! 何だ何なんだあの人……アッハハハハ!」
結局ヒラキが何者であったのかという答えを聞く事は出来なかったスプリング。しかしもうそんな事はどうでもよくなったスプリングは、ただ笑いたい、そんな気分であった。
ガイアスの世界
『縁ノ核』
殆どの事が不明である『縁ノ核』。前持ち主であるヒラキによれば、人との縁を結ぶ力を持つ物だという。しかし他にも使い道はあるようで、理を外れし者達の力を集める事が出来るという。
理を外れし者達の力が集まった時、一本の剣としての役目がスプリングにはあるというが、それは一体どういう事なのかはまだ分かっていない。




