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真面目で章 3 (スプリング編) 初心者魔法使い対善人な盗賊

ガイアスの世界 4


 食べ物


大陸によって食べられている主食は異なるが、米やパンといったものが主食となっている。だがなぜだか大陸で共通して鳥の卵と酢をあわせた調味料がよく使われている。野菜などに使う者が多いが、強者になると米、パン、肉など、見境なくつけて食べるようだ。

 一説によるとガイアスを作り出した神の大好物がその調味料だったとかそうではなかったとか……という伝説があったり無かったり。

 ちなみにスプリングもその調味料が大好物である。

 

真面目で章 3 (スプリング編) 初心者魔法使い対善人な盗賊



 剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス



 ― ヒトクイ ゴルルド 外 ―



 雲一つない晴天に恵まれた『ゴルルド』。時刻は昼を過ぎ太陽が頭上に昇る頃、『ゴルルド』付近の草原には心地よい風が舞い草花を優しく揺らし和やかな雰囲気が広がっていた。しかしそんな和やかであるはずの草原の一角は今、緊張状態になっていた。

 静かではあるが当人達の戦いは既に始まっていた。草原の一角で魔法の修練をしていた初心者魔法使い、スプリングは自分の背後を警戒していた。スプリングが自分に対して向けられる殺気に気付いて数十分、未だその殺気が動く気配は無い。


「なあ……今どんな感じだ?」


黙々と修練を続けるふりをしながらスプリングは背後から感じる殺気の主が今どうしているか自分の腰に差している伝説の武器、喋るロッド、ポーンに聞く。


『……これと言って動きは無い』


スプリングの全く機能していない≪気配探知≫を補うように木々の影に隠れている殺気の主に動きが無い事をスプリングに伝えるポーン。


「そうか……」


そう言うと表情を曇らせるスプリング。


(目的は俺にかかった賞金か……)


 上位剣士時代、戦場で傭兵を続けながら用心棒や外道職の殲滅も行っていたスプリング。そこで恨みを買ったのであろうスプリングの首には高額な賞金がかけられていた。自分の背に殺気をぶつけてくる少女もその賞金欲しさに自分の首を狙っているのだろうと想像するスプリング。


「今の俺でどうにかできるか?」


 今までスプリングの首を狙って来る者は沢山いた。その都度返り討ちにしていたが今は状況が違う。今スプリングは上位剣士では無く魔法使いなのだ。しかもまだ初心者と付く魔法使いだ。戦闘になってみない事には分からないが、上位剣士であったスプリングの首を狙ってくる輩である。少女はそれなりの実力があると思っていいと考えるスプリングはまだ初級魔法を覚えたての自分が相手を出来るのかと不安が過っていた。


「……行くって言ったものの……」


 まさか自分が賞金稼ぎだと思われているなど思いもしない褐色の少女、義賊ソフィアは、はたから見れば一心不乱に魔法の修練をしているように見えるスプリングを数十メートル離れた木々の影から表情を強張らせ見つめていた。


「……うん、でも行かなきゃ……」


先程固めた自分の決意が解けぬよう拳を強く握る、このやり取りをかれこれ五回は繰り返しているソフィア。


「たのむぜ、嬢ちゃん……俺を奴から解放してくれよ」


 中々行動に移さないソフィアに若干飽きたように欠伸をするガイルズは、早く言ってくれと願いながら心にも無い事を口にする。その言葉はガイルズの演技の下手さも加わり誰がどう来ても棒読みであった。しかしガイルズの心の籠っていない言葉すら気にならない程にソフィアは正義という意思に心を支配されていた。


「駄目だなこりゃ……」


全く自分の言葉が届いていない事に気付くガイルズは呆れたような表情でそう小さく呟いた。


「んー」


殺気は感じるものの、依然動きが見られないソフィアに対してスプリングは魔法の修練をしているふりをしながら唸った。


『どうした主殿?』


突然唸りだしたスプリングに即座に反応し声をかけるポーン。


「いや……まあ、なんて言うか今更な事に気付いたんだ」


『今更……?』


スプリングの表情からは先程の緊張感がなぜか抜け始めていた。


「そもそも俺に向けられている殺気が正直すぎると思って……普通殺し屋が殺しに行きますよって分かるほどの殺気を向ける訳ないよなと……」


『……確かに……』


自分が魔法使いであり戦って勝てるか分からないという状況から冷静な判断が出来なかったスプリング。しかしあまりにも動きを見せない相手のお蔭かスプリングは冷静な判断力を取り戻していた。そんな冷静になったスプリングが口にした言葉に納得するポーン。


「結論から言えば、俺に殺気を向けている奴は、それなりの実力は持っているのかもしれない……けど人を相手にまともな戦いをした事が無い……もしくは殺気を殺すことが出来ない不器用で正直者てとこだな……」


自分に向けて放たれる殺気に対して今まで戦場などで培った経験からその殺気の持ち主の性格を口にするスプリング。


『殺気でその者の性格を感じ取るか……私には無い概念だなその感覚は……しかし油断してはならない、もしかしたらその殺気自体がブラフかもしれない』


 人のように感情を持ち、会話のできる伝説の武器ポーンはスプリングの鋭い感性に感心しながらも警戒を怠ってはいけないと警告する。

 ポーンの警告を聞き、少し考えるように黙り込むスプリング。


『どうした主殿?』


急に黙り込んだスプリングを不思議に思ったポーンは声をかけた。


「ん? ああ……悪い子供の時の事を思いだしていた」


油断してはならない。スプリングの母が良くスプリングに言い聞かせていた言葉。まさか得体の知れない喋るロッドに言われるとは思っていなかったスプリングは苦笑いを浮かべる。


「まあ……とりあえずもう少し様子を見るしかないか……お前の言う通り罠かもしれないしな」


ポーンの警告を聞き入れたスプリングは緩んでいた表情を引き締める。


「しかし待つのはもう止めだ……あっちが動く気がないならこっちから動いてやろう」


そう言うとスプリングは手に持った初心のロッドを空に向ける。


「……踊れ風よ! 踊風ダンスウィンド!」


スプリングが短く魔法の詠唱を口にする。するとスプリングの周囲には目に見える風が出現し四方八方に飛んでいく。するとその一つがソフィアのいる木々のある場所へ飛んでいく。


「……!」


ソフィアは≪踊風ダンスウィンド≫を素早く避けるとその勢いのままスプリングの居る場所へと走り出した。


「おうおう、スプリング……待ちきれなかったってか?」


素早く飛び出していったソフィアの背を見つめながらガイルズはニタニタと笑みを浮かべながらやっと動き出した二人の戦いに注目する。


(釣れた!)


木々の影から飛び出しその正体を現したソフィアを視認するスプリングは、次の魔法に備え初心のロッドを構える。


「隙だらけ!」


数十メートルの距離を一気に詰めたソフィアはそう言うとそうと刃が毒々しく輝くナイフを抜くとスプリングの懐に潜り込む。


(早い!)


 自分の想像よりも早い動きに一瞬驚くスプリング。しかし例え基礎体力が落ちていようと接近戦に対しての勘は鈍っていない。直線的な攻撃だとすぐに見抜いたスプリングは顔に向けて切り放ったソフィアのナイフをギリギリの所で避ける。


(やっぱり……人とやりあう事に関しては素人のようだ)


 ソフィアの戦いのセンスは良く、斬撃の速度も申し分無いと思うスプリング。だがその斬撃には相手を倒そうという覚悟が感じられない。それ故に動きは速くても対応する事は出来るとスプリングはナイフで突きを放ったソフィアの攻撃を避けようと右足を一歩後ろに下げた。


「うおぉぉ」


「きあぁぁ」


 うまく避けられたのは最初の一撃だけで、ソフィアの突きに対して右足を一歩後ろに下げたスプリングの体は宙を舞っていた。自分の頭の中で想像していた動きに体がついてこずスプリングは足を縺れさせながらソフィアを巻き込むようにして草原に倒れ込む。


「……いてぇててて……」


何が起こったのか理解できていないスプリングは痛む頭を右手で摩る。体を起こす為左手で地面に触れるスプリング。しかし左手には到底地面とは思えない柔らかさが感じられる。それは条件反射とでもいえばいいのか、柔らかい何かに触れたスプリングの左手は二度三度と感触を確かめるように揉んでいた。


『ほうほう……これが噂に名高い ≪強運助平ラッキースケベ≫という能力か……』


「えっ?」


 訳の分からない事を言うポーンに間の抜けたような声を出すスプリング。その視線は自然と自分の左手に向けられていった。そこには皮の鎧がはだけ露わになったソフィアの小山が顔をだしていた。その小山の片方をスプリングの左手が包み込んでいた。


「ぐっはぁぁぁ」


その光景に驚いたスプリングは思わずソフィアの小山をもう一度揉んでしまう。


「いやっ……」


顔を真っ赤に染め恥ずかしそうに艶めかしい声がソフィアの口から漏れる。そんな自分の声を聞いて更に顔が真っ赤になるソフィア。


「い、いやぁぁぁぁぁ」


ソフィアは叫ぶと同時にスプリングの顔に目がけて平手を打ち込む。ナイフには乗っていいなかった殺意がその平手には籠っておりスプリングはソフィアの平手によって体が吹っ飛んだ。

 2、3メートルは吹き飛んだスプリングはその衝撃から立ち上がる事が出来ずプルプルと体を震わせる。


「くぅ……ふ、ふざけた真似をぉぉぉぉぉ」


 スプリングを平手で吹き飛ばした後、直ぐに体勢を立て直したソフィアは、はだけた皮の鎧を直しながら落ちていたナイフを手にとるとプルプルと体を震わせながら悶絶するスプリングを睨みつける。


「お前の腰に差したロッド貰っていくぞ」


睨みつけたままソフィアはスプリングの腰に差してあるロッド、ポーンに手を伸ばす。


「……!」


「お前……」


自分の腰に伸ばされたソフィアの手を掴むスプリング。


「なッ! 離せ!」


掴まれた手を振りほどこうと腕をふるソフィア。しかしスプリングはソフィアの手を離さない。


「離せ! 離せよ!」


思いっきり手を振り上げスプリングに掴まれていた手を振りほどく。


「なるほど……」


ポーンに手を伸ばしたソフィアの行動によってスプリングは、ソフィアが何者であるのか大体の見当がついた。


「お前の狙いはこいつか……」


腰に差したロッド、ポーンをスプリングはソフィアに見せびらかすように抜く。


「くぅ……」


図星というようにスプリングの言葉にソフィアの表情が曇る。しかしその視線はスプリングが手に持つポーンに向けられていた。


『私が狙われている……それは問題だな』


「……本当に問題と思っているかお前?」


言葉の割に慌てた様子の無いポーンに呆れるスプリング。


「何ぶつくさ言っている……おとなしくそのロッドを私に渡せ! そして自分が行ってきた悪行を悔い改めろ!」


 ソフィアの言葉に頭を傾げるスプリング。冒頭の言葉は理解出来る。しかし後半の言葉はまるで正義の見方のような口ぶりであり盗賊が口にするような言葉では無い。


「盗賊が何言っている」


「なぁ! 私は盗賊じゃない! 義賊だ!」


「義賊?」


 なるほどと心の中で頷くスプリング。盗賊であるソフィアの口から発せられた言葉に感じた違和感はそういう事かと理解したスプリングは、それと同時に先程感じたソフィアが放つ攻撃に殺意が無い理由気も理解した。

 義賊は人を滅多に殺めない。それは義賊として生きていく者が盗賊と違う事を意味する為の掟、プライドのようなものであった。強者から命以外の物を奪ってこその義賊。そんな甘い考えに思わず笑みが零れるスプリング。


「な、何がおかしい!」


笑みを浮かべるスプリングに警戒するソフィア。


「お前……真面目にそう思っているのか? 例え義賊だろうと人から物を盗む事は悪い事だ……盗賊と何も変わらない」


「ち、違う! 義賊は強者に虐げられている……」


「弱者の為にその能力を振う……だろ?」


ソフィアの言葉に続く言葉を口にしたスプリングはもう一度笑みを浮かべた。


「そ、そうだ! だから私は盗賊のような非道や卑怯な真似は絶対にしない!」


非道では無い事は何となく理解できるが、人の隙を見てポーンを奪おうとしていた奴が卑怯な真似と口にするかと性格と戦闘職がこれほどまでにあっていないソフィアにスプリングは笑いをこらえきれない。


 「なッ! お前私を馬鹿にしているな!」


笑いをこらえきれず大声で笑いだしたスプリングに自分は馬鹿にされていると感じたソフィアは怒りを露わにする。


「くぅ……ああもうどうでもいい、いいから早くお前が持っているそのロッドをよこせ!」


「いやいや、渡す訳ないだろ」


明らかに馬鹿にしたような顔で今度は呆れた顔でソフィアの言葉を否定するスプリング。その顔をみて地団駄をふみ何やら悔しがるソフィア。


「キィーこんな悪い奴に馬鹿にされるなんて!」


「はぁ? なんだそれ?」


全く心当たりがないソフィアの言葉に首を傾げるスプリング。


「白々しい、私は一緒に旅しているガイルズから聞いたんだから! あんたガイルズから色々な物を奪っているんでしょ!」


ソフィアの口から思わぬ言葉が飛び出し驚いた表情になるスプリング。


「はあぁぁぁ何のことだ? 俺はあいつを虐げたことなんて一切ないぞ、そもそもどちらかといえば俺が虐げられているぐらいだ」


言われもないことを言われ怒りを露わにするスプリング。


「え……そうなの?」


ソフィアの気の抜けたような声に勢いよく頷くスプリング。


「ああ、大体理解したぞ……お前ガイルズの言葉を鵜呑みにしただろう……」


真っ直ぐに自分の目を見つめるソフィアを見て、スプリングはソフィアが人の事を疑わない性格であると悟る。


「え、いや……な、何言っているか分からない?」


明らかに動揺するソフィア。その様子にスプリングはソフィアは人を疑わない性格に加え嘘を付けない性格でもあると理解する。


「お前……よくそんなんで今まで盗賊としてやってこれたな」


馬鹿にする事を通り越し呆れてくるスプリング。


「う、うるさい! そんな事はどうでもいいからさっさとそれをよこしなさい!」


そう言いながらソフィアはポーンを奪おうと手を出す。すかさずそれをかわすスプリング。ポーンを奪おうとするソフィアの手は速かった。しかしソフィアの性格上、その行動は真っ直ぐで単純な為スプリングはすぐさま反応する事が出来た。


「くぅ……」


「諦めろ、お前のその性格じゃ俺からこいつは奪えない」


腰にポーンを差し直すと、草原に落ちていた初心のロッドを拾うスプリング。


「それでも奪うっていうなら……」


ソフィアに向けてロッドを構えるスプリング。その構えは剣士の構えであった。


「……!」


魔法使いが剣士の構えをする。はたから見れば何とも滑稽な姿であるが対峙するソフィアは理解する。今の自分では目の前の男に手も足も出ないと。


「さあどうするんだ? ……まだ続けるか、それとも大人しく帰るか……」


「くぅ……私はあんたと戦いたい訳じゃない……あんたが持つそのロッドが欲しいだけ」


素直に自分の気持ちを吐露するソフィア。


「だったら、盗賊なんてやめて全うな戦闘職にでも転職しろ、お前の馬鹿正直で真っ直ぐな性格だったら盗賊なんてやっているより遥かに困っている人を救えるだろうよ」


「なッ……私は盗賊じゃない……義賊……だ」


自分が盗賊では無いと言い張るものの、スプリングの言葉が引っかかったのか先程までの勢いがなくなるソフィア。


「もし転職してそれでもこれが欲しいと思うんだったら相手になってやる……俺に勝てたらこいつを譲ってやるよ」


『主殿、それは困るのだが』


「五月蠅い、お前は黙っていろ!」


スプリングの言葉に抗議するポーン。しかし聞く耳持たないと言ったようにすぐにポーンの抗議を掻き消すスプリング。


「それ……本当?」


一切人を疑っていないという目でスプリングを真っ直ぐに見つめるソフィア。


「ああ、誓う……お前が全うな戦闘職に転職して俺に挑んで勝てたらこいつはお前にやる。


そう言いながら自分の腰に差したポーンを指差すスプリング。


「まあ、俺に勝つのは無理だと思うけどな」


前の言葉に付け加えるようにそう言うとスプリングは悪戯な笑みを浮かべた。


「絶対強くなってあんたをギャフンと言わせてやるんだから!」


そう捨て台詞を吐いてその場を後にするソフィア。


「あッ!」


何かを思い出したように一声上げるソフィアはそのまま踵を返しスプリングの下へと戻ってくる。


「な、何だよ、気でも変わったか?」


「違うわよ、その、名前、私の名前を教えるの忘れてたから……」


「名前?」


ソフィアの言葉にやっぱり真面目な奴だと思うスプリング。


「私はソフィア……忘れないでねあなたに勝つ女の名前!」


そういうと流石盗賊というように素早くその場を立ち去るソフィア。スプリングはソフィアの小さな背中を見送るとホッと胸をなで下ろすように大きなため息を吐く。


『見事なハッタリだったな主殿』


「さっきから五月蠅いよ……たく……ムダに疲れたぜ」


『しかし、あのままソフィア殿という少女と戦闘になっていれば主殿に勝機は無かったぞ……苦し紛れに剣士の構えをとりソフィア殿を威圧したのは流石だと私は思う』


 魔法使いとしてのスプリングの技量は、本人は知らないが初級過程を終え中級に入った所。魔法使いの人口の中で最も多いのが中級でありスプリングの能力は今可もなく不可もなくといった所であった。それに対してソフィアの盗賊、義賊としての技量は本人の性格を別にしても高い。中級のスプリングでは勝ことは難しかった。


「まあ確かにお前の言う事にも一理ある、だけどハッタリを言った訳じゃない……」


そういうと再び剣士の構えをするスプリング。


『何をする気だ、主殿?』


再び剣士の構えになったスプリングの姿に何をするのかと聞くポーン。


「ちょっと懲らしめなきゃならない奴がいてだな」


そう言うと静かになるスプリング。呼吸を整え手に持った初心のロッドに頭に浮かべた伝イメージを伝え具現化していく。


「風よ、何人にも脅かされぬ刃となれ! ≪風刃ウィンドブレード≫!」


 それはまさしく風の刃であった。元上位剣士であったスプリングだからこそ発想し実現させた魔法であった。初心のロッドの先端から目で確認できる風の刃が形を成す。それは剣士の持つ剣その物のように鋭く煌めく。


『な、なんと!』


スプリングが発動させた魔法に驚きの声を上げるポーン。

 本来魔法使いは接近戦を得意とはしないし絶対にしない。それは魔法使いの身体能力が極めて低いからだ。だから余程の事が無い限り接近戦をしようなどと思う魔法使いはいない。それ以前に魔法使いは接近せずとも強力な魔法がある。わざわざ接近する必要が無いのだ。だがスプリングは違った。決して消える事の無い今も燃え上がる『剣聖』への強い想いが、魔法使いでありながら剣を扱う己のプライドを形にさせたのである。

 風の刃、≪風刃ウィンドブレード≫は周囲に漂っていた風を巻き込みながらその刃を大きくしていく。


「おら出てこいこのクソ野郎が!」


そう言いながらソフィアが先程まで隠れていた木々のある場所に向けスプリングは≪風刃ウィンドブレード≫を打ち込んだ。スプリングがいる場所から数十メートルはあるその距離を一瞬にして駆けていく風の刃は真っ直ぐに木々のある場所に向かいたどり着くと破裂するように風の爆風を引き起こした。


「ゴホゴホ……酷い事をしやがる」


 爆風によって舞う土煙の中、姿を現したのはガイルズ。派手さ、攻撃力共に十分すぎる威力であったスプリングの魔法を受けてガイルズは全く傷を負う事無くのそのそとその姿を現した。


「チィ……死んでないか」


真面目に殺意を込めていたのかスプリングはピンピンしているガイルズの姿に舌打ちを打つスプリング。


「何てことしやがるスプリング」


言葉の割に笑顔であるガイルズはスプリングの下へと向かい歩いて行く。


「何が何てことしやがるだ! それはこっちの台詞だ馬鹿野郎!」


自分の下に辿り付いたガイルズを睨みつけるスプリング。


「あいつを焚き付けやがって! 誰が極悪非道だ?」


「そんな怒るなよ、これは全てお前の為にやった事なんだぞ」


「はぁ?」


「魔物相手に魔法を使うのも良いが、やはり人相手にも試さないと思ってな、丁度いい所にあの嬢ちゃんがいたからお前の修練の相手になってもらったんだよ」


全く悪いと思っていないガイルズは豪快に笑いながら、今までの経緯を話した。


「何……という事はお前もソフィアが俺の後をずっとつけていた事を知っていたって事だな?」


「ああ、あの嬢ちゃんソフィアって言うのか……なんだスプリング君、以外にやる事はやってるじゃないのよ」


肘でスプリングを小突きながらいやらしい表情を浮かべるガイルズ。


「や、止めろ……お前のスキンシップはゴフ……」


ガイルズの肘による小突きが体に当たる都度、吐血するスプリング。


「ああ、悪い悪い……本当に魔法使いってのは脆いなぁガッハハハハ!」


何がおかしいのかとスプリングは吐血する口元を抑えながら回復薬を浴びる。


「兎に角だ……お前覚えとけよ……」


回復薬を浴び体調が回復したスプリングはそう呟きながらもう一度恨みの籠った鋭い視線をガイルズに向ける。


「ああ、楽しみにしてる」


何が楽しいのかガイルズはスプリングの言葉に笑顔で答えるのであった。


 スプリングとの出会いから数時間後、ソフィアはすっかり夜になった『ゴルルド』の町にいた。


「……私が転職……」


 夜になった『ゴルルド』の町を歩くソフィアはスプリングに言われた言葉を思い出していた。義賊が天職だと思っていたソフィアにとってスプリングの言葉は考えもしないことであった。

 自分を育ててくれた義賊団の団長が義賊であったから当然のように自分も盗賊を目指した。だが団長はそんなソフィアに義賊を止めろと常日ごろから言っていた。今思えば団長は自分の性格を理解していたからこそ五月蠅いほどに義賊を止めろと言っていた事を理解するソフィア。


「転職か……」


自分が他の戦闘職に転職するという事が想像できないソフィアは星が輝く夜空を見上げた。


「私に合った戦闘職ってなんだろう……」


ポツリと呟き考えるソフィア。しかし答えは浮かばない。


「よし、こうなったら責任をとってもらおう」


うそう言いながら頷いたソフィアは夜の『ゴルルド』に消えていくのであった。


 翌日。いでに日課となった朝の魔法修練をしようと宿屋を後にするスプリング。


「おはよう」


「ゲッ!」


宿屋の前にはソフィアが立っていた。


「お、お前何で俺が泊まっている宿が分かった?」


「義賊の情報力を舐めないでもらいたいわね、あんたの居場所なんてすぐにわかるんだから」


義賊の情報力をこれでもかと自慢するソフィアの姿に昨日の会話は何であったのかと思い苦笑いを浮かべるスプリング。


「それで昨日の今日で俺に何のようだ?」


まさかもう戦いを挑みに来た訳じゃないよなと一抹の不安を抱くスプリング。


「あんたには責任を取ってもらおうと思って」


「責任? 何の責任だ?」


何か嫌な予感がするスプリング。


「私を転職させる責任、あんな事言ったんだから私がどんな戦闘職に合っているか導いてよ!」


「……」


目の前の少女が何を言っているのか理解できず思考が停止するスプリング。


「お! 騒がしいと思ってきてみれば、昨日の嬢ちゃんじゃねぇか!」


「あああ! あんた私を騙したわね!」


「ガッハハハ! 何の事か知らんな」


ソフィアの言葉を笑い飛ばして誤魔化すガイルズ。


「それで嬢ちゃんはスプリングに何の用なんだよ」


「むぅぅぅう……まあいいわ……私はスプリングに責任をとって貰おうと思っているの」


騙された事を許す気は無いが、今はその気持ちを飲み込んだソフィアはスプリングに言った事をガイルズにも伝えた。


「せぇきぃにぃん?」


下衆の極みと言っていい笑みを浮かべジトっとした視線をスプリングに向けるガイルズ。


「はッ! な、なんだその目は!」


思考停止から復帰したスプリングは自分に向けられるガイルズの表情に苛立ち叫んだ。


「いーんや、本当スプリングさんってやる事はやっていらっしゃるのですね」


「なんだその言い方はぁああ」


気持ち悪い敬語使いをするガイルズに更に苛立ちが貯まるスプリング。 


「という訳だからこれから一緒に行動することにしたからよろしくねスプリング!」


「はぁああああああ?」


再び思考が停止しそうになるスプリングは叫ぶ事によってどうにかそれを回避する。


『主殿、私もそれは同意する、男だけでは華がない、彼女がいてくれれば道中も男臭くなる心配はないと思うのだが』


「はぁあああああああ?」


お前もかとポーンの言葉に叫びとも悲鳴とも聞こえる声を上げるスプリング。


「……え……今の何……」


突然その場に聞こえたスプリングでもガイルズでも無い声にキョトンとするソフィア。


『ああ、挨拶するのを忘れていた、私は伝説の武器ポーン、ソフィア殿が主殿から奪おうとしていたロッドだ』


キョトンとした表情のソフィアにポーンは自己紹介をした。ポーンが自己紹介を終えるとソフィアはスプリングの腰に差さているロッドに目を向けた。


「ロッドが……喋った……」


スプリングに続き思考が停止するソフィア。


「えええええええええええええええええ!!」


次の瞬間、太陽の昇りが浅い早朝の『ゴルルド』にソフィアの叫び声が響き渡ったのであった。




 人物紹介 1改


 スプリング=イライヤ


レベル57


 職業 魔法使い レベル25 (中級)


 今までマスターした職業


ファイター 剣士 ソードマン


装備


 前回と変わらずなので省略


 本人は苦手といっているが、彼の努力と潜在的能力、そしてポーンの影響によって魔法使いとして怒涛の成長を見せるスプリング。

 普通の魔法使いが絶対に思いつかないような魔法まで考えつき発動してみせたスプリングの魔法使いとしての才能は本物のようだ。


 登場人物 4改


 ソフィア(偽名)


 レベル39


職業 盗賊 レベルマスター


今までマスターした職業


 盗賊(義賊)


装備


 前回と変わらずなので省略


 スプリングの助言で転職を考え始めたソフィアは、どの戦闘職が自分に合っているのか分からずスプリングと行動を共にし自分の最適な戦闘職を見つけ出す事を決めた。

  

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