最後で章 26 密約と災難
ガイアスの世界
ソフィアとテイチの関係
本編ではあまり語られていないソフィアとテイチの関係だが、どうやら仲は凄くいいようだ。
ソフィアはテイチの事を妹のようにかわいがっているようで、サイデリーにいた頃は暇(訓練の休憩中)は必ずテイチの下に顔を出していた。
テイチも自分を可愛がってくれるソフィアの事は大好きであったが、時たま見せる狂気とも言える可愛がり方には少々引いている一面もあるようだ。
兎にも角にも人からも精霊からも愛されるテイチの魅力は凄まじいものがある(作者がテイチの
可愛さを引き出せていない事が残念で悔やまれる)
最後で章 26 密談と災難
『絶対悪』を抑え込み魔王の『闇』が渦巻く世界、ガイアス
「この事は……絶対に誰にも言うな……」
「お前ッ!」
白骨化していたり無残な姿で肉塊と化した魔物達の死骸が腐臭を放つ広い部屋の中心で、男女二人が見つめ合うように立っていた。
だが女性の視線は見つめ合うというにはあまりにも鋭いもので目の前の男に敵意をむき出しにしているようにも見える。そんな鋭い視線をぶつけられる男は女性の視線とは対照的に静かに己の視線を女性へと向けていた。全く違う温度差の中、女性が口を開く。
「私はお前の考えを認められない! お前はそれを絶対に成し遂げなければならないのか!」
鋭い目つきで男を見つめる女性は、男の考えを認めないと叫ぶ。一体どんな内容であるのかは定かでは無いが、女性の凄い剣幕からして到底納得できる内容では無い事は確かであった。しかしそれでも男は表情を変えず無表情を貫き通していた。
「ああ……理解を求めてはいない、俺は一人で成し遂げると決めた……それは全てあいつの為に……」
それは全てあいつの為に。男の声は一切の迷いなく発せられる。鋭い視線を男に向けていた女性の表情は男の言葉によって切なく歪む。
自分を見ているはずの男その目は、この場には居ない『あいつ』に常に向けられている。そう感じ取った女性は男が口にした『あいつ』に僅かな嫉妬と羨ましさを感じていた。
出会ったのは自分が先なのに、誰よりも近くにいたはずなのに。女性が男に向けた鋭い視線は、怒りでも憎しみでも無く愛故のものであった。
だが女性は男が口にした『あいつ』という存在を恨む事が出来ない。女性にとって『あいつ』は恩人であったからだ。それ故に男がこれから成そうとしている事をはっきり否定することもできなかった。男の考えを肯定しても否定してもそこに待つのは絶望でしかない。だが女性は諦めず何か違う方法があるのではと男と対峙する中でも思考を巡らせる。しかし時は待ってはくれない。時間切れというように女性の体に『闇』が纏わり始めた。
「色々考えていたようだが、時間切れだ……俺の計画の為に、お前の力を利用する……生の力を司るお前の力を……」
徐々にしかし確実に女性の体の自由を奪っていく『闇』。
「……お前は……本当にそれでいいというのだな……」
女性の体中を這い始める『闇』に抵抗する事なく男を見つめ続ける女性は、男に念を押すようにそういった。
「ああ……これが俺の結論だ……一度全てを断ち切りあいつを呪縛から解き放つ」
一切の揺らぎはないというように首を縦に振る男。
「……そうか……ならば……もう何も言うまい……」
男の言葉に頷く女性の表情はまるで恋をする少女が失恋した時のように微かに切ない笑みのようであった。
「……その状態は一時的なものだ……すぐに開放される、それまでは……」
視界が『闇』に染まっていく女性には男の声が聞こえにくくなり始めていた。自分の体がまるで自分のものではないかのように感じられる女性は女性の意識が体中を這いまわる『闇』によってあやふやになっていく。
「……これは奴からお前を守る防御壁でもある……ウルディネ、ありがとう……そしてすまない……」
「……謝るなら最初から……こんな事するな……」
薄れゆく意識の中、男の最後の言葉に今自分に出来る精一杯の皮肉を口にする女性。その皮肉に無表情であった男の顔が僅かに苦笑いを浮かべたようにも見えたが、『闇』によって視界が埋め尽くされた包まれた女性にはもう確認する余地は無かった。
水と生命を司る神精霊、ウルディネの意識はそこで一度途切れた。
― 理を外れし者達よ、待っていた ―
『闇』を放つ黒い柱を背に佇む男は、周囲に集まった者達が自分の下に集まるのを待っていたと声をかけた。だが男の口から声は発せられておらずそもそも口を開きもしていない。男の声は重く響く声は、周囲に集まった者達の頭に直接響き渡っていた。
頭に響き渡る男の声には話しかけた相手の行動を制限する力でもあるのか、蹲っているガイルズやランギューニュ、その二人を見ていたソフィア達の視線を強制的に男に向けさせた。
それは神精霊達であっても抗えず、土を司る神精霊も火を司る神精霊も風を司る神精霊も驚きの表情を浮かべながら男に皆視線を向けた。
「……アキ……」
その中で『闇』を放つ黒い柱を背に立つ男、魔王の名を口にしたのは、水を司る神精霊ウルディネであった。他の神精霊が驚きや動揺の表情を男に向ける中、ウルディネの表情はどこか切なさを帯びていおり、他の者達とは別の事を考えているようであった。
人間から魔王化した男、伝説の防具の所有者であった男アキは、その場の者達の視線を確認すると静かに頷いた。
「……やっとあえたな……お目覚めか……魔王」
驚きや動揺が場を支配しその場の者達の視線がアキに集中する中、ただ一人その元凶であるアキにしっかりとした口調で喋りかけた者がいた。先程までソフィアの鋭い拳によって蹲っていたその巨体をぬっと起こした聖の獣の力を持つガイルズは、自分とは正反対の力である『闇』の力を持つ魔王アキの前に立つとその長身からアキを見下ろしニタリと笑みを浮かべる。アキを見下ろすガイルズの目には、新しい玩具を与えられ子供のように期待を含んだ輝きが見られた。
これから始まる戦いに期待を膨らませるガイルズ。しかしその光景は周囲の者からすれば一触触発な状態であり驚きと動揺が支配していたはずのその場の空気は、一瞬にして重く張り裂けそうなものにガラリと変化した。
― ……残念だが『聖狼、お前と戦っている暇は俺には無い…… ―
ガイルズとはほぼほぼ初対面のはずのアキは、一目見ただけでガイルズが聖狼である事を見抜くと、そのガイルズが今何を考えているのかも理解しそれは出来ないと断った。
「……なにィ?……なんて言った?」
何を言われたのか一瞬理解できなかったガイルズは、頬を引きつらせながらアキになんと言ったのか問いただした。
― 言葉の通りだ、お前と戦っている暇は無い ―
やはりガイルズには理解できない。なぜこの場で戦う暇が無いのか、目の前にいるのはこの世界を消滅させようとしている魔王では無いのか。ならばなぜ敵地に足を踏み入れた自分の願いを聞き届けてくれない。疑問が膨らみその膨らみが一瞬にして破裂するガイルズ。
「……おいおい、ちよっと待てよ……俺はな遥々遠い場所からお前を戦うためにやってきたんだ、そんな奴を相手にするのがお前の仕事だろうが魔王!」
ガイルズの言葉が正しいのかは分からない。しかし魔王を倒そうとやってくる者達と戦わなければならないのは魔王としての宿命ではある。そんな宿命を拒否するアキの考えが分からず苛立ちが限界を突破したガイルズはアキに額をぶつけながら叫ぶ。それと同時に背負っていた特大剣を一息での抜くとそのままアキに向かって振り下ろした。距離も何も無い。ただぶつけるように振り下ろされたその一撃は、周囲を巻き込みその衝撃で爆発が起こるという到底斬撃と呼べる代物では無い威力を持っていた。
平地であった地面が割れ、足場が崩れる周囲。ガイルズの放った一撃によって発生した爆発に巻き込まれないよう周囲の者達は素早く各々防御体勢をとりながら爆発から身を守った。
爆発の衝撃で舞い上がった地面は、衝撃の余波によって一瞬にして粉々になり塵になって周囲を漂う。舞い上がった塵は砂埃となり周囲を漂いその場にいた者達の視界を奪った。
「俺はなお前みたいな奴らと戦いたくてしかたがないんだよ! なのになぜ俺と戦ってくれない!」
ガイルズの叫びは周囲に漂っていた砂埃を一瞬にして霧散させる。霧散した砂埃の先に見えたのはガイルズとアキを残して大きく窪んだ大地であった。
感情を露わにするガイルズ。そこには聖撃隊統率の姿も無ければおちゃらけた姿も無く、ただ強者との戦いに飢える一人の男の姿があった。
強者との戦いを望んでいたガイルズにとってアキの放った言葉は、今まで我慢に我慢を重ねていたガイルズの僅かに残っていた理性を破壊する。
今まで数々の強者と対峙してきたガイルズ。しかし運命の悪戯か必ずといっていいほどガイルズは強者とまともに闘えない運命にあった。夜歩者の上位種である闇歩者であるスビアとも、(ナイトウォーカー)にしてヒトクイの王であり、『聖』と『闇』を司る神精霊でもあるレーニとの二度に渡る戦いも、ちょこちょこと出てきては邪魔をする死神とも命の全てをかけた戦いをする事が出来なかった。終いにはレーニに剣を導く道になってください、裏方にまわれと言われる始末。
不満の溜まったガイルズは魔王ならば自分の願いを叶えてくれると信じていたのに、今回もまたその願いは叶う事無く裏切られる形となった。
「どいつもこいつも俺に負けたくないからすぐにら逃げやがる……お前もそれか魔王!」
規模はそれほど大きくないとはいえ、ほぼゼロからの距離からの爆発に対して一切無傷であったガイルズは、定位置から一切動くこと無く平然とした表情でその場に立つアキに自分の気持ちをぶつける。
「でももういい、俺は考えるのを辞めた……そうだ例えお前が俺との戦いを望まないとしても俺には関係ない、俺はただこの剣をこの爪をこの牙をお前にねじ込むだけだ」
理性など馬鹿馬鹿しい、なんで今まで俺はお行儀よく相手の事を考え戦いをしていたのだ。戦いの場で相手の機嫌を伺い戦う者などいない。それに気付いたガイルズは僅かに残っていた理性を捨て去った。
― まるで犬だな『聖狼 ―
すでに臨戦態勢に入ったガイルズを犬呼ばわりするアキ。
「もういい、黙れ!」
開戦とでも言うかのようにガイルズは振り下ろした特大剣を振り上げアキに向け再び振り下ろそうとする。
― お前が黙れ、駄犬 ―
それは一瞬であった。振り下ろしたガイルズの特大剣は一瞬にして粉々に粉砕されガイルズの体は力の行き場を失い地面に倒れ込む。
― さて今からお前達にこの戦いの行方を決める剣の下へ向かってもらう ―
相手にならないというように僅かに力を見せつけたアキは、少し離れた所から二人を見つめていたソフィア達に話しかけた。
「おい、剣が折れたくらいで戦いは終わらねぇぞ!」
特大剣を砕かれその衝撃で手に痺れを感じるガイルズは立ち上がると、己の筋肉を膨張させはじめた。それはガイルズが聖狼へと姿を変える予兆であった。
― だから黙れ駄犬 ―
「ガハッ!」
ガイルズは自分に何が起こったのか理解できなかった。アキが何かを言った瞬間ガイルズの周辺が一瞬に暗くなると次に自分の体が何かに押し潰されるように地面へと押しつぶされていた。
「大きな黒い手……」
「ガイルズ!」
それはまるで巨人の手であった。ガイルズを押し潰したのは巨人の大きな『闇』を纏った黒い手であった。その光景に目を見開き驚くテイチ。ガイルズが喰らった攻撃に思わぬ攻撃に叫ぶソフィア。
「何だこれ! クソッ魔王! 俺と戦え!」
突然空から降ってきた巨大な黒い手は見た目派手ではあったが、威力はそれほど無いようでガイルズはそれほどダメージを負っていなかった。ガイルズの動きを封じるための攻撃。それが巨大な黒い手であった。ただその効力は絶対で巨大な黒い手はガッチリとガイルズの体を拘束し全くガイルズは身動きが取れなくなっていた。
「クソ、離しやがれ! 俺と戦え魔王!」
全く身動きの取れないガイルズは全く自分を相手にしていないアキの気を引こうとして大声で叫ぶ。
― いい加減黙れ ―
例え行動を制限したとしても静かにならないガイルズに表情に一切の変化は無いが呆れたのか、アキはガイルズの口を巨大な黒い手の指の一本で無理矢理塞いだ。
「フガヌガ……!」
口を塞がれても一向に静かにならないガイルズ。しかし叫ばれるよりはましになったという状況でアキは改めてガイルズ以外の者達をその視界に捉える。
― すまない、少し手間取った……さて話を戻そう……ここに集まったお前達、理を外れし者を『絶対悪』……死神の下へ運ぶ ―
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
アキの下に戻ってきたソフィアは何かを始めようとするアキの前に飛び出しを止めに入った。
― なんだ……女? ―
ブリザラと瓜二つの容姿をしたソフィアを目の前にしてもアキの表情は一切変わらずの無表情であった。
「私あんたが何を言っているか全く理解できないんだけど! ちゃんと説明してくれない!」
― 何? ―
ソフィアの言葉に小首を傾げるアキ。
「『絶対悪』って何よ! というかそもそも何で私達があんたの命令に従わなきゃならないのよ!」
『絶対悪』という言葉を何処かで聞いた事があるようなと思いつつ『絶対悪』とは何であるのか、そしてそもそも敵であるはずの魔王が自分達に命令をするのかソフィアは元凶であるアキを問いただした。
「あ、あのソフィアさん、それは……」
ソフィアの後を追っていたテイチは、ソフィアの言葉に今アキが置かれている状況もそして全ての元凶が『絶対悪』にある事もソフィアは知らないのだと理解したテイチは、ソフィアの下へ駆け寄ろうとする。しかし強烈な鳩尾へのダメージから回復した男に阻まれるテイチ。
「……駄目だそっちにいっては危険だテイチ」
アキを危険だと感じた男はソフィアの下へ向かおうとするテイチの体を抑える。
「ブリザラ様も早くそいつから離れてください!」
ここにきてまだソフィアをブリザラだと勘違いする元最上級盾士にして現在は剣聖であるランギューニュは、ソフィアにもアキから離れるように警告する。
「ちょ、ちょっと落ち着いてください二人とも、私の話を聞いてください」
体を押さえつけるランギューニュを振りほどきアキの前に駆け寄っていくテイチはソフィアとランギューニュを落ち着くよう諭した。
「「テイチ!」」
魔王に背を向ける事がどれだけ危険であるか、それは子供でも理解できる事である。そんな危険な行為をするテイチに驚くソフィアとランギューニュ。
「離れなさいテイチ!」
「危険だ離れろ!」
すぐその場から離れろとテイチに言うソフィアとランギューニュ。しかしテイチは二人の言葉を聞かず自分の背後に立つアキに顔を向けた。
「……アキさん少し時間を頂いてもいいですか?」
「……なぜだ?」
時間が欲しいというテイチの言葉に疑問を持つアキ。
「ソフィアさんとランギューニュさんは『絶対悪』の存在を感覚では感じつつも理解していません、その説明の為の時間をください……そしてアキさんがウルディネとの間で密かに交した話の内容を私達にも教えてください」
「テイチッ!」
少し離れた場所からテイチを見ていたウルディネは、なぜテイチがその事を知っているか理解できないというようにテイチの名を叫ぶ。それはアキも同じようでウルディネと自分だけが知っているはずの事をなぜテイチが口にしたのか分からず無表情であったその顔をその日初めて崩すアキ。
「私はずっとウルディネと繋がっていたんです……話ていた内容は分からなかったけど、それがとても大事な事くらいわかります」
テイチとウルディネの関係は術者と精霊という形で契約が結ばれている。契約を結んだ精霊との相性や絆が強ければ、互いの視覚や聴覚の共有が可能になることがある。その事は当然ウルディネは知っていた。だからこそアキとの密談をした時は、テイチとの視覚と聴覚の共有を切っていたはずだった。
「ごめんねウルディネ……盗み見るような事して……でもどうしてもウルディネが心配で……そしたら見えたんだ……アキさんとウルディネが話している所が」
ウルディネの誤算はテイチとの深い繋がりにあった。一時でもウルディネがテイチの体を借りてアキと旅を共にした事によってウルディネとテイチの繋がりは本来術者と精霊が築いていくであろう絆を遥かに超えていた。テイチはウルディネの身を案じ必至でウルディネを思い続けた結果が、アキとウルディネの密約の場面を捉えてしまっていたのだった。
「そうか……」
テイチの自分に対しての想いの強さをまざまざと感じたウルディネは、本当にテイチに悪い事をしたのだと肩を落とした。
― ……『絶対悪』についての説明はいいだろう……しかしウルディネとの密約については、話せない ―
そんな二人の深い絆を目の当たりにしたアキは、誰にも聞こえないよう小さくため息を吐くと崩した表情を再び無表情に戻し、『絶対悪』の説明は了承した。しかしウルディネとの間で交された密約の内容は話させないと口にするアキ。
「ウルディネ……」
密約については話せないと口にするアキの言葉を聞いてテイチはウルディネに視線を向ける。一体どんな話が二人の間で交されていたのか、アキが堅く口を閉ざした今、テイチにとって頼みの綱はウルディネしかいなかった。
「……すまない私の口からは話せない」
しかしテイチの希望を叶える事は出来ないと首を横に振るウルディネ。
「そんな……」
頼みの綱であったウルディネにも堅く口を閉ざされたテイチは俯く。
「ちよっとあんたら! 話の一つや二つ聞かせてやってもいいんじゃないの! たくいい大人がよってたかってか弱い女の子の願いを叶えてあげないなんてふざけてる!」
落ち込むテイチを抱きしめたソフィアは、黙り込んだアキとウルディネに怒りをあらわにした。
「特にウルディネ! あんたはテイチに迷惑かけっぱなしなんだからそんな事言える筋合いはないでしょ! さああの無表情魔王と一体どんな話をしていたの!」
テイチを抱き枕か何かと勘違いるように思いっきり抱きしめながらソフィアはウルディネに一体何を話していたのか白状しろと迫った。
「……アキよ……どうやら私は無理だ……このままでは話してしまう……だからもし自分の信念に揺らぎがないのならば、テイチにあの話を聞かせてやってくれないか?」
ウルディネの良心を突くソフィアの言葉は効果抜群でありこのままではテイチにあの話を口にしてしまうと言うウルディネ。だがそれはアキに対するウルディネの些細な抵抗でもあった。もしアキ自身が己の心に僅かな揺らぎ一つもないならば、二人の間で交された内容をテイチに公表することはできるはずだと。そしてテイチがその密約の内容に絶対反対するという確信がウルディネにはあった。
― ふぅ……分かった……ならば全ての準備が済んでからテイチに話すとしよう ―
アキの表情に変化は無い。ウルディネの言葉を受け入れたアキは頷くと喜ぶテイチに頬擦りをするソフィアと全く話について行けていないランギューニュに視線を向けた。
― 『絶対悪』という存在が何であるか、説明してやろう ―
そう言うとアキは『絶対悪』について語り出すのであった。
― 元ユウラギ 中心部から少し離れた場所 ―
表情に少し幼さの残る男は、見渡す限り平地のその場所に困惑していた。
「必至に海を渡ってきたと思えば、何も無い……本当にここはユウラギなのか?」
びしょ濡れになりながら肩で息をする男はつい先ほどまで自分がいたはずのユウラギが変貌している事に驚きの声をあげた。
『あれは全て『絶対悪』の作り出した幻ですからね』
「うっわッ! 突然話しかけないでよビショップさん」
自分以外だれも居ないはずなのに突然自分に対して話しかけてきた声にユウラギの変貌とは違った驚き方をする男。
『いやいや、これは申し訳ない、脅かすつもりはありませんでしたユウト坊ちゃん』
その声の正体、それはユウトが手に持つ伝説の本ビショップの声であった。
ユウトはびしょ濡れだというのに一切濡れていないビショップは現在の所有者であるユウトに心の籠っていない詫びを入れた。
「あ、いや、こちらこそ……すいません、まだその……慣れていなくて」
しかしユウトは全くそれに気付かずもしかしたらビショップが自分の言葉で気分を害したのではないかと頭を深く下げた。
『いえいえ、頭を下げなくて結構ですよ、驚くが普通ですから……ここだけの話、前の持ち主であった坊ちゃんは、全く私に動じず正直面白くありませんでした、されに比べユウト坊ちゃんのように慌てていただけると私としては楽しくてしょうがありません』
「あの……それって結局、僕を脅かそうとしていたんですか?」
『あっははは、中々鋭いですねユウト坊ちゃんは……』
陽気に笑うビショップに疲れたという表情を浮かべるユウト。
「あの……その坊ちゃんっていうのは何ですか?」
『ああこれは私の所有者を言い表す呼び名のような物です、他の伝説の武具達もそれぞれ自分の所有者を色々な呼び方で呼んでいますよ』
「ああ、そうなんですか」
生まれてから今まで坊ちゃんと呼ばれた事の無いユウトは坊ちゃんと呼ばれるたびに背筋が痒くなるが、そういう決まりならしょうがないと納得する。しかしユウトは知らない。それがビショップの単なる嫌がらせであるという事を。
『ああ、ちなみに私の事は呼び捨てで構いませんよ』
「え? いやそういう訳にはいきませんよ」
真面目であるユウトは例外はあるもののそういう所は横着しない。そんなユウトの言葉に本当に自分の前の所有者とユウトが同一人物であるのかと疑いたくなるビショップ。
「あの……ところで幻術を解いた者達を探せってあの人は言ってましたけど……」
そこで再び周囲を見渡すユウト。
「全くそれらしい人……そもそも人が居ないんですが……どうしたらいいんですかねビショップさん」
ユウトが最初にいた場所は歩いて五分ほどで一周できてしまう小さな小島であった。その小島にはユウト以外誰もおらず、ユウトはその小島から海を渡り何処までも平地が続く大陸へと上陸したのだがその平地が続く大陸にも人の姿は無かった。
『うーん、どうやら……この大陸の中心部に強い力の反応を何個か感じます、あ、あれですね見てくださいユウト坊ちゃん』
ビショップは自分の体である本から矢印を浮かびあがらせるとユウトが向かう目的地を指示した。
「おお、何か嫌な雰囲気を纏った黒い柱が……」
『あそこに幻術を解いた者達は集まっているはずです』
「あそこか……後どれくらい歩けばあそこにつくんですかね……」
海を泳いで渡ってきた事ですでにユウトの体力は限界が近づいていた。正直今戦う事させ出来ないかもしれない。そんな事を考えながらユウトは果てしなく続くのではないかという平地に目を凝らす。しかし明らかに黒い柱が立つ場所へたどり着くためには相当な距離を歩かなければならない事がわかった。
「ちよっと……気が遠くなる距離ですね……」
己の体力の限界が近いユウトの口から弱音が漏れる。
『なら飛んでいきますか』
「飛ぶ? いやいや、何を言っているんですか、人が空を飛べる訳……」
変な冗談をとアキが思った矢先、突然浮遊感にみまわれるユウト。
「え? ええッ!」
気付けばユウトの足は平地から離れ浮いていた。
「あ、あのビショップさん、僕浮いてますけど」
嫌な予感を抱くユウト。
『はい、浮いてますね、私は伝説の本ビショップ……これぐらいの事は造作もありません』
「ああ、凄いですねビショップさん……でもそれならなぜ海に入る前に教えくれなかったんですか?」
『ああ、膿を泳いだほうがユウト坊ちゃんは楽しいかと」
ですよねと何となくビショップの性格を把握し始めるユウトは深くため息を吐いた。
『それではひとっ跳びであの黒い柱に向かうとしましょう、浮くと飛ぶは違いますよユウト坊ちゃん』
「ああ、うん……? ちょ……、ちょっとまって……こ、心のじゅ……うわわわわわわわわわ!」
ビショップは楽しそうな声でそういうと、突然ユウトの体は引っ張られるようにして凄い速度で黒い柱へと飛んでいくのであった。
ガイアスの世界
幻術にかかっていた時の記憶
皆幻術にかかっていた時の記憶は覚えているようだ。しかしその中でソフィアだけは幻術の掛かっていた時の記憶が曖昧なようで詳しく覚えていないようだ。
それが何を意味するのかは現時点では不明。そしてソフィアと一緒に戦うと約束したグレイルの影が一切感じられない事にも何か意味があるのだろうか。




