最後で章 22 理の外れ氏者達の歩み その4
ガイアスの世界
消えたビショップの所有者
ユウトの体を乗っ取った時と違い、今回ガイアスに現れた彼には体が無い。それはブリザラやソフィアの体を乗っ取ろうとしたグレイルと同じであり、そんな彼らにはガイアスに居られるリミットがあった。
彼やグレイルがどういう力、どういう経緯でガイアスに干渉しているのかは分からないが、体の無い彼らは長い間ガイアスにはいられないようである。
最後で章 22 理の外れし者達の歩み その4
『純粋悪』渦巻き、死神の幻術が広がりつつある世界、ガイアス
とある町に火の手が上がる。燃える自分達の町を逃げ惑う人々。燃える町に乗じて襲撃を開始する盗賊達。火の手から逃げ遅れ燃え死ぬ人、盗賊に捕まり切り殺される人、果敢に盗賊に挑むが数に押し切られ無残に切り刻まれる人。若い女性は盗賊の慰み者になり、泣きじゃくる幼い子供達にも容赦の無い盗賊達。そこに広がる光景それは地獄のようであった。
地獄のような光景が広がる中、少年はその場に立っていた。目を向ければそこには火の海、人を切って捨てる者達。それらから逃げ惑う人々。耳を傾ければ怒号や悲鳴、そして命乞いをする人々の声が休む事なく響き渡っていた。
そんな凄惨な光景を眉一つ動かさず自分の体には合っていない少し大きめの眼鏡をかけたその目で少年は燃える町を眺めていた。眼鏡といってもすでにヒビが入りその機能を十分に果たせないその眼鏡。視界はおぼろげではっきりとは見えないが、ズレが気になるのか少年は指でクイと眼鏡をすくいあげると、地獄と化した町をまるで自分の庭のように歩き出した。
少年にとってはそれが日常であった。ある時は戦争に向かう傭兵や兵士達の後を気付かれないようにつけていき、戦争で死んだ傭兵や兵士の装備を盗む。またある時は村や小さな町に火を放ち、襲撃する盗賊団の後を追い気付かれないように付いて行き、暴れまわる盗賊の影で町の金品を盗んでいたりもしていた。
― …… ―
常人が見れば、嫌悪感、もしくは同情を抱いてもおかしくはないその光景を平然と見つめる男。一見人間に見えるが、その内に秘められた力は明らかに人の持つものでは無くその場に立っているだけで、異様な圧迫感を放っていた。
少年が映る光景を見ていた者の正体、それは現在ガイアスを消滅させようとその力を振う魔王アキの姿であった。今日を生きる為に戦場や町で命がけの盗みを働く少年、遠い日の自分の姿を見て何を想っているのだろうか。その表情からは伺う事が出来ない。
「……もう俺とは何の関係も無い……」
少年時代の自分に別れを告げるように視線を逸らしたアキ。すると周囲は一瞬にしてガラスのように割れ夜の海が一望できる場所に変化した。
「ちぃ……広まり始めてやがるな」
アキは周囲を見渡す。しかし見ているのは夜の海では無くガイアス全土であった。アキの視界に映し出される光景、それはガイアス全土にいる人々が虚ろな目で空を見上げるそんな光景であった。
「始まってやがる…………奴はどこだ……」
しばらく視線をきょろきょろと動かした後、ふと遥か上空に視線を向けるアキ。
「……どうやら場所を変えたらしいな……なら丁度いい……奴の力を削ぐ」
そう言うとアキは目を閉じる。力まずゆっくりと呼吸を始めるアキの体からは、死神の持つ『闇』とは雰囲気の違う『闇』を発した。ゆっくりとアキの体から発せられる『闇』は、瞬く間にガイアス全土へと散っていく。
「さあ……これでお前の力の一部は封じた……どうする、『絶対悪』」
もうその面影が一切感じられないユウラギであった場所の中心で、アキは己の体から発する『闇』を使いガイアスを黒く染め上げていくのであった。
黒い液体のようなもので染まった長剣が床に落ち暗く広い部屋に音を響かせる。しかしそれ以外の音は一切せず、その場にいる者達は怒りと憎しみに憑りつかれた一人の男の行動をただ見つめることしか出来ないでいた。
「はぁはぁ……」
床に落ちた黒く染まった長剣の直ぐ横には、まるで返り血を全身に浴びたようなスプリングの姿があった。そのスプリングの足元にはまるで血のように黒い液体を垂れ流す肉塊が一つ。それをスプリングは肩で息をしながら睨み続けていた。
スプリングが睨みつける肉塊、それはつい数十秒前まで死神と呼ばれていた存在であった。もう原型をとどめていないほどグチャグチャになっており、もう動かない事はあきらかであった。だがスプリングの目は変わらず怒りと憎しみを滲ませながら肉塊を見続けていた。まるでまだ終わっていないというように警戒するスプリング。
「んッ?」
研ぎ澄まされたスプリングの感覚が何かを感じたのか、視線を肉塊から外す。
「あらあら、部屋中が真っ黒になってしまったではないですか」
「くぅ!」
突然その場に響いた声は部屋が汚れた事を嘆いていた。全く場の空気とはあっていない緊張感の無い声。しかしその声にブリザラとレーニは緊張した面持ちでその声の主を探すように部屋中に視線を向け始めた。しかし二人の視線にはその声の主の姿を捉えることができなかった。その中でブリザラとレーニに対峙しているスプリングだけが声の主の姿を捉えていた。
「お前ッ!」
怒りにまかせ叫ぶスプリング。その視線はヒトクイの王にして闇の世界の住人、夜歩者であり、そして『聖』と『闇』の神精霊でもあるレーニとサイデリーの王にして、伝説の盾キングの所有者でもあるブリザラに向けられていた。
レーニとブリザラを睨みつけるスプリング。その表情には鬼気迫るものがあり、睨みつけられたブリザラは怯むように一歩足を後退させる。
しかしスプリングが睨みつけているのはレーニでも無ければブリザラでも無い。二人の背後にある壁から姿を現した黒く不気味な存在であった。
「あっははは、いいですね……あなたの怒りや恨みは特に私の舌を唸らせるようです」
声の主、不気味な存在の正体、死神はレーニとブリザラの背後で髑髏顔の顎をカクカクさせながら高笑いをあげる。背後で大笑いしているというのにも関わらずレーニもブリザラも自分達の背後に死神がいる事に気付いていないようだった。
「避けろぉおおおお!」
全くその存在に気付いていないブリザラとレーニに叫ぶスプリング。二人の背後に現れた不気味な存在は両腕を黒い刃に変え振り下ろそうとしていたからであった。スプリングの叫びも空しく振り下ろされる黒い刃。
「キング! レーニさん!」
だがその瞬間ブリザラはスプリングに視線を向けながら伝説の盾キングとレーニの名を叫んだ。ブリザラの呼びかけに、ブリザラが自分の前に持っていたキングは、一瞬にしてブリザラの背後にまわり、それと時を同じくしてレーニは自分の背後の時空を歪ませた。
鉄が堅い何かに弾かれる音と、何かが折れるような音がその場に響く。
「ほほう……今のはお芝居でしたか」
ブリザラを狙った右の黒い刃はキングに接触すると弾かれ霧散し、レーニを狙った左の黒い刃はまるで枯れ木が折れるように時空を捻じ曲げられポキリという音を立てて折れて消滅していく。
『私も舐められたものだな』
ブリザラに向けられた黒い刃を弾き霧散させたキングはその髑髏の顔を露わにした死神に向かいあった。
『私は盾、どんな存在であろうと絶対に所有者に傷一つ負わせない絶対防御の盾だ』
そういうとキングは己の意思でもって姿を現した死神の顔面に盾打を放つ。
「ゴフッ!」
キングによる盾打をくらった髑髏の顔は、バキリと小気味よい音を立てる。勢いそのまま死神の体はのけ反り壁にぶち当たった。
「お前がやりそうな行動などすぐわかる」
時空を捻じ曲げる事で枯れ木のように黒い刃を折り消滅させたレーニは、その力で壁にぶち当たった死神に向けると追い打ちをかけるように壁ごと死神の体を抉った。
「王にして夜歩者にして神精霊である私にお前の浅知恵など通じない」
体の半分を失い、黒い液体を垂れ流しながら床にベチャリと落下する死神を、一切の感情を打ち消した目で見つめながらレーニはそう言った。
「なるほど……あなたがたはそこにいるスプリングさんとは違い負の感情を抑え込む事ができたようですね……うーんそれは私にとって面白くない……いやおいしくありませんね」
背後からの奇襲をあっさりと防がれ顔面に強烈な盾打をそして体の半分を抉られ失ったというのに、死神は全く平然とした口調で自分を見下ろす二人に視線を上げた。
「お前の想い通りに行くとは思うなよ……」
『我王に触れるばかりか切りつけようとするとは……』
レーニとキングの声に感情は乗っていない。しかしはっきりとその声には死神に対しての敵意が感じられた。
「あなたがしようとしている事は大体わかりました……ですがガイアスに生きる一つの命、生物としてあなたの行動を理解する事はできないし、許すことはできません」
二人に合図を送って以来、口を閉ざしていたブリザラは真剣な表情で死神がガイアスに向けて行おうとしている行為を否定した。
「それも神の力ですか……本当に神の力とは嫌なものですね……あなたからは負の感情を感じるのに一切その感情が私に流れてこない……」
はっきりと感情を現すブリザラ。しかし死神はブリザラから負の感情を吸収できない事に気付いた。真紅に染まるその目が、神の力が負の感情を抑え込み、死神への流失をせき止めているようであった。
「そして……神精霊であるあなたは己の感情を律する方法をちゃんと理解しているようだ」
レーニの人生の大半は、自分の感情を押し殺す人生だった。夜歩者としても、ヒトクイの王としても。そんなレーニにとって感情を押し殺す事など悲しくはあるが造作も無い事であった。
「はぁ……やはりあなた方は規格外のようだ、全く煩わしい……」
瞬時に抉られた体の半分を回復させ、割れた髑髏顔を復元させた死神はしっかりと両足でその場に立つと、初めて苛立ちとも思える言葉を口にした。
「理解できない? ふん、私の考えをあなたがたに理解してもらおうなどと思った事はありません」
そういうと死神は両腕をその名に恥じない大鎌へと変化させる。
「許さない? ふふ、なぜ私があなた方に許されなければならないのですか? 牛や豚のような家畜でしかないあなたがたを!」
はっきりとその口からブリザラ達を家畜と言い放った死神は両腕を変化させた大鎌を振り上げながらブリザラとレーニに向かって飛び出していく。
矢のように迫ってくる死神。壁の破片やら椅子や机を巻き込みながら矢のように迫ってくる死神の攻撃を防ごうとキングを自分の前に構えるブリザラ。ブリザラ同様、死神の攻撃に対して構えに入ったレーニ。しかしその二人の間を目にも止まらぬ速さで飛び出していくスプリング。
「「スプリングさん!」」
突然飛び出していったスプリングに驚きの表情を浮かべながらも二人はスプリングの名を叫び止めようとする。しかし二人の叫びなど聞く気が無いのかそれとも聞こえていないのか、スプリングは両腕を大鎌に変化させ振り回しながら迫ってくる死神の懐に潜りこんだ。
「うおおおおおおおお!」
怒りの籠ったスプリングの咆哮。それと同時に右手に持った伝説の武器ボーンを死神に突き刺した。間髪いれずに左手に持った戦続きの剣を死神に突き刺す。同時に死神に突き刺したままのポーンを横薙ぎし死神の体を切り裂いていく。
瞬く間にスプリングの乱舞によって切り刻まれていく死神。しかし本人は全く痛みを感じていないのか、乱舞によって止まっていた大鎌をスプリング目がけて振り下ろした。
「ゴフゥ!」
向かって来る大鎌をスプリングはギリギリの所で避ける。避けたはずであった。かすめただが次の瞬間スプリングの体は何かに押し潰されるように一瞬に床にたたきつけられていた。
「スプリングさん!」
床にたたきつけられたスプリングの体は忽然とその場から姿を消し次の瞬間、レーニの下へと現れる。レーニは己が持つ時空を操る力を使い自分の下へとスプリングを引きもどしていた。
「スプリングさん、冷静になってください」
大鎌の攻撃であったのにも関わらず、しっかりと避けたのにも関わらず何か大きなものによって打撃をくらい床にたたきつけられた事にスプリングは困惑していた。
『落ち着くんだ主殿、今の主殿の精神状態では奴の思うツボだ!』
『そうです冷静になってくださいスプリングさん』
怒りと混乱で状況把握が出来ていないスプリングを冷静にさせようと声をかけるブリザラ。それに続くようにポーンとクイーンもスプリングに声をかける。だが怒りと混乱で周りの言葉など入ってこないスプリングはヨロヨロと立ち上がると死神を睨みつけた。
「……どうやらこの場で上質な家畜なのはあなただけのですね……」
睨みつけるスプリングを上質な家畜といいスプリングの怒りを煽る死神。
「しかし折角の上質な家畜であるあなたの周りの方々は、クズもクズのようだ、おいしい食事を邪魔されるのは誰だって嫌ですからね……ちょっとクズの方には退席願いましょうか」
そう言うと死神はおもむろに自分の立つ床に両手の黒い刃を突き刺した。
「な、何? 何が起こるの!」
「これは……時空が歪んでいる……」
突き刺した大鎌からは、闇が吹き出し一瞬にしてスプリング達のいた部屋に充満していく。
それではスプリングさん、もっと上質な家畜になって私を喜ばせてくださいね」
霧のように充満する『闇』の中に消えていく死神。
「待てッぇえええええ!」
消えていく死神の姿を負うために走り出したスプリングは何の躊躇も無く死神が消えた闇の霧の中へと入って行った。
『主殿、不用意すぎるぞ!』
『スプリングさん、あなたの精神状態は今安定していません、落ち着いてください』
自分の主に何度も声をかけるポーンとクイーン。しかしやはりその言葉はスプリングには届いていないようであった。
「っ!」
スプリングが霧を抜けるとなぜかそこには幼い頃に住んでいた屋敷があった。
「な、何で……」
懐かしい自分の家が突然目の前に現れ動揺が走るスプリング。しかし動揺するスプリングに追い打ちをかけるように、屋敷からスプリングが知る人物が二人姿を現した。
「父さん……母さん……」
スプリングの前に立つ者達、それはもう今はこの世に居ないはずのスプリングの両親であった。
ガイアスの世界
アキの放った『闇』
突然アキが放った『闇』は、ただガイアス全土に広がった訳では無くガイアスに広がった死神の幻術を断ち切るという効果があったようだ。アキの放った『闇』によって幻術を遮断し虚ろな目で空を見上げていたガイアスの人々を現実へと引き戻した。
はっきりと実力が分かった訳ではないが、魔王としてのアキの実力は歴代のどの魔王よりも強力だと言われている。




