最後で章 21 理を外れし者達の歩み その3
ガイアスの世界
望遠鏡を担ぎ分厚い本を持つ男
よくわからない事を抑揚なく喋る男。何か色々と知っていそうだが結局よくわからない。分厚い本を持っているようで、その姿、どこかで身に覚えがあるが……。
最後で章 21 理を外れし者達の歩み その3
『純粋悪』渦巻き、死神の幻術が広まりつつある世界、ガイアス
「……さて、前回は安直な引き展開で終わったのだけれども……」
左手で長い望遠鏡を担ぎ右手に分厚い本を持ったやる気の無い表情をした男は、ユウトに向かって声をかけた。しかし当然ながらユウトは男が何を言っているのか分からない。突然声をかけられたユウトは困った表情で口を引きつらせる。しかしそんな状況においてどうにか冷静を取り戻しつつあったユウトは、真っ直ぐに男の顔を見つめると、今更ながら男が異質な存在である事に気付いた。
「……うん、えーと……何だっけ……?」
ユウトにジッと見つめられているのもお構いなくと言った感じで、男は七日という時間が過ぎすっかり自分が何を話そうとしていたのか忘れたという表情をしていた。何を話そうとしていたのかを必至に思いだそうとする男はしばらく唸った後に「ああそうそう」と何かを思い出したように頷いた。その光景を見せられ続けていたユウトは完全に置いてけぼりであった。
自分が何を話すべきだったのか思いだした男は、ユウトに視線を向けるとやる気の無い表情で笑みを浮かべた。
「そうそう僕の正体だったね……でも君、本当に僕が誰だか分からないのかい?」
そうユウトに問いかける男。初対面の相手に突然そんな事を言われれば普通であれば引いてしまうのが道理であり勿論ユウトもその状況が普通であれば引いてしまっただろう。しかしその時ばかりはユウトにとってその状況は普通とは言えなかった。
所々細かい部分で違いはあるのだがユウトにとって目の前に立つ男の容姿は他の誰よりも詳しく隅々まで理解しているはずの者であった。しかし誰よりも詳しく隅々まで理解しているからこそ、ユウトにはその男の存在が理解できなかった。その男の正体とは自分であったのだから。
「ああ、その表情……どうやらある程度は、理解はしたみたいだね」
自分を目の前にして思わず驚きを通り越し唖然としてしまうユウト。世界には自分に似た者が少なくとも三人はいるという。それはガイアスでも同じであるのだが、どう見てもユウトの前に立つ男はただ似ているだけでは済まされない容姿をしていた。
そんなユウトに瓜二つな男はどこか感情を偽っているように抑揚無く喋りその表情は、やる気が見えず眠たそうにも見える。実際ユウトと会話をしている間に二、三度大きな欠伸をしていた。表情や背の高さ肌の色の違いこそあれ、根本的なユウトがユウトである要素をその男は持ち合わせていた。
自分が何者であるのか概ね理解したと感じた男は、ユウトに一歩近づいた。
「僕は、君が失った記憶を持つ者、君が失っている記憶の期間、君だった存在だ」
― えッ? ―
自分と瓜二つの人という認識ぐらいで思考が止まっていたユウトに対して突然男が投げつけられた事実は冷静を取り戻しつつあったはずのユウトの冷静を再び失わせていった。
「ああ、また混乱しちゃったかな? でも頑張って冷静でいてね、そうしないと話が進まないから」
見るからに混乱しているユウトに男は無理難題を押し付ける男。そんな男の言葉を素直に受け入れるだけの冷静などもう持ち合わせていないユウトは、それでも冷静になろうと大きく深呼吸をすると必至で己の心なだめ冷静を保ち男の次の言葉を待った。
「いや凄いメンタルだね、対人ゲー強そうだな君はうんよくできました」
男の言葉が褒め言葉なのか、馬鹿にされているのかも分からずユウトは必至に自分の心を落ち着ける。
「まあ、簡単に言えば、しばらくの間、君の体を乗っ取ってこの世界を滅ぼそうとしていたってのが僕」
抑揚なく軽い口調で再びユウトの心をざわつかせる言葉を言い放つ男。
― は、はぁ? 世界を……滅ぼす……? ―
「そうそう、……二年ぐらい前なのかな……僕は君の体を使ってヒトクイという島国にあるガウルドで大暴れしたんだよ、その時ヒトクイにいる人達にこの世界を滅ぼすって宣言したんだ」
二年前といえば、大爆発を起こしたガウルドの町中で全身に傷を負ったユウトが見つかった時と同じ時期であった。
「今君達が倒そうとしている魔王や、その裏で糸を引いている奴みたいに僕も世界を滅ぼそうとしたんだけど……うん? 違うな僕はあんなクソなやり方で世界を滅ぼそうなんて考えていない、うん訂正するよ僕は真面目に世界を滅ぼそうとしたんだ」
魔王やその裏で糸を引いている奴と僕を一緒にしないでくれとユウトになぜか訂正する男。
― ……僕が失っている記憶を持っているってどういう事ですか! ―
普段のユウトならば世界を滅ぼすという事に真面目もクソもあるのかとツッコミを入れるはずであったが、今のユウトにそんな事どうでもいい話で自分が失った記憶を持っているという訳の分からない事を口にした男に答えを求めるユウト。
「だから……僕は君だよ……僕と君は同じ存在だ、まあ、正確に言えば君よりも僕は数年歳はとっているけどね」
男の言葉にユウトの心は更に混乱していく。
― う、嘘だ……そんな事有り得ない……嘘に決まっている……なんで僕がもう一人いるんだ? そんな事あるはずがない! ―
ユウトは目の前の男の存在を否定する。ユウトの考えは至極全うであった。しかし自分はお前だという人物がユウトの前に現れている現実にユウトの心は崩壊寸前になっていた。
「あれ? おかしいな、君は僕らと状況が酷似した人物達を知っているはずだよ? 方や一国の王であり、方や記憶を失っている男に突然襲いかかった上位剣士とか」
しかし男の口は止まらない。畳みかけるように男はユウトに対して自分達と似た境遇の者達の事を礼として挙げていく。
― はぁ! ―
男の言葉にユウトの頭の中で二人の女性の顔が浮かぶ。一人はサイデリー王国の王であり、伝説の盾の所有者、そして魔王討伐作戦の最高指揮権を持つ者ブリザラと、突如サイデリー製大型船の中でユウトに襲いかかった褐色の肌をした上位剣士ソフィアの顔であった。
「まあ、あの人達は例外中の例外、規格外と言ってもいい存在なんだけどね、僕も元の世界に戻ってからそれに気付いて驚いたよ」
言葉の割にその喋り方と表情からでは驚いているようには思えない男はお手上げというように両手を上げた。
― 元の世界? ―
衝撃的な事が続き頭が追い付かないはずのユウトではあったが、男が口にした元の世界という言葉が引っかかり思わず口から言葉が漏れるユウト。そんなユウトの様子にやる気の無い表情でニタリと笑みを浮かべる男。
「いや、混乱しててもちゃんと気になる言葉は拾ってくれるね、これがご都合主義って奴なのかな?」
待ってましたと言わんばかりにユウトが自分の言葉を拾ってくれた事を喜ぶ男。
「……そう別の世界……あの船で君に……いや正確に言えば僕にだけど、敵意を向けた彼女はこの世界の住人じゃない、外見や性格は大なり小なり違うけど、それでも一国を背負うあの王様と同じ存在なんだ……そしてこれを僕らに当てはめると僕は彼女と同じ位置づけになる、僕は君とは違う世界からやってきた君と同じ存在という訳だ……まあなぜ彼女が僕のように魂だけでは無く肉体も一緒にこの世界にやってきたのかっていうのは分からないけど」
魂のみの男と魂と肉体一緒にやってきたソフィアに多少違いはあるが、自分達が置かれた状況はブリザラやソフィアと同じであり、ユウトと自分は同じ存在なのだと語る男。
「まあ、俗に言う異世界転生? 異世界召喚? てやつだね……昔からあるジャンルではあるのだけど、今僕の世界ではそう言った物語が大流行りでさ……みんな競うようにそういった物語を世にばら撒いているよ…」
男の言葉は突然別の国の言葉のようになり何を言っているのか途端に分からなくなるユウト。
― ……あなたという存在が僕とは別の世界の僕だという事を信じるか信じないかは別として……あなたの言うことはとりあえず理解しまた……だけどだったら別の世界のあなたは一体何が目的でこの世界にやってきたんですか? ―
別の世界からやってきた同一の存在である目の前の男が、一体なの目的を持ってガイアスという世界にやってきたのか疑問に思うユウトは、男に疑問をぶつけた。
「……ああ、それを言っちゃお終いだ、異世界転生や異世界召喚っていうのは何の前触れも無く唐突に巻き込まれていくというのがセオリーでいいのさ、「はい、今から異世界に行ってきます」なんて言う主人公、僕は見たくないし存在を許さないね……結果として物語の中盤やラストでその理由が語られる事はあるかも知れないけど、基本それ事体に意味は無い、別の世界にたどり着いた主人公が、右も左も分からないその場所で右往左往するという物語をみたいだけなんだよ……あ、これはあくまで僕個人の感想ね」
再び男の口から解き放たれる別の国の言葉。当然理解できないユウトは何がどうなってこれはあくまで僕個人の感想という言葉に行きつくのかと首を傾げる。
「結局の所、何か目的があって僕はこの世界やってきた訳じゃないしそれに理由も無い、僕はいつものように眠りについて気付いたらこの世界にいた、それが君の疑問に対しての答えだ」
男は何か目的があってこの世界にやってきた訳でも無ければ理由も存在しないとそう口にした。しかし少し間をあけて「でも……」と言葉を付け加える。
「今回に限っては違う、明確な目的、理由があって僕は再びこの世界にやってきた」
最初とは違い今回は明確な目的、理由があると口にする男。
― それは……なんですか? ―
「君が僕を呼んだからさ……力が欲しいって……」
― 力が欲しい? …… ―
確かにユウトは力を欲していた、だがそれは戦闘職の者ならば大抵の者が考えている事であり、別段特別という訳では無くユウトは首を傾げた。
「いや、君は強く願ったはずだ……力が欲しいと……あの日、君は命を奪われるかもしれないという状況において絶対的な恐怖と対峙した時に」
― 絶対的な恐怖…… ―
それは数日前の事。サイデリー製大型船の上で対峙するソフィアの姿だった。圧倒的な力と技の前に何の術も無くボロボロにされたユウトは、力を求めた。その想いに反応するかのように自分に向かって伸びくる謎の手。その手を掴めば自分が欲している力が手に入るとなぜかその時そう思ったユウトは、その手に向かって自分り手を伸ばした。
その瞬間、ガイルズの声によって我に返ったユウトの視線の先に広がっていたのは、焼き尽くされた島々であった。絶対強者であるはずのガイルズでさえ驚きの表情を浮かべていた得体の知れない力。確かに自分はあの時力を求めたと納得するユウト。
「そう、君が見た手は僕の手だ……攻略中のゲームも、今期の良作アニメも、最終巻の発売が近いライトノベルも、先が気になる漫画も全て放り出して、僕は君の願いを叶えるためにこの手を伸ばした」
再び男の言葉は別の国の言葉のように聞こえ半分も理解できないが、自分のために何もかもを放り投げて再びこの世界にやってきたという事は理解できたユウト。
「ああ、なんか恩着せがましくなっちゃったけど、僕が君の願いを叶える……それは結果として僕の願いが叶う事でもある……」
― ……願い……? ―
「そう、僕の目的……この世界を消滅させるという僕の願いだ」
― えッ? ―
男はユウトに対してとんでもない事さらりと言った。あまりにも男がさらりというものだからユウトは思わず聞き返してしまった。
「この世界を滅ぼすんだよ……」
今度はその抑揚の無い声ではっきりとガイアスを滅ぼす口にする男。その瞬間、ユウトと男の間に重い空気が流れた。
― ……それを聞いて……僕があなたに力を貸してくださいと言うと思いますか……? ―
ユウトは目の前にいる男が自分にとってどういう存在なのかをはっきりと自覚する。
「いや……思わないかな……でも、君は絶対僕の力を必要とするはずだよ」
― いいや、絶対にそうはならない、あなたは僕の……いやこの世界の敵だ! ―
その瞬間ユウトにとって目の前の男が敵だという認識に変わった。男を敵と認識したユウトの目に今まであった戸惑いや恐怖は吹き飛んだ。
「うーん……交渉決裂でいいのかな?」
明らかに拒絶の意思を向けるユウトに対して男は顔色一つ変えずにそう言うと右手に持った分厚い本のページをめくる。
「君は理解してくれると思ったんだけどな……」
― 世界を滅ぼすなんて理解できる訳ないだろ! ―
ユウトは腰に携えた剣を握りしめる。
「ふぅ……だそうだビショップ……僕はこの世界に、いやこの物語に再び参加する事は出来そうにないようだ」
『……それは残念です……坊ちゃん』
― はっ! 誰だ! ―
その場にはユウトと男しかいないはずであった。しかし突然男がユウト以外の誰かに話しかけると男の声に反応するよう二人しかいないはずのその場所に、二人とは明らかに声色の違う声が返事を返してきた。
『ああ、これは失礼、私は伝説の本、ビショップといいます……』
男は右手に持った分厚い本をユウトに向ける。
― 伝説の本…… ―
男が持つ分厚い本を凝視するユウトは、その名を聞きガイアスにある伝説の一つを思い出した。手にした者のどんな願いでも叶えるというまるでおとぎ話のような噂を。
― 何でも願いを叶える……伝説の本 ―
『ああ、少し誇張されていますが、はい、その伝説の本です……』
どこか少し恥ずかしそうに、けれどあっさりと衝撃的な事実を口にするビショップ。見た目、単に分厚い本でしかないその本から発せられる声はユウトにその本が単なる分厚い本では無く伝説の本であるという事を理解させる。
― 本が喋ってる…… ―
『ええ、私は自我を持っていますから、こうしてお話も出来ます、でも驚くことですか? あなたは私と類似する武具を知っていますよね』
― ッ!……サイデリーの王が持つ盾も…… ―
ユウトはサイデリーの王ブリザラが持つ盾が伝説の盾であり喋る事ができるという事を前にガイルズから聞いた事を思い出した。
『そう、伝説の盾キングとは古くからの知り合いです、他にも伝説の武器ポーンや伝説の防具クイーンなどがおりまして、皆古くからの私の知り合いです』
まるで友人を紹介するように現在ガイアスで活動している伝説の武具達の名を上げていくビショップ。
「その中でも最強と呼ばれているのがこの伝説の本ビショップだ……ここまで言えば僕がこれから何を言いたいかわかるだろう?」
伝説と呼ばれる武具の中で最強と謳われる伝説の本ビショップ。そんな代物を話に持ちだした男が何を言いたいのかは、勿論ユウトにも理解できる事だった。
「君が僕の手を取れば、伝説の本ビショップも力を貸してくれる……そうなれば魔王やその裏で糸を引く者なんて容易く倒せるという話だ……裏を返せば、ビショップの力が無ければ魔王もその裏で糸を引く者も絶対に倒すことは出来ない……どうだい? ……君は何もせず世界がクソみたいな幻術によって世界が滅ぶのを持つか……それとも自分が世界を滅ぼす側に立つか……選ぶならどっちだい?」
― どっちって…… ―
男が口にする二択に戸惑いを隠せないユウト。一つは何もせず世界の滅びを持つ、もう一つは男やビショップの力にのまれ世界を滅ぼす片棒を担ぐ事になる、どちらにしろ世界は滅びる、選択と言いながらも最終的に持つ結果は同じであるという選択とは言えない代物であった。
≪久々の再会で言うのもなんですが、坊ちゃん……会わない間に、少し変わりましたね≫
二択を迫られるユウトを尻目に、ビショップは男にしか聞こえない声で話しかけた。
(……まあ、僕も成長したって事だよ……正直あの頃の事は僕にとって黒歴史みたいなもんだ……別に誰に見られる訳でもないけれど、世界が滅べばいいなんて、今考えれば中二病的な考えだ、部屋の隅で悶絶物だよ)
ビショップに習って男も口には出さず苦笑いを浮かべながら自分の若かりし頃を懺悔するようにビショップに話しかけた。
≪……はて? では今はもう世界が滅べとは思っていないと?≫
(まあ、半分正解で半分ハズレだ……もし彼がビショップの力を受け入れるというのなら、僕はもうこの世界が滅びる事を望まない……何処からか静観させてもらうよ……でももし、彼が何もしない事を望むのなら、クソみたいな幻術にこの世界が支配されてもいいと望むのなら、僕は容赦なく奴によって全てを変えられてしまう前この世界を滅ぼすよ)
≪ふふふ、まるで魔王のようですね……≫
「……あははは、ああ世界を滅ぼすと決めたあの時からこの世界で僕はそうさ」
― ッ! ―
突然笑い声を上げた男に驚くユウト。
「ああ、すまない、驚かせてしまったね、まあ気にしないでくれ僕とビショップの内緒の話だ」
面と向かって内緒話をしていた宣言され気にならない者などいない。ユウトも当然、男とビショップがどんな話をしていたのかが気になった。
「気になるって顔をしても駄目だよ……これは僕とビショップだけの内緒話だからね、たとえ君でもこれには答えてあげられない……」
ビショップとの内緒話を口にすれば男がユウトに突き立てた二択は意味を成さなくなる。それに関してだけは男は頑なに口を閉ざした。しかしその表情は先程のやる気の無い男と同じ人物とは思えないほどに楽しそうであった。
『坊ちゃん、キャラがブレていますよ』
「……ん? ……ああ……もういいか……」
ビショップの指摘に今までの男が偽りであった事が露呈する男。
『その癖、年齢を重ねても変わりませんね』
嬉しそうに男の癖を懐かしがるビショップ。
「いや……本当直したいとは思ってるんだけどね、中二病が抜けきらないのかな」
などと談笑を続ける男とビショップ。
「……さて色々とまだまだ話したい事は沢山あるが……そろそろ時間だ、答えを聞かせてもらえるかな?」
先程までのやる気の無い表情は消え失せ声にも抑揚のある男は突然ビショップとの談笑を打ち切るとユウトに選択を迫った。
― ……僕は……世界を消滅する側に立ちます…… ―
男とビショップが談笑を続ける中、ユウトは必至で答えの無い二択の答えを探していた。ユウトにとってしかしどう考えても答えが導き出せないと理解したユウトは、何もせずにただ世界が滅ぶ事を待つくらいならば自分が世界を滅ぼす側に立つ事を選んだ。
「そうか……君は滅ぼす側に立つか」
― 勘違いしないでください……僕はあなた達に抗ってみせます ―
しかしユウトは自棄を起こした訳では無かった。これはある種の賭け。出来るかは分からない。可能性で考えれば不可能なのかもしれない。だがユウトはもう自分の中にあるのか無いのか分からない可能性に賭けるしか無かった。
― 僕の全身全霊を持ってあなた達の願いを潰してみせます! ―
ユウトは自分の中に眠る可能性を信じ目の前に立つ男に対して宣戦布告するのであった。
「うーん、君の気持ちは分かった、その傲慢な考えこそ主人公に相応しい」
ユウトの言葉に満足そうにうなずく男はビショップのページを一枚めくる。
「交渉は成立、ビショップ……この傲慢な主人公をこの幻術から解き放ってやってくれ」
『仰せのままに、坊ちゃん』
その瞬間、男が右手に持っているビショップは強く光輝いた。するとユウト達のいた何も無い空間に大きな亀裂が入って行く。一つ二つと増えていく亀裂によって形を保てなくなったその空間はみるみるうちに崩壊を始めた。
「こ……これは……」
それは一瞬といつていい時間であった。崩れ去った空間の後に現れたのは、周囲見渡す限りの海と夜空だった。そこにはユウラギと呼ばれたガイアス屈指の厳しく人々に恐れられた島は存在せず、ただ名も無き小島が幾つか点在するだけ。
自分がいた場所が本当は小さな島の一つだったと気付いたユウトは周囲を見渡した。そこには夜空を虚ろな目で見つめる志願兵の仲間達の姿があった。
『今あなたの仲間達は強力な幻術に掛かっています、無理に幻術を解こうとしないでくださいね、無理に幻術を解こうとした瞬間、死んじゃいますから』
空を虚ろな目で見つめている志願兵の一人にユウトが手を伸ばそうとした瞬間、ビショップは嬉しうな声でそう呟いた。
「さて……それじゃ後は任せたビショップ」
『お別れが近いようですね、坊ちゃん』
別れの時は近づいていた。その存在がガイアスにとって異物である事を示しているかのように男の体は透け消え始めていた。
「おい!」
幻術に掛かった志願兵の仲間達を心配そうに見つめるユウトに声をかける男。
「は、はい……ええッ!」
男は自分の呼びかけによって振り向いたユウトにビショップを放り投げた。
「おおおっと!」
宙を舞うビショップをドタバタと慌てながらキャッチするユウト。
「ちょっとこれ大切な物じゃないんですか?」
「ああ、そうだよ大切な物だ、だから君に預ける」
男はそう言うと軽く笑みを浮かべた。
「だったら投げちゃ駄目じゃないですか」
『いいんですよ、坊ちゃんはそういう人ですから』
自分の手の中で喋るビショップに一瞬驚くユウト。しかしすぐに驚きは消え失せなぜか安心感のような感覚を抱き始めるユウト。
「さてさて、そいじゃ僕はまだ用事が残っているから先に行っといてくれ」
男はそう言うと、ビショップを手に持ったユウトに対して手を振った。
「あ、あの……体透けてますけど!」
顔を引きつらせながらユウトは男の体が透けている事を指摘した。
「ああ時間がないみたいだ……とりあえずしばらくしたらそっちに向かうから、気にしないで」
自分の体が透けて消えかけているというのに軽い口調でそう言う男。
「ああ、それと多分幻術を解いた奴らが数人いると思うからそいつらと合流して最終決戦場に向かって、場所はビショップが知っているから」
「えッ! ……あ、はい……わかりました」
何だか思っていたのと違うと思いつつユウトは男の言葉に頷いた。
「そ、それではまた」
「おう、またな!」
別れの挨拶を終えるユウトと男。ユウトは男に背を向けるとビショップを大事そうに抱えながらその場を後にしていく。そんなユウトの姿を見送りながら男は自分にだけ聞こえる声に耳を傾けた。
≪……坊ちゃん、これでこの世界ではお別れですね≫
(ああ、色々僕の遊びに付き合ってくれてありがとうビショップ)
≪いえいえこちらこそ色々と楽しませてもらいました……それではまた別の世界で≫
(ああ……またなビショップ)
「……ああ、そうだ……あの…」
何かを思い出したようにユウトは男がいる場所に振り返った。しかしそこに男の姿は無かった。まるで最初からその場に男に存在していなかったかのように何の痕跡も残す事無く消えていたのであった。
「……名前……聞くの忘れてたな……」
その男は世界が滅ぶ事を望んだ男、優斗にとって敵である存在であった。しかしどこか憎めないとも思うユウトは、そんな敵の名前を聞こうと振り向いたのだった。
「まあ、どうせ後で会うんだしその時にでも聞こう」
ユウトは知らない、その男の名が自分と同じ名だという事を。そしてこれが最初で最後の出会いであり、二度と会う事は無いという事を。
視線を前に戻しユウトは、自分と同じく幻術を解いたであろう者達を探すために小島を歩き進むのであった。
ガイアスの世界
世界には自分と似た顔を持つ者が三人はいる
男の正体。
ユウトの前に姿を現した男の正体、それは勿論ビショップの所有者であるあの男である。当時はまだ年齢が若かったが、今回再びガイアスの世界にやってきた時は、成長した姿で現れた。
その理由はガイアスに流れる時間と男の世界の時間の流れが違う事から生じるものである。少なくとも男はすでに二十歳を超えていると思われるが、その言動は痛いしく永遠の中学二年生と言っても過言では無い。
男はユウトに世界を滅ぼす事が目的だと言っていたが、本当の目的はユウトを導くため、そしてビショップの所有権を譲渡するためにあった。
彼も歳を重ねることによって若き日に犯してしまった事に対して自分なりに清算をつけようとしたのかもしれない……多分、反省したのかも知れない……多分……
別の世界に戻った彼がどうやってガイアスの情報を手に入れどうやってガイアスに再びやってきたのかは不明。もしかしたら語られるかも知れないがそれはまた別の物語である。
ちなみに死神の世界の滅ぼし方は大嫌いのようで、やるなら正々堂々と真面目にやるのが彼流らしい。正々堂々と真面目に世界を滅ぼすとは一体どんなやり方なのかそれは彼にしか分からない。




