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 最後で章 20 理を外れし者達の歩み その2

 ガイアスの世界


 幻術のルール


 死神の扱う幻術にはルールがあるようで、幻術に掛かった者の記憶を使って幻術を見せているようだ。そのため幻術に掛かった者の記憶に無い事は起きない模様。

 まあ俺は全く関係ないけどな!


                      某聖狼に変身する事が出来る人談



 最後で章 20 理を外れし者達の歩み その二




『純粋悪』渦巻き、死神の幻術が広まりつつある世界、ガイアス




 ゆっくりとソフィアの瞼が開く。その中から覗くのは赤く染まりつつあるその瞳。


― ここは…… ―


その瞳が映し出した光景は、ソフィアが見たことの無いはずの光景であった。

 土でもレンガでも無い材質の建物が、ガイアス中にある背の高い塔よりも高く幾つもそびえるその場所は、ガイアスとう全く違うが町の雰囲気を抱かせる。一体どんな材質で作られた建物なのか、その建物が一体どんな用途を持っているのか茫然と見つめるソフィアには理解できないはずであった。

 背の高い建物の間には綺麗に整地された道がありそこを行きかうのはガイアスの人々とは全く違う雰囲気の服装をした人々。道を行きかう人々もソフィアにとっては全く見知らぬ者達であったはずだ。

 人々が歩く道以外に大きな道がありそこには馬でも馬車でも無い鉄の乗り物も行き交っていた。その鉄の乗り物がなんというのか何によって動いているのかソフィアは理解出来ていないはずであった。


― …… ―


その光景に釘づけになるソフィア。


― ……ここって…… ―


しかしソフィアはその光景に既視感を抱いていた。

 自分の記憶には全く身に覚えの無い光景。だが何かをソフィアはその光景に感じてしまった。


― ……もしかして……この場所が…… ―


 その時以前であったある女性の言葉を思いだし自分という存在がどういうものであったかを再び思い出した。点と点が結びつき一本の線になるような感覚。未だその光景はソフィアにとって思いだせるという類では無く既視感から脱することはなかったが、それだけでソフィアには十分であった。


「正解だソフィア……ここに映る光景は本来お前が居るべき世界だ……」


 背の高い建物やその下を歩く人々を見つめるソフィアの背を真っ直ぐ射抜くようにして発せられた声。その声にビクリと背中を強張らすソフィア。突然背後から聞こえてきた声に、目の前の光景に驚きの表情を浮かべていたはずのソフィアの顔は一瞬にして曇った。

 言葉の内容というよりもその声に反応したソフィアは、警戒心をむき出しにしながら恐る恐る視線を背後にいるだろうその声の主に向けた。


「……久しぶりだな……」


ソフィアが自分を捉えた事を確認すると声の主はソフィアに向かって再び声をかける。


― …… ―


 一瞬そこに鏡があるのではないかと錯覚するほどにそこにはソフィアに瓜二つの容姿をした者が立っていた。だがそれが鏡では無いことはソフィアも理解している。ソフィアと瓜二つの容姿を持つ者。ソフィアが知る限りではブリザラともう一人。

 その者が自分にとって味方では無い事をソフィアは知っている。知っているからこそソフィアは警戒しの目の前に立つ者を睨みつけた。


「ああ……いや、折角のこの光景だ、こう呼ばせてもらおう……冬香フユカ


 ソフィアやブリザラと容姿が瓜二つその女性は、自分の言葉を言い直すとソフィアの本当の名を口にし頬を上げ、笑みを作った。しかしその笑みに本来の効果は無い。全ての者を凍りつかせるような幾多の絶望を背負っているような重く鋭い雰囲気を持っており、その笑みには容姿が酷似しているはずのソフィアが持つ活発な雰囲気も無ければ、同じく容姿が酷似しているブリザラが持つ優しく人を包み込むような雰囲気も一切無かった。


― なぜ…… ―


 警戒と同時に疑問が湧き上がるソフィア。なぜこの者が今このタイミングで自分の前に姿を現したのかそれが理解できない。しかし無意味に現れる者では無い。きっと何か企んでいるのだと警戒を強めるソフィア。

 世界には同じ顔をした他人が少なくとも三人はいるという。同じような類の噂は当然ガイアスにもある。しかしソフィアの前に立つ女性のそれは、巷に広がる類の噂で片付けるには余りにも容姿が酷似していた。


― グレイル ―


 ソフィアの前に姿を現した女性の正体、それはソフィアやブリザラに容姿が酷似している他人などでは無く、生物的、概念的に同一の人物。グレイル、それがガイアスとは別の世界からやってきたソフィアとブリザラの同一の存在の名であった。

 精霊の住む精神世界があるようにガイアス以外にも別の世界は存在する。


「覚えていたか、冬香フユカ


ソフィアが自分の名を覚えていた事に満足そうな表情をするグレイル。


— 諦めて帰ったんじゃないの? 閉ざされた世界に ―


 前に一度ガイアスに姿を現したグレイルは、サイデリーの王ブリザラの体を乗っ取ろうとした。しかしそれが失敗に終わるとすぐにその場から姿を消したのであった。てっきりソフィアはグレイルはブリザラの体を乗っ取るのを諦め自分が存在する世界に戻っていたと思っていた。


「私は諦めが悪い……それは私と同じ存在であるお前やブリザラなら理解しているだろう」


それはソフィアとグレイルが同じ存在だからなのか、ソフィアはグレイルの言葉に納得してしまう。

 グレイルが存在している世界は閉ざされた世界と呼ばれている。それが本当の呼び名なのかはグレイルにしか分からないが、グレイル曰、閉ざされた世界とは可能性という希望を失い進む道が断たれた世界であるという。そんな可能性や希望を失った世界からやってきたグレイルの目的は、未だ可能性のある世界にいる自分と同じ存在、ソフィアやブリザラの体を乗っ取ることで自分の世界に可能性の道を作り出す事であった。


「……どうやらこの世界の私……ブリザラは、結局何も出来ず私と同じ道を辿ることになりそうだな……」


ソフィアが今置かれている状況を査定するように見渡しながらグレイルは、この世界の私、ブリザラが自分の世界と同じ道を辿ろうとしていると口にした。

 以前ブリザラを乗っ取ろうとした経緯を持つグレイルは、ブリザラと対話することでブリザラの体を乗っ取る事を諦めていた。しかしその時すでにグレイルは、ガイアスに大きな脅威が迫っている事を知っていたのかもしれない。


「……さて……そしてお前だ冬香フユカ……この世界の者でないお前は、今自分がどういう状況に置かれているのか分かっていないようだな……」


 ソフィアもまたグレイルと同じくガイアスという世界の住人では無い。ガイアスとは違う別の世界からやってきた異邦人であった。それは以前グレイルと対峙した時にグレイルの口によって語られた事であったが、正直今でもソフィアは自分が別の世界からやってきた異邦人であるという自覚はあまり無い。ガイアスで生まれ育ってきたという記憶がはっきりとあるからであった。

 しかしそれについてグレイルはガイアスという世界がソフィアという異物を適応させるために作り出した偽の記憶だと語っていた。

 

「今お前は『絶対悪』という存在が放つ幻術によってこのような光景を見せられている」


ソフィアの前に浮かぶ全くガイアスとは異なる雰囲気を持った町並の光景を指差すグレイル。


― 幻術? ―


「そう、幻術……しかし、安心しろ……その幻術は私が抑え込んでいる……しかしその副作用なのか、これから面白いがみれるぞ、そら……お前の知らないお前の物語の扉が開くぞ」


まるで物語を口にする語り部のように、言葉を歌い上げるグレイル。それを合図にするかのようにガイアスとは違う雰囲気を持った街並みを映していた光景は、一つの物語を見せ始めるのだった。


冬香フユカ!」


 夕日に染まり始めたその町。人の声や町の音で騒がしい中、男の声は女性の名を口にした。その声は条件反射のように一瞬にしてソフィアの表情を戦う者から一人の女性に変えてしまう。

 ソフィアにとってあの戦いから二年の間一時も忘れる事の無かった、聞きたくてたまらなかった声。その声に思わず振り返ってしまうソフィア。


― ……スプ、リング……? ―


ガイアスの人々が普段着ている服とは全く雰囲気が異なる服を着てはいるがソフィアに向かって走ってくる男は紛れも無くソフィアが再会を願っていた相手であった。

 その男の姿に嬉しさとも悲しさともとれる表情を浮かべるソフィア。すでにその光景が現実なのか違うのか分からなくなっていたソフィアは自分に近づいてくるその男に向かって赤く染まりつつあるその瞳でしっかりと見つめるとニコリと笑みを浮かべた。

 しかしその相手はソフィアを一瞥することなく素通りするとその位置から少し離れた所まで走っていってしまう。


― ッ…… ―


「……勘違いするな冬香フユカ……今お前が見ているその光景はお前自身の眠っている記憶だ、今のお前をその男が認識する事は絶対に無い」


グレイルの言葉で我に返るソフィア。自分を素通りした男はソフィアが立つ位置から少し離れた所で佇んでいた女性の所で足を止める。その男を追うようにしてソフィアは視線を向けた。。


― ッ! ―


「×××! 遅いよもう!」


何かの銅像の前に立っていた女性の姿に驚くソフィア。


「何を驚く……当然だろうお前の記憶なのだから」


そこにいた肌は白いが活発そうな笑みを浮かべるソフィアの姿であった。自分の前で足を止めた男に冬香フユカと呼ばれた女性は、男の名を口にし頬を膨らませつつも幸せそうに微笑み浮かべる。しかし何故かソフィアには男の名が聞き取れない。


「どうやらこれからあの二人はデートというやつをするようだな……」


ソフィアの目の前に広がる幸せそうな男女の笑顔。それは頭の片隅でソフィアが強く願っていた光景そのものであった。


「この幻術を仕掛けた奴は相当性格が悪い奴だ……負の感情を沸き立たせる幻術だぞこれは……しかしまさかその性格の悪い奴もお前が男女がデートする幻術を見ているなんて思わないだろうな」


冬香フユカと呼ばれる女性が男と楽しく談笑する光景を見ながらグレイルは嫌な笑みを浮かべた。

 冬香フユカと呼ばれた女性と男は互いの腕を絡めると幸せそうにガイアスでは無い雰囲気を持った町をゆっくりと歩き始めていく。その姿は誰がどう見ようと恋人同士であり、その後ろ姿を見つめるソフィアの胸は締め付けられるように苦しく疼く。


― 嫌だ、こんなの見たくない……なんで……何で…… ―


 目の前に広がる光景はソフィアが願った願望。それは二年前に消息を絶ったスプリングが生きて帰って来る事を願い続け、そして僅かに思い描いた小さな願望であった。

 だが目の前に広がる光景にソフィアの心は押しつぶされそうになっていた。その光景に映る自分は間違いなく自分なのかも知れない。しかしその光景に既視感を抱いているとしてもソフィアにその記憶は一切無い。その光景は今のソフィアにとっては現実では無いのだ。それにそもそも自分が横に立っていたいのはその光景に映る男では無くスプリングであった。そのはずなのにソフィアの心の中にはある感情がユラリと姿を現していく。目の前に広がる光景の中にいる自分に対してソフィアは嫉妬していたのだった


― もう……もう嫌だ……こんなの見たくない……何で……何でこんなものをみせる…… ―


まるでその光景に映る自分自身にお前の願いは叶わないと言われているようにさえ感じてしまうソフィアはその光景に映る自分を弱々しく睨みつけながらその場にへたりこんだ。

 

― こんなの……見たくない…… ―


「……ならば諦めればいい……」


力無く呟くソフィアの肩を押すようにグレイルは短く言葉を発した。


― えッ? ―


一瞬何を言われたのか分からず力無くグレイルのほうに視線を向けるソフィア。


「……何もかも放り出して全てを諦め、心を閉ざせばいい、そうすればお前は楽になる……この世界に関係するあらゆる記憶を忘れあの光景に映る冬香フユカとしてあの男と一緒に楽しい生活を送る事ができる」


― どういうこと? ―


「……簡単な話だ……お前が本来居るべき世界へ戻れといっている」


ソフィアの目の前に広がる光景、ソフィアが本来居るべき世界に戻れと言うグレイル。


「最初に言ったように今私達が見ているこの光景は、幻術ではあるが私がこの場にいる事によってその幻術は捻じ曲げられ、お前が本来いるべき世界を映し出している」


― …… ―


「お前が本来居るべき世界に戻りたいと望めば、あの光景の世界にお前はもどれるということだ、自分自身に嫉妬などしたくはないだろう?」


ソフィアの心を見透かすようにグレイルはそう言うと一旦言葉を切った。


「……お前には帰る世界バショがあるのだから……」


そう口にするグレイルの表情はどこか寂しそうであった。


「……さぁ……諦めろ……諦めてしまえば楽になる」


― ……うん、そうかもね……全てを諦めてしまえば……楽になれるのかも…… ―


「ああ、楽になれる、お前が望む世界に戻る事ができる」


ソフィアの言葉に頷くグレイル。


― でも……駄目、駄目なんだな……それじゃ…… ―


今まで力無くへたりこんでいたソフィアはゆっくりと立ち上がった。


「……何が駄目なんだ? 楽になりたいんだろ? だったらすぐにでもお前が本来居るべき世界に帰るべきじゃないのか?」


— だって……その世界にスプリングはいない……ブリザラも他の皆もいない ―


「まてまて、よく考えろ、本来お前が居るべき世界がお前の本当の世界だ、この世界でお前は異物でしかない……そう幻術といってもいい、お前を取り巻く全てのものはまやかしでしかないんだぞ!」


― ううん、違うそういうことじゃない…… ―


「何が違う?」


― 私の目の前に今広がっている世界が私が居るべき本当の世界なのかもしれない……でも今の私にとってこのガイアスという世界も現実なんだ! たとえ苦しくても辛くてもガイアスにとって私という存在が異物であったとしても私はこの世界で生きていく! ―


今自分がこの世界ココに存在している事を証明するように強く地面を踏みしめるソフィア。するとソフィアが身に着けている手甲が小さく光り出した。


「理解できない、帰るべき場所があるというのになぜ帰ろうとしない! 私は……私はもうその場所すらないというのに……」


思わず本音が零れるグレイル。それに気付いたグレイルは苛立ち頭を抱えた。


― ねぇグレイル…… ―


「……なんだ?……」


― 私が本来居るべき世界は凄く平和そうだった……きっと楽しいも事も一杯あるんだろうね……でも私、戦争したり魔王が復活したり、それこそよくわからないものが私を襲って来たり色々大変だけど、それでもこの世界が好きなんだ ―


なぜと聞かれれば説明する自信はソフィアには無い。だがそれでもなぜだかこのガイアスという世界がたまらなく愛おしく感じるソフィア。


― だから私は諦めたくない……諦めない……この世界で私は諦めたくない ―


「ふん……諦めないなんて不可能だ……」


ボソリとソフィアの言葉を否定するグレイル。


― …… さっきグレイルは自分で諦めが悪いっていってたよね ―


ソフィアの言葉に一瞬固まるグレイル。しかし次の瞬間グレイルはソフィアを睨みつけた。


「……ああ、そうだ、私は諦めなかった……だがその所為で大切な者達を失い続けそして気付けば自分が帰る場所さえ失った……私は諦めない事を諦めた……だからこそ分かる、お前の選択は間違っている!」


グレイルは一人だった。自分の運命を諦めず抗い続けた。その結果、グレイルは愛する者を失い、全てを失いそして帰るべき場所までも失ったのだ。それがすでに形すら無い閉ざされた世界、グレイルの世界の正体であった。


― 私の選択は間違っているのかもしれない、でもだったらなぜ私を否定するあなたはそんなに苦しそうなの? ―


「……なんだと!」


辛そうに歪んでいるグレイルの表情を指摘するソフィア。


― もし本当に全ての事を諦めているのなら、そんな表情にはならない……あなたどこかでまだ諦める事を諦めていない…… ―


「くぅ……そんなはずは無い……私は、私は……」


必至に私はと否定するグレイル。しかしグレイルの心の中に残る僅かな光が抵抗するようにもがき否定する心を揺り動かしていく。


― あなたがどれほどの苦しみを味わって、今私の前にいるのかは分からない……でもその表情を見ればあなたがまだ諦めきれていない事はすぐに分かる ―


「……黙れ……何が分かるだ! 私は諦めたのだ、だからこそお前達の居る世界にやって来た、お前達の体を乗っ取り新たな世界を目指そうとした! そう私は新たな世界を目指すためにお前達の体を乗っ取る!」


― やっぱり諦めていないじゃない ―


グレイルの言葉は矛盾していた。諦めた者が新な世界を目指すために別の世界にわざわざやってきたりしない。何か僅かなものでもいいからとすがりつくその姿は、だれが見ても諦めている者の姿には見えない。

 そしてさの僅かな何かは必ず芽吹く。今まで小さな光を放っていたソフィアの手甲は強い光放ちソフィアとグレイルの体を包み込む。


― ナイト……? ―


自分が身に着けている手甲に異変が起こっている事にようやく気付いたソフィア。しかしすぐにそれが伝説の武具ナイトの鼓動であると理解したソフィアは強く光で自分とグレイルの体を包み込む光に視線を向ける。


「な、何が起こっている……」


強くだが温かみのあるその光に困惑するグレイル。光の強さはさらに増すとソフィアやグレイルだけでなく周囲も飲み込んでいくのであった。



『……ソフィア……様?』


― な、ナイト? ナイトなの! ―


光が収束するとまるで眠りから覚めたようにボソリと所有者の名を呟く伝説の武具ナイトの声が聞こえてくる。その声に嬉しさが込み上げてくるソフィア。


『お?……おおおおおお! ソフィア様! ご無事でしたか! お怪我はありませんか? 風邪など引いておりませんか? 私ナイトはソフィア様のご期待に答えられたでしょうか!』


寝起きはいいのかナイトはすぐさま二年前と変わらぬテンションで怒涛のようにまくし立てながらソフィアに話しかけてきた。


― え? ……ええ、十分に答えてくれたよ…… ―


そんな怒涛なテンションに押されるソフィアは、ナイトの言葉からその記憶が二年前のあの戦いの時から止まっている事に気付き表情を曇らせた。


『……ど、どうしましたソフィア様?』


すぐさまソフィアの表情が曇った事を察したナイトは少し抑え気味にソフィアに声をかけた。


― ナイト……ごめんなさい ―


『ソ、ソフィア様? ……な、なぜ私に謝るのですか?』


なぜ自分に対してソフィアが謝っているのか理解できないナイトは困惑する。


「……あの時ナイトに無茶な要求をしたでしょ……あの後色々あってナイトが大切な存在だって私気付いたんだ……だから……ナイトの意識が消えてからずっと謝りたかった」


『なんと! ソフィア様にとって私が大切な存在! もうその言葉だけで私は天にも昇るような気持ちです……ん? んーあの私の意識が消えたというのは?』 


ソフィアに大切な存在宣言をされたナイトは天にも昇るような気持ちで喜びの言葉をまくし立てる。しかしソフィアの後半の言葉が気になるナイトはすかさず聞き返した。


― ……ごめんナイト、どうやら詳しく説明している暇は無いみたい ―


気付けばナイトが放った光の影響なのか、ソフィアの周囲に広がっていた別の世界の光景は消え去り何も無い黒い空間に変化していた。それと同時に先程までは感じなかった強力な視線をグレイルから感じたソフィアはすぐさま警戒態勢に入った。


『あ、あの……私的には直ぐにでも詳しく聞きたいのですが』


自分の意識が消えていたという自覚が無いナイトは、その真意を聞こうとソフィアが警戒態勢に入っているにも関わらず質問の答えを催促する。


「……冬香フユカ……その光は私には強すぎる……茶番は終わりだ……お前が諦めないというのなら、私自らの手でお前を本来居るべき世界へと送り届ける」


まるでそこには自分とソフィアしかいないと言わんばかりにナイトの言葉を無視するグレイル。


『はッ! 誰だ貴様! ソフィア様の名を間違え……えっ? あれ? ……何で? はぁあああああああ! ソフィア様がもう一人いるぅううううう!』


ソフィアが二人いると絶叫するナイト。どこかその声は幸せそうでもあった。


― ナイト早速だけど私に力を貸して…… ―


しかしナイトの絶叫など聞こえていないのか虚ろな目で自分を見つめてくるグレイルを見つめかえしながらソフィアはナイトに早速協力を要請する。


『な、なぜソフィア様が二人いるのだぁあああああ! あッ……はいなんでしょうソフィア様!』


空気を読まない。それはある意味でナイトの持つ特殊な力なのかも知れない。ピリピリとした雰囲気に包まれるソフィアとグレイルの間にいても尚、その空気を読んでいないのかあえて読まないのか一人絶叫していたナイトは、すぐさま協力を要請してきたソフィアに返事を返した。


『それで私何をすればいいのですか?』


既に意識を失っていた事も、目の前にいるソフィアと同じ顔をしたグレイルの事も思考から消えてしまったナイトは自分を頼ってくれたソフィアの指示を犬が尻尾を振るように待った。


― まずはこの場所を調べて、それからこの場所から脱出する方法を考えて ―


『わかりました、少々お待ちください』


ソフィアの指示に嬉しそうにすぐさまとりかかるナイト。ソフィアはナイトに指示を出すとすぐにグレイルに視線を戻した。


― ねえグレイル……一つ願いがあるんだけど ―


「この状況において願いか……いいだろう……何だ?」


すでにソフィアにたいして実力行使に出ると口にしたグレイルは、戦闘態勢のままソフィアの言葉に耳を傾けた。

 

― 私と一緒に……戦ってくれないかな? ―


「はぁ?」


突然のソフィアの申し出に首を傾げるグレイル。


― グレイルの力を貸してほしい…… ―


「ふん、あれほど私の事を否定しておいて、今度は力を貸せと? ……随分都合のいい話だな」


― そうだね……でも……私について来れば、あなたに希望を見せてあげる ―


「希望?」


ソフィアの自身に満ちた瞳に眉を潜めるグレイル。


― そう……希望、あなたが諦めてしまった希望を…… ―


ソフィアのその言葉に少し考える素振りを見せるグレイル。


「……わかった……お前の言葉に乗ってやる……だがこちらも一つ条件がある」


少しの間をあけた後、グレイルはあっさりとソフィアの提案を受け入れる。しかしグレイルは一つの条件を提示した。


― なに? ―


「もし……お前の言う希望を私が感じられなければ、容赦なくお前の体を貰う……」


― ……言うと思った、ええ、それで構わない…… ―


そんな事だろうと思っていたソフィアは一つ息を吐くと少し笑みを零しながら無表情になったグレイルにそう言った。


「契約成立だ……冬香フユカ……いや……ソフィア」


絶対に希望など感じないと決意を決めるグレイル。


「ええ、よろしくグレイル」


絶対にグレイルに希望を感じさせてやると決意を決めるソフィア。二人の間に交された契約。果たしてソフィアはグレイルが諦めたという希望を見せる事ができるのだろうか。



「……的な流れかな……」


長い望遠鏡で何かを観察するように覗き込む男は抑揚の無い喋り方独り言を呟くと望遠鏡から目を離した。


「……これがもしゲームやアニメだったらクソゲーやクソアニメの類だな」


長い望遠鏡を担ぐようにして持つと男はよく分からない単語を口で発しながら周囲を見渡した。


「そもそも別の世界の自分が別の世界の自分とって、訳が分からないよ、君もそう思うよね、ユウト君」


― ……え、ええ……よく分からないでけど…… ―


長い望遠鏡を担いだ男の視線の先にいたのは志願兵統率補佐ユウトの姿であった。信じられないものを見ているといった感じで茫然と男を見つめるユウトは男の質問にはんなりと答えた。


「ああ、いや人の事は言えないか……ごめんね変な質問しちやって」


― ああ、はい……あの……所であなたは……どちら様ですか? ―


突然訳の分からない場所に立ち、訳の分からない事を口にする男と二人という状態にユウトは冷静さを失っていた。だからこそ、そこに居る者が何者であるのかを察することさえ出来ない。


「ああ、大体は察しているとおもったんだけど……分からない?」


ユウトの言葉に首を傾げる男。それに続くようにして苦笑いを浮かべながらユウトも首を傾げた。


「今回はここまでらしいから、まあそれは次回」


訳の分からない事を最後まで口にしながら長い望遠鏡を担いだ男は、懐から分厚い本を取り出し不敵な笑みを浮かべるのであった。


ガイアスの世界


閉ざされた世界 ソフィアの眠る記憶の中にあった世界


ガイアス以外にも別の世界が存在する。その中でグレイルが存在する世界は閉ざされた世界と言われている(グレイルが言っている)

 グレイルの話によれば可能性という希望を全て失った世界。簡単にいえばすでに死んでいる世界の事である。グレイルの世界がどうしてそうなってしまったのかは分かっていないが、そういう世界に変えてしまう何かが起こった事は間違いない。

 そしてもう一つがソフィアの眠る記憶の中にあった世界。ここはどうやらガイアスとは何もかもが別物の世界らしく、その光景を見ていたソフィアによればとても平和そうな世界だそうだ。

とても背の高い建物やきちんとした道、鉄の乗り物が走ってたりするらしいけど、何かどこかで見たことがあるような……これが既視感てやつなのか! そうなのか?




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