最後で章 17 最上級盾士としてのけじめ
ガイアスの世界
聖狼が及ぼす精神への影響
名前に聖がつくことでどこか争いをこのまないイメージがあるが、聖狼はそうでも無い。そもそも狼と付く時点で聖の力を持っているが所詮獣なのだ。
神精霊達が、ガイルズの事を獣と呼ぶのは結局の所その事が一番大きい。神聖な力を持っていても獣の本能に抗えないという皮肉を込めて神精霊達はガイルズの事を一貫して獣と呼んでいる。
聖狼という力が精神に対して与える影響は、兎にも角にも闘争心である。だがそれには個人差がある。しかしガイルズの場合、聖狼の影響を受けているものの、元々から戦いが好きであるために、どこまで影響を受けているのか分からないというのが正直な所である。
最後で章 17 最上級盾士としてのけじめ
『純粋悪』渦巻く世界、ガイアス
爆発のような土煙があると同時に聴覚に響く破裂音。それは何度も何度も繰り返され周囲の視界を奪うほど土煙があがっていた。その衝撃は人がまともに地面に立っていられないほどの揺れと亀裂を広げていった。
視界を奪うほどの土煙と破裂音、そして激しい揺れに地面を割る亀裂、その全てはサイデリー王が率いる盾士達の前に立ちはだかった山のように大きな巨大な鉄の巨人の所為であった。
遥か昔、今では再現できない古の技術を持った者達がその鉄の巨人を造り出したと言われている。古の技術を持った者達鉄の巨人をどう呼んでいたか分からないが、現在のガイアスの人々はその鉄の巨人の事を古代人形と呼んでいた。
しかしその古代人形は古代人形の中でも異形な存在であった。通常の古代人形の力の強さは恐ろしいほどに強いのだがそれでも大地を揺らすほどの力は無い。そして何よりもサイデリーの盾士を驚かせたのはその大きさにあった。盾士達の前に姿を現した古代人形の大きさは、ユウラギに生える背の高い木々よりも頭一つ二つ飛びぬけるほどの大きさがあり通常の古代人形と比較すると二倍ほどの大きかったのである。
そんな古代人形の大きさを言い表すために、サイデリーの王であるブリザラは、その古代人形の名称を変更、巨大人形と名付けた。
山のようにそびえる巨大人形の大きな拳から繰り出される圧倒的な力はどんな攻撃をも防ぐために鍛え上げられた強靭的な足腰を持つ盾士達の足元を軽々とふらつかせていた。
「ウッウプッ! ゆ、揺らすな……は、吐く……ウプッ!」
その場にいた誰もが身動きが満足に出来ない状態の中、本来ならば褐色の肌をした顔を蒼白に染め自分の体内から込み上げてくる何かを口に手を当てせき止めている女性の姿があった。
その名はソフィア。簡易型伝説の武具ナイトの所有者であるソフィアの体には異変が起こっていた。しかしそれは敵から受けた毒でも無ければ病気でも無く、昨晩に飲んだ酒の所為であった。見るからに体調が悪い顔色く体内から込み上げてくる気持ち悪さの正体、それは所謂二日酔いというやつであった。
志願兵統率であるガイルズとユウトから別れた後、その場に一緒にいた一国の王であるブリザラを強引に引きれ船内にある食堂でその時間食堂を任されていたコックを引かせるほど酒を体に流し込んだのでああった。
元々酒がそれほど強くないソフィアは典型的なヤケ酒の飲み方をしていた。四杯目の酒を口にした所でそこからの記憶を消失したソフィアは、それ以降食堂で何が起こったのかを知らない。知っているのはヤケ酒に付き合わされたブリザラと朝方まで二人の様子を怯える様子で見ていたコックだけであった。その夜ソフィアとブリザラに何があったのかは、彼女達の名誉の為にあえて割愛するがそれは酷い光景であったという。
次にソフィアが目を覚ました瞬間、彼女は酷い頭痛と全身のだるさ、そして吐き気に襲われる事となった。
そんな状態である今のソフィアが間ともに戦えるはずもなく巨大人形が放つ拳によって発生する激しい揺れは、必至で姿勢を保とうとする周囲の盾士達とは別な意味でソフィアにとっては辛い攻撃となっていた。
「おいおい、大丈夫かいソフィアちゃん」
そんな状態を心配してか、巨大人形の放つ拳によって発生するその大きな揺れに体を合わせて姿勢を器用に保ち続けている最上級盾士ランギューニュは、横で今にも何か大切な物を失いかけているソフィアに声をかけた。
「や、ウプッ! 話しかけるな……き、気持ち……悪……ウプッ!」
己の内からせり上がってくる何かと戦い続けているソフィアは心配して話しかけてきたランギューニュに鋭い眼光を向けた。
「……ああ、これは申し訳ない……」
顔を引きつらせるランギューニュはこれは戦力にならないとソフィアの状態を冷静に分析すると、激しい揺れだというのに体が全くぶれずそこだけ揺れていないのではないかと錯覚させるほどに安定した姿勢のまま目の前の巨大人形と対峙するサイデリーの王ブリザラの背中に視線を向けた。
「……ブリザラ様……どう思いますこの状況……」
正直ランギューニュには目の前の巨大人形の行動が全く理解できなかった。相手は何の感情も待たない鉄の塊なのだから理解できなくてもおかしくは無いのだが、それにしてもただ地面を拳で打ち続けるという同じ動作を続ける巨大人形の動きは不可解で仕方がなかった。
「……攻め手を探しているのでしょうか……」
巨大人形と対峙したまま、ランギューニュの問に答えたブリザラも巨大人形のとる行動には疑問を持っていた。
(……なぜ直接的な攻撃をしてこない……何かを待っているの?)
『……王よ、あの巨大人形は我々が疲弊するのを待っているのではないか?』
ブリザラの胸の前に構えられた伝説の盾キングが巨大人形の行動を分析する。
「いやいや、あんなただの鉄の塊にそんな事を考えられる知能があるとは考えられない」
キングの言葉にそれは無いと否定するランギューニュ。
『……ならばこの状況を何と説明する最上級盾士ランギューニュ』
キングの言葉に後方に視線を向けるランギューニュ。そこには表情に疲れが見え始めた盾士達の姿があった。一息つく事も無く上下左右に揺れる地面は思った以上に屈強な足腰を持つ盾士達の体力を奪っているようであった。
『絶対防御に対して巨大人形は学習しているのではないか』
絶対的な防御を誇る絶対防御は、巨大人形の攻撃を全て防いできていた。それに対し巨大人形は絶対防御を打ち破るために学習しているのではないかとキングは言う。
「学習……?」
『……うむ、クイーンが改良を加えた代物だ、それぐらいの能力を持っていてもおかしくは無い』
キングが口にした言葉に疑問を抱くブリザラ。キングはその理由として巨大人形の所有者の一人である伝説の防具クイーンの名を出した。今ブリザラ達の前に敵としてそびえる巨大人形は、元々伝説の防具クイーンとその所有者であるアキの所有物であった。古代人形を手に入れてからコツコツとクイーンは改良を重ねていたらしく、その力は古代人形など簡単にねじ伏せるほどまでに強化されていたようであった。
『この巨大人形は私達の戦いを見てきている、もし学習能力があるとすれば……絶対防御を打ち破る策を考えてきているとしてもおかしくは無い』
一気に真実を増したキングの言葉にブリザラは表情を曇らせた。
『クイーンは厄介な置き土産をしてくれたものだ……どうする王よ』
殆どの盾士達は激しい揺れに耐えきれず戦闘不能になるのは目に見えていた。持久戦をしている暇は無くキングはこの状況をどう乗り切るのかブリザラに聞いた。
「……今私達の中でこの状況を突破できる攻撃に特化した者がいない……」
しかしブリザラにはこの状況を打破するだけの切札が無かった。本来盾士は国を守るための兵であり攻撃に特化した力は殆ど持っていない。それは伝説の盾の所有者であるブリザラに置いても同じであった。いやキングとブリザラならばこの状況を打破する切札と言っていい攻撃手段が無い訳では無い。しかしもしその切札を使うには盾士達を守っている絶対防御を解かなければならなくなる。そうなればその瞬間目の前にいる巨大人形がは確実に直接的な攻撃を仕掛けてくるという不安がブリザラにはあった。
地面を揺らすほどの力、そして高濃度に圧縮した力を光にして放つ攻撃は、どう考えても今の盾士達だけでは防ぐ事が出来ない。ブリザラの不安はそれだけでは無い。巨大人形の拳によって揺れる地面の影響を全く受けない魔物達の存在が気がかりであったからだ。翼を持つ魔物達、そう地面の影響を受けない魔物達が先程からじっとブリザラ率いる盾士達の隙を狙い頭上で滞空し続けているのだ。もし絶対穂防御を解けば数えきれないほどの翼を持つ魔物達が攻撃を仕掛けてくるのは目に見えていた。
今の盾士達の実力ではあの数を防ぐ事も不可能に近い、そう考えるブリザラにはこのまま耐え凌ぐ事しか選択肢が無かった。
「ブリザラ……ウプッ! ……いい加減うぅぅ……限界……私が道を……うぅぅ……切り開く!」
黙り深く考え込むブリザラの横で声を上げたのは、何とか激しい揺れる地面で姿勢を保つソフィアであった。
「で、でもその状態じゃ」
確かに簡易型伝説の武具の所有者であるソフィアの力ならばこの状況を打破するだけの力を持つ可能性は大きいとブリザラは考えていた。しかしそれはソフィアの体調が万全ならばの話だ。ソフィアが二日酔いという時点でブリザラの中でソフィアは完全に戦力外となっていた。
なぜあの時私は無茶なお酒の飲み方をするソフィアさんを止めに入らなかったんだと今になって更に後悔するブリザラ。
「だ、大丈夫……さっきよりは少しマシになったから……ウプッ!」
どう見ても先程よりもマシになったとは思えないブリザラ。
「い、いや無理はなさらないでください……このまま安静に」
「こんな状態じゃ安静もクソも……ゥプッ!」
何かを言いかけた途中でソフィアに体から何かが這い上がってくる大きな波が襲う。
「ううううううう!」
しかしそれをどうにか踏みとどまらせるソフィア。
「いいいぃぃ……はぁはぁ……そ、それより……なんであんたは二日酔いになってないのよ、私と同じぐらい飲んでいたじゃない!」
「そ、ソフィアさんそれは!」
確かに記憶が飛ぶ前までは、自分と同じく量の酒を飲んでいた事を覚えていたソフィアは、なぜ二日酔いになっていないと理不尽におこり出した。そんな理不尽なソフィアの怒りに対してブリザラはもうその話はしないでというように慌てだした。
「……何? 王それはどういう事ですか?」
ソフィアの口にした言葉に背中から何とも言えない圧力を感じるブリザラはあたふたと口を閉じろという動作をソフィアに向ける。
「こ、これはその……」
そこには耳を立ててブリザラとソフィアの話を聞こうとしているランギューニュの姿があった。
「戦いの前に酒盛りとは……こりゃ……ガリデウスに報告しなきゃなりませんね」
ニタニタと意地悪な笑みを浮かべるランギューニュ。
「ま、まってください……これには事情が……」
ここしばらくずっと張りつめたブリザラしか見ていなかったランギューニュは、ワタワタと慌てるブリザラの姿を見れた事に戦闘中ながらも内心ではホッとしていた。
「……ふむふむ……事情ねぇ……」
「お願いします、ガリデウスにはどうか内緒にしてください」
必至に頭を下げる一国の王ブリザラにどこか満足したような表情になるランギューニュ。
「分かりました、私の願いを聞いてもらえたらなら、ガリデウスにはその話内緒にしておきますよ」
「……ね、願いですか?」
「ええ、願いをです……」
ランギューニュの言葉に一瞬またふざけた事を言うのではないかと身構えるブリザラであったが、すぐにそれがふざけたものでは無いと気付き、ブリザラはサイデリーの王として、最上級盾士ランギューニュの言葉に頷いた。
「……願いとは……なんですか?」
「ちょっと待ってくださいね……」
そう言うとランギューニュは手に持っていた盾士としての証でもある盾を地面に捨てた。
「えッ! ……何を?」
盾を捨てたランギューニュの行動が理解できないブリザラからは驚きの声が漏れる。するとランギューニュは身構えた。すると急に周囲の温度がなぜか下がり始めていく。
「え、何? 気温が、ランギューニュさん!」
絶対防御の内部の温度が急に下がり始めた事に戸惑うブリザラの真紅の目はそれでも冷静に下がり始めた気温の原因を見つめていた。周囲の気温を下げたのはランギューニュであった。盾を捨て素手となったランギューニュの掌から発せられる異様なほど強い冷気を纏う白い光。
「騒がしいので奴の動きを止めます!」
ランギューニュはそう言いながら腕を振りかぶりると掌に出現させた冷気を纏った白い光を巨大人形に目がけて放った。
ランギューニュの放った冷気を纏った白い光は真っ直ぐに地面を叩き続ける巨大人形へと向かっていく。巨大人形からすれば豆のように小さい冷気を纏った白い光は巨大人形からすれば脅威では無いと判断され自分へ向かって来る冷気を纏った白い光を地面を叩き続ける拳で叩きつぶした。巨大人形の拳と地面によって挟まれた冷気を纏った白い光はその衝撃に耐えきれず大きく砕け散る。砕け散った冷気を纏う白い光はまるで宝石のようにキラキラと舞いながら巨大人形の体へと付着していく。
体に付着したそれを気にする事なく拳を地面に打ち続ける巨大人形しかしその動きは徐々に鈍くなっていった。
「……動きが止まった……」
巨大人形の動きが鈍くなるにつれ、揺れていた地面の動きも穏やかになりそして完全に巨大人形の動きが止まると同時に揺れも止まった。
なぜ巨大人形の動きが突然に鈍くなりそして完全に動きを止めたのか。それはランギューニュが放った冷気を纏った白い光の影響であった。それは氷の属性を持った攻撃魔法、凍爆弾であった。
その効果は相手に命中もしくは壊させる事によってその破片をを付着させることで一瞬にして相手を凍らせるという代物であった。
「これで少しの間静かに話ができる……」
揺れが収まった事を確認しつつ完全に凍り動きの止まった巨大人形に視線を向けるランギューニュ。
「ランギュー二さん……これは……なぜ!」
ランギューニュのとった行動を理解できないという表情でブリザラ叫んだ。しかしそれはランギューニュが使った強力な魔法のことでは無い。盾を捨て魔法攻撃をしたという行動についてブリザラは俯くランギューニュに叫んでいたのであった。
「……見ての通りです……私は盾士として罪を犯しました……ランギューニュ=バルバトスは、今この時を持って最上級盾士という称号をサイデリーの王ブリザラ様に返却したいと考えています」
「ッ!」
サイデリーを守る盾士にとって地面に盾を置く、捨てるという行為は、恥じるべき行為でありサイデリーを外敵から守れず倒れるという縁起の悪い意味でもあった。それと同時に盾士の中では職務をこれ以上全うする事が出来ないという意思を表す職を辞するという意味も含まれていた。
そしてそれ以上に問題なのはランギューニュの放った攻撃魔法であった。盾士は特定の条件、例外を除き盾以外の攻撃を禁じられている。その理由はサイデリーが決して他国に対して侵略をしないという誓を立てているからだ。それは相手が魔物でであっても変わる事無く、サイデリーの顔である盾士が例え周囲に他国の者達が居ないとしても盾以外の物で攻撃するという行為は禁止されている。それはサイデリーという国が他国に対して絶対に侵略しないという証になるからであった。サイデリーはそうやってサイデリーの剣となる五国以外の国々から信頼を勝ち取り今に至るまで信頼関係を築いてきたのであった。盾士にとって鉄の掟と言っても過言では無いそれを最上級盾士という立場にあるランギューニュが破ったのであった。
「な……なんで今……」
掟を破った盾士はその場で盾士という職をはく奪され、悪ければ禁固刑になる事もあるというのにそれを知らないはずの無いランギューニュがなぜ今この時にそんな事をしたのか理解できないブリザラの表情は掟を破った事に対して怒りよりも悲しみに染まっていた。
「……そんな顔しないでください、ブリザラ王……」
決して笑える状況では無いというのに普段と同じように笑みを浮かべるランギューニュ。
『……なるほど……ランギューニュの行動には意味がある』
何かに気付いたのかキングは悲しみに染まった表情のまま固まるブリザラを安心させるように声をかけた。
「さすが伝説の盾! 話が早い」
「何がさすが伝説の盾ですか! ランギューニュさん……あなたは……あなたは!」
キングの言葉は全く効果を見せなかったのか、ランギューニュの軽いノリにようやく怒りが追い付いてきたブリザラは、珍しくその怒りをあらわにしランギューニュを怒鳴りつけた。
「……ありがとうございます、ブリザラ様……その怒りでだけで私は盾士として生きてきた事に誇りを持てます……」
「え、何を……言っているの?」
ランギューニュの言葉にもう自分の感情がグチャグチャになっていくブリザラはその言葉を最後に沈黙した。
「……私、いや俺の素性については知っていますね……王」
ブリザラが沈黙した事でこれで本題に移れるとランギューニュは自分の素性についての話を持ちだした。
ブリザラは私から俺と言い直したランギューニュの変化に何かを覚悟したのだと理解した。
「……ええ」
まだ頭の中が困惑したままブリザラは戸惑いながらもランギューニュの言葉に頷いた。
「今の状況に対してあのデカブツを相手にするだけの戦力は無い……これはブリザラ様も理解していますねけ」
ランギューニュの言葉に同意し頷くブリザラ。守りが本来の職務である盾士達にとって巨大人形を倒す事は難しい事はブリザラも理解している。
「だったら攻撃に特化した戦力を増強するしかない……でも今周囲には我々とは違い攻撃出来るヒトクイも志願兵もいない……」
現在ブリザラが率いるサイデリーの盾士達は、ヒトクイの兵達と志願兵の者達に挟まれるような形になっていた。しかし先に進んだ志願兵達が自分達の下へ戻ってくるという可能性は志願兵を率いているガイルズの性格からすると可能性としては低く、もしそんな志願兵達がブリザラ達の下へ戻ってきたとしたらそれは悪い知らせを意味している事になり戦力の増強としては厳しい事を示していた。
ブリザラ達の後方に位置するヒトクイの兵達は、海に足をとられ事によって機動力を失い、しかも海の魔物の襲撃を受けている。ブリザラとキングの張る絶対防御の守りの中に入ってはいるようだが、それでも未だ合流出来ない事を考えると海の魔物達相手にかなりの苦戦を強いられている事になる。ということはやはりヒトクイからの援軍も望めないという形になってしまっていた。
「両軍ともに援軍の見込みがない……ならばどうするべきか……そう考えた時、俺には一つの考えしか浮かびませんでした」
「それが盾士の掟を破る事なのですか……」
全く答えが見えないブリザラは更に困惑する。
はい、ある意味そうです……キングが言っていた『複合型高遺伝子』とやらを持つ俺が……」
ピーランとブリザラが出会った日、氷の宮殿の地下にある薄暗い牢屋の側でガリデウスがランギューニュの事を語っていた事を思いだすブリザラ。
「『複合型高遺伝子』……」
『うむ』
ブリザラの言葉に頷くような言葉をあげるキング。『複合型高遺伝子』とはブリザラ達にとって全く聞いた事の無い言葉でありその当時キングだけしか知らない言葉であった。
当時はキングの語った内容が半分も理解できなかったが、色々と経験を積み、そそれとは別に自分でも分からない何かに変化しつつあるブリザラには、はっきりとその言葉の意味が理解できた。
人間と別の種族との交わりによって生まれる存在の事をハーフと言う。例えば人間とエルフの間に生まれるハーフエルフはハーフを言い表す上で代表的な存在と言ってもいい。両親の持つ性質の良いところと悪い所を受け継ぐ。エルフからはその美しい容姿であったり人以上の魔力や長寿であるという性質、悪い所で言えば環境の変化に弱いという性質であったり、人間からエルフよりも強靭な肉体や物を作り出すという性質、そして悪い所で言えば争いを好む事であったりする。これはいい性質だけを引き継ぐ事は絶対に無く必ず悪い性質の部分も持って生まれてくるというのがハーフの特徴である。しかしランギューニュの場合少し話が違う。
ランギューニュの場合、ハーフにも関わらず両親の良い性質だけを引き継ぎぐだけにとどまらず両親の持っていないはずの性質までもを宿して生まれてくる者、天才、突然変異、呼び方は何であれ、ランギューニュの事を確立的には凄い確率でしか誕生しないと言われる『複合型高遺伝子』という存在であると伝説の盾キングは口にしていた。
「『複合型高遺伝子』の特徴は全ての事に関して影響を与えるが取り立てて顕著に現れるが戦闘に関して……確かそうですよね、キング」
『ああ、『複合型高遺伝子』の持ち主の多くは類まれにみる戦闘センスを持っている者が多い……』
「キングの話が本当だとすれば、今この場でこの状況をひっくり返せる者は俺しかいない!」
キングの援護をもらい満面の笑みを浮かべながら軽い口調でブリザラにこの状況を変える者は自分しかいないと伝えるランギューニュ。そしてそれが自分には出来るという確証がランギューニュにはあった。
「ブリザラ様……俺はサイデリーに来る前まで、どう生きていたと思いますか?」
突然スッと満面の笑みが消えるランギューニュ。笑みの消えたランギューニュの表情に表情を強張らせるブリザラ。
「その日の命を繋ぐため、命を賭けて戦場で戦っていました……」
矛盾をはらんだ言葉を口にするランギューニュの脳裏に浮かぶ当時の記憶には、色が存在しないような視界の世界が広がっていた。一つある色と言えば自分の命を脅かす敵を切り捨てた時に噴き出した血やその切断面から見える肉の色だけ。ランギューニュの脳裏に浮かぶ当時の記憶どれも過酷であり表情は痛々しいものばかりであった。
先代の最上級盾士にしてランギューニュの盾士の師匠でもある男に拾われる前、ランギューニュはガイアスという世界で物理的にそして精神的にそして自分という存在に彷徨っていた。
見た目は幼い子供の姿ではあったがランギューニュの年齢は人間でいう成人の歳を軽く超えており精神的に成熟していた。エルフや夜歩者のそれと同じくランギューニュは寿命が人間よりも長く見た目の成長が遅かった。その理由は本来は夢魔女にも人にも無い長寿という性質をランギューニュが持っていた事にあった。
その見た目から時が経っても一向に成長しないランギューニュを気味がる者は当然現れる、そしてその子供のような見た目からランギューニュを舐めてかかる者も沢山いた。そんな舐めた者達を幼い姿でありながら類まれにみる戦闘センスで返り討ちにしていくランギューニュを恐怖し誰も近づいてくることは無くなった。そんなランギューニュに自分の居場所など見つける事はできる訳も無く、ガイアスという世界で孤立、彷徨ことになった。
人間としても闇人としても半端者であるランギューニュは、ガイアスという世界に自分の居場所は存在しないのだと思うようになった。
そんな居場所の無かったランギューニュを救ったのが先代の最上級盾士にしてランギューニュの師匠であった。
「……お前に居場所を作ってやるから私についてこい」
突然ランギューニュの前に姿を現した先代の最上級盾士は、ランギューニュの意思に関係なく無理矢理担ぐと、ランギューニュただ一人に壊滅させられた名も無き戦場を後にしサイデリーへと帰還、すぐにランギューニュに盾士としての技術を叩きこんでいった。
「最初は……正直盾士なんて馬鹿げていると思っていました……相手に攻撃を仕掛けないなんて、ただ死を待つだけじゃないかって……」
幼かった自分を思いだすランギューニュ。襲いかかってくる者は全て切り捨ててきたランギューニュにとって盾士という戦闘職の概念は考えられないものであった。そして盾士としての訓練は類まれな戦闘センスを持つランギューニュにとって退屈なものでしかなかった。
「でも……師匠からあれこれ教わっているうちにいつの間にか盾士が自分の居場所になっていた……」
退屈であった盾士としての修行をこなしていく内に、気付けばランギューニュは上級盾士に昇進していた。ランギューニュの昇進を自分の事のように喜ぶ先代の最上級盾士の姿に自分の事でこれほど喜んでくれる他人が居るのかと初めて自分の居場所を見つけたような気がしたランギュー二ュは、盾士というのも案外悪いものでは無いとどこか素直では無い言い回しで自分なりの精一杯の感謝の言葉を口にした事を思いだした。
その事がきっかけとなり塞いでいたランギューニュの心は徐々にではあるが開かれるようになり性格は明るくなっていった。ランギューニュの性格が社交的になるにつれ、サイデリーの女性達は類まれなる才能とその容姿に静かに騒ぎ始めるようになった。
淫夢を見せる夢魔女の容姿は言う必要も無いほどに美人である。その容姿は勿論ランギューニュにも引き継がれ性格が社交的になった事が合わさると女性に対しての人気は時期最上級盾士候補だと騒がれる頃には確固たるものとなった。名誉か不名誉かサイデリーのフレイボーイなどという二つ名で呼ばれるようになるぐらいに。
「……正直世界に絶望していた頃からすると天と地ほどの差がありました、あの頃は本当に幸せだった……でも自分を導いてくれた師匠が死んで自分が最上級盾士になった時……ポッカリ胸に大きな穴が開いた感じがした……生きる目標を失ったような……」
見た目は親と子ほど離れた感じでありながらその実年齢では年上であり長寿であるランギューニュにとって、その出来事は長寿である者の宿命といえる出来事であった。師匠であり先代の最上級盾士の死は、ランギューニュに生きる目標を失わせた。自分より早く皆が老いて行く者達、そして自分だけ置いてて先に旅立ってしまう者達。それは例外なくどう足掻こうとも自分が孤独した存在である事を際立たせてしまう。
師匠の死によってそれを再び痛感したランギューニュは、目標を失い生きる意味を失った。それでも自分を求めてくれる女性達だけが自分の心の支えであると言わんばかりに、ランギューニュは毎晩のように自分を求めてくる女性達との肉欲に溺れた。
全くやる気を失った最上級盾士としての職務を適当に流し、肉欲に溺れる日々は悪循環を招き更にランギューニュを追い詰めていく。女性を抱いた所で埋まる事の無い虚無感。しかしランギューニュが何もかもがもうどうでもいいと思ってさえていもランギューニュの持つ才能は消える事無く輝き続けランギューニュは、自分の存在理由さえ見失い始めることになった。
「……そんな時、先代の王が崩御しブリザラ様がサイデリーの王となった……幼くして王になったあなたを見てまるで彷徨う幼い時の自分をみているようでした……」
早すぎた先代の王の死は、早すぎる新たな王を誕生させる事になった。右も左も分からないまま王となったブリザラを最上級盾士の立場から見ていたランギューニュは昔の自分を見ているようで心が苦しくなった。右も左も分からないまま王になったブリザラを、物理的にも精神的にもガイアスという世界で彷徨っていた頃の自分に重ねるランギューニュ。
「……正直幼き王が即位したサイデリーにもう未来は無いと思いました……でも……」
そこで一度言葉を区切るランギューニュ。
「……あの時……地下の牢獄でブリザラ王が掛けてくれた言葉で、俺は……もう一度、最上級盾士としてサイデリーを守ろうと決心する事が出来ました」
真面目な表情でブリザラに向けそう言葉を口にするランギューニュ。
それは盗賊であった頃のピーランをランギューニュが捕らえた時の事であった。自分が『闇』の力を持つ夢魔女と人の間に生まれたハーフである事がブリザラ達に知れた時、ブリザラは、怯えることも戸惑う事もせず真っ直ぐな目で、サイデリーを守ってくれる最上級盾士だとランギューニュに言葉をかけた事であった。
何処の国であってもランギューニュが持つ夢魔女の力は危険であるにも関わらず何の疑いもなく真っ直ぐな瞳でそうランギューニュに対してそう口にしたブリザラにランギューニュは心を揺さぶられたのであった。それはランギューニュにとって憧れとも恋ととも尊敬とも愛とも言える感情であった。
「……だからこそ王の……ブリザラ様の言葉が間違いでは無かった事を証明するために……そして誇りである最上級盾士という職務を穢さないために……俺は……最上級盾士という称号をブリザラ様にお返しします」
「……」
全てを吐き出せたという感覚がランギューニュの表情を自然と満足そうに微笑ませた。
ランギューニュの真意を聞いたブリザラはどれほど自分がランギューニュという人物から想われていたのかという事を知った。それ故にブリザラの感情は揺れ動き、王として罪人となったランギューニュに言わなければならない言葉を口にする事が出来なくなっていた。
『王よ……これはランギューニュのけじめだ、しっかり王としての職務を全うするのだ……』
ブリザラの揺れ動く心の動きをはっきりと感じるキング。だがそれでもキングは王としてランギューニュにけじめをつけさせるのだと言う。
「……わ、私は……最上級盾士であるランギューニュさんの事を……何も知りません……あの時の言葉だって、何も分からずにただそうだったらいいなと思って口にした言葉であなたを救うような言葉では無かった……そして今から私があなたに発しなければならない言葉は、私の言葉で救われたを過酷な道へと進ませることになる……」
事実今から口にしなければならない言葉は、ランギューニュに死を宣告するに等しいと言葉だとブリザラは思った。例え『複合型高遺伝子』を持っていようとも、類まれな戦闘センスを持っていようとも、戦いに絶対はありえない。ブリザラが王として今から口にしようとしている言葉は、ランギューニュを絶対はありえない戦いの中に送り出す言葉であった。
王の言葉が王という存在の発言が、どれほどの影響力を持つのか改めてその重みを再確認するブリザラは、震える手を押えながら自分はランギューニュが思っているような人間では無いと否定する。
「そんな事を言っても無駄です、俺は……あなたの言葉によって救われた、それは事実です」
しかしそんな事を言っても無駄だとランギューニュはブリザラの言葉を笑い飛ばした。
「……ブリザラ様……図々しくも人生の先輩として一つ言わせてください」
俯いたブリザラの顔を覗きこむランギューニュ。
「……王だって人間だ、完璧な王なんて存在しません……というか完璧な王なんて気持ちが悪い……だからそこまで思いつめないでください、そして願わくばずっと屈託のない笑顔でいられるブリザラ様でいてください……俺はそんなブリザラ様が好きです」
今まで数多くの女性と夜を共にしてきたランギューニュは、自分が口にした愛の言葉の中でここまで純粋な気持ちなものがあっただろうかと思う。何の打算も無くただ純粋に好意を口にした事はあっただろうかと。
「俺も含めてブリザラ様の周りには優秀な者達が沢山います、時には周りの者達にまかせ適当になってください、そして……しめる時はしめる……これが完璧ではないけれど多分ブリザラ様が目指す王の道です」
それはランギューニュなりのランギューニュだからこそ言えるブリザラに対してのアドバイスであった。
「……ランギューニュさん……」
流石色男、サイデリーのプレイボーイという二つ名を持つランギューニュ。ブリザラの表情は恋をした女性のそれに近いものがあった。その表情を見れただけでランギューニュは自分が生きてた意味を見いだせたと思うほどに。
「……!」
ブリザラ達の背後で何かにヒビの入る音が響く。そのヒビは凍った巨大人形の動きが再開しようとしている事を意味する音であった。
「……さあ、ブリザラ様もう時間が無い……サイデリーの王として、俺にけじめを付けさせてください」
良いたい事を言いきったランギューニュはどこかスッキリとした笑顔でブリザラを急かした。
「……もしあなたと違う形で出会っていたら、私はあなたに恋をしていたかもしれません」
「……ん……? あれ? 俺フラれた?」
ブリザラの思わぬ言葉に少し動揺しながらもそれを隠そうとおちゃらけるランギューニュ。そんなランギューニュの姿を少女のような屈託のない笑みを浮かべ見つめるブリザラ。だがその表情は一瞬にして消えそのランギューニュを見つめるブリザラの視線はサイデリーという国を背負う王の表情へと変わる。
「……サイデリーの王ブリザラとしてここに命じる、盾士として、いや、サイデリーの掟を破ったランギューニュ=バルバレスの罪は重い、よってその職務行為の全てと最上級盾士しての称号をはく奪する」
ランギューニュから盾士としての全てをはく奪する事をブリザラが宣言した瞬間、氷漬けにされていた巨大人形はその言葉を待っていたかのように自分を拘束していた氷を砕くとゆっくりと稼働音をさせながら再び動き始める。それと同時に矢のように巨大人形に向かい飛び出していくランギューニュ。
「ランギューニュさん! お願いします!」
飛び出し戦いに向かったランギューニュの背中を王とは違う表情で見送るブリザラ。
「美女にお願いされちゃ頑張るしかないよね!」
ブリザラの言葉に気合を入れるランギューニュ。しばらくまともに握っていなかった剣の感触を確かめながら、自分の背後に出現させた数十もの剣の刃を引きつれ山のようにそびえる巨大人形に向けるのであった。
まるでその姿は、あらゆる剣技を究めし者だけが到達した姿のようであった。
ガイアスの世界
ランギューニュの過去
『複合型高遺伝子』を持って生まれた夢魔女と人の間に生まれたハーフであるランギューニュ。その過去は壮絶なものであった。
行く日も行く日も命が幾つあっても足らないのではないかと思えるほどの日々を長年続けそして戦い続けてきた。その時身に着けた剣技や魔法などはどれもが一級品である。しかし盾士として生きることになったランギューニュにとって今までで身に着けたもののその殆どは無用の物となってしまったようだ。
(作者の本音)
正直本当はここまででばるキャラにしようとは思ってもいませんでした。まさかアレがアレでソウなるなんて、初登場の時は考えてもいませんでした。
そして正直キャラの性格を忘れてもいました(こりゃ他のキャラも同様か……作り込みが甘すぎる)
まあそんな訳でしばらくは活躍するのではないでしょうか?
にしてもきっと辻褄会ってない所沢山あるんだろうな……。




