最後で章 16 認められるという事
ガイアスの世界
レーニの中にある強い『聖』を持つ存在
レーニの内にあるもう一つの命、それはヒトクイの先代の王ことヒラキのことである。
ヒラキはその亡骸ともどもレーニに食われることによってそれ以降レーニを『聖』の力によって守り続けていたようだ。
余談ではあるが、もしヒラキが死ぬことなく生き続けていれば、ヒラキは生きたまま精霊化をし、そのまま神精霊へと姿を変える事になっていただろうとノームットをうならせていたようだ。
突然世界の表舞台にたった男ヒラキとは一体何者だったのだろうか?
最後で章 16 認められるという事
『純粋悪』が渦巻く世界、ガイアス
それはもはや決闘とも殴り合いとも呼べないただの意地の張り合いであった。周囲一面にいたはずの木の魔物達が姿を消しすでに森とは言えないその場所には静寂が広がり、拳によって肉を打ち抜く音だけが響きわたっていた。しかしその肉を打ち抜く音すらも弱々しく意地の張り合いと成り果てた決闘とも殴り合いとも言えない意地の張り合いを続ける男二人の体力はすでに限界をむかえていた。
そんな男二人の決闘とも殴り合いとも言えない意地の張り合いと化したはたから見れば見るに堪えない状況を真剣な表情でヒトクイの兵達と志願兵達は真剣な表情で見つめていた。
ヒトクイの兵達と志願兵達が男二人を真剣に見守る理由、それはすでに力が全く入っていない拳を繰り出す男二人の肩にヒトクイの兵と志願兵の意地がかかっているからであった。
最初それはヒトクイ、聖撃隊副隊長マシューと志願兵統率補佐ユウトの個人的な決闘であった。しかし気付けば二人の戦いはヒトクイ兵と志願兵のどちらがが上であるかという問題にすり替わりその決闘はある意味で大きなものへと変わってしまっていた。
本人達は相手の息の根を止めるつもりで精一杯の拳を振っているつもりでいるが、はたから見ればその拳には威力も速度も無く子供ですら避けることができるほど、例え当たったとしても全く痛くないものであった。しかしすでに体力の限界を超えている二人にとって、お互いがくりだした拳は必殺とも呼べるものであった。互いの頬に拳が届いたと同時に、ユウトとマシューの体は最後の力が零れ落ちるように仰け反りそのまま地面へと倒れ込んだ。その瞬間その場は完全静まり返った。
「……お……終わったのか?」
誰ともなく一人が声を発するとそれに続くように他の者が戸惑いながら口を開く。それは次第に広がり気付けば溜まっていたものが噴き出るように静寂は破られ怒号のような歓声があがる。
二人の泥臭く惨めといってもいいほどの戦いはその場にいた者達の胸を打ちその場が闘技場と言わんばかりの熱気の歓声が指一本動かす事が出来ないほど疲労したユウトとマシューへと向けられるのであった。
「いい決闘だったぞ!」
「ああ清々しい気持ちにしてくれてありがとうな!」
「ヒトクイのやつらも中々やるじゃないか!」
「いやいや志願兵のお前達だって!」
二人に向け投げられる熱が籠った称賛の声。その熱は今までいがみ合っていたはずのヒトクイ兵と志願兵の溝をいつの間にか埋め、部隊の垣根を超え肩を組み合う者達まで現れた。
「……お前……中々やるではないか」
指一本動かせないほど疲労し地面に倒れているマシューは腫れあがった顔で笑みを浮かべながら同じく倒れ込んでいるユウトに向けた。
「……あんたの拳も中々だったよ」
同じく顔の所々が腫れ上がっているユウトもまたマシューに視線を向けると、ヘトヘトの表情でマシューを称えた。
気付けば熱い歓声と共に大きな拍手が倒れ込んだユウトとマシューに向けられていた。
「……なぁ……おい……この状況は何だ?」
ユウトとマシューを中心として、一つになったヒトクイの兵と志願兵の様子をその輪から少し離れた所で見ていたガイルズは、先程まで互いを親の仇のように睨みつけていた者達が満面の笑みを浮かべ笑い合っている事に呆れ口をポカリと空ける。
ガイルズにとってこの決闘はユウトの実力を見極めるためのものであった。それ故に両部隊の仲を取り持つ事など一切考えていなかった。それ故にガイルズは何とも気持ち悪そうにその騒ぎを見つめていたのであった。
「戦いあった後にはお互いの健闘を称える、別におかしな事ではないじゃないですか」
ヒトクイの王であり、夜歩者でもあり、そして新米神精霊でもあるレーニは、ガイルズの横に立つと、ガイルズとは対照的にヒトクイの王として互いの肩を組み馬鹿笑いをあげる国の者達に微笑んでいた。しかしガイルズはレーニの笑みを気に食わないというような表情で見た。
「お前……こうなる事がわかっていたな?」
「何の事ですか?」
ガイルズの言葉に可愛く口をとがらせとぼけるレーニ。
「フンッ! 誤魔化しやがって」
自分がとぼけていた事を棚にあげレーニに対して鼻息を荒くするガイルズはそう言いながら祭りのように盛り上がるヒトクイ兵や志願兵達の様子を見つめる。
「……どうかしましたかガイルズさん?」
突然静かになったガイルズに首を傾げるレーニ。
「い、いや、別に……」
珍しく不意を突かれたというようにレーニの言葉にどもるガイルズはそれを隠そうと首を振った。
楽しく笑い合うヒトクイの兵と志願兵の様子を見ていたガイルズの脳裏には一人の男の姿が浮かんでいた。
「……何で彼奴の顔が浮かぶ……」
ボソリと誰にも聞こえないようにガイルズは呟くと脳裏に浮かんだ男の姿を振り切るように空を見上げた。そこにはユウラギの大陸を照らしていた太陽が暮れ初め、周囲をオレンジ色に染め始めていた。
「……さて一応これで彼らの休憩もできた事でしょう」
「休憩? どうみても戦場で馬鹿騒ぎして体力を消費している馬鹿共にしか見えないが?」
レーニの言葉にすでに意識が飛びかけているユウトとマシューを担ぎはしゃぐヒトクイの兵達と志願兵達を見ながらガイルズは何とも微妙な笑みを浮かべる。
「ガイルズさん少しお話いいですか?」
「あ? お話ってすでにべらべら喋っていると思うが?」
そういいながら視線をレーニに向けるガイルズ。
「あ……なるほど真面目な話ってやつだな」
「ハイ……」
ガイルズはレーニが自分に向ける真剣な表情に今までのような軽いノリの話では無い事を悟る。
「……ガイルズさん……力を貸してくれませんか?」
「えっ?」
真面目に話を聞こうと思った矢先、肩透かしを食らうようにガイルズはレーニの言葉に変な声を上げた。しかしガイルズの視線の先にあるレーニの表情には、先程の柔らかい微笑みは無く、一国の王、ヒトクイの王としてのレーニの顔があった。
「……力を貸してって、俺は貸しいてるつもりだがな……」
顔は真剣なのにその口からは何ともとぼけた事を言うレーニの考えが今一理解できないガイルズは、レーニの願いに困った表情を浮かべる。しかしそれでもレーニの表情は真剣なままであった。
「……言葉を言い換えましょう……魔王、いえ……その背後にいる『絶対悪』を貫く、一本の剣の為に私と道を作ってくれませんか?」
「……一本の剣?」
そう言って一度黙り込むガイルズ。レーニの言葉に何か引っかかるのかガイルズはジッと見つめるレーニを見つめ返した。
「……何をしたいのかは分からないが……ようは俺に踏み台になれって言っているのか?」
レーニの言葉の意味を半分も理解できていないガイルズ。しかしこのユウラギという戦いの場であなたは主役では無いとレーニに言われている事は理解できたガイルズ。レーニに向けられたガイルズの視線は一瞬にして殺気だった。
「「「ッ!」」」」
その殺気は近くにいた者に伝染し、そしてそれは瞬く間に狂喜乱舞していた者達へと伝わっていく。祭りのように騒いでいた者達は一瞬にしてその殺気に当てられ皆黙り込んでしまった。そして皆の視線は異様な雰囲気へと変わったガイルズとレーニへと向けられた。
「……はっきり言えばそう言う事です」
今にも意識が飛びそうになっていたユウトやマシューさえその殺気に目を見開き二人の異様な様子に硬直しながら視線を向ける中、その殺気を全身に浴びているはずのレーニだけが再び静寂に包まれたその場で平然とガイルズに口を開いた。
「……オウサマ、俺の目的は理解しているよな?」
低く重く、そして鋭いガイルズの声が刺さるようにしてレーニに向けられる。ガイルズの声は明らかにレーニを敵視した声であった。
「ええ、理解している上であなたに裏方にまわって頂きたいと頼んでいます……」
更に強くなる殺気、普通の者ならば気絶してもおかしくないその殺気と圧のかかったガイルズの言葉にそれでも平然とレーニは、日常会話をするように裏方にまわってくれと頼んだ。
今まで戦場で共に戦う仲間がどうなろうと自分の目的が果たせれば問題無いと考えていたガイルズだったが、志願兵達と行動を共にした事や一緒に訓練をした事によって、ガイルズの心には少しづつではあるが仲間を思う気持ちが芽生えていた。自分の中でそう言った感情が芽生えている事を理解していたガイルズは案外このまま変わって行くのも悪くないとさえ思っていた。
しかしそれでも揺るがないものをガイルズは持っている。それはガイルズの生きる理由といってもいい戦いへの渇望、強敵への渇望であった。
それが本来の姿なのかそれともガイルズと混ざり合う事で起きた変化なのかは分からない。しかしガイルズの中に流れる聖狼の力が求めるのだ戦いを強敵を。
聖狼の力が流れるガイルズにとってこのユウラギという地は敵味方合わせて強敵と呼べる者が揃っていた。その中でもこの戦いの目玉とも言える『闇』の力を形にしたような『絶対悪』と刃を交えるという事はガイルズにとって揺るぎない目的の一つであった。
しかし目の前に存在するヒトクイの王であり夜歩者でもあり、そして新米神精霊でもあり、ガイルズにとっては今すぐにでも戦いたい強者でもあるレーニは『絶対悪』と刃を交える権利譲り裏方にまわれと言っている。
「……冗談はいい加減にしとけよ……ここは戦場だ……あんた達の力にはなるし仲間を助ける為なら、ある程度の命令も聞いてやる……だがなオウサマ……それは駄目だ……それだけは聞けない……それは俺自身の存在を否定する事になる……」
ガイルズは自分の中で強敵を渇望する聖狼の力を抑え込みながら背負っていた特大剣を一息で抜くとその刃をなんの躊躇なくレーニへと向けた。
その瞬間素早い動きてレーニを守るようにして将軍ガルワンドが前に立った。
「ガイルズ殿……冗談を言っているのはあなたのほうではないか?」
ガイルズの殺気にガルワンドの表情は曇っていた。ガイルズと対峙した瞬間、言葉にならない殺気がガルワンドを襲ったからだ。しかしガルワンドも幾多の戦場を駆け抜けてきた者としてガイルズの力量を理解しながら腰に差していた剣を抜くとその刃をガイルズに向ける。
「……あんたも、俺と戦うかい?」
これが最後だと言わんばかりにガイルズはガルワンドに殺気の籠った視線を向ける。
「……先代の王の所為であんたがやってきた事は埋もれちまっている、だが俺は知っている、あんたがヒトクイ統一に大きく貢献した一人だと言う事を……いや、違うな……あんたは他人からの評価なんて気にしたりして無い、ヒトクイ統一に大きく貢献した事も結果的にそうなっただけであんたは単に戦いたかっただけ、それがヒトクイ統一に貢献したってだけだ……あんたは俺と同じく戦いを愛し強者と呼ばれる者と出会いたい戦闘狂だ…あんたなら少なくともここにいる奴らの誰よりも俺の気持ちを理解してくれると思うんだがな?」
かつてヒトクイ統一の為にその力を振ったガルワンド。その偉業は数多くあり兵の中で語り継がれている。しかしヒラキという存在の前では、ガルワンドのやってきた事は光浴びる事無く埋もれてしまう。ヒラキはガルワンド以上の偉業、ヒトクイ統一を成し遂げヒトクイの王になった男であったからだ。
当時ヒラキという存在を若いガルワンドがどう思っていたのかは本人にしか分からない。しかし結果として年を取ったガルワンドは、ヒラキという存在がヒトクイに居てくれてよかったと心から思っている。
なぜならばヒラキという存在がいたお蔭でヒトクイで偉業として兵達の間で語り継がれているガルワンドがおこなった行いが正当化されているからである。
ガルワンドの偉業の一つに千人殺しという偉業がある。それは文字通りガルワンドが一度の戦いで敵の兵を千人殺したという偉業であった。それはヒトクイ兵にとっては憧れ語り継がれる偉業ではあったが別の角度から見ればそれは単なる大量殺人でしかない。もしヒラキがヒトクイ統一を成し遂げていなければ、もしヒラキがヒトクイを統一できずに死んでいれば、ガルワンドの千人殺しは称えられる事無く、恐怖の象徴として語り継がれていた事であろう。
「戦争ってのは勝利した方が正義だ……だから俺達みたいな戦闘狂は勝利する事でしか己を証明する事が出来ない」
力ある者こそが真実。ガイルズは、同類であるガルワンドにそう語り掛ける。
「……ガイルズ殿……今のあなたを見ていると若い頃の自分思い出す」
目の前にいるガイルズを自分の若い頃と重ねるガルワンドは口角を少し上げた。
戦乱の嵐があちらこちらで吹き荒れていた統一前のヒトクイ。ガルワンドは行く日も行く日も戦場を駆け回り戦いに明け暮れていた。そこには国の統一や誰かを守りたいという気持ちは無く、ただ強い者と戦いたい、そして自分が最強である事を証明したいという想いだけでガルワンドは戦場を飛び回っていた。
向かって来る敵をバッサバッサと切り捨て自分が着いた国が勝利するたびに自分の強さは正しいのだと肯定されているようで気分が高揚した。その内、自分は最強だ、誰も自分には絶対に勝てないという気持ちが膨れ上がっていく若かりしガルワンド。
それは今のガルワンドからすればとても愚かで気恥ずかしく思いだすだけで体中が痒くてたまらなくなる。
だが当時若かったガルワンドは本気で自分が最強なのだと思い込んでいたのである。あの日ガルワンドの下に姿を現した男が現れるまでは。
世界は広い。いやヒトクイという小さな島ですらガルワンドにとっては広かったと思い知る事になった。
まるでそれは戦場の嵐を切り裂くようにして唐突にガルワンドの前に姿を現した。己の力に溺れていたガルワンドと対峙したその男は容赦なく力量の差を見せつけ力に溺れていたガルワンドを絶望の淵へと叩き落とした。それが先代のヒラキ王であった事は言うまでも無い。しかそれ以上にガルワンドが驚いたのはヒラキの取り巻きである仲間達の存在であった。ヒラキに敗北したガルワンドは戦場で辛くも生き残ると傷も癒えぬうちにヒラキがいる戦場へと向かった。しかしヒラキはガルワンドの相手をせず取り巻きの仲間達がガルワンドの相手をした。ヒラキとの再戦を願ったガルワンドにとってそれは屈辱的であった。しかしヒラキの仲間達の誰一人にもガルワンドは勝てなかったのだ。
ヒラキの仲間達ですらガルワンドの手の届かない所にいる存在であったのだ。。そこでガルワンドはようやく自分の愚かさと世界の広さを知った。そしてガルワンドは思ったのである。強者であるヒラキについていけば自分もヒラキ達がいる場所に足を踏み入れる事ができるのではないかと。
自分を仲間にしてくれと頼んだガルワンドの言葉にヒラキはガルワンドを仲間として受け入れた。ヒラキの仲間となったガルワンドは必至で戦った。自分がたどり着けなかった高みに少しでも近づくために。 ヒラキと共にヒトクイの統一を目指し戦場を駆け巡った日々は徐々にガルワンドの心に変化をもたらした。戦うことにしか執着のなかったガルワンドに部下ができそれが部隊となりそして気付けばそうヒトクイは統一されガルワンドはヒトクイという島国の将軍に上り詰めていた。その時ガルワンドは自分が本当に求めていたものが何であったのかに気付いた。それは将軍の地位などでは無く、認められる事であった。力でしか己を出せなかったガルワンドは自分を認めてもらうために剣を振るっていたのだ。だがそれでは本当に認めてくれる者などいない。ガルワンドはヒラキの仲間になる事で仲間の大切さを知りそしてその仲間達と共に戦う事によって自分が欲していたものをようやく手に入れたのであった。
そんな想い持つガルワンドにとって自分向け殺気を放つ青年ガイルズは、まるで若い頃の自分を見ているようであった。力でしか自分を認めてくれないと思い込んでいるあの頃の自分のように。
「だったら俺の気持ちは分かるだう……狙った獲物を奪われたくないって気持ちが……」
「ああ……」
痛いほど理解できると頷くガルワンド。
「しかし……だからこそ私には分かる……例え強大な力を持っていたとしても、それが本当の強さでは無いという事を! それでは誰もお前を認めてはくれないという事を!」
ガルワンドは覚悟を決めていた。ここで命が朽ちるとしても本望であると。歳をとり将軍などと呼ばれるようになって自分が丸くなった事を自覚しているガルワンド。しかし自分の中に渦巻く強さを求めるという気持ちが消え失せた訳では無い。若かりし頃に求めた強敵強者を追い求める心は消えた訳では無い事を自覚するガルワンド。しかし今目の前にいるガイルズという若い可能性をガルワンドは自分の命を賭けて導くのが使命だと自分の中で滾る心を抑え込み律した。そして覚悟する目の前の若き可能性を持つガイルズが生涯最後の強敵であり、その戦いを土産に冥途へと旅立つ事を。。
「これ以上、我王を煩わせるなら、この私ヒトクイ将軍ガルワンドがお相手しよう」
剣を持つ手に力を込めるガルワンドは、若かりし時のように血走った目でガイルズを見つめた。
「へへへ……そうか……そうだよな……やっぱり俺達みたいな奴らはそうやって決着つけるしかないよな」
低く短い笑いをあげたガイルズは、茶番は終わりと言わんばかりに自分よりも大きい特大剣を一度二度と大きく振ると再度ガルワンドに向けた。
「……はぁ……やはりこうなりますか……ですがあなた方の決闘は私が許しません」
最高潮に盛り上がる二人に水を差すようにレーニが二人の前に立ちはだかる。
「邪魔するなオウサマ! そいつの後はあんただ待ってろ!」
今にも飛びかかりそうな勢いでガイルズは戦いの邪魔をしようとするレーニに叫んだ。
「待ちませんし認めません」
そう言うとレーニは右手の掌をガイルズに向ける。するとレーニの掌からは黒い球体が現れガイルズの体を吸い込んでいく。
「テェテメ! 何しやがる! 止めろ離せ!」
「あなたは少し頭を冷やしてください」
そういうとレーニは開いていた掌を閉じる。すると黒い球体にとり込まれていたガイルズはその場から忽然と姿を消した。
「王……」
「あなたもですガルワンドさん……頭を冷やしてください……あなたの背には何万というヒトクイの兵達がいる。あなたは、あの人……先代の王と共に戦うことによってその大切さを知ったのではありませんか?」
「そ、それは……」
レーニの言葉に我に返るガルワンド。
「ヒトクイの将軍として何万ものヒトクイの兵達を率いる将軍としてここで死ぬことは許しません……これは……ヒトクイの王としての命令です」
レーニはそう言うとニコリと笑顔を浮かべる。
「申し訳ありません……ガイルズ殿を前にして昔の血が疼いてしまつたようです」
その血を律し死の覚悟でガイルズに道を示そうとしていた事もこの王は理解しているのだろうと思いながらガルワンドは握っていた剣を鞘に戻しレーニに深く頭を下げた。
「もっと違うやり方でガイルズさんを導いてください……お願いします」
深く頭を下げるガルワンドを見つめうポツリと呟くとすぐに踵を返すレーニ。
「ああ、やはり……」
ガルワンドはやはり自分の心は見透かされていたのだと目頭を熱くさせながら踵を返したレーニの背を見つめた。
若かりし頃、突如として姿を現した少女は気付けばヒラキの横に自分の居場所を見出していた。その少女が今やヒトクイの王となり、そしてそれ以上の存在になりつつあるのかとレーニの後ろ姿を見つめながらガルワンドは想いにふけるのであった。
「現時点を持って一時的に志願兵の指揮は私が引き継ぎます、ヒトクイ、志願兵の隊長達は直ぐに私の下に集まってください、次の行動についての話し指示をだします」
そこまで声を張っていないというのにレーニの声はその場にいる何万もの兵達一人一人の耳に響き渡る。ガイルズの殺気に当てられ硬直していた兵達はレーニの声によって我を取り戻すとぐさまレーニの言葉に頷きそれぞれの行動を開始するのであった。
ガイアスの世界
ガルワンドのレーニ対する想い。
ヒトクイが統一されて間も無い頃、若かったガルワンドは気付けばヒラキと仲良くする美しい少女がいる事に気付いた。だが自分には関係ないとさして興味を抱かなかったガルワンド。そもそもヒラキは酒好きで町にもお忍びでちょくちょく遊びに出かけているようでその時に出会い気に入ったのだろう程度に思っていた。
しかし突然少女は姿を見せなくなった。それは丁度ヒトクイへの反乱があった頃からであった。ガルワンドはその反乱に巻き込まれ少女は死んだのだと思っていた。
その反乱以降人が変わったようにヒラキは真面目に王としての仕事に取り組むようになった。それがなぜなのか深く考えることはガルワンド、しかし数十年後ガルワンドは少女が突然姿を消した理由、そしてヒラキの人が変わったような振る舞いの理由を知る事になった。
まさかあの少女がヒラキ王に成り代わりしかもその正体が夜歩者であった事などこの時のガルワンドは知る由も無い。




