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最後で章 31 迫りくる時

ガイアスの世界


絶対防御パーフェクトディフェンス』の多重展開


絶対防御パーフェクトディフェンス』は本来一つで事足りる完全鉄壁な結界である。しかし人の感情が形となった負の感情の力は、その完全鉄壁な結界をそうでは無いものに貶めた。

 完全が完全では無くなる、それは伝説の盾キングにとって絶対にあってはいけないことであり、『絶対防御パーフェクトディフェンスという結界に誇りを持っていたキングの内心は穏やかでは無い。

 しかしキングの所有者であったウルディネは、いずれ『絶対防御パーフェクトディフェンスが破られる時が来ると見越していたのだろう、密かに『絶対防御パーフェクトディフェンス』の多重展開を思案していたようだ。

 ぶっつけ本番の形で『絶対防御パーフェクトディフェンスの多重展開を成功させたブリザラに驚くキング。ここでもキングの内心は穏やかではいられなかったに違い無いが、それと同時にブリザラの更なる成長に嬉しくも思っていたことだろう。

 最後で章 31 迫りくる時



 『絶対悪』を抑え込み魔王の『闇』が渦巻く世界、ガイアス



 『絶対悪』死神の自我が消失した事によって内包されていた負の感情は制御を失いその種子をガイアス中へと飛び散らせようと肥大化を続けていた。負の感情の種子がガイアス中へ飛び散れば、その先に待つのはガイアスの破滅であった。

 そうなる事を阻止するべくサイデリーの王にして伝説の盾の所有者であるブリザラと伝説の盾キングは『絶対防御パーフェクトディフェンス』を展開し負の感情を閉じ込め抑え込んでいた。しかしそれも時間の問題であった。

 辛うじて負の感情を抑え込む事に成功したブリザラとキングではあったが、そこからどうすればいいのかブリザラもキングにも明白な道が見えていなかったからだ。それに加え肥大化を続ける負の感情は、その圧によって絶対に崩す事が出来ないと言われる『絶対防御パーフェクトディフェンス』に亀裂ができ始めていた。

 今まで完璧な防御を誇っていた『絶対防御パーフェクトディフェンス』。そこに生じた初めての亀裂は、『絶対防御パーフェクトディフェンス』に誇りと存在理由を重ねていた伝説の盾キングにとって衝撃的な光景であった。

 しかしそんな衝撃に引きずられる暇もなくキングはブリザラが突きつけた『絶対防御パーフェクトディフェンス』の多重展開という現実に驚きとブリザラの成長を感じるのであった。

 しかしそれでも事体が好転した訳では無く、現状ブリザラの体力が尽きるのが先か、それとも四層構造の『絶対防御パーフェクトディフェンスが全て打ち砕かれるが先かという追い詰められた状況であることに変わりは無かった。

 だがそんな絶望的の状況でもブリザラの瞳に諦めの色は無い。そしてその諦めの悪さが一筋の光をもたらした。


「おおおおおおおおおお?」


突然の男の叫び声と共にブリザラの背後に何者かが落下していく。


「いやあああああああ!」


それに続くように今度は女性の叫び声が響き渡り叫び声を上げた男同様にブリザラの背後に落下していく。


「ぐへっ!」


男の潰れたような声が響く。


「……その声は?」


正直多重展開している『絶対防御パーフェクトディフェンス』の制御で自分の背後を見る余裕も無いブリザラであったが、落下してきた男女の声に抗えず思わず背後に視線を向けてしまう。


「ガイルズさん、ソフィアさん!」


そこにいたのは先程まで魔王と会話をしていたガイルズとソフィアの姿であった。


「ブリザラ!」


キングを構え自分の方に振り返ったブリザラに驚くソフィア。


「なんでこんな所に……?」


「そ、それは私の台詞です……! 一体今まで何処に……」


「いい加減、その重たい尻をどかせ!」


「きゃあ!」


自分の上に落下したソフィアを乱暴に突き飛ばすとガイルズは立ち上がるとブリザラに視線を向ける。


「……サイデリーのオウサマよ、今はどんな状況なんだ?」


どう見ても優勢とは言えない状況を理解したガイルズは、ブリザラに細かい説明を求めながら『絶対防御パーフェクトディフェンス』の中で肥大化を続け蠢く『絶対悪』に視線を向ける。


「ガイルズさんが今見ているもの、それは死神の成れの果てです」


「なに? ……あれが死神なのか!」


自分の視線の先にある『絶対防御パーフェクトディフェンス』に押さえつけられた物体が、死神であるという事に驚愕するガイルズ。まるでスライムのように蠢くその姿には死神の面影は全く無かったからだ。


「ま、まて……見た目もそうだが……奴の『闇』を感じとれないぞ?」


『聖』と相反する『闇』の力を人一倍強く感じる事ができる『聖狼セイントウルフ』の力を持つガイルズは、負の感情が持つ『闇』の気配は伝わってくるが、死神から発せられていた禍々しい『闇』の気配を感じ取る事ができないでいた。


「……私にも理由は分かりません、突然死神が暴れ出したと思ったらここまで膨れ上がって……」


「……膨れ上がる……か……そこからの話はあまり聞きたくないな……」


 死神の成れの果てである肥大化を続ける負の感情、それを『絶対防御パーフェクトディフェンス』で抑え込むブリザラ。その状況にガイルズは肥大化を続ける負の感情がどういう状況になっているのかを悟ると面倒な事になったとため息をついた。


「多分ガイルズさんが想像している通りです……このまま肥大化を続けた負の感情は、やがて破裂、破裂した負の感情はガイアス中にばら撒かれる……そうなれば……」


「……ガイアス中の人間達が負の感情に犯されて……てやつだろ」


そこでようやくガイルズは、魔王アキが時間を気にしていた理由を理解し、再びため息を吐く。


「そ、それじゃ早く何とかしなきゃならないじゃない!」


ガイルズに突き飛ばされ尻もちをついていたソフィアは二人の会話に飛び上がり、慌てながらすぐさま肥大化を続ける負の感情に自分が手にする槍先を向けた。


「ま、待ってください、ソフィアさん!」


「な、何!」


今にも飛び出していきそうなソフィアを慌てて止めるブリザラ。


「今無暗に飛び込んでいけば、すぐに負の感情に心を支配されてしまいます」


「そ、そんな……じゃどうすればいいのよ!」


近づく事すら出来ない『絶対防御パーフェクトディフェンス』越しの負の感情を前に、どうすればいいのかと叫ぶソフィア。


「現状、できる事といえば、少しでも負の感情の肥大化の進行を食い止めること、破裂した場合、四層に展開した『絶対防御パーフェクトディフェンス』で負の感情の拡散を防ぐことだけです……」


今できる最善策を口にするブリザラ。しかしそれは最善策でしかなく解決策ではない事にブリザラの歯切れが悪い。ブリザラの口ぶりにガイルズやソフィアもただの時間稼ぎでしかない事をすぐに理解する。


「たく、魔王が俺達をここに運んでも、状況がこれじゃ何も出来ないぞ」


魔王アキがなぜここに自分達を飛ばしたのか、大体の理由を理解しているガイルズではあったが、これではどうしようも出来ないと気持ち悪く蠢く負の感情を見つめながら首を傾げる。


「……魔王……ガイルズさん、アキに……アキさんにあったんですか?」


ガイルズの言葉に衝撃が走るブリザラ。


『王よ! 制御が乱れているぞ!』


ガイルズの言葉に思わず『絶対防御パーフェクトディフェンス』の制御がおろそかになったブリザラは伝説の盾キングの言葉に慌てて制御を安定させる。


「魔王……にあったんですか、ガイルズさん?」


心を落ち着けて再びガイルズに魔王アキに会ったのかを聞くブリザラ。


「ああ、あったぜ、俺だけじゃなくソフィアも……あとあんたの所の最上級盾士殿とか……そうそう神精霊を連れた嬢ちゃんも一緒だったな」


「……ランギューニュさんにテイチも……」


ガイルズの言葉に考え込むブリザラ。


「……ん? そういや、神精霊達は俺より先に飛ばされたのに、姿がみえないな……」


自分やソフィアよりも先に強制的に飛ばされたはずの神精霊達の姿が見えない事に疑問を持ったガイルズは周囲を見渡した。すると視線の先には半透明な人間とも亜人とも言えない存在が自分を見つめている事に気付くガイルズ。


「わし達は……ここだ」


自分達はここだと告げる老人の声は酷く弱っているようで力が無い


「おお、いたのか神精霊共」


半透明な人間とも亜人とも言えない存在の正体、それは精霊の神子テイチが契約する神精霊達であった。地と風と火を司る神精霊達は苦しそうな表情でガイルズとブリザラ達を見つめる。


「……おいおいどうした神精霊……まるで幽霊見たいな姿で?」


口調はふざけているが、神精霊達の状況がかなり危ない事をその姿をみて瞬時に理解するガイルズ。


「へ、へへ……なに言ってるの、僕達は元々幽霊に近い存在だよ」


ガイルズのふざけた言葉を返すように風を司る神精霊シルフェリアもふざけるように言葉を返す。しかしいつものハキハキとした口調は影を潜め今にも消え入りそうな声であった。


「……くぅ……不覚だ……まさか人間の感情にここまでの禍々しい力があるとは……」


シルフェリアとは違い冗談もふざける事も出来ない火を司る神精霊インフェリーは人が持つ負の感情の底知れぬ力に弱々しく驚愕する。


「……正直……喋るので精一杯だ」


最後に一見そこまで影響を受けていないようにも見える土を司る神精霊ノームットが、弱々しい口調で自分達が置かれている状況をガイルズ達に説明する。


「そ、そんな神精霊達が弱っているんじゃ、更にどうしようもないじゃない!」


何百年何千年もの間、ガイアスを見てきた神精霊達ならば何かこの状況をどうにかする力、あるいは、その策を持っているのではと思っていたソフィアは更に慌てだす。


『落ち着いてくださいソフィア様! こうなれば私の力であの胸糞悪い出来そこないスライムを吹き飛ばして……』


「あんたは黙ってて!」


慌てながらも簡易型伝説の武具ナイトの場の空気を読めない発言にはキッチリと突っ込むソフィア。ナイトはソフィアの言葉に即座に喋るのを止める。


「……サイデリーの王よ……更に悪い話だが……例え強固な結界を何十に張り巡らせようと、本来物体では無い負の感情を完全に抑え込む事は出来ない……少しずつではあるが、その瘴気はガイアス中に漏れ始める事になる」


負の感情はあくまで感情、ブリザラ達の前で物体のように見えてはいるがそれはそうみえているだけで物体では無い。物体では無い負の感情を『絶対防御パーフェクトディフェンスでは完璧に防ぎ切る事は不可能であるとノームットはブリザラに告げた。


「そんな……!」


この状況に置いてもっとも最善策であると思っていた方法がただの時間稼ぎにもなっていない事を告げられたブリザラは言葉を失う。


「……ガイアスから力を供給されている僕達が弱っているのが証拠さ……」


明るく振る舞う事も苦しいのか、まるで難病で死の淵を歩く少年のようなか細い声でシルフェリアは、自分達が弱っているのは負の感情がガイアス中に漏れ出しているせいだとブリザラに伝える。

 本来精神世界に住む神精霊達がガイアスに姿を現す時、そこには莫大な力が必要となる。その力を供給しているのがガイアス自身である。ガイアスが神精霊達に力を供給する事で神精霊達はガイアスで活動できるといってもいい。従いガイアスに何かが起これば、それは直接的に神精霊達にも影響を及ぼす事になる。しかし大抵の事では神精霊達に影響を及ぼす事は出来ない。今ガイアス中に漏れ始めた負の感情は神精霊達にも影響を与えてしまう厄介なものという訳であった。

 

「ちぃ……辛気臭い雁首揃えやがって……それでもお前らは神精霊か?」


やさしさの欠片も無い言葉を弱っている神精霊達に浴びせるガイルズ。神精霊達に背を向けるとガイルズは体勢を低くする。


「な、何をする気だ聖獣?」


ガイルズの動きを不審がったノームットはその背に声をかける。


「ああ? そりゃ俺の使命と欲望を全うするだけだよ……自慢じゃないが『聖』の力だけならここにいる誰よりも俺の方が遥かに上だ」


そういうとガイルズの体は変化を始める。一瞬にして体中には美しい銀色の毛が生えて行き、人であったその顔は獣へと変化していく。それに合わせるようにして体は人のものでは無くなり大地を素早く駆ける為の獣のものへと変化を遂げる。


「待てッ! 確かにここにいる者の中で一番『聖』の力を持っているのはお前だ、だがそれでもあの負の感情に巻き込まれればひとたまりも無いぞ!」


― うるせぇな……そんな事はわかってるんだよ! ただな、もう俺は限界なんだよ、俺は今、戦いたくてしょうがないんだよ ―


完全な聖獣、上位聖狼ハイセイントウルフへと姿を変えたガイルズは、頭上を見上げる。


『ウォオオオオオオオオン!』


狼特有の遠吠えを響かせながら、黙れと言わんばかりに周囲の者達の鼓膜に直接響かせ自分の行動を妨げようとする者達を黙らせる。上位聖狼ハイセイントウルフの姿となったガイルズの遠吠えにその場にいた全ての者達の体は硬直する。


「くぅ……馬鹿者め……」


苦しい表情を浮かべながらノームットは、世界の命運よりも自分の欲望を優先させるガイルズにそう吐き捨てた。


― ……オウサマよ……そういう訳だ……ほんの少しの間でいい、その結界をあけてくれないか? ―


低く喉を鳴らしながら今にもブリザラの喉笛をかき切る勢いで獣の顔を近づけるガイルズ。それはもう願いなどではなく脅迫、脅しと言ってもよかった。


「サイデリーの王よ、獣の言う事など聞かなくていいぞ!」


未だ残る耳の痺れを感じながらもノームットは、ブリザラにガイルズの言葉を聞くなと叫ぶ。


「……ガイルズさん……開けるのは本当に僅かな時間だけですよ」


「な、何を言っているサイデリーの王!」


ブリザラの言葉に驚愕するノームットは、すぐさまブリザラの下へと駆け寄っていく。


「獣の為にその結界の口を開けば、中からは負の感情が漏れ出す……そうなれば……」


「それは分かっています……でももう一枚目の『絶対防御パーフェクトディフェンス』が持たないんです」


現在キングが制御している『絶対防御パーフェクトディフェンス』は中から膨れ上がる負の感情の圧によってボロボロになっており、もう砕け散るのは時間の問題であった。


『王の言う通りだ……悔しいが……もう私が制御する『絶対防御パーフェクトディフェンス』は持たない』


制御を任せられていたキングは初めて見るボロボロな『絶対防御パーフェクトディフェンス』を見ながら悔しそうな声で限界が近いという事実を口にする。


「くぅ……」


その目で『絶対防御パーフェクトディフェンス』の状態を確認したノームットは、歯を食いしばる。


「ノームット……もう覚悟を決めるしかないと僕は思うよ」


弱々しく飛びながらブリザラの近くにいるノームットへ近づいていくシルフェリアは現状無謀な手段でしかないガイルズの負の感情への突入に納得するしかないと口にする。


「獣任せるのは癪ではあるが……私もそれしかないと思う」


負の感情の影響なのか普段、ここぞとばかりに前に出ようとするインフェリーもガイルズにまかせるのは嫌だとはっきりと告げた上で今はそうするしかないと考えはシルフェリアと同じようであった。


「……ムムム……くぅ……」


納得はしていない。しかし現状それしか何かが動きだす要因は無い、そう自分を納得させるようにノームットは自分からしたらまだ子供のように若い二人の神精霊の言葉に頷く。


「……ガイルズさん!」


頷くノームットを見ていたブリザラは、すぐさまガイルズを呼ぶ。


― 話はまとまったようだな…… ―


自分の意見が通った事が嬉しいのか裂けた口を吊り上げるガイルズ。


「はい……今から一枚目の『絶対防御パーフェクトディフェンス』を解きます……その後すぐに私達は二枚目『絶対防御パーフェクトディフェンス』の外へと移動します」


― そんな事はどうでもいい、早くやってくれ ―


「ちゃんと聞いてください!」


説明が面倒だと聞き流そうとするガイルズ。その態度が気に食わないのか滅多におこらないブリザラはその声を張り上げた。

その声に神精霊達は元より上位聖狼ハイセイントウルフの姿のガイルズさえもが一瞬茫然となった。


「ガイルズさん……あなたは自分の勝手な欲望で私達を……いえこの世界を危機に晒してしまうという自覚をもっとはっきりと持ってください……もし少しでもタイミングが遅れたら……負の感情に犯される前にあなたを圧死させますから……」


茫然となっているガイルズに静かにそう口にするブリザラ。冷静になったのかと思えば、ブリザラは誰にも見せた事も無いような冷徹な表情をガイルズに向け盾士として、いやサイデリーの王あるまじき不穏な言葉をガイルズに残した。


「あ、ああ……分かった……」


怒鳴られた時も驚きであったが静かに怒りを内包したブリザラのその姿に恐怖すら感じてしまったガイルズは獣の顔を引きつらせた。その影響か普段は暴れるように振り回せされている尻尾に勢いがなくなる。


「それと……」


そこで一度言葉を区切るブリザラ。その表情には数秒前まであった静かな怒りは無く、単純にガイルズを心配する表情に変わった。


「入ったら……もう私かキングの力が尽きるまで出れません……」


― ははは、そこまで言っておいて俺の心配をしてくれるのか? 全く毎度毎度あんたには驚かせされる……ああ大丈夫だ、サイデリーの王、ブリザラ様 ―


そう言うとガイルズは獣の顔をブリザラに近づける。その表情はとても穏やかなものであった。近づいた獣の顔の額に触れるブリザラ。その姿はまるで飼い主と飼い犬のような光景であった。


「……分かりました……ではガイルズさん……始めます!」


獣の額から手を離したブリザラは真っ直ぐに肥大化を続ける負の感情を見据える。ガイルズもブリザラに近づけていた獣の顔をすぐに負の感情へと向けた。


「ブリザラ様よ……あんたは俺の中で強敵に認定された……この戦いが終わったらあんたの所にも行くから……楽しみに待っていてくれよな」


「嬉しくない、お誘いですね……ですが嬉しいです……」


ブリザラとガイルズが出会ったのはサイデリーの船の中であった。初対面でありながらもガイルズはブリザラをお飾りの王様のように見ており見下していた。

その事が如実に現れていたのが『オウサマ』とブリザラを小ばかにしたようなガイルズの呼び方であった。

ガイルズは本当に強い力を持った者しか認めない。だから例え伝説の盾の所有者であってもその力が自分の物では無いブリザラをガイルズは認めていなかった。

しかしガイルズは今この時、自分の横にいるブリザラに対して認識を改めた。自分の横に並ぶサイデリーの王は、本当の力を持った厄介な強敵であると認めたのだ。守りに特化した盾士という職業でありながらも最前線でその力を振う戦闘職であると。


「ガイルズさん……呼吸を合わせてください!」


― おお! ―


自分がガイルズに認められていないという事は理解していたブリザラ。しかしその表情は『絶対防御パーフェクトディフェンス』の複数同時展開によって苦しいながらもニコリと笑みを浮かべていた。

 ブリザラの表情に浮かぶ笑みの理由。それはガイルズに認められた事による嬉しさの現れであった。ここまで人に認められるということは嬉しい事なのかとその想いを噛みしめるブリザラは、自分の手元で同じ苦しみを味わっているキングを見つめる。


「キングいい?」


『ああ、問題ない』


自分とキングのタイミングを合わせるブリザラ。


「ガイルズさん!」


― あいよ! ―


ブリザラの掛け声と同時に一気に最高速度で走り出すガイルズ。負の感情を抑え込んでいた一枚目の『絶対防御パーフェクトディフェンス』が消失すると同時にガイルズは負の感情へと飛び込み、ブリザラ達は逃げるようにその場から素早く退避していく。まるで濁流のように二枚目の『絶対防御パーフェクトディフェンス』へと流れ込んでいく負の感情。流れはい一瞬にして巨大な上位聖狼ハイセイントウルフの姿を飲み込んでいくのであった。


― さて……暴れてやるぜ! ―


負の感情に飲み込まれた上位聖狼ハイセイントウルフガイルズは、その巨体から『聖』の光を発すると自分を飲み込まんとする負の感情を霧散させていく。


― おらどうした! ガイルズ中から集めた負の感情とやらはこんなものか! ―


はっきりとした自我が存在するのかは分からない負の感情を挑発するガイルズ。


負の感情は突然出現したガイルズをとり込もうと肥大化した一部を切り離していく。


― ん? なんだ? ―


切り離された負の感情はその形を徐々に変化させていき人型へと変わって行く。


― ……チィ……なるほど…… ―


人の姿を成した負の感情の姿にイラついた笑みを浮かべるガイルズ。その視線の先にはガイルズが幼い頃に過ごした村の人々、そしてガイルズの父親の姿があったからだ。


― 流石あの死神が制御していた負の感情だ……人をイラつかせる事は得意みたいだな ―


ガイルズにとってそれは悲しい記憶。自分が弱かった頃の記憶。負の感情はガイルズのトラウマを引き出そうとしていた。それは死神が見せた幻覚とは違う。それに気付いたガイルズの体の動きは鈍っていく。


― ……死神が俺に見せたのはただの幻覚だったが……これはある意味本物だ……俺に対して村の奴らや親父が抱いていた負の感情ってやつか…… ―


ガイルズの目の前に姿を現したガイルズが幼いころに住んでいた村の人々や父親の姿をした負の感情。それは化物と呼ばれ村を追いだされたガイルズに対して抱いていた負の感情が形を成した姿であった。


 『絶対防御パーフェクトディフェンス』の二層目の外、三層目の『絶対防御パーフェクトディフェンスに後退したブリザラ達。しかし負の感情の勢いは凄まじく、ブリザラ達が三層目の『絶対防御パーフェクトディフェンス後退する一瞬の隙をついて僅かではあるが三層目の『絶対防御パーフェクトディフェンスの中へ負の感情を許す形となってしまっていた。


「……くぅ……やっぱり入り込まれた!」


入り込んでくる負の感情を槍の形となったナイトで迎撃するソフィア。しかし侵入を許した負の感情の勢いは止まらず中心部にいる負の感情同様肥大化を始める。


「くぅ……」


蠢く負の感情を前に先程よりも顔色が悪くなる神精霊達。負の感情の侵入を許した事によってガイアスへの負の感情の侵食が強まり神精霊達の状態を更に悪化させていた。


「くぅ……だがやるしかあるまい!」


そういいながら手から炎を纏った剣を抜くインフェリー。前線で負の感情を迎撃するソフィアを援護するように炎を纏った剣から炎を放つ。


「僕も……援護する!」


インフェリーに続くように表情を歪ませながらシルフェリアは両手で鋭い風の刃を作り出しソフィアを援護する。しかしインフェリーの放った炎もシルフェリアが放った風の刃も本来の力が出ず負の感情にはたいした効果は見られない。


「ま、不味い……このままじゃ!」


悲鳴にも似た声を上げるソフィア。


「むぅ……やはり今の我々の力では……」


インフェリーとシルフェリアの力の無い援護を見ていたノームットは、やはり今の自分達にはどうする事も出来ないと悔しそうな表情で蠢く負の感情を見つめる。


「体が重い……力が出ない……」


まるでそこだけ重力に変化があるように羽ばたく力を失ったシルフェリアはフラフラと地面に着地すると膝をついた。


「テイチがここに居てくれれば……」


普段ならば荒い鼻息交じりでテイチが恋しいと暴れるインフェリー。しかし今のインフェリーは本当の意味でテイチという存在を欲していた。

 現状、負の感情が侵食を始めたガイアスは神精霊達に力を供給する事が出来なくなっている。そんな神精霊達にとって最後に頼れるのは自分と契約をしている契約者だけである。 

 精霊の神子であるテイチがこの場にいれば、テイチという存在がガイアスの代わりとなり神精霊達に力を供給する事が可能になるのだがそのテイチの姿はこの場には無い。自分達の後を追い向かっていると信じながらも神精霊達の表情には諦めの色が浮かぶ。

 

「あ、あなたは!」


そんな時であった。突然ブリザラが叫んだのだ。


『ど、どうした王よ!』


衰弱しきった神精霊達の横で悲鳴のような声をあげるブリザラに何事かとブリザラに声をかけるキング。しかしブリザラはキングの問に答える事無く一点を見つめながら顔を青ざめさせていた。


「そうか……伝説の盾よ……よく聞け……今サイデリーの王の前には彼女の心に何かしらの影響を与える何かが姿を現しているはずだ」


肩で息をしながらノームットはブリザラが今置かれている状況をキングに伝える。


『私には見えないぞ!』


ブリザラと対峙しているのは負の感情の切れ端。自分には何も見えないとノームットに歌えるキング。


「……負の感情は今、サイデリーの王の心に干渉しているのだ……人の負の感情を人では無いわし達に見ることは出来ない!」


人が持つ負の感情、それはあくまで人の感情であり人外であるキングや神精霊達にブリザラが今見ているものは見えないというノームット。


『くぅ……ソフィア! 王は何を見ている! 一体何を見てここまで怯えているというのだ!』


人の心によって生み出された負の感情。それは人ではない存在であるキングや神精霊には黒く濁ったスライムのようなものにしかみえない。だが人であるソフィアならばブリザラが見ているものの正体が分かるのではないかとソフィアに聞くキング。


「……あ、あああ……」


しかしソフィアも負の感情による干渉を受けキングや神精霊達には見えない何かを見ているようだった。


『ソフィア様!』


ソフィアの様子に声を震え上がらせるナイト。


「駄目だ……負の感情の前では人は必ず干渉を受ける……そこの女も何かを見ている」


『くぅ……』


自分の所有者に対して何もしてあげる事が出来ない歯がゆさ、そして刻々と侵攻を続ける負の感情に、焦りの色が隠せないキング。


『ソフィア様! しっかりしてくださいソフィア様!』


放心したまま棒立ちとなるソフィアに必至で声をかけるナイト。


「あッああ……ハルデリア……さん」


呟くようにブリザラが自分の前に現れた何かの名を口にする。


『何? ハルデリアだと!』


 ハルデリアとはサイデリーの国家職である盾士だった男の名であり、ウルディネに盾士の初歩を教えた人物であった。当時ハルデリアも盾士になったばかりでブリザラに教えられる事はそれほどなかったが、キングを所持できるようになったブリザラの必至な懇願に折れてハルデリアは自分が知る限りの盾士としての基礎を教えていたという関係性をブリザラと持っていた。

 そんなハルデリアはビショップとユウトによるガウルド襲撃の時に、突如としてブリザラの前に姿を現しブリザラに襲いかかってきたのであった。その表情に自我は無く、明らかに操られているのは明白であった。そんなハルデリアに手を出す事が出来ないブリザラは、ただハルデリアに放つ攻撃に耐える事しか出来なかった。

そんな中、ハルデリアと同様何かに操られていたソフィアが自我を取り戻しブリザラの助けに入ってハルデリアを撃退したのだが、最後には死神に連れ去られてしまい、それ以降ハルデリアは消息不明となっていた。

 消息不明となったハルデリアをブリザラは出来る限りの力を使い捜索した。だがまるで存在自体が消失してしまったかのようにガイアスの何処にもハルデリアの手がかりは無かった。

そんな消息不明となったハルデリアがブリザラの前に再び姿を現した。ブリザラにとって喜ばしい事であるはずなのにも関わらずその表情は驚きと悲しみに支配されている。それはハルデリアの姿にあった。まるでブリザラの罪の意識を刺激するようにハルデリアの姿は酷く損傷していたのだ。盾を握っていたほうの左腕は欠落し、体のいたる所は腐っていた。その瞳に意思と呼べる光は無くただ虚ろに目の前のブリザラを見つめている。その姿はまるで歩行死体ゾンビのようであった。


「そ、そんなハルデリアさん」


死神によって連れ去られたハルデリア。その成れの果てをみたかのようなブリザラは卒倒する。自分の所為でハルデリアは、そこまで考えてブリザラは込み上げてくる悲しみに口を塞ぐ。ブリザラの心は鋭い何かに穿たれたような痛みを発しブリザラを縛り付けるのであった。


「はぁはぁ……」


『王! 惑わされるな……それはハルデリアではないただの負の感情だ!』


絶対防御パーフェクトディフェンス』の制御もままならなくなるブリザラを必至で冷静にさせようと諭すキング。キングの言葉はブリザラの耳に届いていた。キングの言葉が自分を冷静にさせようとしている事もブリザラは理解していた。

しかしキングの言葉を受け入れる事は出来ない。目の前に存在するのは紛れも無くハルデリアであるのだからと。


「あれは……ハルデリアさんの負の感情……」


真紅に染まるブリザラの目は、その姿をはっきりと捉えていた。ハルデリアを形作っているその正体は、ハルデリアが自分に対して抱いた負の感情なのだと。


「……」


ブリザラのキングを持つ手が力無く下げられていく。


『王よ、駄目だ……このままでは!』


歩行死体ゾンビと化したハルデリアの姿に、ブリザラに対して向けられているハルデリアの負の感情を前に完全に戦意を失うブリザラ。戦意を失った事によってブリザラ達を覆っていた三層目の『絶対防御パーフェクトディフェンス』とその外側に展開している四層目の『絶対防御パーフェクトディフェンス』に影響が現れはじめる。

 形を保てなくなった、四層目の『絶対防御パーフェクトディフェンス』は、すぐに崩壊を始める。


『不味い!』


キングが制御する二層目の『絶対防御パーフェクトディフェンス』を制御しつつブリザラから三層目の『絶対防御パーフェクトディフェンス』を半ば奪うようにして制御を始めた。

しかしブリザラを失った今のキング一人では二層目と三層目の『絶対防御パーフェクトディフェンス』を完全に制御し続けるのは難しく、負の感情が二層目を突破して三層目に入ってくるのは時間の問題であった。


『く、くそ!』


キングが絞り出すような声を漏らしたその瞬間だった。


「キングさん! みんなを守って!」


頭上から響く声は、キングにその場にいる者達を守れという指示をだす。


『ッ!』


その声に聞き覚えがあったキングは、素早くその声の指示に従い、己の形状を変化させ、茫然と立ち尽くすブリザラとソフィア。そして身動きがとれなくなっていた神精霊達を包み込む。


「ウルディネ!」


「ああ!」


キングがその場にいた者達を全員包み込んだ事を確認すると、その声は隣にいたもう一人の人物の名を叫ぶ。ウルディネと呼ばれた人物は、その声に相槌を打つと両手から大量の水を放ち三層目に向かう負の感情を押し流していく。


「皆さん大丈夫ですか?」


ウルディネに抱かれていた少女はウルディネの腕から離れると地面に着地する。するとすぐに少女は半球状に形を変えその場の者達の身を守っていたキングに駆け寄る。


『テイチか!』


半球状に形を変えたキングは自分の目の前に現れた少女の名を口にする。


「すみません、遅くなりました」


『いや……助かった……』


そういいながら盾の形に戻るキング。


「どうやら、ブリザラさんとソフィアさんは、負の感情に干渉されているようですね」


キングが盾の形に戻った事によって姿を現したブリザラとソフィアの表情を見てテイチは顔を苦しそうにしかめた。


『ああ……そうだテイチ、お前もこの場では……!』


「はい……なので私は負の感情を直視する事ができません」


テイチは負の感情を直視しないよう背を向けながらキングの言葉に頷いた。


「それでもしだいに負の感情は私の心にも干渉してくるでしょう……時間がありません」


そういうとテイチは消えかけ始めている神精霊達の下へと近寄っていく。


「今力を……」


消えかける神精霊を前に祈るような姿でテイチは目を瞑る。するとしだいに神精霊達の姿がはっきりとし始めた。


「すまないテイチ……」


「テイチありがとう!」


「ああ、テイチラブ!」


みるみるうちに力が戻っていく神精霊達は祈りを捧げるような姿で目を瞑るテイチにそれぞれ呼びかけると立ち上がった。


「完全とはいかないまでもテイチから貰ったこの愛の力、これがあれば負の感情などお前らなど造作も無い!」


インフェリーはそう言うと炎の剣を一振りする。すると先程ソフィアを援護した炎とは比べものにはならないほどの威力を持った炎が負の感情を一瞬にして消し炭にする。


「形も存在も残さないよ!」


インフェリーに続くようにシルフェリアも両手から風の刃を放つ。すると一瞬にして負の感情は形が確認できないほどに切り刻まれていく。


「伝説の盾よ、ワシはお前の援護をしよう!」


現在二層目と三層目の『絶対防御パーフェクトディフェンス』の制御をしているキングにノームットはそう言うと、地面を叩く。すると二層目と三層目の『絶対防御パーフェクトディフェンスを覆うようにして土や岩の巨大な壁が出現させる。負の感情はノームットの力によって出現した土と岩の壁に阻まれ先に進む事が出来ず右往左往する。


「とりあえずこれで時間は稼げるだろう、インフェリーとシルフェリアは入り込んできた負の感情の迎撃を続けろ!」


力を取り戻したノームットは、素早くインフェリーとシルフェリアに指示を出すと、自分達に背を向け、祈りを捧げ続けているテイチを見つめる。


「ウルディネよ……助かった」


テイチの背を見つめたまま助けに来たウルディネに感謝するノームット。


「ああ」


ノームットの感謝の言葉に頷くウルディネは、そのまま視線をテイチから外すと負の感情に向ける。


「私も負の感情の迎撃に向かう」


「ああ、頼んだ」


インフェリーとシルフェリアの下へ向かうウルディネの背を見届けるノームットは再びテイチの背に視線を向ける。

「しかし……これでもまだ足りない……」


劣勢であった状況がテイチとウルディネが合流した事で好転した事は明らかであった。しかし好転はしたものの、ブリザラとソフィアは戦闘不能、そして神精霊達のかなめでもあるテイチが負の感情に心を干渉されるのは時間の問題であり、問題は山積みであった。


「……どうすればいい……どうすれば」


威勢よく戦う若い神精霊達の姿を見ながら、最年長の神精霊であるノームットは、焦りの表情を浮かべるのであった。



 ガイアスの世界


 神精霊達へ供給される力


 ガイアスで神精霊が活動する場合、その力はガイアスから供給される。その他に契約者が持つ魔力などを力として供給してもらう事もできるが、神精霊ともなると、普通の者ならば即座に全てを吸い取られてしまう量になってしまうという。

 精霊の神子であるテイチが内包する魔力量は計り知れないといってもいい。




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