最後で章 15 王に愛されし『闇』
ガイアスの世界
ガイアスの決闘
ガイアスの決闘にはやり方が二つある。
一つはちゃんとした手順を踏んでの正決闘。もう一つは何も手順を踏まず突発的に始まる突決闘である。
正決闘の場合、お互いの主張がぶつかり、どうしても話し合いなどでは決着がつかない時に行われるものであり、基本この手順を踏んで決闘を行う者は国の兵士達によるものである。見届け人もおり、命に関わらない程度の所で勝敗を決めることがルールとしてある。
突決闘の場合、決闘にいたるまで流れは同じだが、一切の手続きは踏まずその場で突発的におこる決闘の事を言う。手続きをしないために見届け人もおらず、両者どちらかが命果てるまで行われる事が多いが殆どはどちらかが戦意喪失、または気絶などで終わる事が多い。基本的に戦闘職の者達が酒場などで喧嘩になった場合に執り行われる軽いノリの決闘方法である。
ユウトとマシューの決闘は突決闘のほうであるようだ。
最後で章 15 王に愛されし『闇』
『純粋悪』が渦巻く世界、ガイアス
すでに森とは呼べなくなったユウラギの森は静けさに包まれていた。その中で響くのは何かがぶつかり合う鈍い音。鈍い音が一つ響くと、それを追うようにして違う鈍い音が響く。鈍い音の正体、それは拳が相手の体を打ち抜く音であった。
数十分前から始まったユウトとマシューによる決闘、その成れの果てが己の拳で相手を殴るという最もシンプルで原始的なものであった。
決闘が始まった当初、両者は互いの腰に携えた剣を抜き剣戟をふるっていた。ユウトが攻撃すればそれをマシューがギリギリの所でかわし、マシューが攻撃すればそれをユウトがギリギリの所でかわすという一進一退の攻防を続けていた。両者の実力は均衡しており、中々決着がつかず気付けば両者よりも先に両者が持っていた剣がねを上げた。
鉄の砕ける甲高い音と共にほぼ同時に両者が持つ剣は砕け散った。するとどちらともなく折れた剣を捨てると相手にめがけ両者は拳を振うようになっていた。もはやそれは決闘とは言えないただの殴り合いと化していたのであった。
ユウトとマシューの顔は所々腫れあがり血が滲む。時には口から血の塊を吐きながら二人は互いの息の根を止める勢いで己の拳を相手の体へとねじ込んでいった。
見た目もう倒れてもいいほど両者はボロボロになっていたが、それでもとぢらも膝を着くことなく勝者と敗者の決着はつかず、気付けば拳による殴り合いは五分近く続いていていた。
「……ガイルズさんはどう思いますか?」
ユウトとマシューの殴り合いを見守るレーニは、自分の横に立ち同じ光景を見つめているガイルズに唐突に質問した。
「それは、この無様な殴り合いについてか?」
レーニが何について自分に質問しているのか理解していながらガイルズは、悪戯な笑みを浮かべながらねレーニの質問に対してとぼけた。
「……意地悪ですね……ユウトさんの事です……彼の実力、いえ彼の存在をどう思いますか?」
口元だけ笑みを作ったレーニは、とぼけるガイルズに質問を続ける。
「……酷いなあんた、仮にもマシューって奴はあんたが直属に作った部隊の副隊長だろ? そいつを差し置いてどこの馬の骨かも分からず志願兵の一人でしかないユウトの事を俺に聞くなんて」
レーニの様子が面白いのかガイルズは更に意地悪な言葉を上乗せする。
「あら? ……ガイルズさんはマシューさんの事は覚えていなかったのではありませんか?」
「はて? そうだったけか?」
マシューの事を覚えていなかったのではないかというレーニの指摘にとぼけるガイルズ。
「……マシューさんの事はあなたに聞かなくても理解しています、少々頭が堅く融通が利かない所もありますが実力のある立派な聖撃隊、ヒトクイの兵です」
自らが作り上げた聖撃隊という部隊の一人であった頃からマシューの事を知っているレーニは、ガイルズに聞くまでも無いというように先程のガイルズの質問に答えた。
「へーそうかそうか」
興味無いというように鼻をほじり出すガイルズ。
「はぁ……あなたは本当に意地悪な方ですね、本当はマシューさんの事を覚えていたはずなのに忘れたなどと言って彼のプライドを逆撫で、その怒りをうまく誘導してユウトさんに向けるなんて……」
「何を言っているか俺には分からないな」
自分はそんな事知らないと更にとぼけるガイルズ。
「……はぁ……それで、率直にユウトさんをあなたはどう思いますか?」
これ以上何を言ってもしらを切り通すと感じたレーニ、再び呆れるようにため息を吐くと、切り替えるように話をユウトの事について戻した。
「……どうと言われてもな……少し気弱な所はあるが実力も頭の切れも申し分は無い……まああくまで今までの敵を相手にするならの話だがな……多分この先の戦いだと今のままじゃ厳しいだろうな」
的確にユウトの分析をするガイルズ。
「……というのがあんたに習った場合の答えだが……しかし、あんたはそんな事が聞きたい訳じゃないんだろう?」
どこまではぐらかすのだろうかとガイルズの言葉を聞きながらそうレーニが思った瞬間、ガイルズはトーンを落とした声でようやく本題へと足を踏み入れた。
「ええ、はい、彼が持つ力……伝説の本の所有者であった頃の力を取り戻せるのかについてです」
レーニの言葉に小さくため息を吐くガイルズ。
「……だとすればユウト……あの時のユウトを引き出すには、マシューって奴は力不足なのかもしれないな……」
すでに互いの技は使い果たし、拳で殴り合うユウトとマシューを見つめながらそう口にするガイルズ。
「マシューって奴もそれなりに強いが、それなりじゃだめみたいだな……やっぱりユウトが命の危機を感じじないと駄目か……」
実力が拮抗しているマシューでは、ユウトに命の危機を感じさせられないと感じるガイルズ。
「命の危機……ですか?」
「ああ、恐怖と言ってもいいユウトと実力が拮抗しているマシューじゃ、それを感じさせられないんだろう……」
「なるほど……」
ガイルズの言葉に納得するレーニ。
「俺が知る限りだとユウトが本当に豹変したのは一度だけ……片鱗を引き出したのは今サイデリーの王の所にいるだろうソフィアって小娘だ……」
「えッ! ソフィアさんが!」
思わぬ名がガイルズの口から飛び出した事に驚くレーニ。
「なんだあんた、ソフィアとは知り合いか?」
「……ええ、二年前に少し……あの……それで……二人に何が?」
「ああ、俺も途中からで何があったのか分からないがサイデリーの船で急にユウトとソフィアがドンパチ始めたみたいでな……後々ユウトに理由を聞いたら、本人は全く身に覚えが無いみたいで、ずっと困惑していたよ」
「……なるほど……」
何かが噛み合ったというように頷くレーニ。
「……あんたはユウトとソフィアがドンパチやった理由が何だかわかるか?」
なぜユウトに刃を向けたのか、全く見当がつかなかったガイルズは、その理由が分からないかレーニに尋ねた。
「……二年前、伝説の本の所有者であったユウトさんにガウルドが襲撃された時、ソフィアさんは彼らと共に行動していたんです」
「はぁ?」
レーニの言葉に驚きの声をあげるガイルズ。
「スプリングにゾッコンなあいつがスプリングの敵に回るようなことする訳ないだう」
短い間ではあったがソフィアとスプリングの関係を後ろから見てきたガイルズにとってそれはありえなかった。ソフィアがスプリングの持つ伝説の武器を奪う事はあっても敵に回るなんて事は絶対に無いとそう信じるガイルズ。
「ええ、ガイルズさんの言う通り、その行動はソフィアさん自身のものではありません、二年前、ガウルドにソフィアさんが姿を現した時、彼女はユウトさん達の仲間によって操られていたみたいです」
「操られていた……ああ……なるほどな……」
小さく声を上げたガイルズは、レーニの言葉に納得すると面倒臭いというようにうなだれた。
「多分ソフィアさん自身その時の記憶が残っていたのでしょう……自分の意思では無いとはいえ自分の手でガウルドを滅茶苦茶にしたという想いを持っていたはずです、その想いが突然目の前に現れた今のユウトによって怒りに変わったとしてもおかしくはないと思います」
操られていたとはいえガウルドという町に刃を向けてしまったという事実は消えず、罪の意識のあったソフィアが、張本人では無いとはいえ自分を操った者の仲間であったユウトに怒りの矛先を向けてもおかしくは無いと言うレーニの言葉に、ソフィアの殺意の籠った視線の正体がなんであるのかを理解したガイルズ。
「……そりゃユウトからすれば戸惑うはな……あいつ殆ど記憶が無いんだから」
ソフィアに襲われ戸惑っていたユウトの心情を察するガイルズ。
「その時、ユウトさんは当時の力を見せたのですか?」
「ああ、きっと命の危険を感じて咄嗟にって感じだろう……ユウト自身、訳が分からないみたいな顔して驚いていたからな」
あの日、サイデリー製大型船でのユウトとソフィアの邂逅は、戦いへと発展したがそれは戦とは程遠く終止攻め続けるソフィアに対して守りに徹するユウト、その光景は強者が弱者を嬲るが如く一方的な展開であった。しかしたった一撃、放った本人すら訳が分からず驚いていたその一撃によって戦いは唐突に終わりを迎えたのだった。
「危なかったぜ、島一つ吹き飛んだからな」
「そうですか……」
危険と口にしながらもどこか楽しそうにその時の事を語るガイルズに笑顔が引きつるレーニ。
「まあ、あんたの所のマシューはユウトをそれほどまでに追い詰められないてことだな……」
「ええ……そのようですね」
鈍く響いていた音がいつの間にか威力が殆ど無いと分かる軽い音に変わったユウトとマシューの殴り合いを見つめるガイルズとレーニは、そろそろ潮時かと考えた。
「……ガイルズさん、もしかするとユウトさんは普通の記憶喪失ではないのかもしれませんね」
「普通の記憶喪失じゃないってなんだそれ?」
記憶喪失に普通や普通じゃないというのがあるのかと思ったガイルズはレーニの言葉に先程とは違う面倒臭い表情を浮かべた。
「今ユウトさんの記憶が無いのは、ユウトさんの意識を誰かがあの時抑え込んでいたのかもしれませんね」
「はあ? ユウトは操られていたって事か?」
「ハイ、大まかに言えばそういうことになります」
「うーん……あんたの言い分が正しいとして、気になるのは、ソフィアも含めてだがユウトが操られなきゃならないってことだ……、二人ともそれなりに実力はあるが、その二人を操っても特に何の利点も無いだろう? 俺が人を操る術を持っていたから間違いなくあんたやサイデリーの王を操ろうと思うけどな」
ユウトやソフィアを操ってどういう利点があったか理解できないガイルズはレーニの言葉に疑問を口にする。
「ソフィアさんに限っては、スプリングさん達を混乱させるためという理由があります、事実的になったソフィアさんにスプリングさんは動揺していました……でも多分本当の理由は、ユウトさんとソフィアさんが理を外れた者だったからではないでしょうか?」
「理……? なんだそれ?」
聞いた事の無い言葉に首を傾げるガイルズ。
「ガイルズさんはガイアスという世界以外に世界が存在している事をご存知ですか?」
「……あ? ……えーと何だ……ああ、あれか? 精霊達の住処の事言っているのか?」
レーニの突然の質問に頭を悩ましたガイルズは、精霊達が住む場所を口にした。
「……確かに精神世界もガイアスから見れば別の世界です……しかし私が言っているのはもう一段先にある世界、精神世界のように地続きになっていない、本来ならば存在すら確認できない別の世界の事です」
「……」
基本的に生きるためだけに頭を使ってきたたガイルズにとって学校で習う事やどこかの研究機関で調べて得られるような知識が介入する余地は無く、正直レーニの話す事が殆ど理解できなくなってきていた。
「……その世界には私達と全く違った生き方をしている私やあなたが存在しているということです」
「あー駄目だ……全く理解できん」
考える事を放棄するように両手を上げるガイルズの表情はゲッソリとしていた。
「……それが普通の感覚です、誰もガイアス以外の世界の事があるだなん考えもしなければ調べようとも思いません……そもそも本来私達にはそれを確認する術が無いのですから……でも私はこのガイアスや精神世界とは違う別の世界の事を知っている」
自分が別の存在へと変化している事に気付いて以来、レーニは見たことも聞いた事も無い知識の断片がパズルのように突如として頭の中に浮かび上がることがあった。ガイルズに話したガイアスとは別の世界という話もいつの間にか突如に頭に浮かんでいた知識の断片の一つであった。
「へ、へーそれでそれがユウト達とどう関係があるっていうんだ?」
訳の分からないレーニの言葉に全くついていけないガイルズは顔を引きつらせながらレーニのした話とユウト達にどんな関係があるのかと聞いた。
「ユウトさんとソフィアさんは、この世界の住人では無いという事です」
「……」
目を丸くするガイルズ。
「そうですよね……私もあなたのようにそんな気持ちです」
レーニも自分で言葉にはしてみたが正直理解できず困惑していた。
「……でも……あなた達なら……ここから先の話が出来るのではないですか?」
レーニはそう言いながら先程から自分達の話を聞いていた者達に声をかけた。
「……うむ……やはり、精霊化が進んでいるようだの」
「ゲッ! 土のクソジジイ!」
突然二人の足元に顔を出した土の神精霊ノームットに驚くガイルズ。
「土のクソジジイとはなんだ、わしは土の神精霊だ」
ガイルズの言葉に少し苛立ちながらも丁寧に訂正を入れたノームットはそのまま視線をレーニに向けた。
「ノームットさん……精霊化とは……」
自分の中に浮かび上がる知識の断片と照らし合わせるようにしてレーニは、ノームットが口にした精霊化という言葉が何を意味しているのか聞いた。
「うむ、お主はお主が持つ資質と運命の導きによって精霊へ……いや神精霊へとお主を変化させようとしているのだ、頭に浮かぶ知識の断片とやらもその影響と言えるだろう」
「私が……神精霊に……」
ノームットの言葉にその美貌が台無しになってしまうほど呆けた表情になってしまうレーニ。
「恐らく前々からお主の気付かぬ所でなにかしらの兆候は見え隠れしていたはずだ、しかしお主の成長とともにその力も大きくなりお主も自分が持つ力を自覚し始めたという所だろう……正直わしも驚いておる、人が精霊になる事はあっても神精霊になる事は滅多に無いからの」
稀である存在に素直に驚くノームット。
「しかもお主が司るのは『闇』と『聖』……正直わしも長年生きてはいるが聞いた事も無い存在だ……果たして精霊と言えるのか」
本来絶対に交わらないはずの『闇』と『聖』。それを司る存在を精霊、神精霊と認めていいものかとノームットは考え込んでいた。
「……お主から漏れだす気配は確かに『闇』の気配だがお主の内にあるもう一つの気配からは強い『聖』を感じる……そんな状況でも尚、お主が正常を保ち、神精霊化が進んでいる要因は、恐らくお主の中にあるもう一つの命の影響だろうの」
「私の中にある……命」
ギュッと胸に手を当てるレーニの目からは大粒の涙がポロポロと流れ落ちていく。
「あの人は……あの人は死んでも尚私を……私の事を……」
「お、おい……何がどうしたんだよ!」
レーニの突然の涙に慌てふためくガイルズ。
「ふん、獣は気にせんで良い事だ」
さっきのお返しと言わんばかりにガイルズの事を獣呼ばわりするノームット。
「お主の中にあるもう一つの命は、わし達をも超える大きな力を持っておる、その大きな力がお主を神精霊へと導いておるようだ……」
そこで一旦言葉を切ったノームットは普段長い眉毛で隠れている目を見開いた。
「……願わくば……その力、悪しき流れに飲み込まれずそのまま精霊化する事をわし達は願っている」
含みを持たせた言い方をするノームット。気付けばレーニとガイルズの横には、意識を失ったテイチを抱き抱える火の神精霊インフェリーと、風の神精霊シルフェリアの姿があった。
「ようこそ新たな神精霊!」「うむ、歓迎しよう」
「……ハイ」
死んでも尚、レーニの中で生き続ける強い意思を感じながら、神精霊としては不安定である自分を優しく受け入れる神精霊達の言葉に涙を指で拭いながらレーニは小さく頷いた。
そんな新たな神精霊の誕生を尻目に、その周囲では未だに人間二人によるお互いの意地をかけた決闘が続いていた。
「早くくたばれ、この無能が!」
「お前こそ早くぶっ倒れろ石頭!」
交差する互いの拳は威力無く両者の頬を捉え鈍い音を響かせる。そんな泥と化した無様とも言える決闘をヒトクイの兵達と志願兵達は、真剣な表情で見つめていた。
すでに決闘両者の目にはまだしっかりとした意思が残っており勝負はついていない。ゆっくりと拳を引く両者は次の攻撃に備えもう片方の拳を相手に向けて放つ。体力の限界を迎えた両者の拳は相手に当たらず空を切る。
「ハッはははどうした……もう終わりか!」
「お前こそ、拳が止まって見えるぞ!」
両者の体力は限界を迎えていたがお互いまだ喋るだけの元気は残っているようで言葉数は一向に減らない。しかしなぜだろうか、両者の表情は先程よりも柔らかくどこか楽しそうでもあった。
「こりゃ茶番とかしたな……」
目の前に広がるユウトとマシューの殴り合いをボーッと見つめながら自分が想像していた展開とは全く違うものになってしまった思うガイルズはボソッと呟くのであった。
ガイアスの世界
人から精霊になる
人は死ぬと精神世界へと導かれる。そこで新たな命へと生まれ変わるか精霊に変わるか振り分けられるようだ。その選定がどういう基準で行われるかは分かはわかっていないが、生前の行いが関係しているのだろうか。
ちなみに人であった頃の記憶を持つ精霊は殆どいない。それは精霊事体が自我を持っていない事に関係している。僅かに現れる記憶を持った精霊は後々上位精霊や神精霊になる確率が高いとか何とか。




