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最後で章 13 ヒトクイの王帰還

 ガイアスの世界


『純粋悪』


 純粋悪とはなんの混じりけも無い悪の事。そこには何の不純物も感情も無い。それを悪と呼んでいいのか疑問は残るが、純粋故に何もかもに影響があると言われている。





最後で章 13 ヒトクイの王帰還 



『純粋闇』が広がりつつある世界、ガイアス



神精霊達が『絶対悪』と呼ぶ、闇の精霊でもある死神がガイルズや神精霊達の目の前に姿を現す少し前。



 「おきなさい、マシュー君」


 突然大きな津波に巻き込まれた聖撃隊副隊長であるマシューは意識を失いどこかも分からない場所で倒れていた。その場所は海の底でも無ければ、死後の世界でも無い。しかしどこか現実味の無い不可思議な場所であった。

 そんなマシューに対してまるで子守歌のような優しい男の声がマシューを起こそうと声をかける。しかし優しい男の声ではマシューの意識は戻るところか更に意識を深い場所へと誘ってしまう。


「ふむ……どうやら私では駄目なようです」


優しい声の男は、気持ちよく寝息を立てるマシューの姿に、自分では起こす事が不可能だと隣に立っていた人物に声をかけた。


「……わかりました……では……私が」


優しい声の男に返事を返す女性の声。


「起きろ! 聖撃隊副隊長マシュー!」


すると今まで女性であったその声は突然威厳ある男の声に変わり深い寝息を立てていたマシューを怒鳴りつけた。するとマシューは一瞬にして目を見開き飛び跳ねるように立ち上がり意識を覚醒させる。


「ひ、ヒラキ王! はい!」


瞬間的にマシューは威厳ある男の声に返事を返していた。


「お目覚めかねマシュー君」


「あ、将軍?」


目が飛び出すのではないかという表情で周囲をキョロキョロと伺うマシューはその視線は少し頼りなく見える表情をしている島国ヒトクイの将軍ガルワンドを捉えた。


「ここは……?」


ガルワンドの顔を確認したマシューは少し冷静をとりもどしたのか、周囲の場所を改めて見渡し疑問を持った。


「……えーと、確か……私達は……ユウラギの沿岸で……大きな津波に飲み込まれたのでは!」


それは突然であった。大きな揺れがその場にいた者達を襲ったかと思えば、彼らが背を向けていた海が突如として大きな津波となり魔物もろとも飲み込んでいったのだった。その後の記憶はマシューには無いが、あのままであれば当然自分は死んでいるだろうと容易に想像のつくマシューはどう考えても生きている自分と得体の知れないその場所に首を傾げた。


「久しぶりですね、マシューさん」


「へっ?」


なぜ今まで視界にその人物を捉える事が出来なかったのか、自分でも理解できないマシューは、目の前に現れた女性を見て硬直してしまった。


「どうしました?」


そう言ってマシューに軽く手を振る女性。


「……ヒラキ……王……」


当然マシューも、ヒラキ王の突然の告白の事は覚えている。『闇』の存在に対抗するために作られた聖撃隊。その設立者である王本人がまさか『闇』の力を持つ人類の宿敵と呼ばれていた夜歩者ナイトウォーカーであった事は、マシューにとって衝撃的で忘れる事の出来ない出来事であった。

 詳しい説明も無いまま、あれよあれよとヒラキ王の処刑が決まり何処の馬の骨とも知らぬ者が王の処刑人に任命された時は、正直訳が分からな過ぎて気が狂いそうにもなった。

 しかし何故か処刑人とヒラキ王が戦う姿を見せられ、処刑人と戦うヒラキ王の口から夜歩者ナイトウォーカーでありながらヒトクイの王として今まで務めてきた想いを知ったマシューは、自分の感情に従いヒトクイの人々同様、目の前の夜歩者ナイトウォーカーを自国の王と認めたのだった。

 そんなマシューは、自分がまだ寝ぼけているのではないかと目を必至に擦ると再び目の前にいる女性の姿をその視線で捉えた。


「……や、やはり……ヒラキ王……」


目を擦りもう一度確かめるように視線を向けたマシューの先には、処刑が無効になって直ぐにフルードの危機を救うため飛び出して以来、この二年行方知れずとなったヒラキ王、その姿であった。

 しかし夜歩者ナイトウォーカーだと告白して以来、初めて会う王を前にマシューはどうしていいのか分からず混乱していた。


「マシュー君、今はヒラキ王では無くレーニ王だ」


「……あッ! ……申し訳ありませんレーニ王」


目の前にいる女性がヒラキ王の本当の姿だという事はマシューも理解している。しかし彼女の本当の名がレーニだとしても、マシューは今までの習慣から彼女をヒラキ王と呼んでしまう。マシューは慌てるようにして王の御前でするように姿勢を正ししゃがむと頭を下げた。


「顔を上げてくださいマシューさん、別にどちらで呼んでもらってもかまいませんから」


「い、いえ……そういう訳には」


ヒトクイの兵の中で一、二を争う頭の堅さを持つマシューにとって王の名を間違えるなど言語道断であり自分の忠誠心がレーニに疑われると表情を青くする。

 

「マシューさん、私はヒラキ王は尊敬しています、あの方の名前で呼んでくださるのは光栄ですよ」


そんなマシューの頭の堅さを十分すぎるほど理解しているレーニは、恐る恐る顔を上げるマシューにニコリと微笑んだ。


「あ……はい……」


しかしマシューはその頭の堅さ故なのか、レーニの意図を汲み切れずレーニの微笑みに背筋を凍らせるのであった。



「……さて……皆が意識をとりもどした所で王、色々とお聞きしたい事があるのですが?」


「ええ……」


「えっ?」


ガルワンドの皆という言葉にマシューは驚いていた。ガルワンドの言葉を聞いた瞬間、マシューの周囲には今まで感じる事のなかった人の気配を感じたからだ。

 周囲を再び見渡すマシュー。そこには全員では無いもののマシューと同じく大きな津波に飲み込まれたはずのヒトクイの兵達の姿があった。


「あの……僕達もその話聞きたいんですが……」


するとそんなヒトクイの兵達を掻き分けて姿を現した男は手を上げながら自分も話を聞きたいと名乗り出る。


「お、お前は!」


すでに混乱しているマシューに更に追い打ちをかけるように姿を現した男はマシューを混乱させ声を裏返させる。


「あ、どうも……」


「なぜ志願兵のお前が……いや……お前達がいる!」


マシューの視線の先にはマシューに対して気まずそうに頭を軽く下げる男、志願兵統率補佐のユウトの姿があった。ユウトの後ろからはゾロゾロと志願兵達が姿を現す。


「お前達は作戦を無視して独断先行したはずじゃないか! お前達の所為で我々がどれだけ苦労したと思っているんだ!」


動揺が一変、怒りへと切り替わったマシューは志願兵達が抜けた穴を埋めるためにヒトクイの兵達がどれだけ苦労したのか怒鳴り散らした。


「ええ……おっしゃる通りだと思います、いや僕も止めたんですけど……ほらあの人、人の話なんて聞かない人じゃないですか?」


そんな怒りのマシューの言葉を理解しながらユウトは、志願兵統率であるガイルズの作戦無視を止める事はできなかったと口にする。


「ふん! お前達は所詮その程度なのだよ、規律も守れない兵達など足手まといにしかならん」


結果だけを見れば、ガイルズの行動は狭い沿岸で身動きが取れないまま数万の数の兵達が魔物達と戦う事を回避したという事になるのだが、命令や規律を順守するマシューにとって志願兵達を率いたガイルズの行動は許し難い行動であった。


「なっ! ……くうぅ」


マシューの侮辱の言葉に一瞬怒りを覚えるユウト。しかしユウトはガイルズの作戦無視が単なる個人的な感情によるものだという事を知っていたためにマシューの言葉に言い返す事ができなかった。

 しかしユウトの後ろにいた志願兵達は違った。


「何だその目は!事実だろう! お前達は規律も守れないクズだ!」


ユウトの後ろでマシューの話を聞いていた志願兵達の数名がマシューに対して鋭い眼光を向けていた。それに対してマシューは彼らの怒りを煽るようにして言葉を続ける。


「テメェ! 静かに話聞いてりゃ言いたい放題言いやがって!」


「ぶっ殺すぞ!」


見るからに血の気の多い志願兵の数名達はユウトの前に出ると今にもマシューに飛びかかりそうな勢いで叫んだ。


「待つんだみんな!」


頭に血がのぼった志願兵達を止めに入るユウト。


「やるというのなら我々が相手になるぞ!」


すると今度はマシューの後ろに集まっていたヒトクイの兵達が志願兵達を煽る。


「ああその言葉乗った! 前々からお前達は気に喰わなかったんだよ! たいした実力も無いのにヒトクイの兵だからってえばりやがって!」


「何だと! 我々がたかが戦闘職のお前達に実力で劣っているというのか!」


いがみ合う両者達。ヒトクイの兵達と志願兵達の積み重なっていた鬱憤は今まさに爆発しようとしていた。


「止めろ! こんな所で争ってもしょうがないだろ!」


「君達少し冷静になりなさい!」


怒りを鎮めようとユウトとガルワンドが必至にヒトクイと志願兵達を止めに入るが、怒りのスイッチの入った両者達には全く効果が無く、互いを罵りあう罵詈雑言が飛び交った。


「静まりなさい!」


 罵詈雑言が飛び交うその場によく通るレーニの声が響き渡る。すると鶴の一声とでも言うようにピタリと飛び交う罵詈雑言が止まった。

 一瞬にして静まり返ったその場でレーニはなぜか笑みを浮かべていた。しかし誰もがその笑みを見てそれが心の底から湧き上がる笑みで無い事を理解する。レーニの笑みからは無言の圧力、下手をすれば殺気ともいえるもの放たれていたからだ。程度はどうあれ誰にでも理解できるレーニから放たれた圧力はヒトクイと志願兵達を一瞬にして黙らせたのであった。


「あなた達が今ここで殺し合いをしたいというのなら私は止めません……ですがその殺し合い……私も参加しますが宜しいですか?」


満面の笑み。レーニから放たれる満面の笑みは、その場にいた者全員の体を硬直させる。ヒトクイと志願兵達は、瞬時に心を一つにし逆らってはいけないと皆、同じタイミングで首を横に振った。


「あ、そうですか、それは良かったです、皆さん仲良くしてくださいね」


まるで子供に言い聞かせるようにその場にいた者達に言うレーニはガルワンドとユウトに視線を向ける。


「それぞれの代表の方々と少しお話がしたいのでお二人ともいいですか?」


「は……はい……」「御意」


ユウトはガイルズが居ない今自分が代表なのだと顔を引きつらせながら素早く顔を縦にふった。その横でガルワンドは頭を下げ静かにレーニの言葉に同意した。


 ユウトとガルワンドを引きつれたレーニがその場から去るとその場にいた者達は極度の緊張から解放されたのか一斉に大きくため息を吐いたのだった。



「王よ、話の前に私の質問にお付き合いしていただけませんか?」


ヒトクイの兵と志願兵達から少し距離をとった場所でガルワンドは口を開いた。


「はい、なんなりと」


先程の圧力は一切感じられずユウトはホッと胸をなで下ろしながらガルワンドの質問が何であるのかに耳を傾けた。


「この二年間何をされていたのですか?」


まずガルワンドが質問したかったのは二年もの間レーニがヒトクイに帰らず何をしていたかであった。その言葉に申し訳なさそうな表情になるレーニ。


「それは本当に申し訳ありませんでした……私もいち早くヒトクイに帰りたかったのですが、この空間から今の今まで出られなかったのです」


「出られなかった?」


「はい、私はこの空間から出るために二年もの月日を費やすことになっていました」


そういいながら何も無い空間を見渡すレーニ。


「あ、あの……すいません、単刀直入に伺いたいのですが、それでここから出る方法は?」


自分の番では無い事は理解していたのだが、ユウトは気になって思わず口を開いてしまった。


「ええ、大丈夫です、出る方法、いえこの力を扱う方法はすでに理解しました」


そんなユウトに嫌な顔一つせず笑顔で頷くレーニ。


「そ、そうですか」


レーニの言葉に頷くユウト。しかし正直ユウトの内心ではこの場から出られるという事実よりも先程とは違う圧力の一切無いレーニの笑顔に心底安堵していた。


「王よ質問をもう一つ、我々が今いるこの場所は……外とも言えず室内とも言えないこの場所は一体なんなのですか?」


津波に飲まれたかと思えばそこは海底では無く、暗くも明るくも無ない地面以外には何も無い空間。にい今この空間に居る誰もが思っているだろう疑問を口にするガルワンド。


「……ここは私が作り出したガイアスとは違う別の空間です」


レーニの言葉を理解できないのかガルワンドとユウトは首を傾げる。


「私が作り出してしまったという方が正確ですが」


そう言葉を付け加えるレーニ。


「この空間は私の力を吸って作られた場所なのです」


ブリザラ率いるサイデリー軍を助けるために伝説の武器の所有者であるスプリングと共にフルードへ向かったレーニ。そこで対峙した黒魔物達との戦いでレーニは自ら放った力に巻き込まれ姿を消した。その後レーニは今ガルワンド達といる場所で意識をとりもどした。

 レーニはその場所がガイアスとは切り離された別の空間である事に直ぐに気付いた。何故ならばそのこの空間にはガイアスの気配が一切なかったからだ。なぜ自分がガイアスの気配なんてものを感じ取れるのかは分からなかったがレーニはそれが当たり前のように感じていた。

 そして自分の中に流れる夜歩者ナイトウォーカーの力とは全く違う得体の知れない力が常に自分の体から放たれこの空間に流れていっている事にレーニは気付いた。自分の体から放たれる得体の知れない力、ガイルズの言葉を借りれば神に近い力がこの空間を作り出している。それがどういう意味なのかその時のレーニには分からなかったが、二年という歳月の中でレーニはある結論に達していた。


「ギリギリでした、私がこの力が何であるのかを理解した時、すでにガイアスでは『闇』の力が蔓延し始め、あなた達は魔王との戦いに向かっていたのですから……私は直ぐにあなた達を追いユウラギへと向かった、するとチリジリとなったあなた達を発見したという訳です」


レーニはその時の事を思いだしていた。先行する者達、沿岸で魔物に襲われる者達、そしてその間で必至に防御を固める者達。


「正直に言います、あなた達では……魔王には勝てない……私は少々手荒な方法でしたが、あなた達をこの空間で守ることにしたのです」


少し含みのあるレーニの言葉を疑問に思うガルワンド。


「では……我々はここで世界の終わりを見つめていればいいのですかな?」


レーニの言葉をそう汲み取ったガルワンドは普段はみせない厳しい表情でレーニを見つめる。


「いえ、決してそういう訳ではありません」


きっぱりとガルワンドの言葉を否定するレーニ。


「今ユウラギに存在する魔物達の正体はその殆どが……魔王によって生み出されたものと言っていいでしょう……」


「な、なんと!」 「ええ!」


ユウラギの魔物の殆どが魔王によって生み出された存在であるという事実に驚きの声を上げるガルワンドとユウト。


「しかも……魔王のその力は枯れる事が無い……無暗に戦い続ければあなた達はいずれ圧倒的な量の魔物達を前に敗れる事になる」


「なるほど……無礼な物言い申し訳ありませんでした」


レーニが単にこの戦いを諦めた訳では無いということに安堵するガルワンドはレーニに深く頭を下げた。


「いえ、私も言葉が足りませんでした……」


そう言いながらレーニもまたガルワンドとユウトに向かって頭を下げた。


「……あの、でも結局僕達は何も出来ないんじゃないんですか?」


正直倒しても無尽蔵に湧いてくる魔物達に対して無力である自分達には何も出来ないんじゃないかとレーニに疑問をぶつけるユウト。


「はい、ですからあなた方には……理を外れた者達の手伝い……その者達を魔王の下へ導く道を切り開いて欲しいのです」


レーニはそう言うと突然地面に映し出されたユウラギの光景に視線を向けた。


「これは……」


「ガイルズさん!」


地面に映し出された光景、それは上位聖狼ハイセイントウルフに姿を変えたガイルズと強大な力を持った三人の神精霊達が、黒い火柱を背に不気味な笑い声を上げる死神と対峙している光景だった。


「まずは理を外れた者の一人、上位聖狼ハイセイントウルフと合流しましょう」


その瞬間、ユウトの立つ地面に突如大きな穴が開く。


「え?」


その言葉を残しユウトはその穴の中に吸い込まれるように消えていった。



ガイアスの世界


レーニが作り出してしまった空間


本人もその力の全容は理解していないが、夜歩者ナイトウォーカーの力とは別にレーニの中に流れる力は、広大な広さのある空間を作り出した。そこは外でも無ければ室内という訳でも無く不可思議な場所である。

 そこには何も無くただ地面が続いている場所である。その力が何を意味しているのかは今はまだ分からないが、レーニ自身が己の力をもっと理解していけば自ずと分かってくるのではないだうか。

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