最後で章 12 喧嘩
ガイアスの世界
黒い火柱
突如として蠢く森にそびえ立ったまるで黒い炎が燃え盛るような柱。現時点ではそれか何なのかは分からないが、『闇』の力を含んでいる事は確実である。
最後で章 12 喧嘩
闇の力渦巻く世界、ガイアス
黒い闇のような色をした全身を覆う大きなローブを身に纏い、不気味な雰囲気を放ちながら大きな鎌を担ぎ、ローブから覗かせる髑髏の顔で己の死が近い者達に死の宣告をしにやってくる者、それは言伝えや伝承、おとぎ話で広く伝えられる典型的な死神の姿。
「いや~本当にお久しぶりですね、皆さん」
だが今その場に姿を現した存在は、言伝えや伝承、おとぎ話に出てくる典型的な死神の姿をしているにも関わらず不気味な髑髏の口から発せられる声には、おおよそおどろおどろしい雰囲気も死の宣告をするような不気味な言葉もない。あるのは旧友と久々に再会した者が発する明るく楽しそうなものであった。
「……」「……」「……」
死神の見た目に反した軽い雰囲気とは逆に、神精霊達の表情は一貫して苦々しく重たい。どうみても神精霊達が死神との再会を喜んでいるようにはみえない。
「あーしかし折角の再会ですが残念です、今はあなた達と楽しくお茶をしている暇はありません……」
しかし神精霊達のそんな態度など気にしないようにペラペラと話を続ける死神。
「ふん、お前の体の何処に茶を楽しむ感覚があるのだ?」
「僕達お茶した事なんてないよね!」
「ふん、そもそも我々は茶など飲まないな!」
茶化しているような言葉ではあったが、神精霊達の表情に上位聖狼と対峙していた時のような余裕は一切なかった。
「……テイチ下がれ……この者は触れるだけで害、いや同じ場所に居るだけで害だ」
眉間に皺をよせ誰にでもすぐに分かる敵意を死神に向けながらインフェリーは自分の腕に抱かれていたテイチを地面に下ろすと、手で自分の背後に誘導する。
「ふふふ、酷い事をいいますねインフェリー……あれほどまでに熱い夜を過ごしたというのに」
「黙れ! この腐れが!」
敵意を宿していたインフェリーの視線は一瞬にして殺意に変わりそれを現すようにインフェリーの体からは周囲を簡単に溶かす炎が噴き出し死神に向かう。しかしその先制攻撃をヒラリとかわす死神。
「僕達の事も忘れないでよ、熱い夜だったら僕達もいたでしょ!」
そう言いながら笑みを浮かべるシルフェリア。しかしその笑みは普段の楽しそうなものでは無く、見た者を凍らせるのではないかというほどに冷たい。そんなシルフェリアの手からはどんな物でも切りさくことができそうな鋭い風の刃が放たれる。だがそれも闘牛士のようにハラリとかわす死神。
「誤解されるような言い回しは勘弁してもらいたいもんじゃの」
そう言い終えるのが先か、行動するのが先かノームットは地面を叩くノームット。すると死神の居る場所からは次々と土の壁が現れる。地面から飛び出してくる土の壁を縫うようにしてかわしていく死神。そんな死神の動きを見ながらノームットは地面に潜る。次の瞬間、ノームットは死神の目の前に飛び出すように姿を現した。
「おお、やはり変わりませんね、流石、神精霊!」
しかし死神は目の前に姿を現したノームットには目もくれず、いつの間にか自分の背後に移動していたシルフェリアに体を向けた。
「おっと!」
死神の背後に姿を現したシルフェリアは両手に溜めていた風の力を死神に向けて放つ。だが死神はシルフェリアがそうする事を知っていかのように体をくねらせシルフェリアの攻撃を回避する。放たれたシルフェリアの風の攻撃はそのまま、上位聖狼の拘束遠吠によって硬直していた木の魔物達を切り裂きながら爆ぜていく。
「逃がしはせん!」
ノームットはシルフェリアの攻撃によって体勢を崩した死神に向け、地面を隆起させると死神の動きを封じこんだ。
「あらま……」
何とも気の抜けるような声を死神が発した後、シルフェリアは再び両手に溜めた風の力を今度は死神の胸、至近距離で放つ。その瞬間、鋭い刃のような風が死神の体を細切れに切り刻んでいく
「どけッ!」
インフェリーの叫びが蠢く森に響いくと、シルフェリアとノームットは息を合わせるようにしてその場から飛びのく。すると間髪入れずにインフェリーから放たれた大蛇のような炎が波を打ちながら細切れとなった死神の体へと喰らいつく。すると眩い光を放ちながら細切れとなった大蛇のような炎は周囲を巻き込みながら爆発を起こした。その威力は凄まじく森から少し離れた小さな山を一つ吹き飛ばしていた。
「う、うおおおおお!」
「なあぁあああああ!」
小さな山を吹き飛ばす爆発の衝撃は凄まじくその爆風は志願兵達と木の魔物達を一緒に四方八方へと吹き飛ばしていく。
「きゃあああああ!」
テイチの悲鳴を背中で感じながらインフェリーはテイチを爆風から守るべく盾として真っ向から爆風を相手にする。
「静まれ風よ!」
必至にインフェリーにしがみつくテイチの肩にいつの間にか戻っていたシルフェリアがそう叫ぶと爆風はピタリと無かったように消失した。
「ふぅ……全くテイチの事も考えて攻撃しなきゃ駄目だよインフェリー」
「何もかも切り裂くような攻撃をしたお前に言われたくないな」
シルフェリアの嫌味に嫌味で返すインフェリー。しかし二人の表情は堅い。
「本体じゃなかったみたいだの……」
インフェリーとテイチの足元からボコリと土が盛り上がる音をたてそこから顔をだすノームットは神精霊三体による連携攻撃によって消し炭となった死神のいた場所を見つめながらそう呟いた。ノームットの視線に続くようにインフェリーとシルフェリア、そしてテイチがその場に視線を向ける。そこには山をも消滅させたインフェリーの攻撃を物ともせず爆風にも耐え抜き、黒き炎を上げる火柱の数々があった。
「ウルディネぇええええええ!」
突然のテイチの叫び。その黒い火柱の一本に視線を向けた瞬間テイチの口からは喉が枯れるのではないかという叫びがから絞り出されていた。テイチが視線を向けた黒い火柱の中には目を閉じ意識を失っているウルディネの姿があった。
黒く燃え立つ火柱の中のウルディネを抱き抱えるように黒い手が伸びる。そこには不気味に微笑んでいるようにも見える死神の姿があった。
「いやはや、一人欠けているとはいえ凄まじい連携でしたね……ちょっと冷や冷やしましたよ!」
「ウルディネから離れて! ウルディネを返して!」
いやらしくウルディネに触れる黒い手にテイチは嫌悪感を抱き死神を睨みつける。
「ふふふ……あなたが私に向けるその感情、私にとっては心地よい」
「うるさいうるさいうるさい!」
インフェリーの背に隠れていたテイチは飛び出すように死神に向かって走り出す。だがウルディネの下へ向かおうとするテイチの腕を掴み止めるインフェリー。
「離して、離してよ! 私はウルディネの下へ行きたいの!」
インフェリーの手を払おうとするテイチであったが堅く握られたインフェリーの手はテイチの力では振り払う事が出来ない。離してと言っても離さないインフェリーを睨みつけるテイチ。
「なんで、なんでよ私と友達になったんでょ! だったら少しくらい言う事聞いてよ!」
先程から全く自分の言う事を聞いてくれないインフェリーに対して涙ぐみながら怒りを爆発させるテイチ。しかしテイチに睨みつけられても視線を合わせる事をせず死神に視線を向け警戒し続けるインフェリー。
「テイチよ分かってくれ、ここでお前さんを失えば、わし達も力を失う、そうなればウルディネを助ける事は不可能になる」
何も言わず死神に警戒し続けながらテイチの腕を掴んでいるインフェリーに代わり、その思いを代弁するノームット。
「……むぅ……」
ノームットの言葉に頭では理解するテイチ。しかし心は今すぐにでもウルディネの下へと飛び出したいと焦っていた。
「さて、私は私の目的を果たすとしましょうか……」
死神の言葉に神精霊達は身構える。しかし次の瞬間、自分達がすぐにでも死神に攻撃を仕掛けなかった事を後悔する光景が広がった。いやらしい手つきで動かしていた死神の黒い手はウルディネを掴む。すると死神はその髑髏の口を大きく開き、その口の中へウルディネを押し込んだ。
「しまった! そういう事か!」
ウルディネを体にとり込み始めた死神が何をしようとしているのか気付いたノームットは、その場から飛び出すようにして死神の下へと向かう。
「ウルディネぇえええええ!」
死神に飲み込まれていくウルディネの姿に絶叫するテイチは、インフェリーの手を再度振り払おうとするがやはり振り払う事が出来ない。
「離してウルディネが! ウルディネが!」
「行っては駄目だ! 行ったらテイチも『闇』に犯される!」
テイチの肩で叫ぶシルフェリア。
「……そうかれがお前の狙いか闇の精霊!」
ノームットは地面を隆起させながら早い速度で死神に向かって行く。
「おっと邪魔はしないでください」
飛び出したノームットの前に突如として飛び出す黒い火柱。
「ノームット援護するよ!」
シルフェリアは両手に風の力を纏わせるとノームットの前に出現した黒い火柱に風の刃を放つ。
「なぁ!」
しかしシルフェリアの放った風の刃は黒い火柱に吸収されていく。
「ならば…!」
シルフェリアの力が吸収されたのを見ていたノームットは地中から手を出すと力強く地面を叩く。すると地面は唸りをあげそこから鋭い土の針が何十何百本と出現し黒い火柱に向かっていく。
「残念……」
土の針その全てが黒い火柱に触れた瞬間、腐るようにして黒く変色し崩れていく土の針。
「何ッ!」
自分の力が通じない事に驚くノームット。
「あっははは……あなた達は私を甘く見過ぎだ……私は時を追うごとにガイアスから漏れだす『悪意』を吸収してきたのです……昔のようにあなた達にいじめられていた私だとは思わないでください」
「ウルディネぇえええええ!」
物を飲み込むゴクリという音がその場に響き渡ると同時にウルディネの姿は死神の大きく開いた口の中に消えていった。
「……いやあああああああああ!」
目から大粒の涙が溢れだしながら絶叫するテイチはその光景に心が耐えきれずこと切れるようにしてインフェリーの腕の中で意識を失った。
驚きと絶望が入り混じる表情で死神を見つめる神精霊達。『闇付き』とはいえ同胞である水を司るウルディネが目の前で食われるという光景は、神精霊達にとってもかなりの衝撃を与えていた。
「ノームットさん……今私がおこなった事がどれだけあなた達精霊にとって不味い事かあなたならば理解できていますよね?」
神精霊の中で一番の古株であるノームットを名指しした死神は、自分が行った行為にどんな意味があるのか知っているだろうとノームットに尋ねた。
「……くぅ……お前は……」
死神の言う通り何かを知っているノームットの表情は絶望一色に染まっていた。
「ね、ねぇ……ノームット……どうしたの?」
ノームットの見たことも無い表情にシルフェリアは恐る恐る聞く。
「……奴がウルディネを取り込んだということは、奴自身が水の神精霊と同等の存在になったという事、即ち水の神精霊が持つもう一つの力、命の力も取り入れたということだ」
「それじゃ!」
「うむ……奴は底なしの回復能力を手に入れたということになる……もうわしらでは太刀打ちできん」
水を司る神精霊がもう一つ司っている力、命。それはガイアスに存在する水の下位精霊達の力を借りる事によって、状況によっては死した者ですらその超回復によって生き返らせることが出来るという究極の癒しの力。
その力を死神が手に入れたということはどんな攻撃をしようともたちまち回復しその攻撃が無かった事にされるということである。ただその力も完璧では無く、水の下位精霊の力が供給されなくなれば、その超回復は出来なくなる。即ち水の精霊全てが消滅すれば死神に対して攻撃が有効になる訳だが、ガイアスで最も多く存在すると言われている水の下位精霊を消滅させることは現実的に不可能でありそれは、死神が絶対に死ぬことはない事を意味していた。
「ふふふ……それだけじゃありませんよ……」
ノームットの言葉にシルフェリアとインフェリーがさらなる絶望を味わう中、不気味に笑う死神。
「精神世界の神と言われる神精霊という地位に私がなった事で、今まではガイアスという世界にしか適用されなかった私の破壊の力が、精神世界にも適用される事になる。それは即ちガイアスの消滅はあなた方にとって他人事では無くなったということです……ガイアスが消滅する時、同じく精神世界であるあなた方の世界も消滅する……これからガイアスと精神世界は一蓮托生、運命共同体、死なば諸共という訳ですね」
元々はガイアスをより良い世界にするための力であった『絶対悪』。だが人の持つ『悪意』は想像以上であり『絶対悪』の力を変質、暴走させてしまった。そしてその変質、暴走した破壊の力は、『悪意』という感情が存在しない精神世界へも牙を向いたことになる。
「人の感情は精神世界をも壊すということですね」
全く感情が伝わらってこない死神の表情。しかしその仕草と声から歓喜に震えていることは明らかであった。
「お前の目的は、ガイアスだけでは無く精神世界をも破滅させることか!」
死神に向けた問と言う名のノームットの叫びはユウラギ全体を揺さぶる。それは地震のようにユウラギの大地に亀裂を生じさせ、土を隆起させる。本来ならば数えきれないほどの時間をかけて作り出される山をも一瞬にして作り出してしまう。それはノームットの嫌大地の怒りであった。
「おお 荒れていますね……さすが土と地球を司る神精霊……私恐怖で死んでしまいそうですよ、ふふふ」
大地のノームットの怒りを前にたじろぐ訳でも無く笑みを浮かべる死神。
「……私の存在意義は全ての破壊……ああ、私は世界と名の付く者全てを破壊したい!」
それはまるで絶頂に達した者のように死神は己の思いを吐き出した。
「……元はただの物言わぬ小さな存在だったというのに……何がお前をそこまで増長させた!」
意識を失ったテイチを片手で抱きながら炎の剣を死神へと向けるインフェリー。
「ああ……あっは! だから言ったでしょう、私をここまで押し上げたのはガイアスの悪意だと……心を持つ生物達から湧き出る悪意が『絶対悪』である私を膨れ上がらせた……、ふふふ、この世界は優しい世界だ、どんな悪意もたちまち私に吸い取られ最小限の悪意となる……しかし心を持つ生物の悪意は、この世界を創造した何かにも想像が出来ないほどの量だった……どれだけ吸おうとも吸った途端に新たに生まれ一向に減る事の無い悪意……いつしか『絶対悪』である私の目的は、より良い世界を作る事から、破壊へと変わった!」
髑髏の顔からは表情は分からないが死神は興奮しているようであった。
「私の抑止力になるはずの存在も今回は存在しないと言っていい! そして強大な『聖』の力を持つ者も抑え込んだ……もう私を止める者はいない!」
カチカチと髑髏を鳴らす死神は周囲に『闇』を振りまいた。しかしその『闇』は見た目夜歩者など『闇』の力を持つ者達が纏っているソレとは違う。例えるならそれは何の意思も介入していない混じりけの無い純度100の『闇』とでも言えばいいのか、その闇がユウラギに漂っていた『闇』を飲み込みながら広がっていく。
「時はもう僅か……お前達は何も出来ずただ世界の終わりを見つめることしか出来ない」
そう言うと振りまいた『純粋闇』に身を隠すようにして死神はその場から姿を消そうとする。
《待ちやがれ! この骸骨野郎!》
突如として響くけたたましい声。次の瞬間消えかける死神に大きな物体が飛びかかる。
「……なぁ! あなたもしぶといですね理から外れし者!……」
突進する巨大な物体をすり抜けるようにして避ける死神。
「まだそんな力が残っていますか……全く人の欲とは末恐ろしい」
《逃げるな! 骸骨野郎!》
自分の攻撃が死神に効果が無い事を理解しても尚飛びかかっていく巨大な物体、その正体は死神による黒い火柱に巻き込まれたはずの上位聖狼であった。
「な、一体彼奴は何者なんだ!」
執拗に何度も死神に向かって突進を繰り返す上位聖狼の姿に驚きを通り越して呆れるノームット。
「はいはい、少しだけ相手してさしあげますよ」
いい加減嫌気がさした死神は、再び実体を現すと突進してくる上位聖狼を真正面から受け止め『純粋悪』の力で持って弾き飛ばした。
「ふぅ……それでは皆さん、もうお会いすることもないとは思いますが、お元気で」
そう言うと死神は再び実体を消し『純粋闇』の霧の中へと消えていった。
《くそぅ……あの骸骨野郎……覚えとけよ》
器用に空中でその巨体を回転させ吹き飛ばされた威力を中和しながら地面へち着した上位聖狼は姿を消した死神が今までいた場所を睨みつけた。
「……なんと言うことだ……まさかこれほどまでに『絶対悪』が膨れ上がっていたとは……」
「『絶対悪』……話でしか聞いた事無かったけど、本当に存在したんだね……」
神精霊の中で一番の古株であるノームットは事の非常事態に気付き、両手で地面を叩いた。
「『絶対悪』……ノームットから聞いてはいたけど……全くの別物だよあれじゃ……」
対峙するだけで分かるその圧倒的な力の前にノームットから聞いていた話とは全く違う存在になってしまったのだと改めて認識するシルフェリア。
「二人とも……テイチが気を失った……一旦退くべきだ」
明らかに自分達の置かれた状況に肩を落としているノームットとシルフェリアを前に、いつもならば突撃あるのみといった感じのインフェリーが腕の中で気を失っているテイチの身の安全を考え撤退しようと提案する。
「……うむ、しかしもうわし達に打つ手は無い……」
「……うん」
事の事情をよく理解しているノームット、状況のさわり程度を理解しているシルフェリアはインフェリーの提案に頭を縦に振ったものの、すでに打つ手がない状況にどこか諦めたような様子であった。
「……はぁ……たく何勝手な事言ってんだ?」
「何者だ!」
突然の声に神精霊達は声のした方向に視線を向ける。そこには巨体の男、ガイルズの姿があった。
「お前……まさかあの獣か?」
「ああ? ……そうだよ、それで何か文句あるか?」
ボロボロの姿のガイルズは耳の穴をほじりながらスタスタと神精霊達の前に歩いて行く。
「まさか……人間が……あの獣だったとは……」
「はあ? 俺は化物だ何だとは言われているがれっきとした人間だ」
「あ、ああ……そうかすまない」
ガイルズの放つ変な威圧感になぜか神精霊であるノームットは頭を下げてしまった。
「ところでだ……お前ら神精霊なのに、あんな奴にビビってんのか? これじゃ神ってのもたいした事なさそうだな」
「お前……私達を馬鹿にするのか?」
沸点の低いインフェリーが殺気を込めた視線をガイルズに向ける。
「だってそうだろう? あんな骸骨野郎にビビってんだからな」
「もう一度言ってみろ人間……次は消し炭にするぞ」
低く響くインフェリーの声。それに反応するように周囲を漂う『純粋闇』を燃やす炎がインフェリーの周囲に勢いよく現れる。
「インフェリー止めろ……こやつには人間だ、理解できんのだ……あの者の力が」
インフェリーの怒りを鎮めるように二人の会話に割って入るノームット。
「何があの者の力だよ……初めから相手の力を理解して喧嘩が出来るか」
「け、喧嘩……人間……これは喧嘩という小さなものとは訳が違う……」
「違わねぇな……互いに気に喰わねぇ事があるからぶつかる……それがただの夫婦だろうと国と国だろうと神と神だろうと関係ねぇ……それはすべからく全部が喧嘩だ!」
ガイルズの変な威圧感に再び押されるノームット。
「あんたらはあの骸骨野郎の言い分が気に喰わねぇんだろう、存在自体が気に喰わねぇんだろう……だったらぶっ潰して分からすしかねぇじゃねぇか……俺はお前が大嫌いだ、目の前からいなくなれ、この世界から消えろってな!」
「ふ、ふふふ……あっはははははは!」
「ど、どうしたインフェリー?」
「インフェリーが笑ってる……」
突然噴き出したように満面の笑みを浮かべ笑いだすインフェリーにノームットとシルフェリアは顔を引きつらせる。基本可愛らしい人間以外の事で満面はおろか笑みすら浮かべないインフェリーが声を出して笑い声をあげているからだ。
「面白い、面白いぞ獣……確かに争いは落としこめば単なる喧嘩だ……私は争いの本分を忘れていたようだ……これはガイアスと精神世界を賭けた……いや……私の大切なテイチを泣かし深い絶望を与えた『絶対悪』との喧嘩だ……私はあいつの存在が気に喰わん……消し炭にしてやる!」
ウルディネを抜かした神精霊の中で一番の若手であるインフェリーは『絶対悪』に対しての怒りの炎を巻き上げながらそう宣言した。
「何を言っているインフェリー、『絶対悪』は今、わし達の誰よりも強い存在になってしまったのだぞ!」
「歳をとりすぎて頭が堅くなっているんじゃない? あ! 土を司っているから堅いのは元々か……まあ、そんな事はどうでもよくて、僕が言いたいのはどうせ世界が滅びるんだったら、勝てない喧嘩に挑んでもいいんじゃないって事!」
インフェリーの大笑いに感化されたのか先程までの絶望の表情が一変しいつもの笑顔に戻ったシルフェリアは軽い口調でそう言った。
「むむ……」
シルフェリアの言葉に言葉を失うノームット。しかしシルフェリアの言っている事は間違っている訳では無い。このまま指をくわえていても世界が消滅するのが確定しているのならば、結果が同じだとしても彼らの言う喧嘩をするのも悪くないと考えを改めるノームット。
「確かにシルフェリアの言う通り、歳をとりすぎて頭が堅くなっていたようだ」
「どうした小さなじいちゃん? ヒビるのは止めたのか?」
「ああ、その喧嘩……わし達も1枚噛ませてもらおう」
「ヤッホー! 流石ノームット!」
ノームットの言葉に歓喜をあげるシルフェリアはガイルズ達の周囲を飛び回った。
「さて……行くか……と言いたい所だが……俺の仲間が今の戦いでバラバラになっちまった……どうにかしてかき集めねぇとな……」
元を正せば全てはガイルズの行動によって起きた事であり、その事はガイルズも少しばかり反省しており、周囲を見渡す。そこは見晴らしがよくなりもう森とは呼べない場所になっていた。
「ん?」
とりあえず近場の仲間を拾いながら喧嘩の準備を始めようとしていたガイルズは唐突に何の気配を感じ取った。
「これは……」
「何か強い気配が……」
「敵か?」
それはガイルズだけでは無く神精霊達も同じく異様な力の気配を感じ取り警戒体勢に入った。
「その喧嘩……私にもかませてはくれないか……」
女性の声が周囲に響き渡るとガイルズの頭上に突如として巨大な黒い球体が出現した。
「……ふぅ……あんたか……」
ガイルズはその声に笑みを浮かべる。ガイルズにとってその声の主は喧嘩の再戦を誓った相手であったからだった。
「ガイルズさーん!」
「え? ……ユウト?」
巨大な球体から突然飛び出してくる志願兵統率補佐であるユウトに目を丸くするガイルズは驚きの声をあげた。
ガイアスの世界
神精霊達と死神の関係
死神がまだ『絶対悪』として正常に機能していた頃、死神は闇の精霊と呼ばれていた。闇の精霊は他の精霊と同じように自我は無く純粋な力として精神世界に漂っていた。
精霊世界はそれぞれの精霊の力の均衡によってバランスを保っている。しかしある時期を境に闇の精霊の力が増した事によってその均衡が崩れることになる。
その精神世界の均衡を保つため当時の神精霊達は闇の力を削ぐために闇の精霊達の排除を開始した。元の均衡に戻ったのも束の間、しばらくすると再び闇の精霊の力が増幅し始める。再び神精霊達は闇の精霊達の力を削ぐために闇の精霊の排除を開始する。こうして闇の精霊と神精霊の永遠とも言える戦いが始まったのであった。過去闇の精霊一人であった死神はその戦いをいじめと称している。
ちなみに闇の力が増幅し始めたのは、『絶対悪』という理がガイアスにもたらされた頃だという。




