最後で章 10 現る聖獣
お詫び
前回、予定時刻よりも早いアップをしてしまいました、申し訳ありません。
いや~完全に気が緩んでいました。今後無いよう、もしある場合は報告するようにします。
(前書きのガイアスの世界はお休みです……これも申し訳ない)
最後で章 10 現る聖獣
闇の力渦巻く世界、ガイアス
まるで森全体が意思を持ったように森中には世を恨むような叫び声が響きわたる。その叫び声の主が、今自分達が立つ森に生える木だという事にユウトが気付いたのは、自分達の行く手を阻んでいた人ならざる者とユウトの前で不敵に笑みを浮かべる人ならざる者が戦いを始めてからだった。
ユウトの前に立つ志願兵の統率であるガイルズが唐突にユウト達の前に立つ人ならざる者へと攻撃を仕掛けると、それを阻むようにして、今まで木であったはずの物が動き出しガイルズの攻撃を遮った。しかしガイルズの攻撃は木の一本や二本立ちはだかった所で止められる訳も無く、乾いた音を立てながらガイルズの攻撃を遮ろうとした木々達は木っ端みじんと化し破片が至る所へとび散っていく。
その光景を目の当たりにしたユウトはユウラギの森に生える全ての木々が木の魔物だと理解した時にはすでに遅く、ユウト達志願兵はすでに木の魔物によって囲まれていた。
「ガイルズさん!」
ユウトを含めた志願兵達を囲んだ木の魔物達は、自分達に生える枝を伸ばし触手のようにしてユウト達に襲いかかる。しかし地獄のような訓練を生き延びたユウトを含めた志願兵達にはその程度の攻撃はどうという事は無く、それぞれ手に持つ武器で襲いかかる枝の触手を綺麗に切り落としていく。数は馬鹿のように多いが、一体一体の力はそれほどでも無いと悟ったユウトは人ならざる者に特大剣を向けるガイルズに声をかけようと視線を向ける。
「おらおら! どんどん行くぞ! この野郎!」
「あ……」
志願兵一人が一体の木の魔物を倒す間に十体の木の魔物を倒しながらガイルズは渾身の笑みを浮かべまるで全力で遊ぶが如く目の前にいる人ならざる者に向かって進んでいく。まるで嵐のようなガイルズの戦い方にもう慣れているはずのユウトは呆れるように声を漏らす。しかし次の瞬間、ガイルズが向かう人ならざる者に目を奪われるユウト。
森に立つ人ならざる者の姿にユウトは純粋に美しいと感じていた。その異様な佇まいからはっきりと人の形をしているが人では無いと理解しているはずなのだが人ならざる者は人が持つ美意識で理解できるほど明白に美しさを放っておりユウトはその美しさに目を奪われてしまったのだ。
しかしその美しさは何処か造られた物のようにも感じるユウト。人ならざる者の表情に一切の感情は無く、特にその目は深い闇を宿しているように暗かった。
「はっ!」
戦いの最中に自分は何を考えているのだと顔を振りもう一度、今度は冷静に人ならざる者を見つめるユウト。人ならざる者の体からはまるで液体のような闇が漂っていた。
「何だ……あれ?」
その得体の知れない液体のような闇に目を細めるユウト。次の瞬間、人ならざる者の周囲をまるで泳ぐように漂っていた液体のような闇は、目標を見つめたとばかりに形を槍のように変化させ、人ならざる者へと向かって走るガイルズを狙う。
「おっと!」
突然発射された闇の槍を正確に避けるガイルズの表情からは笑顔が零れる。
「はははッ! 俺に『闇』の力は効かねぇぞ!」
人ならざる者の攻撃が『闇』の力を宿している事を理解したガイルズは迫ってくる『闇』の力を宿した槍を特大剣でバッタバッタと弾き落としていく。
(ッ! ……何だ、この感触……)
しかしガイルズは違和感を抱いた。
(……手応えが殆どない……!)
強大な『聖』の力を持つガイルズが『闇』の力に対して有利である事は当然であった。しかしガイルズに向かって放たれた『闇』の槍を弾き落としたその感触は、『闇』のそれとは少し違っていたのだ。例えるならばそれはまるで水を切るが如くに手応えが無い。
「おい……それただの『闇』じゃないな……」
ガイルズの問に答える素振りを見せない人ならざる者は、息のつく暇も与えず次々と『闇』の槍をガイルズに放つ。
「お、おい! 無視するなよ!」
右や左、上や下から目まぐるしく放たれる『闇』の槍をその巨体からは想像もつかない速度で捌いていくガイルズは一切口を開かない人ならざる者に文句をたれる。
「チィ! お前らは邪魔だぁああああ!」
木の魔物達が人ならざる者の放つ『闇』の槍に混じり枝の触手混を放っている事にガイルズは、邪魔だと言い放ちながら特大剣を振り回し、木の魔物達を吹き飛ばしていく。当然吹き飛んだ木の魔物達は木っ端みじんとなって地面に次々と落ちていく。
「あはは……何もかもが出鱈目だ……」
理解していたにも関わらず何度みてもユウトにはガイルズの戦い方が人間のそれとは思えない。圧倒的な力でもって目の前にいる沢山の敵を葬っていくその力がまだ本気ではないというのだから恐ろしいとさえユウトは思い、次々とただの木片溶かしていく木の魔物達の光景を見ながら顔を引きつらせた。
「どっせい! ……やってくれるじゃねぇか……お前何者だ?」
気付けばガイルズと人ならざる者の周囲にいた木の魔物達は全滅し、そこだけ禿げたように広い空間が生まれていた。
じっと自分を見続ける人ならざる者を見つめ返すガイルズ。その体から漂うのは強い力を持つ『闇』。しかしガイルズは人ならざる者に『闇』以外の何かを感じていた。
その正体を探るべく、ガイルズは人ならざる者にもっと近づこうと低い体勢で走り出し先程から続く出鱈目な数の『闇』の槍を掻い潜り接近していく。
「ん?」
突然の違和感に声が漏れるガイルズ。水が跳ねるような音がした瞬間、ガイルズの意思とは関係なく突然ピタリと足が止まる。
「ちぃ……」
違和感の下である自分の足元に視線を向けるガイルズは、舌打ちを打った。そこには黒く濁った水がガイルズの足に絡みついていたからだ。
「水……そうか……お前水の精霊か!」
単に『闇』の力だけでは無い違和感の答えにたどりつくようにガイルズは、目の前に立つ全く感情が現れない表情をした人ならざる者の正体を口にした。
ガイルズの前に姿を現した者の正体、それは『闇』に堕ちた水を司る神精霊、ウルディネであった。
しかし自分の正体を晒されてなお、その表情に一切の変化は無く、ウルディネは動きの止まったガイルズに容赦なく『闇』の槍を放っていく。
「うん? 少し違うか……この感じ……大精霊……いや神精霊か!」
ガイルズが口にしたのは、人の一生をかけても巡り合う事が困難であるとされる伝説と言ってもいいガイアスに存在する精霊の神の事であった。
神精霊の話をガイルズが知ったのは、フルード大陸、サイデリー王国領土内にあるブルダンという町に滞在していた時であった。ガイルズに寝泊まりする部屋を貸し与えたブルダンの長にして、絶滅したのではないかとも言われているエルフ、そして何よりも聖狼の力の大本を作り出し人類にその力を提供したとされるイングニスからであった。
ガイルズは、イングニスとの他愛無い会話の中で、神精霊の事を話していた事を思い出しニヤリと笑みを浮かべる。
「骨のある奴! しかも超骨太な奴発見!」
絶叫に近い叫びと共にガイルズは全身に力を込める。すると突如として地面が揺れ出した。
「……ッ! 全員退避! 馬鹿が暴れ出すぞ!」
自分達を襲って来る木の魔物と戦いながらガイルズとウルディネの様子を伺っていたユウトは、突然の地響きとガイルズの様子の変化に喉から血が出るのではないかという叫び声で周囲にいた志願兵達に警告を発した。ユウトの必至な声を聞いた瞬間、志願兵達の表情は一変し木の魔物達との戦いを止めそそくさとその場から逃げ出し始めた。
「ヤバイヤバイヤバイ!」
志願兵達に警告を発したユウトもまた顔を引きつらせながらガイルズとウルディネから逃げるようにして距離をとっていく。
「あああ……もう!」
その場から死にもの狂いで退避する中、ユウトはチラリとガイルズに視線を向ける。そこには肉眼で確認できるほどの力を垂れ流しているガイルズの姿があった。
足に絡みついていたウルディネの『闇』の液体を己の体から発せられる力で一瞬にして蒸発させていくガイルズ。次の瞬間、音の高い破裂音と共にガイルズの両足は人のそれとは違う形状に変化し銀色の毛が覆っていく。
「おおおおおおおお!」
地響きのような低い唸りを上げるガイルズのその姿はみるみるうちに変化を開始する。
耳元まで裂ける口。その耳は頭の上の方へと移動していいピンと跳ね上がる。口から覗くのはもはや刃物といっていい鋭い牙。元々鍛えられた筋肉は更に盛り上がりその全身は銀色の毛に覆われていく。そこには二足歩行で立つ人狼の姿があった。
聖狼への変化が終わる、はずであった。しかし今回の変化はそこで終わる事無く、その姿はさらに巨大になり腕はその巨体を支えるために地面を踏みしめる。獣のように四足歩行へと姿を変えたその姿はまさに狼。一頭の巨大な白銀の狼の姿であった。
通常の狼の十倍以上はあるかというその巨体の狼に生える白銀の毛は、まるでユウラギの地に蔓延する『闇』を浄化するような眩い光を放ち神々しくもあった。
その姿をその力をガイルズは望み、聖狼の創造主であるイングニスの力を借りることによって、誕生した聖狼の最終形態。ユウラギの地に姿を現したのは、過去に存在したガイルズの同胞たちが到達する事の無かった領域、聖獣、上位聖狼の姿であった。
《ウォオオオオオオン!》
人鳴きするだけで、打ち払われるようにその森に漂う『闇』の力は霧散していく。上位聖狼の姿になったガイルズから放たれる遠吠えに、森にいる全ての魔物は体を強張らせ、動きを奪われる。それは全速力でその場から逃げ出していたユウト達も同じで、上位聖狼の拘束遠吠によって体が硬直し動けなくなっていた。
「もおおおおおお! 何で一言も無くその姿になるんですかあの人はぁああああああ!」
体が動かなくなったユウトは、志願兵達と味わったヒトクイでの最終訓練の悪夢を思い出し絶叫するのであった。
それはガイルズとインベルラによる志願兵の最終訓練の日の事であった。訓練の最終日ということもあり志願兵達は今までの集大成だと気合十分に訓練に赴いた。だがそれは志願兵達に限った事ではなく、志願兵達の統率であるガイルズも同じであった。ただ一つ違うといえば、ガイルズの気合は悪い方向へと向いていた事であった。
空回りとも言えるガイルズの気合は、上位聖狼という圧倒的な力を持って志願兵達を恐怖の渦に巻き込んだのである。
その場にいた全ての志願兵は動きを奪われ、中には泡を吹いて気絶する者まで現れた。その全ての原因が訓練開始早々に上位聖狼に姿を変えたガイルズの拘束遠吠によるものであった。
「……あれだけ口うるさく、あの姿になる時は仲間を巻き込まないようにとお願いしたのに……」
訓練開始から三時間が経過してもガイルズの放った拘束遠吠の影響は解けず持続し続け、動きを奪われた志願兵達が拘束から解放されたのは、早いもので九時間後の事であった。
その仲間をも巻き込む特殊な攻撃から、ユウトは使う場面を選んでほしいとガイルズに頼んでいた。こんな強力な技を敵のど真ん中で使われたりしたら、ガイルズは兎も角として志願兵達の命が無いからである。
しかし、今まさにユウトの考えていた最悪の状態に陥っている。木の魔物達のど真ん中で、拘束遠吠の射程内にいた者は敵味方関係なく全てが動きを奪われていたのである。
辛くもユウトの叫びにいち早く反応し、拘束遠吠の影響を受けなかった志願兵達も、同じく影響を受けなかった木の魔物達との戦いに手が離せなくなり、救助は絶望的であった。
拘束遠吠の影響を受け、敵味方関係無く動けなくなった状況を見渡す上位聖狼は、自分以外に動けている者をその鋭い視界に捉えていた。
《ぐるるるるるるぅ……》
上位聖狼は目の前でどんどん『闇』の槍を量産していくウルディネの姿にまるで喜びを現すように喉を鳴らした。
ウルディネの合図で放たれる何十、何百本もの『闇』の槍。それを変化前よりも更に速度を増した動きで捌いていく上位聖狼。
見た目攻撃しているウルディネのほうに軍配が上がるような光景ではあったが、その実、有利な状況にあったのは上位聖狼であった。
上位聖狼は『聖』に特化した力であり、状況にもよるが『闇』に対しては圧倒的な力を誇る。その状況が上位聖狼を有利にしていたのである。
上位聖狼の放った拘束遠吠の効果はただ周囲の者達の動きを止めるだけでは無い。周囲に漂う『闇』の力を打ち消す効果もある。そのためユウラギに漂う『闇』から力の供給を得ていたウルディネは、その力の供給を絶たれ一気にじり貧の状態に陥っていたのである。
ウルディネに残された力は己が司る水の力。しかしそれも森という場所ではうまく機能する事が出来ず、殆どの力が抑え込まれたという状況にウルディネは陥っていた。
《さあ……仮にも神と名の付く精霊だ……この状況をどうする?》
狼の口から放たれる人語。その声は人であった頃のガイルズよりも低く腹の下に響く声であった。
しかしウルディネは全く攻撃を止めない。一発放つごとに、己の力が泡のように消えていくのを感じても尚、その手を止める事をせず目の前の巨大な獣へと攻撃を続ける。
《……その程度か……》
そう残念そうに言葉を残すと上位聖狼は一瞬にしてウルディネの目の前から姿を消す。すると突如としてウルディネの背後に姿を現し、その大きな前足をウルディネに向け振りかぶった。
それは一瞬の事であった。地面の振動と共に爆発が起きたのではないかという衝撃波が周囲に広がる。土煙が遥か上空まで舞い上がり周囲には土の雨が降る。
パラパラと土煙に混じって舞い上がった小石などが地面に落ちていく状況でウルディネは上位聖狼の前足の下敷きになっていた。
「ゴフぅ……」
吐血するウルディネ。吐血したウルディネの姿を見つめながらゆっくりと前足をウルディネから離す上位聖狼。そこには血溜まりの中、四肢があらぬ方向に曲がったウルディネの姿があった。
《この程度か神精霊……》
上位聖狼の姿になったガイルズにとってこれは言わば神に挑む前哨戦のようなものであった。しかし蓋を開ければ、ガイルズにとっては全く面白味の無い戦いであった。
《ふん……これで終わりだ》
ガイルズはウルディネを踏みつけた前足にある鋭い爪を伸ばすと、ウルディネの喉元に向け振り下ろした。
「止めて!」
そこに少し幼い少女のような声が響く。次の瞬間、ガイルズの前には三人の異様な雰囲気を纏った人ならざる者達の姿が現れ、振り下ろしたガイルズの前足を弾き飛ばした。
「……ウルディネに手を出さないでください!」
幼さの残る声ではあるが、そこには強い意思が感じ取れる。前足を弾き飛ばされたガイルズは、自分の前足を弾き飛ばした者達よりもその声の主に視線を向ける。
《……これまた面白い……》
そう言いながら狼の顔でその裂けた口を二ヤリと吊り上げるガイルズは、ユウラギの森に現れた、精霊と心通わす少女テイチを見つめるのであった。
ガイアスの世界
拘束遠吠
拘束遠吠はかなり強力な魔物が持つ能力で、相手の動きを封じる効果がある。その持続時間は放った魔物の能力に左右される。平均で五分程度である。しかし拘束遠吠を放った魔物よりも強力な力を持った相手には効果が薄いのと敵味方関係無く動きを封じてしまうという所が弱点である。
結果的に強者のみに使う事を許された力である。
上位聖狼の場合、相手を拘束する効果に加え、周囲の『闇』の力を打ち消す効果もあり、『闇』の力を持つ者にとっては厄介な攻撃である。
しかし『聖』と『闇』の性質上、『闇』の力が上回れば拘束遠吠の効果は無い。
『聖』の力を持つ神にも効果は薄いと言われている。これも上記のように強者のみに使う事を許される力である。




