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最後で章 8  晴れる心、作戦無視

ガイアスの世界


ガイアスの世界


スプリングが伝説の防具クイーンを扱える理由。


それはクイーンの所有者がアキである事が大きく関係している。アキはスプリングの双子の弟であり、遺伝子的にはほぼ同一である事が、要因であるようだ。

 だが一番の要因はクイーンの気持ちであろう。アキを生涯の所有者と決めているクイーンにとって別の所有者に鞍替えするという感覚は一切無い。

 だがクイーンはスプリングに自分の所有権を明け渡す決断をする。その理由はスプリングに力を借り魔王になってしまったアキに再び会うためであった。




 最後で章 8




闇の力渦巻く世界、ガイアス



見渡す限り何も見えない暗闇であるその場所を一瞬にして飲み込んだ白い光は、その場にいたスプリング達を包み込んだ。

 しかし目も開けていられないほどの突然の光にもかかわらず、元剣聖にして今は鍛冶師であるヴァンゲルは目を閉じる事無くその光の行く末を見つめていた。

 しばらく暗闇を支配した大きな光は、徐々にその強さを弱め光の発光下であるスプリングの纏う全身防具フルアーマーへと集束していく。

 光が完全に全身防具フルアーマーに集束した事を確認するとヴァンゲルは、眩しさから目を閉じてあたふたしているスプリングに視線を向けた。


「……調子はどうだスプリング?」


スプリングが身に纏っている全身防具フルアーマーの具合を聞くヴァンゲル。


「……どうと言われても……」


ヴァンゲルの声にもう目を開いても大丈夫なのだと感じたスプリングは、ゆっくりと目をあける。


「……んーどうだろう? ……あれ形が違う?」


何とも言えない表情を浮かべながら己の体全身に纏われた形がだいぶ変化した全身防具フルアーマーを恐る恐る眺め、両手を開いたり閉じたりして全身防具フルアーマーの感覚を確認するスプリング。


「クイーンがお前に合わせて形を変えたのだろう、今までお前が使ってきたどんな防具よりも体に馴染んでいるはずだ」


 スプリングが纏う全身防具フルアーマーの名を口にするヴァンゲルは、全身防具フルアーマー伝説の防具クイーンの代わりとでも言うようにその形の変化についてスプリングに説明する。


「……そ、そうなのか……確かに、今まで使ってきたどの防具よりも体に馴染んでる感覚はあるな……というかまるで何も纏ってないみたいだ、何か落ち着かないぞ」


自分が纏っている伝説の防具クイーンの説明を受けながら、スプリングは体を動かしヴァンゲルの説明を体で実感していく。

 それはスプリングにとって不思議な感覚であった。スプリングの全身に纏われた全身防具フルアーマー伝説の防具クイーンは、その見た目から明らかに重量を持っているように思える。しかしスプリングは自分の体にその重量を殆ど感じていなかったのだ。その見た目に反して驚くほどに軽い全身防具フルアーマー伝説の防具クイーンの性能、それは全身防具フルアーマーの一つを克服している事を意味していた。しかしクイーンの性能は、重量の軽さだけに留まらない。全身防具フルアーマーのもう一つの弱点である関節回りの不便性、それすらもクイーンは克服していた。

 通常、全身防具フルアーマーを纏った者は、関節を制限され思ったように動けない。昨今では重量と関節の制限を理由に、全身防具フルアーマーを嫌い纏わない戦闘職も多いほどだ。しかしクイーンはその関節の制限すらも使用者の曲げる関節の箇所を瞬時に柔らかくする事で、解消してみせたのだ。全く制限を受けない動きに感動すら覚えるスプリングは、クイーンを試すように激しい動きを続けそして、なぜアキがあそこまで機敏に動けていたのかその理由を知った。


「……スプリングのほうは大丈夫そうだな」


ヴァンゲルは飛び跳ねたり走ったりを繰り返すスプリングの動きを見て、スプリングの方には問題が無い事を確認する。


「……後は、クイーンか」


未だ沈黙を続けているクイーンが、スプリングを受け入れているのかをヴァンゲルは考えた。


『……クイーン……どうなのだ調子は?』


スプリングの腰に帯剣された伝説の武器ポーンは痺れを切らした様子で沈黙を貫いている同胞、伝説の防具クイーンに呼びかけた。


『……問題ありません……』


短く静かにスプリングの呼びかけに答えるクイーン。


「違和感は無いか、クイーン」


クイーンの言葉を聞いたヴァンゲルは、鍛冶で使っていた道具を片付けながら、スプリングに違和感が無いかクイーンに聞いた。


『はい、許容範囲です、問題ありません』


「クイーン、本当に大丈夫か?」


飛び跳ね、走り回っていたスプリングは、その足を止めるとクイーンに不安そうに声をかける。


『はい、大丈夫ですスプリングさん』


「……そうか それならいいんだ……」


大丈夫というクイーンの言葉に安心するスプリング。


『……ですが、スプリングさんには一つ了承してほしい事があります』


「……なんだ?」


クイーンの突然の言葉に何を言われるのかと緊張した面持ちで背筋を伸ばすスプリング。


『……スプリングさん……私はあなたを完全にマスターだと認める事はどうあっても出来ません』


「へッ?」


クイーンの言葉に変な声がでるスプリング。


『私の中で最後のマスターはアキ=フェイレスという人間、ただ一人です』


そう言い切るクイーンの言葉に、一瞬驚きの表情になるスプリングではあったが、すぐにホッとしたような表情を浮かべた。


『……これは私個人の勝手な気持ちで、スプリングさんには何の問題はあのません』


その言葉は伝説の防具としてのプライド、そしてケジメであったのかも知れない。もしくは、一人の女性としての女心というやつなのかもしれない。その答えを知るのはクイーン本人のみであるが、その言葉を聞いたスプリングは納得したように微笑んだ。


「……ああ、それを聞いて俺も気が楽になった、伝説なんて名の付く相棒を二人も担ぐのは荷が重かったんだ、俺には最高の相棒パートナーポーンがいる、それ以外には考えられない、そしてアキにはクイーンにという最高の相棒パートナーが必要なんだ」


『あ、主殿……』


スプリングの不意を突く言葉に、言葉が詰まるポーン。


『感謝しますスプリングさん……ありがとう』


「ああ、こちらこそ力を貸してくれてありがとう、これから少しの間、頼むな……」


スプリングの言葉に、ポーンとクイーンは心の中に溢れだす嬉しさを噛みしめた。それはまるで伝説の武具達を造った創造主にも似た感覚をポーンとクイーンは感じていた。そしてスプリングもクイーンの言葉によって自分の内に秘めていた迷いが打ち消されたようであった。

 そんなスプリング達の様子をヴァンゲルは、いつの間にか取り出した椅子に腰かけ静観していた。


「……どうやらお互い調子もいいようだな……もう時間も残されておらん、お前達はそろそろこの場所から離れろ」


「え?」 


突然のヴァンゲルの言葉に驚くスプリング。


「何言ってんだ、ヴァンゲルも一緒にいくだろ?」


まるでここに残るというようなヴァンゲルの口ぶりに首を傾げるスプリング。


「ふん、誰が一緒に戻るといった」


「えッ?」


ヴァンゲルの言葉にキョトンとするスプリング。


「わしは外の世界とこの場所を自由に行き来できるんだ、なぜお前達と一緒に行かねばならない」


「あ……そうか、確かに……でもこの場所に居続けたら……」


『……主殿……ヴァンゲル殿の言う通りにしてやってはくれないか』


少し声のトーンを落としたポーンの声がスプリングの言葉を遮る。


「えッ?」


明らかに先程とは違うポーンの様子にスプリングの心はざわついた。


『……少しヴァンゲル殿と二人で話がしたい、主殿、時間をくれないか?』


ポーンの言葉に戸惑うスプリング。


「……お前は昔から変な時だ察しがいいの」


静かに腰掛けていた椅子から立ち上がったヴァンゲルはスプリングの腰に帯剣されているポーンにそう言うとゆっくりとスプリングの前まで歩いて行く。その言葉にスプリングは何かに感づいたのか表情を引きつらせた。


「い、いや……まさか……だって今まであんだけ激しく俺に指導してくれていたじゃないか?」


スプリングはこの場でヴァンゲルから剣聖の何たるかを約二か月間みっちりと叩きこまれていた。その時の事を思い出すスプリングは、自分の脳裏に過った考えがありえないと引きつった笑いをみせる。


「お前もポーンと同じで変な時に察しのいいタイプか? お前達は似た者同士だの……まあ、お前は気にせんでいい、これは単なる寿命じゃ……わしはこの世界では生きすぎたからの」


ヴァンゲルはスプリングの頭に手をポンと置く。


「……最後に一つ剣聖として助言をやる……想いは力になる、想いを力に変換してくれるポーン達がいる、決して想いを手放すな、以上!」


ヴァンゲルはそう言い終えるとスプリングが反応出来ない速度でスプリングの腰に帯剣されていたポーンを引き抜く。


「……そいではしばらくこいつを借りていくぞ」


そう言って暗闇の中に消えていくヴァンゲルとポーン。その後ろ姿をスプリングは見つめることしか出来なかった。




 ― ユウラギ大陸 沿岸 ―


 ユウラギへ上陸した混合船団の一つサイデリーの盾士者達は、サイデリーの王ブリザラを中心とした絶対防御パーフェクトディフェンスに守られながら、ゆっくりとではあるが、着実にその足をユウラギの大地へと踏み入れ始めていた。

 数は多いものの、魔物の群れの攻撃はそれほどでも無く多少の問題はありつつもブリザラの展開した絶対防御パーフェクトディフェンスだけで今はどうにか凌げている。しかしそれには理由があった。


「全く、王の作戦完全無視で突っ走るなんて何考えているんだ志願兵の奴らは」


ブリザラの横で視線一杯に広がる魔物達を見つめながら最上級盾士であるランギューニュは魔物の群れに突っこんでいった志願兵達に文句をたれた。

 本来ブリザラの作戦では、二年前のフルード沿岸の時同様、しばらくは守りに特化したサイデリーの盾士達で戦い、ヒトクイの兵と志願兵達には力を温存してもらうという作戦であった。

しかしいざ戦いが始まると志願兵の統率であるガイルズを先頭に、我さきにと志願兵達は魔物の群れに突撃してしまったという状況であり、これには流石に普段ヘラヘラしているランギューニュも怒りを現していた。


「いえガイルズさん達がとった行動は間違っていないかもしれません、本来我々はユウラギに上陸し足場を固めてから作戦を開始する手はずでしたが、魔物達の奇襲を受ける形で戦いが始まってしまいました、それに後方のヒトクイの人達は、海の中から現れた魔物達に足止めされているようです……その考えに至らなかった私にも責任があります」


その真紅の目で魔物達の動きを一匹残らず捉えているブリザラは、自分達の後方にいるヒトクイの兵達が海から現れた魔物達に足止めされている事を知り自分の考えの至らなさに責任を感じていた。


『確かに絶対防御パーフェクトディフェンスを地形を利用して破ってくるとは……』


伝説の盾キングも絶対防御パーフェクトディフェンスを思わぬ形で突破された事に驚きと責任を感じていた。


『しかし、規模が大きくなれば、それだけ隙はできる、もしこれが王だけに張られた絶対防御パーフェクトディフェンスならば、そんな隙は無い』


しかしあくまで絶対防御パーフェクトディフェンスが完全に破られた訳では無いと主張するキング。


「それにユウラギの沿岸がここまで狭く足場が悪い事も想定外でした……これでは兵達はまともに戦う事も出来ない、でもそういった状況を瞬時に理解したガイルズさん達は私達がスムーズに行動できるように志願兵の方々を引きつれてこの場を離れたのではないでしょうか」


ブリザラはガイルズ達志願兵がサイデリーとヒトクイの行動をスムーズにするためにこの場を離れたのだと考えていた。


「えーそうですかね? 俺には単に早く暴れたい戦闘狂にしか見えませんでしたが?」


それは買いかぶりだろうと苦笑いを浮かべるランギューニュ。


『それは私もランギューニュの言う事が正しいと思うぞ』


伝説の盾キングもガイルズの行動には思う事があるらしくランギューニュの言葉に同意した。


「ですがヒトクイの方々があの狭く足場の悪い沿岸で戦えているの事実です……ガイルズさん達の先行が無ければ、ヒトクイの人達だけでなく我々も海に足をとられ機動力が低下し魔物達に苦戦していたと思います」


「ま、まあそうちゃそうですが」


『う、うむ……』


しかしそれでもガイルズの行動が正しい事を主張し、その実機動力が落ちた中、思ったよりも苦戦していないという事実を突きつけたブリザラの言葉にランギューニュとキングは言葉を濁した。


「志願兵の方々はこの混成船団の中で一番の攻撃力を持った人達です、きっとこんな事も想定して訓練していたのでしょう」


そう言葉を締めくくったブリザラは展開していた絶対防御パーフェクトディフェンスに更に力を込める。するとすでに大きく展開されていた絶対防御パーフェクトディフェンスの大きさが二倍、三倍と膨れ上がり魔物達にぶつかっていく。


「これで少しでもヒトクイの方々が楽になってくれればいいのですが」


後方で戦うヒトクイの兵達の事を考えながらブリザラは、前方に迫るユウラギ大陸を見つめる。


「まあ、行動の良し悪しは置いといて、絶対にガイルズって野郎はそんな事考えてないと思いますけどね」


ランギューニュはガイルズという男に対してあまりいい印象を持っていなかった。いやもっと言えばその印象は最悪だと言ってもいい。

 一国の王であるブリザラに向けての無礼な行為をはじめ、そもそも男として許せないというのがランギューニュの素直なガイルズに対しての評価であった。またキングもランギューニュと同様で、これがスプリングの知り合いでなければ即刻しかるべき対処をしていると思っているほどに印象はよくない。

 しかし周囲の評価が悪い中、ブリザラだけはガイルズにある種の信頼を置いていた。


「とにかく今は素早くこの場にいる全員をユウラギに上陸させることです」


ブリザラはそういうと、歩みを早めユウラギへと足を進めていくのであった。



― ユウラギ大陸 沿岸 ―


 ブリザラを含めたサイデリーの盾士達の後方で狭く足場の悪いユウラギの沿岸で苦戦を強いられるヒトクイの兵達の姿があった。


「海からの魔物に警戒しろ! 絶対に油断するな!」


 サイデリーの王ブリザラによる絶対防御パーフェクトディフェンスの影響で、空と陸地からの魔物達の攻撃は全て遮断されていた。しかしユウラギの魔物は空や陸地だけにとどまらず海の中にもいた。海の中から突如として姿を現した魔物達はヒトクイの兵達の意表を突く形で奇襲をしかけてくる。意表を突く魔物達の攻撃に混乱するヒトクイの兵達ではあったが、聖撃隊副隊長であるマシューの指示によって冷静な対処ができるようになるまで持ち直していた。


「先程よりも規模が大きくなつたとは言え、サイデリーの王の結界は常に真っ直ぐ動いている……一瞬でも油断すれば取り残され結界の加護は無くなるぞ!」


海につかる自分の足を狙ってきたタコによく似た魔物を切り払いながらマシューは重ねて周囲の兵達に指示を出していく。

 周囲の魔物達を一旦退けたマシューは汗と海が掛かった顔を拭うと苦虫を噛みしめたような表情をした。


「くぅ……こんな慌ただしくなったのも全ては志願兵の奴らが何も考えずに突撃などするからだ、なぜサイデリーの王の作戦に従わない!」


切り払った魔物に息がある事に気付いたマシューは剣を突き立てとどめを刺さしながら本来ならば同じ持ち場で待機しているはずの志願兵達の命令無視を愚痴った。


「まあまあ、そう腹を立てるなマシュー、彼らの行動は褒められたものではないが、結果的にうまくいっている」


マシューの前方で自分の身の丈の数倍はあるかというイカの魔物を一瞬にして一刀両断にした将軍ガルワンドは、湧くように現れる海の魔物達の位置を確認しながら愚痴を吐くマシューをなだめる。


「この状況の何処がうまくいっているというのですか? サイデリーの王のあの結界も海の魔物達には効果が無いようだし、結局我々の力を温存すらできず湧いてくる海の魔物達に足止めを喰らっているではありませんか!」

 

予定と違うとマシューは自分に背中を向けるガルワンドに怒りをぶつける。


「マシューよ、戦いとは常にそういうものだ、ましてや相手は魔物だ、我々の予定通りに行くはず訳が無い」


優しい声で激昂するマシューをなだめるガルワンド。しかしその動きはその優しい口調からは想像できないほど荒々しく見ている者を恐怖に陥れてしまうのではないかという戦い方であった。


「志願兵を率いるガイルズという者は、すでにこうなる事を理解していたのだろう、だからこそ先手を打った……もしあの者達もこの場に留まっていたならば、我々は兵の数で身動きが取れず一網打尽にされていたかもしれない」


 冷静な口調でもしもを分析するガルワンド。ユウラギ沿岸は当初ブリザラ達が想像していたよりも広くは無く、混合船団の兵達全てを上陸させる事は可能ではあったが、その規模の者達が一斉に戦闘を始めるには狭すぎた。足場も悪いその場所で戦えば、海に生息している魔物達の恰好の餌食になってもおかしくない状況であった。

 それを知ってか知らずか、ガイルズが率いる志願兵達はその場から一目散に飛び出していくと目の前の魔物達には目もくれずにユウラギの陸地に向け進軍を開始したのであった。


「そ、そんな……あの者達がそんな事を考えているなど到底思えません!」


ガルワンドの言葉を信じられないといった表情で否定するマシュー。


「マシュー、お前はなんでもそつなくこなすが、頭が堅いのがたまに傷だな……確かに彼らの行為は褒められるものではない、しかし状況に応じて臨機応変に対処する事も戦いの一つ……ましてや相手は魔物だ、正攻法だけで切り抜けられるならば苦労は無い」


そういいながらガルワンドは四体目の巨大イカを一刀両断にする。


「……ガイルズとやらのとった行動は、今この状況に置いてもっとも効果的な行動だ……正直、私は志願兵の者達と一緒に行動したいとおもうほどにな……」


巨大イカが噴き出す体液を浴びながらマシューへ振り向くガルワンド。その表情は優しい口調とは裏腹に鬼の形相と化していた。



― ユウラギ大陸内 ―


「ううう、なんだろう……凄い悪寒を感じる……」


ゾッと凍るような感覚を背筋に感じた志願兵統率補佐であるユウトは、道とは言えない荒れた道を走りながら体を震わせた。


「おい、ユウト! 口動かしてないで手を動かせ!」


自分達が進む荒れた道の前に飛び出してくる多種多様な魔物達を人が持つには大きすぎる特大剣を軽々と振り回し一瞬にして数十の魔物達を切り裂いていく志願兵統率ガイルズはサボっているユウトに文句をたれる。


「手を動かせって、ガイルズさんが全て倒しちゃうから僕何もする事がないんですよ! 


 ユウトは自分の前を走るガイルズが嵐のように魔物達を蹴散らしていくために自分は何もする事が無いと逆に文句を返した。事実ガイルズの後ろを走るユウトを含めた志願兵達の者達は、最初こそ魔物の群れに取り囲まれはしたが、今は殆どの魔物をガイルズが相手にしているためただ後ろをついていくという状況になっていた。


「……て、そんな話をしててる場合じゃないですよガイルズさん、分かっていますか? これ完全に僕ら命令違反ですよ! なんですぐに飛び出しちゃうんですか!」


あまりにも突然の事でガイルズに付いて行くのに必至だったユウトは、今更ながら自分達の行動が命令違反である事を思い出した。

 ガイルズ達の乗るヒトクイ製大型船が、ユウラギの近くになった途端、ガイルズはその馬鹿でかい声で「突撃」と叫ぶとすぐさま船から飛び降り、サイデリーの王達が考えていた作戦を無視してユウラギへと走り出したのだった。一瞬あまりにも唐突なガイルズの言葉に誰も反応する事が出来ず一足遅れて飛び出していたユウトを含めた志願兵達は、何も分からずガイルズを追うという羽目になったのである。


「……ああ? 何でって……そこに、いやそこら中に魔物がいたからだろうが!」


「そこに山があるからみたいな言い方しないでください!……きっと今頃サイデリーやヒトクイの人達混乱していますよ!」


まるで一流の登山家が口にするような文言にプンスカと怒りつつもユウトはガイルズが取り逃がした魔物達を切り払っていく。


「ちょっと気を抜かないでください!」


「何もする事が無いって言ったのはお前のほうだろうが!」


「そんな優しさいりませんよ!」


どう考えてもガイルズがワザと取り逃がしている魔物を切り裂きながら、ユウトは全く伝わらないガイルズの優しさを否定する。


「わがままな奴だな!」


纏めてガイルズに襲いかかってきた魔物の群れ数十匹を前にたった一振りで切り崩しどんどんユウラギの奥地へと向かって行くガイルズ。


「たく、やっぱり化物だなあの人は……」


ボソリという呟きながら、ユウトは今までの流れを頭の中で冷静に整理分析し始めた。


(冷静に考えれば、ガイルズさんのとった行動は悪くない、いやあの状況だったらそうするしかなかったとさえ思う……ただその事がサイデリーとヒトクイ側にちゃんと伝わっているのかが心配だ……)


ガイルズの行動が思った以上にサイデリーとヒトクイの兵達に有利に働いていると考えるユウトではあったが、その意思がちゃんと伝わっているのかが不明であり、この先サイデリーとヒトクイに合流した時の事を思うと憂鬱で仕方が無い。


(でもこうなっては仕方が無い……今は出来るだけ魔物の数を減らし、この道に続くサイデリーとヒトクイの兵達の力をなるべく消耗させないのが先決だ)


そう思ったユウトは走りながら自分の後ろを走る志願兵達に視線を向ける。


「伝令だ、これから魔物達の数はもっと増えてくる、横に広がってガイルズさんがとりこぼした魔物を絶対に排除しろ!」


ユウトの言葉に近くにいた志願兵達は野太い声で返事をすると、ユウトの言葉を後ろの志願兵達に回していく。


「伝令役を含めた魔法使いは僕らの足に追いつけずに後方にいるだろう……後方にいる者達は、魔法使い達の護衛もしてやってくれ!」


ユウトの指示が伝言ゲームのように後続の者達に伝わっていく。ユウトの場所からでは自分の出した指示がちゃんと伝わっているか分からなかったが、その伝言がちゃんと伝わっていると願うしかなかった。

 ひとしきり指示を出し終えたユウトは再び前方をみると、明らかに先程の魔物達とは体格が異なる魔物達がガイルズに襲いかかろうと向かって来ていた。


「うっほ! 骨のある奴が来た!」


列の一番先頭ではしゃぐ志願兵を率いる男が一人。ユウトはガイルズの言葉にため息を吐いた。


「あんたは自分の立場を理解しろ!」


そういいながらガイルズを追い抜き前に出たユウトは手に持つ剣を光らせると、不規則に剣を振りはじめる。すると剣先から鋭い刃のような風が生み出されていく。

 次の瞬間、その風の刃は獲物を狙う狼のように目の前に壁のように立ちはだかる魔物達を一瞬にして細切れにしていった。


「あら……思ったよりも骨が無かった」


ユウトの戦いを眺めながら残念そうな声をあげるガイルズ。


「残念そうにしないでください!」


「だって骨があると思ったんだもん」


「もんってなんですか気持ち悪い、こんな所で骨のある魔物に出くわしたくないですよ、まったく!」


再びプリプリと怒りをあらわにしながらガイルズの後方へと戻っていくユウト。

 骨があるとガイルズ思った魔物の正体は、一つ目の巨人であった。この場にいる者誰一人として見たことがなく強さも分からない魔物をあっさりと細切れにしてしまったユウトの腕はやはり本物なのであろう。

 しかしユウトがガイルズの後方に下がった直後、同じ種類の魔物が先程よりも大群でガイルズの達の目の前に現れた。だがガイルズは特大剣をたった一振りするだけで一つ目の巨人達を肉塊にしていった。その光景を目の当たりしたユウトは、底が知れないとガイルズの強さにただただ脱帽するのであった。


「所でガイルズさん、僕達は何処に向かっているのですか?」


ユウトは自分達が走る先に一体何があるのかガイルズに尋ねた。


「ん? ……強い奴がいる所…… そう俺は強い奴に会いに行く!」


「だから、どこぞの格闘家が言いそうな台詞を吐かないでください! ……というか流石にガイルズさんそれは待ってください!」 


ガイルズが言う強い奴、それは即ち魔王がいる場所である事はユウトも理解している。だからこそガイルズを止めるユウト。


「魔王に挑むのは流石に後続のサイデリーやヒトクイと合流してからにしましょう、それまでは周辺の魔物を掃討するのが先決です!」


いくらガイルズの力が化物であってもこのまま魔王がいる場所に向かうのは流石に無謀だと判断したユウトは、サイデリーとヒトクイの合流を持つ事をガイルズに提案した。

 するとガイルズはピタリと走るのをやめ足を止めた。


「ガイルズさん」


自分の提案が通ったと思ったユウトはホッと胸をなで下ろした。


「……ユウト……本当に骨のある奴が現れたぞ」


「えッ!」


ガイルズの言葉に視線を前方に向けるユウト。


「女性……?」


ユウトとガイルズの視線の先には女性の姿があった。サイデリーやヒトクイ、志願兵の中には女性の兵士もいる。しかしどう考えても、ガイルズよりも先回りが出来る女性などいない。


「ユウト……少し下がれ、後続にもそう伝えろ」


ガイルズは静かにユウトにそういうと、特大剣を両手で構えた。


「え、ええ……!」


 ガイルズの様子に戸惑うユウト。それはガイルズの発した言葉が今までの軽口では無く、真剣そのものであり即ちガイルズの求める強敵が現れた事を意味していたからだ。


「……あれが何だかは分からないが、気味の悪い黒い霧を体から発している人間はいないよな……」


黒い霧を戯れるように体に纏わせている女性は、無気力なその視線でガイルズを見つめた。


「……こりゃかなり骨が折れそうだ」


言葉とは裏腹に強敵に出会えた事にガイルズの表情は嬉しそうに歪んでいた。



ガイアスの世界


 ユウラギの魔物 一つ目の巨人


 人の数倍はある体格を持つ巨人。その巨人の特徴は目が一つしかない事。見た目通り動きは鈍く、知能は低いが力は恐ろしいほど強力である。

 巨人と名がついているが、人類や獣人とは何の関係性もなく、その姿が人に近いから巨人と呼ばれているだけである。

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