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最後で章 5 待ち人

ガイアスの世界


 伝説の武具ナイトのその後


黒い球体を射抜くために全ての力を一点に集め大槍の形となったナイトの一撃は己の自我を消失するという代償を持っていた。

 戦いの後、黒い霧から解放されたソフィアは地面に突き刺さるナイトを発見回収するが、自我を失ったナイトが話しかけてくることは無かった。

 幸いにもナイトの力は残っており、ソフィアはその力を使うことが出来るようだ。


 最後で章 5



闇の力渦巻く世界、ガイアス




― 現在 サイデリー製大型船内 ―


 突然起こった破裂音は、サイデリー製大型船中に響き渡った。当然その音を聞き逃す者などサイデリーの兵の中には誰もおらず、サイデリーの兵、盾士達は各々作業していた手を止め、突然の破裂音の原因を探るべく大型船の内部を右往左往し始めた。

 

「……騒がしくなってきたわね」


騒ぎの張本人であるソフィアと名乗った女性は、ブリザラと瓜二つであるその顔には似合わない鋭い眼光をユウトに向けながら、周囲が騒がしくなってきた事を感じ取っていた。


「……」


ソフィアの言葉に、誰の所為だ――と喉元まで言葉が出かかったユウトであったが、もしそんな言葉を口にしようものならば、一瞬にして自分の顔は自分の後方にある壁のように飛散な結果になるであろうと喉まで出かかった言葉を飲み込みこんだ。

その理由はソフィアの口にした言葉であった。殺気を隠すことなく放つソフィアの視線から目を離し準備運動をするように手を閉じたり開いたりしている右腕に視線を向けるユウト。その右腕にはソフィアが身に着けている他の装備とは明らかに違う鈍く鋭く光る手甲が纏われていた。その手甲からはユウトにでも分かるほどの異質な力が放たれておりユウトは一瞬にしてそれが普通の手甲では無い事を理解した。だからこそ喉から出そうになったソフィアに対しての文句を必至にしまいこむユウト。自分に殺意を向けるソフィアに視線を戻したユウトは顔を引きつらせた。


「あ、あの……すいません……僕は……」


ただなぜソフィアが自分に殺意を向けるのか分からないユウトは、勇気を出して自分には記憶が無いという事実を告げようと、しどろもどろになりながら口を開く。しかしその途中でユウトの言葉は、バン―—という扉が開く音とともにかき消された。ユウトとソフィアは音のしたほうに同時視線を向けた。


「ソフィアさん!」


先程までユウトが居た部屋から飛び出してくる人影。その正体はサイデリーの王ブリザラであった。


「サイデリー王!」


「ブリザラ……!」


ブリザラに対して全く異なった感情で呼びかけるユウトとソフィア。部屋を飛び出してきたブリザラは急ぐように足を速めユウトとソフィアに向かって来る。距離はまだあるもののすぐさま近づかれる距離であると判断しソフィアは、何か不味い事でも見られたかのような表情を浮かべるとはすぐに視線をユウトにもどした。


「ソフィアさん……その人は……違うんです!」


「何が違うっていうの! こいつは……こいつは……」


殺気立つ目を一度閉じたソフィアはそこで言葉を切ると再び目を開けユウトをしっかりと見つめた。

 自分を操り何の罪もないガウルドの町や人々を苦しめた者達の一人であるとユウトを見て再確認するソフィア。


「船の甲板で待っていろ……絶対逃げるなよ」


急に顔をユウトの耳元に近づけたソフィアは言い終えるとすぐさま姿勢を低くしユウトの視界から消える。


「えッ?」


ソフィアが何を言っているのか、何をしようとしているのか分からず姿勢を低くしたソフィアに視線を向けるユウト。


「ガハッ!」


次の瞬間何が起こったのか分からないままユウトは、みぞおちに鈍い衝撃を感じた。その衝撃は直ぐに痛みへと変わりユウトは苦悶の表情を浮かべる。だが重い一撃に対して苦しませる暇も与えずにソフィアがユウトのみぞおちに放った一撃はその威力を残したままユウトの足を浮かせ通路の上に舞い上げ、通路の天井へと吹き飛ばしていく。ユウトはみぞおちに貰った一撃を抱えながら天井を突き破り一瞬にてその場から姿を消したのであった。


「……ソフィアさん」


もう一度自分の名を叫んだブリザラの声にピクリと肩を揺らすソフィア。だがそれを振り切るようにしてソフィアは頭上に空いた甲板にまで続く穴に視線を向けた。


「……ごめん……ブリザラ」


消え入るような声でブリザラに謝るソフィアは頭上に空いた穴に向かって飛びこんでいった。


「ソフィアさん!」


ソフィアとユウトが居た場所に間に合わなかったブリザラの声が通路に響き渡る。


『王よ、追うぞ!』


「うん……きっと甲板にいる」


伝説の盾キングの言葉に頷いたブリザラはソフィアが向かう場所をすぐさま言い当てると長く続く通路を走り出し、後を追うのであった。





― サイデリー製大型船 甲板 ―


「ガハッ……うぐぅ……」


サイデリー製大型船の天井を三枚突き破った所でユウトの体は勢いを失い止まった。そこはソフィアが言っていたようにサイデリー製大型船の甲板であった。全身に酷い鈍痛を感じるユウトは呼吸ができずかすれた声を上げる。


「よっと」

 

ユウトが突き破った穴から姿を現したソフィアは、先程とは違い落ち着いた声色で横たわるユウトに視線を向ける。


「あっ……ガハッ……はぁはぁはぁ……」


詰まっていたものが吐き出されたように呼吸できるようになった肺に息を詰め込んでいくユウト。


「……時間が無い……さっさと立て」


「ガハッ!」


うずくまるユウトを蹴り上げるソフィア。先程のみぞおちに入った拳に比べ威力は低いにしろ腹部に入った蹴りはユウトの表情を歪ませるには十分な威力であった。


「はぁはぁ……うぐぅ……」


痛みを堪えながらソフィアに視線を向けるユウト。


「あの……話を聞いてください、僕は……」


どうにかしてまずは話を聞いて貰おうとソフィアに話かけるユウトであったが


「はぁ……?」


ユウトの言葉を拒否するように低く唸るようにしてソフィアの口から疑問の声が上がった。


「……なぜ、私がお前の話を聞かなきゃならない……」


ソフィアは怒りにまかせ右足を上げユウトに向けて振り下ろす。しかしユウトは間一髪の所で立ち上がりソフィアの踏みつけを回避すると距離をとった。


「いい加減にしてください……僕はあなたにこんなことをされる理由を知らない!」


ユウトは肩で息をしながら、腰に帯剣する剣の柄に手をかける。


「知らない……だと……訳の分からない事を、まあどうでもいい……私はあんたと話をするつもりはない、あんたはこの場で殺す」


ユウトに対してはっきりと殺意を口にするソフィア。


「なぁ!」


 自分を殺すと宣言したソフィアの右腕の手甲が突然光を放ち始めると、手甲は形を変えソフィアを飲み込んでいく。


「な、何……?」


強い光がユウトの目を眩ませる。しかしすぐに光は弱まりユウトに正常な視界を取り戻させる。正常にもとったユウトの視線の先には全身防具フルアーマーを纏ったソフィアの姿があった。


「えっ?」


なぜ今まで軽装だったソフィアが全身防具フルーアーマーを纏っているのか理解できないユウトの口からは驚きと疑問の声が漏れた。

 

「……さあお前も正体を現せ!」


ソフィアは腰に帯剣していた剣を引き抜くと、驚きの表情のまま固まっているユウトに向かって走り出した。


「えっ! のあッ!」


目にも止まらぬ動きでユウトに接近するソフィアから放たれる刃。それは今のユウトには殆ど見えない速度であった。だがそれでもユウトはガイルズが認めたその潜在能力と勘だけでソフィアの放つ刃を鼻先ギリギリで避ける。

 ユウトの本能が危険であると告げている。気付けばユウトは腰に帯剣していた剣を引き抜きソフィアに向ける。


「……はぁはぁ……」


たった一撃ソフィアの攻撃をかわしただけででユウト体は発熱し、おびただしいほどの汗が流れた。


「はぁああああああ!」


しかしそんなユウトの都合などお構いなしにソフィアは声を張り上げながら次の攻撃動作へ移っていた。


「のあ!」


一撃一撃とユウトの潜在能力を試すかのように速度が上がっていくソフィアの斬撃がユウトに襲いかかる。何発何十発と放たれるソフィアの斬撃による連撃。ユウトは防ぐ事で精一杯であった。


「も、もう……耐えられない」


いくらユウトの潜在能力がズバ抜けているとしても実力が伴っていなければその潜在能力も生かしきれない。攻撃速度、攻撃の重さ、技の切り替えし、どれをとっても今の実力ではソフィアに太刀打ちできないと自分の実力の無さを痛感するユウトの表情が苦悶に歪む。     

 ソフィア斬撃を何度も受けるうちにユウトの腕は限界の域に達し始めていた。痺れる手、上がらなくなる腕。速度に追いつけなくなる体。だがそれでもユウトは喰らいつくようにしてソフィアの攻撃をかわし弾き押えていく。


「ああああああ!」


ソフィアの突然の発狂とともにユウトの胸に衝撃が走る。それはソフィアの放った前蹴りであり再び息が出来なくなったユウトは声を詰まらせながら甲板の端へと抜き飛んでいく。


「何だそれは! なぜ反撃してこない! 余裕の表情で私の剣をかわし弾き押し潰さない! なぜ得体の知れない術を使い私を襲ってこない! なぜ、なぜだ!」


苛立ちを隠せず喚き散らすソフィアの言葉はユウトには理解できないものであった。いやそれ以前にソフィアの言葉を聞く余裕が今のユウトには無い。吹き飛ばされたことでソフィアの永遠とも思える剣の乱舞は終わったが、胸に叩き込まれた蹴りは思った以上にユウトを苦しめる。


(……肋骨がいったかもしれない)


うまく息の出し入れが出来ず無理に息を吸おうとすると酷く胸が痛む。冷静に自分の体の状況を頭で理解するユウトだったが、体は痛みの所為でその場から動けずうずくまっていた。


「ガッハ……!」


今までユウトの体に流れていた血液が口から吐き出される。ボトボトと零れおちるユウトの血は甲板の一部を赤く染めた。

 コツコツ――甲板を響かせる足音。ソフィアが近づいてくる事に気付いたユウトは苦しみ悶えながら顔を上げる。


「ハッ……!」


ソフィアとユウトの距離はそれなりにあったはずだ。しかしユウトが顔を上げた瞬間、視線の先には自分を冷たい視線で見下ろすソフィアの姿があった。


「……遊びのつもりか……いい加減にしろ!」


ソフィアは左足を上げるとユウトの顎を蹴り上げる。


「カッハッ!」


顎を蹴り上げられたことによって脳が揺さぶられるユウト。意識が途切れそうになる感覚が迫ってくるがソフィアは易々とユウトの意識を飛ばさせたりはしなかった。顎が上がった事によってユウトの体も起き上がる。その流れのままソフィアはユウトの負傷した胸を踏みつけるようにして、蹴り上げた左足を振り下ろした。


「ガァ……アア!」


ユウトの口から漏れる声にならない声。響かない悲鳴。


「はぁ……もういい……私の目的はあんたを殺すこと、強かろうが弱かろうがそんな事はどうでもよかった」


苦しむユウトを眺めながら失望ともとれるため息を吐くソフィアは、自分が口にした言葉に本心では納得していないのか踏みつける足に力が入った。ギシギシと自身の骨が軋む音が痛みへと変化するユウトの表情は更に歪む。


「……もう……終わりにする、そして私は先に進む……」


ユウトとの戦いを終わりにすると宣言したソフィアは右腕を突き上げた。すると突然ソフィアが纏っていた全身防具フルアーマーは先程と同じ光を発し溶けるようにして形を変える。

 戦闘態勢を解いたソフィアの姿を見てこれで終わると安堵するユウト。しかしそれが違う事を次の瞬間にユウトは気付いた。

 夜空に突き上げたソフィアの右腕に集まる光。今まで全身防具フルアーマーであったそれは大槍へと姿を変える。

 その手にはソフィアよりも大きな大槍が握られていた。それは二年前フルード大陸で黒い球体を貫いた大槍であった。大槍の刃をユウトの鼻先に向けるソフィア。鼻先に向けられた大槍からは手甲であった時よりも更に強い力を感じたユウトはその力を前に一瞬にして自分の死を連想してしまった。

 なぜ自分の命が狙われているのか、なぜここまでソフィアは自分を憎んでいるのか、分からないまま死ぬのかと絶望するユウト。


「いやだ……」


「……」


小さな呟きを聞き逃さなかったソフィアはユウトの胸を踏みつけていた足に再び力を入れる。


「がぁ……」


叫びすぎたのかかすれたユウトの声が漏れる。ソフィアは大槍をユウトの鼻先から一旦離すと、ユウトに大槍を突き立てる構えをとった。


「いや……だ……いやだ!」


溶岩のようにグツグツと湧き上がってくる生への渇望。ユウトの中に灯る光は己の中に眠る力を再びこのガイアスに呼び起こそうとしていた。


― 誰かが呼んでいる ―


暗い洞穴の中から聞こえる誰かの声。その声に手を差し伸べるべきなのか、それとも弾き返すべきなのか死を連想してしまったユウトに選択肢は無かった。

 得体の知れない何かに手を差し伸べようとするユウトの手にまるで迫ってくる手。


― この手を掴めば ―


「ソフィアさん!」「ユウト!」


その瞬間二人を呼ぶ声と共に揺れる甲板。


「ハッ!」


その声にユウトは我に返ったように息を吐いた。


「おいおいユウト……これから一体何をおっぱじめるつもりだったんだ?」


「ガイルズ……さん」


ユウトの視線に映ったのは、志願兵統率役、ガイルズの姿であった。ガイルズはユウトの腕を握りしめていた。


「たく、帰って来るのが遅いと思っていたら、こんな所でドンチャン騒ぎおっぱじめやがって」


悪戯する子供のような笑みを浮かべるガイルズは握っていたユウトの腕をゆっくりと離した。


「……僕は何を……」


ユウトはガイルズから視線を外すと周囲を見渡した。そこには大盾を構えているサイデリーの王ブリザラの姿があった。その後ろには尻もちをつき驚きの表情でユウトを見つめるソフィアの姿もあった。


「あれを見てみろ」


親指を立て自分の後方を指差すガイルズ。そこに視線を向けたユウトは驚きの表情を浮かべた。

 そこには大きな爆発でもあったのか歪な形をした小島がありしかもその小島全体が燃え上がっていた。


「お前、魔法使いの方が才能あるんじゃねぇの」


船の近くで島が燃え上がっているというのに何とも呑気な声でユウトに声をかけるガイルズ。


「え?」


ユウトはガイルズの言葉が理解できなかった。その言葉通りの解釈をすると、島が燃えている原因を作ったのは自分になる。だがユウトは魔法使いになった覚えはなく、そもそも自分がそんな高火力な力を扱えるとも思えなかった。


「あれを……僕がやったんですか……」


実感は無い。しかし状況がユウトに真実を告げる。ガイルズもブリザラも、何より驚きを隠しきれないといったソフィアのその表情が事実を語っている。


「いや~一世一代の戦いの前に良いものを見ることが出来た、俺は大満足だ……ユウト、お前には期待しているぞ、ただし人には向けるなよ」


ユウトの仕出かした事を責めるでもなく、満面の笑みを浮かべながらユウトの頭を優しく撫でるガイルズ。その言葉にユウトは自分がソフィアに向けて得体のしれない大きな力を放っていたのだと理解した。そしてそれを大盾を構えたブリザラが弾いたということも。


「……でだ……ソフィア」


ガイルズはソフィアとブリザラに背を向けながらそういうと負傷しているユウトに肩を貸しながら立ち上がる。


「……お前、俺の可愛いユウト君に何しやがった」


静かだった。だがそれが不自然である事をユウトとソフィアは知っている。本来のガイルズは馬鹿がつくほどの陽気さを持っている。しかしその陽気さが一切籠らないガイルズの声は、言葉事体は茶化しているがただただ静かであった。それ故にソフィアの背筋が凍る。


「……」


震えがソフィアの全身を襲う。しかしソフィアはそれを表に出さないよう精一杯力みながら立ち上がった。


「何をしたのかなソフィアちゃん……」


「ガイルズさん、待ってください!」


猫なで声でソフィアに質問をするガイルズ。しかしやはりその声は静かであった。

 そんなガイルズをブリザラの真紅の目はしっかりと捉えていた。何処にそんな力を持っているのかも分からないほどに膨れ上がってきているガイルズ、力の塊を。危険を感じたブリザラはたまらず一方的なガイルズの会話に割り込んだ。


「ここはどうか納めてください」


「……黙っていてくれよ、オウサマ……これは俺と殺気がただ漏れの力に溺れた馬鹿との話だ」


ガイルズはゆっくりと振り向き自分に向けて殺気を放っているソフィアを見つめる。


「しばらく会わないうちに、とんだ馬鹿になったな……ソフィア」


「う、うるさい……黙れ!」


「止めてくださいソフィアさん」


これ以上ガイルズを刺激してはならないと判断したブリザラはソフィアを止めようとするがブリザラの制止を振り切りソフィアは大槍をガイルズに向けた。


「お前……それがどういう意味か分かってるよな……」


「うるさいうるさいうるさい! 黙れぇぇぇえええ!」


飛び出すソフィアは迷わずガイルズに向けて大槍の刃をつき出した。しかし。


バギャン―—鈍い音と共にガイルズは腕でソフィアの大槍を弾く。手元から飛び出した大槍は宙を舞い甲板に突き刺さった。


「……本当に馬鹿になったなソフィア」


「あんたに言われたくないわ! スプリングが大変な時にどっかにいった最低なあんたになんか!」


ソフィアの目からは大粒の涙があふれていた。


「最低か……フゥ……確かにそうだな……」


鼻を鳴らし自傷気味な笑みを浮かべるガイルズ。その態度に大粒の涙を流していた目を見開きガイルズにズカズカと近づいていくソフィア。


次の瞬間、パン―—という小さな破裂音がその場に響いた。ソフィアは平手でガイルズの頬を叩いていた。自分の意思に関係無く横を向いたガイルズは少し驚いた表情で硬直する。

 一瞬静まり返るその場。


「……これで気が済んだか……」


静寂を破ったのはソフィアに平手をくらったガイルズであった。


「……そんな訳無いでしょ! 私はあんたも許さない、絶対にあんたとそこでボロボロになってるユウトを殺すわ!」


「そうか……長い事かかりそうだな」


「うっさいわよ!」


そう吐き捨てると背を向けその場を後にするソフィア。その背を少し寂しそうに見つめるガイルズ。


「ソフィアさん待ってください」


ブリザラはガイルズとユウトに慌ただしく一礼するとソフィアの後を追って駆けだしていった。


「……」


何が何だか状況が理解できないユウトは茫然と去って行くソフィアとブリザラを見つめていた。


「さて、俺達も帰るぞ」


「まってください、ガイルズさん」


ボロボロなユウトは痛みを堪えながら自分の体を気遣ってくれるガイルズに声をけた。


「なんだ……傷の手当てもしなきゃならんから早くしろ」


「……あのソフィアさんって人はもしかしてガイルズさんの恋人……イタッ!」


そう言いかけたユウトの頭上にガイルズの拳が落ちた。


「お前どこをどう見ればあいつと俺が恋仲なんて思うんだ?」


「冗談ですよ」


「冗談言えるなら海に放り投げるぞ」


「い、いえ……勘弁してください、今放り投げられたら間違いなく死んじゃいます!」


本当にやられそうだと顔を青くするユウト。


「あの……ガイルズさん」


「なんだよ五月蠅いな……今度つまらない冗談言ったら、本当に放り投げるぞ」


若干苛立っているガイルズに怖気づくユウト。


「でなんだよ?」


怖気づいたユウトを察したのかガイルズはユウトに話すよう促した。


「……ソフィアさんって人は……ガイルズさんの昔の仲間だったんですか?」


「……さあ……どうだろうな……」


ガイルズの言葉にはぐらかすのかと思ったユウトであったがその顔を見てそのそう考えるのをとどまった。何かガイルズは想いにふけるような表情をしていたからだ。


「……まあ彼奴との関係はおいおい話してやるよ……多分」


「多分って何ですか!」


「本当にお前五月蠅いな……もう行くぞ!」


「うわッ!」


ユウトに肩を貸すのが面倒になったガイルズは、ユウトを軽々背負うとサイデリー製大型船の甲板から人間とは思えない跳躍力で飛び出した。


「ちょ、何してるんですか!」


「黙れ、舌噛むぞ」


慌てるユウトを背負いながらガイルズは自分達の船へと目指し船から船へと飛び移っていく。


「今日は災難な一日だ……」


ガイルズの背に背負われたユウトは涙目で呟くのであった。





「ソフィアさん話を聞いてください」


早歩きで長い船内の廊下を歩いて行くソフィアを止めるブリザラ。


「むぅ……」


追いついたブリザラは再び目に大粒の涙を溜めていたソフィアの横顔に思わず歩く速度が落ちた。


『王よ、ソフィアは色々と辛い経験をしている、一人にしてやったほうがいい』


「……う、うん……」


 やっとの思いで再開したはずのスプリングとの突然の別れがソフィアの心に相当の負荷をかけているのはブリザラにも理解できた。ブリザラ自身もまたアキを失い同じ境遇に立っていたからだ。涙を溜めながらも強がる背中をブリザラは見つめることしか出来なかった。


 スプリングが死んだとはソフィアは思ってはいない。しかしフルード沿岸から突然スプリングが姿を消してすでに二年の歳月が経っている。いつか帰って来ると信じ続けるにはあまりにも長い期間である。ソフィアの心にもしかしたらという心が芽生えたとしても誰も責めることは出来ないしそう思ってしまってもおかしくはない。

 いつ帰って来るのかも分からないスプリングの帰りを持つという事はソフィアにとって辛い日々であった。そんな気持ちを紛らわせるためソフィアは己が強くなる事を望み訓練に明け暮れた。伝説の武具ナイトと共に。しかしそのナイトはフルード沿岸での戦い以降、一切ソフィアに話しかけることは無かった。 ナイトと同じ存在である伝説の盾キングに、ナイトの状態がどうなっているか聞いたソフィアに突きつけられた事実は余りにも短く衝撃的な言葉であった。

 

自我の消失。人間でいう死。


フルード沿岸で無茶な使い方をした影響でナイトの自我は崩壊したのだろうとキングは言っていた。

 しかしナイトの力は失われずに今もソフィアはその力を扱えていた。その事をキングに話すとキングは少し困ったような声を出しながらソフィアに向かってある事を告げた。

 それはナイトがソフィアを想う強い気持ちからきているのではないかと。結論から言えば本来は有り得ないことだとキング前置きをした。

 キングが導き出した本来ならば有り得ない仮説とは、自我を失ってもソフィアに対する想いだけは強く残り、それが月石ムーンロックと反応して機能だけは残ったのではないかというものであった。そして最後にキングはこうも言っていた。もしこの仮説が当たっているとすればナイトの自我が復元される可能性もあると。

 初めは五月蠅い奴が居なくなってよかったと軽口を叩いていたソフィアであったが、キングのその言葉に、どれだけ自分の事を思っていてくれたのかとナイトの深い想いに気付いた瞬間であった。それと同時にナイトに対して日に日に罪の意識が大きくなっていくソフィアはどうすればこの罪を赦してもらえるのか、ナイトの自我がもどるのか一人考え込んだ。そして行きついた結論は自分が強くなることであった。強くなりナイトを使いこなせるようになれば、ナイトが反応して自我を取り戻すのではないかとソフィアは思った。そうすればナイトに謝る事もできる。そう考えたソフィアは更に訓練を積むことで今では、スプリングに次いで剣聖に近い者と呼ばれるようになった。

 しかしソフィアが待ち望む者達は未だ帰って来ない。どれだけ鍛えてもどれだけ技を磨こうともスプリングとナイトが帰って来る兆しは無かった。


「……力に溺れたか……」


ガイルズに言われた言葉を思い出し更に目に涙を溜めるソフィア。一体自分の二年間は何だったのかと悔しくて仕方が無くなった。


「ブリザラ!」


ピタっと足を止めるソフィアは後方でじっとソフィアの背を見つめていたブリザラに声をかけた。


「な、何ですか?」


「これから飲むわよ」


「え……飲むって……」


「お酒に決まっているじゃない、こうむしゃくしゃしている時は浴びるほど飲んで忘れるのよ、むしゃくしゃしている事を!」


踵を返したソフィアはブリザラの手を取ると引っ張るようにして来た通路をもどり始めた。


「あ、あのブリザラさん、私、未成年で……」


「大丈夫、大丈夫、ヒトクイではもうその年齢は成人よ」


「いや、でもこの船はサイデリーなので」


「堅いこと言わない、そんな事いったらここはムウラガよ、ムウラガにはお酒を幾つになってから飲めるなんて決まり無いわ!」


強引な理屈を並べ強引にブリザラを船内にある食堂に引っ張っていくソフィア。


「だ、駄目ですそんな事をしたら、兵の者達に示しがつきません!」


「大丈夫よ何か言いだしたら私がぶん殴るから!」


「それこそ駄目ですよ!」


こうして正確が全く違う似た顔をした二人はサイデリー製大型船内にある食堂へと消えていく。食堂の灯りは朝まで灯り続けていた。



ガイアスの世界


 各大陸での飲酒に対する決まり


 ヒトクイでは割と早い年齢から酒を飲むことが許されているようで、ヒトクイで生活していたソフィアもたしなむ程度には飲んでいたようだ。

 サイデリーやその周辺国ではきっちりと成人してからではないと酒を飲む事は出来ないようで、ブリザラはまだ一滴も飲んだことは無い。ブリザラ自身も興味がない訳ではないようだが、そこは一国の王としてちゃんと決まりを守っている。


ムウラガでは基本酒の文化が無く、決まりも無い。よって倫理観は別としてどんな年齢でもお酒を飲むことは可能である。


ヒトクイからサイデリーに渡った未成年はお酒は飲めない。その逆にサイデリーからヒトクイに渡った未成年は、ヒトクイで許可が下りる年齢に達していればお酒を飲むことはできる。


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