最後で章 2 心の変化
ガイアスの世界
ヒトクイ製大型船
ヒトクイ製大型船は、サイデリー製大型船とは違い氷を割る能力は持っていない。それはヒトクイ周辺の海は氷が張っていないからだ。それ故にフルード大陸周辺に入った時は少し苦労したようだ。
ヒトクイ製大型船の特質するべき所はその大きさにあった。サイデリー製大型船が通常の船よりも二倍の大きさとするならばヒトクイ製大型船は通常の船の十倍の大きさを誇っていた。
ヒトクイは島国であり昔からよく船を利用し漁業などをしていた。それ故に船大工の技術が発達し通常の船の十倍もある大型船を造れるだけの技術を持っていた。
最後で章 2 変化
闇の力渦巻く世界、ガイアス
サイデリーと周辺国、ヒトクイの兵達を乗せた何十隻もの船はムウラガ大陸圏内に入っていた。
「サイデリーから意思伝達魔法、周辺に黒魔物確認、ただちに戦闘準備をと!」
「よっしゃ! 野郎共戦いの始まりだ気張っていけ!」
「「「オオオオオ!」」」
特大剣を担いだ大男の叫びによってヒトクイ製大型船にいた戦闘職の者達は雄叫びをあげる。
「お、おお……いい返事いい返事」
船内に響き渡る荒々しい雄叫び。それはどう聞いてもヒトクイの兵達のものでは無かった。その者達の雄叫びに大男は耳を塞ぎながら二ヤつく。
二ヤつく大男の視線の先にはどう見てもヒトクイの兵には見えない人相の悪い者達がいた。大男が今いる場所、そこはヒトクイ製の船ではあったが、ヒトクイの兵はごく僅かしか乗船しておらずその殆どが国の呼びかけに集まった剣士や弓使い、魔法使いなどを示す戦闘職と呼ばれる者達であった。
ヒトクイは魔王討伐作戦を実行するうえで国の兵達だけでは戦力が心もとないと考え、国中にいる戦闘職達に魔王討伐作戦への参加を呼び掛けた。
ヒトクイの呼びかけに冒険者達は烈火の勢いで参加を示した。
「ああ? 俺達の邪魔をする奴の頭をぶっ潰しに行くんだろ! 行くに決まってんだろうが!」
「……ええ、私達の狩場を荒らして好き放題にしている輩に鉄槌をくれてやりますよ」
「ああ……被害にあった家族の為にも俺は絶対にその元凶って奴をぶっ潰してやる!」
「素材……欲しい……」
自分が進む道を邪魔された者、稼ぎ場としていた場所を占拠された者、家族が被害にあい復讐を誓う者、希少である黒魔物の素材を手に入れたいという者、それぞれ色々な思惑を胸に大勢の戦闘職達はヒトクイからの魔王討伐に参加する事を表明していった。
そんな思惑を持った戦闘職達をヘラヘラと笑みを浮かべながら見つめる大男。背中に自分と同じ身の丈はある特大剣を背負った大男は、次ぎに大部屋を飛び出していく戦闘職を見送るように見つめる。
「ふふふ、こいつら本当に分かっているのか? ここが地獄だって事を」
大男の前を通り過ぎていく戦闘職達の顔は何処か楽しそうな表情をしていた。
「ガイルズの旦那! あんたの腕っ節、期待しているぜ!」
大男をガイルズと呼んだ一人の大斧を持った戦闘職は、立ち止まると憧れの眼差しを向けながらガイルズに期待している事を告げると飛び出すようにしてその場を去って行った。それにならうようにして他の戦闘職もガイルズを一瞥すると走って大部屋から出ていった。
「……あらま、期待されているのね、俺……」
恥ずかしさを隠すためかとぼけるような素振りを見せるガイルズは、自分を一瞥して外に飛び出していく戦闘職達を見送っていく。
二年前ヒトクイの城下町であるガウルドでとある騒動に関わっていたガイルズは騒動が終結すると同時に早々に姿を眩ました。ほとぼりが冷めるまで静かにしていよう考えていたガイルズであったが、二年前のある時期を境にして現れるようになった黒魔物の出現によって静かにしているどころか表舞台に引っ張り出されることになった。
「たく……あの女……同族をこんな地獄に放り込むなんて……」
ガイルズは自分を地獄に送り込んだある女性を思いだし悪態をついた。
― 一年半前 小さな島国ヒトクイ 地方山脈奥地 ―
黒魔物がヒトクイにも姿を現すようになった頃、ガイルズはヒトクイの地方にある山脈の奥地にいた。
≪ギシャアアアアアア!≫
夜空に突然、山脈を切り裂くのではないかという甲高い咆哮が鳴り響く。その咆哮の主は咆哮を終えると威圧するように対峙するガイルズを見つめていた。
「おろろ……、こいつが巷で噂の黒魔物ってやつか……」
肌にビリビリと『闇』の力を感じつつ、しかしそれに動揺することなくガイルズは後頭部をポリポリとかいた。
「うーん……見た目は……ドラゴンか……」
黒く染まる鱗を見渡しながらガイルズは後頭部を触っていた手を背に担いでいた特大剣に回した。
「……やるなら答えてやるけど、どうする?」
動揺はしていないかガイルズの中には戸惑いがあった。目の前に対峙する黒い鱗を持つドラゴンからは確かにガイルズにとって宿敵である『闇』の気配が感じられた。しかしその気配の中に何か別のものをガイルズは感じていたのだ。
それがなんであるのかは分からない、だがどことなく『闇』の力を持ちながら神に近い力を持ったとある国の王のような感じに近いものをガイルズは目の前に対峙する黒い鱗を持つドラゴンから感じていた。
だが自分の目の前に対峙する黒い鱗を持つドラゴンはある国の王とは似ても似つかない存在である。それがガイルズを戸惑わせる大きな要因であった。黒い鱗を持つドラゴンはガイルズの言葉をかき消すように咆哮にする。
「だよなッ!」
咆哮が答えであると受け取ったガイルズは、一息で自分の背中に担いでいた同じ身の丈ほどの特大剣を引き抜きドラゴンから放たれた咆哮を切り裂くように一歩前に出た。
空気を切り裂くような音を立てたガイルズが持つ特大剣を見つめる黒い鱗を持つドラゴン。しかしガイルズも黒い鱗を持つドラゴンもそこから一切動かなかった。いやガイルズは動く必要がなかったのだ。そして黒い鱗を持つドラゴンは動かなかったのではなくすでに動く意思すら持っていなかった。ガイルズが背中から特大剣を引き抜いた時点ですでにこの戦いは終わっていた。
ゆっくりと時間をかけて黒い鱗を持つドラゴンの首がずり落ちていく。自分の身に何が起こったかも理解することなく意識を絶たれ首を切られた黒い鱗を持つドラゴンの首はガイルズを見続けたまま地面に落ちた。
「なるほど……こりゃ少々厳しい相手だな……」
全くそうは感じさせない声色で自分が持つ特大剣の感触を確認しながら、首を切り落とした黒い鱗を持つドラゴンの首を見つめるガイルズ。見た目あっさりと終わった戦いではあったが、その僅かな時間で対峙した黒魔物の力量を見抜いたガイルズは厳しい表情になっていた。
「はぁ、やっとみつけたぞガイルズ!」
「あっ?」
突然呼びかけられたことによってガイルズは人目を気にしている立場だというのに迂闊に振り向いてしまった。
「あ!」
自分に声をかけてきた女性の顔を見た途端、不味いという表情になるガイルズ。そこにはガイルズが今一番顔をあわせてはならない者の一人が立っていた。
「全く手間をかけさせて、探したぞ」
慌てるガイルズを尻目に息を整えながら近づいてくる女性。
「ど、どうやって、俺がここにいるって分かった?」
ガイルズは時間を稼ぐように目の前に質問をすると視線をあちらこちらに向けすぐにでもこの場から逃げだせるルートを考える。
「同族の臭いだ、鼻で辿れば分かる」
「お前は犬か!」
「何を言う我々は聖狼だ、狼や犬は親戚筋みたいなものだろう」
「い、いや……それは違うだろうインベルラ……」
斜め上の答えを口にする女性インベルラに表情が引きつるガイルズ。しかしインベルラは自分の言葉に納得しているのか満足そうな表情をしていた。
インベルラがガイルズに口にした同族とう言葉。ガイルズとインベルラは、見た目普通の人類に見えるが、現在ガイアスで生存が確認されている唯一の聖狼という存在であった。聖狼は文字通り、『聖』の力を持つ狼であり、ガイルズとインベルラはその身を狼の姿に変化させる事の出来る力を持った存在であった。
聖狼はガイアスに自然に存在した生物では無く、人類の手によって作られた生物であった。
数百年前に起きた『闇』の力を持つ夜歩者と人類の戦い。しかし当初それは戦いとは言いがたい夜歩者による一方的な蹂躙といっていいものであった。
人類は夜歩者にその全てが劣っていた。しかしそんな人類にも巧妙があった。人類、大小違いはあるが『闇』に対抗できる『聖』の力を持っていた。その『聖』の力を最大限、限界以上に引き出す事で『闇』の力を持つ夜歩者に対抗しようと人類は考えたのだ。
そして長く辛い年月を経て人類はとうとう夜歩者に対抗する力を作り出すことに成功したのであった。それが聖狼であった。
その牙、その爪、体全身に生えた毛すら夜歩者が苦手とする聖銀に変え、人類では到達できない身体能力を持ち、圧倒的な力を誇る獣、しかし強い力を得ると同時に聖狼になった者はもう人類とは言えない存在になっていたのであった。
「どうしたソワソワして? ……」
「べ、別にソワソワなんかしてねぇよ」
あからさまに動揺をみせるガイルズにインベルラの表情はクスリと笑みを浮かべた。
「ふふふ、そうかお前は私が捕まえにきたとでも思っているのだな、大丈夫だ、別に私はお前を捕まえに来たのではない……いや……ある意味で捕まえに来た事になるのか……?」
インベルラは自分が口にした言葉に対して疑問を持ったのかうんうんと唸り出した。
「……まあとにかくだ、私はガウルドの騒動の件でお前を追ってきた訳じゃない」
ソワソワするガイルズを落ち着かせるようにインベルラは捕まえるために追ってきた訳では無い事を伝えた。
「う……じゃなんで俺を追ってきたんだ?」
インベルラの言葉に落ち着きはしたもののなぜか嫌な予感が心に渦巻いたガイルズは、インベルラの真剣な表情に警戒した。
「……今お前が倒した黒魔物……どう感じた?」
ガイルズが倒した黒い鱗を持つドラゴンの死体を見つめながらインベルラは、ガイルズに手応えを聞いた。
「……ああ、こいつか? ちょろいな……」
「真面目に聞いている」
「真面目だよ……他の奴はどうか知らないが、俺は全く問題ない」
「そうか……」
ガイルズの答えに少しホっとしたような表情になるインベルラ。
「……そうかってなんだよ……」
「ガイルズ、頼みがある」
インベルラ突然頭を下げた。
「な、なんだよ、お前が頭を下げるなんて、明日は槍でもふるんじゃないのか?」
突然頭を下げるインベルラにガイルズの嫌な予感は最高潮になる。
「……魔王討伐に力を貸して欲しい」
「魔王……討伐……?」
己が持つ『聖』の力に反して戦闘狂の一面を持つガイルズの目が輝いた。
「おい、魔王って……滅茶苦茶強い魔王か!」
「ああ」
「何百年かに一度現れるっていう魔王か!」
「ああ」
夜歩者の上位存在である闇歩者スビア、夜歩者から逸脱した力を持ったレーニ、ガイルズは強者を望んでいた。しかしガイルズはそのどちらとも最終的な決着をつけることが出来なかった。
強者への強い飢え、強者への渇き。ガイルズは強い者を渇望する。そんな中インベルラから知らされた魔王の情報はガイルズを歓喜させる。
「ああ、乗ってやるその話!」
ガイルズが感じていた嫌な予感は杞憂だった。いや全く逆であったのだ。
「そうか、やってくれるか志願兵の統率役を!」
「えっ……」
「いや~快く受けてくれて感謝する、お前の事だ嫌だと拒否すると思ってどう説得するか悩んでいたのだ!」
「はい?」
インベルラの歓喜の表情にガイルズの歓喜は一瞬にして覚めていく。
「それじゃ私と一緒にガウルドに戻って志願兵の選抜といこうじゃないか!」
「おいおい、ちょっと待て! 志願兵の統率役ってなんだ?」
「言葉の通りだ、魔王討伐の為、ヒトクイ中から志願兵を募る、その者達の統率をお前に頼みたい」
目を輝かせてガイルズに言うインベルラ。その反面、先程まで活き活きとしていたガイルズの目が死んだ魚のような目になった。
「……インベルラ……悪い他を当たってくれ」
ボソリとそう口にしたガイルズは手に持っていた特大剣を背中に担ぐと、インベルラに背を向け来た道を変えるようにして歩き出した。
「え、ちょま、待て! ガイルズ、私は……いやヒトクイはお前の力を必要としている!」
ガイルズの言葉に戸惑う表情を見せながらインベルラは行かせないと歩き出したガイルズに回り込む。
「なぜだ! 一度は受けると言ったではないか!」
「それは俺が単独で魔王を討伐する場合の話だ、兵隊さん達と仲良く一緒になんて、しかも俺が統率役なんてまっぴらごめんだ」
ガイルズはあくまで強者との単独の戦いを望んでいた。その戦いに他の者達は邪魔でしかない。そう考えるガイルズはインベルラからの願いを断った。
「そ、そんな……」
「大体何で俺が統率役なんだ? その役目はお前の方が適任だろ、御大層な名前のついた部隊も任されている訳だし」
それはインベルラに対してガイアスが抱いた疑問であった。ほぼ一匹狼のように戦ってきたガイルズなどでは無く、ヒトクイの特殊部隊である聖撃隊を任されたインベルラのほうが、志願兵を統率するには適任だと思ったからだ。
「……私はヒトクイに残り、黒魔物からヒトクイを守らねばならない、だから魔王討伐には参加できない」
ああ、なるほどと心の中で納得するガイルズ。『闇』の力を持つ黒魔物に対抗するためにインベルラの持つ聖狼の力は絶対に必要になってくる。インベルラがヒトクイに残るのは当然と言えば当然なのかもしれない。
「うん? 待てよ、お前がヒトクイに残るとしてもだ、ヒトクイには超絶な力を持った立派なオウサマがいるだろう……あいつが指揮をとれば統率役なんて必要ないだろう?」
ヒトクイには夜歩者でありながら、国の人々に自分達の王だと認められた者がいるはずだ。王の力の一端に触れたことがあるガイルズが一番その力を理解していた。だからこそ王がいればわざわざ統率役などいなくても事足りるとガイルズは思った。
「それはできない……」
顔を伏せながら声を震わせるインベルラ。
「……な、何でだよ」
様子が変わったインベルラに首を傾げるガイルズ。
「……ヒラキ様は……フルードで行方不明になられた……」
「えッ!」
インベルラの言葉にガイルズは驚きの表情を隠しきれなかった。
「そ、それはどういうことだ!」
状況が呑み込めないガイルズは思わずインベルラの両肩を掴み叫んだ。
「わ、私も詳しくは知らない……だがサイデリーからの報告によれば、よく分からない黒い球体に呑み込まれ姿を消したと……」
「はっ? それじゃ意味がわかんねぇよ! なんであれだけの力を持った奴が突然行方不明になんてなってるんだよ!」
有り得ない、神に近い力を持った存在であるあのオウサマが訳の分からない物によって姿を消したなんてことは有り得ない。心の中で何度もそう呟くガイルズは、インベルラの次の言葉を待った。
「……ヒラキ様は……行方……不明になられた……それが事実だ」
「……」
インベルラの話に言葉を失うガイルズ。行方不明、インベルラは強くその言葉を強調する。しかしすればするほどガイルズの中では死という言葉が浮かんだ。
「もう……私は……お前を頼るしかないのだ……ガイルズ……頼む……」
俯くインベルラはガイルズにすがるようにして頬から一筋の涙を流した。
インベルラが最も尊敬し敬愛し自分の存在の全てでさえあるとさえ思うヒラキ王を失ったというインベルラの消失感は、計り知れないものであった。しかしそれでもインベルラは、王が愛し守ったヒトクイの為、その国に住む人々の為に、自分の心の中に渦巻く悲しみと消失感を抑え込んで今の今まで気丈に振る舞っていた。
しかし一度決壊してしまった感情は止まることなく悲しみはインベルラを暗い絶望の底へと突き落としていく。
ペタリとしゃがみ込んでしまったインベルラの姿にガイルズは拳を強く握った。
「チィ……分かったよ……その話受けてやる……だがなインベルラ、あのオウサマが死んだなんて絶対に思うな、行方不明だ、オウサマはちょっと休暇してるだけなんだよ」
そう言いながらガイルズは俯き肩を震わせ泣いているインベルラの頭にポンと手を置いた。
「そもそも俺との約束を二度も破るはずがねぇ……絶対にそのうちにひょっこり帰って来る……絶対だ」
インベルラに対して言葉を吐き出すガイルズ。しかしそれは自分に言い聞かせているようであった。
― 現在 ヒトクイ製大型船内部 大部屋 ―
「……あの……ガイルズさん、皆外に出て戦闘態勢に入りましたよ?」
「あ? ああ……悪い悪い……」
声をかけてきた剣を腰に下げたまだ少し幼さの残る青年の声に、ガイルズは我に返り周囲を見渡す。確かに青年が言うように大部屋には先程の騒がしさは無くシーン静まりかえりガイルズと青年以外、誰も居なくなっていた。
「それじゃ僕も外に出ます、面倒くさいとか思わないでちゃんと下りてきてくださいよ」
「ああ、分かってるよ……」
大部屋を去る青年の後ろ姿を見つめながら苦笑いを浮かべるガイルズ。
「……はぁ……まあ、できるだけの事はやった……後はあいつらの運しだいだ……」
最初ガイルズはガウルドに集まった志願兵の数に統率役を引き受けなければよかったと後悔した。ガイルズの前に集まった志願兵の数、約一万。明らかにガイルズ一人でどうにか出来る数では無かった。
しかし志願兵をガイルズの横で見ていたインベルラは「大丈夫お前ならできる」とどこから湧いてくるのか分からない勝手な自信をガイルズに押し付けた。正直すぐにでもガイルズはその場から逃げ出したかったが、「ここで逃げたら、お前を指名手配してやるからな」とインベルラに釘を刺された。
実際ガイルズの実力ならば指名手配されたとしても捕まる心配はなかったが、毎日のように逃げ隠れする生活は御免であり、素直に従うしかなかった。
そして始まるガウルドに集まった志願兵達との訓練も兼ねた共同生活。その共同生活でまずガイルズを悩ませたのが自分の力を把握できていない戦闘職達による襲撃だった。
統率役を代ってもらえるのならば喜んで代ってやると思っていたガイルズは、志願兵達と初顔合わせをした時点で自分の気持ちを正直に志願兵達に告げた。しかしガイルズの言葉は余りにも不器用であった。ガイルズの言葉を聞いた志願兵達はガイルズが思っていた意図とは全く違う捉え方をしてしまったのだ。全く意図とせずガイルズは、志願兵達の心に火をつけてしまったのだった。
こうしてガイルズの悩める一カ月が始まった。どうしてそうなったのか自分を倒したら統率役を代るという本人はそんな事一言も言っていないのに、連日のようにガイルズに挑む者達が現れはじめた。
飯を食べている時も寝ようとベッドに入った時も所構わず襲いかかってくる志願兵達。しかしガイルズもガイルズで最初はいい暇つぶしになると楽しんでいた。
だが一週間も経つといい暇つぶしはただの苦行に成り下がる。いい加減面倒になってきたガイルズであったが、当然ガイルズの気持ちを汲んでくれる志願兵達などおらずより一層激しくなっていった。
ガイルズにとって救いだったのは統率役に興味の無い者が少しはいた事と、一度相手をした志願兵の殆どは二度とガイルズに挑んでこようとはしなかったことであった。
しかしそれでも約一万の志願兵の前では焼石に水の数であり毎日代わる代わる襲って来る志願兵全員を黙らせるのに三週間という時が流れた。
最後のほうなどはガイルズの圧倒的な力を前に志願兵達は手を組み数で押し切る事を考えガイルズに挑んできた。
しかし一カ月もの戦いで一切負けることの無かったガイルズだ。ここにきて数で押し切れる訳も無く数百人の志願兵達は全員地べたに顔を埋め自分の敗北を認めることとなった。しかしこの戦いが決めてとなり不毛な統率役争奪戦の終止符を打つことになった。。
自分達にその圧倒的な力を見せつけたガイルズに志願兵達はガイルズの統率役をやる事を認めたのだった。
そしてこの不毛に思えた統率役争奪戦には思わぬ効果もあった。ガイルズに向かってきた志願兵達の戦闘力や行動力や判断力をガイルズ自身が計れたからだ。
ガイルズは自分に向かってきた志願兵の中から見込みのある者を数十人引き抜くと、ただ自分が楽をしたいという邪な感情から独断と偏見でその者達を勝手に自分を補佐する部隊長に任命した。ガイルズの目は正しくその読みは見事的中し部隊長に任命された者達は、すぐにめきめきと頭角を現すこととなった。
部隊長を置くことによって目に分かるほどに訓練の効率は上がり、部隊長以外の志願兵達も実力を伸ばしていった。
自分達を成長させてくれたと感謝しガイルズを慕う者達も多くなり、ガイルズもまた当初では考えられないほどに志願兵達を熱心に指導するようになっていた。
色々とあった半年だったが、その短い期間でガイルズは志願兵達を魔王討伐作戦で最低限生き残れる実力に引き上げることに成功したのであった。
「数百人を従えて俺を襲ってきた奴が今じゃ俺の事さん付けで呼ぶんだからな……」
大部屋を最後に後にした青年の事を思いだし再び苦笑いを浮かべるガイルズ。青年は優しい表情とは裏腹にとてつもなく頭の切れる男だった。そして何よりも人を引き付ける魅力を持っていた。
そんな事を考えながらガイルズは何百人とムウラガに上陸していった志願兵達が居なくなった大部屋のを見渡した。
「いつの頃からか、俺もあいつらに情が出ちまったな……」
当然ではあるが約一万という数の志願兵達一人一人の名前と顔の全てをガイルズは把握していない。だが約一万という数の志願兵達と共に生活し訓練をしてきたことで絆が生まれたことは紛れも無い事実であり、当初あれほど嫌がっていたガイルズもその絆を少なからず感じていた。
「おっと、俺が仲間の心配をするなんて柄じゃない、キャラブレする所だったぜ、危ない危ない!」
緩んだ表情を引き締めるように顔を両手で軽く叩くガイルズは、誰も居ないというのに誰かに言い訳をするようそう呟くと志願兵達が出ていった扉を見つめる。
「さあ、グダグダしてないで俺も行きますかね」
その扉を通ればそこはムウラガ、自分達が乗船している何十隻もの船を襲おうとしている魔物達がわんさかいる場所、魔王のひざ元と言ってもいい場所であった。ガイルズは更に表情を引き締めると大部屋を後にするのであった。
ガイアスの世界
統率役
ガイアスでは大規模であり大人数の戦争の場合統率役という者が全体の指揮をとる。
統率役の役目はそれだけでは無く、戦いに必要な技術などを兵達に教えるという役目もあり、基本数々の戦場で生き抜いてきた実力者が選ばれる。
ガイルズの場合実力は申し分ないが、性格や指揮などに問題があり、本人もそれを理解していたために最初は嫌がっていた。しかしそこはインベルラの人を見る目の成せる技なのか、実際に統率役をやり始めたガイルズは自分でも驚くほどに統率役としての役目を果たしていった。
余談ではあるがガイルズが選んだ部隊長たちが優秀であった事もガイルズが統率役として成功した要因の一つである。




