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最後で章 1 女難

ガイアスの世界


魔王と死神の考えの違い


魔王と死神は同じ目的のために動いているように見えるが、どうやら最終的な目的は異なっているりようだ。

 その目的がどういったものなのかは近いうちに明らかになることであろう。


 最後で章 1 女難



滅びに向かう世界、ガイアス



 大多数の者は世界が滅びる事など望んでいない。しかし僅かに世界の破滅を望んでいる者はいる。その殆どは個人的な理由、人生がうまくいかないから、恋人にフラれたから、自分以外の者全てが嫌いだからと様々だ。それは自分勝手な理由であり世界を破滅させるだけの理由にはならない。そんな理由のために他の大勢が巻き込まれ世界が滅びるなんてことはあってはいけない。

 しかし大抵そう言った理由で世界の破滅を望む者は、時間の経過によって、内包していたその望みは薄れていくものである。結局破滅しろなどと口にする者の大半は本気で世界の滅びなど考えていない。

 しかしならば僅かにいるだろう本気で世界の滅びを望んでいる者はどういった理由で世界の破滅を望んでいるのだろうか。ガイアスに恐怖を広める魔王は、一体どんな理由で世界を破滅させようとしているのだろうか。

 しかし魔王にどんな理由があろうともガイアスに住む人々にとっては関係無い。自分達の世界を脅かす存在を前に、大国であるサイデリー王国とその周辺国、そしてサイデリーと同盟を結んだ島国ヒトクイは魔王討伐のため立ち上がるのであった。


 ヒトクイの兵達がガウルドを発って数日。無事フルード大陸のサイデリー王国にたどりつく事が出来たヒトクイの兵達は、サイデリーやその周辺国の兵達と合流し、世界を混乱と恐怖に陥れた者が根城にするユウラギへと進路を向け一斉に進軍を開始した。


 フルード大陸の気候の影響で凍った海を割ながら進むサイデリー製の大型船。海に張った氷を割る時に起こる衝撃と突き刺すような厳しい寒さがユウラギへ向かう事の厳しさを伝えてくる。しかしそれでもなお、数万という数の兵を乗せた何十隻にも及ぶ大型船は、迷うことなくまっすぐ進路をユウラギに向けていた。

 厳しい寒さと氷との衝突によって起きる衝撃が常にある大型船の外でサイデリーの王、ブリザラの姿があった。二年前から真紅に染まり続けているその目でブリザラは割れていく氷の先にあるだろう目的地を見つめていた。

 しかし今のブリザラには氷が割れていく光景も海と空の境界線もはっきりとその目で確認することはできない。二年前、目の色が真紅に染まりもとに戻らなくなってから、ブリザラの目にうつる世界はガラリと姿形を変えていた。今ブリザラの目にうつる光景はあまりにも単純でそして残酷であった。


「全てが赤く……そして何もかもが情報でしかない……」


ブリザラの真紅に染まった目にうつるもの、それは全てのものが真っ赤にそまっており、そして本来の形を成していなかった。目に写る海や氷は全て長い棒のような形状で表されている。それをブリザラは瞬時に海や氷だと確認することが出来ているが、他の者からしたらそれを海だ氷゛と認識することはできない。

 それは人、生物でも同じで真っ赤な棒のようなものが、ブリザラに話しかけてきたり近づいてきたりする。本人にしか分からない世界、他人には理解し難い世界がブリザラの視界に広がっているのである。


『王よ、体に障る船の中に入るんだ』


常にブリザラの下にある大盾。どんな攻撃からも守ると言われている伝説の盾キングすらも今のブリザラの視界には赤い棒状の物にしかみえない。しかしそれがキングである事を理解しているブリザラは、以前と何ら変わらぬ反応でキングの言葉を聞く。

 先程よりも船の揺れが大きくなりつつある事と、温度も下がり始めた事を感じたキングはブリザラに船内に入るよう勧めた。


「うん、キング」


素直にキングの言葉に応じるブリザラは、ゆっくりと大型船の上を歩き出すとね船内へ続く扉に向かって歩き始めた。


「ねぇキング?」


ピタリと足を止めたブリザラは、船内へ続く扉を見つめながらキングの名を呼ぶ。


『どうした王よ?』


「……私は王としてちゃんと皆のために出来ているかな……」


『……ああ、私と出会った頃とは見違えるぐらいに王は、王らしくなったと私は思っている』


「……そうか、王らしくなったか……」


キングの言葉に笑みを浮かべるブリザラ。しかしキングにはブリザラの笑みが悲しく見えた。


『王?』


ブリザラの悲しく見える笑顔に何か自分は見落としているものがあるのではないかと不安に襲われるキングはブリザラを呼び止める。


「……」


しかし扉を開くブリザラは無言のまま船内へと入っていった。


「……うーん、どこにいったのかな?」


 サイデリーとヒトクイが入り混じる数十隻の船の中で、一番先頭を進むサイデリーの王ブリザラを乗せたサイデリー製大型船。その船内に何部屋もある大部屋の一つで、周囲を見渡しながら誰かを探している少女の姿があった。

 綺麗に整えられた髪と、そのすぐ下にある表情豊かな顔。その容姿はどこか小動物を思わせ、その姿を見た者は男女問わず癒されることだろう。

 そんな少女が誰かを探しているのか男臭い盾士や兵士達の周りをうろちょろしているのだ、当然その場にいる男達がその少女に視線を向けないわけがない。しかし視線を向けた盾士や兵士達はことごとくその少女から視線を反らしていく。その理由は常に少女を守るようにして周囲に鋭い眼光を撒き散らす一人の女性の姿があったからだ。その眼光の鋭ささえ無ければクールな美女といっても過言ではないのだが、炎のような赤髪と相まって男達は、比喩無に消し炭にされるのではないかと近づくことさえ出来ないでいた。


「ちょっとテイチちゃん、あんまりウロウロされると周囲の兵達が卒倒しちゃうからさ」


兵達が少女テイチと人を消し炭にしかねない鋭い眼光を向ける女性から視線を反らす中、その視線に全く動じない男が軽い口調で少女テイチに話しかけ近づいてきた。


「あ! ランギューニュさん」


全く知り合いがいない中、目の前に突然現れた知り合いを前に目をぱちくりさせながらテイチは声をかけてきた男、最上級盾士であるランギューニュに声をかけ歩き出そうとする。


「テイチ待て……」


しかしランギューニュの下へ行こうとするテイチを瞬時に手で制す女性。


「インフェリー?」


なぜ止められたのか理由が分からないテイチは首を傾げた。


「……テイチ、前から言っている……この男からは悪い気配がする、絶対に近づくなと……」


 テイチを手で制した赤髪を炎のようになびかせる女性、火の神精霊インフェリーは自分とテイチの前に立つランギューニュに兵達に向けていたものとは比べものにならない圧のかかった眼光で睨みつけた。


「インフェリー……」


例え精霊だとしても女性の姿をしたインフェリーからここまで低く響く声が聞こえるのかというほどの声に、二年の間一緒に生活してきたテイチは、インフェリーが警戒している事を察した。しかしテイチからしてみれば色々とサイデリーで噂にはなっているものの、ランギューニュを特別警戒する理由が見当たらない。


「ねぇ何でランギューニュさんにそこまで警戒するの?」


テイチはランギューニュに聞こえないよう小声でインフェリーに疑問をぶつける。


「……」


しかしインフェリーはランギューニュを睨みつける事に集中しているのかテイチの疑問に答えることは無かった。


「毎度毎度、よく飽きないね……」


半ば呆れたように自分を睨みつけるインフェリーに嫌味を吐くランギューニュ。その光景はランギューニュを知る者からすれば珍しいことであった。

 目つきの鋭さはどうともし難いとしてもインフェリーは女性、それもかなりの美女だというのに根っからの女性好きであるランギューニュが反応しないのはおかしいからだ。普段なら一も二もなくすぐに口説きに行くランギューニュが目の前の美女であるインフェリーに嫌味を言うことなど考えられなかった。


「……お前の正体をこの場で口にしないだけ有難いと思え……」


「……ああ、そりゃご親切にどうも……だが、俺が今話しているのは神精霊様じゃない、そのご主人であるテイチちゃんだ……」


神精霊であるインフェリーに対して全く臆することなく挑発まで口にするランギューニュは本来女性に対して絶対に見せることの無い冷たい視線を向ける。

 インフェリーはランギューニュが隠している事に感づいているようであった。 


「……口だけは達者のようだな……だがその達者な口、すぐに後悔させてやるぞ、はん……」


「そこまでだインフェリー!」


ランギューニュとインフェリーの間で火花が激しくちる中、それに割って入るように年老いた声が響く。


「ノームット、止めるな……いい加減……」


「いいやそこまでだ、テイチが怖がっている」


そこに現れたのは土の神精霊であるノームットであった。ノームットの言葉にハッするインフェリーはすぐさまテイチの顔を覗きこむように向ける。


「……」


しかし覗き込んだインフェリーの視線の先にあったテイチの表情は怖がってなどおらず、誰でも分かるほど不機嫌になっていた。


「ノームット、テイチは怖がっているはずだな……」


「インフェリーには怖がっているように見えるんだね、僕には不機嫌にしか見えないけど……」


テイチの肩に突然姿を現した少年は自分の背中に生えた半透明の羽をパタパタさせながらニヤニヤした表情でインフェリーを見つめる。


「シルフェリア……冗談は寝て言うものだぞ……」


風の神精霊シルフェリアの言葉にドキリと胸を跳ね付けるインフェリーはもう一度テイチの顔を覗きこむ。


「……テイチは……怖がっているんだよ……な?」


そう言いきったものの、どこからどう見てもテイチの表情が自分に対して怒りを現している事を理解するインフェリーの綺麗な顔からは冷汗が一筋流れた。


「……インフェリーはいつも私の事を子供扱いする、私もう子供じゃないよ!」


プリプリとインフェリーに対して起こるテイチ。その姿にテイチの周囲にいる神精霊達、そして静かにことの成り行きを見つめていたサイデリーと周辺国の兵達はみな一同に「いや子供だろう」と心の中で呟いた。しかしランギューニュだけは何か別の事を考えているようでテイチを見つめていた。


「テイチちゃん」


「はい?」


テイチに視線を合わせるために屈むランギューニュは真っ直ぐにテイチに視線を合わせた。


「大人は何も言わずにフラフラと出かけたりはしないんだよ……まあ、君の場合、彼女達に守られているから問題はないのだろうけども」


ニコニコ笑みを浮かべながらテイチが誰にも何も言わずに船内を歩きまわっていた事を注意するランギューニュ。


「あ……」


ランギューニュに言われた事を瞬時に理解したテイチは、怒っていた表情を瞬時に解くと頭を下げた。


「ごめんなさい」


何の思惑も無い子供特有の真っ直ぐな謝罪に周囲で事の流れを見守っていたサイデリーと周辺国の兵士達はいつから自分の心は汚れてしまったのかと心が縛られるような思いを抱いた。そんな兵士達の中でランギューニュ一人だけが真剣な表情を作っていた。

 頭をランギューニュに下げるテイチを見て再び怒りが込み上げるインフェリーはキッとランギューニュを睨みつけた。チラッとインフェリーの睨みを確認したランギューニュは直ぐにテイチに視線を戻すと真剣な表情で口を開いた。


「……テイチちゃんは、今の自分の立場を理解しているかい?」


「ん?」


ランギューニュの質問の意図が分からないテイチは首を傾げた。


「……君はガイアス中にいる召喚士の憧れである神精霊との契約を果たした者だ、それは戦闘職の最高峰である剣聖や、魔法使いの頂点である魔術師に匹敵する……いや、君の場合は四人の神精霊と契約しているからそれ以上といっていい存在だ」


自分がどれだけ珍しい存在であるのか、それはテイチも理解していた。だからこそ、今この場にいるとテイチはこの先で待つだろう苦難を想像しながら、自分に話しかけてくるランギューニュを見つめた。


「君が契約した神精霊達の力は絶大だ……それは君が神精霊達に指示をだせば、この場にいる者達全員でかかっても太刀打ちできない、しかも圧倒的な力でだ……君は自分がそれほどの力を持っているという事をちゃんと理解しているかい?」


ランギューニュの言っている事は誇張などでは無く事実であった。何十隻もの船の中にいるサイデリーとその周辺国、そしてヒトクイの兵士達、合計数万にも及ぶ戦闘職の者達の力を結集したとしても、僅か一人の指示によってこの場にいる三人の神精霊達は何の苦も無くその数万にも及ぶ兵達を壊滅させることが可能であった。


「私そんな事しません!」


テイチはランギューニュの言葉に戸惑いと僅かな怒りを覚えそれを発散するかのように叫んだ。


「なぜそう言い切れる……俺達かこれから相手にするのは神精霊すら操ることが出来る存在だ」


「ハッ! ……」


そこでようやくランギューニュが何を言いたいのか理解したテイチは目を見開いた。


「そんな奴らが少女一人を操ることなんて、簡単だろ?」


理解していたテイチに追い打ちをかけるように少し悲しい表情でランギューニュは容赦なく言葉を続けた。


「だから、勝手をされちゃ困るんだ、今の君は、ごめんなさいで済むような存在なんかじゃない……大人よりも力を、責任を持った厄介な存在なんだ」


ランギューニュの容赦の無い言葉がテイチの胸に突き刺さる。その言葉はまだ幼いテイチに口にするには余りにも酷な内容であった。しかしランギューニュも数千という兵達の命を預かる身としてそこは譲れなかった。そして状況は違えどランギューニュにとってテイチは近い存在であったからだ。

 ランギューニュはガイアスで珍しいとされる人と『夢魔男インキュバス』の間に生まれた子供であった。『夢魔男インキュバスの力を受け継いだランギューニュは自分の存在を隠しながら生きてきた。なぜならば自分の存在が知れればその力を利用しようとする者が現れるからだ。それだけでは無い、利用しようとするだけならばいいが、忌み嫌われ迫害にあう可能性も大いにあった。その事を幼い頃から理解していたランギューニュは自分の体の半分に流れる血をずっと隠し続けてきたのである。

 そんなランギューニュは自分とは違う境遇ではあるのだが、珍しいということであればテイチも自分と似た存在であるのだと考えていた。だからこそランギューニュはテイチに対してテイチがどういった存在であるのかを教えなければならなかった。そして自分が人と『夢魔男サキュバス』の半端者ハーフであるからこそ、人の心を操ることができる『魅了チャーム』という呪いを扱えるからこそ、テイチが操られた時の危険性を一番に理解しそれをテイチに伝えなければならなかったのだ。

 自分が手にした力が強大であるということは自覚していた、しかしその力が自分の意思に反して使われるかもしれないという可能性をテイチは考えることすらしていなかったテイチはどれだけ自分が扱う力が危険なものなのかを知り驚愕する。


「……おいお前、いい加減にしろ!」


落ち込むことすら出来ない状態のテイチを見て堪忍袋の緒が切れるぞという表情でランギューニュを睨みつけるインフェリー。


「だったらテイチちゃんが今この場にいる全ての者を殺せと言ったら、あんたはどうする? あんた達はどうする? ……どうなんだ?」


テイチの時よりも遥かに厳しい口調で目の前の神精霊達を問い詰めるランギューニュ。それはある意味でインフェリーには脅しに近い言葉であった。インフェリーは細かい事までは理解できていなかったが、ランギューニュが『闇』の力と関わりのある者であることは勘付いていた。なさぜならばランギューニュの体から『闇』の力の臭いが漂っていたからだ。

 『聖』の力を持つ精霊達にとって『闇』の力を持つ存在は天敵であり、その力を素早く感知することができる。だからこそインフェリーはランギューニュを目の敵にし、そしてランギューニュもまた女性の姿をしたインフェリーに対して何の反応も見せなかったのだ。


「そ、それは……」


頭の中でランギューニュが『魅了チャーム』を扱える可能性に行きついたインフェリーは口ごもり。悔しそうに歯を噛みしめた。


「拒否できないだろう、それが契約ってもんだ……」


互いの信頼関係の間に生まれる精霊と人との契約。そけは神精霊であっても例外では無く、インフェリーはテイチの言葉に反する事はそうそう出来ないことを理解している。その事を知っていたランギューニュは吐き捨てるようにそう言うとテイチの側にいる神精霊達を睨みつけた。


「あんた達は俺の正体が気に喰わないのだろう……俺もあんた達が気に喰わない……だがそんな私情はどうでもいい、俺はサイデリーという国を守るためにこの場にいる……たとえ気に喰わない相手と一緒に戦わなければいけないとしてもだ……」


自分の正体の半分が目の前にいる神精霊とは天敵であるという事をランギューニュは知らない。だが本能でそれを何となく理解していたランギューニュはそれでも、例え本能が嫌っているとしても、自分が生きる国を守れるのなら喜んで協力してやると言い放った。


「インフェリーよ……ここはお前の……いや私達の負けだ……素直にこの人間の言葉を胸に刻むのだ」


インフェリーを諭すようにノームットはランギューニュの言葉が正しいと告げる。


「くぅ……」


プイッと視線を外したインフェリーは納得できない表情ではあったがもう何も言うまいと口をへの字に曲げた。


「わし達も少々テイチを甘やかしていたようだ、それについては素直に詫びよう」


そういうとノームットはランギューニュに軽く頭を下げた。


「しかしお前は……一つ間違っている……」


「間違い?」


その瞬間ノームットの言葉と様子の変化を感じ取ったランギューニュは警戒しようとした。


「……お前が思っているほど、私達の契約者は甘くは無い……あなどるなよ半端者ハーフが!……」


「……ッ!」


どちらかと言えば可愛らしい外見をしていたはずのノームットはその外見からは到底想像できないほどの圧で警戒しようとしたランギューニュの体は硬直した。それはランギューニュにしか分からない、ランギューニュただ一人に向けられた圧であった。その圧はインフェリーなど可愛く思えるほどの圧でランギューニュの額からは一瞬にして冷汗が噴き出した。


「あーあ、ノームットを怒らせちゃったね……三人の中じゃ本当はノームットが一番怖いんだよ」


まるで周囲の時間が止まっているかのよう感じるランギューニュ。その姿を見つめながら憐れむようにその場を飛び回るシルフェリア。


「安心しろ、半端者ハーフ……お前がテイチの事を気遣っているのは理解している……その心に免じてこの場では何もせん……だがこれ以上立ち入れば容赦はしない……」


 その口ぶりからノームットはランギューニュが何者であるか理解しているようであった。ノームットがそういうと急に力が抜けたように硬直から解き放たれたランギューニュはその場に膝をついた。


「はぁはぁ……」


「ランギューニュさん!」


突然膝をつき荒い息をたてるたランギューニュを心配したテイチは駆け寄った。


「テイチ!」


すかさずテイチの動きをとめようと手を出そうとするインフェリーであったが、背後から感じるノームットの視線にその手は空を切った。


「大丈夫ですか?」


「あ、ああ……大丈夫だよ……やっぱり慣れない事はするもんじゃないね、俺は本来叱られるタチなんだよ」


いつも通り戻ったランギューニュは苦笑いを浮かべながら立ち上がると視線を自分の腰ほどしかないテイチに向けた。


「厳しいこと言ってごめんね」


バツが悪いのかなんとも気まずそうにテイチに謝るランギューニュ。


「いえ……ランギューニュさんの言っている事は何も間違っていません……」


ランギューニュは何も間違っていないと大きく顔を横にふるテイチ。


「そう言ってもらえると少し安心だよ、とにかくテイチちゃんはこの場にいる誰よりも強いんだ、その事とその力を理解してくれればいいんだ」


先程の厳しい口調ではなく今度は戦場に立つ先輩としてテイチの立場を自覚するよう伝えるランギューニュはテイチの頭を撫でた。


「き、貴様!」


ランギューニュがテイチの頭を撫でているという事実がインフェリーの僅かに残っていた理性を吹き飛ばす。しかし瞬時に先程よりも重いノームットの視線が背中を差していることに気付いたインフェリーはすぐに冷静になった。


「はい!」


テイチは頭をランギューニュに撫でられながら頷くと子供特有の真っ直ぐな返事で答えるのであった。


「じゃ俺はちょっと外に出てくるよ」


ランギューニュはそういうと兵達が集まっている大部屋から抜け出し雪が降る船外へと出ていこうと足を向ける。


「待て、半端者ハーフ……」


そこで再びノームットの声が自分の背中にかかり、周囲には分からない緊張が走るランギューニュ。


「もう一つ言うことがある……お前はこの場の者達全てが我々に挑んでもかなわないと言ったが……それは違う……お前が仕える王……あの者は別格だ……テイチの心配をするよりも自分の王の心配をしたほうがいい」


先程のような圧は一切なく、だがランギューニュにだけに向けられたノームットの警告。


「ああ、ご忠告どうも……」


 ノームットの言葉を理解できないほどランギューニュも馬鹿では無い。自分が仕える王もまたテイチと同じだとノームットに釘を刺されたようで、これじゃブーメランだなと思いながらランギューニュは兵達が集まっている大部屋から出ていくのであった。


 船内の通路に出たランギューニュは深くため息を吐いた。


「大変でしたね、ランギューニュさん」


「王……」


自分に声をかけてきたサイデリーの王ブリザラに若干驚いた表情を向けるランギューニュ。


「聞いていたなら止めに入ってくださいよ」


一国の王であるブリザラに軽口を叩くランギューニュ。しかし内心では緊張が走っていた。ランギューニュだから理解できたのか、それとも自分の体の半分に流れる『夢魔男インキュバス』の血がそれを理解させたのか、すでにこの世の者ではないような雰囲気を醸し出すブリザラに驚くランギューニュ。


「ふふふ、ランギューニュさんなら大丈夫だと思っていました」


ランギューニュは危ういと思った。焦点の合わない真紅に染まった目、儚く笑みを作る口元、以前のブリザラからは想像も出来ないほどの落ち着き。触れればすぐにでも崩れてしまいそうなほどの危うさが今のブリザラにはあった。


「どうしました?」


「い、いえ……では俺はここで失礼します」


そう言うとランギューニュはブリザラに背を向けその場を去って行く。


「ふぅ……」


ブリザラの立つ場所から通路をしばらく歩き角を曲がる。そこで背中を壁にもたれかけランギューニュは深いため息を吐いた。

 正直ランギューニュは耐えられなかった。壁を挟んでいるにも関わらずランギューニュは自分の背中にブリザラの視線を感じていた。もしかしたら気のせいなのかもしれない。だがそう思わせるだけの力があの焦点が合っていない真紅に染まった目からは感じられるのである。どこか全てを見透かされているような感覚、ランギューニュは今のブリザラにそんな印象を抱いていた。


「いやはや……女の子にここまで恐怖した日は無いわ……」


ある意味で今日は女難な日だと心底疲れた表情で苦笑いを浮かべるランギューニュ。もたれかけていた壁から離れるとトボトボと自分が休む部屋に向かって歩きだすのであった。






 ガイアスの世界


サイデリー製の大型船


通常の旅客船の二倍もの大きさを誇るサイデリー製の船である。内部も広くゆうに千人以上を軽々乗せることができると言われている。

 周辺は氷が張った海がある為、船の先端には氷を砕くため突起が付けられているのが最大の特徴である。

 サイデリー製であるために大きな武装はしていない。その代わり守りに特化しており、ちょっとやそつとの攻撃では傷一つつかないと言われている。

 


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