兎に角真面目で章 14 魔王の小さな呟き
ガイアスの世界
黒い鱗を持つドラゴンの個体差
スプリング達を阻むようにして姿を現した黒い鱗を持つドラゴン達。ドラゴンとひとくくりにしてはいるが、ドラゴン達にも個体差がある。
四足歩行で歩くドラゴン、二足歩行で歩き翼を持つドラゴン、基本空を飛んでいるドラゴンなど、黒い鱗を持つドラゴンはガイアスの世界に存在するドラゴンの種類を殆ど網羅しているようだ。
その事から、黒い鱗を持つドラゴンは自然発生では無く、何かしらの技術を用いて作られた存在なのではないかという可能性がある。
あくまで可能性であり事実かどうかはもっと深く調査してみなければ分からない。
サイデリー王国一盾士の見解
兎に角真面目で章 14 魔王の小さな呟き
闇の力渦巻く世界、ガイアス
「くぅ……チンタラやっている場合じゃなくなった!」
スプリング達を囲む魔物達。その全てがスプリングやレーニを血走った目で見つめていた。しかしその熱量を完全に無視し眼中に無いというようにスプリングの視線は遥か彼方を見つめる。スプリングが見つめる視線の先にあるものは、肉眼ではっきりと分かる禍々しい気配を放つ黒い物体であった。黒い物体はまるで空を侵食しているかのように浮遊していた。そこからまるで滝のように垂れ流される黒い液体は、ソフィアやブリザラが居る高台の頭上へと落下していく。
どう見ても良い状態とは言えないその状況に焦りをみせるスプリング。高台の上に降り注がれる黒い液体は容赦なくブリザラやソフィア達の頭上に降り注いでいる。その液体がどんな効果を持っているのかはスプリングには分からないが、それが悪い影響を及ぼすものだというのは一目瞭然であった。
「くそっ……」
直ぐにでもソフィアやブリザラ達の下へ向かいたいスプリングだったがこの場を離れられない理由があった。それは単純に魔物達の数にあった。これまでに相当の数の魔物達を倒して来たスプリングとレーニ。しかしその行動を嘲笑うようにしてスプリング達が魔物を倒すよりも増えていく数のほうが多かったからだ。
「倒しても倒しても増え続ける……」
どんなカラクリで魔物達が増えているかが分からない以上、ブリザラの下へ向かうことはおろか、自分達の命も危ないと考えるスプリング。
「うお!」
黒い鱗を持つドラゴンから放たれる火球を自分の頭上へと跳ね返すスプリング。花火のように打ち上がった火球は上空で爆発を起こした。
厄介なのはこの黒い鱗を持つドラゴンの火球であった。爆発すれば周囲は焼け野原になるのは確実で、今のスプリングにはドラゴンの火球を真上に跳ね返すか火球を放たれる前にドラゴンを倒すしか防ぐ方法はなかった。しかしこう数が多いと一頭のドラゴンの火球を上空に跳ね返す、もしくは倒したとしてもその間に他のドラゴンが火球を放つという流れになり、スプリングは否応なく火球による爆発を受けることになった。スプリング自体には大したダメージにはならないものの、スプリングの周囲は雪の大地であった事が嘘であるかのようにそこにあったものは全て蒸発するか焼け焦げるかしており今では焼けた大地と化していた。
「スプリングさん行ってください、ここは私が!」
そう言いながらスプリングの前に飛び出すレーニは手から放った黒い球体で迫ってくる火球の大群をかき消していく。
「でも!」
スプリングとは違い火球をかき消す術を持っているレーニの存在は、スプリングにとって頼もしい存在であった。しかしだからこそスプリングはレーニの事が心配でならなかった。
何の予備動作も無くレーニは両手から黒い球体を作り出しドラゴンの火球をかき消し、そしてドラゴンそのものを吸い込んでいく。そんなレーニの姿を見たスプリングは確かに今のレーニの力ならば一人で自分達を囲む魔物達を相手することも容易ないことであろうと思った。事実レーニは今現在魔物達に囲まれた状況において己に向かってくる敵を難なく倒しながらスプリングを気遣う余裕すらあった。その力は圧倒的と言っていいほどであり、スプリングはもしかしたら自分は邪魔になっているのでは思うほどであった。
大量の魔物達を倒しても未だにその表情に疲れなど微塵も感じさせないレーニ。その力は無尽蔵とも思える力であり、レーニの圧倒的な力に死角はないと思うスプリング。しかしそう思う反面、スプリングには本当にレーニの力は無尽蔵なのか、あれだけの力を使って何も反動が返ってこないかという疑問があった。
強大な力にはその殆どにそれ相応の代価が必要になってくる。それは精神力であったり、魔力であったりと様々であるが、その中で一番厄介なのが己の命を削り使用する力であった。
精神力や魔力だけならば、適度な所で退けばさほど問題は無し完全では無いものの瞬時に回復する手段も無い訳ではない。しかし命を削り使用する力は別だ。命を削っている以上、いつ自分の命が無くなってもおかしくないという状況の中で戦わなければならなく、勿論回復の手段も無い。そして命を削られているという恐怖が一番の敵になり、生存率を著しく低下させるのだ。今レーニが使っている力が己の命を削って使える力であるならば、その引き際を見極めるのは自分しかいないと思っていた。
もしこのままスプリングがブリザラの下へ向かったなら、レーニの引き際を見極める者が居なくなる。最悪レーニはドラゴンに殺されるか、己の力で自滅するということになりかねない。そう考えるとスプリングはこのままレーニを置いてブリザラの下へ向かうという判断が出来ないのであった。
「……」
不安そうにレーニを見つめるスプリング。その表情にレーニは軽く笑みを浮かべる。
「私が持つ力の事で悩んでいるのですか?」
顔に書いてあると言いたいような表情でレーニはスプリングが考えていた事をズバリ当ててみせる。その言葉に驚くスプリング。
「ええ……その強大な力……体は大丈夫なんですか?」
命を削り使う力の副作用は大抵初期症状として体に何等かの影響が現れる。スプリングが見た感じではまだレーニにそういった兆候は見られないが、相手はレーニだ。すでに兆候が表れているが隠しているとも考えられるとスプリングは考えていた。
レーニの使う力は明らかに夜歩者の力を逸脱している。ガウルドからこのフルードへ移動するために使った時から疑問に思っていたが結局状況に流され有耶無耶にしていたレーニの持つ力について意を決意して聞くスプリング。
しかしレーニから返ってきた言葉は思いもよらないものであった。
「……正直……私にも分かっていないんです」
困ったよう眉毛をへの字に曲げながら笑うレーニ。
「へっ?」
あれだけ強大な力を自在に操っていた本人の口から出た言葉は分からないという言葉に困惑するスプリング。
「すいません……ですがよくわからないと言えば、スプリングさんと共にいるポーンさんも同じでは無いですか?……」
「それは……!」
そう口にして言いよどむスプリング。確かにポーンの力もよく理解できない。伝説の武器だから、自我があるからと深く考えていなかったポーンという存在。結局ポーンとは伝説の武器とは何のだろうと考えるスプリング。
『主殿、今はそんな事よりもこの場をどうするかが問題なのではないか』
明らかにポーンは自分に対しての話題に触れられたくないという行動に、目を細めるレーニ。
「……結局私もスプリングさんもやっていることは変わらない、やらなければならないことも変わらない……ならば今は確実にこの状況に対応できる私がこの場に残ることが先決かと……スプリングさんはソフィアさんとブリザラさんの下へ向かうのが正解だと思います」
自分の話をはぐらかしたポーンの事が気になったが、今は自分達がやれることをやるべきだとスプリングに伝えるレーニ。
「……確かに……今俺がこの場にいてもレーニさんの足手まといにしかならない……レーニさん、ここを任せす!」
グダグタ考えてもしょうがないと考えたスプリングはとりあえずレーニの言う通りにすることにした。
「はい」
レーニは軽く頷くと体の周囲に黒い球体を複数出現させた。
「大きいのを使います、合図をしたらすぐにソフィアさんとブリザラさんの下へ飛び出してください」
そう言いながらレーニは周囲に漂う黒い球体を操作し一つへ纏めていく。すると大きな黒い球体がレーニの頭上に作り出された。
「……」
スプリングは黙ったまま頷くと、レーニに向けていた体をブリザラ達がいる高台へと向けレーニの合図を待つために耳を研ぎ澄ます。
黒い鱗を持つドラゴン達はレーニが出現させた巨大な球体に怯むこと無く迫ってくる。そして少し離れた所にいる黒い鱗を持つドラゴン達は口から火球を放った。どうやら魔物達に互いをいたわる心は無いらしく突っこんでいくドラゴンもろとも火球で焼き尽くそうとしていた。ドラゴンと火球が迫りくる中、レーニはその時を待っていた。
(もっと……もっと引き付けて)
最初にレーニの下へたどり着いたドラゴンがその凶悪な爪をレーニ向けて振りかざした。
「今です!」
その瞬間、スプリングは己が持つ最大最速の速度でレーニの下から離れ飛び出していく。その速度は周囲に小さな衝撃波を発生させ近くにいた黒い鱗を持つ蜥蜴男達を吹き飛ばしていく。
飛び出したスプリングの背後では轟音が鳴り響いていた。振り向く余裕は無いと走り抜けていくスプリングは後ろへと引っ張られるような感覚を体で感じながらもその力を振り切るように走り抜ける。背後の光景がどうなっているのかはスプリングには分からなかったが、とんでもないことになっていることは容易に想像できた。
スプリングがその場から走り抜けた直後、レーニは巨大な黒い球体を地面へと放った。その瞬間、黒い球体からは強力な吸引の力が発生していた。地面に接触した黒い球体は地面を削り取り吸い込んでいく。そしてその吸引は容赦なく周囲にいた魔物達にも牙を向く。悲鳴にも聞こえる鳴き声を放ちながら黒い球体による吸い込もうとする力に抗おうとする魔物達。しかしその抵抗も空しく魔物達が立っていた地面もろとも黒い球体へと吸い込まれていくのであった。
フルードの地面や魔物達が黒い球体へと吸い込まれていく中、黒い球体の中心で平然とその光景を見つめるレーニは、視線をスプリングが走り抜けたであろう方角へと向ける。
「ご武運を……」
呟くようにしてレーニは黒い球体の中に消えていった。
「うおおおおおお!」
一切後ろを振り返る事なくフルードの大地を駆け抜けるスプリング。魔物が一か所に集まっていたお蔭で、一度魔物達の包囲網を突破すればもうスプリングを邪魔するものはいなかった。
一心不乱にブリザラ達がいる高台へと向かうスプリング。
『主殿止まれ!』
突然のポーンの叫びに走る足を止めるスプリング。
「どうしたポーン?」
『……何か大きな気配がする』
その瞬間スプリングが進もうとしていた方角に雷が落ちた。
「くう……」
突然の光に手で光を遮るスプリング。
「な、何だ、ポーン何が起こった」
雷の光によって一時的に視力が失われたスプリングはポーンに状況説明を頼んだ。
『……主殿……不味い事になった』
「不味い事? ……っ!」
突然威圧されたような感覚にスプリングは跳ねるようにしてその場から少し後ろへと飛んだ。
「……なんだこの威圧感は……何が起こったポーン!」
『……アキだ……目の前にアキがいる』
「なっ!」
視力が戻り始めたスプリングはぼやけた視線を、威圧を感じた方へ向ける。するとそこにはアキが立っていた。
「アキ……」
それは八カ月ぶりの再会であった。しかし目ではその姿形をアキと認識しているものの、スプリングの他の感覚がそれをアキだと認めようとしない。その者を目の前にして最初にやってきた威圧。しかしそれはすぐに恐怖へと変わった。
周囲に漂う不気味な雰囲気。それを撫でまわすかのようにその者は対峙するスプリングを見つめる。その目にはおよそ感情と呼べるものは無く、ただそこにあるものを見つめているそんな印象をスプリングは感じていた。
「あ、アキ、久しぶりだな……」
威圧からくる恐怖はただのまやかしだと自分に言い聞かせ、スプリングは目の前にいるアキであろうその者に話かける。
「……」
しかしアキであろうその者から返ってくる言葉は無い。
「おいおいねどうしちやったんだよ……黙ってないで何か言えよ……」
不気味なほどに静まり返るその場に、暑くも無いのに額に汗が浮かぶスプリング。
「それが……魔王化ってやつか? ……似合わねぇな……」
『闇』を従えるように立つ魔王化したアキを前に、凝り固まったような笑顔を作るスプリング。しかしスプリングの体は目の前のアキが放つ威圧と恐怖で震えることすら出来ない。
言葉を一言発するごとに押し潰されるような威圧を感じるスプリングには、魔王化したアキに出来る精一杯の行動、抵抗であった。
こんな状態では戦うことはおろかまともに喋ることも出来ない。それが目の前にいる魔王化したアキの実力であると悟るスプリング。今まで戦ってきた何者よりも圧倒的な力、レーニとは異なるその力はスプリングに絶望を与える。
「……お前は『聖』側……だな」
スプリングが魔王化したアキに絶望する中、今まで感心が無かったような視線を向けていた魔王化したアキは、突如としてスプリングを品定めするように頭の先からつま先まで舐め回すように見つめ呟く。それは目の前にいるスプリングと自分は違う存在であると確認しているようであった。
『—―ター……—―……マスター!』
互いに見つめ合うスプリングとアキ、すると突如としてポーンからポーンでは無い声が聞こえてくる。
『クイーンか!』
その声に反応したのはポーンだけで、スプリングは他に意識を向ける余裕は無く、アキに至っては全く聞こえていないようであった。必至で自分の所有者であるアキに訴えるその声の主は伝説の防具クイーンであった。
八カ月前、ガウルドを巻き込んだ伝説の防具の所有者であるアキと伝説の本の所有者であるユウトの戦い。その最後の戦の場になった場所に捨てられているように置かれていたクイーン。その姿はボロボロであり到底防具と呼べるような形はしていなかった。人間で言う瀕死の状態にあったクイーンを仲間である伝説の武器ポーンが己の中へと取り込むことによって一命はとりとめていたがこの八か月間クイーンの意識は戻る事が無かった。そんな状態にあったクイーンがこのタイミングを見計らっていたように意識をとりもどしたのであった。
『マスターはやはり魔王化してしまったようですね……』
まるでそうなる事を知っていたかのようにクイーンはそう呟くと突如としてポーンから抜け出し人の姿となってスプリング達の前に現れた。
『クイーン止めるんだ!』
自分の中に取り込んでことによってクイーンの現在の状態が手に取るように分かるポーン。クイーンがまだ自由に動けるような状態では無い事、ましてや人の姿になってこの場に現れるなど自殺行為もいいところであった。
「マスター……やめてください、あなたは魔王になるような人では無い」
悲しそうな表情を浮かべるクイーンは自分の所有者であるアキに近づいていく。
『クイーン駄目だ、前に出るな危険すぎる!』
しかしクイーンはポーンの忠告を無視してさらに進みアキに触れられる位置まで近づいていった。
しかし触れられる距離にいるというのにアキは一切クイーンを見ようとはせず目の前で恐怖と戦うスプリングを見つめる。
「お前は、私の対となる者……だが不完全のようだ……そんな玩具を頼りにしなければ戦えぬとは……」
ポーンやクイーンを玩具呼ばわりするアキは地面を軽く人踏みする。すると地面が大きく揺れそしてアキの足元からスプリングに向けて亀裂が走った。
「話す事も無駄だ、私の前から去れ……」
「なっ! うあああああああああああ!」
『な、何だと!』
アキがそう言った瞬間亀裂の入った地面は大きく開きスプリングとポーンを飲み込んでいった。
『……』
大きく開いた亀裂に呑み込まれるスプリングとポーンを見ていることしか出来ないクイーン。
しばらくすると大きく開いた亀裂はゆっくりとかみ合い元の地面へと戻っていった。
「創造主の作り出した玩具よ……お前が知っているこの体の持ち主は死んだ……あきらめてこの世界が終わるのを見ているがいい……」
今まで視線さえ合わせることをしなかったアキがクイーンに視線を向けてそう言い放つ。
『マスター……』
地面にへたりこむクイーン。しかしその視線はアキの顔を見つめていた。
「……」
アキはクイーンの視線を振り切るようにして顔を背ける。
「……ごめんな……」
聞こえるか聞こえないかという小さな声でそう呟くアキ。
『マスター……マスター!』
クイーンの叫びを無視して上空へと飛びあがったアキは姿を消した。その姿はまるでクイーンから逃げるようであった。
『マスター……』
ガイアスの世界
クイーンの八カ月
伝説の武器ポーンの中でその傷を癒していたクイーン。八カ月の間意識は一切戻らずにいた。
時々ポーンや伝説の盾キングが呼びかけていたようだがその声にも反応する事がなかったクイーンはアキがその存在を現すことで目覚めたのは偶然だったのかそれとも必然だったのかは分からない。
しかしどちらとしてもクイーンが持つアキに対しての絆はとても大きいものであることが分かる。




