兎に角真面目で章 13 諦めない心
ガイアスの世界
レーニの放つ黒い球体
その力が何なのかは分かっていない。ただあらゆるものを吸い込む力を持っていることは分かっている。吸い込まれたものかその後どうなるのか分かっていない。
兎に角真面目で章 13 諦めない心
闇の力渦巻く世界、ガイアス
黒い鱗を持つドラゴンが放つ火球を手に持つ伝説の武器ポーンで打ち返すスプリング。打ち返した火球は威力を増して放ったドラゴンにぶち当たり爆発を起こした。
「チクショ、避けても打ち返しても周りへの被害が酷いな!」
先程から色々と試しているスプリングであったが、黒い鱗を持つドラゴンの火球は着弾と同時に凄まじい爆発を起こし周囲に被害を与えていた。
『今の主殿では、空に打ち返すぐらいしか対処の方法は無い』
「ああ……だよな……」
爆発によって黒焦げとなったドラゴンが倒れる中、スプリングは少し離れた場所でドラゴンに囲まれているレーニの姿を見つめる。
レーニに向けられ一斉に黒い鱗を持つドラゴンから火球を放たれた。しかしレーニの表情は一切変わることなく両手を前に上げた。すると両手の掌からは黒い球体が出現し、レーニに迫った火球を吸い込んでいく。レーニは黒い鱗を持つドラゴンの火球の厄介な爆発を全て無効化してみせたのだった。
「なあポーン……あれ俺にも出来ると思うか?」
『……無理だな……そもそも原理が私にも分からない』
「ああ……だよな……」
魔物達との戦闘か始まって一番スプリングが驚いたのはドラゴンの数でもそのドラゴンが放つ火球の爆発の威力でもなくレーニの異常なまでの強さだった。
スプリングも馬鹿では無い。当然自分よりも強い者などごまんといることは理解していた。しかしレーニの強さはそんな事を言えるような領域ではなかった。もし自分が強者だと言える立場にあるとすればレーニの強さは神の領域といってもいいとスプリングはレーニの戦いを見つめていた。
「スプリングさん大丈夫ですか?」
少し散歩にでも言っていたぐらいさわやかな顔でスプリングの身を案じるレーニ。
「ああ、はい、大丈夫です!」
レーニの気配りに素直に答えるスプリング。そうですかと言うとレーニはすぐに他の魔物の下へと向かった。
「なあ、ポーン……あんなの見せられたらやる気無くすよな……」
『うむ、その気持ち分からなくも無い』
伝説の武器と言われるポーンですらスプリングの気持ちを理解してしまうほどにレーニはズンと肩を落とすスプリング。しかしやる気を失うスプリングの気など知らないというように黒い鱗を持つドラゴン達はスプリングに襲いかかってくる。
「ああ、もう数だけは多いな!」
黒い鱗を持つドラゴンが火球を放つ前に首を切り落としていくスプリングは無限に湧いてくるように思えるドラゴン達を鬱陶しく思っていた。
「スプリングさん少しすいません」
「はい? ええええええ!」
スプリングの話を聞いていたのか突然姿を現したレーニは、スプリングを掴むと空に放り投げた。スプリングが上空を待っている中、レーニは両手に先程よりも何倍も大きな黒い球体を作り出した。その球体をドラゴン達に向けて放るレーニ。するとの球体は何十何百もいたドラゴンや他の魔物達を吸い込んでいった。
「あははは……もう何でもありだな……」
空から落下しながらスプリングはそのとんでもない光景を苦笑いを浮かべながら見つめていた。
「失礼しました」
無事着地したスプリングに頭に詫びるレーニ。
「い、いえ……これでだいぶゆっくりできますね」
周辺にいたドラゴンを含めた魔物は一掃された綺麗な風景を見渡すスプリングの表情は苦笑いを浮かべたままであった。
『スプリングさん、レーニさん……』
「ん? ブリザラか? 何かあったか?」
突然ポーンからブリザラの声が響く。それに耳を傾けるスプリングとレーニ。
『いえ、何かあった訳じゃないんですが……その……話しておきたいことが……』
ブリザラの声の暗さからあまり良い話では無い事を悟ったスプリングの表情は真剣なものになった。
「何だ?」
『この戦いの……首謀者の事です』
ブリザラの声は更に暗くなり、その先を口にするのが辛いのか声が震えていた。
「首謀者……」
その言葉でブリザラが何を言おうとしているのか悟ったスプリングは短く頷いた。
『アキ……なんだな……』
ブリザラが首謀者の名を口にする事に、躊躇していると感じたスプリングは、ブリザラがその名を口にする前に首謀者の名、アキの名を口にした。
『……ここからは私が話そう』
そこまでが限界だったのかブリザラの声がしなくなり、それに代わるようにして伝説の盾キングの声がポーンから聞こえてきた。
『……あの小僧がこの戦いの首謀者だということは確定事項だ』
「その根拠は?」
アキがこの戦いの首謀者だと言い切るキングに対して冷静に問いかけるスプリング。しかしその表情には戸惑いが出ていた。
『……ウルディネの宿主テイチがアキとムウラガで出会った』
「……テイチが!」
驚きの表情を浮かべるスプリングとレーニ。
「……それで二人の安否は?」
レーニはウルディネとテイチの容態を聞いた。
『テイチは心配ない、サイデリーで保護している……しかしウルディネの方は……』
そこで言葉が途切れるキング。
「大丈夫だ……ウルディネは生きている……」
神精霊と呼ばれる存在となったウルディネが死ぬはずがないと強く言葉にするスプリング。
『……だが悪い話はそれだけでは無い……』
しかし前向きな言葉を言ったスプリングに申し訳なそうな声色でもう一つ悪い知らせがある事を伝えるキング。その言葉にスプリングとレーニの表情は曇った。その二人の表情からはこれ以上に悪い事とはという不安の色が出ていた。
『……アキは魔王化した疑いがある』
「魔王……」
キングの言葉にいち早く反応したのは以外にもスプリングでは無くレーニであった。レーニは深く考えるように目線を地面に向けた。
「お、おい……流石にそれは冗談だろ……アキが魔王化って……なんでそうなった?」
キングの言葉に冗談だろと引き笑いするスプリング。
『冗談では無い……小僧の中には黒竜が住みついていた……『闇』の力の影響は多分に受けていたはずだ……詳しくは分からないがそれが引き金の一つになった事は確実だ』
黒竜アキと伝説の防具クイーンが体内に取り込んだ力。その力は人類が持つ『聖』の力とは逆の『闇』の力を持つ存在であり人類にとって宿敵であった夜歩者などが持つ力であった。
「くぅ……」
キングの言葉を信じたくないと思うスプリングであったが、キングの言葉を証明するかのようにスプリングとレーニが倒してきたドラゴンの姿は、黒竜にどことなく似ているようにスフリングは感じた。
『……その力は……ガウルドに現れたビショップの所有者と互角……いやそれ以上の力を持っていると言っていい、魔王は世界の理を終わらせる者……もう私達が知る小僧……アキの姿は無い』
キングの話を聞いたスプリングは絶句した。
『……兎に角だ、これから出会う小僧はもう我々の知っている小僧では無い……その事は覚悟しておけ』
『それでは……よろしくお願いします』
最後に弱々しい声でブリザラが締めるとブリザラとキングの声は途切れた。
「……世界の理を終わらせる者……」
『主殿……大丈夫か?』
「ああ大丈夫……と言えば嘘になるかな、正直何が何やら混乱してる、だけどやるしかない……考えるのはあいつとあってからにする」
拳を強く握るスプリング。しかしスプリングは諦めていなかった。どうにかする方法はあるはずと自分に言い聞かせるスプリング
「レーニさん、何かすいません……相談も無しにソフィアをブリザラの所に向かわせてしまって……」
僅かな休憩は終わりというようにスプリングとレーニの周りには再びゾロゾロと魔物達が集まってきていた。しかも先程よりも数が多くその数は100や200という次元では無く1000単位を超えていた。その数の魔物達を前にスプリングはレーニに何の相談も無く戦力であったソフィアをブリザラの下へ向かわせた事を詫びた。
「いいえ、大丈夫です……私もスプリングさんの判断は正しいと思います」
「そう言っていただけると助かります」
レーニの優しい言葉に頭を下げるスプリング。しかしその裏ではこの人滅茶苦茶強いからなと心の中で苦笑いを浮かべた。
『主殿、私の事を忘れてもらっては困るな』
「ああ、そうだった、頼むぞポーン」
ポーンの若干拗ねたような言葉に苦笑いを浮かべながらスプリングはポーンを握り直した。
「……さて、待たせて悪かったな……だが俺達を仕留めるには少々数が少ないぜ!」
≪ギシャアアア!≫
スプリングは気合を入れ直し自分の周囲に集まったドラゴンや魔物達に吠える。スプリングの挑発に答えるようにして魔物達は咆哮をあげた。それを合図としてスプリング達と黒き鱗を持つドラゴンや魔物達の戦いは再会されるのであった。
― フルード沿岸 高台 ―
「ブリザラ!」
遠くから響く自分の名に驚くブリザラは俯いていた顔を上げ声がした方向、スプリング達が進んだ方角に視線を向ける。
「ソ、ソフィア……さん?」
そこには邪魔をしてくる魔物達をまるで道に転がる石を蹴散らすようにして爆走してくるソフィアの姿があった。以前ブリザラが見た時よりもソフィアは簡易型伝説の武具を使いこなせるようになっているようで、手に持つ槍を手足のように自在に操り、襲いかかる魔物達を突き刺しなぎ倒し吹き飛ばしながらブリザラの居る高台へと向かって来る。その鬼神の如き戦いぶりにブリザラや盾士、五国の兵士達は驚きの表情を浮かべ茫然とソフィアを見つめる。
高台の根元にたどり着いたソフィアは高台の頂上を見つめると垂直に跳躍する。するとソフィアは一瞬にしてブリザラの居る高台に着地した。
「ソフィアさん……ど、どうしてここに?」
茫然としていたブリザラは自分が泣いていた事を思いだし、泣き顔を悟られまいと目元に溜まった涙を拭きとりながらソフィアに疑問をぶつける。
スプリング達とともに『絶対防御』内にいる魔物達の迎撃に向かったはずではないのかと。
「ああ、スプリングがブリザラの下に向かってくれって……」
「スプリングさんが?」
ソフィアからそう言われブリザラは少し考えるように視線を地面に落とす。ソフィアを自分の下に向かわせた事には何か理由があるのではないかと深読みをするブリザラ。
『深読みする必要は無い、単に王を心配しての事だ』
スプリングの粋な計らいに心の中で感謝するキング。自分では今のブリザラを元気付けられないと思っていたキングにとってソフィアという存在は助け船だった。
「そうそう、キングの言う通り、最初私も前線で戦えないのが不満だったんだけど、戦いながら考えていたらなんかブリザラの事が心配になっちゃって」
「ソフィアさん……」
柔らかい笑顔を浮かべるソフィア。その笑顔に引っ張られるようにブリザラの表情も柔らかく笑みを浮かべていた。
「そ、そこにいる者は、いやそのお方は何者ですか?」
突然現れたソフィアに驚きの声を上げるビリヤット。黒い鱗を持つドラゴンの攻撃に呑み込まれ重傷を負ったビリヤットが自分を治療する魔法使いの肩を借りながら二人の前に現れた。
「ビリヤット王、まだ動いては」
魔法使いの肩を借り歩いてきたビリヤットは体中に包帯を巻かれ、まるでミイラのような姿であった。
「ご心配有難いですが、私の事よりもブリザラ王の前に居る者……そのお方の詳細をお教えください、場合によっては……」
そういいながら体中包帯でぐるぐる巻きになっているビリヤットは腰に差した剣に手を弱々しく握る。そんなビリヤットの発言に戦いの真っ最中のためソフィアの事を気にしないようにしていた盾士や五国の兵士達が聞き耳を立てていた。その場にいた誰もがソフィアという存在が何者なのか疑問に思っていた。
「あ、そうか……私とブリザラの顔ってソックリなんだよね……」
「え、ああ!」
そこでようやく周囲の状況を飲み込んだブリザラはミイラ姿のビリヤットに体を向けた。
「この人はソフィアと言います、今は詳しく説明できませんが私とソフィアさんは双子のようなものと思っていただければいいです」
八カ月前に知った事実をこの場の者達に説明するには今の状況はあまりにも慌ただしすぎる。そう思ったブリザラはその場の者達にソフィアは双子のようなものだと説明した。
ブリザラのその説明に少し嬉しそうにするソフィア。
「いや、ですがブリザラ様が双子であったという事は我々は知らされておりませんぞ!」
重症を負って血が足りないのかビリヤットはブリザラの言葉に更に混乱する。
「ですから、双子みたいなものです、このことはこの戦いが終わった後じっくりと説明しますから、今は気にしないでください」
「は、はぁ……」
ブリザラの乱暴とも言える説明にただ狼狽えることしかできないビリヤットは魔法使いに連れていかれるようにしてその場を去って行った。
「なんかブリザラを元気づけようと思ったけど迷惑かけちやったね」
頭を摩りながら苦笑いを浮かべるソフィア。
「いえ……問題ありません、何より私の為にここに来てくれてありがとう」
深く頭を下げるブリザラ。
「あ、いや、顔上げてブリザラ、私もブリザラに助けられたし、今度は私の番だから……」
頭を下げるブリザラに慌てて顔を上げるよう促すソフィア。
「さてブリザラ、それで私は何をすればいい?」
少し気恥ずかしいと思いながらそれを誤魔化すように手をブンブン振り回しブリザラに指示を仰ぐソフィア。
「ソフィアさん……」
「え? どうしたの!」
ブリザラに視線を向けたソフィアは突然涙をボロボロと流すブリザラに驚きの表情を浮かべた。
するとブリザラは泣き顔を隠すようにソフィアの胸に抱き付いた。
「ちょっ……これは不味い、ナイト!」
『私とソフィア様の心は通じておりますとも!』
全く場にそぐわないテンションでナイトが叫ぶと突如ソフィアとブリザラの足元から四方に壁が作り出され二人の姿を一瞬にして隠した。
「うわああああああああん」
周囲を覆う壁によって密室となったその空間を何となく感じ取ったブリザラは今まで我慢していたものをぶちまけるように子供のような鳴き声をあげた。
「……いや~初めてあんたが役に立つと思ったわ……」
四方が壁に覆われブリザラの鳴き声が外に響いていない事を確認するとソフィアは一つため息を吐いて簡易型伝説の防具ナイトが初めて役に立ったと口にした。
それは一国の王であるブリザラの爆発するような鳴き声を盾士達や五国の兵士達に聞かせては不味いと思ったソフィアなりの配慮であった。
『何を仰いますソフィア様、私はいつなんどきでもあなたのお役に立つ優秀な騎士ですよ、ナイトだけに』
「黙れ……」
『ああ、その厳しさすら私にとってはご褒美!』
悶えるような声をあげるナイトはソフィアの命令通りそれ以降声を発することはなかった。密室に響くブリザラの泣き声を聞きながらにソフィアはブリザラが頭を優しく撫でブリザラが落ち着くのを待った。
しばらくするとブリザラも落ち着いてきたのか泣き声が小さくなっていく。頃合いだと感じたソフィアはゆっくりと口を開いた。
「……それでどうしたの?」
ゆっくりと優しい口調でブリザラに喋りかけるソフィア。
「アキさんが……アキさんが……」
弱々しい声でブリザラはアキの名を呟く。ブリザラが呟くアキという名がブリザラが好きな人の名なのだと理解した。アキという人物をソフィアは殆ど知らないが、好きな人、大事な人との別れの時に伴った心の痛みは理解出来た。
自分もスプリングを失ったらブリザラのように大きな悲しみに呑み込まれてしまうのだろうと思うと胸の奥が苦しくなる。自分の胸で泣くブリザラはもしかしたら自分だったかもしれないと思うと肩を震わせるブリザラを抱きしめられずにはいられなかった。
優しくソフィアに抱きしめられるブリザラはソフィアが発する温もりで落ち着いたのかゆっくりとソフィアの胸から離れた。
「ごめんなさい、取り乱して……」
「いいんだよ、大切な人が居なくなる悲しみは私も知っている……それに今スプリングが死んだら私は……」
そこまで言ってソフィアはスプリングに対しての気持ちが更に大きくなっている事を感じた。
「ソフィアさん……もしスプリングさんが自分の敵として現れたらどうしますか?」
「えっ?」
俯くブリザラからの突然の問に困惑の声を上げるソフィア。
「もし……スプリングさんが魔王になって自分の前に現れたらどうしますか?」
それは仮定の話。しかしそれはブリザラにとっては現在進行形の話であるという事を悟ったソフィアは、言葉を失う。そして自分が口にした言葉が見当違いであったということに気付くソフィア。
「……」
「頭では理解しているんです、魔王になったあの人を討たねばならないと……でも心では戦いたくないと思ってしまうんです……」
ブリザラのまるで贖罪するかのような言葉に、自分ならどうするだろうと考えるソフィア。しかし答えはブリザラと一緒だった。魔王になったスプリングを討たねばならないと分かっていても心ではスプリングを討ちたくないと思ってしまう。しかしとソフィアは思う。
「私は王という立場なのに、サイデリーのフルードの人々を守る責任があるのに……それでもアキさんを討ちたくないと思っている」
出口の無い迷宮に迷い込んでしまったというようにブリザラは頭を抱えた。
「……なら討たなくていいんじゃないかな」
「えっ!」
ソフィアの言葉に頭を上げ理解できないという表情を浮かべるブリザラ。
「ソフィアさんはこのフルードを、いえ、この世界を見捨てろと言うんですか!」
ソフィアの言葉に声を荒げるブリザラ。しかしソフィアはブリザラが口にした言葉に顔を横に振った。
「違うよ……ちょっと言葉が足りなかったかもしれないけど、そもそも討つとか討たないとか言う前にもっと大事な事があるはずなんだ……」
「大事なこと? ……」
「……そう、大事なこと……私はスプリングが魔王になったから討たなきゃいけいって諦めたくない、逆に魔王になったスプリングが世界を壊すということもさせたくない……だから私はあきらめない、魔王になったスプリングを否定する、否定して人にもどれってしつこく言い聞かせる……たとえ呆れられても構わない、それでスプリングが人に戻ってくれるなら私は何度でも魔王になったスプリングを否定する、諦めちゃ駄目なんだよ……」
ソフィアはブリザラに自分の思いのたけを伝える。
「……ああ、うん、やっぱり今の無し、なんか訳の分からない事いったね私」
自分が口にした言葉に赤面するソフィア。
「諦めない……」
しかしブリザラにとってソフィアの言葉は雷に打たれたような衝撃であった。
「……ありがとう、ソフィアさん……まだどうなるか分からないけど、私、両方とも諦めたくない」
吹っ切ったように晴れやかな表情になるブリザラ。その表情にソフィアは頷いた。
「ナイト!」
『ううう、ええ話や、ええ話や! ソフィア様、私は私は感動して胸が張り裂けそうです!』
「黙れ、早くこの壁を取っ払って!」
ナイトの言葉に恥ずかしさと苛立ちを感じながら指示を出すソフィア。
「こ、個性的な伝説の武具ですね……」
そんなナイトにブリザラも若干引いた表情をしていた。
「本当、こんな性格じゃ無きゃ使える奴なんだけどね……」
光の無い目でソフィアはそう呟くとナイトが作り出した壁が消えていくのを確認する。
「さあ、ブリザラここからが本番よ! 頑張りましょ!」
「はい!」
頭上には太陽の光がさし少し眩しそうにするブリザラ。その姿を見てソフィアは安心したような表情を浮かべた。
『ソフィア殿……感謝する』
内緒話をするようにソフィアにだけ聞こえるように話しかけるキング。そのキングの言葉にソフィアは満面の笑みを浮かべるのであった。
数分ぶりの空は当然僅かな変化しかしていない。しかしブリザラとソフィアが壁の中で留まっていたその数分で、魔物達との戦いは大きな変化を起こしていた。
「王!」
ブリザラの下に駆け寄る盾士。
「状況は?」
声をかけてきた盾士の言葉で、戦いの状況が変化した事に感づいたブリザラは少し腫れた目で駆け寄っててきた兵士を見つめる。
「それが……王がその方と壁の中に入られてからすぐに殆どの魔物が今最前線で戦っている伝説の所有者のとその仲間の下に集まり出して……」
「えっ!」
盾士の話を聞いたブリザラとソフィアはすぐにスプリング達が戦っている方角に視線を向けた。するとスプリング達の姿は見えないが魔物達が一か所に集まっていることが確認できた。
「なんで?」
魔物達がなぜスプリングやレーニだけを狙っているのかが理解できず困惑するブリザラ。
『……もしや!』
そこでキングが声を上げる。
「どうしたのキング?」
緊迫したキングの声に動揺するブリザラ。
『ブリザラ! ソフィア! 聞こえるか!』
すると突然キングとナイトからスプリングの声が響いた。
「スプリング!」「スプリングさん!」
スプリングの声に返事を返すソフィアとブリザラ。
『気を付けろ、魔物達が俺達の所に集まっているのは陽動だ!』
スプリングがそう叫んだ瞬間、フルードの気候の寒さとは違った寒さがブリザラ達のいる高台に広がった。
「な、なんだ!」
ブリザラ達の周囲にいた盾士や兵達は体から力が抜けるようにみな地面に倒れ込んでいく。それは円を描くように広がり遠くにいた者達にも影響を及ぼしていく。
『ソフィア、ブリザラ! 上だ!』
キングとナイトを通じてスプリングから上を見るように指示を受けたブリザラとソフィアはフルードの空を見上げる。するとそこには青空にポッカリと穴が開いたように不気味な黒い物体が出現していた。その不気味な黒い物体は高台に向けて黒い冷気を発していた。
「何あの黒いの……」
「……あれがこの状況を生み出している……はっ! ソフィアさんあの黒い物体に攻撃を!」
「わ、分かった!」
突然ブリザラに指示を出されたソフィアは若干あせりつつも攻撃体勢に入る。手に持った槍を振り絞るソフィアは空に浮かぶ黒い物体に目がけ手に持った槍を放った。一閃の光のように黒い物体かに飛んでいくソフィアの槍。しかしソフィアの放った槍は何かに阻まれるように弾かれ軌道を変化させ彼方へと飛んで行った。
「えっ!」
渾身の一撃が簡単に弾かれた事に驚きの表情を浮かべるソフィア。
「ま、待ってください、中心に何かがいます!」
辛うじて立っているという状態であるティディがその視力で黒い物体の中心に何かがいることを発見し叫んだ。
しかしその場にいる者達は肉眼でその何かを捉えるが出来ない。
「ティディさん! 他に情報は!」
唯一その何かを目で捉えることができるティディに他に情報は無いか聞くブリザラ。
「……人の形をしています……周囲には黒い……水のような」
「水!」
ティディの水という言葉にブリザラは何かに気付いたのか、自分の目では見えない何かを見つめる。
「キング!」
ブリザラは叫んだ。
『絶対防御!』
ブリザラの叫びを聞いたキングは高台を包むようにして結界を展開させる。その瞬間黒い物体の中から大量の黒い液体が流れ出す。キングが展開した『絶対防御』に滝のように流れ込んでいく黒い液体は干渉した瞬間、蒸発し黒い霧となっていく。
「キング、大丈夫!」
『大丈夫だ……しかしこの力は』
『絶対防御』に黒い液体が触れた事によってキングは何かに気付いたようでありそれはブリザラも一緒であった。
「これは……」
― フルード大陸 サイデリー王国 氷の宮殿 客間 ―
「はっ!」
氷の宮殿にある客間で心身共に衰弱していたテイチは休んでいた。しかし突然跳ね上がるように起き上がると自分の胸が異常なほど鼓動していることに気付いたテイチは自分の胸に手を当てた。
「何……この感覚……」
嫌な予感。テイチがその感覚を一言で表すならば嫌な予感というのが一番合っていた。気持ち悪くなるほど胸騒ぎを感じたテイチはベッドから出ると客間の窓を見つめる。
その窓からブリザラ達のいる場所が見える訳では無い。しかしテイチは少しでも胸騒ぎが静まらないかと窓の外を見つめる。
自分の胸騒ぎはただの勘違いなのではないかと思わせるほどサイデリーの空は快晴であった。しかしそれでも静まらない胸騒ぎに苦しい表情を浮かべるテイチは、その場にうずくまった。
「ウルディネ……ウルディネ……」
もう一人の自分といってもいいウルディネの名を助けを求めるように呟くテイチ。しかしその呟きに返事を返すウルディネの声は無かった。
上空に現れた黒い物体
これが一体何なのか分かってはいない。しかしレーニが持つ力に酷似しているようでレーニと何か関係していると思われる。




