兎に角真面目で章 12 想いと現実のズレ
ガイアスの世界
黒い鱗を持つドラゴン
空間に突如として出来た亀裂から現れた黒い鱗を持つドラゴン。その姿はまるで……
強さはガイアスに生息している他のドラゴンよりも一段も二段も強く、ドラゴンの攻撃の代名詞であるその火球の威力は一つでも凄まじいものであり厄介なのは着弾した時の爆発であった。その爆発は一頭のドラゴンの火球で小さな町を一つ吹き飛ばせるほど。
しかしもっとも厄介なのはドラゴンが複数で行動しているということであった。本来殆どのドラゴンが単独での行動を好むのだが、黒い鱗を持つドラゴンは複数での行動をしている。しかも連携することから、知能も高い模様。
それが分かる行動がドラゴン達による火球の一斉発射であった。タイミングを合わせたドラゴン達による火球による一斉発射はスプリング達によってド中途半端なものとなったが、もしそれが中途半端ではなく着弾していたとすれば、フルード大陸の沿岸は消滅していたに違いない。
兎に角真面目で章 12 想いと現実のズレ
闇の力渦巻く世界、ガイアス
周囲にはドラゴン達によって放たれた火球による爆発の威力を物語る光景が広がっていた。爆発に巻き込まれた周囲の雪は蒸発し、雪によって隠されていたフルードの大地がむき出しになっていた。しかしそれほどの爆発があったのにも関わらず死傷者はでたものの特に大きな被害には至っていなかった。
「ポーン、被害は……」
伝説の武器の所有者スプリングはまるで他の大陸のようにみえるフルード沿岸を見渡しながら手に持つ伝説の武器ポーンに周囲の被害状況を聞いた。
『……残念だが全員は守れなかった……しかし被害は軽微と言っていいだろう』
「そうか……」
様々な戦場を戦い抜いてきたスプリング。大規模な戦闘で死者がでるのは当たり前、あれほどの規模の攻撃で死者の数が僅かであったというのはスプリングからしてみれば奇跡と言ってもよかった。
「申し訳ありません、私がもっと早く動いていれば……」
スプリングの言葉に悲しい表情をする黒髪の女性。
「いやいや、レーニさんの所為ではないです、戦いの場は、特に大規模なものは助けたくても助けられない事のほうが多いですから……」
「そうですね……私も何度か経験があります」
レーニは遠い昔の記憶を思いだし、今の場所に重ね合わせる。レーニの綺麗な顔に深い影ができる。
「と、というかまさかヒトクイからフルードまで殆ど一瞬にして移動することが出来るなんて驚きましたよ」
突然ヒトクイから姿を消し、フルードに忽然と姿を現したスプリング、レーニ、ソフィアの三人。それはレーニの使った術によるものであった。そんな術スプリングは聞いたことも無いと少し大げさに驚いてみせた。
「ふふふ、すいません気を使わせてしまったようですね」
おかしなテンションで喋るスプリングが自分に気をつかってくれていると察したレーニは笑顔を作りスプリングに頭を下げた。
「あ、バレバレみたいですね」
レーニにばれたのが恥ずかしかったのか、照れながらスプリングは頭をかいた。
レーニの使った遠い場所へ殆ど一瞬で移動する術。本来最速でも他の大陸を経由して何日も掛かる距離を、レーニはスプリングとソフィアを連れて数十分で移動してみせた。まさにご都合主義と言える代物でありそれが出来てしまうレーニはまさに神に近き存在になりつつあった。
「……さてこれからどうするかな……」
一通りレーニとの会話を終えると地面をむき出しになったフルード沿岸を見渡すスプリング。
「お前……アキなのか?」
「えっ?」
周囲を見つめていたスプリングに声をかける一人の男。スプリングは知り合いの名を口にしたその男に視線を向ける。そこにはドラゴンの放った火球による爆発を防ぐために、力の殆どを使いきり地面に座り込んだ最上級盾士ランギューニュの姿があった。
ランギューニュは驚いた表情でスプリングを見上げている。
「あなたは火球を抑え込んでいた……」
「久しぶりだな! 見ないうちに色々とイメチェンでもしたのか?」
「ん? ……ああ!」
話がかみ合わない事に一瞬何を言われているのか理解できなかったスプリングは、目の前の男がアキの知り合いであると理解して手をポンと叩いた。
「あの、いや俺はスプリングというものです、えっと……アキの……双子の……兄です!」
兄という言葉をやけに強調するスプリング。結局スプリングとアの間でどちらが兄で弟なのかという問題は解決しておらず、スプリングの言葉には自分が兄なのだという強い意思が籠っていた。
「まあ、ちょっと訳ありなんですがね……て、あれ?」
戦いの真っ最中だというのになんとも緊張感の無い表情をランギューニュに向けるスプリング。しかしスプリングの話にすでに興味を失っていたランギュー二ュはスプリング以上に緊張感の無い表情で、スプリングのとなりで周囲を見渡していたレーニに視線を向けていた。
しまりのない表情、それはまさしく心を奪われるという言葉を体現しておりランギューニュはジッとレーニを見つめ続けていた。
「ん? 何が起こったのかな?」
再び理解できないスプリングはランギューニュとレーニを見つめる。
ランギューニュにとってそれは生まれて初めての衝撃であったのかもしれない。今までサイデリーいる幾多の女性達と甘い夜を過ごして来たランギューニュ。その全ての女性がランギューニュにとっては一番大事な女性であり、たとえそれが一夜愛の関係であった女性であったとしてもランギューニュにとって一番大切な人だと言い切れる自信があった。
しかし、ランギューニュの中でその考えは音を立てて崩れ去った。全ての女性が等しく一番であったはずのランギューニュの心の中で初めて芽生える明確な一番。
女性との出会いは全て運命であると考えていたランギューニュ。しかしそれは目の前に出会うための通過点、もしくは試練であったかというように、今自分の目の前にいる女性が本当の運命であったのだと悟ったランギューニュは、まさしくこれが本当の運命なのだと確信した。ランギューニュは驚異的な速度で素早く立ち上がる。
「あなたのお名前をお聞かせ願いますか?」
満身創痍であったランギューニュはそれが嘘であったとでも言うようにランギューニュはレーニの前に素早く移動すると、片膝を着きレーニの手を取った。
「あ、え、えっと……私は……レーニと申します」
突然のランギューニュの行動に丁寧に返すレーニであったが、その表情は明らかに戸惑いの色が濃く、スプリングに助けを乞う視線を向けていた。
「レーニ……何と美しい名前……しかし惜しい……レーニさんあなたには足りないものがある!」
他の男など視界には入れさせないというようにランギューニュはレーニの視界を遮り、何やら意味の分からない事を語りだした。
「……それはこの私ランギューニュ、あなたを守る剣んっだ!」
満身創痍はどこにいったという勢いでレーニの前で舞うランギューニュ。おいそこは盾じゃないのか? と盾士であるランギューニュに指摘したくなるスプリングであったが、いつの間にかランギューニュとレーニを包むようにして出現した結界によって二人の間に割って入ることが出来なくなっていた。
「あ、あの……」
ランギューニュが出現させた結界をコンコンとドアをノックするように叩くスプリング。
「んーーーー! 二人の空間を邪魔するお前は何者だ!」
「い、いや……スプリングですけど……」
「スプリング? 知らん……お前はアキだろ」
話聞いてなかったのかこの野郎と言わんばかりな苛立ちが表情に現れるスプリング。
「スプリングさん……」
先程までのドラゴンの火球による爆発をかき消した者と同じ人物とは思えないほどオロオロと動揺した表情をスプリングにみせるレーニ。
「あのランギューニュさん? 愛を囁くのは構いませんが、時と場合を……」
「僕の愛は時と場合も超越する! たとえそこが血反吐吐く戦場だろうとそこに愛があれば関係ないのだ!」
訳の分からない事を言いだしたと段々面倒になってきたスプリング。
「はぁ……あんまり使いたくないけど」
深くため息を吐きながらスプリングはこういう時の場合に備えた切り札を使うことにした。
「ランギューニュさん、実はあなたの目の前に居る方は、ヒトクイの王様なんですよ……」
「なっ!」
レーニには悪いと思いつつもスプリングはランギューニュの暴走を止めるために目の前の人物がヒトクイの王であると告げた。
まさかナンパしてくる男一人のために使うことになるとは思わなかったと思いつつスプリングは自分が放った一言は効果絶大だと表情が固まるランギューニュを見て思った。しかし
「……ふふん、馬鹿な事を言うな、ヒラキ王は男だぞ! どうみても私の前にいるのはガイアス中、いや神の中でも一番であろう美しさを持つ美女レーニさんだ!」
そう言ってランギューニュはレーニの方へ振り返る。するとそこにはヒトクイの王ヒラキの姿があった。
「……あれ? ……」
目を丸くするランギューニュ。
「あ、あの……王? レーニさんはどちらに?」
ランギューニュはサイデリーとヒトクイの間で同盟が結ばれた時、最上級盾士としてヒラキ王の資料に一通り目を通していた。その資料の中にはヒラキ王の肖像画も含まれており当然ランギューニュもヒラキ王の顔は知っていた。
顔を引きつらせるランギューニュ。
「……知らんな……」
無表情で一言そう呟くヒラキ王。寒さのあるフルード大陸の中顔から嫌な汗を拭き出すランギューニュはただちに自分が展開した結界を消すと、一歩二歩と後ろに下がりヒラキ王から離れていく。
「さ、さあ……目の前のドラゴンを倒そうではないかアキ!」
今までの事は無かった事にという勢いでスプリングの肩を抱くランギューニュ。
「いや、だから俺はスプリングです」
何とかランギューニュの魔の手からレーニを守る事ができたスプリングは肩を揺さぶられながら安堵のため息を吐き、ヒラキ王の姿をしたレーニに視線を向ける。するとヒラキ王の姿をしたレーニは小さく頭を下げ感謝を現した。
「ちょっと、サボってないでそこら辺にいるドラゴン倒してよ!」
ホッとしたのも束の間、矢継ぎ早に状況は迫ってくる。突如として叫びながら手に持つ槍ですでにドラゴンと戦闘状態にあるソフィアは、明らかに手が止まっているスプリング達に怒りを現していた。
軽々とドラゴンの頭の位置まで飛び上がったソフィアはそのまま手に持った槍を横に薙ぐ。するとドラゴンの頭と胴体は切り離され、ドラゴンの巨体が地面へと沈む。
「よっと!」
地面に着地したソフィアはそのままスプリング達の前に向かって歩いてくる。その表情は怒りに満ちていた。
「あ、悪い……すっかり忘れてた」
「すいません、すいません」
ランギューニュの突拍子も無い行動に今この場が戦いの場だという事をすっかり忘れていたスプリングは本当に忘れていたとソフィアに詫びを入れる。ヒラキの姿であるレーニはスプリングと違い怒りの表情のソフィアに何度も頭を下げて平謝りした。
「あ、いや、レーニさんは謝らなくてもいいですよ! こちらこそすいません」
一国の王に平謝りをさせているという事実を前に顔面蒼白になったソフィアはヒラキの姿をしたレーニよりも速い速度で頭を下げる。
そんな三人のやり取りをジッと見つめるランギューニュ。
「あれ? なんでブリ……
「なぜここにブリザラ王が!」
ランギューニュの言葉をかき消すように響き渡る女性の声。一同の視線はその声の主へと向けられた。そこにいたのはランギューニュの同僚である最上級盾士、ティディであった。
驚きの表情を浮かべながらティディはソフィアの下へと駆け寄ってくる。
「え、え? ……私」
状況を理解できていないソフィアは周囲を見渡した後、指を自分に向けた。うんと頷いた後、いやと横に顔をふるスプリング。
「な、何ソレ?」
「ブリザラ様、ここは危険です、あそこまで下がってください」
ティディはそういいながらソフィアの肩をやさしく掴むとブリザラの定位置である場所に視線を向ける。
「……ん?」
ティディは常人より少し視力はいい。したがい遠くで指揮をとっているブリザラの姿をその目で視認することができる。できるからこそティディはこの時混乱していた。
(ん~!!!どういうことだ、あそこにブリザラ王がいるのに……私が触れている者もブリザラ王だ……)
冷静を装いながら心の中で大混乱するティディ。しかしそんなティディに肩を掴まれたソフィアは更に混乱していた。
「ちょ、ちょっとまって私ブリザラじゃないんですけど……」
冷静を装っているティディの手を払いのけるブリザラ。
「?」
首を傾げるティディ。その光景を、頭を抱えて見つめるスプリング。しまったという表情を浮かべる。
ソフィアの顔はこの場にいる者ならば誰もが知っている顔でありその所為で騒ぎになる事をすっかり忘れていたスプリング。
ソフィアとブリザラの顔は瓜二つであった。しかもスプリングとアキのように双子という訳でも無いにも関わらず。
最初自分がブリザラと出会った時もしばらく勘違いしていたと、その時の事を思いながら苦笑いを浮かべるスプリング。
「……おいおい王様、こんな時に悪い冗談はよしてくれよ」
自分の運命の人であるレーニが姿を消したことによって冷静になったランギューニュは、目の前のソフィアに気安く話しかける。
「な、なにこの男、体から女の敵感が凄いでてる……」
何か臭いものでも見つめるようにソフィアは後ずさりする。
「ん?」
そんなソフィアの表情に疑問を持つランギューニュ。
「と、とりあえず、ブリザラ様はあちらに……」
「だから、私ブリザラじゃないって……」
「ティディ……その少女はブリザラ様じゃないよ……」
ランギューニュは鋭い眼光でソフィアを見つめながらティディを制した。
「な、何を言っているランギューニュ、このお方は紛れも無くブリザラ様だろう」
若干違うのかもしれないと思いつつも、口から出た言葉は戻せないとあくまで自分の前にいる人物はブリザラ様だと言い張るティディ。
「いや、違うよ」
そう言いながらゆっくりとソフィアに近づいていくランギューニュ。
「ヒィ!」
拒否反応なのか小さな悲鳴を吐くソフィア。それもそのはずで、ランギューニュはその鋭い眼光でソフィアの体中を舐め回すように見つめていたからだ。
「うん、ブリザラ王よりも胸周りが大きく、そしてお尻もキュートだ……ウエストはブリザラ様の方が細い……」
「どういう事よ!」『どういうことですか!』
ランギューニュの言葉にソフィアともう一人、その場にはいない女性の言葉が響き渡った。
「ブリザラ様?」
すかさずティディはブリザラの定位置に視線を向ける。するとそこには怖い表情をしたブリザラが自分達を見つめているのが確認できた。
「ふん!」
「ゲフェ!」
ティディがブリザラに視線を向けている僅かな間に、ソフィアは渾身の一撃をランギューニュに振りぬいていた。振りぬかれた拳はランギューニュの顔にめり込みその衝撃で地面に叩きつけられるランギューニュ。
汚い物を殴ったといわんばかりに、殴った方の拳を拭きながらランギューニュを見下すような冷たい視線で見つめるソフィアはティディと同じ方向に視線を向けた。
「見ていたならすぐに話しかけてきてよブリザラ!」
『すいません、中々入るタイミングが見つからなくて』
スプリング達がランギューニュ達と接触してからの事を全て伝説の盾キングを通して知っていたブリザラは申し訳ないというような声色でソフィアに謝った。
「なるほど、ということははポーン、お前知っていて黙っていたな」
『申し訳ない……正直私も色々な事が起こりすぎて口が出せなかった』
「お前アキじゃないんだな」
「だからさっきからそう言ってたでしょ!」
剣に話しかけるスプリングの姿にランギューニュはようやく目の前の男がアキでは無いことを認識していた。
『お久しぶりです、スプリングさん、ソフィアさん……そしてご無事でなによりですレーニさん!』
声を弾ませながら三人の名を呼ぶブリザラ。その声は顔を見ずとも容易に嬉しそうにしている事が分かる声であった。
「ああ、久しぶりブリザラ」
「久しぶり!」
それに答えるようにスプリングとソフィアはブリザラに対して満面の笑みで答える。しかし一人だけヒラキの姿をしたレーニだけが浮かない表情でブリザラの声を聞いていた。
「ブリザラさん……その……私の事で色々とご迷惑をおかけしました」
ブリザラがレーニの死刑を止めようと頑張ってくれていた事をレーニ知っていた。自分のために国同士の関係を崩すかもしれない決断をしたブリザラに、レーニは感謝していたが、それよりも迷惑をかけてしまったという感情のほうが大きく、久々の再開を素直に喜べないでいた。
『……レーニさん……それは違います……私は迷惑だなんて思っていません……あなたはヒトクイにとって必要な人です……同盟国であるヒトクイにとって、大きな損失になる。あなたに死なれては私の国サイデリーも困ります……これは国の王として……そして……』
そこで一旦言葉を区切るブリザラ。
「もう! 勝手に死のうだなんて思わないでください……私……友達として凄く心配したんですから!」
「ブリザラさん……」
それは一国の王ではなくブリザラという一個人としてのレーニに対しての言葉であった。
ブリザラの言葉にヒラキの姿であったレーニの目から涙が零れる。そして気付けば長い黒髪の美しい女性の姿へ戻っているレーニ。
「ハッ! レーニさん!」
何か感知的なレーダーでも持っているのか、地面に顔を埋めていたランギューニュは直ぐに顔を上げレーニを視界に捉えようとする。しかし空気を読めと言わんばかりにスプリングとソフィアはそのランギューニュの視界を遮る。すると枯れていく花のように再び地面に顔を埋めるランギューニュ。
「……ごめんなさい……ありがとう……ありがとう……」
小さくかすれた声でスプリングの背中に向かいブリザラに謝罪と感謝の言葉を口にするレーニ。
ティディ以外姿を見ることは出来ないがブリザラもレーニの言葉に涙を浮かべていた。そんな姿にここにいる者達はブリザラ様にとって大切な人達なのだなと納得するティディ。
「申し訳なかった……今までの非礼を詫びる。ティディはブリザラの背に向かって頭を下げた。
「え、いやいいよ、分かってくれれば」
今まで自分が謝ることはあっても謝られることなどそうそう無かったソフィアはティディの姿にどうしていいか分からず声を上ずらせながらティディの謝罪に答えた。
『さて、それではもう少し話をしたいのですが……今はこの状況を何とかしましょう……スプリングさん、ソフィアさん、そしてレーニさんご協力お願いできますか……』
瞬時にその場の者達の心を引き締めるような一国の王の声色に切り替えたブリザラは改めてスプリング達に協力を願いでた。
「ああ、任せろ、暴れ回ってやる!」
「ええ!」
「ハイッ!」
三人は一切迷うことなくブリザラの協力要請に同意し、意思の籠った返事をかえした。
『それでは、今からスプリングさん達には前に出てもらいドラゴン達の掃討をお願いします』
意思を確認したブリザラは早々にスプリング達に指示を出す。
「ちょっといいか、ブリザラ」
そこでスプリングがブリザラの話を止めた。
『何でしょう?』
「……分からないなら分からないといってくれればいい……アキはこの戦いに関係しているのか?」
それはスプリングにとって勘以外の何ものでもなかった。しかしスプリングはフルード大陸に現れてから嫌な予感がしてならなかったのだった。
「……はい……」
「そうか」
沈むブリザラの返事にスプリングはただ一言返事を返した。
『それでは皆さん……よろしくお願いします……散開!』
簡単な打ち合わせわしたのちにブリザラの号令によって各自散開していくスプリング達。
最上級盾士であるランギューニュとティディは疲弊した体力を回復させるために一旦ブリザラの下へと戻り、スプリング達は最前線へと向かって行く。
「なんかブリザラ、最後の方声が暗くなっていたね……」
最前線に向かう途中、並走するスプリング達の中でソフィアがブリザラの様子が変であることを口にした。
「ソフィア……頼みがある……」
「なに?」
自分達に攻撃を仕掛けてくる魔物達を倒しながらスプリングの話を聞くソフィア。
「今からブリザラの下へ戻ってくれないか?」
「ブリザラの所に? 何で?」
自分に喰らいつこうとする魔物を切り裂き、足を止めるブリザラ。
「頼む……」
スプリングの真面目な表情に、ソフィアはそれ以上何も聞く事ができず頷くことしかできなかった。
「……それじゃ頼むぞ!」
ソフィアと共に足を止めていたスプリングはそう言うと走り出した。
「頼みます……」
レーニもソフィアにそう言い残すとスプリングの後を追うようにして走り出していった。二人が駆け抜けていく後ろ姿を見つめたソフィアは、スプリングの言葉に疑問を持ちながらもブリザラはブリザラがいる場所へと踵を返し走り出すのであった。
「すいませんレーニさん……負担をかけて……」
自分と並走するレーニに頭を下げるスプリング。
「いえ、私もブリザラさんの様子が気になりましたから」
スプリングの言葉以降明らかに声が沈んでいたブリザラを心配していたレーニは、スプリングの行動は的確だと判断していた。
「理由は分かりませんが落ち込んでいるブリザラさんを元気づけるにはソフィアさんが適任だと思います」
自分ではと付け足すレーニ。
「正直な話、俺がソフィアに戦ってほしくないというのが本当の理由です」
レーニの気持ちを知ってか知らずか、スプリングは少々食い気味にソフィアを後方へと下げた理由をレーニに打ち明けた。
「それは……」
興味津々という表情でスプリングの表情を伺うレーニ。レーニのニヤニヤした表情にあ、やっぱりこの人もそう言う話好きなんだなと苦笑いを浮かべる。
「ええ、俺にとってソフィアは大事な人です……」
「へーそれで、それで……」
男女の恋愛話が好きな女性と変わらない表情で色々とスプリングから引き出そうとするレーニ。まさかヒトクイの王とこんな話をする日がこようとはとじゃ間困惑かるスプリング。
「おっと、この話はまた今度にしましょう」
「え、あ! はい」
話を切り上げるスプリングとレーニは足を止める。そこには黒い鱗を持つドラゴンの群れが立ちふさがっていた。正直ドラゴンが出てきてくれて助かったと思うスプリング。このまま話を続けていたらソフィアとの事について根掘り葉掘りきかれそうで正直ドラゴン達の登場に安堵するスプリング。
「それじゃ行きますか!」
「ハイ!」
そういうと二人は臆することなくドラゴンの群れへと突っこんでいくのであった。
ブリザラの『絶対防御』に守られながらブリザラ達は周囲を見渡すことが出来る高台へと移動していた。
「怪我した者達は直ちに救護班の下へ……戦える者は再準備の後待機してください」
各自に指示を出しつつ、次の戦いを予測しようと周囲を見渡すブリザラ。スプリング達という大きな戦力が加わり明らかに有利な状況だというのにそれでもブリザラの表情は暗い。
『王よ……無理をしていないか?』
「大丈夫、『絶対防御』には大分余裕があるから!」
ブリザラはかれこれ一時間近く『絶対防御を発動し続け五国の兵士達や盾士達を守り通していた。
『いや、それもそうだが私が言いたいのはその事では無い』
「じゃ何の事?」
キングが何を言わんとしているのかブリザラは分かっていた。そのうえでとぼけたフリをするブリザラ。
『……あの小僧のこと』
「それ以上言わないで……」
気丈に振る舞っていた表情は一瞬にして崩壊し涙目になるブリザラ。
『しかし……』
そこで口を閉じるキング。それ以上聞きたくないというブリザラの悲しみを目の当たりにしたからだ。ブリザラの体は震えていた。
『……』
ブリザラの震える姿にキングは自分の無神経さを思い知った。ブリザラの心を無視していたと。
小規模な戦いなどはアキやスプリング達と出会ってからこなしてきたものの、ここまで大規模な戦闘や自分が指揮する立場になり大勢の兵達を動かすことなどは今まで経験した事が無いブリザラ。勿論知識として本やキングの話によって学んではいたが、ブリザラにとってこれが初めての大規模戦闘であった。
アキやスプリング達との数々の戦いの中で成長していくブリザラをみてきたキングは勘違をしていた。技術や体力は驚くほどの成長をみせたブリザラではあったが、それに反して心は未熟なままであったのだ。ブリザラの心と体には開きが生じている。
ブリザラは一国の王である前に一人の少女だ。まだ少女なのだ。そんな少女は刻々と変わる状況に対応するように無理矢理にでもその未熟な心を合わせてきたのだ。
そんな未熟な心と大きく成長を遂げた体で挑んだ大規模な戦闘。ラサイデリーの王としてブリザラの肩には兵達の命と責任という言葉が重く圧し掛かっている。皆を守ることが出来る己が持つ力。そしてそれを絶対と考える未熟な心。しかしこの世に絶対は無い。それは当然戦闘においてもそうであった。スプリング達の力によって最小の被害で収まったが、それでもドラゴンの火球によって命を落とした兵士達はいる。その現実を目の前にしてブリザラに重い負担をかけていたのだ。ブリザラの体と想いのズレ、そして目の前の現実をキングは理解してあげる事ができなかった。
それに加えてのアキの魔王化の話はブリザラの心にさらなる負担をかけている。今ブリザラの心のバランスは絶望的であった。それを僅かなバランスで支えているのはブリザラの責任感とそれを支えてくれる五国の兵士や国の盾士達、そしてスプリング達だとキングは考えていた。しかしそれも諸刃の剣、誰か一人でも失えばブリザラの心はバラバラに砕け散るだろう。
『……あの男とぼけた姿をして案外鋭い所がある……』
ポーンからの連絡を聞きポツリと呟くキング。その連絡がブリザラの心を支えてくれる頼もしい光である事を切に願うキングであった。
ガイアスの世界
空間に出来た亀裂
突如として現れた空間に出来た亀裂。そこから黒い鱗を持つ蜥蜴や黒い鱗を持つドラゴンが出現してくるのだが、それ以外何もわかっていない。その亀裂が魔物達を生み出しているのかそれともどこか別の場所から送り出しているのかも不明である。
分かっているのは、死んだ魔物達の屍を糧としてより強い魔物達を亀裂から出現させるということだけである。




