兎に角真面目で章 9 決意する王
ガイアスの世界
ヒトクイのお祭り事情
ヒトクイは他国に比べやたらと祭りが多い。それはヒトクイの国民性が強いのだろう。他国の人々よりもずば抜けて真面目であると言われているヒトクイの人々は、季節の変わり目などを大切にし、それを理由にしてその都度祭りをする。それはもう節操無く。本当の理由は単に馬鹿騒ぎがしたいだけという説もあったりする。
兎に角真面目で章 9 決意する王
闇の力渦巻く世界、ガイアス
数時間前まで重く暗い雰囲気がべったりと張り付いていた小さな島ヒトクイの城下町ガウルド。しかし今はそれが嘘であったと思わせるほど明るくそして騒がしくなっていた。
ヒトクイの王ヒラキ王を騙り数十年間もの間ヒトクイの王座に座り続けていた、夜歩者レーニの処刑。自分達を騙し続けてきた夜歩者の処刑に対してヒトクイ中の人々は歓喜の声を上げるはずであった。しかし誰の顔にも困惑の表情が浮かぶだけで、喜び歓喜をあげるものは少なかった。
ヒトクイの人々の殆どが困惑した理由、それは王を騙った夜歩者がヒトクイの王として文句をつけようがないほどに立派で尊敬できる者であったからだ。ヒトクイの王を騙っていた夜歩者は、自分と種族が違う人類、ヒトクイの人々の事を第一に考え、国の発展に貢献し、そして何よりも誰もが認める優しい王であったからだ。だからこそヒトクイの人々は目の前の現実を受け入れられず戸惑った。自分達の信じてきた王が自分達にとって人類にとっての宿敵である夜歩者であったという事実を。
ガイアスに生きる人類と称される誰もが、夜歩者に対して個人差はあるが怒りや恨みを持っている。しかしその根にあるものは恐怖であった。しかしヒラキ王には一切そんな恐怖は無かった。夜歩者に対して抱く恐怖と、何処までも包み込むような優しさを持ったヒラキ王という二つの事実に、割り切れない感情を持ったままヒトクイの人々は、偽りの王の処刑を見届けるためガウルド城の前にある広場へと足を運んでいく。
この時ガウルド以外にいる地方の人々は、各地に派遣された魔法使いを中継した映像魔法によって自分達を騙し続けてきた王の行く末を見守っていた。しかしヒトクイ中の人々が魔法使いの映像魔法によって、そしてその目で見つめていたガウルドの人々が見た光景は処刑とは全く言えないものであった。
まず死刑場であるはずのその場所はまるで闘技場のような場所であり、そして執行人であろう突如として現れた大柄の男は、まるでその闘技場で戦う選手のように執行人という立場を忘れ、夜歩者に攻撃を仕掛けていたのだった。それは一方的な戦いであり、それを見ていた人々は皆その光景に唖然となる。
しかし当の二人はそれぞれ違う想いでその場に立っていた。執行人であった男は道化を演じるため、夜歩者は己が討たれることによって自分が騙してきたヒトクイの人々に赦しを乞うためその場に立っていたのである。
そんな処刑とは到底言えないその結末は、道化を演じるためにその場に立った男の目論見通りに進んでいくこととなる。一方的に男に嬲られる自分達を騙していた夜歩者の姿。その姿は人々に衝撃と苦しみを与えた。
本当にこれでいいのか、たとえ自分達が騙されていたとしても、騙された事によって自分達は平和な生活をおくれてきたのではないのか。いやそもそもそれが騙している事であるのか。
この時、嬲られる偽の王の姿を見ていたガウルドの人々、そして魔法映像でその光景を見つめていた殆どのヒトクイの人々は自分達の抱いていた想いに疑問を持ち、そして自分達の本当の想いに気付いた。
何度か吹き飛ばされた偽の王を庇うように前に立ち思わずやめてくれと懇願した一人の男を皮切りに、ヒトクイの殆どの人々の心は一つになった。
次々と響き渡る偽りの王を倒そうとする男に浴びせられる、止めてくれという人々の声。それは懇願であり、もしかすると夜歩者に対しての贖罪でもあったのかもしれない。ガウルドの人々の声に夜歩者の目には涙が浮かんでいた。
ガウルドの人々の声にもっとも近くで王と接していたヒトクイの大臣達も、心の奥底では夜歩者の死刑に戸惑いこれでいいのかと心の奥底に追いやった疑問が浮かび上がってくる。それ故に闘技場の人々の声はヒトクイの大臣達の心の中で抱いていた戸惑いや疑問を吹き飛ばす後押しとなった。
その結果、夜歩者の処遇はほぼ処刑無効よりの一旦の保留という形で落ち着いた。一旦の保留というのは国で決めた決定事項を、掌を返すように変えてしまうのは、国としての信頼に関わるというものからであった。
歓喜に揺れる闘技場。ヒトクイの人々の心に生まれた黒い靄は晴れ渡り、そこにこれからのヒトクイに対しての希望が生まれてくる。姿形は変わってしまったが、闘技場の中心で泣きながら微笑む女性が、自分達が敬愛するこの国のヒトクイの王なのだと。たとえその者が夜歩者であったとしても関係無いのだと、人々は凛々しい姿から絶世の美女へと姿を変えたヒトクイの王に感謝を向けるのであった。
新たな王の門出とも言える場の空気に、熱気を帯びる闘技場は比喩抜きで祭りと化していた。いつの間にか出店まで現れ初め、もうここで一体何が行われていたのかも分からない状態になっていた闘技場を、一人何が起こったのか理解できず取り残されたような表情でうろつく女性がキョロキョロと周囲を見渡していた。
「ど、どうすれば……全くこの状況についていけない……」
かつての故郷であるヒトクイに今はサイデリー王国の連絡兵としてやって来ていたピーランは、サイデリーにヒトクイの王が処刑されるという情報を伝えるため、数時間をかけて意思伝達魔法を使える魔法使いが待機している場所に向かい、サイデリーにその情報を送っていた。
それから数分後、サイデリーから連絡が返ってきた。その連絡はサイデリー王直々の言葉であり、それをヒトクイの大臣達に伝えるよう指示を受けたピーラン。
しかしその内容はピーランに緊張を抱かせた。その内容は下手をすれば、サイデリーとヒトクイの戦争に発展しかねない内容であったからだ。自分に与えられた役割の重さを心にとどめながら、ピーランはガウルドへ向けて走り出した。
そして数時間後、ガウルドに戻ってきたピーランは茫然としていた。死刑云々の話は何処へ、暗い雰囲気を漂わせていたはずのガウルドはそんな事無かったかのようなお祭り騒ぎになっていたからであった。
「……なるほど……」
周囲で騒ぎ喜ぶガウルドの人々の話から情報を収集するピーランはそこで一つの結論に達していた。
「なぜそうなったかは理解できないが、どうやら王の処刑は延期になったようだな……」
結局何がどうしてお祭り騒ぎになっているのか今一理解はできなかったが、まだヒラキ王の死刑が一時保留という形である事を耳にしたピーランは、サイデリー王から託された言葉はまだ効力を失った訳では無いと思い、一刻も早くサイデリー王の言葉をヒトクイの大臣達に伝えなければと、人々がひしめき合う闘技場の中、人々の間を縫いながらガウルド城へと足を進めるのであった。
「こう人が多いと、道を探すのも一苦労だな」
ピーランは何処を見ても人という状況に若干のめまいを感じながら闘技場の中を進んでいく。するとその時であった。
「あれは!」
ピーランの視線が捉えた先には、ここ数日で起こった色々な出来事の所為でゆっくり眠れていないであろう疲れた表情を浮かべながら他の大臣達と何やら話し込んでいるムスバムの姿であった。ガウルド城へ向けていた足を止めピーランはすぐさまムスバムの下へと駆け寄っていく。
「何者だ!」
ムスバムの下へ向かったピーランに槍を向けるガウルドの兵士達。ガウルドの兵士達は緊張感を持った顔でピーランを睨みつける。ヒトクイの大半の人々は王の死刑が一時保留になった事を歓迎しているが、当然それを歓迎していない者もいる。そういった者が異議を申し立てるため大臣達に迫ってくる事、下手をすれば実力行使に出てくる者もいる。
事実ピーランが来る前に数人の者達が大臣達に異議を申し立てに、もしくは実力行使をしようとする者がいたからだ。
「申し訳ない、同盟国であるサイデリーからやってきた連絡兵だ、サイデリー王のお言葉を伝えにやってきた、ムスバム殿にお取次ぎを頼みたい」
ピリピリとしたガウルドの兵達の気持ちを察したピーランは、すぐに懐からサイデリーの者である事を示す紋章の入った証明書をガウルドの兵達に見せた。
「……こちらこそ申し訳ない、少しまたれよ」
ピーランの所在を確認したガウルドの兵が軽く頭を下げピーランに詫びを入れると、すぐに周囲にいたガウルド兵の一人に指示を出しムスバムの下に向かわせる。指示を受けたガウルド兵は駆け足でムスバムの下へ向かい耳打ちをすると、ムスバムは疲れた表情をキリッと引き締め大臣達との話を一度中断しピーランの下へとやってきた。
「お忙しい所、申し訳ない……」
疲れた表情を見ていたムスバムを察しピーランは深く頭を下げた。
「いや、こちらこそこんな騒ぎの中お恥ずかしい……今色々と立て込んでいて」
「はい、正直私も驚いております」
ピーランは正直な感想をムスバムに口にする」
「それは私も同じです……」
口では驚いたと呟くムスバムではあったが、表情は何処か嬉しそうであった。
「……それでサイデリー王からの言葉とは?」
ムスバムは挨拶も早々にピーランに本題に入るよう促した。
「ハッ……サイデリー王から、ヒラキ王……夜歩者レーニの処刑に異議を申し立てると……」
「……そうですか……」
少し驚いた表情をした後、すぐに笑みを零しそして真顔にもどすムスバム。
「それと……」
そう言葉を続けるピーランは、今フルードが緊急事態である事と、ヒラキ王の力を借りたいという事をサイデリー王の言葉をムスバムに伝えた。
「……」
ピーランを通して伝えられたサイデリー王の言葉にムスバムは黙り込んでいた。ムスバムの次にくるだろう言葉を待つピーランの表情は強張っていた。現時点でヒトクイの実権を握っていると言っていいムスバムが発する言葉次第ではサイデリーとヒトクイの同盟は解消され、両国の間で戦争になる可能性があったからだ。
しかしピーランの心配は徒労に終わる。
「分かりました、ただちに我が王にサイデリー王のお言葉をお伝えする」
「では!」
「はい、全面的に我国はサイデリー王国に協力することになるでしょう」
なるでしょうと言葉を締めるムスバムの言葉。この時点ではムスバムの独断ではあったが、ムスバムには分かっていた。ヒラキ王、夜歩者レーニがサイデリー王の言葉に対して必ず首を縦に振るという事を。それは周囲でムスバムとピーランの言葉を聞いていた他の大臣達も同じようでムスバムの言葉に頷いていた。
「ヒトクイの懐の深さに感謝を」
例え自分達の王が人ならざる者であったとしてもその信頼が揺るがないムスバム達やヒトクイの人々の心に感謝を込めて深く頭を下げるピーラン。
「いや……感謝しなければならないのは我々の方だ」
ピーランの言葉に首を横に振るムスバム。
「一番近くで王を見てきたはずの我々が一時的とはいえ、王を切り捨てようとしていた、だがサイデリー王は、そんな我々よりも遥かに我々の王を信じそして行動に出た……その懐の深さ、心の大きさに逆我々が感謝しなくてはならない……」
ムスバムはヒトクイを代表してピーランに頭を下げた。今は連絡兵として行動するピーランであるがこの任務が来るまではサイデリー王の専属護衛を任され、そして何よりもサイデリー王の友人であるピーランにとって、ムスバムの言葉は嬉しくてたまらないものであった。
だが勿論任務を全うするピーランは嬉しいという感情を心に留め、表情を表に出す事はせずムスバムの言葉を聞いていた。
「では、そろそろお互い行動することにしよう、私は今からヒラキ王の下へ向かう」
ムスバムの言葉に頷くピーラン。
「はい、それではよろしくお願いします!」
そういうとピーランはその場から消えるように姿を消した。
「ピーラン殿との話の通り私はこれから……ヒラキ王の下へ、サイデリー王の言葉をお伝えに言って来る、後は頼んだぞ!」
ムスバムは大臣達にそう伝えると急ぎ足でガウルド城へと走り出していくのであった。
― ガウルド城 地下 牢獄 ―
薄暗いその場所は外の騒ぎが嘘のように静まりかえっており、聞こえるのは僅かな隙間から入ってくる風の音だけであった。お祭り騒ぎの闘技場、その原因を作った主役であるヒラキ王、夜歩者レーニは誰にも気付かれること無くガウルド城の地下にある牢獄に戻っていた。
まるで今までの自分を見つめるような眼差しで牢獄を見渡すレーニ。自分を、夜歩者を閉じ込めるだけに作られたその特殊な牢獄をもってしても今のレーニの行動を縛ることは出来ない。それはレーニがすでに夜歩者では無い事を証明していた。
「どんな存在であってもこの国の人々は私を受け入れてくれた……私はもう逃げない……」
薄暗い牢獄の中で再び蘇った決意を口にするレーニ。
「……?」
無音に近いその場所で、レーニの耳に何者かの靴音が響く。その数は二つ。何かを探すような靴音を聞き、レーニはその音だけで誰がやってきたのかを悟った。そしてその者達を迎えるために体を靴音が聞こえる通路に向けるレーニ。
「レーニさん!」
体を向けた通路からレーニの名を呼ぶ男の声が響く。それと同時に一番近い蝋燭の灯りにその者の姿が浮かび上がった。
「スプリングさん、お久しぶりです」
レーニは自分の顔を見て安堵の表情を浮かべるスプリングに柔らかく微笑んだ。
「本当によっかた……」
しかしすぐにスプリングの表情は戸惑いに変わる。
「なぜ、ヒトクイの人々に正体を明かしたのか……ですか?」
何か言いたいことがあるが、うまく口に出せないそんな表情のスプリングを助けるようにスプリングの疑問を代弁するレーニ。
「あ、はい……なんで急にあんなことを」
「……あの時、私にとってあのタイミングが頃合いと思ったからです」
レーニが自分の正体をヒトクイの人々に明かした時、レーニにとってはそれが絶好の頃合いであった。
それは他人から見れば身勝手なのかもしれない、だがその時のレーニにとっては限界であったのだ。
ヒトクイの人々の自分に対して思いの言葉を聞くまでレーニの中では何もかも全てをやり終えたという完全燃焼といってもいい感覚があった。
八カ月前、ガウルドで突如として世界を終わらせる言い放つ伝説の本を持った所有者が姿を現しヒトクイを混乱に陥れた。その混乱の中心となったガウルドでは死者は出なかったものの町の一部、ギンドレッド跡地をただの大穴にするほどの被害を出し、その余波でガウルドの町にも被害を出した騒動。その騒動は伝説の防具の所有者アキの手によって伝説の本の所有者を討つことによって世界の終わりは未然に防がれ終息することになった。
その騒動の裏で、レーニにとって一番の気がかりであった闇歩者スビアとの因縁を断ち切ったことにより、レーニに思い残す事はもう無かった。ヒトクイにとっての驚異は何も無くなったと、自分の役割は全て終わったのだと思っていた。
ガウルドに被害はでたものの、強く折れない心を持つガウルドの人々は常に前を向き今日までガウルドの復興を成し遂げてきた。そんなガウルドの人々を見て、もう自分は本当に役目を終えたのだとレーニは表舞台から身を引く事を決意したのであった。
「頃合い……?」
レーニの言葉に首を傾げるスプリング。露骨に納得できないという表情をするスプリングにレーニは笑みを浮かべる。
「スプリングさんが言いたい事はわかります、何が頃合いなのかと……私もガウルドの人々が私に対して投げかけてくれた言葉を聞いて、それに気付いたんです……そして聖狼に言われた言葉、「あんたは逃げている」という言葉で私はさらに気付かされました……」
聖狼という言葉にスプリングとその後で隠れるようにしてレーニを見ていたソフィアは反応を示した。
「……私はヒトクイの人々を騙していたという気持ちから、ヒトクイの人々から逃げていました……だからこそすぐにでも表舞台から姿を消したかった、死んでもいいと思っていた」
「駄目です……あなたは……」
「ふふふ……ソフィアさんですね……あなたの言う通りです……私は死ぬことによって楽になりたかっただけ……でも、ヒトクイの人々は私を夜歩者である私を受け入れそれでも私という存在を欲し赦してくれた」
ヒトクイのガウルドの人々の言葉を思いだしレーニの目からは一筋の涙が頬を伝う。
「私は彼らのために彼らのその心に答えなければなりません」
涙を拭うレーニの表情は決意に満ちていた。
「レーニさん……」
「……もう大丈夫です、馬鹿な事は考えません」
ニコリと微笑むレーニ。その言葉に本当に安堵のため息を漏らすスプリングとソフィア。
『話の途中ですまない、少しいいか?』
少し入りづらいという声色で三人に対して話しかける伝説の武器ポーン。
「どうしたポーン?」
「何やら急ぎの話のようですね……私は構わないのでどうぞ」
『いや、それがレーニ殿、あなたにも関係した話だ』
「私に?」
『うむ』
「ヒラキ王!」
ポーンの相槌と間を同じくして、スプリング達がやってきた同じ方向から、忙しなく響く靴音が響き、レーニの事を呼ぶ声が監獄に響き渡った。
「ムスバムさん」
きょとんとした表情でムスバムを見つめるレーニ。だが蝋燭で表情がはっきりとしたムスバム見てすぐに表情を元に戻すレーニ。
「サイデリーの連絡兵ピーラン殿からサイデリー王からの伝言を預かりました」
「ブリザラから?」
「……ブリザラさんは何と……?」
スプリング達は驚いた表情を浮かべ、レーニは冷静にムスバムの次の言葉を待った。
「まず、今フルード大陸が緊急事態である事、そしてその緊急事態を終結させるためヒラキ王の力をお借りしたいという話です……どうしますか……ヒラキ王!」
ムスバムは夜歩者の姿をしたレーニに対してヒラキ王と云い切った。レーニからすればその言葉は自分が認められたと同義であり心が震えるほどうれしくはおったがそれを表に出すことはせず俯き少し考える素振りをみせる。
『主殿、こちらも全く同じ要件だ、キングからフルードに来てくれと連絡がきた。すでにキングはその緊急事態の対処に向かっている』
ムスバムの言葉に自分も同じ要件だとスプリングに伝えるポーン。その会話を聞きながら考える素振りを見せていたレーニは顔を上げる。
「……分かりました……今から直ちにフルード大陸に向かいます、兵の準備は?」
「はい、王がそう仰ってくれると思ってすでに準備に入っております、20十分ほどで準備が整います」
お見通しというような言い方でレーニの質問に答えるムスバム。
「……ムスバムさんにはお見通しのようですね……」
「ええ、これでも私はヒラキ王の右腕ですから……しかし王、さんづけはやめていただけないでしょうか、何とも体がむずがゆい」
「……そうですねムスバム……ですがならば私のこともヒラキでは無くレーニと呼んでください」
レーニのその言葉には、ヒラキ王との決別の意味が込められていた。だがそれは決して切り捨てるのではない、受け継ぎ新たな王になるというレーニの強い決意であった。
「……承知しました……それではレーニ王すぐに出発のご準備を」
その決意に答えるムスバム。
「ありがとうムスバム……」
微笑むレーニ。その微笑みに普段あまり動揺しないはずのムスバムが動揺をみせる。
「分かりました、ですが私は先に向かいます」
「先に?」
一瞬にして冷静な表情に戻り先に向かうというレーニの言葉に色んな意味で戸惑うムスバム。
「スプリングさん達はどうされますか?」
「それは勿論行きます……キングから頼まれるということは相当な厄介事ですから、伝説の武器を持つ者としては今すぐにでも向かいます」
突然レーニに質問されたが即答するスプリング。
「わ、私も……」
何が何だかイマイチ理解していないソフィアも慌てて自分も行くという意思表示を示した。
「……では、私に触れていただけますか」
レーニの言葉に首を傾げるスプリングとソフィア。
「ではって……なんでですか?」
「いいから私に触れてください」
レーニの言葉に流されるようにスプリングは右肩にソフィアは左腕に触れた。
「それでは兵達の事は頼みましたムスバム」
「は、はい」
返事を聞くとレーニはムスバムの目の前から忽然と姿を消すレーニ達。
「……はい?」
忽然と消えた三人がいた場所を凝視するムスバム。信じられないと言った表情でしばらくの間ムスバムは硬直するのであった。
ガイアスの世界
夜歩者の為に作られた牢獄。
レーニが進んで入った夜歩者専用の牢獄。普通の牢獄以上に薄暗く、蝋燭の灯りだけがその牢獄を映し出している。
本来暗闇は夜歩者にとってもっとも活動しやすい場ではあるのだが、それには理由があった。身動きの取れない夜歩者に死んだほうがましと思わせるほどの拷問を施すためであった。
夜歩者の再生能力は飛びぬけたものである。そして一番に発揮出来る場所それが暗闇であった。そこに目を付けた当時のガウルド城の主は、夜歩者を拘束する協力な結界を施し、捕まえた夜歩者に夜な夜な拷問していたそうだ。
すぐに再生する体、間髪入れず行われる拷問。その繰り返し。タフな肉体精神を持つ夜歩者であってもその拷問に耐えきれず精神が崩壊する。それでも癒される肉体。壊れた夜歩者の心を肴に当時のガウルド城の主は酒を飲むのが趣味であったようだ。
ちなみにその主を打ち取ったのが初代ヒラキ王である。




