兎に角真面目で章 8 思い出 茶番の終わり
ガイアスの世界
フルード大陸の移動手段
雪が一年の大半を占めるフルード大陸では普通の馬では移動することが困難である。馬を使った移動が困難であるフルード大陸は馬に変わる移動手段『雪馬』という魔物を移動手段として扱っている。
馬となっているが、見た目は鶏の雛を大きくしたような魔物であり、某有名ゲームに出てくるアレに似ている。
色は雪国にのみ生息しているため全身真っ白である。二本の足は雪道に特化した形状をしておりその速度は雪道ならば馬の三倍の速度を出せると言われている。
兎に角真面目で章 8 思い出 茶番の終わり
闇の力渦巻く世界ガイアス
フルード大陸のサイデリーを出て少し先に行くと、そこには一面の大雪原がある。その大雪原を、サイデリー王国の紋章が入った馬車が雪煙を巻き上げながら爆走していた。その後馬車を追うようにして同じくサイデリー王国の紋章が入った大型の馬車や、鶏の雛を大きくしたような魔物に乗った盾士達が続いていく。
馬の車と書いて馬車ではあるが、馬車を引いている動物は馬では無く、雪馬というこれまた馬と書きはするが全く別の動物、魔物であった。
雪馬はその名の通り一年の殆どが雪であるフルード大陸にしか生息していない。全体的に真っ白な色をしておりその姿はとりの雛を大きくしたような姿をしている。二本の強靭な足は雪場に特化したものとなっており、雪や氷の上ならば馬の三倍の速度で走れるという。性格は温厚で、こちらから攻撃しなければ一切危害を加えることは無く無害な種類に分類される魔物であった。
それに知能が高くなつきやすいため、フルード大陸に住む人々の移動の手段の一つになっている。そういった所が馬と酷似している事から名前に馬の名がついているという話があったり、なかったり。
勿論サイデリー王国にも専属の雪馬は配備されており、サイデリーの盾士達は、周囲のパトロールなどの際は雪馬を使っている。
そんな雪馬を四頭繋いで走っている豪華な装飾が施された馬車の中にはサイデリー王国の王、ブリザラの姿があった。
サイデリーの王専用の馬車なため車内はそれほど大きく無くブリザラとブリザラが手に持つ伝説の盾キング、そして護衛の盾士が一人乗れば満員といった車内で、ブリザラはジッと自分達が向かうフルード大陸沿岸を見つめていた。
「王、そろそろ目的の沿岸に着きます」
ブリザラの前に座った盾士が周囲を見渡しながら目的地が近い事を伝える。
「わかりました」
同じ馬車に乗る盾士の言葉に頷くとブリザラも周囲を見渡し周辺の状況を確認する。雪が空からでは無く横から降っているような錯覚を起こすほどの速度で駆け抜ける大雪原の風景を車内から見つめるブリザラの表情は過去を思いだしているような少し切ないものになっていた。ブリザラの脳裏には幼い頃の自分と父親の思い出が浮かび上がる。
夏でもそこまで気温が上がらないフルード大陸の海は冷たく用が無ければ人々が好んで行く場所では無い。その海に目的を持つ者、漁師や冒険者ぐらいしかフルードの海には用が無いのだ。それ故にフルードに住む人々の大半は海を見たことが無い、もしくは遠目から見たことがある程度であった。
それはサイデリーの姫として生まれたブリザラも同じで海を見た事がなかった。そんな海を知らない娘のために海を見せてやろうと思いついた先代の王、ブリザラの父は、多忙な時間の中、ポカリと空いた時間を使って海へと向かう小旅行を計画した。
そしてその日、最低限の護衛だけを連れブリザラと先代の王は、フルード大陸にある海へ向かった。ブリザラは初めて行く海に、そして何より父親と一緒に何処かに出かけられることが嬉しくて興奮を抑えられずにいた。馬車から身を乗り出し海はまだかと向かいの席に座る先代の王に聞くブリザラ。海に着くころにはブリザラの顔は真っ赤になり額からは雪が溶けるほど熱くなっていた。発熱したブリザラに気付いた先代の王はすぐさまサイデリーへと帰る判断をした。グッタリとしたブリザラを抱き抱えながら馬車の運転をしていた盾士に指示をだしサイデリーへととんぼ帰りすることとなった。
結局海を見ることが出来なかったブリザラにとって少し苦い思い出でになってしまったが、意識が朦朧とする中でブリザラを包み込む先代の王、父親の温もりをブリザラは片時も忘れず胸に秘めるのであった。発熱の所為では無い父の温もりを。
雪馬が引く馬車がフルード大陸の沿岸近くでゆっくりと停車する。
「足元にお気を付けください」
一緒に馬車に乗っていた盾士は先に馬車から下車し、ブリザラの手を取ってブリザラを馬車から下ろす。ブリザラは目的地であるフルード大陸の沿岸へと足を下ろした。
「ありがとう」
目の前に広がる海。アキ達との旅の過程で海を見る機会はあったが、父親との小旅行でやってきたこの海を見るのは初めてであった。その海は見るからに冷たく人の侵入を拒んでいるようにさえブリザラの目には写っていた。
「……まさか……こんな形でここにやってくることになるなんて……」
「え? ……王何か仰いましたか?」
ブリザラの小さな呟きに自分が呼ばれたのかと慌てる盾士。
「あ、いえ……別になんでもないです」
目の前の海は、思い出になるはずだったその海は今ブリザラの前で不気味に波を打っていた。
海の向こうにすでに肉眼で確認できるほどの黒い蠢きが現れていた。数時間の内にその黒い蠢きは沿岸に上陸する事を確信するブリザラ。
「すぐに、準備に入ります、各自用意をと、伝えてもらえますか」
「ハッ!」
ブリザラの言葉を受け、盾士は直ぐに走り出し、後ろに停車した馬車達の方へと駆けていく。
『……予想以上の速さ、そして予想以上の数……と言った所か』
「いいえ、まだ予想内……まずは第一波を防ぐ事……本番はそれから」
光を発するように赤く染まっていくブリザラの瞳には父との思い出を思いだしていた少女の面影は無く、これから迫りくる魔物達を迎え打つ一国の王の瞳であった。
― 小さな島国ヒトクイ ガウルド城前 闘技場 ―
ガウルドの復興作業のため各地に派遣されていた魔法大工をかき集め、約数時間で建造したとは思えぬほど立派な闘技場が、ガウルド城の前にあった広場に誕生していた。
無理難題を見事成し遂げた魔法大工達は中で起こった事など気にするほどの気力も体力も残っておらずゲッソリとした表情で死体のように闘技場の外でぶっ倒れていた。
静寂に包まれる闘技場、その中心をガウルドの人々が見つめる中、静かに対峙する男女二人。一人は『聖』の力を持つ聖狼の力を持つ男ガイルズ。そしてもう一人は、ヒトクイの王と偽りヒトクイの人々を騙し続けてきた人類の宿敵であった存在、夜歩者レーニ。
闘技場の中心にいる二人の行く末を見守るようにして見つめるガウルドの人々達の表情は暗く複雑な表情を浮かべていた。
本来ならばこの場でレーニの処刑が行われると聞いていたガウルドの人々。しかし今闘技場の中心からそういった雰囲気が一切感じ取れない。そこにあるのは闘志に燃えた男の熱い視線と、その視線を冷ますような熱の籠っていない視線とのぶつかり合いだった。その光景に町の人々はこれから一体何が起こるのかと不安が表情に現れ困惑しているようだった。
「さぁ、そろそろおっぱじめようか! 国の人々を騙して来た大悪党!」
首を鳴らしながらガイルズは叫ぶ。その言葉は目の前にいるレーニにというよりも自分達を見つめている町の人々に向けられているようであった。
「……」
レーニは何も言わずガイルズを見つめ続ける。
「チィ……しらけるな、その……反応!」
一瞬。ガイルズは言葉を言い終わると同時にレーニの目の前から姿を消し不意を突くようにレーニの目の前へ姿を現した。
「……」
しかしまるでそうくる事が分かっていたというようにレーニの表情は驚きも動揺もしておらず、懐に入られたというのに指一つ動かさない。
「ああ、そういうつもりか、だったらご希望通りにしてやるよ!」
ガイルズはそういうと躊躇する事なく背負っていた特大剣を横薙ぎに振りかぶる。一切動かないレーニはガイルズの振りかぶった特大剣に直撃し闘技場の壁へと飛んでいく。凄い音とともに闘技場の壁に埋まるレーニ。
「ちぃ」
それが異常である事はそれを見ていた町の人々誰もが理解していた。処刑だと聞かされていたというのにそこで始まったのはまるで闘技場でみる戦いそのものであったからだ。しかしガイルズだけは町の人々とは違った異常をレーニから感じ取っていた。
人の姿であるとはいえガイルズの力は凄まじく今自分達のいる闘技場を数分もあれば跡形も無く壊す事が可能というほどの力を持っていた。たしかにガイルズが手に持った特大剣はレーニを捕らえたはずであった。だがガイルズはその手に全く手応えを感じなかったのだ。まるで空気を切っているような感覚、そう感じてしまうほどにガイルズの中ではレーニに対しての手応えを感じていなかった。
闘技場の壁に埋まったレーニは瓦礫の中からスクッと立ち上がり何も無かったという表情でガイルズを見つめていた。
「本当……調子狂うわ」
ど派手に吹き飛ばされたはずのレーニは一切表情を変えること無くガイルズを見つめている。ガイルズの放った一撃はそれこそ夜歩者の上位種である闇歩者が少し苦い顔をするほどの威力であったと言うのに。
パラパラと落ちてくる崩れた闘技場の小さな破片。それを全く気にする事なく体で受けながらレーニはずっと前から自分の中で起こっていた変化を見つめていた。それは緩やかにだが確実にレーニの体に変化を与えていた。
最初に気付いたのはレーニがヒラキ王を体に取り込んだ直ぐ後の事。並の夜歩者にとって天敵と言ってもいい太陽の光を浴びても何も支障が無かった事だった。
当然レーニは太陽の光の対処の仕方を心得ており以前から全く問題はなかったのだが、そういう問題ではなかったのだ。何の対処もすることなく、レーニは太陽の下に立てていたのだ。人類が、人が当然の如く太陽の下を歩くようにレーニにもその当然が行えたのだ。
最初その変化をレーニは、自分の中の夜歩者としての比率がヒラキ王を体の中に取り込んだことによって起こった変化だと思い込んでいた。というよりもそう考えるのが夜歩者にとっては普通であった。
夜歩者が人類にとって天敵である理由。それは夜歩者が人類を捕食することにあった。だがそれは人類が命を明日に繋げるため体に栄養を摂取するための食事とは違っていた。
己の力を上げるための捕食。夜歩者は人類を捕食することによって己の力を底上げできるという厄介な能力を持っていた。しかもその行為をしなかったとしても夜歩者が飢えて死ぬことは無い。己の力を底上げする以外に全くの意味を持たない行為なのである。
今では人類と共存を望んだ夜歩者達はその行為を禁止しており、共存を望んだ夜歩者達の力は比較的平均的な物になっていた。ただ通常の攻撃では一切倒すことが出来ないという所をおいては。
それ故に圧倒的な力を持っていたヒラキ王を体内に取り込んだ事によって、夜歩者の性質が変化したとしても何らおかしなことは無いと思っていたレーニ。
しかしその変化がヒラキ王を取り込んだことによる変化では無かったことにレーニが気付いたのはそれから数十年経った時の事であった。
それは何の予兆も無くレーニに現れた。夜歩者が太陽に対して対策を施すでもなく人類が、人が当然のごとく太陽の下を歩くという感覚でも無く、まるで自分が太陽の一部であるかのような感覚。
「このぉ……余裕かましやがって……」
そう言いながらガイルズは特大剣を再び構える。
「……私は今申し訳ない気持ちで一杯だ……」
全く詫びているようには思えない無表情のレーニはその口でガイルズに詫びを入れる。
「あぁ? 何の事だ?」
次はどう攻めるかで頭が一杯であるガイルズは上の空でレーニの言葉に答えた。
「私とあなたにこれだけの力の差がある事をあの時知っていれば……あんな約束しなかったのに」
レーニは八カ月前、ガウルドの町でガイルズとした約束の事を口にした。いつか『聖』と『闇』の再戦をと。
しかしレーニは知ってしまった、目の前のガイルズと自分の力の差を。いや存在の差といってもよかった。それはもう『聖』とか『闇』とかという話では無くなっていたのだ。
「はぁ?」
上の空であったガイルズはレーニの言葉にイラついたような声色に変わる。
「……何冗談みたいな事言ってんだ? 力の差だと……笑わせるな、俺はお前を潰す、これは決定事項だ!」
ガイルズは左右に顔を振ると、考えるのを止めレーニに向かって飛び出していく。
「ダラダラ考えるのは止めだ! お前は大悪党だ、それを俺が真っ向からぶっ潰す!」
そもそもガイルズは考えるのが苦手であった。考えるよりも先に体が出るタイプと言っていい。戦う時もその場の行き当たりばったりで全くその場の状況など考えない。そんなガイルズが無い知恵を振り絞りこの状況を作り出したこと事態がすでに奇跡といってもよかった。
しかし折角絞り出した知恵を捨て去るガイルズ。目の前にいる存在はガイルズが考えた知恵が、否どんな者が考えた知恵であっても通じる相手では無いのだから。ならば己の持つ最大級の力でぶつかっていくしかない。
先程と同じようにレーニに接近し、その目の前で姿を消すガイルズ。
「……」
静かに次にガイルズが姿を見せる場所に視線を向けるレーニ。次の瞬間ガイルズがレーニの視線の先に出現する。不意をついたつもりが逆に突かれた形となったガイルズは驚きの表情を浮かべる。
「チィ」
しかしすぐに見切られた事を理解するガイルズ。再び姿を消し、今度はレーニの背後に姿を現す。だがそこでもレーニの視線はガイルズを見つめていた。
何度繰り返そうともレーニはガイルズが次に姿を現す場所に視線を向けている。ガイルズは攻撃をするタイミングを失ってしまった。
「あああああ!」
業を煮やしたといってもいいお雄叫びを上げるガイルズ。もうどうでもいいとガイルズは自分を見つめるレーニにお構いなく特大剣を振りかぶった。
結果は同じ。レーニは再びガイルズの特大剣によって吹き飛ばされ闘技場の壁へと激突する。結果ガイルズはレーニの不意をつく必要は無かった。そもそもレーニはガイルズの攻撃を避ける気など一切なかったからだ。
「……」
同じ光景を再び見せられたというようにガイルズは再び崩れた闘技場の瓦礫から姿を現すレーニを見つめる。
「もう終わりにしよう……私が消えればこのおかしな状況は収まるのだろう」
理解すれば簡単な事であった。誰も自分を殺す事が出来ないのならば、自分が自分の意思で消える事を選択すればいいとレーニの中で一つの答えが生まれる。
神を殺せるのは神だけ
周囲を見渡しガウルドの人々の顔を見つめるレーニ。何十年とヒトクイの人々を騙してきた己の罪を誰も裁く事ができないのならば、己でやるしかない。レーニは目を瞑った。
「冗談じゃねぇって言ってるんだよ! さっきから言ってるだろ、お前は俺が殺すこれは決定事項だってな!」
三度、再びガイルズはレーニに向かい走り出す。その言葉に目を見開くレーニ。今度は消えることもせず本当に真っ直ぐ、ただ真っ直ぐにレーニへと向かって行くガイルズ。
「……無駄だよ……」
もう結果は見えているというようにガイルズの言葉を否定するレーニ。
「うっせぇよ!」
ガイルズの振り上げた特大剣が再びレーニに命中する。先程と同じように吹き飛ぶレーニは威力に身を預けるようにして闘技場の壁へとめり込んでいく、はずであった。しかし吹き飛ぶレーニの後ろには闘技場の壁は無く、レーニの処刑を見に来ていたガウルドの人々が立っていた。
「!」
久しく動いていなかったレーニの表情がピクリと動きそこで初めてレーニは自発的に動いた。それは周囲にいた者達からすれば何もしていないといってもいいような小さな動き。レーニは町の人々に被害が及ばないように体をずらし町の人々との衝突を避けたのだった。
「……フッ」
そこでガイルズの口元が裂けるのではと言わんばかりに吊り上がった。
飛んでいく体の軌道を変える事によって闘技場の壁に自らぶつかっていくレーニ。
「ああ、分かっちまったよ……どうすればあんたが正直になるか……あんたが逃げる事をやめるか」
「逃げる?」
ガイルズの言葉に反応するレーニ。ガイルズはレーニの反応を尻目に闘技場で自分達を見つめる町の人々に視線を向けた。
「……こうすればよかったんだな!」
ガイルズはレーニとは全く別の方向へ特大剣を振りぬく。すると特大剣を振りぬいた直後そこから発生した衝撃波は町の人に向かっていく。
「!」
レーニの目がこれでもかという程見開かれ、そして次の瞬間その場にいたレーニの体はガイルズが放った衝撃波の前に立ちふさがっていた。
大きな衝撃音とともにレーニを巻き込んで爆発する衝撃波。その衝撃で舞い上がった砂埃が視界を奪っていく。
「さて……」
ガイルズは爆発した方へと歩き始めていく。
「……分かってるな……これから俺がどうするか……」
ガイルズはすでにこの先何が起こるか見当がついていた。これでこの茶番も終わりを迎えるそんな安堵にも似た表情を浮かべながら土埃が舞うその場所へと向かって行く。
「あ、あああ……」
ガイルズの衝撃波によって危うく命を落とす所であった町の人々は目の前の状況に困惑し腰を抜かしている者もいた。
「……」
砂埃が晴れ始めると、町の人々は衝撃を受けた。自分達の目の前に自分達を騙していた夜歩者であるレーニが立っていたからだ。
レーニは後ろにいる人々に一瞥すること無く自分に近づいてくるガイルズを見つめる。しかしその視線は無感情なものでは無く、明らかに敵意を持つ視線であった。
「この国の人々を傷つけることは許さない……」
「ふ、ふふふふふ……」
その言葉にガイルズは笑い声を上げる。
「それがあんたの本音だろ…… どうする? 偽りのまま終わるのか、それとも正直になるのか……どっちだ!」
ガイルズはそう叫びながら特大剣をレーニの鼻先に突きつけた。
「な……私は……」
この場で初めて苦悶の表情になるレーニ。
「そうか……」
ガイルズはレーニの鼻先に向けていた特大剣を振り上げる。
「や、やめ」
「止めてくれ!」
そこに響いたのはレーニの声では無く町の人々の叫びであった。
「もうやめてくれ……俺達が悪かったよ……この人は俺達を騙してきた……それは事実だ……でも俺達はこの人のお蔭で平和に暮らせてきたんだ……」
「分かってたんだよ、たとえこの人が夜歩者であっても、本物のヒラキ王ではないとしても、この人がヒトクイには必要な存在だって事を!」
それはまるで自分達の今までの行動に懺悔するかのようなガウルドの町の人々の言葉であった。
それを皮切りにその場にいたガウルドの人々達は己の心を吐露するかのように口々に闘技場に立つ夜歩者に対して感謝とそして懺悔の言葉を重ねていく。
「俺達が自分達の心に素直になっていれば、こんな事にはならなかったんだ……本当に本当に申し訳ない」
レーニが身を挺してガイルズの攻撃を防いだ所を一番近くで見ていた男が深くレーニに対して深く頭をさげた。
「あっ……」
レーニはその男の顔を覚えていた。年は取っているもののその顔は先代のヒラキ王と仲の良かった、そしてガウルドが反乱によって滅茶苦茶になった時、自分に話しかけてきた酒場の亭主であった事を。
「わ、私は……」
そこで一度言葉が止まるレーニ。その目からは大粒の涙が頬に伝う。
「私こそ……ごめんなさい、皆さんを騙してごめんなさい……」
そこには一国の王でも夜歩者でも神でも無い一人の少女のような泣き顔のレーニの姿があった。
「ひぃーとんだ茶番だなこりゃ……まあどうにか事が丸く収まったか?」
力が抜けるような声を上げるガイルズ。
「馬鹿が! 丸く収まった訳ないだろ」
「ゲッ!」
とてつもなく嫌そうな顔をするガイルズの前に姿を現したスプリング。その表情は怒りに満ちていた。
「ゲッじゃない、お前自分が何をしたのか分かってるのか?」
スプリングは心配するようにガイルズの下へと駆け寄る。
「ふん、分かってるよ……怪物にはお似合いだろ?」
己を自傷するような言葉を吐くガイルズ。
「馬鹿やろう!」
「何でお前がそんな苦しそうな顔してるんだよ?」
スプリングの苦悶の表情にヘラヘラと笑顔を浮かべるガイルズ。
「お前が吐き出せないからだろ……」
「ふ、それこそ俺は怪物だからな……」
そういうとガイルズは特大剣を背中に背負い、スプリングに背を向けた。
「ガイルズ殿……あなたも素直では無いな……」
「へへ……俺はあんたと違って性格がねじ曲がっているからな……」
そう言うとガイルズは突如として姿を変化させ巨大な狼の姿になった。上位聖狼の姿になったガイルズを見てガウルドの人々は悲鳴を上げる。
「またその内、挑みに来るから心しておけよ!」
まるで悪党が捨て台詞を吐くようにそう言い放つと上位聖狼は闘技場を飛び越え姿を消した。
「……行っちゃったね……」
スプリングに駆け寄るソフィア。
「ああ……」
短く返事をしたスプリングは戦友が去った空を見つめ小さくため息を吐いた。
ガイルズが居なくなったことによって一旦の騒ぎが収まりを見せたのも束の間、今度はガウルドの町の人々が騒ぎ始めた。目の前にいる夜歩者のこれから処遇に対してのことであった。
「俺達はこの人が何者であろうとも構わない! この人はこの国に必要なお方だ!」
その言葉に賛同する他のガウルドの人々。それがガウルドの人々全員の意見では無いことは誰もが理解していたが、声を上げた者は言わずにはいれなかったという感情の高ぶりをレーニの死刑を実行しようとしてい城の者達に訴えた。
その言葉に何とも複雑な表情を浮かべる城の大臣達。
「静粛に! 静粛に!」
騒がしかった闘技場を一瞬にして静かにさせるムスバムの声。
「今この場でその議論をするつもりはない! よってこの件については一旦保留とする……従い今ここにいる夜歩者の処分も保留だ! この事については議論の上、後日再び発表することとする!」
ムスバムの言葉に闘技場には割れんばかりの歓声が響いた。まだ結果が変わった訳ではないが、もう一度レーニの死刑執行をどうするか議論する余地がると現状ヒトクイの最高責任者であるムスバムが宣言したからであった。
ムスバムの言葉に多少の反発は後日なんて言わないで今すぐ決めろという言葉が少なからずあったものの、すぐに騒ぎは収まり町は通常通りの平常へと戻っていく。
いや気付けばレーニの死刑執行が再び議論されることになったことによって嬉しくなったガウルドの人々が騒ぎはじめ、商魂たくましい者達は闘技場に出店を出しはじめまるでお祭りのようになっていた。
問題は残りつつも一旦の収まりを見せたレーニの処遇に今まで暗い表情であった町の者達の顔は晴れやかになっている。
そんなお祭り騒ぎとなった闘技場を遠目から見つめるレーニ。
「……これが、あなたがおこなった罪の行先です」
祭りを眺めるレーニの横に現れるムスバムは若干呆れたような表情であった。
「……この国の人々は本当に凄いですね……」
「何を言っているのか分かりませんな……あなたもこの国の一人だろうに……」
「……」
ムスバムの言葉に思わず口を押えるレーニ。
「本当のあなたは泣き虫なのですね……私はヒラキ王の姿のあなたしか知りませんで少々驚きです……」
ニコリと笑顔をレーニに向けるムスバム。
「ごめんなさい……」
涙をため籠った声でムスバムに謝るレーニ。
「この国の大臣の一人としてでは無く、ただのヒトクイに住む人間としてはこれからのあなたを私は見ていきたいですな……」
そういうとムスバムは軽く頭を下げて城へ続く道を歩き始めその場から去っていった。
「ムスバムさん……」
ムスバムの後ろ姿を見送りながらレーニは深々と頭を下げ感謝を現すのであった。
― 同場所 闘技場中心付近 ―
「あれ? ……私が居ない間に……何がどうなって……なんでお祭りになっている?」
一冒険者の姿をしたピーランは昨日までとガラリと変わった町の雰囲気に口をポカリとあけ茫然としているのであった。
ガイアスの世界
レーニの神化
夜歩者であったレーニは、本人も気付かぬまま神の領域に足を踏み入れていた。
しかし正確に言えばレーニが本当に神になったのかは定かでは無い。
理由としては神とは全知全能であると言われているが、レーニにはそれが当てはまらないからである。
もしレーニが本当に神なのならば今ガイアスで起こっている問題はすでに解決できているのではないだろうか?




