兎に角真面目で章 7 決断する者、仕組む者
ガイアスの世界
ピーランの八カ月
八カ月前のガウルドの騒動でほぼ空気とかしていたピーランは、ブリザラとサイデリーへ戻った後、しばらくはブリザラの身の回りの世話をしていた。
しかしヒトクイとの同盟の話が上がると、ガリデウスの命によってヒトクイへの調査、その報告のためヒトクイへと向かうことになった。
王の仕事に忙しいブリザラはピーランがヒトクイに行っている事を知る由も無い。その事を知ったピーランが発狂しないか心配である。
兎に角真面目で章 7 決断する者、仕組む者
闇の力渦巻く世界、ガイアス
フルード大陸、サイデリー王国の氷の宮殿内にある王座の間に姿を現した小さき王。真っ赤に目を腫らした王は何事も無かったかのように自分が座る王座を目指しその歩みを続ける。すでに王座の間に姿を現していた者達は、王の真っ赤になった目に驚きながら王が王座に座るのを待っていた。
フルード大陸に迫りつつある驚異の元凶を知ったサイデリー王国の王ブリザラは、感情が爆発したように伝説の盾キングと初めてであった宝物庫で泣き続けた。王とはいえ幼さの残るブリザラにとってそれは耐えきれない事実であった。いや幼さなど関係無く、ブリザラにとっては言葉に言い表せないほどの苦しい事実であったといってもいい。
サイデリーの王ではなく、一人の少女としてその心に生まれた初めての感情がその事実に反応していたのだ。いやだと、そんな事認めたくないと。
ブリザラが生まれて初めて想いを寄せた者が魔に落ちた、その事実はブリザラにとって信じられなく信じたくない真実であった。
その悲しみの跡、真っ赤に腫らしたその目で王座に腰を下ろすブリザラは、周囲を見渡しながら自分を見つめる大臣達を一人一人見つめた。
「今からユウラギ大陸からやってくる魔物が上陸するであろう沿岸に向かいます」
真っ赤に腫らした瞳からは少女としての面影は消え、そこには一つの決断を下した者としての目を持った王の姿があった。ブリザラの真っ赤に腫れた目に驚いていた者達はブリザラのその言葉ですぐに自分が何をしなければならないのかを思いだし、それぞれに目の前の王に返事を返し自分達の用意に取り掛かり始めた。
「……王……調子が悪いのでは?」
そんな者達の中で、唯一ブリザラの様子を気遣うガリデウス。最近やっとブリザラの事を姫と言い間違えることが無くなったブリザラにとって祖父のような存在であり、サイデリー王国にとっての頭脳であるガリデウスは目の前の王ブリザラが疲労している事を見抜いていた。
「大丈夫……問題ないよ」
ガリデウスにだけ僅かに見せる少女としての表情。その表情に痛々しさを感じるガリデウス。本当ならば少女として時を生きる年齢である目の前の王になんという表情をさせているのだと、ブリザラよりも二倍以上もの年月を生きているガリデウスは自分の無力に、気付かれぬよう奥歯を噛みしめるのであった。
「もし……何かありましたら、すぐに言ってください」
「うん」
ガリデウスの言葉に小さく頷くブリザラ。しかしその頷きは建前であり、何かあっても絶対にそれを訴えてくる事は無いだろうと思うガリデウスは、ブリザラが持つ伝説の盾キングを見ながら心の中で願う。
(どうか……王の事を頼みました……)と。
『……』
その想いが伝わったようにキングはガリデウスに王を守りぬく事を誓った。
所有者の身の安全を絶対にし、それを存在意義の一つとしているキングはガリデウスの願いを受け止め自分の心の中にその言葉を刻む。たとえこれから戦う相手が、かつて仲間であった者であろうと、ブリザラが想いを寄せる者であろうと、キングの成すべき事は変わらない。
「……ガリデウス……一つお願いがあります」
王座から腰を上げたブリザラは突然ガリデウスに視線を向けた。
「何か?」
「……ヒトクイにヒラキ王の死刑に異議があると伝えてください」
ブリザラの言葉に驚きの表情を浮かべるガリデウス。それすぐに察したブリザラは一拍置いて口を開いた。
「……分かっています、今私が口にした言葉がどれほど危険な言葉であるかは……ですが、今我々はヒラキ王の……レーニさんの力が必要なのです」
余程の事がない限り他国で起こった事に、アレコレと口を出すことはご法度であり、それは王の間では暗黙の了解になっていた。
サイデリーの王がヒラキ王の死刑に対して異議を唱えたということは、ヒトクイの意思にケチをつけたという事であり、相手が相手ならば戦争になってもおかしくはない。そして現在王が不在となっているヒトクイにはその危険性が十分にあった。
ヒトクイに向かった連絡兵が送ってきた情報によって、今日の正午ヒトクイの王の死刑が執行される事を知ったブリザラはサイデリーの王として決断を下したのだった。
「……本当にそれでよいのですね……」
ブリザラが何を想いその結論に至ったのか全容を理解した訳では無い。だがブリザラのその目を見てガリデウスは頷きながら、念を押すようにもう一度ブリザラの意思を確認する。
「はい」
「承知しました」
決意を現したブリザラの頷きに頷き返すガリデウス。ブリザラの行った判断は即ち、ヒトクイとの関係が崩れることも辞さないという事であった。
「ではすぐに王の考えをピーランに伝えます」
「え? 連絡兵とは、ピーランさんの事だったのですか?」
「ええ、ピーランは元々そう言った仕事を得意とした者ですから……ですがかなりごねていましたよ、王と離れるのが嫌だと」
ガリデウスの言葉だけでその姿が用意に想像できるなと思うキング。
「ふふ……そうですかピーランさんが……分かりましたよろしくお願いしますとお伝えください」
キングと同じような事を考えたブリザラは少し柔らかく笑った。
「御意」
それがガリデウスなりの気づかいである事を理解したブリザラは心の中でありがとうとガリデウスに礼を言った。
ガリデウスは頭を下げるとすぐさまピーランにブリザラの言葉を伝えるため、王座のある部屋から出ていく。
「……」
王座の間に一人になったブリザラの表情は一瞬にして無に帰る。それはまるで少女としての感情をすべて宝物庫に置いてきたというようなそんな表情であった。
『王よ……私の前では気を張らなくていいのだぞ』
優しく語り掛けるキング。
「うんうん……今そんな優しい事言わないで……やっと張りつめた糸が緩んだら……もう二度と張りつめる事ができなくなりそうだから……」
『……悪かった……私の方もポーンに連絡をとろう』
「よろしくキング」
キングの言葉に返事を返したブリザラは自分の座っていた王座に視線を向ける。
「……私は……」
― 小さな島国ヒトクイ ガウルド ―
町に降り注ぐ太陽の光。雲一つ無いその空は小さな島国ヒトクイの城下町ガウルドに朝の訪れを伝える。しかしそんな清々しい空だというのに町の者達の顔は硬くそして暗い。皆まるで足に枷を付けているように足どり重くガウルド城前にある広場へと目指し向かっていた。その中にスプリング達の姿もあった。
「スプリング、もう体は大丈夫なの?」
「ん? ああ、ポーンのお蔭でバッチリだ」
昨夜ガウルド城に忍び込んだ二人は行く手を阻むように現れたかつての仲間ガイルズと再会、そして戦うことになった。その戦いによって深手を負ったスプリングはついさきほどまで伝説の武器ポーンによって傷の治療を受けていた。
『一応全快はしたが、まだ無理はするな主殿』
幾度もスプリングの傷を癒してきたポーンは、スプリングの主治医と言っても過言ではなく、その言葉は絶対であった。
「ああ、分かってる……それに今回俺達にはもう出番はない」
それを痛いほど理解しているスプリングはポーンの言葉に軽く頷きながら、今自分の立場が無力であることを愚痴った。そして真剣な表情で広場に繋がる道を見つめなるスプリング。
沢山の人々と共に、スプリング達は夜歩者の死刑が行われる広場へと向かうのであった。
広場はガウルドの町の人々で埋め尽くされていた。今日この日、夜歩者の死刑が執り行われる場所。だが広場に集まってきた者達は広場の状況に戸惑いの声を上げていた。
本来その場所に設置されているであろう死刑台はそこには無く、その代わりなぜか簡易的に作られたであろう闘技場のようなものがそこにはあり、夜歩者の処刑を見にやってきた町の人々は、それを見て戸惑いの声を上げていたのだ。
「闘技場?」
「ええ……?」
昨日まで広場には影も形も無かった闘技場が突然現れた事に驚きの声をあげるスプリング達。
自分達は一体何を見にやってきたのかと混乱する町の人々の戸惑いの声がする中、兵の一人が闘技場らしき場所の中心に姿を現した。
「これから、ヒトクイの王と偽り我々を騙していた夜歩者の処刑を執り行う!」
闘技場の中心に姿を現した兵から、死刑という言葉が口にされ戸惑いながらもやはりこの場所で死刑が執り行われるのだと納得する町の人々。
「おいおい、これはどういう事だ?」
人々の波を掻き分け見やすい位置に進んでいくスプリングは、どうみても死刑場にはみえないその場所に疑問を抱いていた。
「どうみても死刑場じゃないよね?」
スプリングと動揺に疑問を抱き、首を傾げるソフィア。
そんな戸惑いの声が響く中、その反応に笑みを浮かべる者が一人。
「……予想通り、町の奴ら戸惑っているな……」
集まった町の人々からは死角になっている場所で、様子を伺うガイルズは人々の反応が予想通りであった事に再び笑みを浮かべる。
「ガイルズ殿の言う通りにしたが、これは一体どういうことなのだ?」
ニヤリと笑みを浮かべるガイルズの後ろで困惑を隠せない表情を浮かべたムスバムがガイルズに聞いた。
「どういうことって闘技場だよ」
声がした方に視線を向けたガイルズは、それが当たり前というようにムスバムの問に答え再び視線を疑問の表情を浮かべながら闘技場の中心を見つめる人々に向けた。
「闘技場って……今から夜歩者の死刑をするのではないのか?」
「ああ、だから今からこの適当に作られた闘技場で俺が戦って殺すんだよ、いや~短時間でこれだけの闘技場を作り上げたあんたらを褒めてやりたいね」
昨夜スプリング達が無事城から脱出した後、ガイルズはムスバムに一つの頼み事をしていた。それが闘技場を作らせることであった。
詳しい説明を受けないまま、押し切られるようにしてその無理難題を押し付けられたムスバムは、急遽かき集めた魔法大工達に突貫で作らせどうにか間に合わせていた。
そんな苦労もあり何としてもガイルズの真意を知りたかったのだが、ここにきて尚、ガイルズははぐらかし一体何をしたいのか教えてはくれない。
「まあそんな顔するなよ、俺の考え通りならこれからすぐに分かるさ」
ガイルズは笑みを浮かべながら不安そうに自分を見つめるムスバムにそう言うと、その場から歩きだし、闘技場へと向かっていった。
「ん? ……ガイルズか?」
闘技場から新に姿を現した人影にスプリングは直ぐに気付き、そしてその人影の名前を呟いた。
「おう、もうあんたは帰っていいぜ、ここからは俺の出番だ」
そういうと帰れという手振りで闘技場の中心にいた兵に奥に引っ込め指示を出すガイルズ。兵は困惑した表情を浮かべながら裏手にいたムスバムの顔を見てガイルズの言う通りに奥へと引っ込んでいった。
「さて……始めるか……」
兵が奥に引っ込んだ事を確認するガイルズは、自分に向けられた視線を一身に浴びながらその視線の一つ一つに答えるように集まった町の人々を見渡す。
「さあさあ、戸惑い最高潮の老若男女の皆さま! やってまいりましたこの時が!」
どう考えてもこれから死刑が行われるというテンションではなく決してうまいとは言えない口調で、集まった人々に語り始めるガイルズ。
「これからお前達を騙し、私欲の限りを尽くして来た大悪党の処刑を執り行う、執行者はこの俺正義の死者ガイルズ様だぁああああああ!」
ど派手に背中に背負った特大剣を振り上げるガイルズ。しかしそんなガイルズに対して町の人々の反応は薄い。というよりも混乱して人々は反応出来ていなかった。
「ああ? なんだなんだ、反応が薄いな、これからお前達を騙してきた大悪党をこの俺が、成敗してやろうって言うんだ歓声の一つでも上げろよな!」
しかしガイルズは町の人々の薄い町の人々の感情など置いて行くように話を続けていく。
「あいつ……何やってるんだ?」
周囲の観客同様、闘技場の中心で叫び散らすガイルズの姿に戸惑うスプリング。
『……なるほど……そういうことか』
しかしガイルズの奇行ともいえる行動にポーンだけが納得しているようであった。
「なるほどって……何かわかったのポーン」
スプリングと動揺に理解できないソフィアは何かを理解したポーンに何が分かったのか聞いた。
『まるで喜劇ですね、これは……全く悪趣味だ、ソフィア様こんなもの見る価値もありません、ただちに帰りましょう』
「ナイトは黙っていて!」
ナイトの言葉をピシャリと潰すソフィアはスプリングの腰に差されたポーンを見つめた。
『……見ていれば分かる……』
回答を求めたソフィアに対してそう告げるだけで答えを口にしようとはしないポーン。
「……」
ポーンが何も教えてくれないと悟ったソフィアは不満そうな表情を浮かべながら今度はスプリングを見つめた。しかしスプリングはソフィアの視線に気付く事無くじっと闘技場の中心にいるガイルズを見つめていた。
「さあそれではお前らがお待ちかねにしている大悪党に登場してもらおう!」
そう煽るようにしてガイルズは自分がやってきた方向とは逆の方向に特大剣を向けた。特大剣の向けられた先に町の人々の視線が向けられる。すると日の光に遮られ暗闇となっていたその場所からゆっくり姿を現し日の光を全身に浴びその全容が明らかになる女性の姿。
そこには両手両足に枷を付けられ動く事を制限されたレーニの姿があった。闘技場に姿を現したレーニは静かにガイルズがいる闘技場の中心へと向かって行く。しかしそんな姿でもその女性の姿は凛々しくそして美しく、その姿を見た町の人々は息を呑んだ。
「おいおい、俺の時より反応がいいじゃえねぇか、間違えるなここにいるのはお前達を長い間騙してきた大悪党だ、特に男共、鼻の下伸ばしていんじゃねぇぞ!」
ガイルズの言葉に心当たりのある男達の顔が引きつる。
「……」
レーニの表情は冷たく夜歩者そのものといった表情でニタニタ笑うガイルズを見つめる。
「ふふふ、そんな顔するなよ、あんたは世紀の大悪党だ、これぐらい恥をかいて死んでもらわなきゃあんたの死を見に来た客達は満足しないだろう?」
町の人々を客と言い放ったガイルズはこれでもかというほどに下衆な笑みを浮かべる。
「あんたには罪を償ってもらう……この場に集まった客達を騙した罪を」
今まで漂々としていたガイルズの雰囲気がいっきに痺れるようなものに変わり、その雰囲気はそれを見ていた町の人々にも伝わったのか、その場には静寂が訪れた。
「……おお、流石あんたの国だ……国民一人一人の質がいいね……」
小さく呟くガイルズは先程の下衆な笑みとは違い、これから始まる戦いに心躍る子供のように無邪気な笑みを浮かべていた。
「……元々この国の人々は強いよ……」
ガイルズとは逆に切なくそして暗い影を表情に落しながらレーニはそう呟くのであった。
ガイアスの世界
魔法大工
魔法の力を扱い建物を建築する職業。魔法と大工という職業をあわせた職業のため新な複合職なため、まだその歴史は浅く数は少ない。
その実力は凄いものがあり、一夜にして広場に簡易的な闘技場を造り上げてしまうほどである。




