真面目に合同で章 1 (スプリング&ソフィア編) 壊れた魔法使いと新米剣士
ガイアスの世界
ガウルドの町中に広がる淡いピンクの花。
サイデリー王国で咲く花と同じ種類の花の木が町中のあちらこちらに植えられているガウルド。春になるとその綺麗な花を咲かせ町の景観を華やかにする。
やはりヒトクイでも春の訪れを告げる花として知られているが、サイデリー程には重要視されてはいない。
その理由はサイデリーのように春や夏が来ないといったような状況は無く、ヒトクイにははっきりとした四季の移り変わりがあるからだ。
その為サイデリーのように国をあげての春の訪れを祝う祭りなどは無い。だがその淡いピンクの花を眺める花見という伝統行事があったりする。国をあげてという程の物では無いが、ヒトクイの人々は春になるとこの淡いピンクの花が咲く木々の下に集まり宴会を開くのだ。
だが、昨今では花を愛でるようりも、その下で開かれる宴会の方が重要視され全く言葉の体裁を成していない場合が多い。
この時期のガウルドには酔っ払いが増えるのが昨今である。
それとは別にもう一つ、淡いピンクの花が咲く春の季節に見える光景がある。それは新規に戦闘職になろうとする者、転職を考える者がガウルドの転職場に多く集まるということだ。
これはヒトクイのみならず、転職場がある国や町ではよく見られる光景で、春になると戦闘職になろうと思う者や転職を考える者が増えるようだ。
真面目に合同で章 1 (スプリング&ソフィア編) 壊れた魔法使いと新米剣士
剣と魔法の力渦巻く世界ガイアス
春の訪れを告げる淡いピンクの花を咲かせた木々が町を染めるガウルド。雪国である大サイデリー王国に咲く花と同じ種類の花は、ガウルドの町でも華やかに咲かせそして町の雰囲気を明るくさせる。サイデリーとは違い、はっきりとした四季を持つ島国ヒトクイでは温かくゆったりとした風が春の訪れを告げる淡いピングの花を揺らしていた。
淡いピンクの花が咲く木の下では冒険者や戦闘職、町の人までもが祭りでも無いのに飲めや歌への馬鹿騒ぎをしている。これは春になると行われるヒトクイ伝統行事、花見と呼ばれるもので、花を眺め春の訪れを感じるという趣旨のものなのだが、誰一人としてその趣旨に従う者はおらず、ただ花が咲く木の下に広げた酒や食べ物を手に大いに気分を高揚させ楽しんでいた。
だが春という季節はただ馬鹿騒ぎする者達が増えるだけの季節では無い。春は事の節目の季節とされ別れと出会いの季節でもあり、そして物事を新たに始めるにはいい季節ともされている。
そんな春は戦闘職の者達が、心機一転、物事を新たに始める、戦闘職を目指す者、違う戦闘職へ転職を考える季節でもあった。
この時期、転職場へ向かう者の数は跳ね上がり大変な賑わいを見せる。そんな人々の行列でごった返す転職場から姿を現した少女もまた、春という季節に背中を押され自身の身の振り方を決めた者の一人であった。
ヒトクイに住む者には珍しい健康的な褐色の肌を持ち、髪はすらりと肩まで伸びた黒。背はヒトクイの女性の平均身長からすると少し低いが、そのスタイルはしっかりとバランスがとれスラリと伸びた足は美しさと力強さを兼ね備えたまさに美脚であった。
新たな希望を胸に転職場を後にする女性の名はソフィア。元外道職、元盗賊であるソフィアは、今日この日を持って正規の戦闘職、剣士となって淡いピンクの花びらが舞う転職場を背に明るく活気のある町ガウルドを見渡していた。
一目で初心者剣士である事が分かる転職場から無料で支給された安い防具と剣を身に付けたソフィアは、花見で楽しく騒ぐ人々には目もくれず自分が泊まっている安宿へとその足を急がせる。
早朝に向かった転職場の周囲にはまだ人はまばらであった。しかし今は新規戦闘職を希望する者、転職を希望する者がごったがえし、ソフィアの進行を阻む。しかしソフィアは、元盗賊として身に着けた軽やかな動きを駆使して進行を阻む人々の間を縫うようにして走り抜けていく。
「スプリング……私、剣士になったよ」
今一番自分が剣士になった事を伝えたい人物の名を口にしながら独り言を呟きながらソフィアは、安宿を目指し騒がしい転職場を後にして歩き始めた。
スプリングとソフィアの間で交された約束があった。それはソフィアが正規の戦闘職なりスプリングに戦いを挑んで勝つことが出来れば、スプリングが所有する伝説の武器を明け渡すというもの。今から考えればその約束が冗談であったということをソフィアも気付いた。スプリングの言葉からは絶対に譲る気など無いという意思の現れを感じることもできた。
しかし約束は約束。ソフィアはその約束は絶対に守って貰おうとスプリングに勝つ気でいたのだが、次第にその気持ちに変化が起こった。僅かな期間、スプリングと行動を共にしたソフィアの心は別の所に移り始めていたのだ。
これからも一緒に旅や冒険を続けたい。スプリングという存在に触れていくうちにソフィアはそう思うようになっていた。
彼女の心に抱かれる想いが、抱く感情がガウルド中に咲き誇る淡いピンクの花のように染まっていることにソフィアには自覚が無い。自分の胸に抱かれた想い、感情がどんな名であるのかをまだ理解していない少女は、スプリングが待っているだろう安宿へとその足を急そがせる。
スプリングが何も答えられる状況では無い事を知っていても。
― ヒトクイ ガウルド 安宿 ―
急ぐソフィアを他所に、ソフィアが借りている安宿では異変が起きていた。
『主殿……何処へ行く!』
色を失い虚空を泳ぐ瞳をした男は部屋の中心に立っていた。その男へ呼びかける声。しかしその声の持ち主の姿は無い。呼び止められても一向に反応を示さない男は、ゆっくりと部屋の扉を開けると安宿の廊下へと出ていく。
階段を下り安宿の亭主に挨拶をうけるが、やはり反応を示さない男はそのまま安宿を後にする。その男の様子に安宿の亭主は怪訝に首を傾げるのであった。
それから僅か数分後、少し息を切らせながらソフィアは安宿の目前へ到着し、勢いよくその中へと入って行く。
「お帰りなさい」
営業用の笑顔を作り勢いよく入ってきたソフィアに愛想よくする亭主。
「た、ただいま」
ソフィアは亭主の挨拶を簡単に返すとすぐさま自分が借りている部屋へと向かい階段を駆け上って行く。
「……?」
すると目に飛び込んだのは扉が開かれたままの自分が借りた部屋。ソフィアは一瞬にして警戒態勢に入り、腰に差した新品の剣の柄に手を伸ばす。
(……泥棒が入った?)
確かに部屋を出ていく時に施錠した事を覚えていたソフィアは、その扉が開いている事に警戒する。開かれた扉は侵入者が自分達の部屋に入っていたというなによりの証拠。すでに侵入者はいないかも知れないが、もしまだ部屋の中を物色中である可能性も無い訳では無く、いつでも戦闘態勢に入れるようにゆっくりと壁を背にして部屋へとにじり寄るソフィア。
気配を殺し開かれた扉からゆっくりと顔を出すソフィア。
『ソフィア殿!』
部屋に侵入者は居なかった。だが誰も居ないはずのその部屋からソフィアの名を叫ぶ者の声がする。
「ポーン!」
自分の名を呼ぶ者の声を聞いたソフィアは迷う事なく部屋に入るとそのまま床に転がる魔法使いが愛用するロッドへと駆け寄る。
『大変だソフィア殿、主殿が何処かへ行ってしまった!』
床に転がるロッドからその声は発せられていた。その正体はソフィアがスプリングから奪おうとしていた自我を持つ伝説の武器ポーンであった。
人語を喋る伝説の武器ポーンは自身の所有者であるスプリングが部屋を出ていったことをソフィアに訴える。
「な、何ですって!」
すぐさまポーンを手に持ったソフィアはそのまま部屋を飛び出し階段を駆け下りる。
「お出かけですか? いってらしゃ……」
安宿の亭主が全てを言い終われない程の速度で安宿を飛び出したソフィアは、花見と称して飲めや歌へと騒がしい人々がいるガウルドに飛び足していく。
『迂闊だった、もう少し様子をみるべきだったんだ……』
自分の行動に後悔を口にするポーン。
「一体何があったの?」
全く状況が掴めないソフィアは、ガウルドを駆け抜けながらポーンに事情を聴く。
『……本来死ぬ程の傷を負った主殿の体を修復する為、私の能力を全て主殿の傷の修復に回した結果、主殿の体に負った傷は完全修復されたが、それに精神が追い付けず体と精神が安定しない状態になってしまった』
「……どういう事? もっとわかりやすく!」
回りくどい言い方をするポーンに走りながら聞くソフィアは言葉の簡略化を要求する。
『あまりこの表現は使いたくないが、主殿の魂が体にしつかりと定着していない……それ故、主殿は今無意識の中この町を彷徨っている』
「魂が体に……」
本来死んでもおかしくない程の傷を負ったスプリングの体を修復する為にポーンはみずからを球体にしてスプリングの体を取り込み今の今までその傷を癒す治療に当たっていた。
しかしスプリングが負った傷は本来死んで当然の傷。一度離れかけていたスプリングの魂は急速に無理矢理癒された体に上手く戻る事が出来ず不完全な状態であると語るポーン。
「それじゃ……」
『今の状態では安静にして無ければ、主殿の魂は肉体から離れ死ぬ……だがそれ以上に今問題なのは外的要因だ……今主殿の状態は死んでいない活動死体のようなもの、自我も無く自分に迫った危機を察する力も無い……』
「そんな……」
ポーンの言葉に喉を鳴らすソフィア。
『一刻も早く主殿を探し出さねば』
折角助かったスプリングの命が再び危機に瀕している。即刻スプリングを見つけ出さねばとソフィアに訴えるポーン。
「で、でもどうやって……」
しかしスプリングが出ていったのはガウルド。ヒトクイという国の中で一番の面積を持つ町である。魂が完全に定着しておらずあまり遠くへは行っていないと思われるスプリング。だがそんな状態とはいえ広いガウルドの中からスプリングを探し出すのは至難の業である。
『それは大丈夫だ、私は主殿の存在を感じとることが出来る、そしてソフィア殿が来てくれた、これならすぐにでも主殿の事をみつけ……』
「それを早く言いなさい! 何処! スプリングは今何処にいるの!」
ポーンの長ったらしい言葉を強制的に遮断させたソフィアはすぐさまスプリングの居場所を聞いた。
『このまま真っ直ぐだ、急いでくれソフィア殿!』
「……」
ソフィアは駆ける。元盗賊であった頃の身軽な動きを行かし、その速度を急速に上げてポーンが示す場所に向かってガルウドの町を走り抜けるのであった。
男は剣士であった。いやその上を行く上位騎士と呼ばれる存在だった。戦場でその剣を振い数々の勝利をもぎ取った凄腕の上位剣士であった。
魔物に対してもその剣は有効であり、自分よりも大きな体格をした魔物も、いともたやすく倒してしまうほどの腕を持った上位剣士であった。だがそれは既に過去。
現在の男の戦闘職は、剣士とはかけ離れた魔法使い。それが自分の意思での転職であるならば自分が負った致死量の傷も自分の前に突如としてふりかかった敗北も受け入れる事はできただろう。
しかし魔法使いという戦闘職は、男の意思とは関係なく行われたもの。男は突然の状況変化に喰いつき必至で突然与えられたその能力を極限まで生かそうとしたが、その努力も空しく死を纏わせる敗北に膝をついた。
もし自分が上位剣士のままだったらと考える。上位剣士であつたならば背後から放たれた鋭い突きに対して反応することが出来た。即座に体を反転させ迫りくる鋭い突きを上に払い、自分に突きを放った存在に斬り込むことができたのにと。
だがすぐにもう一人の自分が語り掛ける。本当に倒せたのかと。上位剣士のお前で数百年前、人類の生存を脅かした存在である闇の眷属を倒せたのかと。
答えは否。男が上位剣士であったとしても闇の絶対者である夜歩者を討つことは出来ない。それは男に限らず殆どの人間に当てはまる。それがガイアスの摂理であった。
だがその摂理を超える事が出来る存在を男は知っている。それは剣士ならば誰もが憧れる存在、男も憧れそして目指しその手に掴みかけていた存在、剣士の頂点、『剣聖』であった。
でも今の男と『剣聖』の距離は限りなく遠い。魔法使いという望まない戦闘職になってしまった男にその道は過酷すぎたのだった。
男は思う。もういいかと。もう諦めてしまおうかと。男の中で諦めが広がる。それは伝染し生きる意思さえ抉りとっていくのであった。
― ヒトクイ ガウルド ―
正午を過ぎ、太陽が沈み始めるガウルド。景色がオレンジ色に染まり始めた頃、町は夜の準備を始める。しかし淡いピンクの花を咲かせる木々で花見と称した宴会をしている者達は、ここからが本番と手に持つ酒を飲む速度に勢いが増していく。
そんなガウルドの薄暗い路地にボロボロになった魔法使いの格好の男の姿があった。周囲は淡いピンクの花を咲かせた木々によって華やいでいるというのに、その男だけは何もかも失い絶望に陥ったような陰気な雰囲気を放つ。瞳は、虚ろに濁り焦点があっておらず今にも崩れ落ちそうなほど力の無い動きで歩く男の姿を見ていた者がいた。
「よぉ兄ちゃん、何辛気臭い顔しているんだ?」
薄暗い路地に響く声。酒に酔った人相の悪い男がそう言いながらただ前へと進む男に近づいてくる。
「へへへ……今日はいい酒日和だ、飲んでその辛気臭い顔をどうにかしろよ」
口元は笑っているが男の目は笑っていない。それは明らかに男を標的にしているといった目であった。
声をかけた酔っ払いには一切反応せず頼りない足どりで前へと進む男。酔っ払いは男の歩みに合わせるように体を動かし男の進路を妨害する。普通自分が進む進路を妨害してきた場合、立ち止まるか避けようとするのが当たり前だが、男はそれを判断できるだけの思考を持っていないのかそのまま直進する。当然直進した男の体は酔っ払いへとぶつかった。
「……おいおい、兄ちゃん、何してくれやがる、折角の酒を落としちまったじゃないか」
しめた、と言うように酔っ払いの男の口元が吊り上げ手に持っていた酒を地面に落す。
「どうしてくれんだ?」
そう言うと酔っ払いはぶつかってきた男の胸を強く押す。すると男の体はヨロヨロと後退しバランスを崩し尻餅をついた。酔っ払いは地面に尻をついた男を見下しながら下衆な笑みを浮かべる。
「あーあーどうしてくれんだ、服も汚れてるな」
そう言いながら服を叩く酔っ払い。どうみても最初から汚れていたように見えるが酔っ払いは全て尻もちをついている男の所為にしようとする。
しかし男の表情に一切の変化は無い。詫びようとする意思も恐怖する意思もそれこそ言いがかりだと怒りを向ける意思も感じられず、男の表情は虚空であった。酔っ払いに視線は一切向けられておらず、いやそれ以前に何も見ていないというような暗く沈んだ瞳。
「何処見てんだよ!」
その瞳や表情が自分を無視しているように思え癇に障ったのか、怒りを露わにする酔っ払いは男の胸倉を掴み腕の力だけで魔法使いの男を引き上げ立ち上げる。だがそれでも男は酔っ払いの顔を見ようともせず無反応であった。
「いい態度だなお前!」
全く自分を見ようとしない男にとうとう怒りの沸点を超えた酔っ払いは、自分の思惑などどうでもよくなり男に向けて拳を振り上げる。酔っ払いの拳が男の顔面を捉え男は再び地面に尻もちをつく。
男の鼻からは血が垂れる。だがそれでも痛いとも酔っ払いへの反抗の意思も見せない男。
「ははッ! そうかお前……俺の憂さ晴らしに付き合ってくれるのか」
うんともすんとも言わない男の様子に乾いた笑いを浮かべる酔っ払いは自分の目的を変更し拳を鳴らしながら尻もちをついた男に近づく。
「なら、付き合って貰おうじゃねぇか!」
そう言いながら酔っ払いの拳が大きく振り上げられ男の目の前に迫る。
「スプリング!」
その瞬間、男の名前を叫ぶ声が薄暗い路地に響く。その声に反応したのは酔っ払い。男に降り下ろした拳を止めるとその声のした方へと向ける。
「なんだ?」
酔っ払いの視線の先には一目で初心者だと分かる防具を身に付けた少女の姿。その少女の姿に酔っ払いの表情は再び笑みを浮かべる。
「スプリング大丈夫なの?」
酔っ払いを無視してスプリングと呼ばれた男に駆けよった少女は尻もちをついた男を抱き抱える。
「ソ……フィア」
酔っ払いの前で一切反応しなかった男がその少女の名を呼ぶと自分を抱き抱えるソフィアの顔に視線を向ける。ソフィアの瞳に映るその男に数日前の面影は一切なく、自分が憧れた男なのかと思わずその目に涙を溜める。
「おい、そこの剣士の姉ちゃん……あんたも俺を無視するのかい?」
自分を無視して感動の再会を決め込むソフィアの姿に、先程の笑みが消え失せ酔っ払いの表情には再び怒りが広がる。しかしその表情は一瞬にして悪い笑みへと変貌する。
「俺は今そいつの所為で気分が悪いんだ、そのケツをあんたが拭いてくれよ」
相手は少女。邪な思考が頭をよぎる酔っ払いの表情は下衆に歪む。いやらしい表情でソフィアを見つめる酔っ払い。
「お前に構っている暇は無い、消えろ……」
「あっ? ……なんて言った嬢ちゃん?」
確実に酔っ払いの耳に入るソフィアの言葉。しかし酔っ払いは聞こえなかったというようにソフィアに聞き返した。
「消えろと言っている!」
そう強く言いながら立ち上がるソフィア。そのソフィアからは強い殺気が立ちこめる。
「おうおう、殺し合いでもしようっていうのか? お嬢ちゃんがその気なら俺も容赦はしないぜ……」
ソフィアの殺気を浴びた酔っ払いは、腰に差していたナイフを抜くとその表情を改める。酔っ払いでは無くなった男は自分に殺気を向けるソフィアに対して戦闘態勢をとった。
「……盗賊か……」
ソフィアは目の前で戦闘態勢に入った酔っ払い、もとい男の戦闘職を口にする。
「ふふふ、ご名答、よく判ったなピカピカ一年生の戦闘職の嬢ちゃん」
自分の戦闘職を言い当てたソフィアに対して盗賊は、やり返すようにソフィアが初心者戦闘職である事を言い当てる。その口調は明らかにソフィアを舐め切った態度であった。
盗賊として生き抜いてきた自分が初心者のしかも少女である戦闘職に負けるはずがない。そんな自信がその言葉からは感じられる。
「……」
ソフィアは何も口にはせず、腰に差した剣に手を当てる。
「へへへ……殺しはしねぇ……だが死んだほうがましだって思いにはさせてやる」
ソフィアの敗北の先に待つのは、完全なる凌辱。死にたいと思える程の屈辱と凌辱が待っていると盗賊は口にするが、ソフィアの表情に変化は無い。
「少しは怯えろや!」
脅しに対して一切反応を示さないソフィアについに盗賊のナイフが降り下ろされる。
「へ?」
しかし刹那。盗賊の顔を通り過ぎる風。一瞬の出来事に盗賊は自分の身に起こった事を理解できず間抜けな声をあげる。
「うぎゃああああああ!」
盗賊が踏み込みナイフをソフィアに振り下ろそうとした瞬間、盗賊の目では追えない程の速度で腰に差した鞘から剣を抜き放ち盗賊の足に一刺ししていた。
やがて刺されたような痛みが自分の足に広がり悲鳴をあげながら地面に倒れ込む盗賊。痛みで行動不能に陥った盗賊を確認したソフィアは細身の刃の先を、盗賊の鼻頭に突き付けた。
盗賊の誤算は目の前の少女が初心者だと侮ったことであった。確かにソフィアは戦闘職の初心者である。だがそれはあくまで正規のという意味であった。盗賊は知らない。目の前の少女が、ほんの数時間前まで自分と同じ盗賊であった事を。そして更に男は知らない。少女が既に初心者の領域では無い剣士という戦闘職に足を踏み入れているということを。
「ひぃ!」
冷たい表情を盗賊に向けるソフィア。その視線に思わず情けない声をあげるお盗賊は刺された足を庇いながら立ち上がると一目散にソフィアから逃げ出す。そんな盗賊の後ろ姿を見つめながら細身の刀身の剣を鞘に納めるソフィア。
「ふぅ……」
息を一つ吐いたソフィアはすぐさま地面に座り込むスプリングに視線を向けた。
「帰ろう……スプリング」
男との再会に心を震わせたソフィアであったが抜け殻となった男の姿に一瞬にして現実を知る。やはり今自分の目の前にいる男は、数日前までの男では無いのだと。
これがあの若手で一番『剣聖』に近い男と呼ばれた成れの果てなのかと、ソフィアは、何の意思も宿っていない虚無に支配されたスプリングの瞳を見つめるのだった。
―— ヒトクイ ガウルド 薄暗い路地 ―
「いてぇぇぇぇ」
女剣士に刺された足の痛みを我慢することなく叫び散らす盗賊。
「畜生! あのアマ……」
傷をかばいながら、その傷を負わせた女剣士を思い出した盗賊は己の心に怒りを積もらせる。
「糞がぁあ……覚えてろよ……今度会ったら、もう町を歩けないくらいにズタボロにしてやる」
一瞬にして足を貫かれたというのにまだ自分と女剣士の力量を理解していない盗賊は、足の痛みを堪えながらも下衆な笑みを浮かべる。
「盗賊さん……かなりイライラしているようですね」
背中の向こうから聞こえる声にハッと驚く盗賊はすぐさま背後に振り返る。
そこにいたのは君の悪い仮面をつけた男か女かもわからない人物。
「な、何だ?」
その人物が背後にいる事を全く気付けなかったことに気味の悪さを感じつつ盗賊は声をかけてきた仮面をつけた人物に声をかける。
「あなたのその怒りに力を与えてあげましょう……」
「はぁ?」
意味の分からない事を口にした仮面の人物に怪訝な表情を浮かべる盗賊。
「さあ、こちらへ……」
怪訝な表情を浮かべる盗賊を他所に勝手に話を進め近づいてくる仮面の人物。
「や、やめろ、気持ち悪い! 近づくな!」
得体の知れない仮面の人物の行動に嫌悪と恐怖が混ざり合う盗賊の男。
「フフフ……怖がらなくていい、もうそんな感情必要ないのだから……」
仮面でくぐもった声を吐きながら盗賊の額に手を添える仮面の人物。
「や、やめ……ぐぅ……うぉ……ぐがぁぁぁあああああああ!」
仮面の人物の手を払いのけようとした矢先、盗賊の身に異変が起こる。最初は苦しむような唸りを上げていたが、すぐにその声は獣の叫び声のようになり、太陽が沈み夜の光景へと変わったガウルドに響き渡るのであった。
ガイアスの世界
人物紹介
ソフィア(偽名)
年齢16歳
レベル42
職業 剣士 レベル 1
今までマスターした職業
盗賊
装備
武器 細身の剣
頭 無し
胴 転職場から無料で提供された鎧
腕 上に同じ
足 疾風の靴
アクセサリー 手癖悪き指輪
外道職である盗賊から足を洗い剣士に転職をはたした。
ソフィアが身につける防具類の全ては転職場から無料で提供された物。防具のほうはあまり気にいっていないみたいだが、自身で選んだ剣に関しては自分の動きと相性がよく気にいっているようであった。




