兎に角真面目で章 6 友
ガイアスの世界
ガイルズの八カ月
ガウルドでの騒動が終わってからガイルズはヒトクイをブラブラしていたようだ。夜歩者レーニとの再戦を心待ちにしながら自分の力を高めているようでもあった。
時折見かける人類に溶け込んだ夜歩者を見かけたこともあったが、人類とうまく共存している者には手を出さなかったようだ。
聖狼に変身すると装備が毎回ズタボロになるために、インベルラが装備していた伸縮する装備を探し回っていたこともあったようだ。
現在は無事見つけることに成功しその防具を装備している。
兎に角真面目で章 6 友
闇の力渦巻く世界、ガイアス
周囲は一定の静けさに包まれ人の気配が殆ど無い、時刻で言えば、零時を超えた頃。小さな島国ヒトクイの城下町であるガウルドにあるガウルド城に不審な人影が二つ、その姿を現した。上空で顔を覗かせているはずの月は雲で隠れ、その不審な人影の周囲は暗闇に包まれていた。
ガウルド城の周囲を囲む大きな外壁の頂上、そこから僅かに漏れる松明の火さえもこの場所には届かないでいた。そんな壁の頂上を見つめる人影の一つ。
「はぁ……せっかく剣士になったのに……なんでまた盗賊みたいな事しているんだろう」
松明や月の光が届かない夜の暗闇で姿ははっきりとしないが、人影の一つは深く肩を落としため息を吐くと女性の声でそう呟いた。
「……文句言うな……俺だってできることなら盗賊になんてなりたくない」
ため息を吐いた女性の人影に男の声をした人影が近づいてくる。
「えっ! なにそれ、盗賊を馬鹿にしてる?」
つい先ほどまで盗賊について文句を吐いていたはずの女性の人影が声を上げながら怒りを現した。
「馬鹿ッ! 静かにしろソフィア!」
ソフィアと呼ばれた人影に小声で注意する男の人影。丁度その瞬間、雲に隠れていた月が姿を現し人影達の姿があらわとなった。
そこに居たのは簡易型伝説の武具の所有者であるソフィアと、伝説の武器の所有者であるスプリングの姿であった。
「……ふぷッ!」
月明かりに照らされたスプリングの姿を見て思わず口を塞ぎ、笑いを堪えるソフィア。
「お、お前なッ!」
明らかにイラついているスプリング。それには理由があった。
スプリング達は、城の内部にいるだろう夜歩者レーニを助け出すために、夜になったガウルド城に忍び込もうとしていた。しかしソフィアが、スプリングの姿が城に潜入するには相応しくないと言いだしたのだ。
上位剣士であるスプリングは、自分の長所である素早さを最大限に生かすため上位剣士にしては珍しい軽装であったが、それでもやはり鎧がこすり合い出る音がソフィアからしてみれば相応しくないのだと言う。それならばどうするかとスプリングが悩んでいると、頼んでもいないのにソフィアは、潜入に相応しい装備一式を取り揃えてきたのだ。
特に疑うことも無くスプリングはソフィアに言われるがままその装備を手に取りすぐに着替えた。
「だ、だって……プププッ……ここまで似合わないとは……真面目で坊ちゃん的な顔をしたスプリングが……プププッ」
ソフィアが揃えた装備に着がえたスプリング。その姿に笑いを堪えるので必至になるソフィアは手で口を押える。
ソフィアが笑いを堪えるほどのその姿、ソフィアの用意した装備とは盗賊御用達の軽装であった。素早さを優先するために剣士より軽い軽装でありながら、拳闘士が装備するものよりは重いある程度の防御力を持つ殆どが布で作られた防具。
スプリングは上から下まで盗賊の姿になっていた。しかしその姿は、一言で言い表すならばチャラチャラしており、そしてワルそうであった。この服を製作した者のセンスもあるため一概にすべての盗賊がこんな分かりやすい盗賊の姿をしている訳ではないが、スプリングの姿は典型的な盗賊その者の姿であった。
しかしソフィアが言うようにスプリングの顔は、真面目で全くチャラチャラしておらず、例えるならば無理をしてワルぶっている坊ちゃんという表現が一番的を射ており、その姿はどう見ても似合っていない。
「笑うのをやめろ! もう何度目だ!」
すでにこのやり取りを二回以上繰り返しているスプリングとソフィア。スプリングのその姿を見るたびにソフィアは笑いを堪え口を塞いでいた。そんなやり取りに疲れたスプリングは苛立ちと悔しさを堪えながら目の前に居るソフィアを見つめる。
「お前、そんな恰好で大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫大丈夫、私ぐらいの盗賊になれば、これぐらいで丁度いいの」
スプリングが見つめるソフィア。それは剣士用の鎧をすべて取り払った、防御力が皆無に等しいただの服の姿であった。ただ一か所、ソフィアの腕につけられた手甲以外は。
「そんなものか……」
頭を掻きながら微妙な表情をするスプリング。別にソフィアの盗賊の腕を疑っている訳では無い。だがスプリングは言いようの無い不安のようなもの感じていた。
「何その顔……あんまり自慢できる事じゃないけど私だって盗賊として今まで生きてきたんだから、心配しないでも大丈夫だよ」
ソフィアは自分に向けられたスプリングの心配そうな表情を感じ取りそう言うと、ガウルド城の壁に視線を向けた。
「……私には、これくらいしか出来ないから……」
そうスプリングに聞こえないように呟くソフィアは軽々とガウルド城の壁を蹴り、頂上に昇っていく。
「お、おい」
『さすが見事だ』
何も言わずすぐに城の外壁の頂上に到達するソフィアの姿を見てダガーに形を変えた伝説の武器ポーンはソフィアの見事と言っていい壁上りを素直に褒めた。
「たく、よし、俺も行くぞ!」
勝手に昇っていってしまったソフィアに困った表情を向けながらスプリングもソフィアと同じように城の壁を蹴りながら頂上へと向かって行く。
「よっと」
スプリングも軽々とソフィアが到着していた城の外壁の頂上へと到達する。
「ねぇ……スプリング?」
城の外壁の頂上でスプリングに声をかけるソフィア。
「何だ?」
少し真面目な物言いに急に何だと思いながら合わせるスプリング。
「何でいっきにジャンプしてこなかったの? スプリングだったらこの高さの壁ぐらいジャンプするだけでどうにでもなるでしょ?」
「あっ……」
ソフィアの指摘に思わず口をあんぐりとあけるスプリング。確かにソフィアの言う通りで今のスプリングの身体能力をもってすれば、ガウルド城の外壁を超えるのはジャンプするだけで何の問題もなかった。
「もうしっかりしてよ、ただでさえ……プププッ……似合わない恰好して頼りないんだから……」
こいつ馬鹿にしてるなと笑いを必至で堪えるソフィアをみてスプリングは思うのだった。絶対に城に侵入したら着替えようと。
「さて、ここから……んっ!」「!ッ」
ガウルド城の外壁に立つスプリングはそこで異様な力を感じ取り、すぐさま警戒する。それはソフィアも同様で、自分よりも強いと感じる気配を感じとったソフィアは思わず体勢を低くして物陰に隠れた。
「……これは……」
『ああ、間違いない……ガイルズ殿だ……』
ポーンもその気配を感知したのか、その者の正体がガイルズであると断言する。
「……これは、急いだほうがよさそうだ……ソフィア行くぞ」
「う、うん」
圧倒的な気配。それはソフィアにとっては恐怖といってもいい気配であった。しかし自分の目の前で自分の名呼んだ男はその気配に動揺することなく先に進む事を決める。
やっぱり自分とは違うのだとソフィアは外壁の内側、城の敷地内へと飛び降り、城に向かって走り出すスプリングの事を見つめ思いながら、おいて行かれないよう後をついていくのであった。
― ガウルド城内 客間 ―
王の間でガウルド城に集まった大臣達との顔合わせを済ませたガイルズは、今日はこの城に泊まっていけと言ったムスバムが用意した城の客間にあるベッドに横になっていた。ガイルズが巨体なのかベッドが小さいのか分からないが、ガイルズの足はベッドからはみ出していた。
「……あ~あ、来ちゃったか……」
あたかも間の悪い所に友人がやってきてしまったというような感じでガイルズは外から感じる気配に笑みを浮かべた。
「明日まで待てないかね……」
よいしょと言いつつベッドからはみ出していた巨体を起き上がらせ、壁に立てかけていた特大剣を手にとるとガイルズは、ゆっくりと客間の扉をあけ、気配のするほうへと足を向け歩き出した。
「ガイルズ」
しばらく城の廊下を歩くガイルズ。そんな自分を呼び止める声に足を止めるガイルズ。
「どうしたインベルラ?」
ただトイレに行くかのような表情で自分を呼び止めたインベルラに返事を返すガイルズ。
「お前も感じたか? 大きな気配を……」
インベルラは自分が感じた気配をガイルズも感じたのかと聞いた。
「……ああ……」
頷くガイルズ。
「やはりそうか……ならば皆に知らせなくては……」
インベルラはそう言うと踵を返し走り出そうとする。
「待て」
「な、なんだ侵入者だぞ、直ちに警備を強化しなければ」
「待て待て……ムスバムのおっさんが言っていただろう、お前は今動きを制限されている……しかもお前が夜歩者の仲間じゃないかと疑われている最中だ、こんなタイミングでそんな話してみろ、お前が何か仕掛けたんじゃないかと更に疑いが強くなるぞ」
「あっ……くぅ」
ガイルズの指摘にインベルラは自分の注意の無さに気付き、苦虫を噛みしめたような表情になった。
「大丈夫だ、この気配、俺の知り合いだから」
「知り合い?」
「ああ……元仲間だ」
ガイルズは元を強調するようにそう言うと、廊下を歩き出す。
「ま、待て……私も行く」
「あのな、今のお前が動くと色々と面倒だろ、大人しく部屋に戻って愛しい王様の事でも考えて寝てろ」
「な、愛しい……だと、こ、この……」
ガイルズの言葉に顔を真っ赤にするインベルラ。だがその表情は怒りで真っ赤になったというよりも別の感情の所為で赤くなったといったほうがいい表情であった。
「いいな、ついてくるなよ」
ガイルズは念を押すようにそう言いながらインベルラと別れ城の廊下をテクテクと歩き、城のある場所へと向かい始めた。
「ぐぬぬぬぬ……」
ガイルズの後ろ姿を恨むように睨みつけるインベルラ。その視線には殺気すら感じられる。
「おお……怖い怖い……」
インベルラから発せられる殺気を背中全体で感じなるガイルズは体を震わせ身震いする。
「は?」
しかしガイルズを身震いさせた背中に感じていたインベルラの殺気が突然消える。
「……おいおい、極端すぎてわかりやすいな」
ガイルズはインベルラから発せられていた殺気が突如消えた理由をすぐに理解すると、呆れるようにため息を吐き頭を掻いた。
「……まあ、いいか」
能天気にそう言いながら夜の闇から逃げるように小さな蝋燭の火が等間隔に配置されたガウルド城の廊下を、再びテクテクと目的の場所へと向かい歩きだすガイルズ。
そんなガイルズの背中を天井から見つめる視線があった。しかしその視線に気配は無く、気配や視線に対して過敏では無い者には一切分からない視線であった。その視線の持ち主、インベルラは息を潜め天井を這うようにしてガイルズの後を追っていた。
「よしばれてない……」
全く無警戒であるガイルズは自分に気付いていないと思い込むインベルラは、そのままガイルズの歩く速度に合わせ天井を這って行く。
「……はぁ……ある意味ホラーだなこりゃ」
インベルラが後を付けていることにガイルズが気付いていない訳も無く、再び呆れたようなため息を吐くガイルズ。真面目だなと心の中で思いながらガイルズは気付いていないという素振りで何事も無く歩き続けた。
「さてここら辺かな……」
ガイルズはしばらく城の中を歩きそしてガウルド城の中庭で足を止めた。周囲を見渡すとガイルズが感じ取った気配の正体が二つ中庭に姿を現した。
月明りがさす中庭で互いの顔が鮮明になっていく。だが互いに見つめ合う表情に驚きの色は無い。両者ともすでに気配で互いの事を分かっていたからだ。
「ガイルズ……」「ガイルズ」
ガウルド城の外壁を超え、ガウルド城に侵入を果たしたスプリングとソフィアは、目の前に現れたガイルズの名前を口にする。
「……ぶぅ……がっはははは! 何だその恰好……お前剣聖は諦めて盗賊にでもなったのか?」
久しぶりの再開、緊張感漂うその場の空気を壊すように、ガイルズはスプリングの珍妙な姿を見て笑いはじめた。
「……こっちにも色々都合があるんだ」
侵入することに集中しすぎて着がえるの忘れていたと心の中で思いながらもそんなそぶりを一切出さずスプリングは笑うガイルズに冷静に答えた。
「ひぃひひひひ……色々とね……と、所でこんな所に、ふふふ、何の用だ……」
スプリングの姿がツボに入ったのか全く笑うことを止めないガイルズは、その笑いの中でスプリングにここに来た目的を聞いた。
「……お前には関係ない……それじゃ俺達は行くからまたな……」
ガイルズとは逆に至って冷静に答えるスプリングの表情は硬い。その程度ではいそれと道を明け渡すとは思えないからだ。この城にいるということは少なくとも遊びにきた訳では無いと分かっていたスプリングはどんな状況になってもいいように警戒していた。
歩きだしたスプリングの後ろをついてくソフィアの表情は緊張感に硬直していた。すでに二人の中では戦いが始まっていたからだ。近くにいたからこそその僅かな変化に気付けたソフィアは入れず入ろうとはせず入りたくないと、極力干渉しないように努めた。しかし。
「ソフィアも久しぶりだな?」
不意にガイルズに呼び止められるソフィア。肩が跳ね上がり全身に緊張が走る。
「ソフィア気にするな……行くぞ」
ソフィアの様子を感じ取ったスプリングは、見方によってはガイルズから守るようにソフィアに腕を回しガイルズとソフィアの接触を拒んだ。
「おいおい、お互い久々の再開じゃないか、つれない事、するんじゃ、ないよ」
言葉とは裏腹に背中に背負った特大剣を一息で抜き、その反動を利用してスプリングとソフィアに目がけ特大剣を振り下ろすガイルズ。
「きゃ!」
その瞬間スプリングはソフィアを突き飛ばしながら、自分の姿をポーンの力によって上位剣士へと変化させ、すかさず剣の形になったポーンで振り下ろされた特大剣を受け止める。
『元気そうで何よりだガイルズ殿』
「おう、そっちも会わないうちに細かい芸ができるようになったみたいだな」
ポーンは自分の所有者であるスプリング同様、冷静にガイルズに語り掛けた。それに対してガイルズは少し興奮したようにポーンの言葉に答えた。
「……おい、これは何の真似だ?」
「うん? ……ああ、そりゃ侵入者がいれば撃退しようとするのは当たり前だろ?」
「へー今まで戦場で大暴れ出来ればよかった奴が、変わるもんだな……今はヒトクイの番犬に成り下がったってか?」
「おいおい間違えるな、俺は犬じゃなくて狼だ」
バキンッと大きな音を立てながら密着していたガイルズの持つ特大剣とスプリングの持つポーンは離れた。
「犬も狼も元を正せば一緒だろ?」
スプリングは腰に差していたもう一本の剣を鞘から引き抜くとガイルズに向けた。
「おいおい、冗談だろ……狼は犬よりも優秀だぜ!」
何かのスイッチが入ったのか完全にガイルズの顔は笑顔という狂気に変わり、先程よりも鋭く重い振り下ろしをスプリングに目がけて放つ。
「単純なんだよッ」
だがスプリングはガイルズがそうする事を読んでおり、瞬時に特大剣の軌道から抜ける。
「それはお前も同じだろ!」
空気を切りさくほどの速度と重さを誇るガイルズによる特大剣の振り下ろし。だが振り下ろしている途中でガイルズはそのまま無理矢理にスプリングがいる方へと軌道を変え特大剣の腹で振りぬいた。
「うおっ!」
特大剣だというのにダガーやナイフのような素早い動きに一瞬驚くスプリングではあったが、自分に向かって来る特大剣の腹をしゃがんで回避する。スプリングの頭上を凄い音を立てながら通り過ぎていく特大剣。それを確認しながらスプリングは隙の出来たガイルズの体目がけ戦続きの剣で突きを放った。
「ふんッ!」
しかしガイルズは鋭く放たれたスプリングの突きを後方へ飛ぶ事によって回避する。互いに射程外の距離になる二人。
「やるようになったなスプリング」
「チィ……俺に負け奴がよく上から物を言えるよな……」
「まあ俺は本気だしていなかったしな」
その言葉に今まで冷静であったスプリングの表情が変わる。今まで強気だった表情が一瞬にして暗くなるスプリング。
「俺は、それが悔しかった……俺はあの時本気で戦いあっていると思ったのに……」
スプリングは初めてガイルズと出会い戦った時の懐かしの戦場を思いだしていた。一瞬にして命が消し飛んでいく戦場、あの時の戦場が一体どんな意味を持っていたのか、自分の目標の為だけに戦っていた当時のスプリングにとっては、そんな事どうでもいい事であった。自分が関わった国が勝とうが負けようが自分が生き残りそれを糧にして自分の技量をあげることができればよかったからだ。
だが突然戦場に姿を現したガイルズとの戦いだけはスプリングに戦いの意味を持たせたのだ。戦友という意味を。
ガイルズも自分の事をそう思っていると信じていたスプリング。しかしその思いは一方的な想いであり、ガイルズの本来の力を目の当たりにした時、スプリングの中でその想いは一度音を立てて砕けていた。
「……本気? ……俺のこの力が本気だと思うか? 化物の姿になった俺のこの姿が!」
ガイルズの筋肉が膨れ上がり、膨れ上がった筋肉を銀色の毛が覆っていく。両手は大きくなり爪は鋭く鋭利に伸びて行き口は裂け、歯は伸び牙になる。みるみるうちに姿を変えていくガイルズ。その姿は人狼。
聖狼
「こんな化物がお前と対等な戦友な訳ないだろ……」
陽気でいつもだらしなく笑っているその者とは思えないほどにガイルズの言葉は力なく弱々しい振り絞った声であった。
ガイルズは思っていた。たとえその力が人類を守る力であったとしても化物であることに変わりは無い。自分が腕を振りぬけば『闇』の力を持つ者であろうと、親しい友人であろうとその力は無関係に貫いてしまうのだ。あっさりとすんなりと。
そんな力を持ってしまったガイルズは目の前にいるスプリングという男を戦友としてみる事が出来なかった。自分を人だと思い戦友だと言ってくれる友を。
「ああ? 聞こえないな……なんて言った?」
スプリングは自分の耳に手を当て、ガイルズの言葉を聞き直した。
「お前……」
「お前が人だろうが化物だろうが聖狼だろうが関係無い……お前の気持ちなんて知った事か……俺はお前と戦友だ、そうでありたい!」
そう言い放ったスプリングは真っ直ぐな目で聖狼の姿となったガイルズを見つめる。
「かまえろ……この一撃で決める」
「……お前……馬鹿だな……」
自分を真っ直ぐに見つめるスプリングのその瞳に、心の奥底が奮い立つのを感じるガイルズ。人としての心では無く、聖狼としての心でも無くガイルズという存在が目の前の男を戦友として認めたがっていると。
「死んでも知らないぞ」
「こっちの台詞だ」
軽口を叩き合いつつ互いに一番の攻撃をくりだす為のかまえに入る二人。その瞬間周囲は二人の場の空気を読むように静まり返った。
静かに流れる二人の時間、周囲で見つめていたソフィアとインベルラにはその時間が長く感じられた。それほどまでにスプリングとガイルズから放たれる緊張感は重い。
突拍子も無く突然にタタンという音が響き渡る。その音はスプリングが地面を踏み鳴らす音であった。それを合図としてスプリングとガイルズは最初から最大速度で互いに向かい走り出す。
「うらぁああああああああ!」
「ウオオオオオオオオオ!」
人と獣の雄叫び。しかしその雄叫びに差は無い。本能による雄叫び。生命を持つ存在の命を乗せた雄叫びに人も獣もましてや化物にも差は無かった。
交わる雄叫びとともにスプリングは両手に持つ二本の剣を、ガイルズは両手の十本の鋭い爪を相手に向かい解き放った。
それは一瞬であった。周囲で見守っていたソフィアやインベルラには見えない、スプリングとガイルズだけが理解する斬撃。ソフィアとインベルラが気付いた時にはすでに二人の切り合いは終わり互いが背中合わせで立っていた。
「どうなったの?」「どうなった?」
思わず声をあげるソフィアとインベルラ。周囲には静かに風が流れていく。しかしその静かな風を遮るようにしてスプリングの体から大量の血が噴き出した。
「スプリング!」
その姿をみた途端叫びながら飛び出していくソフィア。それを見届けるようにしてガイルズはその巨体を揺らし膝から崩れ落ち中庭にその巨体を沈めるのであった。
「ガイルズ!」
その姿を見たインベルラも叫びながらガイルズの下に駆け寄る。
辛うじてポーンを地面に突き刺すことで立っているスプリングは、口から血をたらしながら不敵に笑う。
『主殿!』
そこで二人の邪魔をするまいとずっと黙っていたポーンが叫んだ。
「スプリング!」
泣きそうな表情で駆け寄ってきたソフィアはフラフラと立つスプリングに肩を貸す。
「馬鹿! なんでこんな無茶を……」
ソフィアは泣くのを堪えながらスプリングに叫んだ。
「……あっはは……心配するな……見た目ほど、酷くは無い」
それが嘘である事はみるまでも無い。しかしスプリングはフラフラになりながらも強がった。まるで地面に倒れ込んだ戦友に自分の勝利を誇示するかのように。
「どうだガイルズ、俺は死んで無い……お前の攻撃なんてそんなもんだ」
血を吐きながらもスプリングはトドメを刺すように人の姿に戻ったガイルズに言い放つ。
人の姿に戻ったガイルズはインベルラによって抱きかかえられていた。胸に大きく深い傷を負いそこから大量の血が流れていた。
「ぬかせ、俺だって死んで無い……そもそも俺はまだ本気じゃないしな!」
酷い傷を負ったというのにガイルズはそんな傷を負っていないかのようにスプリングの言葉に言い返した。
「ガイルズ傷に響く、喋るな」
ガイルズの胸の傷から絶え間なく噴き出す血を、手で押さえながらガイルズに黙るよう話しかけるインベルラ。しかしその表情にソフィアほどの焦りは無い。それは聖狼の驚異的な回復力を知っているからだ。そうこうしている内にガイルズの傷は塞がっていく。
「よっこらせ……」
上半身を起こしソフィアに支えられるスプリングを見つめるガイルズ。
「なんだ……まだやるのか?」
息を切らしながらスプリングは上半身を起こしたガイルズを挑発する。
「いやいや、膝が笑っている奴とやる気にはなれないな、結局人の力なんてその程度だ」
「なっ!」
「だが、お前の気持ちはよく分かったよ……そういう意味では俺の負けだ」
スプリングの怒りを遮るようにしてガイルズは何時ものだらしない表情をして笑みを浮かべた。
「チィ……納得……いかねぇ……な」
「スプリング!」
スプリングはそう言い残しつつも安心したように意識を失った。
「スプリング、スプリング!」
『大丈夫だソフィア殿、私に任さろ』
そう言うと地面に刺さっていたポーンは形を大きな口に変化させるとスプリングを丸呑みにした。
「おお、懐かしいなそれ」
大きな口になりスプリングを飲み込んだポーンの姿をみて懐かしがりケタケタとガイルズは笑った。
ポーンには見た目はエグイが傷を負った者を丸呑みにすることによって傷を癒す能力があり、それを知っていたソフィアは安堵の表情を浮かべる。ただ一人それを知らないインベルラは驚愕の表情を浮かべていた。
「ガイルズ……」
「ん……? どうしたソフィア?」
しばらくしてソフィアはガイルズに話しかけた。その声は震えおり明らかにガイルズに恐怖を抱くその表情をみて、ガイルズは表情を変える事無くソフィアを見た。
「何でスプリングは強いの……?」
恐怖に耐えながらソフィアは声を振り絞りガイルズに疑問をぶつける。
「強い? ……ハッハハハハ!」
「茶化さないで!」
ガイルズの笑い声に眉間に皺をよせて抗議するソフィア。
「フッフフ……なぜこの馬鹿が強いのか……それは馬鹿だからだろ……」
「だから茶化さないで!」
「じゃ分からねぇよ……なんでこいつが強いのかなんて誰にも分からねぇ、ましてや当の本人だって分かってねぇよきっと……」
「分からないって……」
表情を曇らせるソフィア。ガイルズならばなぜスプリングが強いのか知っているのではないのかと思ったからだ。自分よりも長くスプリングの側にいたガイルズならばと。
「だからそれを知るためこいつは強くなり続けるんじゃないのか」
ガイルズ今良い事いっただろという表情でソフィアにその顔を向ける。
「いや、全く訳が分からない」
ガイルズの背後に立っていたインベルラの言葉に肩をガクリと落とすガイルズ。
「分かんねぇのかよ……てかお前着いてくるなって言ったよな」
「あっ!」
自分がガイルズから隠れて後を着いてきた事を思い出したインベルラは、顔を曇らせた。
「あ、いや……それは……」
「それでソフィアはどうだ? 俺の言っている意味理解したか?」
言い訳を探しているインベルラを無視してガイルズはソフィアに自分が言った事を理解できたか聞いた。
「全く……」
首を大きく左右に振るソフィア。
「あっそ……」
再び肩を落とすガイルズ。
「まあ何はともあれ、そろそろここの騒ぎに気付いた奴らが集まってくるだろうから、逃げるなりなんなりしたほうがいい」
「ガイルズ!」
言い訳を考えていたインベルラがガイルズの言葉に反応する。
「まあまあ、いいじゃないの別に何か被害が出た訳でもないし」
「そういう問題じゃない、城に侵入した事がすでに問題なんだ……この者達が何の目的でこの城に侵入したのか聞かねばならない」
「お前真面目だな」
呆れるような表情でインベルラを見つめるガイルズ。一旦深いため息を吐いたガイルズは視線をソフィアに戻した。
「……だそうだ、目的はなんなんだ?」
ガイルズは大体の理由を知っている上でソフィアに尋ねた。ガイルズの言葉にソフィアは戸惑った。ガイルズはともかく、城の者だけとは理解できるガイルズの横にいる女性に話していいものなのかとソフィアは視線を泳がせポーンに向けた。
『ソフィア殿、話して大丈夫だ』
ポーンはガイルズの横にいる女性に問題は無いと判断し、ソフィアに自分達の目的を打ち明けるよう促した。
「うん、分かった」
頷いたソフィアは、自分達がどうしてガウルド城に忍び込んだのかガイルズとインベルラに打ち明けた。
「なるほど……この城にいるであろう夜歩者を救出するためと……」
うんうんと頷くガイルズ。
「だが残念だなソフィア、ここにその夜歩者は居ないよ」
「居ない?」
ガイルズの言葉に首を左右に全力で振るソフィア。
「嘘言わないで、私とスプリングはあの中継を一緒に見ていた、あの中継に写っていた人は夜歩者だって自分の口で告白していたわ!」
確かに自分の目で自分の耳でしっかりとその状況を見つめ聞いていたソフィアは、なぜガイルズがそんなあからさまな嘘をつくのか理解できなかった。
「確かに王を騙った者はいたが、そいつは夜歩者じゃない……結果ここに夜歩者は居ない」
ガイルズの言葉に嘘は無かった。それは夜歩者を狩る存在として生まれたガイルズやインベルラにだけ理解できる感覚。しかしそれは聖狼だから分かる理屈であり他の者からしてみれば全く理解できない感覚であった。当然ソフィアには何の事だかさっぱり理解できない。
「じゃ明日死刑になる人はなんだって言うの?」
訳の分からない言葉で煙に巻かれまいとソフィアも必至で喰らいつく。
「だから王を偽った犯罪人だろ?」
とぼけた表情で言うガイルズ。しかしこれ以上は何も話さないという雰囲気をソフィアは直ぐに感じ取った。
『……何か起こったのだな……ガイルズ殿……』
「ああ……そういうこった、今はこれで勘弁してくれ」
深くは聞かず深くは語らず、だがポーンにはガイルズのその言葉で十分だった。
『任せていいのだな?』
「まあ出来るだけ善処するよ」
二人だけの中だけで理解されていく会話にソフィアは不満な表情になる。
「ポーン後で聞かせてよね」
『分かった』
納得出来た訳ではないが、自分がここでごねても絶対に口を割らないだろうと判断したソフィアは諦めるようにして深いため息をついた。
「ん? ……おう、そろそろヤバそうだ早くここから逃げろ」
中庭の騒ぎをかぎつけた兵達の気配に気付いたガイルズはソフィア達に逃げるよう促す。
「……」
プイとガイルズから視線を外したソフィアは大きな口のまま咀嚼を始めたポーンに近づいていく。
「ソフィア!」
呼び止めるガイルズ。その言葉に反応せずこの場から逃げる準備を始めるソフィア。
「何か迷っているようだが、お前はそのままでいい、そのままでいいんだ……あいつの側にいてやってくれ」
突然のガイルズの言葉に我慢していた何かの糸が切れたように目から涙が溢れだすソフィア。
「……くぅ」
歯を噛みしめ腕で涙を拭うとガイルズの方に振り向いたソフィアはガイルズを挑発するように下を出し、下瞼を指で下げた。
「あっかんべー! ナイト行くよ」
『あっかんべーもお美しい』
ソフィアの行動は何でも肯定するナイトの声が響き渡る。ソフィアの掛け声とともにソフィアの姿が全身防具に纏われていく。
「えっ!」「えっ……」
ポーンを手に持ち飛び上がるソフィアのその姿に間抜けな声が漏れるガイルズとインベルラ。
驚きの表情を見せるガイルズとインベルラを尻目に上空へ飛び上がったソフィアは空の彼方へと飛び去って行くのであった。
「……」
「おいおい、ソフィアが凄いことになってるぞ……」
苦笑いとも本当の笑いとも言えない表情でそう呟くガイルズ。だがしかし、ガイルズの表情はやはり嬉しそうであった。
見送る暇も無いというような猛烈な速度で飛び去って行っていた方向をを見つめていたガイルズは、今度は不敵な笑みを浮かべインベルラを見つめた。
「おい、インベルラ、これから俺に合わせろ」
そう言いながらガイルズは地面に乱雑に置かれた特大剣を拾うと、その特大剣をインベルラに向けた。
「な、何をしようというのだ」
全く状況が呑み込めないインベルラはガイルズに流されるように腰に差さっていた剣を抜いた。
「行くぞ! おりゃあああああ!」
真夜中のガウルド城の中庭に響くガイルズの雄叫び。何が何だか分からないままガイルズに合わせるようにインベルラもまた雄叫びをあげる。
結果としてスプリング達の侵入はガイルズとインベルラによって闇に葬られることとなった。中庭で起こっていた騒ぎは、大迷惑なガイルズとインベルラの剣の稽古として処理されたからだ。この後二人がムスバムにこっぴどく説教されたのは言うまでも無い。
ガイアス
インベルラの八カ月
完全に忘れ去られていたインベルラ。八カ月前の騒動の時は、まだ傷が癒えておらずガウルドから離れ療養していた。
ガウルドに帰ってきた時にガウルドがとんでもない状況になっていた光景を目の当たりにして自分がどれだけ無能なのかと心底落ち込んでいたようだ。
しかしヒラキ王はそんなインベルラを励まし、そのかいもあってか立ち直ったインベルラは今まで以上に精進して己の力を磨いたようだ。




