兎に角真面目で章 4 それぞれの真実
ガイアスの世界
新たに現れた魔王
ユウラギから突如として他の大陸へと侵攻し始めたユウラギの魔物達。それを指揮しているのは、突如としてユウラギに現れた魔王によるものであった。
魔王が何を目的としているのかそれは分からない。だが魔王という存在が誕生した事によって、間違いなくガイアスは恐怖に包まれることになる。
兎に角真面目で章 4 それぞれの真実
闇の力渦巻く世界、ガイアス
扉が大きく開く音とともに荒い息を立てながら、サイデリーの王ブリザラが部屋の中に駆け込んできた。
「テイチさん!」
「ブリザラさん」
毛布を何十にもかぶり暖を取っていたテイチが突然部屋に入ってきたブリザラに驚きの表情を向ける。
「大丈夫! 一体何が、何があったの?」
テイチに駆け寄ったブリザラはテイチの体を気遣いながら、一体何があったのか聞いた。
「それが……ウルディネが……ウルディネを助けてください!」
「ウルディネさんを?」
テイチは事の始まりをゆっくりと話始めた。
小さな島国ヒトクイの城下町ガウルドで起こった騒動が治まった後、テイチの生まれ故郷であるムウラガへと帰っていた。テイチはムウラガにただ帰った訳では無く、ブリザラにある事を頼まれていた。
ムウラガの人達をできるだけ集めてもらいたい。これはブリザラが進めていたムウラガに住む人々をサイデリーへ移住させるという計画で、テイチにサイデリーとムウラガの橋渡しのような役割をしてもらいたいというブリザラの考えであった。
ムウラガ出身でありムウラガの外を見てきたテイチにとってその役目は適任といえるものであった。
この時、テイチとウルディネもブリザラと同様に伝説の防具の所有者であるアキの死を受け入れることが出来ず、暗い表情を浮かべながら日々を過ごしていた。しかしそんな中すでに先の事を考え始めていたブリザラの言葉に、テイチとウルディネは自分達も前を向かなければと俯いていた顔を上げた。
まだ幼く勉学を一切した事の無いテイチにとってブリザラが口にした事は殆ど理解できず、最終的にブリザラはサイデリーの皆がムウラガの人達と仲良くなりたいというかみ砕かれた内容によって納得した。
ブリザラの説明をテイチの傍で聞いていたウルディネは、私がいるから大丈夫だとブリザラに伝えた。その言葉にブリザラは心に温かいものを感じた。両親を亡くし一番親しかったアキもすでにこの世に居ない状況で、幼いテイチにとってウルディネは契約を交わした精霊であると同時に保護者でもあった。
水を司る精霊であるにも関わらず、ウルディネは温かく包み込むような優しさで幼いテイチを支えるウルディネにブリザラは、もうその温もりも感じる事の出来ない自分の母親の事を思いだしていた。
ブリザラは仲睦ましく話す二人を見届け、重要な願いを託された二人は久々の故郷ムウラガへと帰っていた。それが約七カ月前の事である。
テイチとウルディネはムウラガに帰ってそうそう近くにあった集落に向かい、ブリザラの願いを集落にいた人々に伝えた。テイチの言葉ではよく分からなかった人々も、人間の姿に化けたウルディネのアシストによって何とか理解してもらい、ブリザラの考えは僅かな期間でムウラガ全土に散らばった人々に伝わっていくこととなった。
テイチとウルディネがムウラガに帰って三カ月後、テイチとウルディネによるムウラガの良好な報告を受けたブリザラは、すぐにムウラガに向かう事を決め実行に移した。
ブリザラとブリザラを護衛する数十名の盾士達がムウラガに渡った。初めゾロゾロと現れた見知らぬ集団に驚き恐怖を抱いたムウラガの人々。しかしその集団の前に立つ一人の女性の柔らかい笑顔に一瞬にして心を開くムウラガの人々。
それから話はサクサク進みムウラガの人々はブリザラの願いを聞き入れサイデリーへと移住する事を受け入れた。
話が一段落し、ブリザラ達がサイデリーへと帰国すると、ムウラガの人々は移住の為の準備を始めた。サイデリーへ行ってからの衣食住は落ち着くまでは全部サイデリーが援助するとブリザラが約束し、心配することは何一つなく大げさに言えば裸一貫でも問題は無いのだが、ムウラガの人々にも長年暮らしたムウラガへの愛着というものがある。思い出の物や場所など色々な整理が必要であったからだ。
それぞれがそれぞれの場所で自分の故郷との別れを済ませ、ムウラガの沿岸にある集落に人々が集まり出した時、それは起こった。
「大丈夫ですかテイチさん?」
テイチの様子が変わりそれ心配するブリザラ。その時の事を思いだしているのか、テイチの表情は青ざめ体が震えていた。
「その日はムウラガの空は雲一つ無い晴れた日だったんです……でも、急に太陽が黒い影に覆われて……」
テイチにとっては思いだしたくない記憶、光景であった。それでもテイチは目の前のブリザラにムウラガで何が起こったのか話さなければならなかった。そうブリザラに話さなければならなかった。ムウラガを襲ったユウラギの魔物達の中にいたある人物の事を。
太陽の光を遮り現れたユウラギの魔物達。そして海からも同等の黒い影が迫っていた。その数およそ数千。今その場にいる者達では絶対に対処できない数であった。
「テイチ……! 皆を安全な所まで誘導して!」
「で、でもそれじゃウルディネが!」
海岸を睨みつけながらウルディネは本来の姿である神精霊の姿に戻ると、傍らにいたテイチにムウラガの人々の避難誘導を頼んだ。しかしテイチは目の前で起こった光景とウルディネの事が心配でその場から動けないでいた。
「私は大丈夫だ、なんたって私は神精霊だからな!」
ウルディネはテイチに顔を見せることなくそう言う。その言葉はいつものウルディネのようであったが、テイチにはそれが強がりである事はすぐに分かった。
「早く行け! テイチ!」
強く叫ぶウルディネはそう言うと大気にある水分を集め空に飛びたった。
「うっ……んっ!」
ウルディネの姿を振り切るように視線をムウラガの人々に向けるテイチ。
「こ、ここは危険です、逃げて!」
テイチは喉が張り裂けそうなほどの声でムウラガの人々に避難するよう伝えた。テイチの声のお蔭で、海岸や空に迫った黒く蠢く魔物達を茫然と見ていることしか出来ないでいたムウラガの人々は我に返り悲鳴を上げながらその場から逃げ出していく。
「……ウルディネ!」
避難を始めるムウラガの人々を見届けるとテイチは視線をウルディネがいる方向へと向けた。
ウルディネは水を司る精霊の神であった。神というだけにその力は強大であり、ガイアスに存在する水の殆どを自在に操る事ができる。しかし今のウルディネはテイチと契約を交わした事によって、契約を交わした術者との距離が離れるとその力を制限されてしまうという状況にあった。それは今のウルディネにとって枷となっていたのである。しかしウルディネはその事を重々承知していた。
もしテイチと契約していなければとウルディネの頭の片隅でそんな考えが浮かぶ。だがそれはウルディネにとって愚問であった。今自分が持つこの力、この想いは全てテイチのお蔭だからだ。
あの日ウルディネは深く眠りについたテイチに誓ったのだ。私はお前の力となると。それがテイチを一度殺してしまった自分が負うべき責任なのだと。
状況的にテイチが死んだことは運が悪かったとしか言いようの無いものであったが、ウルディネはそれを重くとらえていた。自分があの時もっと周囲の気配に敏感になっていればと。
しかし今のウルディネは責任という単なる言葉だけでテイチと一緒に居るのではない。深い眠りについてしまったテイチに代り一時的に体を借りることによって、ウルディネは忘れようとしていた人との交わりを再度感じることが出来た。もう人とは関わらないようにと生きてきたウルディネに、人との関わりがどれほど素晴らしいものなのか、どれほど温かいものなのか再確認させてくれたテイチにウルディネは強い感謝を感じたのだった。その感謝を返すため、いやそれ以上に自分を受け入れてくれたテイチの事をウルディネは愛していた。
ウルディネは自分の中に残った最後の弱音を叩き出すと迫ってくる黒い蠢きを見つめる。
(この力は全てテイチと……あの者のものだ!)
テイチともう一人、テイチとは違った感情を自分に抱かせた者の事を思い浮かべながら、ウルディネはそう心の中で雄叫びを上げ自分に気合を入れた。
「水を司る神精霊に海辺で挑んだ事を後悔させてあげる」
ウルディネは海を操りテイチ達が居る海岸付近を水の壁で覆う。そして迫ってきた黒い蠢きを鋭く尖らせた水の槍で貫いて見せた。
「ウルディネ!」
すでに肉眼で確認するのが困難なほどの距離に離れたウルディネを術者と契約を交わした精霊の間に出来る特別な感覚で感じ取るテイチは思わず肉声で叫んでいた。その声は届くはずも無いというのに。
「それからは私、もうそこでじっとしている事しか出来なくて……」
テイチの話を聞いただけでウルディネの過酷な状況が見えるように分かったブリザラは口を押えていた。
「そ、それでウルディネさんは?」
恐る恐るウルディネがその後どうなったのか聞くブリザラ。
「……戦っている音だけは聞こえていました……でも急にウルディネの作った水の壁が破壊されて……」
それは突然の事であった。ウルディネが作った水の壁が急に黒い波動、『闇』の力によってこじ開けられそして爆散し雨のようにテイチの場所に降り注いだ。テイチはその海水の雨の中、一瞬にして硬直してしまう。
テイチの視線が人型の何かが浮遊しているのを捕らえた瞬間、テイチは息ができなくなるほどの恐怖を感じていた。それはまるで恐怖を体に纏っているかのようであった。
「闇を纏った……人の姿……黒ずくめの……」
そこでテイチの様子が急変する。先程よりも息が荒くなり自分がみてしまった何かに怯えるようにテイチは口を押えた。
「テイチさんしっかり! 大丈夫ですか!」
すぐさまテイチの肩を抱くブリザラは周囲でブリザラと共にその話を聞いていた盾士に医者を連れてくるように指示をだす。声をかけられた盾士は慌てるようにして部屋を飛び出していった。
「はぁはぁ……ブリザラさん……はぁあぁぁ……私の前に、やってきた人は……ア……」
そこで途切れるテイチの言葉。テイチは意識を失いブリザラの手の中で倒れた。しかしブリザラは理解してしまった。テイチが何を言いたかったのか、自分に本当に伝えたかった事が何であったのかを。
「そ、そんな……」
ブリザラは一言、サイデリーの王では無くブリザラ=デイルという一人の女性に戻ってその言葉を呟いていた。
テイチが気を失ってから数十分後、外はすでに夜を迎え寒さが一層厳しい時間帯になっていた。ブリザラは氷の宮殿内にある真っ暗になった円卓の間で一人座っていた。
『王よ……テイチが口にした存在は魔王だ』
重々しい空気が流れる円卓で、ブリザラの横に置かれた伝説の盾キングはテイチが最後にみた光景がなんであったのかブリザラに断言した。
「……」
『あの小僧には、出会った頃から『闇』の影は漂っていた、それが先天的な物なのか後天的な物なのかは分からないが、クイーンの中に取り込まれていた黒竜の『闇』の力がそれを後押ししたとみて間違いないだろう』
魔王—―ガイアスにも何度かそういう存在が現れた事がある。それは言葉だけの、人の世を混乱に陥れた単なる独裁者を示した言葉であったりする事が多い。しかしこの言葉にもう一つの意味が存在する。絶大的な力を持ち人々を恐怖に陥れる存在、ただの言葉では無く本当の魔王と呼ばれる存在だ。ガイアスの人々が知る本当の意味での魔王は今までに三人存在した。
まずガイアスの創生の伝承に出てくる双子神の片割れ。光の神と闇の神と呼ばれる存在、闇の神が一人目の魔王と呼ばれる存在であった。
そして約千年前に突如として現れた存在。創生に誕生した魔王に比べれば規模が小さいものの、その存在はガイアス全土を恐怖に陥れたという。
三人目の魔王は約六百年前に人類と激しい戦いを繰り広げた夜歩者の頂点に君臨していた者であった。前二つに比べさらに規模は小さいがそれでも人類を恐怖に陥れたことに変わり無く、今の人々にとっては、言葉はおかしいかもしれないが一番身近で恐怖を感じ取れる魔王であった。
今のガイアスの人々にとって一番出現した年代が近い夜歩者以外はすでにおとぎ話や伝承などの話として語り継がれるだけで実際に存在していたのかも不確かな存在となっていた。しかし伝説の盾であるキングにとっては、その全ての魔王が真実であった。
だがこの時キングはその事を全く疑問に思っていなかった。なぜ自分がガイアスの創生の時に出現した魔王の事を知っているのかを。
それはまるでそれがあたかも常識であり、疑う事すらおかしいと誰かに意識を捻じ曲げられているようでもあった。だが今のキングにはその自覚すら無い。
「……あの人が……あの人が魔王だって言うの!」
ブリザラは円卓を叩くと声を荒げるように傍らに置かれたキングに叫んだ。
『……テイチの言葉が真実ならば……それが事実だ……』
ブリザラにとってはあまりにも酷な言葉。それをキングは冷静に伝えた。
「そんな……そんなのってないよ……何で……何でアキさんがそんな存在になるの!」
『……』
それは『闇』の力の所為だとキングが言うのは簡単だった。が、その答えをブリザラは待っていないと分かっているキングは、ブリザラの言葉に黙り込んだ。
多少素行が悪い所はあったが、魔王という存在からはかけ離れた人物だとキングも思っていた。アキから発せられる『闇』の力は黒竜の影響もあり日ごとに増してはいたが、それだけだ。ただ力が増大したからと言って魔王という存在になれる訳では無い。そこには様々な要因が絡んでくるからだ。
そうした要因がアキにあったのかそれは本人に聞いてみなければ分からないことではあったが、はた目から見て魔王になりうる要因がアキにあったとはキングには到底思えなかったのだ。
「きっとアキさんは何かに操られて……そうソフィアさん達みたいに……!」
『それは無い……魔王とは唯一無二の存在だ……それはその者が、自分の意思がそうであったから存在し得るもので、他人の介入どうこうでなるものでも無い……』
「じゃ! ……アキさんは魔王なろうって……なりたいと思ったて事!」
今までずっと堪えてきた涙が噴き出すが如くブリザラの目からは涙が零れ落ちる。
「そんなのありえない……ありえないよ……」
そうありえないのだ。キングもブリザラの言葉に同意見であった。
『小僧……お前に何があったのだ……』
今何処にいるのかも見当がつかないアキにキングは呟くのであった。
― ユウラギ ―
― 絶望だよ ―
まるでキングの呟きを聞いていたかのように、静かに言葉を口にする仮面をかぶった黒ずくめの者。
ウルディネに放った『闇』の攻撃により大穴が開いた場所から月夜の光を通し、暗闇に近かった洞穴に灯りをともしていた。その月明かりを見つめながら以前までアキと呼ばれていた素顔を仮面で隠した魔王は、何かを考えているようであった。
「……死神……」
「死神ここに……」
以前伝説の本ビショップと行動を共にしていた者とは思えぬほどに、一切の感情を感じさせない死神の声が響き、魔王の前に姿を現した。
「……お前は何を考えている?」
「何を……と仰いますと?」
お互いに感情が見られない言葉を交わす魔王と死神。
「……とぼけるな……お前がこの世界の『絶対悪』だということはすでに分かっている……」
「ならば……ご理解いただけるでしょう……私はこの世界を滅ぼす存在です……」
静かに告げられる真実。だが真実を告げたほうにも告げられたほうにもそこに感情は無く、ただ淡々と話が続く。
「俺の役目はお前の力が増幅する事を押える事にある……」
「はい……ガイアス創生から魔王という存在は、自我や意思を持つ生命全から憎しみを全身に受けることで、『絶対悪』である私の力を押えるという役目があります……しかも今回は、二人目や三人目と違い、創生の時代、最初の魔王が背負った役目同等の規模です……心して世界自由の自我や意思を持った生命から悪意や憎しみなどを受けてください……そうしなければ容赦なく私の力は世界を滅ぼしにかかります」
死神の正体、それは自我や意思を持つ生命から湧き出る悪意や憎しみ憎悪といった感情の集合体、『絶対悪』と呼ばれる存在であった。
本来ならば自我や意思を持った生命一つ一つが己の中でその負の感情を完結させるか己に漂わせたまま死を迎える事によって浄化されるものである。
しかしガイアスという世界を作り出した何かは優しすぎた。自我や意思を持った者が出来る限り負の感情を抱えないようにと『絶対悪』というものを何かは作り出したのだ。それによってガイアスの人々は負の感情を過剰に抱える事の無い仕組みが生まれた。それによってガイアスという世界は異常なほど優しい世界となった。
とある雪と氷の大陸の一国の王が単身でなんの保証も無い旅に出るという事に国民全員が納得した事、とある島国の王が人類の宿敵である存在であったとしても、それを受け入れようとする感情を持った国民が多い事も、全ては『絶対悪』という存在がそこに渦巻く負の感情を吸い上げていたからであった。
しかし中にはその負の感情が吸い上げられる事なくその者の中に漂い続ける場合もある。その者達はガイアスという世界の理を外れている者。
それは愛憎の末自分の兄を世界ごと消滅させようとする者であったり、それは『闇』の力で世界を染めようとした者であったり、自分の種族こそが世界の頂点に立つ存在だと信じた者であったり、異世界からやってきた者であったり、伝説の防具を所有しながら己の身に『闇』の力を纏う者であったりと様々だ。ガイアスで生きている自我や意思を持った生命達はそれを直観でこう呼ぶのだ、魔王と。
「あなたはこの世界の理から見放された存在、この世界を作った何かから愛を与えられない存在、そんなあなたのような存在の理由、それは私、『絶対悪』に力を与えない事」
負の感情によって増大していく『絶対悪』の成長を止める存在、それが魔王の役割であった。自我や意思を持つ全ての生命達が魔王に負の感情を向けることによって対悪の成長を妨げる事ができる。いわば魔王とは『絶対悪』を止めるための生贄であった。
「あなたはこれから世界中の負の感情を一身に受けることによって『絶対悪』である私の成長を妨害しなければならない」
まるでそれを願っているような言い方をする死神。
「ご武運を祈っていますよ……魔王」
そう言い残し死神は魔王の前から姿を消した。
「絶望だよ……」
ユウラギに生息していた魔物の骨によって作られた王座の肘置きに肘をつきながら、魔王は深くため息をつくのであった。
― 小さな島国 ヒトクイ ガウルド ―
四日目の朝を迎えた頃、ガウルドに最も近い裏道を走り抜けた伝説の武器の所有者であるスプリングと簡易型伝説の武具の所有者であるソフィアはガウルドの町にたどり着いていた。
「ナイトありがとう助かったよ」
『役に立てれば幸いですソフィア様』
そう言うと全身防具を纏っていたソフィアの体は光に包まれ、元の姿に戻った。
「えっ……!」
『なっ!……』
そんなソフィアの姿を驚いた表情で見つめるスプリングと驚いた声をあげる伝説の武器であるポーン。
「うん? ……どうしたの二人とも?」
そんなスプリングの顔とポーンの声にキョトンとするソフィア。
「あ、いやあの……今誰と話してました?」
なぜか敬語になるスプリング。
「誰って嫌だな……ナイトだよナイト」
『ナイトとはどなたですか?』
スプリングの言葉が移ったのか、ポーンまでソフィアに敬語になっていた。
「な、何よ……二人とも何か気持ち悪いんだけど」
「気持ち悪いのはこっちだ! お前今何と喋ってた!」
「何ってだからナイトと……」
そう言って自分の手に纏った手甲を見せるソフィアの表情が硬直する。
「あれ? ……もしかして私紹介してなかったナイトの事?」
「全くなっ! なんで急にその手甲が喋りだしてるんだよ!」
『そ、そうだ……本来簡易型は意思を持たないはず……なのに』
『黙れ愚民共! ソフィア様に馴れ馴れしいぞ!』
やっと会話が出来たかと思えば、ソフィアの腕に纏われた手甲から高圧的な声が響き渡る。
『な、愚民だと!』
『ソフィア様を困らせる輩を愚民と言って何が悪い!』
そう言いきるソフィアの手に纏われた手甲。
『お前は何者だ!』
高圧的なソフィアの手甲の態度に引っ張られるようにポーンが強い口調で何者か尋ねた。
『私ですか? ……私はソフィア様によって作り出された存在、ソフィア様を女神と称える者、ソフィア様を守るためのナイト、ソフィア様を……ソフィア様を……はぁはぁはぁ……』
「おい、途中からおかしな事になってきてるぞ?」
『黙れ愚民その一! お前がソフィア様のナイトなどと私は認めない、私こそがソフィア様のナイトに相応しい、私がソフィア様のナイト、ナイトだ!』
「おーい、結局お前の名前は何なんだよ」
「も、もうナイト変なこと言わないでよ!」
顔を真っ赤にするソフィアは自分の手に纏った手甲、簡易型伝説の武具ナイトをブンブンと振り回した。
『ああ、今私はソフィア様に振り回されている! なんと甘美だ!』
「……」
『……』
きっとポーンにも顔があればスプリングと同じ表情をしているだろう二人のジトっとした視線がソフィアとナイトに向けられた。
「変態でいいな」
『ああ主殿に同感だ』
二人の中でソフィアの手に纏われた簡易型伝説の武具ナイトの名は変態で統一された。
「で、結局その簡易型っていうのがなぜ意思を持ったんだ? ソフィア?」
「私にもよくわからないんだけど……真光のダンジョンに籠っている時に、最初はたどたどしく声が聞こえてきて……」
話によれば最初聞こえてきた声はたどたどしく、何を言っているのか理解できなかった
ソフィアは気の所為だと気にしなかった。すると次第にその声は大きくなり、真光のダンジョンを出る頃には会話が出来るほどになっていたのだという。
「てっきり二人とも知っていたけど無視しているんだと思ってたんだけど、そのまま今の今まで紹介をするの忘れてたわ」
「あ……うん……それ結構大事な話だからすぐにしようね」
苦笑いを浮かべるスプリング。
『全くだ……普通武具が喋りだせば驚くだろう』
「お前がそれを言うなよ」
スプリングは頭をホジホジとかきながら困った表情になる。
『兎に角だ、これからは私が居るお前ら愚民共は金輪際ソフィア様に近づくな、これは絶対命令だ!』
『ふん、何が絶対命令だ、新参者の若僧にはまず年長者との口の利き方を教えなければならないようだな』
ピリピリとした気配を醸しだすポーンは所有者の意思に関係なく戦闘態勢に入る。
『ふん、年寄りの戯言だな、私は新たな伝説の武具だ、愚民その二とは性能が違うのだよ』
こちらも所有者の意思とは関係なく戦闘態勢に入るナイト。
「お、おい」
「ちょ、ちよっと」
引っ張られるように距離が近づいていくスプリングとソフィア。
「か、顔が……」
「ち、近い!」
『ムムムッ!』
『ヌヌヌッ!』
スプリングとソフィアの顔が触れるという寸前、ソフィアは顔を真っ赤に染め、ゆっくりと目を閉じた。その顔に一瞬心臓の鼓動が大きく響くスプリング。しかしすぐに顔を右左に振った。
「この~! いい加減にしろこの馬鹿武具達が!」
スプリングはまず自分の腰に差されたポーンを拳で殴ると、その後ソフィアの手に纏われたナイトを弾いた。
「い、痛い~!」
弾かれた両腕の痛みを素直に声に出すソフィア。
「こ、こんな事をしている場合じゃないだろ、俺達は今からガウルド城に向かうんだろ!」
「『……』」
スプリングの言葉で我に返ったように黙り込むソフィアとポーン。
『何故私が愚民の言葉を聞かなければならない!』
一人ナイトだけが目的を理解しておらず叫ぶのであった。
「はあ……もういい……とりあえず町に入ろう」
『うむ』
「あ、あははは……なんかごめん」
ソフィアは申し訳なさそうにスプリングとポーンに苦笑いを浮かべながら謝った。
『な、なぜソフィア様が謝るのですか! こんな愚民共に頭を下げ……』
「うるさい!」
ソフィアの怒鳴り声がガウルドの町に続く門の前に響き渡るのであった。
ガイアスの世界
魔王の真実
魔王とは、人々の平和を脅かしその力で世界を恐怖に陥れる存在。ガイアスの人々にはそう認識されている。
しかし事実は世界の消滅を防ぐための存在であった。魔王が持つ役割は、自我や意思を持つ生命が持つ負の感情を全て一手に受け入れる事。それは自我や意思を持つ生命が全て魔王を敵だと認識させ、討伐させることにあった。それがガイアスを消滅の運命から解放するたった一つの手段であった。




