兎に角真面目で章 2 王
ガイアスの世界
ヒラキ王の現右腕 ムスバム
ムスバム=ロローグル
ムスバムは元々ヒラキがヒトクイ統一を始めた時のまだヒラキ軍に所属していた一兵であった。ヒラキがヒトクイを統一してからも地道に仕事をこなし、当時のガウルド城の門番などの仕事をしていた。夜な夜な遊びに出掛けるヒラキを何度か見かけた事があり、注意もした事があるという間柄であった。
その事をレーニも知っており、ムスバムの地味ではあるが、しっかりとした仕事に自分がヒラキに成り代わってからムスバムを自分の右腕として置くようになった。
当時異例の出世を遂げたムスバムは周囲から驚かれたが、ヒラキ王の目に狂いは無かったと言わせるほどの実直な仕事をみせ、周囲をすぐに納得させることになった。
兎に角真面目で章 2 王
闇の力渦巻く世界、ガイアス
安心感を抱く太陽の光を見ることは出来ず、終止陰気で、ジメジメとした場所。小さな島国ヒトクイの城下町ガウルドにもそんな場所がある。今は主を失ったガウルド城の地下、八カ月前の騒動で町の人々が避難した場所とはまた別の所に作られたその場所は、一切自然の光の入らない監獄であった。
ポツンポツンと等間隔に置かれた蝋燭が照らしだす長い石畳の廊下、その両側には頑強な鉄格子が張り巡らされた牢屋があった。しかし中には人の気配はせず、周囲の石畳をみても相当な年数が経っている事が伺える。
そんな石畳の廊下を真っ直ぐ歩く男、ヒトクイの王の現在の右腕であるスムバムの姿があった。その後ろには護衛なのか、聖騎士であり、世界に生き残っているのは僅かと言われている聖狼であるインベルラ=ジュライダーの姿があった。
「……あの……ムスバム様……私は今もまだ王が夜歩者であった事を信じられません」
両手を胸に当てながら悲痛な表情で自分の前を歩くムスバムに自分の想いをぶつける。
「それは、私も同じだ……しかし事実、王……レーニという夜歩者は自分がそれであると口にし、姿も変えてみせた……あれは紛れも無く夜歩者の特徴であろう……」
ムスバムもまたインベルラに見られないようにして表情を曇らせる。
「しかし! ならばなぜ王は我々を王直下である聖撃隊を作られたのですか?」
インベルラは王直属部隊、聖撃隊の隊長を務めている。聖撃隊とは『闇』の力を持つ魔物や種族に対して特化した『聖』の力を持つ戦闘職、聖騎士やハイプリーストなどで構成された部隊であり、特に未だ人類と敵対している夜歩者を狩る存在であった。
それだけに直接部隊の設立に関わったヒラキ王が、夜歩者である事をインベルラは信じられないでいた。
「その事も含めて、今から……会いにいくのだろう」
ムスバムはあくまで冷静にインベルラの問に答える。しかし内心ではムスバムも混乱していた。
レーニが国中に自分が夜歩者であるという事を話してから三日の間、国中の混乱に対処するべくムスバムはどんな事にでも対処ができるように準備をした。
夜歩者と言えば人類にとって悪の象徴であり宿敵でもあったが、穏健派の存在もあってか、今は少しそのイメージは和らいでいる。
だが一国の王が人では無かったという事実は国民に大きな衝撃を与えそこから暴徒なり内乱が起こってもおかしくは無いと踏んでいたムスバムであったが、蓋を開けてみれば暴徒化する国民は僅かだけで、内乱など起こる事も無く、『闇』を屠る事を勅命とされている聖撃隊の隊長であるインベルラさえ、この始末であり肩透かしを食らった感は否めなく、ムスバムはその事で混乱していた。
いや、とムスバムは心の中で自分の混乱を正確に分析する。本当は国民が暴徒化や内乱を起こさなかった事や聖撃隊の隊長インベルラが全く使い者にならないから混乱している訳では無い。
ムスバムは自分の中にある本当の感情を見つめる。
(これは戸惑いだ……他の国の王よりも純粋に実直に国を愛し繁栄を望んでいた王、国のために今の今まで一身に働いてきた王の姿は誰もが知っている……この数十年、この国が繁栄してきたのは紛れも無く、王であると偽っていた夜歩者の力だったのだ……)
一番近くでその働きを見てきたムスバムは国民と同じく、いやそれ以上に王が王で無かった事に戸惑い混乱していたのである。
しかしムスバムは国を守る者の一人として一個人の感情で動くわけにも行かない、そのためにもとムスバムは牢屋の続く石畳の廊下を急ぐのであった。
そこは他の牢屋以上に頑強に作られ、そして『闇』を閉じ込めるための結界が張り巡らされた場所。その場所はムスバムが王の右腕になる前に作られた闇の牢獄であり、ムスバム事体も王が王では無いと知った三日前まで存在を知らなかった場所である。
夜歩者を牢屋に連れていこうとした兵達の話によれば、夜歩者自らその場に進んで入って行き、どうすれば閉じ込められるのか丁寧に兵達に教えたという。
ムスバムは兵からその話を聞いた時、まるでこうなる事を予測していたようだと思っていた。
「夜歩者……レーニとか言ったか……話がしたい……」
ムスバムが視線を向ける先、そこには『光』の力で作られた鎖によって拘束された夜歩者の姿があった。
夜歩者にはその目を見た者を惑わすという瞳術があり、その目も『光』を帯びた鎖によって覆われていた。
「これは……」
ムスバムの後ろにいたインベルラは周囲を見渡し完璧な『聖』の術が施された牢屋に驚きの声を上げた。
「その声は……ムスバムさんとインベルラさんですね……」
自分達が知る王の面影が微塵も無い女性の声と姿にムスバムとインベルラは王はやはり夜歩者であったのだという事実を突きつけられたような気持ちになった。
「……王……王なのですよね……これは何かの間違いで……そう他の国の陰謀か何かなのですよね……そうだとおっしゃってください王!」
しかしインベルラはその事実を受け入れられないのか、それがまやかしであると目の前の夜歩者に叫ぶ。しかしレーニは顔を横に振った。
「いえ……これは事実……私はこの国の王では無く、夜歩者です」
その声は優しく、インベルラが今まで戦ったどの夜歩者にも当てはまらない。しかしレーニの言葉はインベルラの心を貫いていく。
「あ、ああ……」
嗚咽を上げながらインベルラは膝から崩れ落ち、放心する。
「……レーニとやら……今から聞きたい事がある……嘘偽りなく話してくれるか?」
放心状態となったインベルラの体を壁にもたれかけさせるとムスバムは話を切り出した。
その口調は紳士的でありどこか姿形は違えども自分が仕えてきた王の事を配慮したものとなっていた。
「……はい……私の分かる事ならば……」
レーニもそんなムスバムの疑問に答えるべく素直に顔を縦に振った。
そこからレーニは、伝説の武具の所有者達に話した事を全て自分の分かる範囲でムスバムに話した。
「信じるか信じないかは……お任せします……ですが私は先代のヒラキ王の意思を継ぎ今までヒトクイの王を務めてきました……決してそこに邪な感情はありません……」
「……それはあなたの隣で、一番近くで見てきた私にはわかります……あなたは決して国の不利益になるような事は一つもしなかった……」
レーニの言葉が真実であると判断するムスバム。
「ありがとう……」
レーニが口にした礼の言葉が胸に刺さるムスバム。それは声の質が違うものの、紛れも無くヒラキ王と同じ言い回しであったからだ。その事がさらに目の前の存在が王では無いという事を証明し、重々しい何かがムスバムの肩に圧し掛かる。
「……しかしなぜこんな時に自分の正体を晒したのですか? ……何より晒さずこのまま隠し通すという選択肢もあったのではないですか?」
ムスバムは夜歩者としてでは無く、自分が尊敬するヒトクイの王として目の前の拘束された者に疑問をぶつける。
「……それは私にとってのケジメがついたからです……ギンドレッドに大きく膨れ上がった闇王国を消滅させ、そしてその親玉であった闇歩者との決着がついたから……」
「スビア……でしたかな……?」
世界でたった一人の闇歩者である者の名を口にするムスバム。
「はい、八カ月前のあの騒動に、スビアも関係していました……スビアは先程話したように私や先代のヒラキ王にとって因縁のある者……それを打ち滅ぼす事が出来た時点で私の中で役目は終わったと思っているのです……」
「……なるほど……しかしそれは無責任な話ですな、残される我々はどうなります? この国はあなたの力の上に成り立っているようなものなのですぞ……あなたは我々を騙した罪を背負ってでもこの国の繁栄を担わなければならないのではないですか?」
冷静であったムスバムの言葉に熱がこもる。
「全くその通りだと思います……しかし……今はいいでしょう、でもこれから数十年たったらどうなりますか? いくら年月が過ぎようとも老けない王……それは最初、小さな物だとしても時が過ぎるとともに疑問や疑いに変わって行く……そして大きな混乱を招く事にならないでしょうか?」
「人類にも稀に不老に近い体質を持って生まれてくる者もいます、それは問題にならないのでは?」
「いえ……人類、人とは得体の知れない者に恐怖を感じる者です……それはムスバムさん……あなたも私をみて感じたと思います……時が流れ蓄積された疑問や疑いはかならず大きな混乱を招くことになる……だからこそ、私は今が引き時だと感じたのです……ふふ、やはり歳をとらない王は気持ち悪いでしょ」
茶化すようにして言葉を切るレーニは頬を緩めた。それがこの話の結末だという事を理解するムスバム。
「……決心は揺るがないのですね……」
そこで一旦言葉を切り目を閉じるムスバム。
「では明後日……お前の処刑を執り行う……しかし……」
完全にムスバムは国を守る立場である者として目の前のレーニに言葉を告げ、再び言葉を切った。
「……残念ながら我々にお前を処刑する力が無い……夜歩者と言えば、不老不死に近いと聞く……今の我々にお前程の者を滅せる『聖』の力を持った者は存在しない」
これは一個人としてのムスバムの最後の抵抗であった。この難問をどう目の前の夜歩者がどう対処するのかムスバムの最後の意地悪といってもよかった。
「……それは聖撃隊の隊長……インベルラならば可能です……」
自分の名前が突然呼ばれた事で放心していたインベルラの意識が覚醒する。
「え、ええ?」
放心しながらもレーニとムスバムの会話は聞こえていたインベルラは分かりやすく動揺を現した。
「わ、私には……できません……姿形が違うとしても……私にとってあなたは……あなたは……」
「聖撃隊の教え、私との約束に背くというのですか?」
「うっ……」
レーニの言葉に動揺していた心が一瞬にして凍りつくインベルラ。それは聖撃隊にとって鉄の掟。『闇』の力を持つ悪しき者には容赦をするな。特にインベルラはヒラキ王にその事を強く教え込まれたものであった。そしてなぜ自分にだけ強くその教えを伝えたのか理由を理解するインベルラ。
「先程も言ったが、我々にお前を滅せる力は無い……それは聖撃隊も含めての話だ……たとえ『聖』の力が隊一であるインベルラであってもそれは変わらない」
ムスバムはインベルラの本当の力を知らない。だからこそレーニの言葉を否定する。しかしその否定を否定するようにレーニは首を振った。
「ムスバム様……私は目の前にいる夜歩者を滅せるだけの力を持っています」
インベルラがポロポロと涙を流しながらムスバムに自分には夜歩者を滅せる力があると告白する。
「なに?」
嗚咽するインベルラに視線を向けるムスバム。
「わ、私は……夜歩者を滅せる力を持つ聖狼の力を持っています……」
「な、何だと!」
インベルラが聖狼であった事に驚愕するムスバム。
「……なるほど……くぅ……あなたは自分を殺させるために聖撃隊を……自分を慕っているインベルラを育てていたのですか!」
『闇』の力を持った魔物や種族から国を守るという名目で設立された聖撃隊、しかし本当の理由はレーニが自分を殺させるために作ったものだという事、それ以上にヒラキ王を慕っていたインベルラにとって自身の手で王を殺すという耐えがたい事をさせるということに気付いたムスバムは怒りを現した。
「……否定はしません……」
ムスバムの言葉に頷くレーニ。
「……インベルラさん……この国のために私を殺してください……」
「あなた非道だ! ……そう思うならば自分で命を絶てばいいだろう!」
「私は自分の命を自分で絶つことが出来ません、それは夜歩者の能力の一つです、ですがそもそも自分の命を絶つことができたとしても、ヒトクイの国民達は納得しないでしょう」
レーニは自分の命を自分で絶つことが出来ない理由を語った。
「……インベルラさん……私はあなたにもっと冷たく接するべきでした……そうすれば……あなたは私を恨み悩む必要はなかったのかもしれません……」
レーニはインベルラに犯してしまった罪ともいえるものに対して頭を下げた。
「いいえ……」
しかしインベルラはレーニの言葉に顔を横に振った。
「聖狼である私は、幼少の時から化物扱いされていました……石を投げられ、罵声を浴びせられ……命を狙われることなんて毎日でした、そんな自分が大嫌いでもありました……でもあなたが私に手を差し伸べてくれたお蔭で、私は自分の生きる意味とこの力を使う目的を与えてもらったのです……だからそんな悲しい事言をないでください」
インベルラは涙を堪えながら自分を育ててくれたヒラキ王、レーニに自分の心の内を吐露する。
「……ありがとう……」
その言葉にレーニに心には何とも言えない騒めきが起こった。
「でも! 私はあなたを殺す事はできません!」
「えっ?」
インベルラの言葉に聞き返すレーニ。
「私は聖狼です、『闇』の力を人一倍感じる事ができます、ですがあなたが夜歩者と分かった今でも、私はあなたから『闇』の力を感じないからです、『闇』の力を感じないということはあなたは『闇』の者では無い! ならば私はあなたを殺す理由が無いからです」
それはこの場ではインベルラにしか分からない感覚であり、屁理屈と言っていい言い分であった。
「だから私はあなたをヒラキ王を殺すことはできません!」
さらに自身満々に言い放つインベルラ。その言葉に初めてレーニは狼狽えた。それは単なるインベルラの屁理屈なだけでは無かったからだ。レーニは自分の中で起こっている変化に気付き始めていた。
「ははは、インベルラの言い分は当たっているぜ、なんせもうあんたは闇歩者では無くなり始めているからな……てかそもそもやっぱり勝手すぎるよな……勝手に自分の正体晒して、勝手に王という立場から退いて、そんで自分を殺せ……何より、俺との約束も破るつもりか、あんたは?」
「何者だ!」
突然の見知らぬ男の声に警戒心を露わに腰に刺さった剣を抜くムスバム。そんなムスバムの行動に一切動揺することなく牢獄の闇から姿を現す背中に特大剣を担ぐ巨漢の男。
「お、お前はガイルズ!」
インベルラは突然姿を現した同族であるガイルズに驚きの声を上げた。
「……この声はあの時の……」
レーニは八カ月前に哀れな姿に成り果てたスビアと戦っていた聖狼を頭の中で思いだしていた。
「インベルラ……こいつは何者だ?」
一人だけ蚊帳の外な状態であるムスバムが驚いているインベルラに目の前の男が何者なのか聞いた。
「あ、はい、この者は私と同じく聖狼の力を持つ者です」
「何!」
再び聖狼という言葉に驚くムスバム。
「まあ、そういう事」
軽くそう言うとガイルズはズカズカとレーニの牢獄に歩みを進める。
「待てガイルズ、ヒラキ王が夜歩者では無くなり始めているというのはどういうことだ?」
「ああ、その話はまた今度な」
ガイルズはインベルラの質問をはぐらかし、レーニの前で歩みを止めた。
「ま、待て私からも質問がある、どうやって城に入った?」
「大丈夫だよ、あんたらの兵隊さん達には指一本触れてないから」
「ムスバム様、この者がいっている事は多分本当です」
「多分じゃないよ、絶対だ」
なんとも突然の来訪者、いや乱入者に鼻息をたてるムスバムはインベルラの言葉を信じ、少してこずりながら手に持った剣を鞘に納めた。
「さて、王様……お話がある」
レーニの目の前にドカリと座り込むガイルズ。
「あんたの望みは俺が叶えてやる、この出来そこないの聖狼に代って俺があんたを殺してやるよ」
「で、出来そこないだと!」
そう言って指をインベルラに差すガイルズ。ムスバムが冷静になったかと思えば今度はインベルラがガイルズの言葉によって冷静を失う。
「お、落ち着け!」
激昂するインベルラを押えるムスバム。
「すいません……あなたとの約束を忘れていました……」
「そりゃ酷い話だな……俺はあんたとやれる事を楽しみにしていたんだぜ……でもまあとりあえず、こいつの役目を俺が代ればお互いの願いが叶うから……それで問題ないだろう?」
インベルラに視線を向けながら、レーニに話かけるガイルズ。
「お前に王は殺させないぞ!」
どや顔のガイルズに向かって王は殺させないと言い放つガイルズ。
「じゃお前、殺せるのかこいつを」
「う、むぐぐぐ……」
言葉に詰まるインベルラ。
「できない事は出来る奴にまかせればいいんだよ……後悔はさせないぜ」
場の空気など全く読まないガイルズは今自分がいる場所が監獄である事を忘れ、にこやかな笑顔をその場の者達に振りまいた。
「分かりました……私を殺す役目あなたに託しましょう……ガイルズ殿」
「おう頼まれたぜ!」
二ヒヒと口元を緩めるガイルズ。
「王!」
インベルラが何か言おうとしてそれをとめに入るムスバム。
「あの者の言う通りだ……出来ない事は出来る者に任せるんだ……」
ムスバムの言葉に自分の口から出そうになった言葉を飲み込むインベルラは、その時くやしさとも安堵とも言える複雑の表情を浮かべていた。
ニタニタと笑い続けるガイルズを見つめながらムスバムは何かを考えているようであった。
― 氷と雪に覆われた大陸フルード サイデリー王国 氷の宮殿 円卓の間 ―
普段ならばサイデリー王国の王を中心として王に仕える者達が座り、国の事について話し合われる円卓の間。王の座る席の後ろには歴代のサイデリー王の肖像画が掛けられていた。
しかしこの日その場にはサイデリーの王を中心としてフルード大陸にある他の国の王達がその席に腰を下ろしていた。
「にわかに信じがたい話だな……サイデリーの王よ」
サイデリー王、ブリザラの目の前に態度悪く座る王が口を開いた。サイデリーとは隣国に当たる国、ビリヤットの王、ビリヤット二世は目の前に座る美しくはあるが国を治めるにはいささか若いサイデリーの王ブリザラを下品な笑いを浮かべ舐め切った態度で見つめていた。
そんなビリヤット二世のとりまきのようにして横に座る他国の王達も、ビリヤット同様ブリザラを舐め切った顔で見つめていた。そんなビリヤット二世達から離れた席に、みるからに野心を宿したようなギラギラとした目つきでサイデリーの王を見つめる、フルード大陸の中で一番小さな国の王が座っていた。
「まだ調査段階ではありますが、これは確実なものだと思われ、各王にはこの対処をして頂きたいと思っております」
ブリザラは自分が各国の王が何を考えているのか理解しながら、すでに茶番となりかけているその場で必至に各国の王にフルード大陸に危機が迫っている事を告げた。
三日前冒険者達によってもたらされたフルードに迫る脅威にいち早く動いたのはサイデリー王国の王ブリザラであった。ブリザラはサイデリーの隣国の五つの国に緊急会議の書状を出したのだ。
それによって集まったサイデリーを囲むようにして隣接する五国の王達。
「しかし、何処の馬の骨とも分からない冒険者達の戯言だろう、ユウラギの魔物達がムウラガに侵攻したからといって、次にフルードに来るとは限らんよ」
ニタニタと下品な笑いを浮かべながらビリヤットはブリザラの言葉を否定する。
「ですが! ……」
自分の発言が受け入れられないことに、苦虫を噛みしめた表情になるブリザラ。
「全く……そんな戯言に付き合わされる私の身になってもらいたいものだ……私はこの場にいるどの王の国よりも小さな王……一秒とて時間は無駄に出来ないのだから……」
そんな中野心むき出しの王ハイベルマンがビリヤット二世の言葉に乗っかるようにして口を挟んできた。
「……」
黙り込むブリザラ。
「そもそもあなたは王としてまだ幼い、そんな王の戯言を我々が聞けるはずもないだろう……少し歴史のある国だからといって調子に乗っては困るな」
黙り込むブリザラを面白く思ったのか、ハイベルマンはペラペラとブリザラを糾弾しはじめた。その光景を冷ややかな目で見つめる隣国の王達。
「ふん! ……言うようになったな小童……見事な饒舌だ……だったらば、その饒舌な口で……違法魔道具の事も我々にペラペと喋ってくれまいか?」
ビリヤットの言葉によって一瞬にしてブリザラ達のいる円卓の間の雰囲気が変わる。
「な、何!」
先程まで下品な笑みを浮かべていた表情は無くそこには誰もが王である事に納得する、そんな表情のビリヤット二世の姿があった。その横でビリヤット二世と共にヘラヘラとしていた他の王達も凛々しい表情を浮かべハイベルマンを見つめている。
「な、何の事だかさっぱり分からんな」
明らかに場の空気がガラリと変わった事を感じるハイベルマンは、額に汗をかきながらビリヤット二世の言葉にとぼけた。
「他にも色々疑いのある事はあるぞ、先代の王殺しに他国の技術を盗んだ疑い、他国の国民の強制連行という名の誘拐、そして違法魔道具の製造と販売……ああ、足に水虫が、というのもあったな……言いだせば尽きないほどの違法行為の疑いがお前にかけられているな……ハイベルマン王……いや魔術師カヌマヌス!」
「なっ!」
ビリヤット二世の言葉に驚きの声を上げるハイベルマン。
「お前の悪事は全て我々がつきとめた、観念しろこの悪徳魔術師が!」
ビリヤットを中心として、横にいた王達は腰に下げた剣を抜くとハイベルマンに剣を向けた。
「は、ははは……王が一同に集まって、サイデリーの王をいびり倒すというからこれは色々とチャンスだと思えば……私をはめる餌だったとはな……」
先程よりも威圧的な態度で本音を言い放つハイデルマン事、魔術師ハヌマヌス。
「あなたをはめる餌ではありません、フルードに危機が迫っている事は事実です」
この場が自分を捕らえるための餌であるという魔術師ハヌマヌスの言葉を訂正するブリザラ。
「ふん……そんな事はどうでもいい……後少しでお前達を亡き者にし、私の独裁国家が誕生するはずであったのに……私の存在がばれてしまったのならしょうが無い……ここを業火で焼き、ヘボッ!」
「グダグタ五月蠅い……」
ハイベルマンが何か言い終わる前にビリヤット二世をぶん殴り地べたへと叩きつけた。
「こいつを捕らえろ、まがりなりにも名の知れた魔術師だ、厳重に注意しろ!」
「ハッ!」
ビリヤットがそう言うとどこからともなくビリヤットの兵が現れ、ハヌマヌスをどこかへと連れ去っていった。
「はぁ……」
ため息をつくブリザラ。その姿をみてビリヤットを含めた他の王達は膝をつき頭を下げた。
「奴をおびき出す為とはいえ、サイデリー王に無礼を働いた事、真に申し訳ありません」
ビリヤットは他の王達を代表してブリザラに自分達の行いについて詫びを入れた。
フルード大陸に危機が迫っていると言う事を隣国の王に伝えた時、ビリヤットから一つの相談を持ち掛けられたブリザラはビリヤットの言葉に顔を横に振った。
それは数年前にフルードで一番の小国であった国の王が崩御し、新たな王ハイデルマンが即位した事から始まった。ハイデルマンは一年あまりという僅かな時間で小国に莫大な利益をもたらしていた。
しかしその利益を生み出したやり方があまりにも謎であり、そして怪しいと思った各国の王は密かに調査を開始した。そして莫大な利益を生み出した要因の一つが違法魔道具の製作と秘密裡による販売であった事が分かったのである。
違法魔道具の調査の中でハイデルマンの正体が、一時期巷を騒がしていた違法魔道具を作り出す魔導士ハヌマヌスである事が判明し違法魔道具で得た利益を使いフルード大陸をハヌマヌスが乗っ取ろうとしているという事まで分かったのだった。
ハヌマヌスの野望に気付いたビリヤットは、警戒心が強く中々表舞台に姿を出さないハヌマヌスをおびき出すため、フルード大陸に危機が迫った事によってひらかれることになったブリザラ主催の緊急会議をブリザラの了承を得て利用したのである。サイデリー王はまだ若く、何も出来ない王だという密書をハイデルマンに贈りつけて。
そこまでの計画をブリザラの緊急会議の申し出から僅か三日という期間で成したビリヤットの采配は見事と言うべきか、まんまとその密書に騙されたハヌマヌスは、サイデリー王国に姿を現すこととなった。
ハヌマヌスの敗因はブリザラとビリヤット達の関係を知る事無く、この緊急会議に顔を出した事と言える。
「いえいえ、そんな……前々から国の民達を苦しめていたハイデルマンをおびき出すために必要だった事です、皆さん頭を上げてください」
その言葉にビリヤットを含めた四人の王達は安堵の表情を浮かべる。
ビリヤットを含めたフルード大陸にある他国は国という形をとっているものの、下をたどればその全部がサイデリーの血筋に行き当たり、その事実、フルード大陸にある国は全部サイデリー王国といっていいものであった。その血は色濃く残り先代の忘れ形見である現在のサイデリーの王ブリザラに対してもその忠義は健在であった。
「その言葉、感謝致します……しばらく会わない内に先代や王妃に似てこられましたなブリザラ様」
他の王を代表してブリザラに感謝の言葉を口にするビリヤットは凛々しい表情をほころばせ笑いながらブリザラの背にある壁にかけられた先代のサイデリー王の肖像画を見つめた。
「ありがとう、その言葉とても嬉しいです」
緊張の糸が解けるようにブリザラもまた笑顔をビリヤット達に向ける。
「……さて、では用事も終わりましたので、本題に入りましょう」
「はい」
柔らかな雰囲気に包まれていた円卓に一瞬にして張りつめた緊張が戻るのであった。
「では沿岸部分に剣兵盾士合同部隊を固め、ユウラギの魔物達に対応するということで」
「先代に比べ劣った部分が多数ありますが、これからよろしくお願いします」
数十分の作戦会議が行われた後、ムウラガから一番近いフルードの沿岸に各国の合同部隊を結集、侵攻してくるであろうユウラギの魔物達を迎撃するという話で落ち着いた。
「我ら剣の四国は、守りを司るサイデリー王国を守るのが使命、ブリザラ様の期待に答えてみせます」
本来ならば五国であるサイデリーの剣は、ハイデルマンによって一つ欠けた状態ではあるがその忠義をブリザラに現す四国の剣王達。
「皆さん感謝します……それであの一つお願いがあるのですが……」
「んっ? 何でしょう?」
ブリザラは自分が背負っている大盾を前に出した。その大盾に首を傾げる剣王達。
「私も最前線で戦いたいのです」
「「えっ!」」
ブリザラの言葉に四国の剣王達の驚きの声が漏れた。
「キングご挨拶を」
『ああ……各国の剣王達よ、私はこのガイアスで伝説の盾と呼ばれているキングというものだ』
「「なっ!」」
突然喋り出した大盾に更に驚きの声を上げるビリヤット以外の剣王達。ビリヤットも驚きの表情を浮かべていたが、それは他の剣王達とは違う物であった。
「ブリザラ様、まさか伝説の盾の所有者になられたのですか」
「はい」
コクリとビリヤットの言葉に頷くブリザラ。
「そうでしたか……戸惑いはありますが、ならばブリザラ様に最前線に出向いてもらいましょう」
ビリヤットの言葉に明らかな動揺を見せる剣王達。
「大丈夫だ、伝説の盾を持ったブリザラ様がいれば、我々の勝利は確定したものだ」
ビリヤットは勝利を確信した表情で他の剣王達に声をかける。
『あまり我々の力を過信してもらっても困るのだがな……』
伝説の盾キングはブリザラに聞こえる程度の声で少し自信無く呟いた。
「それでも、私達がやらなければ駄目なの……そうしないときっと悪い方向に世界が向かっていくから……」
ほんのりと赤みがかったその瞳でブリザラはキングにそう呟くのであった。
ガイアスの世界
サイデリー王国の周囲を守る剣の五国。
サイデリー王国は守りを司る国であるが、実はサイデリーの隣国である五国は剣を司る国であり、それは外敵からサイデリーを守るという使命を帯びている。
元々サイデリーと同じ国であった五国は、国民が増えるにあたり、周辺に町を作り始めた。それが剣の五国の始まりであり、サイデリーをぐるりと囲う形になった事から、サイデリーを守護する剣である国になっていった。
この事実は各国の王とその近親者にしか知られておらず、有事以外の時は、対等な同盟国としてその使命を隠している。
従いその事実を王を殺し即位した魔導士ハヌマヌスが知らないのも当然のことである。




