兎に角真面目で章 1 動き出す脅威
ガイアスの世界
ガイアスにある小さな島国ヒトクイの城下町ガウルドで伝説の本の所有者達によって引き起こされた騒動は、伝説の防具の所有者であったアキによって阻止される。しかしその代償は……
物語はガウルドの騒動から八カ月後から始まるのであった。
兎に角真面目で章 1 動き出す脅威
闇の力渦巻く世界、ガイアス
八カ月前、ガイアスにある小さな島国で起こった殆どの者が知らない世界の命運をかけた戦い。その戦いは大きな被害を出しつつも島国の王の迅速な判断と、奇跡的な状況によって死者は一人も出なかった。これによって小さな島国の存続、否、世界の存続は守られたように思われたが、この騒動が引き金となりガイアスにとって新たな脅威が芽生え花開き、その種子はガイアス全土へと拡散することとなった。
最初に異変が起こったのは、ガイアスの大陸の中でも謎多き大陸と呼ばれるユウラギであった。太陽の日差しを殆ど遮る黒い雲。隆起した山々。底が見えない谷。巨大で強大な力を持った魔物達。何もかもが他の大陸とは段違いであるユウラギは、人の侵入を完全に拒んでいた。
人が足を踏み入れるにはユウラギは厳しく、故に殆ど全容が分かっていない大陸であった。ただ知られているのは、他の大陸に生存している魔物達よりも強い力を持った魔物が生息しているという事だけだった。全く情報の無い大陸。誰もが立ち入る事を拒み、そして拒まれる大陸に何が起こったとしてもそれに気付く者はいない。故にユウラギに起こった異変に気付く者は誰一人としていなかった。
ユウラギから湧き出るようにして蠢く大きな黒い影は、太陽の日差しを覆う雲よりも黒くそして歪であった。まるでそれが一つの意思を持つように蠢くその影は、ユウラギに生息している魔物達であった。 自分達の故郷から旅立つようにしてユウラギを後にする魔物達。翼を持つ魔物は空から、翼を持たない魔物は海から真っ直ぐにまるで目的地を目指すように海を渡っていく。その目的地は他の大陸であった。
まずユウラギから移動を開始した魔物達はユウラギの次に過酷だと言われている大陸ムウラガに上陸した。安定した気候と壮大な自然は、強力な魔物を生み出すムウラガは、ユウラギ程では無いが、冒険者にとっては恐れる大陸であった。
しかしそんな事はユウラギの魔物達にとっては関係が無いとでも言うようにユウラギの魔物達が押し寄せるようにしてムウラガに上陸すると、その強力な力によってムウラガの魔物達を蹂躙し始めたのであった。
魔物と魔物による本能による争いをただ見つめる事しか出来ないムウラガに住む人々。過去の大罪を償うため、ムウラガという大地に幽閉されたムウラガの人々。今はその大罪がなんであったのか、そもそも自分達が大罪を背負っている事すら知る者も少ない人々は、世界から忘れ去られた存在であった。
先祖が背負った大罪を償う人々の他に、ムウラガ大陸には自分達の腕を上げるため、珍しい素材やお宝を手に入れるため他の大陸からやってきた冒険者達が数十組いた。しかしその冒険者達も、ユウラギとムウラガの魔物達の生存を賭けた戦いを見つめている事しかできない。少なくともその場にいた冒険者達に、その戦いをどうこうできる力を持った者はいなかった。冒険者達はその光景を見つめ口にする、まるで地獄だ、と。
強力な力を持つ魔物達が生息しているはずのムウラガは、ユウラギの魔物達によって僅か数日でその生態系に変化が生じる事態に発展していった。
ムウラガに滞在していた冒険者達はその光景を目の当たりにして、それが緊急事態であると判断した。今はムウラガに留まっているユウラギであったが、その足は確実に人々が繁栄している大陸に足を伸ばしてくるとその場にいた冒険者達は感じたからだ。事を認識するとすぐさま冒険者達は自分達が見た光景を他の大陸に伝えるべくムウラガから脱出、故郷の大陸に帰るとすぐさまムウラガで起こった状況を関係各所に伝えたのだった。
― 小さな島国 ヒトクイ 城下町ガウルド ―
八カ月前に起こった伝説の本の所有者による世界消失はギリギリの所で阻止されたが、その傷跡は八カ月という期間で癒えるものではなかった。町の各所は、『闇』の力によって放たれた波動により、場所によっては壊滅とは言わないまでも町に大きな傷跡を残す事になった。しかし幸いにも死者は出ておらずヒトクイの王の迅速の指示と大きな奇跡によるものだと言われている。しかし多くの人々はガウルドに起こった奇跡がある者達によって最小限に抑えられていたという事を知らない。
戦いの中心となった元ガウルド墓地、その下に存在した巨大な洞窟、地下街ギンドレッド。すでに墓地も地下街ギンドレットもその場からは消失し、ただの巨大な大穴と成り果てたその場所から、戦いによって生じる力が外に漏れださないよう大穴を覆う大きな結界を張り被害を最小限に抑えた他国の王の存在がいた事を。
自分よりも本当に称えられねばならない者がいるはずなのに、そんな事が脳裏を過りつつガウルド城のテラスから復興作業が続く城下町見つめるヒトクイの王。
この日ヒトクイの王は、ヒトクイ全土に、ある発表をするため城のテラスから姿を現していた。
ガウルドを、ヒトクイを守った王の発表と言う事でガウルドの人々は一体どんな発表が王の口から発せられるのか期待を胸に、城のテラスをみる事が出来る町の中心の広場に集まっていた。王の発表を生でみる事が出来ない地方の者達は各地に派遣された国専属の魔導士の光景魔法によって各地に中継することによって、全く時差がない状態でガウルドの王の姿を見られるようになっていた。
「この場に集まってくれた事、感謝している……皆から貴重な時間を貰い私ヒラキ王はある発表、いや告白をしようと思う」
重々しく始まるヒトクイの王、ヒラキ王の言葉に町の者、中継を見つめる者は固唾を飲んだ。
「まず私はヒトクイの全国民に謝らなければならない事がある……」
ヒラキ王の言葉に騒めき始める人々。驚いているのは町の人々だけでは無く、城の者達も全く予定に無い事を喋り出したヒラキ王に大騒ぎになっていた。
「……私は……国民全員を騙していました……」
ヒラキ王の口調が変わり、とれと同時にヒラキ王の姿も変化していく。
「「……!」」
ヒラキ王の姿をしていた者の姿に誰しもが声を失っていた。そこには長く伸びた黒い髪をなびかせ、人の物とは思えないほどの美しさを持った女性が立っていたからだ。
「私の本当の名は、レーニ=スネッグ……夜歩者です」
晒される真実は人々に衝撃を与える。男であったはずのヒラキ王が突如として女性に姿を変え、しかもレーニと名乗った女の口からは未だ人の心に恐怖を残す存在、数百年前まで人類を苦しめた夜歩者という種族名が飛び出したからであった。
「……」
自分に向けての視線の色が戸惑いや不安、恐怖に変わる事をレーニは感じ取っていた。中には殺気も混じっているようにも感じる。しかしそれは仕方の無い事でありレーニは町の人々の視線を一身に受け入れる。
「先代のヒラキ王から王の立場を引き継いだ時から、ずっと夜歩者である私がこの国の王という存在であっていいのかとずっと悩んでいました……しかし私は皆さんの国に対する愛とヒラキ王という存在に甘え……ズルズルと今日まで偽りの王として皆さんを騙してきました……本当に申し訳ありません」
深々と頭を下げるレーニ。人々は黙りレーニの次の言葉を待っているようであった。
「これが償いになるとは思えませんが、私は今日をもって王という立場から退く事を決めました……そして王を偽った者として己の首を差し出す事も……」
レーニは償いとして王から退き、そして自分の命を差し出す事をヒトクイの人々に宣言したのであった。
「ヒッヒラキ王……」
城内に入ったレーニに言いよどみながら声をかける大臣の一人。
「皆さんにも今まで黙っていて申し訳ありません」
レーニは少し悲しそうな表情をしながら、今まで自分の下で我儘に付き合ってくれた者達を一瞥する。
「さあ、私を捕らえてください……」
レーニは自分が無抵抗である事を示すように両手を上げその場に座り込んだ。
「……この者を捕らえろ……」
大臣の一人は重く口を開くと、近くにいた兵にレーニを捕らえるように命令する。
「……ハッ!」
兵士もまた戸惑いながらも大臣の命令を受け入れ、レーニの腕を掴むとその場を後にしていった。
「……大臣……」
「むッ……まさかこんな事になるとは……」
現ヒラキ王、レーニの右腕であったスムバムは去って行くレーニの後ろ姿を見つめながら今も信じられない気持ちで一杯であった。
国民の事を第一に考えていた王が偽物であったという事実は、ムスバムを始め、ヒトクイ中の人々に衝撃を与えた。皆テラスから去ったヒラキ王ではなくレーニという女性の後ろ姿を見つめていた。
ヒトクイの若い者達はヒラキ王の事を知略に長けた王と言うだろう。八カ月前の騒動でもヒラキ王は城の地下に作られた避難所に町の者達を素早く非難させることで、最小現の被害にとどめ、死者を出すこともなかった。それだけでは無く、ヒトクイで起こった問題にはすぐに取り掛かり、皆が想ってもいなかった解決方法を見出して見せたりもした。そんな姿を見ながら育ってきたヒトクイの若者達にはヒラキ王が知略に長けた王と写っても何らおかしくは無い。
しかしスムバムのようなヒトクイ統一を目の当たりにしてきた世代にとっては知略に長けた王ではなく戦場を無敗で駆け巡る勝利を呼び込む戦王というイメージの方が強かった。戦場に出れば、人とは思えない力で目の前に迫りくる敵をバタバタと倒し道を切り開いていく。ムスバム達にとってはそれがヒラキ王であった。
戦乱の世にあったヒトクイを統一し、奇跡とも言える事を何度も成し遂げてきたヒラキ王を若い頃のスムバムは、一人の名も無き兵士として見つめていた。
ヒトクイ統一から数年後、当時の右腕であったインセントがヒラキ王の下から去り、次期右腕の候補としてスムバムを使命した時、スムバムは驚きを隠せなかった。なぜ自分がヒラキ王の右腕に、私よりも優秀な者は沢山いるというのにとスムバムはヒラキ王の判断を拒否しようとした。しかしヒラキ王は優しく微笑み「頼む」と一言スムバムに告げたのだった。
過激派による反乱の前まで、夜な夜な町に繰り出して朝帰りをしていたヒラキ王を、当時門番をしていたスムバムは何度か城から抜け出すヒラキ王を目撃し、城に戻るよう何度も注意したのだが、ヒラキ王は満面の笑みを浮かべながらにムスバムを口止めし、風のように夜のガウルドへと姿を消していった。しかし夜遊び好きだったヒラキ王は過激派による反乱の後、それがパタリと止んだのだ。
その変化に当時はやっと王としての自覚を持たれたのかと嬉しく思いつつも少し寂しいと思ったスムバムは、今にして思えばその頃からヒラキ王に少し変化が起こった事に気付いた。過激派による反乱の時にヒラキ王とレーニと自分の本当の名を口にした夜歩者に何かがあったと考えるムスバム。
「……そう言えば……ヒラキ王の側近であった若い女が、あの反乱の後から姿を見せなくなってたな……」
ヒラキ王の周囲でバラライカやインセントと共に一緒にいた名も知らない女性。あの頃反乱後ということもあり城内中が混乱しており、人一人居なくなった事すらも分からなかったが、もしかするとあの若い女がとムスバムは自分の記憶を辿りヒラキ王達のそばにいた若い女の顔を思いだそうとするが、古い記憶故にその者の顔が思いだせなかった。
「……聞けば分かるか……ちょっと用事を頼まれてくれるか」
ムスバムは自分の横に立っていた兵士数名に声をかけた。
「城にある資料室に行き、夜歩者の事について調べてくれ」
「はい!」
ムスバムの近くにいた兵士達はムスバムの指示を受けるとすぐにその場から走り出し、城の中にある資料室へと向かった。
「さて、私は……」
ムスバムはそう言うと監獄へと続く廊下を見据えるのであった。
― 小さな島国 ヒトクイ ガウルド 地方の村 ―
大きくも小さくも無い名も無き村で、男は村人と一緒に広場で国専属の魔導士が作り出す映像を見つめていた。そこに映し出されていたのはヒトクイの城下町、ガウルド城の光景、そして城のテラスに立つ女性の姿であった。
「……レーニさん……」
映し出された女性の名を口にする男。それは男とその場にいた仲間とレーニの間だけに交された秘密であった。今日この日までは。
映像として映し出されるレーニを見つめる男の名は、伝説の武器の所有者スプリング=イライヤ。八カ月前にガウルドで起こった騒動の渦中にいた一人であった。
「……」
黙り込むスプリング。周囲は王の突然の発言に驚き、人の国の王が人ならざる者、夜歩者であった事への恐怖を感じていた。
不安や恐怖、中には怒りの声も混じる広場でスプリングは鋭い眼光で魔術師が作り出す映像を見つめながら口を開く。
「ポーン……今からガウルドへ向かうぞ」
『ああ、主殿』
腰に差している鞘に収まった剣に、スプリングはそれが普通であるように語り掛ける。するとその剣はスプリングの言葉に答えてみせた。ポーンと呼ばれた自我を持つ剣、それは伝説の剣と呼ばれるものであった。
スプリングの表情はレーニの最後の言葉を聞き焦りに染まっていた。
「……死んでは駄目だ……レーニさん」
歯を食いしばりスプリングは大騒ぎとなっている広場の人波を掻き分け、名も無き村を後にするのであった。
― 氷と雪に包まれた大陸 フルード サイデリー王国 ―
一面が銀世界、視界はどこもかしこも真っ白で右も左も分からないという状況、猛吹雪の中、一人の盾士は慣れた足どりでサイデリー王国の町の門を潜った。
「緊急伝令です!」
息を切らし体に積もった雪を払いのけながら盾士は、自分の上司である盾士に緊急である事を伝えた。
「分かった、すぐに宮殿に迎え」
部下の盾士が慌てている様子をみて上司である盾士は、緊急伝令の内容を聞く事をせず、氷の宮殿へと直通で続く道を開ける。
「はい」
大きな門が開くと盾士は上司の盾士に敬礼をし、踵を返すと再び視界の悪い銀世界へと走り出すのであった。
「王……王!」
宮殿に渋い声が響き渡る。その声に宮殿内の者達は、毎日恒例のガリデウスと王のかくれんぼが始まったと、微笑ましく笑っていた。
「王っ! どこですか王!」
しかし王を探すガリデウスの声は何時もよりも必至で何か焦りのあるような声であった。
そんなガリデウスの声が響く中、薄暗い宝物庫の中で一人の少女が俯き膝を抱えていた。
『王よ……ガリデウス殿が呼んでいるぞ』
少女の目の前に置かれた大盾が俯き膝を抱える少女に声をかける。しかし少女は反応しない。
『王よ……』
「うん……分かっているキング」
優しく声をかけられ少女は頷き弱々しく返事をした。少女の名はブリザラ=デイル、フルード大陸にあるサイデリー王国の王であり、伝説の盾の所有者である。そしてブリザラを王と呼ぶ大盾こそ自我を持つ伝説の盾キングであった。
ブリザラにはガリデウスの声が聞こえていた。そのガリデウスの声が焦り、緊急事態を告げている事も。ブリザラは力なく立ち上がるとキングを背負い薄暗い宝物庫を後にした。
「どうしたのガリデウス」
宝物庫にいた時とは一変して、キリッとした表情で自分を探しているガリデウスに声をかけるブリザラ。
「ああ、そこにおられましたか王……偵察に出ていた伝令から悪い情報が二つ入りました」
「……悪い話?」
一瞬表情が強張るブリザラであったが、それを悟られまいと僅かな変化を無表情に隠しこんだ。
「まだ情報が不確かではありますがユウラギ大陸の魔物がムウラガ大陸に上陸したという話が入ってきました……偶然その場にいた冒険者からの話で、僅か数日でムウラガ大陸の生態系が変化したという話です……」
「ムウラガ大陸が……ムウラガに住む人々の安否は?」
ブリザラの問に首を横に振るガリデウス。
「分かっておりません」
「……」
流石に暗い顔になるブリザラ。ムウラガ大陸には今、苦楽を共にした仲間の一人がいたからだ。その者が無事であるのか心配になるブリザラ。
『大丈夫だ王、あの者達ならきっと生き延びている』
ブリザラの心が不安に染まっている事を感じたキングは、小さな声で心配ないとブリザラに声をかけた。
「う、うん……」
だがブリザラが心配に思っていた事はそれだけでは無かった。
八カ月前ヒトクイからサイデリー王国へと帰ったブリザラは、帰って早々ある計画をガリデウス達に持ちかけていた。それはムウラガ大陸に住む者達をサイデリー王国へ移住させるという計画であった。
勿論それは強制的な物では無く、ムウラガ大陸に住む人々の意思を尊重するものであり、細かい計画と、ムウラガ大陸の人々との数度にわたる交流によって計画されたものであった。
ムウラガ出身である仲間やムウラガに足を踏み入れた事のある仲間からムウラガの事情は聴いており、何か自分にできる事は無いかとずっと考えていたブリザラはサイデリーに帰ってから何かを振り切るように徹底的にムウラガについて調べ始めたのであった。ブリザラの努力のかいもあってムウラガ大陸の人々は、サイデリーの提案を快く受け入れ、移住が後数週間と迫ったという時期であった。
「……我国の兵達と冒険者の変則パーティーを組み、ムウラガ大陸への調査派遣、よろしいですか?
サイデリー王国の王に意見を聞くガリデウス。
「はい……そうしてください」
ブリザラはガリデウスの提案に首を縦に振った。
「それと……これもまだ不確定なものなのですが、その場にいた冒険者の話によると……ユウラギの魔物達はムウラガ大陸から移動を開始するのではという話です」
「移動……どういう事?」
「冒険者達が目撃したユウラギの魔物の数体が、海を渡ろうとしていたと……そしてその行く先はフルード大陸のようなのです」
「……っ!」
言葉にならないブリザラ。しかしすぐにブリザラは頭を切り替えた。
「……隣国へその情報を流し、すぐに連合会議の準備を」
「……あ、ハッ!」
ブリザラが旅に出てから何があったのかガリデウスは詳しくは知らない。だが数カ月の間でここまで人とは成長するのかと一瞬ブリザラの表情に驚いていた。
ヒトクイから帰って来て早々ブリザラがガリデウス達にムウラガ大陸の人々を移住させるという計画を提案してきた時、ガリデウスや周囲の者達は驚いた。旅に出る前のブリザラは自分が王という自覚が全く無かったとガリデウスは思っていた。しかし旅から帰ってきたブリザラは見違えるように王としての職務に積極的に参加するようになっていたのだ。
ムウラガに対しての思いも本当のようで、あれほど嫌っていた勉強も率先するようになり、今ではサイデリーでムウラガを研究している学者達と難しい話までできるようになっていた。
旅から帰ってきたブリザラに驚かされてばかりであるガリデウスではあったが、今回のブリザラの指示にその表情はまさしく王の顔だと、もうじゃじゃ馬の少女では無いのだとガリデウスは非常事態だというのにブリザラの成長に喜びを感じていた。
しかしガリデウスは知らないブリザラが心に深い傷を負い、それを忘れるために気丈に振る舞い、自分がやらねばならない王としての職務に無理矢理没頭していると言う事を。それを知っているのはブリザラが肌身離さず持っている伝説の盾キングだけであった。
ヒトクイでの戦いを終えたブリザラは深い悲しみを抱えキングと共にサイデリーへ帰ってきた。しかし出迎えたガリデウス達には悲しみを押し殺し笑顔を向けるブリザラ。その姿にキングはブリザラの心を察した。ガリデウス達には心配をかけたくない。そんなブリザラの気持ちに答えるように、キングもガリデウス達に特に何も話す事はしなかった。
しかしそれでよかったのかとも思うキング。アキの死を受け入れる事が出来ないブリザラは皆の目を盗んでは宝物庫に籠り悲しみに明け暮れた。だが一度ガリデウスや他の者から声が掛かれば、ブリザラは頬を叩き悲しみに明け暮れる少女からサイデリーの王の姿へと変え皆の前に姿を現すという生活をすでに八カ月続けてきた。
正直今のブリザラは無理をしすぎており、いつ限界を迎えてもいい状態であるとキングは考えていた。無理をするなとブリザラに声をかけたりしたのだが、ブリザラは大丈夫と弱々しく答えキングに痛々しい笑顔を向けた。ブリザラのその笑顔がキングにはここから先に入ってくるなと線を引かれているようで、キングは何も言えなくなってしまっていた。
「……それでもう一つの悪い事とは……」
ブリザラはもう一つ残っている悪い話をガリデウスに聞いた。
「……先日我が国と同盟関係になった……ヒトクイの……ヒラキ王についてです」
歯切れの悪い言い方で話始めるガリデウス。ヒトクイでヒラキ王と交流を深めたブリザラはサイデリーに帰ってからすぐに、戦いによって被害を受けたヒトクイのガウルドへサイデリーの兵士を送り込み復興作業に力を貸していた。
それがきっかけの一つとなり、ヒトクイとサイデリーの間で同盟という話が持ち上がり、その話は実現することになった。それが約三カ月前のことである。
互いの特産品の独占貿易や、両国が得意としている技術を教え合う技術貿易も始まったばかりという状況であった。
「ヒラキ王がどうかしたのですか!」
ブリザラは心配するようにガリデウスにヒラキ王に何が起こったのか聞いた。
「ヒラキ王が偽りの王だという事が判明しました……これは本人の口からの証言であり確実なものです……その正体は夜歩者であったようで、近日中に処刑されるということです……正直私も信じられません」
ガリデウスもこの話には驚きを隠せないようであった。
ガリデウスは旅に出る前まで頼りなかったブリザラに変わり、国を纏め隣国の曲者達と政治の駆け引きをしてきた一人であり、ブリザラが旅に出ている間もサイデリーを守ってきた一人である。そんなガリデウスは人を見る目には自信があった。
そのガリデウスが同盟の調印式でヒラキ王と対面した時、その立ち振る舞いや言動に不審な点は無かった。それ以上にヒラキ王の自国に対する姿勢は尊敬に値するものだとガリデウスは思っていた。
「これは……もしかすると何かの陰謀が絡んでいるのでは……」
自分が持つ人を見る目を信じたいという気持ちと、直に目の当たりにしたヒラキ王という存在が偽物であるはずがないという認めたくない気持ちが、ガリデウスの言葉に現れる。しかしその声が届いていないというようにブリザラは茫然としていた。
「そんな……レーニさんが死刑になるなんて……」
心辺りの無い人名がブリザラの口から漏れ、困惑するガリデウス。
ガリデウスが言う何かの陰謀なのではという考えが違う事をブリザラは知っていた。ブリザラヒラキ王の正体が何者であるのかすでに知っていたからだ。ブリザラはこの事態をどうにか出来ないかと必至に思考する。しかしブリザラの力ではこれはどうにもならないという答えしか浮かばない。
「……」
一国の王だというのに、伝説の盾の所有者だというのに、自分は無力なのだと言われているような気持ちになるブリザラはその場に無言で俯くことしかできない。
フルード大陸に確実に迫りくる脅威、そしてヒトクイの王が偽りの王であったという状況がブリザラの心身をゆっくりとまるで蛇のように締めあげていくのであった。
「……そろそろか……」
ヒトクイの王は独り言を呟くと、城の中へと戻っていく。その背中には
一番被害が大きかったのは、ガウルドにある共同墓地。しかしその実態はならず者達が住む地下街ギンドレットであった。
あとがき
という訳で、第五章が始まりました。よろしくお願いします、明けましておめでとうございます! 山田二郎です。
突然ですが毎回難儀になってくるのは前書きと後書きに書くガイアスの世界。これが中々悩み所で、新しい登場人物や設定が出てきた場合はいいのですが、何も無い場合はこれだけで結構時間を費やしたりします。
正直始めた頃はこれはいい考えだと思ったのですが、今では自分の首を絞める要因の一つになっていた理します……やめたいな(苦笑)
なので来年からは全くない場合は正直に無いと書きたいと思います……できるだけ書くようにしますが……。(もしくはいつの間にか付け加えてるかもしれません)
されと一話から話を修正しはじめていた訳ですが、それも頑張っていこうと思うので、もし良かったら、再び一話から読んでみてください(設定とか話とかが少し変更されていたりされていなかったり)
という訳で言い訳ばかりの後書きでした。
2017年1月1日 某五人全員が片思いのアニメBlu-rayBOXを観ながら 山田二郎




