真面目に集うで章 34 思いを力へ 魔王の素質
ガイアスの世界
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クルウゲル一族 その2
クルウゲル一族の驚異的な力はある時期まで様々な国で利用されていた。しかし利用していた国々は時が経つごとにクルウゲル一族の驚異的な力を驚異に感じるようになっていく。
もし何かのはずみで、クルウゲル一族がその驚異的な力で自分達に刃を向けてきたらと考えたのである。
特にクルウゲル一族を驚異だと感じていたのは小国であり、クルウゲル一族に対して怯えすら感じていた。
そしてとある小国は行動に移すことになる。やられる前にやる。とある小国は自分達の国が滅ぼされる前に、クルウゲル一族を滅ぼしてしまえばいいと考えたのである。とある小国は数々の隣国と協力関係を結び数でクルウゲル一族が住んでいる村へと火を放ち奇襲をかけたのである。
さすがのクルウゲル一族も何千何万という数の連合部隊には勝てず、一日でクルウゲル一族は滅びたと言われている。しかしその犠牲も大きく約半分の兵達がその場で亡くなったと言われている。
事が事だけにクルウゲル一族を滅ぼしたという情報は滅ぼした小国の手によって隠蔽されたため、あくまで今までの話は憶測や噂の域を出ない。
しかしある時期を境にクルウゲル一族を戦場で見かけなくなったのは事実である。
ちなみに戦場に出るようになってから一切一族の下に帰る事のなかったインセントは、一族がどうなったかを知らない。
クルウゲル一族の姿を見なくなって約百年が経過しており、もはやクルウゲル一族という存在を知る者は少ない。
真面目に集うで章 34 思いを力へ 魔王の素質
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
「ソフィアさん!」
ギンドレット跡地から少し外れた、ガウルドの町の中で、伝説の盾の所有者ブリザラの声が響く。その声とともに真紅の全身防具を纏ったソフィアはバックステップする。するとソフィアが下いた場所にブリザラが飛び出し、ソフィアに向かってきた攻撃を完全に防いでみせた。
「ありがとう! ブリザラ!」
ブリザラの影に潜んでいたソフィアはそこから弓矢のように飛び出し、自分達に対して攻撃をしかけてきた者に向け手に持った剣で切り上げた。
「グフゥ!」
「ハルデリアさん!」
ソフィアの攻撃が直撃したハルデリアは足元をふらつかせながら、一歩二歩と後退する。
「ちょっとブリザラ、どっちの味方よ!」
自分の攻撃によって、ハルデリアが傷を負ったことに悲鳴を上げるブリザラに困惑するソフィア。
「あ、すいません……」
『ソフィア……すまないができるだけハルデリアを傷つけないで行動不能にしてくれないか』
「傷つけないで行動不能って難易度高いわね……なんでよ?」
ブリザラに変わって、ソフィアにブリザラとハルデリアの関係を簡単に説明する伝説の盾キング。
「……ああ、やり難い……あの男がブリザラの国の人なんて……でもみんなも私とやり難い戦いをしていたんだね……分かった、頑張ってみる!」
そういうと再び勢いよく飛び出していくソフィア。
「本当にありがとう!」
ハルデリアに向かって行くソフィアの背中に感謝の言葉を伝えながらブリザラもその後を追う。
『王よソフィアの後を追おうとしている所申し訳ないが……そろそろ結界の維持が難しい』
「えっ! ……どうしよう……ソフィアさんに無茶な要求をした後なのに……」
ギンドレット跡地に張られた結界の維持の時間が残り少ないことにブリザラはどうしたらいいのか考える。
『王よ、ここはソフィアに任せよう……』
「でも……」
『大丈夫だ、あの真紅の全身防具を纏ったソフィアならやってくれるはずだ』
キングには確信があった。ソフィアが纏っている真紅の全身防具は、キング達伝説の武具と同じ月石で作られた物であるならば、思いを強さに変えるという特殊な性質をソフィアが纏う真紅の全身防具持っているはずであった。それを引き出せれば、ソフィアの力は跳ね上がり、操られているハルデリアを止めることも簡単であるとキングは思っていた。しかしキングには一つ不可解な事があった。
それはビショップの事についてであった。伝説の本であるビショップも当然、月石の性質は理解しているはずだ。しかし性質を理解しているはずのビショップは、操ったソフィアやハルデリアに月石を渡していた。
操られているという事は、『思いを力に変える』という性質を無駄にしているということになり、キングはそんな無駄な事をするビショップの考えが理解できなかった。そこでキングは思考する。
考えられるのは、月石その物の性能が基本的に高いため、『思いを力に変える』という性質を利用する必要が無いということだ。しかしそもそも希少である月石をビショップがそんな無駄な使い方をするだろうかとキングは思いついた理由の一つを切り捨てる。
他に考えられる事は、月石を持つ者に安易に力をつけられ、自分達に戦いを挑んでくる事を事前に防ぐたために、ソフィアやハルデリアを操り制御した。
しかしこの考えもキングは切り捨てる。あのビショップならば、操るという行為をしなくても、絶対的な知識と人の心を手に取るように操る話術だけでどうとでもなると考えたからだ。そうすれば操る事無く月石の力を引き出し戦わせる事も可能なはずであると自分なりの分析を織り交ぜながらキングは思考する。
キングはソフィアとハルデリアの攻防を眺めながら、ビショップが何をしようとしているのか思考を巡らせるが、結局納得のいく結論にはたどりつけないでいた。
― 案外……自分に課した制約とか考えて居そうだな ―
キングは結局自分が一番理解できない結論にたどりついた。ビショップの行動原理や考えている事が昔仲間であった頃から変わらないのであれば、ビショップは今ガウルドに巻き起こっている騒動を遊びだと考えているはずで、自分は絶対的な力を持っていると理解しているビショップは、初めから本気をだせば、すぐに勝敗がつき面白くないと考えたのではないだろうかと、キングは到底理解できないビショップが考えにたどりつく。
― 理解できんがこれが一番しっくりくる結論だ ―
昔も今も変わらずキングは、ビショップの独得な思考を分析することはできても、感情で理解することが出来なかった。
それはビショップと決別することになった創造主の殺害で明白なものとなる。キングはあの時の事を繰り返し考えるが、未だになぜビショップが創造主を殺害したのか理解できない。だがすでにキングはビショップの思考を感情で理解しようとは思わず、その必要も無いと考えていた。
『準備はいいか王よ』
どうでも良い事まで考えてしまったと思いながらキングはブリザラに声をかける。
「う、うん」
『それでは、結界の制御を王へと渡すぞ』
ブリザラが頷くとキングからギンドレッド跡地を覆う結界の制御が、ブリザラに渡されていく。
『ソフィア! 戦いながら聞いてくれ!』
完全に結界の制御をブリザラに渡し終えたキングは、ハルデリアと攻防を続けているソフィアに、声をかけた。その言葉通り戦いを続けながらソフィアはキングの声に耳を向ける。
『今王はギンドレッド跡地を覆う結界の制御で動けない、一人でハルデリアと戦ってほしい、頼むぞ!』
「た、頼むぞって何よそれ!」
ハルデリアから繰り出された攻撃をかわしながら、キングの言葉に文句を漏らすソフィア。だがその目はすでに一人で戦う事を覚悟しているようで、ハルデリアが再び放った攻撃を自分の持った剣で弾く、距離を詰める。
「……だそうだから、私と相手してね!」
防御も攻撃も取れない間合いに入り込んだソフィアは、そのまま勢いの乗った蹴りをハルデリアの腹部ににねじ込む。
「ゴフゥ」
蹴られたことにより息を吐き出しながら、くの字に折れ曲がるハルデリアの体。
「よしっ!」
うまく蹴りが入ったことに声を上げるソフィア。
ソフィアは元々盗賊であり主に使っていた武器は、ナイフであったが盗賊であった頃に、攻撃や逃げる時の選択肢を広げるために、ある程度の体術も身に着けていた。その動きは体術を使う戦闘職には劣るはずなのだが月石が使われている真紅の全身防具を纏ったソフィアの蹴りは、並の体術を扱う戦闘職に引けをとらないそれ以上の威力になっていたのである。
「ぐぅ……」
全身防具越しだというのに、ソフィアの強烈な蹴りが入り、苦悶の表情を浮かべながら、息を吐き出すハルデリア。体勢が崩れ、顔が下に落ちた所をソフィアは見逃さなかった。
ハルデリアを傷つけられないというブリザラやキングとの約束の中、ソフィアが選んだのは左手に出現させた真紅の盾でハルデリアを殴打することであった。
「ガハッ!」
くしくも二人の盾士の前でソフィアは、盾打を放っていた。本来盾士であるはずだが、今はその影も形も無いハルデリアの顔面に盾打が当たりその威力でハルデリアの体はのけ反った。
「凄い!」
盾士でもあるブリザラは、綺麗に決まったソフィアの盾打に驚きの声を上げる。
「いける!」
ソフィアは攻撃の隙を与えまいと、吹き飛ぶハルデリアを追いかけるように地面を蹴りハルデリアを追走する。
吹っ飛ぶハルデリアを追いかけながらソフィアは、自分は強くなったと手応えを感じていた。強敵と相対した時、何も出来ずスプリングやガイルズの背の後ろにいたソフィアは力を求めていた。あの二人と肩を並べられる力をと。その力が今自分にはあると喜ぶように、ソフィアの中では興奮と、何とも言えない体の疼きを感じ始めていた。
その疼きは火照りとなり、ソフィアの体に這いずりまわる。ソフィアは走る事で感じられる風の冷たさで、辛うじてその火照りを押えているといった状況であった。
兎に角今は動きたい、この疼きを、火照りを己の力で発散させたい。ソフィアは己の力を発散させるように、吹き飛んでいるハルデリアの裏に回ると、盾を構えもう一度盾打を放つ。
それは先程よりも鋭く、そして重い一撃。その一撃は吹き飛び何も抵抗がとれないハルデリアの背中に当たり、弾かれるように今までとは逆の方へとハルデリアは吹き飛ばされていく。
「まだまだ!」
吹き飛んだ事を確認すると、ソフィアは再びハルデリアの後を追うように走り出す。その目は吹き飛んで行くハルデリアだけを見ており、今はそれ以外に何も考えていないような目をしていた。
『……これは……不味い』
ギンドレッド跡地に展開された結界の維持をしているブリザラの手に持たれていたキングは激しい攻撃を続けるソフィアの姿をみてそう呟いた。
「ど、どうしたの?」
結界の維持に集中しながらも、ソフィアの動きやキングの声に耳を傾けていたブリザラは、首を傾げた。ブリザラにはソフィアが凄い攻撃の連打をしているようにしか見えなかったからだ。
『そうか……これが奴の狙いか!』
何かに気付いたキングは叫ぶ。
「え、何! どうしたのキング?」
突然叫んだキングに驚いたブリザラは、思わずキングを落としそうになるが、ワタワタとしなが、しっかりとキングを掴んだ。
『……ビショップは、ソフィアを使って心の暴走を引き起こそうとしている』
「心の暴走?」
キングの言葉に再度首を傾げるブリザラ。それもそのはずで、ブリザラは未だに『思いを力に変える』という月石の性質を知らないからだ。
― 確かに思いが強ければそれは力に変わる、だが……強いながらもそれを制御する心もまた必要、所有者の心の暴走を抑えるという目的も我々に備わった使命……だがソフィアには高まった心を押えてくれる者がいない……、何等かのキッカケがあればその思いは天井知らずに高まり、最後には…… ―
月石の危険性、それは使用者の心を止める者が居なければ、上限無く高まり最後には己の強い思いに喰われ自我を無くし、暴走するというものであった。
ただ強くなりたいという願いそれに答えるように月石はソフィアの願いを聞き入れ、際限なく高まっていくソフィアの力。ソフィアはこれが本当の自分の力なのだと誇示するように、そして更なる高みを目指してと月石に本来自分が制御できない力を願ってしまうのだ。
『このままでは不味い、ソフィアを止めなければ……二人とも死ぬぞ!』
月石によって膨れ上がっていく力は、最終的に持ち主の体の限界を超え見境なく暴れ出し、相手と月石の持ち主を食い殺す。それがキングの導きだした答えであった。
そんなキングの答えを証明するかのようにソフィアの戦い方が徐々に変化していく。ハルデリアを傷つけないよう盾打を使い戦っていたはずの盾はソフィアの手にすでに無く、その手には真紅に染まった大槍が握られていた。
「ソフィアさん!」
一目でソフィアがこれから何をしようとしているのか理解したブリザラはソフィアの名を叫ぶ。
「はぁはぁ……」
荒い息を立て苦しむような表情になるソフィア。
己の高まり続ける力に溺れていく自分と、ブリザラやキングと交した約束を守ろうとする自分がせめぎ合うようにソフィアは手に持った大槍を震わせる。
「う、うわあああああああ!」
自分では対処できなくなった欲望と理性を爆発させるようにソフィアはガウルドの上空へと叫び声を上げる。
(私は……何の為に、強くなりたいの……それはただ力があれば叶うの?……)
ソフィアの脳裏に自分の記憶にはない光景が浮かぶ。
そこはガイアスに住む人々とは全く違う恰好をし、見たことも無いものが行き交う世界。その世界でソフィアは一人の男の子と手を繋ぎ笑顔で道を走り抜けていた。男の子の顔はおぼろげでどんな顔かは分からない。
(これは……記憶?)
全く心当たりの無いはずの光景にソフィアは懐かしさと胸の高鳴りを覚える。それはソフィアの失った遠い記憶。ソフィアが本来居るべき世界の光景であった。
― 冬香 ―
男の子が口にする名前にソフィアの心臓は更に高鳴っていく。そして光景の中の冬香は男の子の目を見つめながら恥ずかしそうに再び笑みを浮かべる。
(―――)
無意識のうちに男の子の名を口にするソフィア。冬香と呼ばれた少女の視線の先にはスプリングに似た雰囲気を持つ男の子の少し照れたような笑顔が写っていた。
「私は……」
真紅に染まる大槍を強く握るソフィア。
「ソフィアさん!」
ボロボロになったハルデリアを前にブリザラはソフィアの名を叫ぶことしか出来ない。
「私は……スプリング達と肩を並べ一緒に戦える力が欲しいんだ!」
はっきりとした口調で叫ぶソフィアは持っていた真紅に染まる大槍を投げ捨てる。するとその瞬間真紅に染まった大槍は光となって消えていく。
「はぁはぁ……私は力に溺れない……絶対に……」
ソフィアはそう言い残すと力尽き倒れた。
「ソフィアさん!」
結界を維持しつつも倒れたソフィアに駆け寄るブリザラ。
「ソフィアさん、大丈夫ですか、ソフィアさん!」
倒れたソフィアに必至に声をかけるブリザラ。だがブリザラの心配を他所にソフィアからは寝息が上がる。
『……どうやら心配いらないようだ、過剰な力の波に体力を持っていかれたのだろう』
冷静にソフィアの状態を確認するキングはそれよりと話を続ける。
『こちらの方が重症のようだ』
ブリザラはソフィアの近くで倒れているハルデリアに視線を向ける。
「キング!」
『ああ分かっている』
ブリザラの言わんとしている事を察したキングは盾の形から大きな口へと形を変え、ボロボロになったハルデリアを飲み込む。
『大丈夫だ……どうやら見た目ほど酷くは無い……力に溺れながらもソフィアは我々の約束を守ってくれたようだ』
「そう……」
キングの言葉にホッとするブリザラは一つ息を吐いた。
「ホッとするのはまだ早いですよ……」
それは突然現れた。ブリザラとソフィアの重なった影から闇が突然吹き上げる。
『な、何だ!』
キングは全く気配を感じなかった突然の来訪者に瞬時に盾の形に戻りブリザラを守ろうとした。
「駄目ですよ、戻っちゃ!」
闇から突然伸びた触手は、盾へと戻ろうとする大きな口の形をしたキングの中へと入り込んでいく。
『なっ!』
内部に入られたという嫌悪感とともに何かが抜けていく感覚がキングを戸惑わせる。
闇の触手は何かを大きな口の形をしたキングから引きずり出していった。闇の触手が引きずりだしたもの、それはハルデリアであった。
「そこの小娘はあなた達の下に戻ってしまったようなので、こちらの方は返していただきますよ」
そう言うと闇の触手で巻き上げたハルデリアを抱えるようにして姿を現した闇を纏ったようなローブに身を包んだ者はブリザラとキングから距離をとるようにして飛んだ。
「死神!」
その姿にブリザラはその容姿から連想させる名を口にする。
「はぁ……やっぱりそう呼ばれるのですね……私」
フワフワと浮くようにして飛ぶ死神と呼ばれた者は、首をふりながら深いため息をついた。
『させるか!』
絶対防御を自負するキングのプライドが傷つけられ、さらにハルデリアまで奪われたしまった事に激昂するキングは、盾の形に戻るとすぐに己の体から触手を作り出し死神に向けてその触手を伸ばす。
「おお、怖い怖い……でも怖くありません、なんせ私は死神らしいので」
少しふて腐れるような物言いをしながら、キングが伸ばした触手をヒラヒラと木の葉のようにかわしていく。
『ふざけた事を!』
挑発とも思える死神の言葉にさらに怒りを増すキングは、放った触手は木の葉のように舞う死神を、速度を上げて追っていく。
「落ち着いてキング!」
いつもの冷静さが失われ、立場が逆転してしまうブリザラとキング。
「そうそう落ち着いて……完璧な防御と絶対的な知識を持つ伝説の盾の名が泣きますよ……あ、もう完璧な防御でも絶対的な知識でもないか」
自分に向かって来るキングの触手を嘲笑うかのようにヒラヒラとかわしていく死神。
『ふんっ!』
キングが放った触手は、一瞬にして壁となり死神の四方を取り囲み死神を閉じ込める。
「あら、閉じ込められましたね」
『……私を甘くみるなよ』
怒りを内に秘めドスの聞いた声でキングは、箱の中にいる死神に声をかける。
「そうですね、確かに私はあなたを甘くみていました……しかし、それは今も変わりません……あなたが作り出した箱の中には一切光が入ってこない……この意味が分かりますか?」
閉じ込められているというのに全く焦りを感じさせない死神の声。
『はっ! まさか!』
死神を閉じ込めた壁が崩れ触手に戻る。しかしそこに死神の姿は無かった。
「えっ?」
忽然と姿を消した死神に驚きの声を上げるブリザラ。
「お二人ともいい反応です……私は少しでも暗い場所があればそこを経由して自在に場所移動できるんですよ……だから私を捉える事は不可能なんです」
ペラペラと自分の特徴を自慢するように説明する死神は、ブリザラの背後に姿を現した。
「……」
無動作のまま死神に盾打を放つブリザラ。放たれた盾打は死神の体を吹き飛ばした。
『駄目だ王よ、結界の維持が!』
「……大丈夫」
ギンドレッド跡地に張られた結界に一切の揺らぎは見られない。ブリザラは結界の制御と戦いを両立してみせたのだ。
『なんと……』
キングは驚いていた。しかしブリザラには、相当な負担がかかっているようで息が上がるブリザラ。
「あら、体が……ふふふ、そんなことしてハルデリアさんに当たったらどうするんですか?」
髑髏の仮面だけとなった死神は笑っているように髑髏の仮面カタカタと鳴らす。
「ハルデリアさんは何処?」
瞳が赤く染まるブリザラは、冷静に髑髏の仮面だけとなった死神にハルデリアの居場所を聞いた。
「今の衝撃で……」
「……嘘ですよね、きっと安全な場所にハルデリアさんは居るはずです……どこですか?」
死神の言葉を遮るようにしてブリザラは言葉を重ねる。
「あらら、よっぽど無能な盾よりも頭が回る王様だ……ええ、とびっきり安全な場所にお連れしましたよ……このガイアスに現れた魔王の下に……」
「魔王……?」
死神の口から魔王という言葉を聞いたブリザラは自分の中にある知識を総動員して、今ガイアスで魔王と呼ばれる者がいないか考える。しかし、今のガイアスに魔王と呼ばれる者は存在しないという答えに行きついた。
「今、このガイアスに魔王は存在しません、嘘で私達を混乱させようとしても無駄です」
「はぁ? ……なぜこの世界に魔王が存在しないなんて断言できるんですか? 今もこのガイアスのどこかで魔王が誕生しているかもしれないのに?」
「……」
死神の言葉は真実であった。確かに今ガイアスは比較的平和が保たれている。しかし平和とは続かないから平和なのだ。いつの日かガイアスのどこかで魔王の因子を持った存在が現れないとは限らない。その可能性を考えられないブリザラを鼻で笑う死神。
「……そしてまさにその因子は今芽を開きその禍々しい大輪を咲かせるのですよ……」
そういうと髑髏の仮面はゆっくりとギンドレッド跡地へとその虚空の視線は向けられる。
「まさか!」『なっ!』
「あそこは正に魔王の総出演と言った所でしょうか……」
「えっ?」
死神の言葉に思わず声を上げるブリザラ。死神が口にした言葉はブリザラが想像していたものとは違っていた。
ブリザラは伝説の本の所有者が魔王だと考えていた。しかし死神の口ぶりだと、ギンドレッド跡地には魔王の素質を持った者は複数いることになる。
「嘘、そんなの嘘だ!」
「嘘か真実かは、この先分かることです、それでは私は失礼させていただきますね」
そう言うと、死神は髑髏の仮面の周囲に闇を出現させ姿を消した。
『……あの死神……一体何者なのた……』
突然現れ、ブリザラ達の心に荒波を立てるだけ立てて姿を消した死神という存在に疑問を抱くキング。だがブリザラはすでに別の事を考えているようで、視線の先にはギンドレッド跡地があった。
「……キング……ソフィアさんを飲み込んで」
『なぜだ……?』
突然のブリザラの願いに意味を汲み取れないキングは、ブリザラに理由を聞いた。
「私ギンドレッド跡地で一体何が起こっているのか知りたいの……だから」
『ま、待つのだ、王! ……分かっているのか、そんな事をすれば王の身に過度な負担が……』
「うん、分かってる……でも行かないと、行かなければいけない気がするの……だから」
ブリザラはここぞと言う時、言いだしたら絶対に曲げない。すでにブリザラと出会って数年が経過したキングにとってそれはもう当たり前の事になっていた。
― 私も甘い……苦労するのは王、本人だというのに…… ―
キングは盾であった形を大きな口へ変化させると、無言でソフィアを飲み込んだ。それはブリザラの願いをキングが聞き入れたという事であり、ブリザラは盾の形に戻ったキングわ見つめ微笑んだ。
「ありがとう」
『いつもの事だ……』
キングはブリザラの感謝の言葉に短く答えた。
「キング、ごめんね……」
ブリザラはもはや心の中の呟きに近い声でキングに謝った。
『ん? 何か言ったか?』
「うんうん、何も……」
顔を横に振りながらブリザラの赤く染まった瞳は今一度ギンドレッド跡地を見つめる。しかしブリザラの瞳にギンドレッド跡地は写っていない。
不安を押し殺すようにキングをしっかりと握るブリザラの視線の先には、一体何が写っていたのか、それは真っ赤に染まったブリザラの瞳にしか分からない。
ガイアスの世界
月石の危険性
月石は『思いを力に変える』という性質を持っており、伝説の武具の素材として使われている金属である。
月石の波長と合う者は、その性質を扱えるという極めて限定的な力ではあるが、その力は絶大で所有者の思いの力が強ければ強いほどにその性質も大きくなり力も増していく。
しかし大きすぎる力にはそれなりのリスクがあるのは当然であり、月石にもリスクはあった。
それは力の肥大化とともに力に溺れる人の心にあった。大きな力を持つことで人はその力に溺れるのである。そして最終的にその力を制御できず暴走、そして破滅するということである。
どうやら自我を持っている伝説の武具は、月石の性質によって所有者の心が暴走する事を抑制する役割を担っているようだ。




