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真面目に集うで章 33 息子のような、父親のような

ガイアスの世界


クルウゲルという一族


ガイアスのとある辺境に住んでいる人類種の中で最強と言われる種族の一族である。純粋な人類種であるにも関わらず、男女問わずその強さは獣人達に匹敵、もしくは凌駕する好戦的な種族である。

 寿命は他の純粋な人類種よりも長く百年以上は普通に生きるとされているが、好戦的な種族なため、そこまで生きた者は確認されていない。

彼らは若い体である成熟期の時期が長い。それは戦闘を主とした一族であるため長い年月を経てそういう体に進化していったと考えられている。

 好んで傭兵に雇う国も多く、戦場が多かった時代ではかなりの活躍を見せた。だがその反面名が売れて戦場で狙われることも多く、長生きできるだけの体を持っていながら短命だと言われる種族でもある。


真面目に集うで章 33 息子のような、父親のような




剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス




 探し人であるソフィアを無人となったガウルド中央街を進みながら捜す伝説の武器の所有者スプリング。しかし無人となった中央街には人はおろか、生きている生物の気配すら感じられない。


「くそっ……ここにもいないのか……」


すでに中央街を抜け、透明な結界が張られたギンドレッド跡地周辺にスプリングが足を踏み入れようとしていた時、スプリングの足は唐突に歩みを止めた。


「……よお、スプリング!」


 初老というには老いを感じさせないその体躯は、若々しく未だ現役である事を主張するように鍛え上げられている男が、軽い口調で声をかけ、手を振りながら姿を現した。


「インセント」


スプリングは少し驚いた表情になりながら、初老の男の名を口にする。スプリングの目の前に現れたその男はスプリングの剣の師であり、スプリングの目標である剣聖、インセントであった。


『インセント殿』


「おう、ポーンも元気そうだな」


『元気そうだなって……さっき会ったばかりでしょう』


「あれ、そうだっけか? なんだからあそこで別れてからしばらく時間が経ったような気がしてな」


「意味が分からない……」



意味の分からないインセントの言葉に眉間に皺を寄せるスプリング。頭を掻き豪快に笑うインセントは眉間に皺を寄せたスプリングへと歩みを進める。


「どうしてまだここに?」


インセントは自分と別れてからそれなりに時間が経過しているというのに、インセントがギンドレッド跡地周辺にいる事を疑問に思い、インセントに聞いた。


「あ……いや~あれから……そうそうちょっとあそこで寝ていたら、なんか凄い事に巻き込まれちまってな!」


ガハハッと豪快に笑うインセントの顔を見て呆れるスプリングは、どうせギンドレッドに渦巻く『闇』の力に強い奴がいるんじゃないかと興味でも湧いて、首を突っ込もうとしたのだろうと考えた。呆れながら深いため息をつき、一度気持ちをリセットすると、表情を引き締めるスプリング。


「凄い事って何があったんだ?」


大まかな状況は理解しているものの、細かい事は全く分かっていないスプリングは、中で何が起きたのかを見てきたインセントに現在のギンドレッド跡地で起こっている事を聞いた。


「何があった……ん……怪獣と少年が戦ってた」


「……」


『……』


「……」


「え、それだけ?」


「ああ、それだけ」


折角真面目になった表情が砂のように崩れていくスプリング。


「な、もっとこう、あるだろう……相手がどんな攻撃をしたとか……というか怪獣ってなんだよ?」


そこに居るはずであるアキの姿が無い事に言いしれない不安を感じるスプリング。


「怪獣は怪獣だよ……あっでも俺が見ていた時の最後の方には人型になっていたな、全身防具フルアーマー姿の……顔はヘルム被っていて分からなかったが……」


「……い、色は?」


「色……あ……何だ……ああ……黒……うーん」


「闇みたいな漆黒じゃ……」


「おう! それそれ」


スプリングの言葉に激しく頷くインセント。


「ポーン!」


『ああ、どうやらアキ殿のようだな』


「アキ?」


知っているような知らないような名前に首を傾げるインセント。


「インセント、俺達これからギンドレット跡地に向かうから!」


「待て!」


すぐにでもその場に向かいアキの援護に向かわなければと走り出そうとするスプリングをインセントは強い口調で呼び止めた。


「ど、どうしたインセント?」


振り返ったスプリングはあまり見る事の無いインセントの真面目な表情に、困惑していた。


「剣をとれ、スプリング?」


スプリングが振り向くと、そこにはどこからともなく剣を出現させ構えるインセントの姿があった。


「ちょっ……インセント今はそんな場合じゃ」


と言いつつ、スプリングはインセントから発せられる殺気を感じ、思わずポーンを手にとった。


「……なっ!」


スプリングの肩が重しを乗せられたように重くなる。明らかにインセントが発する殺気は、スプリングに稽古をつける時や一緒に旅をしていた時に現れた魔物や野盗などに向けられたものとは違っていた。

 肩に重しのような感覚を感じた後にスプリングを襲う恐怖。自分の目の前にいる剣聖インセントが発した殺気はスプリングに恐怖を植え付けたのだった。


「……今のお前じゃギンドレッド跡地に行っても死ぬだけだ」


静かにこの先のスプリングの運命を口にしたインセントは、ゆっくりと手に持った剣をゆっくりとつき出す。ただそれだけだった。それだけでスプリングの顔を衝撃波がかすり、後ろにある建物は爆散する。


「えっ!」 『なっ!』


スプリングと伝説の武器ポーンは爆散した建物を驚きの表情で見つめる。


「余所見するな……次は当てる……お前が出せるすべての力を俺に見せてみろ!」


「くぅ! ……ポーン行くぞ!」


インセントの言葉に覚悟を決めるしか選択肢が無くなったスプリングは、ポーンを右手で握りしめると、左手で戦続きの剣を握り構えた。


「二刀流……」


自分の目の前で両手に二本の剣を持ったスプリングを見て不敵に笑うインセント。


「それじゃ俺は何刀流だ?」


扇が鮮やかに広くように、幾多の種類の剣や刀と呼ばれる武器がインセントの背に無数に広がり、視線を向けるようにスプリングに刃を向けた。

 その光景をみても怯む事なくインセントに向かって走り出すスプリング。だがそんな光景に怯まない者は頭が残念な者か目の前のその光景をあっさりと覆す事ができる者だけだ。しかしスプリングはそのどちらでも無い。

 スプリングの心の中は焦りが支配していた。これが大勢で攻めてきた剣士ならば何の問題もなくスプリングは対処することができるだろう。しかし自分に向けられた剣や刀を振るう全てが剣聖インセントである。一本剣を受けた時点で、その後に待っているのは死だと直感するスプリングは、とにかくインセントに向けて走るという考えに行きつき、全速力で走り出した。


「良い判断だ! だがっ!」


インセントは手に持った剣をスプリングに向けて振る。するとそれを合図にして扇状に展開していた剣や刀が次々とスプリングに向けて矢のように飛んでいく。


「うおっ、ぐはっ、のおっ!」


とんでも無い威力と速度で飛んでくる剣や刀の雨を避けていくスプリング。しかし地面に突き刺さった剣や刀はその瞬間に爆発していく。


「うぉおおおおおお!」


爆発すると分かり悲鳴を上げながらさらに走る速度を上げるスプリング。


「おら、全力だせって言っただろうが!」


自分へ向かって来るスプリングに向けて、構えるインセントが手に持った剣を振りぬく。すると先程と同じ衝撃波がスプリングに向かって放たれた。


「なっ!」


スプリングは何も出来ず自分に向かってきた衝撃波によって全身を切り刻まれていく。


「ガハッ!」


先程の衝撃波とは違い、スプリングを切り刻むカマイタチはスプリングを上空へと跳ね上げる。


「やはり、お前じゃ無理だな」


インセントの視線が、跳ね上がり上空を舞うスプリングに失望し外されると同時に、待機するように空中に漂っていた剣や刀がスプリングの体を貫くため飛び出していった。

 

「うぉおおおおおおお!」


先程の悲鳴とは違い気合を入れるような声を上げるスプリング。その声に目を見開いたインセントは、再び視線をスプリングに向ける。

 そこにはカマイタチとは別の性質の風を体に纏ったスプリングの姿があった。その風は迫りくるインセントの剣や刀も弾いていた。


「そうだ、そういうことだ、全力を出すということは!」


失望していた目に光がもどるように、インセントの目は風を纏ったスプリングを見つめる。


(何を意地を張っていたんだ俺は……相手はあの剣聖と呼ばれる男だぞ、馬鹿正直に剣で戦うなんて無謀だ、インセントは言っていた、今出せる全力を出せと、それはこういうことだろう!)


詠唱を無視してスプリングは体に纏った風に乗ってインセントへと迫る。


「空を飛んでくるか!」


空を文字通り飛んで迫ってくるスプリングに向けて、上空に漂い残っていた剣と刀を放つ。


「それはもう利かない!」


インセントから解き放たれる剣と刀による弓のような攻撃に、徐々に慣れてきたスプリングは、風を器用に操りインセントから放たれる剣や刀を避け時には弾き飛ばしていく。


「うらぁあああああ!」


手に持ったポーンと戦続きの剣を振りかぶるスプリング。


「ふん!」


インセントは手に持った剣を瞬時に大剣に変えスプリングの振りかぶる二本の剣を防ごうとする。しかし。


「なに?」


ポーンと戦続きの剣がインセントの視界から消える。そしてその先にいたはずのスプリングは屈んでいた。


(風を利用していっきに屈んだのか)


振りかぶられた大剣は空を切り、インセントの脇に隙が出来る。


「おうらあああああああ!」


その瞬間を待っていたというようにスプリングが方向するとその位置から右手を振りかぶる。


「何! 剣を持っていない」


インセントの脇目がけて全身全霊の力を込めたポーンを纏ったスプリングの拳がめり込む。


「ぐぅはぁ!」


風による力も加わり、その衝撃はインセントの体を貫いて背中から抜けていくと破裂したような音が無人のガウルド中心街に響き渡った。


『見事だ主殿!』


 インセントは風の力を利用してスプリングが自分の懐に飛び込み屈んだと思っていたが、それは違った。スプリングの二本の剣による攻撃に合わせ、インセントが振りかぶった大剣で防ごうとし、ぶつかり合う寸前、スプリングはポーンを剣からナックルへと形を変えていたのだ。されによって空振りに終わったインセントに出来た隙を狙ったというのが正しい状況であった。


「ゴフッ!」


スプリングの渾身の一撃によって放たれた拳はインセントに吐血させるほどのダメージを与えた。


「ハアハァ……」


スプリングは肩で息をしながら跪いたインセントを見下ろす。


「グフゥ……やるじゃないかスプリング……」


さらにもう一度吐血したインセントは口元についた血を手で拭いとると立ち上がり、自分を見下ろしていたはずのスプリングを見下ろし返す。


「チィ……」


見下ろされたスプリングは、未だ戦いの意思が滾るインセントの目を見て舌打ちを打った。


「さて……まだまだこれからだ!」


大剣を肩に乗せ、ギラギラと目を光らせ悪魔のように微笑むインセント。スプリングは周囲を囲むようにしてインセントが作り出した剣と刀が自分に狙いを定めている事に気付いた。


「一発入れたからって浮かれてんじゃねぇぞ、スプリング……これは稽古でもお行儀のいい試合でもねぇ……命を削る死合だ」


「そう言っている割にすぐに攻撃してこないじゃないか、歳とって体力落ちたか?」


インセントに一撃をいれる事が出来たという興奮によって、インセントから放たれている殺気が気にならなくなっていたスプリングは、インセントに挑発する余裕が出来ていた。

 それはインセントに完全なる一撃を入れられたという事実がスプリングに自信を与えたいたからだ。伝説のポーンの力があるとはいえ、自分は確実に成長していると自覚したスプリングは、目の前の強敵となった剣の師であり剣聖であるインセントに拳を向ける。


「ふん、ならやってみるか?」


そんな乗りに乗っているスプリングを見て、インセントは考えていた。自分に残された命は後どれくらいなのかと。

 インセントはとガイアスのとある辺境で生まれた戦闘民族、クルウゲルと呼ばれた種族であった。

純粋な人類の人類種でありながら、そのクルウゲルは他の人類種に比べ秀でた身体能力を持っており、好戦的なであった。そんな好戦的な性格を現すようにクルウゲルの者達は、戦闘に特化した成熟期の期間が長い。その反面、成熟期を過ぎれば比喩では無く灰になりポックリといってしまう性質も持っていた。しかし成熟期を過ぎるまで生き残るクルウゲルは殆どいなかった。その理由は戦ってその命を散らすからだ。

 クルウゲル一族では老人になる事は恥であり、みなこぞって死を追いかけるようにして戦場に向かい、そしてその命を散らしていく。戦場で命を散らしてこそクルウゲルにとって誇りであったのである。

 それゆえにインセントは自分を生んだ母や父といった両親を知らない。父親はインセントが生まれた時には、どこかの戦場で命を散らしすでにおらず、母親もインセントを生んでからすぐに戦場に向かいその命を散らした。

 それはクルウゲルでは別段珍しいことではなかった。誰もが親を知らず、周囲の若いクルウゲルの者達に育てられ、立派なクルウゲルの戦士に育てられていくそれが当たり前であったのだ。そういった環境で育ったインセントもまた、自分も戦場で命を散らすんだと幼い頃から思い、そして戦場に足を踏み入れていったのである。

 インセントが初めて戦場に足を踏み入れてからどのくらいの月日が経った頃であろうか、すでに成熟していたインセントの前にそれは現れた。不敵な笑みを浮かべながらインセントの前に立つ一人の男。その男はインセントよりも背が低く、腕は細く、インセントがその者に抱いた第一印象は弱そうであった。

 しかしそれから数分後、インセントは土を舐めていた。完膚無きに叩きつぶされたのだ、弱そうと思ったその男に。

 見た目ただの普通の人類種にも関わらず力は強く、インセントは力負けした。しかしそれだけでは無く、槍や弓、しまいには魔法や精霊召喚までやってのけたその男は地べたに這いつくばるインセントを見てにこやかに笑っていた。

 自分の死を覚悟したインセントは、クルウゲルとして本望だと死を受け入れ目を閉じその時を待った。しかし一行に最後の一振りがこない。インセントがゆっくりと目を開けると、そこには男の手があった。そして男は言ったのだ。


― 強いな、是非俺の仲間になってくれ! ―


と。

 あれからもう何十という月日が流れた。インセントはすでに成熟期を超えクルウゲルにとって恥と呼ばれている老人に片足を突っ込み始めていた。

 インセントは思う。自分の老いた姿を一族の者達に見られなくてよかったと。


「ゴフゥ……」


スプリングの一撃がまだ効いているのか再び血を吐くインセント。


「インセント!」


思わず不安な表情になるスプリングに不敵に笑みを浮かべるインセントは肩に担いだ大剣を振り下ろす。


「うわっ!」


跳ねるようにしてその大剣を避けるスプリングであったが、その時、インセントの様子がおかしいと確信した。

 本来のインセントならば傷を負っていたとしても、まるで傷を負っていないかのように凄い速度で斬撃を放つはずであった。しかし今のインセントの振り下ろしにはその速度が無い。不意打ちをかまされたというのにスプリングが避けられてしまうほどその速度しかなかったのだ。


「甘いぞスプリング!」


吠えるようにしてスプリングを怒鳴りつけるインセントは、空中に漂う剣や刀をスプリング目がけて放つ。しかしこれも先程よりも目に見えて速度が衰えたものであり、スプリングは風の力を使うことなく、避けて弾いてしまった。


「あっ、はぁはぁはぁ……まだまだ……」


みるみるうちに衰えていくインセントにスプリングは困惑を隠せないでいた。一体インセントに何が起こったのか理解できずその場に立ち尽くすことしか出来ない。


「おら、どうした、掛かってこい……掛かってこいよ!」


インセントは最後の力を振り絞ると言わんばかりに再び吠えると、背中から無数の剣や刀を出現させる。たがやはり先程のものに比べ圧倒的に数が減っている事をスプリングは理解していた。


「インセント……もうやめよう……」


目の前で衰えていくインセントを見てスプリングは察した。スプリングにはインセントの中で何が起こっているのかは理解できない。だが確実にインセントに死期が迫っていると言う事を。


「何言っている……これからだろう……さっさと来い、お前のへなちょこ剣技じゃ俺に傷一つつきやしねぇ……悔しかったらその伝説の武器で俺を貫いてみせろ!」


だがスプリングは両手に纏ったポーンをダランと下に下げた。


「……俺には……あんたの望みを叶えてやることは出来ない」


両手を強く握り、涙を堪えるスプリング。


「なんだと……お前は、剣聖になりたいんだろ? 憧れていたんだろ! だったら剣聖である俺を倒してお前の夢を証明してみせろ!」


インセントの叫びがガウルド中心街に響き渡る。無人であるその場所には何事だと顔を出してくる者などおらず、インセントの叫びだけが、木霊のように周囲に何度も響き渡っていく。

インセントによる挑発。自分の夢を証明してみせろという言葉にもインセントは首を横に振る。


「俺は……もうあんたと戦えない……そんな体のあんたと戦えない!」


この頃にはすでにインセントの老いが目に見える形で進行し始めていた。屈強な肉体はみるみるうちに痩せ細り、髪もすでに真っ白になっていた。そんな姿になってしまったインセントに剣を振る事は出来ないとスプリングは堪えていた涙を流しながら訴える。


「……ゴフゥ……」


再び吐血したインセントは持っていた大剣が消え、膝を折った。


「インセント!」


「来るな……」


駆け寄ろうとしたスプリングを弱々しい声で止めるインセント。


「俺に……剣を向けない者が近づくな……」


辛うじて上げた右手でスプリングが近寄ってくる事を拒む。そんなインセントの目だけはまだ戦いに飢え、戦場を駆け回るクルウゲル一族としての魂が宿っていた。


「あ、あんた……」


すでに立ち上がる事すら出来ない状態であるというのに目だけは死んでいない目の前のインセントに驚愕するスプリング。


「なあスプリング……お前は今日限りで破門だ……俺を超えられなかった事を後悔しながら何処でのたれ死ね……」


インセントの弱々しい言葉にスプリングは一言一句聞き洩らさないようにと耳を澄ます。


「俺はな……戦士として戦う者として死にたいんだよ……老衰なんかで死にたくねぇんだよ……頼むスプリング……まだ俺が戦士であるうちに……俺を……」


インセントの最後の言葉を遮るようにスプリングは、インセントに向かって走り出していた。


『主殿!』


ポーンは驚きの声を上げた。ナックル状態であった自分が剣の姿に変わったからだ。


「くぅ……」


泣きながら歯を食いしばるスプリングは剣の姿となったポーンを強く握りインセントに向けて突きを放つ。


その瞬間鈍く響く音が周囲に広がる。


「何をやっているんですか!」


 女性の怒鳴り声がその場に響いた。インセントとスプリングの真ん中で黒い霧を纏いながら姿を現したのはヒトクイの現王、夜歩者ナイトウォーカーのレーニであった。

 レーニはスプリングがインセントに向けて放ったポーンを蹴りで弾いていた。ポーンを弾かれた衝撃で両腕が舞い上がり、涙でグシャグシャになったスプリングの顔が視界に入るレーニ。スプリングの表情は悲しくもどこか安堵した表情にレーニの目には写っていた。

 そのまま腰から倒れ込んだスプリングはその場から動かずに肩を震わせる。


「一体……何があったというのですか……」


レーニは振り向きインセントの姿を確認する。


「……っ!」


そこでレーニは初めてインセントに起こった異変に気付いた。


「インセント、これは一体?」


駆け寄るレーニは今にも倒れそうなインセントを抱き抱える。軽くなったインセントの体を抱きかかえながらレーニは表情を曇らせた。


「……これは……」


レーニは抱きかかえたインセントの体の所々が灰に変わり始めていることに気付き、インセントが何者であったかを理解した。


「……あなたはクルウゲル一族の者だったのですね……」


すでに焦点が合っていないインセントに語り掛けるレーニ。


「ああ、その声はレーニか? ……ハハハ、無様な所を見せちまったな……だがなーに、少し休めば……どうってことないさ……俺はまだやらなきゃならないことがあるんだ……彼奴はあの死神は……バラライカを生き返らせる術を知っているって言っていた……俺はそれを聞き出すまでは……ハハハ死なねぇ」


すでに記憶も混濁しているのか、自分に置かれた状況も理解できなくなっているインセントの言葉に一瞬表情が揺らぐレーニ。だがすぐに優しい表情に戻したレーニは頷く。


「そうですね……少し休みましょう……」


ありったけの優しさを込めてインセントに休もうと伝えた。


「ハハハ……そしたらスプリングに会わせてやって……驚かせてやるんだ……あいつは素直じゃないから、面白い顔をみせるぞ……俺は……あいつを自分の息子のように思っていたんだ……親を知らない俺がたぜ……笑えるよな……俺はあいつの剣聖になった姿が……」


脈略の無い言葉を並べながらインセントは逝った。笑顔を零しながら。

 抱きかかえたレーニの腕の中で灰になっていくインセントの体は身に着けていた物を残して風に吹かれ大空を舞っていく。それはまるで自由奔放であったインセントが大空へと旅に出たようにレーニは写って見えた。



 全く重さを感じなくなった両腕を見つめ、両手をギュッと握りしめるレーニは立ち上がり、スプリングに視線を向けた。


「さあ、スプリング殿、行きましょう」


俯いたまま、ただそこにいるだけの抜け殻のようになったスプリングはレーニの声に反応することは無かった。


「呆けている時間はありません……さあ早く立ち上がって」


厳しい言葉であるとレーニは思った。だが正直ここで悲しみに明け暮れている時間は無い。早くスプリングにはギンドレット跡地に行ってもらい、ヒトクイやガウルドをいや、この世界を脅かそうとする者を仲間とともに打ち滅ぼしてはならなかったからだ。それが身勝手な願いである事はレーニもよく理解している。だが自分にはそのような力は無い。今は伝説の武具を持った者達にその思いを託すことしか出来ないのだとレーニは思っていた。

 レーニはスプリングの腕を握り立たせようとする。だがスプリングはその腕を振りほどいた。


「しっかりしてください、あなたはこれからガイアスを守りに行くのでしょう!」


「うるさい! 俺は……インセントの……インセントの想いを」


パチンという破裂怨が周囲に響き渡る。それはレーニがインセントの頬を引っぱたく音であった。


「もう一度言います、しっかりしてください……インセントを失望させないためにも」


静かではあるが強いレーニの言葉がスプリングの心に突き刺さる。


「今のあなたをみたらきっとインセントさんは悲しみます、スプリング殿も聞いていたはずです、あの人の言葉を……インセントさんはあなたを自分の息子のようだと言っていました……あなたも、そうだったのでしょう? インセントさんを父親のように思っていたのではないですか?」


レーニは静かにスプリングに言葉を向ける。


「……う……っぐぅ……う……ん」


乾いた目から再び大量の涙があふれ出すスプリングは嗚咽が混じりながら、レーニの言葉に頷き返事をする。


「だったら……今はインセントさんを悲しませないように立ち上がりましょう……悲しむのはすべてが終わった後にとっておきましょう」


最後は優しく諭すようにスプリングに語り掛けるレーニ。その言葉にスプリングは涙を拭きもう一度頷く。


「すいません、レーニさん……お見苦しい所を……」


立ち上がったスプリングはレーニに頭を深く下げた。


「いえ……大切な人との別れは辛いものです……でも今は……」


「はい……」


スプリングは生気の戻った表情で未だ『闇』の気配が渦巻くギンドレッド跡地に視線を向けた。


「あそこに……」


ガイアスを脅かそうとしている者がいる。スプリングは覚悟を決めた表情で歩きだした。


「待ってくださいスプリングさん」


スプリングを引き留めるレーニ。


「どうしたんですか?」


歩みを止めて、レーニの方へ振り向くスプリング。


「私はこれからある者と決着を付けなければなりません……それが終わったらそちらに向かうので先に行ってもらっていいですか」


レーニの表情もまた何かの覚悟を決めたような表情であり、スプリングは首を縦に振った。


「分かりました……けど……絶対に死なないでくださいね」


「あはは、私を誰だと思っているんですか、私は不死身に定評のある夜歩者ナイトウォーカーですよ」


笑って見せるレーニ。その言葉にまだ若干ぎこちない表情で笑みを浮かべるスプリングはもう一度うなずきそれではといってその場を後にした。


― 主殿を助けていただいて感謝する……ご武運を ―


スプリングとレーニの距離が少し離れた所で、伝説の武器であるポーンがレーニの心に語り掛けてきた。


(そちらもご武運を……)


レーニもポーンに語り掛けるように胸に手を当てながら心でそう呟いた。

 散っていった命を背に、スプリングとレーニは目的の場所に向けて歩みを進めるのであった。



ガイアスの世界


若かりし頃にインセントが出会った男。


 若かりし頃にインセントが出会った者は、後にヒトクイの王となる者で、この戦場で出会った後、数々の伝説や逸話を作ることになる。例えば数百体の敵に囲まれながら無傷で生還したり、空から降ってくる巨大な岩を砕いたりなど。



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