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真面目で章 1 (ソフィア編) 初めての転職場

ガイアスの世界


転職場


転職場とはガイアスの人々にとっての職業斡旋所ハローワーク的な場所である。ガイアスでは戦闘職を目指す場合、かならずこの転職場に向かわなければならない。

 理由としては国が自国の戦闘職の者達の情報を管理をしたい為。転職場の加護を受けることによって身体的能力の向上がある為の二つがある。


転職場という名ではあるが、初めて戦闘職に付く者達もこの転職場に通うことになる。


初めて戦闘職になるまでの流れ


初めて戦闘職に付く者は色々と手続きをしなければならないが、基本的には誰でもその手続きは問題無く通る。転職の場合、この手続きはしなくてもいい。


 その後、自分が目指す戦闘職の一番下のクラスの戦闘職を選ぶ。(剣士系列であればファイター)(魔法使いであれば、初級魔法使い)


 その後、身体検査、筆記試験、実技試験と続き、一定の評価を得られた者は晴れて戦闘職の仲間入りを果たす事になる。ファイターなどのもっともクラスの低い戦闘職の場合、心身ともに健康であれば誰もが合格できる。

 転職の場合、戦闘職にもよるが身体検査、筆記試験は無い。


 クラスアップも同様で剣士の場合、行うのは実技試験のみ。


魔法使いなど知識を必要とする戦闘職の場合、実技以上に筆記試験が重要になる。


試験に合格した者は、その証として戦闘職証明書が手渡される。これは身分証明にもなり他大陸、他国に渡る時に便利な代物である(免許書みたいな物)

 それと同時に転職場の特殊な魔法使いによる転職場の加護を受けることになる。


例外として生まれによってきめられている戦闘職の場合や突如として戦闘職の力と同等の能力を得た者に対し、転職場に申請を出す事によって戦闘職としての許可が下りる。





 真面目で章 1 (ソフィア編) 初めての転職場



剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス


「ハッ!」


小さな島国ヒトクイにある町、ガウルド。春が近づき日差しは温かくなりつつもやはりまだ朝は冷え込むそんな時間に、ガウルドの安宿のベッドから飛び起きる一人の女性がいた。  


「な、なんなのこの夢?」


悪い夢を見たというような表情の健康的な褐色肌の女性は、何故かはっきりと覚えている悪夢に戸惑いながらそう呟くと、ベッドの横にある小さな窓から覗く青い空を見つめた。

窓から覗く空は、散歩にでも行きたくなるような雲1つ無い気持ち良い快晴であった。しかし彼女の表情は快晴の空のようには晴れない。それは記憶に残る程の悪夢を見たからという訳では無い。

 女性は窓から覗く空に向けていた視線を直ぐにその反対方向、ベッドの横に向けた。そこには、視線を向けた女性の腰ほどの大きな球体がポツンと存在していた。


「スプリング……おはよう」


まるで恋人に挨拶するかのように女性は柔らかな笑みを浮かべ球体に向かってそう呟く。だが当然のように球体からは返答は返ってこない。

 いつものように返答が返ってこないことが分かると女性、ソフィアの表情は沈み込むように暗いものへと変わった。

もうあれから何日経つのだろう、あの日ガウルドから少し離れた場所にある戦死者墓地での夜歩者ナイトウォーカーとの戦闘、そしてその後に現れ自分達をボロボロにした闇歩者ダークウォーカーとの戦闘を思い出しながら、ソフィアはどれほどの時間が経ったのかと思う。しかしはっきりと何日が経過したのかを思い出せないソフィア。

時がどれほど経過したのかが分からなくなる程、戦死者墓地での出来事はソフィアにとって衝撃な一日になっていた。


「……ダメだ、ダメだ、今日は大事な日になんだから……」


表情と同様に沈み暗くなった心を振り奮い立たせるようにソフィアはブンブンと顔を横に振って己に言い聞かせる。


「私……これから試験を受けてくるね」


ソフィアは再び笑顔を球体に向けると素早く身支度を整え、球体を残し安宿の部屋を出ていった。



― ヒトクイ ガウルド 転職場 ―



 ガウルドの安宿から出たソフィアは、そのまま真っ直ぐに転職場へと入っていた。中は広く幾つもの受付があり、その中でソフィアは新規と書かれた受付の前に立ち順番を待った。


「それでは次の方」


大きな眼鏡をかけた、いかにもお役所の人という姿をした受付の女性に呼ばれソフィアは急ぎ足でその受付の女性がいる人の元へと向かう。


「お座りください」


「あ、はい……」


受け付けの女性に促され緊張した面持ちで席に腰を下ろすソフィア。


「えーと、お名前はソフィア様でよしいですか?」


ソフィアが事前に書いた書類に目を通した受付の女性は、ソフィアの名を確認する。


「は、はい」


今まで転職場には全く縁の無い場所であるが故に、受付の女性の言葉に一々緊張するソフィア。


「うーん」


ソフィアの書いた書類に目を通しながら少し悩む受付の女性。


「な、何か問題でも?」


悩む受け付けの女性の様子に自分の経歴に何か問題があるのかと慌てるソフィア。


「ああ、いえ……その……このお名前は本名ですか?」


そう言った受付の女性の大きな眼鏡のレンズがキラリと光る。


「えッ? ……ああ……そうですが」


一瞬、受付の女性の言葉にビクつくソフィアであったが、その様子を悟られないように本名であると頷く。しかしその言葉は歯切れが悪い。


「そうですか……まあでも本名で働きたくないという戦闘職の方々は多いのでたいした問題は無いです」


そんなソフィアの様子を見逃さない受付の女性。だが戦闘名バトルネームで戦闘職を行っている者もいるとさして気にしていないようであった。


「そ、そうなんですか……あ、あはは、あはははは……」


内心ではヒヤリとしたソフィアは心にもない笑い声を受け付けの女性に向けた。

普段と様子が違うソフィア。慣れない場所で緊張しているというのは事実であるが、それ以外にもソフィアの様子がおかしくなってしまう原因があった。それは彼女の経歴にあった。

ソフィアは外道職の一つである盗賊であった。外道職とは転職場が公認していない戦闘職の事で、言わずもがな読んで字の如く違法である。自分が外道職であることがばれてしまえば、その時点で通報され国の兵がやって来て捕まってしまう。良くて数年牢屋で過ごす事になり、悪ければ生涯を牢屋で過ごすことになる。外道職で行った仕事、罪が重ければ死罪になる可能性もある。

盗賊であるソフィアの場合、極力人に危害は加えず金品を盗んでいるだけなのでそれほど大きな罪状にはならず、数年で牢屋から出られるといった所だろう。しかしそれでも罪は罪。ソフィアは自分が捕まるのではないかと気が気では無いのだ。

しかしあまりの緊張にソフィアはある事を見落としている。外道職に堕ちた者がわざわざ捕まる危険を冒してまで転職場にやってくることなど殆ど無い事を。

 ルールも無く自分達がやりたいようにやれる外道職は、色々な危険を孕んではいるが転職場が提供する正規の戦闘職よりも実入りがいい。そんな者達がわざわざ転職をしに転職場になどやってはこない。

 勿論、絶対に無いとは言えない。更生しようとしてはいるが、捕まりたくはなく僅かな可能性にかけて転職場にやってくる者、只ならぬ事情があり転職場にやってくる外道職もいない訳では無い。


「それでは、まず身体検査を行ってもらいます」


「身体検査?」


だが転職場の者達は外道職を見逃さない。受付の女性が口にした言葉に首を傾げるソフィア。


「はい、新規、転職問わず、転職場で戦闘職になられる方はまず身体検査を受けてもらいます、ソフィアさんは問題ないと思いますが、一応この身体検査で外道職の道に進んでいないかを調べさせてもらっています」


再び眼鏡のレンズがキラリと光る受付の女性。


「え? ……は、はい……」


明らかに自分が外道職の道に進んでいる事がばれているのではないかと思うソフィアの表情は引きつっていた。



― ヒトクイ ガウルド 転職場 身体検査室 ―


「それでは服を脱いでください」


受付の女性と同様に大きな眼鏡をかけた女性は身体検査室に入ったソフィアにそう告げる。先程自分に対応してくれた受付の女性と今目の前にいる女性の区別がつかないソフィア。唯一白衣を着ていることで受付の女性とは別人なのだと見分けることが出来たソフィアは、先程から続く引きつった顔のまま頷き、渋々服を脱ぎ始める。


(一体どんな検査をされるの? もし精神制御の魔法をかけられたら……)


見た目冷静な様子のソフィア。だが内心では身体検査のため服を脱げと言われたにも関わらず精神魔法をかけられ自分が外道職である事を自白させるのではないかと考えてしまうほど混乱していた。


「それでは見させてもらいますね」


皮の手袋を両手にはめた白衣の女性はそういうとソフィアの健康的な褐色の肌に触れる。


(ぬぅぅぅう……は、恥ずかしい……)


同じ女性同士ではあるが、マジマジと見つめられるその視線に顔を赤くするソフィア。この日初めて緊張を上回る感情がソフィアの心を支配した。


「……外道職の目印である魔法刻印マジックタトゥーは施されていません、問題ありませんね」


たかが数秒でソフィアの身体検査は終わった。服を着てくださいと続ける白衣の女性に促されソフィアは服を着る。その後は軽い面談を受け、筆記試験の会場に向かってくださいと言われたソフィアは言われるがまま白衣の女性の指示に従って身体検査室を後にする。


(どういうこと……私外道職なのに……そもそも魔法刻印マジックタトゥーって何?)


外道職の証でもある魔法刻印マジックタトゥーが自分の体から発見されなかったという事実にソフィアは、今までの自分は一体何者だったのかと疑問を抱く。


(そういえば……)


そこでソフィアはある事を思いだしていた。

 それは既に数年前の事、しかしソフィアにとっては昨日のように思いだせる盗賊団の記憶。




「団長、私もそのかっこいいマークをつけて欲しい!」


今よりも幼いソフィアは、筋骨隆々な男、団長の胸に刻まれた盗賊団の証を指差し懇願する。


「あっははは、お前はまだ子供だから駄目だ」


しかし団長は幼いソフィアの懇願をそう言って却下する。


「だったら私が大人になったらつけてくれる?」


「……ああ……お前が大人になったらな」


そう言って団長はソフィアの頭を少し乱暴に撫でた。


(……あれが魔法刻印マジックタトゥーだったんだ……)


ソフィアの体に魔法刻印マジックタトゥーが刻まれることは無かった。大人になったらという曖昧な返答を残した団長は、その後ソフィアが出かけている間に何者かによって盗賊団の仲間達と共に殺されていたからだ。

 盗賊団として仲間の印である魔法刻印マジックタトゥーを刻まれず自分が盗賊ですら無かったことに気付いたソフィアの心は複雑であった。

 今思えば団長はソフィアを外道職の道へと進ませたくなかったのかも知れない。しかしソフィアにとってみれば団長や盗賊団の仲間達は、仲間である以上に家族でもあった。その絆でもある魔法刻印マジックタトゥーが自分の体に刻まれなかったことが切なかったのだ。

思わぬ場所で思わぬ真実を知り戸惑うソフィア。だがそれが団長の優しさであることを理解するソフィアはその真実を素直に受け入れることにした。少し目を赤くさせるソフィア。それが事実を知ったからなのか、それとも団長の優しさからくるものなのかは分からない。だが今自分がやるべきことをしっかりと理解しているソフィアは、筆記試験が待つ会場へと向かうのであった。



― ヒトクイ ガウルド 転職場 筆記会場 ―


転職場受付よりも更に広い筆記試験会場に足を踏み入れたソフィアは、これまた受付や身体検査室で出会った女性と見分けがつかない大きな眼鏡をかけた試験管に若干驚きはしたが、すぐさま席につくと試験が開始されるまでの間、じっと机の前に裏返しにされた紙を見つめた。

 ちなみに試験管の見分け方はやはり服装であった。ガイアスでは珍しい女性用スーツに身を包んだ試験官は、筆記試験という状況が初めてであるソフィアでさえもその人物が試験官なのだと分かる服装であったからだ。

 試験が始まると不正を働いている者はいないかと試験官がヒールの高い靴をこれ見よがしに鳴らしながら会場を歩き回る。まるで不正を働くなと威圧しているようにも思えるが、集中しているソフィアの耳にその音は届かない。

 ソフィアが受けている筆記試験の内容は、たいして難しいものでは無かった。一般的な字の読み書きさえできれば誰でも満点が取れるだろう内容に正直ソフィアは驚いてしまう程であった。この試験で問われるのはガイアスに置いての一般的な常識であった。

 出題された一例としては【魔物に襲われている人がいます、あなたならどうしますか】とか【金品を握りしめ今にも死にそうになっている人がいます、あなたならどうしますか】といったものが殆どでどの問題も人間として最低限の道徳モラルを訪ねるものであり一般的な常識があれば間違いなく難しい問題では無い。例え本心はそうとは思っていない外道職でさえ簡単に解ける問題ばかりであった。当然ソフィアは何の問題も無く筆記試験を通過した。


(……そう言えば……この一般常識も考えてみれば団長に教えてもらったような……)


教えるというほど大層なものではないが、娘を躾ける父親というような形で団長は色々な事、盗賊団にあるまじき一般的常識を会話の中に織り交ぜながら自分に言い聞かせていたなと思うソフィアであった。


「それでは新規の戦闘職を希望の方々は、これから実技試験となります、自分が希望している戦闘職がかかれた場所へと向かってください」


ソフィアを含めた筆記会場の人々にそう告げる試験官。その声にソフィアは自分が目指す戦闘職の部屋の場所を張り出されていた転職場案内で確認する。


「……ここか……」


地図を見て今自分が居る筆記試験会場の近くにある事を確認したソフィアはすぐに筆記試験会場を後にした。



― ヒトクイ ガウルド 実技試験会場 ―


ソフィアがその扉をあけるとそこら中で剣を持った者達が同じ目的を持った相手達と剣戟を繰り広げていた。ソフィアが目指した戦闘職とは剣士であった。

外道職では無く正規の戦闘職で自分に勝ことが出来たら伝説の武器、ポーンを譲ってやるというスプリングとの約束を間に受けソフィアは正規の戦闘職になる事を決めた。

今のスプリングの状況からしてその約束が果たせるのかは分からない。だが何もしないでスプリングが帰ってくるのを持つよりも何かをしてスプリングが帰ってくるのを待ちたいと思ったソフィアは、剣士になる為に転職場へとやってきたのだ。

ソフィアが剣士を目指す事を決めた理由、それは自分の意思に関係無く伝説の武器ポーンの影響によって魔法使いにされてしまったスプリングへの嫌がらせという意味が強かったが、それだけでは無い。

戦場でその名を轟かせ、ソフィア自身もその強さを目の当たりにしたガイルズという存在であった。明らかに体格も腕力もガイルズの方が上であるというのに、上位剣士であった頃のスプリングは、そのガイルズと対等、いやそれ以上の実力で渡り合ったという。

剣士という戦闘職は本来、体格や腕力が物を言う。だがその差を補う程の実力を持ったスプリングという存在にソフィアは憧れたのだ。体格も腕力も無い自分でも強くなれる可能性があるのではないかとソフィアは剣士という戦闘職に憧れ希望を抱いたのだ。


「諸君たちにはこれから模擬戦を行ってもらう、成績優秀者には、ファイターの上位戦闘職になれる権利が与えられるので心して行うように」


自分もスプリングやガイルズのように強くなれるかも知れない、剣士という戦闘職に希望を抱くソフィアの耳に試験官の声が響く。騒がしい会場にはソフィアを含めた数十人の剣士を志す受験者達が立っており、その者達に向かってやはり大きな眼鏡をかけた女性がそう告げた。

誰が見ても剣士に見える姿をした女性の試験官は、早速次々に受験者の名を呼び始め模擬戦を始めさせる。ソフィアはいつ自分の出番がきてもいいように集中しながら他の受験者たちの戦いに目を向けた。

ソフィアの目の前で戦う者達は当然戦闘職未経験の者達であり、中には戦闘とは呼べない程に酷い有様な者達もいた。その中で外道職である盗賊を経験していたソフィアは抜きんでた実力を持つ者と言ってもおかしくはないだろう。戦闘職未経験の者達に遅れをとる理由は無い。

しかし周囲の者達はソフィアが実力者であることなど知らない。戦闘職の女性は少なくないが、剣士系列の戦闘職を目指す女性はそこまで多くない。それは男女によって筋力や体格の差が如実に現れてしまうのが剣士という戦闘職だからだ。

 剣士系列の戦闘職を新規で受けに来た者達の殆どが男達の中、紅一点のソフィアは彼らに完全に舐められていた。まだあどけなさの残る顔もその要因の一つなのだろう、その場に集まった男達は、自分の評価を高める為の餌だと対戦相手がソフィアになることを心から望み願っていた。

 周囲の者達全てから狙われている事など気付かないソフィアは、自分の番がくるのを静かに待っていた。


「次、ソフィア対ボッケンボルフ!」


そうしているうちに、試験官の口からソフィアの名が告げられる。ソフィアは自分の名を耳にするとすぐに一歩前へと出た。

同じく試験官に名を呼ばれたボッケンボルフという男はソフィアと同様に一歩前へと出てくる。


「ふふふ、ラッキー」


ソフィアと比較すると巨人のように大きな体格を持ち明らかに堅気には見えない風貌をしたボッケンボルフは、ソフィアに聞こえるか聞こえないかという声でそう呟くとニヤリと笑みを浮かべる。

 当然その呟きはソフィアの耳に入っていた。しかし一切表情を変えず模擬戦の説明を始める試験官の言葉に聞き入った。

 模擬戦のルールは、至ってシンプルで相手を行動不能にするか降参と言わせるかというものであった。

 模擬戦で使用する武器は当然剣のみで、大小様々な剣が転職場から貸し出されていた。だがその全ての剣の刃は潰され切れないようになっている。模擬戦で命のやり取りをさせないための配慮であるが、いくら刃が潰されているとはいえ、直撃すれば無傷では済まない。


「それでは剣を選んだ後、互いに向かいあってください」


ソフィアとボッケンボルフに剣を選べと指示を出した試験官は、そのまま模擬戦を行う広場の中心に立った。

 ソフィアは沢山の剣が置かれた場所に向かうと剣を選び始める。ボッケンボルフもソフィアの横に並び剣を選ぶ。


「お嬢ちゃん、怪我させたらごめんな」


その体格差からか、それとも相手が女性だからなのか、それともまだ幼い少女にみえたからなのか、はたまた自分の腕に相当な自信を持っているからか、ボッケンボルフは横に並び剣を選ぶソフィアに対して試験官に聞こえない程の声で詫びた。しかしその表情は全く詫びているようには見えず自分の勝利を確信したというような笑みを浮かべていた。


「……」


しかしソフィアは答えない。横にいる男の言葉よりも今は自分の体格にあった剣を探すことに集中していたからだ。

 柄を握り重さを確認するソフィア。


(……出来るだけ今まで自分が使っていたナイフに近い物……)


柄を握った感触やその重量を確かめ今まで使用していたナイフにできるだけ近い物を探すソフィア。


(……これだ!)


今まで自分が使用していたナイフに近い感触を得たソフィアはその剣を自分の前に持っていき一振りする。風を切るような音を立てる剣。ソフィアが選んだのは刀身が細く少しリーチの長い剣であった。それは自分が扱っていたナイフとは全くの別物であったが、柄を握った瞬間ソフィアは理由が説明できない納得感を抱いていた。

 対してボッケンボルフは、その恵まれた体格に合う大剣を即座に選んでいた。大剣を片手で軽々と振り回す。その様子からボッケンボルフがかなりの腕力の持ち主だということが分かる。しかしそれを見てもソフィアは全く動じない。


「準備は整いましたか?」


それぞれ自分に合った剣を手に取ったソフィアとボッケンボルフに対してそう話しかける試験官。


「はい」


「ああ」


二人は返事をすると試験官が居る場所へと進む。


「それではこれより模擬戦を始めます……始め!」


鋭い模擬戦の始まりを告げる試験官の鋭い合図が響くと同時に飛び出したのはボッケンボルフだった。

 自分の挑発に対して全く顔色を変えないソフィアが面白くなかったのか、先制して驚かせようという魂胆であるボッケンボルフは上段に構えた大剣をソフィア目がけて振り下ろした。

 大剣を振り下ろす速度は戦闘職では無い者としてはまずまずと言った速度であった。しかし振り下ろした先にソフィアの姿は無い。


「……」


ボッケンボルフが大剣を振り下ろした瞬間、音を立てずに横移動していたソフィアは、大剣を振り下ろし無防備になっていたボッケンボルフに対して細身でリーチのある長剣を突き出した。


「ぬお!」


いつの間にか自分の横にいたソフィアの動きに対応できずボッケンボルフはそのままソフィアの放った長剣の突きをもろに腹に喰う。

 もしこれが刃の潰れていない剣であったならば、ボッケンボルフは致命傷であっただろう。しかし今は模擬戦。当然剣の先も潰されている為、ボッケンボルフの腹は貫かれることはなかった。だがこの攻撃がボッケンボルフの心に怒りを纏わせる。


「このアマがぁああああ!」


突きを喰いズキズキと痛む腹を手で庇いながら怒りを露わにするボッケンボルフは、大剣を振り回しながらソフィアに向かっていく。しかし怒りにまかせたボッケンボルフの攻撃は、初撃の時よりも遅くそして単純でキレが無い。その理由は明白でソフィアの突きによって受けた腹のダメージが響いていること、そして怒りに身を任せた影響で攻撃が単調になっているからであった。

ダメージを受けていない時のボッケンボルフの攻撃がしっかりと見えていたソフィアにとって今のボッケンボルフの攻撃など止まっているようにさえ見えている。実際腹の痛みが引かないボッケンボルフの攻撃は直ぐに動きを止める。そのタイミングを見計らっていたソフィアは、ボッケンボルフがヘロヘロになりながら大剣を横に薙いだ瞬間に合わせしゃがむ。そのまま立ち上がる反動を利用し先程よりも威力を増した鋭く強烈な突きをボッケンボルフの腹にねじ込む。


「があっ!」


衝撃と痛みで体中に巡っていた息を吐きだしたボッケンボルフは力が抜け手に持っていた大剣を落とした。すかさずソフィアは長剣をボッケンボルフの首元に当てる。


「勝負あったと思うけど?」


この時初めてボッケンボルフに話しかけたソフィアは、勝敗はついたと口にした。二度同じ個所に攻撃を喰いその上己の首に剣を突きつけられた状態にあるボッケンボルフの表情は苦悶に染まる。かたや圧倒的な力の差を見せつけたソフィアの表情は涼しいもので息一つ上げていない。それほどまでにソフィアとボッケンボルフの間には実力の差があった。

 当然のことだがまだ戦闘職では無いボッケンボルフと、正規では無いが戦闘職があるソフィアでは経験が違い過ぎた。ボッケンボルフにとってソフィアという存在は相手が悪すぎたのだ。

きっとボッケンボルフは己の腕力に相当の自信があったのだろう。自分の腕力を持ってすれば、何だって出来ると思っていたのだろう。確かに前衛を任されることが多い剣士系列の戦闘職にとって腕力は大事だが、それでどうこう出来るのは初心者の戦闘職達が任される依頼だけである。

依頼の難易度が上がれば嫌でも腕力だけでは解決できないことが多くなることは当たり前で、その為に戦闘職達は己の技術を高めていくのである。

その点に置いて、外道職としてすでに実戦をこなしているソフィアは、自分が女性である事、元々の腕力が高くない事を理解したうえで、腕力を補う為の技術を磨いてきた。

そして何より、ソフィアは大剣、いや特大剣を自分の体の一部のように扱う者を知っていた。圧倒的破壊力を持ってして技術力など軽々と吹き飛ばしてしまう特大剣を扱う男の存在を。

その男に比べれば何も考えずただ大剣を振り回すだけの攻撃など全くの脅威には感じずソフィアにはボッケンボルフの攻撃が止まって見えた。

 旧戦死者墓地でソフィアが経験したのは恐怖だけでは無い。あの日の戦闘でソフィアはとても大きな経験をその体に蓄積することが出来ていたのだ。


「……くぅ……参った……」


模擬戦が始まって僅か数十秒、ボッケンボルフの口から敗北を意味する言葉が発せられると見届け役として両者の戦いを見ていた試験官は模擬戦の終了を告げるのであった。



模擬戦終了後、各自に今回の試験の評価が言い渡された。その中でソフィアはダントツの成績を収めることになった。


「あなたの模擬戦はとても素晴らしいものでした」


ソフィアの前に集まる試験官。その横には転職場の受付の女性、筆記試験会場にいた試験官の女性、身体検査でソフィアの体を検査した白衣の女性もいた。皆同じ顔で微笑みながらソフィアの模擬戦の動きを褒めたたえている。


「あ……どうも……」


しかしソフィアは彼女達の言葉が一切入らないくらいに彼女達の関係性に興味が湧いていた。並ぶ彼女達の顔はやはり似ておりまるで双子、いや四つ子のように思えたからだ。


「それでは、優秀な成績を収めたソフィアさんには、ファイターとしての戦闘職活動許可と、その上位系列である戦闘職へのクラスアップを認めます、お好きな戦闘職をお選びください」


受け付けの女性はそう言うと、ソフィアに戦闘職として活動する事を許可する紙をソフィアに手渡した。


「それでは新規戦闘職、剣士試験を終了する、受かった者は転職場の加護を受けることを忘れぬように、解散!」


模擬戦での試験官がそう告げ、試験は終了を迎えた。

 試験に受かった者達は模擬戦の会場を後にするとその足で転職場の加護が受けられる部屋へと向かっていく。当然その中にソフィアの姿もあった。


「お前……強いんだな」


転職場の加護を受ける為、列に並ぶソフィアに声をかける一人の男。ソフィアはゆっくりと自分に声をかけてきた男に視線を向けた。


「……その色々と挑発するような事を言ってすまなかった……」


ソフィアに話しかけた男、それは模擬戦でソフィアと戦ったボッケンボルフであった。


「別に気にしてないから」


興味ないというようにすぐさま視線をボッケンボルフから外すソフィア。


「ああ、そうか……いや、これだけは言わせてくれ……お前の戦い……その綺麗だった……」


少し頬を頬を染めながらその強面の顔に似合わない事を言うボッケンボルフ。


「なっ!」


ボッケンボルフのその言葉に今日初めて動揺の顔を見せるソフィア。


「へへへ、あんたでもそんな顔するんだな……その……いや、これは俺がお前と肩を並べられる程に強くなったら言うことにするよ……それじゃ武運を祈っているぜ、ソフィア!」


そういうと勢いよく走り去っていくボッケンボルフ。


「……」


言いたいことだけ言って立ち去ったボッケンボルフに呆気にとられるソフィア。二人のやり取りを見て聞いていた周囲の者達は何とも言えない視線をソフィアに向ける。


「むぅぅううう」


今すぐこの場から立ち去りたい気分になったソフィアは言葉にならない感情を唸り声にしてあげた。



 ゾロゾロと転職場から姿を現す者達の表情は様々で喜ぶ者、悲しむ者、気を引き締める者、様々であった。その中で転職場の加護を受けこれで晴れて正式な戦闘職になったソフィアの表情は、喜び半分、引き締め半分という表情を浮かべていた。


「……これでスタートラインだ……」


ここからがスタートだとそう自分に言い聞かせたソフィア。転職場を後にしたソフィアは迷わず自分が拠点にしている安宿に向けられる。その足どりは軽く何処か急いでいるようにも見える。

 そんな今のソフィアの心にあるのは、早くスプリングに自分が正式な戦闘職になったことを報告したいという想いだった。

 自分のその報告にスプリングが何も答えてくれないことは分かっていてもソフィアの足どりは緩むことは無かった。



― ヒトクイ ガウルド 安宿 ―



 そこはガウルドの中でも一二を争う安宿。余計な物を一切省き、ただ寝ることだけを目的とした安宿の一室。その一室は現在ソフィアが借りている部屋であった。

 現在ソフィア本人は外出中でありその部屋には本来誰も居ないはずであった。だがそれはあくまでその安宿の亭主の主観でしかない。

 突然ベッドしかないその部屋に脈を打つような音が響く。するとベッドしかないはずのその部屋に置かれた明らかに不審な球体が突如として空気が抜けるようにしてしぼんでいく。するとその球体の中からはボロボロの衣服を纏った男が姿を現し床に転がる。それと同時に今まで男の姿を隠していた球体は魔法使いが愛用するロッドに形を変え男と同じように床に転がった。


『どうにか、体のほうは癒せたが……』


意識を失った男だけしかいないはずのその部屋にそう呟く声が響いたのだった。






 



ガイアスの世界



外道職


転職場で認めてられていない戦闘職の総称。


盗賊、海賊、山賊、暗殺者アサシンなど人に危害を加える戦闘職が主に外道職に当てはまる(例外あり)


外道職になる場合、筆記試験や身体検査などは無く、あるとすれば実技試験ぐらい。


 戦闘職同様に殆ど同じ方法、特殊な魔法を使い魔法刻印マジックタトゥーを刻むことによって外道職の加護が得られる。(外道職の場合、魔法使いでは無く、盗賊や海賊や山賊の頭や団長や親と呼ばれる存在が魔法使いの代わりをする)


魔法刻印マジックタトゥーを刻まれたが最後、その刻印は決して体から消えることは無い。これは外道職の一員になったという証であり彼らからすれば絆でもある。


 魔法刻印マジックタトゥーは通常時、視認できない。己の意思によって魔法刻印マジックタトゥーを浮かび現すことができるようになっている。ただし刻印に反応する魔法や特殊な薬液によって浮かび上がらせることは可能で、転職場では外道職である事を隠し転職場にやってきた者達をあぶり出す為に身体検査でその薬液や魔法を使用している。





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