真面目に集うで章 32 期待と失望
ガイアスの世界
精霊と人間の名前の関係
召喚士や精霊術師が上位精霊と契約をする時、上位精霊に自分の苗字をつけるという制約がある。それによって契約者はこの精霊は自分のものであるという意思表示をする。上位精霊からすれば人間に例えると結婚のようなものであり、契約者は一生を添い遂げる伴侶のような感覚である。あくまで結婚のようなものであり、契約者に上位精霊は好意をもっているが、それは恋愛的なものでは無い。(中にはそう言った契約者と精霊もいるようだが)
ちなみに精霊が男性型で契約者が男性であってもこの制約は変わらない。
初めて契約者と契約を交わす場合、精霊に苗字は無く、契約をしていた場合は、以前契約していた者の苗字が分かる。
ウルディネの場合、以前の契約者の苗字がラングスターという人物である事がわかる。契約者が死んだ後もその苗字は残るため、契約者亡き後も精霊には契約者とのつながりが残り、場合によってはそれが重荷になってしまうこともあるようだ。上位精霊が契約をしたがらない理由の一つでもあり、上位精霊にとって契約とはそれほどに重いものである。
ちなみに意思や自我の無い精霊達に契約者の苗字を付ける必要は無い。
真面目に集うで章 32
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
『はっ! ……な、何が起こった……』
いつの間にか自分が背追われていた事に驚く伝説の盾キング。しかしそれだけでは無く、目の前で激しく盾をぶつけあっていたはずの盾士ハルデリアが遠くでブリザラを見つめていた。
それはキングにとって一瞬の事であった。そしてキングの中で何よりも一番の疑問が、ブリザラの前に立っていた。
『王よ、その者は!』
瞬時に警戒体勢に入ろうとするキング。しかしブリザラは一向に戦闘態勢に入ろうとはしない。
ブリザラとキングの目の前には、以前ガウルド城を襲撃してきた、少女が立っていた。その姿は褐色の肌や髪の長さなど違いはあるが、そんなもの些細な事と言えてしまうほど、前に立っている少女の姿はブリザラに酷似していた。
「大丈夫だよキング、もうソフィアさんは操られていないから」
背中に背負っていたキングを手に取るブリザラは、そう言いながら安心してと言うようにニコリと笑う。
「これが伝説の盾……」
「そう、これが伝説の盾、キング」
友達でも紹介するように軽い口調でソフィアにキングを説明するブリザラ。
『……操られていないのか?……それよりもなぜ突然この者がこの場に姿を現した?』
時が止まっていた事を知らないキングにとっては、今起きた事がすべて突然に感じられる。目の前に突然ソフィアが現れ、そして純白の全身防具を纏ったハルデリアとは距離が離れている事を理解できていない。それは操られているハルデリアも同じようで、依然キング達を見つめながらブリザラに刃を向けていることは変わらないが、キングと同様に、一瞬にして距離が離れた事に少し疑問を抱いているのか首を傾げていた。
「突然?」
すっかり時の止まった空間にいた事を忘れているブリザラはキングの言葉に首を傾げた。
「危ない!」
そうこうしているうちに、意識を操られたハルデリアは一瞬にして離された距離を詰めブリザラに迫って来ていた。その動きに一番早く気付き行動に出たソフィアは、ブリザラに狙いを定めたハルデリアの一撃を、ブリザラの前に飛び出し盗賊の時に愛用していたナイフで防いだ。
「くぅ!」
それは振り下ろしただけのただの一撃。しかしソフィアの体はガクリと沈み全身に痺れと壮絶な重みがかかる。ソフィアにとって目の前のハルデリアは自分よりも遥かに強い相手であった。
「なっ!」
ハルデリアの一撃に耐えられなかったのか一瞬にしてソフィアが持つナイフは砕け散った。その砕け散ったナイフを見ながらソフィアは心の中で今までありがとうと呟くとそれを素早く後方へと飛び次の攻撃をかわす。
「ソフィアさん!」
直ぐにキングを自分の前に構えるブリザラはソフィアと入れ替わるように前に立ち、本来盾士であるはずのハルデリアからあるはずの無い武器による連続攻撃を防いでいく。
『助かったぞ、ソフィア……だがやはりなぜお前がここに?』
ブリザラが必至でハルデリアの攻撃を防ぐ中、キングはブリザラを守ってくれたソフィアに感謝の言葉を告げる。だが続けるようにソフィアがこの場に姿を現したという疑問もぶつける。
「色々と説明しなきゃならないことはあるけど、今は目の前の敵を倒すのが先決じゃない」
目の前では、更に速度を増したハルデリアの攻撃を必至に防ぐブリザラの姿があった。そんな姿を見ながら悠長に今まで起こった事を説明できるほどソフィアに余裕は無い。今自分がこの場にいるのか説明する前にまずは目の前の敵をどうにかするのが先決ではないかと提案するソフィア。
『ああ、そのようだな……』
キングは現在ブリザラに力を貸せる状況に無い事を思い出した。それはギンドレッド跡地を覆うようにして張られた結界を維持しなければならないからだ。そんな状況で悠長にソフィアから何が起こっていたなど聞けるはずも無く、キングはソフィアの提案を素直に飲んだ。
『見た感じ……剣士のようだな、王は一応盾士で攻撃手段は私しかいない、だが私も盾であり、今はギンドレッド跡地を結界で覆うという作業で手を貸せない、攻撃を頼めるか?』
「盾士? 結界?」
ソフィアはギンドレット跡地に視線を向ける。すると確かに薄っすらとギンドレット跡地を何かが覆っているのが見えた。
「あれをあなたがやっているの?」
『ああ、そうだ』
ブリザラが持つ盾は本当に伝説の盾なんだなと実感するソフィアの頭には、伝説の武器を持ったスプリングの姿が過った。一瞬想いにふけりそうになるソフィアは首を振り目の前の現実を見定めると、キングの提案を快諾する。
「分かった、やってみる……あっ……」
『どうした?』
ソフィアはある事に気付き顔を青くする。
「……武器が……さっきのナイフで最後だ……」
『な、なんだと!』
腰に下げていたはずの剣は無く、唯一のナイフも先程のハルデリアの攻撃により破壊され、丸腰になっていたソフィアの顔は苦笑いを浮かべた。
「ど、どうしよう……」
あわあわとしだすソフィア。そんな姿をキングは本当に自分の所有者とソックリだという思いが一瞬思考に過る。そんなソフィアの姿を見ていてキングはある事に気付いた。
『ソフィア……腕に就いている手甲を見せてくれ』
「え、あ、うん」
ソフィアはキングに言われた通り、自分の手甲をみせる。ソフィアの姿は新米剣士そのものであり、お世辞にも強そうには見えない。だがそんな姿でありながらソフィアの手甲だけは、他の部位に比べ違和感があった。そしてソフィアもまた自分が知っている手甲でない事にこの時初めて気付いていた。
「ふんっ!」
ブリザラの力む声と共に、ブリザラの放った盾による盾当が当たり、吹き飛んで行くハルデリア。
「あれ、それって……ソフィアさんが変身した時に身に着けていた手甲と似ているね」
少し時間が出来たことで、ブリザラは両手を前に出したままソフィアに視線を向けた。そこにはブリザラを茫然と見つめるソフィアの姿があった。
「な、なんて力……」
細い腕のどこにそんな力があるのか、ソフィアは自分と殆ど歳が変わらないブリザラが目の前で人一人を吹き飛ばした事に驚愕していた。
『……王もそう思うか……もしかすると……』
だがそれが普通だというようにキングは何かを考え始めた。その間にもすぐに体勢を立て直しこちらへ迫ってくるハルデリアの攻撃を防ぐ体勢に入るブリザラ。
『ソフィア、その手甲に願え、強くなりたいと』
「はい?」
『そうすれば、我々と戦った時の姿になれる……はず……』
最後は自信無くそう言ったキングの言葉に再び首を傾げる。
「強くなりたいと願うって……なんでよ」
自分が操られていた時の記憶が無いソフィアにはキングが言っている事が理解できない。
『いいからするんだ! それと何がこようと強い意思を持て!』
「はぁ?」
さらなるキングの注文に困惑の色を強くするソフィア。
「もう……強くなれって……」
そう口にした瞬間だった。ソフィアは手甲から凄まじい黒い力を感じた。
(これは……)
記憶は無いが自分の体が知っているという感覚がソフィアをさらに困惑させる。自分はこの力で一体何をしでかしたんだという恐怖が突如として湧き上がりソフィアに襲いかかってくる。
『ソフィア私の言葉を忘れるな!』
困惑と恐怖で遠のくソフィアの意識。
(キングの言葉……強い意思を……私は……)
キングとブリザラはハルデリアの攻撃の合間で、ソフィアの体を呑み込もうとする黒い気配を感じ取っていた。
「ソフィアさん、再会するんでしょ! あなたの好きな人に!」
薄れていく意識の中でブリザラの言葉に頭の中に一人の男の顔が浮かび上がるソフィア。その瞬間一瞬にして真紅に染まり動揺するソフィア。
「なっ!」
思わず出たソフィアの声は喉から振り絞られたような奇怪なものであり否定や肯定にすらなっていない。だがブリザラの突拍子も無い言葉のお蔭で、自分の中に渦巻いていた困惑や恐怖が吹き飛び晴れていく。そしてそれに反応するように手甲に集まっていた黒い力はソフィアの内から生まれた光によって霧散し、今度はその光がソフィアを包み込んでいく。
(これは……温かい……)
温かく守られているような光を思わず抱き寄せるソフィアは、その光を受け入れた。
『うまくいったか!』
ハルデリアとの戦いを続けながらキングとブリザラはソフィアに起こった変化を目の当たりにする。
ソフィアを包んだ光が霧散すると、そこには純白では無く、真っ赤な炎のような全身防具に身を包んだソフィアの姿があった。
「色が違う!」
ソフィアの姿を見ながら驚くブリザラは子供のように思った事を口にする。ソフィアの変化を見つめ戦いが上の空になっているブリザラの隙を見逃すはずの無いハルデリアは、ブリザラに鋭い一撃を放つ。だがそんな攻撃など無かったかのようにブリザラはハルデリアを再び盾当で吹き飛ばす。実はこれで四度目だったりする。
「これ……」
ブリザラによって吹き飛ばされたハルデリアが、建物に凄い勢いでぶち当たっている中、姿が変化した自分に驚くソフィア。湧き上がってくる強い力にソフィアは戸惑うような表情でブリザラとキングを見つめた。
『これも説明は後だ……今は敵の対処を……』
向けられたソフィアの視線に答えるようにしてキングは手甲に隠された力の説明は後回しだと言うと、兎に角今はハルデリアを何とかするんだとソフィアに伝えた。コクリと頷くソフィアは目の前に再度迫ってくる敵を見据える。虚ろな目をしたハルデリアは、ソフィアの放つ強い力に、自分の敵であると認識したのか、無表情のまま手に持った武器で容赦なくブリザラとソフィアに襲いかかる。
「……」
鈍い剣戟の音が響く。
ブリザラの前に盾のように立ちはだかるソフィアは、瞬時に出現させた剣でハルデリアの攻撃を防いでいた。先程感じた重さや痺れは感じられない。当然手に持った剣には傷一つついていない。
凄いと素直に感じるソフィア。あれほどの力の差を埋めてしまうほどの力に自分が今までの自分で無くなった事を理解するソフィア。だがその反面、自分がこの力で今一緒に戦ってくれているキングやブリザラを苦しめていた事を強く確信した。
「なんだか色々迷惑かけたみたいで、ごめん……でもこれからは一緒に戦うから、よろしく! 」
吹っ切るようにそう言うとソフィアは一旦距離をとったハルデリアを追うようにその場から飛び出していった。
『ああ期待している』
ソフィアとキングのやり取りを嬉しそうに見ながら微笑むブリザラは、どんどんと距離が離れていくソフィアの後ろ姿を追うように見つめる。
『王、ニヤニヤしていないで後を追いかけるぞ』
「あ、うんうん」
弾むような返事をしながら、すでに肉眼で捉えるのが困難な距離まで離れてしまったソフィアとハルデリアの後をブリザラは追いかけるのであった。
― 小さな島国ヒトクイ ガウルド ギンドレット跡地 ―
何もかもを切りさく突風が吹き乱れるギンドレット跡地の中心で、手に本を持った少年は、山のようにそびえ立つドラゴンを見上げていた。その眼差しは、ようやく追い求めた者に出会えたという期待に輝いていた。
『坊ちゃん……楽しそうですね』
「……ああ! ようやくだ、ようやく会えた……これこそ絶対的強者、ドラゴンという名に恥じない強さだ!」
伝説の本ビショップの所有者であり、このガイアスとは違う世界からやってきた少年、ユウトは手に持ったビショップの問に興奮気味に答える。すでに無口というキャラを忘れて饒舌に喋るユウトをみてビショップはフフフと笑い声を上げた。
期待の目で見つめられるドラゴン。その姿は絶対的強者であり恐怖を感じさせるものであったが、その内部では、てんやわんやの大騒ぎになっていた。
「何主人格を代れだと?」
呆れたようなニコラウスの言葉が響き渡るドラゴンの内部では、今主人格である竜帝ニコラウスと伝説の防具の所有者であるアキ、伝説の防具クイーンが、次はどうするかで騒いでいた。
「ああ、力の制御をしていて分かったが、ニコが主人格のままだと力を垂れ流しにするだけだ、確かにそれでも強いが、目の前のあいつらには通用しない、だから俺が前に出る!」
現在巨大なドラゴンの姿になっている三人は、ニコラウスが戦闘担当、アキとクイーンがその巨体から発せられる力の制御を担当していた。
力の制御担当であるアキは、今の戦い方では目の前の敵には通用しないと自分が主人格になって戦うとニコラウスに宣言する。だが断固として今の場所を譲ろうとしないニコラウスはイラついた表情を浮かべていた。
『確かにマスターの言うことには一理あります、巨体はそれだけで強力な力、強靭な防御力を誇り、相手を威圧することができる……でも見てください、あの少年の表情……』
クイーンは力の制御と共に、ニコラウスとアキの精神衛生上の管理も影ながら行っていた。それは月石の力の影響があるからだ。月石の力とは想いを力に変えるというものであり、それはアキとニコラウスの精神状態の良し悪しで強さが上下するという何とも厄介な能力であった。そして現在のアキとニコラウスの精神状況はギリギリで目の前の小さな強敵と渡り合えているという状況であった。しかしそれは相手が本気をだしていないだけ、あの少年とビショップが本気を出せばこの均衡を一瞬に崩すことができるはず、だがどうしてだか少年とビショップは本気を出していない。少年とビショップが本気になる前に、彼らの力を上回る何か起爆剤となるものが必要だとクイーンは考えていた。そこで目に入ったのがユウトであった。
「表情?」
現在の主人格となっている竜帝ニコラウスは、巨大な眼で自分の前にちょこんと立つユウトを見つめる。
「ぐぬぬっ……笑ってやがる」
まるで新しい玩具を見つけた子供の様な眼差しをニコラウスに向けるユウト。すでに怒りが頂点に達しようとしていたニコラウスにとってユウトのその眼差しは自分を馬鹿にしているようにしか見えず、ニコラウスの怒りは沸点に到達しそれを現すかのように本体の口からは溜めもないまま、膨大な火炎が吐かれた。
「ドラゴンの代名詞だ! だけど……」
その火炎は何千度にもなる温度を放ちながらユウトに襲いかかるが、ユウトに焦りの色は無い。
「絶対防御……じゃ面白く無いな」
ユウトは迫りくる火炎の中、ゆっくりとビショップのページをめくる。
「ふむ、これいってみよう……『零吹雪』」
軽い口調でユウトがそう唱えると、ユウトの前に突如として扉が現れる。そしてその扉が開いた途端、轟音とともに激しい吹雪が飛び出してくる。その吹雪はユウトに襲いかかるニコラウスが放った火炎とぶつかり合う。
「吹雪如きで我の火炎を止められると思うなよ!」
ニコラウスはそう言いながら、火炎の威力を上げていく。ニコラウスは自分の力を過信していた。それが目の前に起こった異変への対処を遅らせることになった。
「火炎が……凍っている」
ぶつかり合う火炎と吹雪。だがぶつかり合った途端にそこから火炎は凍り出し行く。
「ど、どういうことだ!」
火炎が凍るという不可思議な状況にニコラウスは目を丸くする。
「ニコ、吐くのを止めろ! 俺達まで凍るぞ!」
その状況が危険であると感じ取ったアキは、火炎を吐くのを止めるようニコラウスに叫んだ。ニコラウスも目の前に迫ってくる火炎を飲み込む吹雪に危険を感じ、口を閉じて火炎を止め後方に下がった。
「まあ……流石に回避するよね」
目の前に向かって来る吹雪を咄嗟に回避したニコラウス。その後すぐに吹雪を放っていた扉は締まり、その場から姿を消していった。
「なるほど……持続時間が少ないのが弱点かな」
冷静に自分が放った攻撃を分析するユウト。だがその言葉とは裏腹にユウトの目は更に輝きを増していた。
「あぶねぇ……」
「あぶねぇじゃねぇよ……危うくお前の所為で俺達は氷漬けだ」
ニコラウスの内部ではアキの怒鳴り声が響き渡っていた。
「チィうるせぇな……あんなもん分かるか!」
まさか自分の吐いた火炎が凍るなど誰が予想できるかとニコラウスは逆切れ気味に自分を怒鳴りつけたアキに文句をたれる。そんな二人の姿をみて頃合いだと感じたクイーンは口を開いた。
『あなたは自分の力を過信するばかりに攻撃が大味すぎる、それではせっかくの力がもったいない……』
ニコラウスの気持ちを落とさないよう細心の注意を払いながら言葉を選び口にするクイーン。その言葉にニコラウスは怒っていいのか喜んでいいのか分からないという複雑な表情を浮かべていた。
『その強大な力をもっとうまく利用して、あなたを小ばかにしているような少年をギャフンと言わせたくはないですか?』
少し強引だったかと思うクイーン。
「……むむむ……我の強大な力だと……ふむふむ聞いてやろうではないか」
本当に単純な奴で助かったと再びニコラウスの性格に感謝するクイーン。
『あなたの長所は無尽蔵に生み出されるその強大な力にあります』
「ふむふむ、無尽蔵か、いい響きだ!」
クイーンの言葉に気持ちよくなるニコラウスは顔を二ヤつかせる。
『ただ、折角の巨大な力をあなたは大振りに使うことしか出来ない』
「何だと!」
少し前までニヤニヤしていた表情が瞬時に怒りの色へと変化するニコラウス。二人の話を黙って聞いているアキはニコラウスのコロコロと変わる表情を見て笑いが込み上げてくるのを必至で我慢していた。
『ですが、あなたの力に慣れたマスターならば、あなたの強大な力を最大限に生かせる』
そこでニコラウスの雰囲気がピリッと切り替わった事をアキとクイーンは感じた。
「結局そこにたどり着くか……それは駄目だ……我が主人格であの紙切れを消し炭にしなければ意味が無い……ふざけるのもいい加減にしろよ」
先程ユウトに見せた怒りとは全く別種の冷たい怒りをクイーンに向けるニコラウス。
『……それはどうでしようか……』
だがクイーンも引き下がらない。ここまで単純な奴なのだ、どうにでもなるとこれまでの状況でクイーンに自信を付けていた。
『確かに、主人格として戦うのはマスターだとしても使う力はあなたの力です、これはあなたがビショップやあの少年と戦うという事と何が違うのですか?』
これがクイーンの最終奥義であった。
たとえアキが主人格として戦っていたとしてもその力は竜帝ニコラウスの力であり、ニコラウス自身が戦っていると言ってもおかしくないという理屈であった。屁理屈であるということはクイーンも承知の上ではあったが、ニコラウスの力を使って戦うという事は事実であり、今まで見せてきたニコラウスの単純な性格からして、これでアキへと主人格を代える事ができるとクイーンは確信した。
「……」
考えるニコラウス。
『どうですか? そうすれば今以上にあなたの力をビショップやあの少年に見せつけることができると思いますよ』
最後の一押しと言わんばかりにクイーンはニコラウスを言いくるめようと言葉を重ねる。
「……」
深く考えるニコラウス。現実の時間にしてみればほんの一秒足らずであったが、ニコラウスの内部では長い時間が流れる。
「……何か引っかかるような気もするが……そうか今以上に我の力を見せつけるか、しょうがない、お前の話に乗ってやる事にするぞ」
口を開いたニコラウスは、納得していないようではあったがクイーンの話に乗ることにしたようで首を縦に振った。
落ちたと心の中で握り拳を作るクイーンは単純なニコラウスの性格に大感謝する。
「おお、どうやら代ってくれるみたいだな」
二人の会話を黙って見ていたアキは、話がうまくまとまった事を感じると口を開いた。
「半死体……今は譲ってやるが、少しでも下手に我の力を扱ってみろ、すぐに交代するからな」
そういうとニコラウスは主人格であった場所から下がる。
「ああ、お前に愛想つかされないように頑張るよ」
アキは笑みを浮かべながら今までニコラウスがいた場所へと移動する。
『ふぅ』
クイーンは一仕事を終えたと安堵のため息をついた。
「ところでクイーン」
アキはニコラウスに聞こえないように小さな声でクイーンを呼ぶ。
『ハイ、どうしましたマスター』
自分の仕事をやり遂げ機嫌のいいクイーンは、軽やかにアキの呼びかけに答える。
「お前やるな」
『いえいえそれほどでも、ホホホ』
口に手を当て貴族達が笑うような笑い声を上げるクイーン。それに対してアキも悪い笑顔を浮かべる。
「さて、これからが本番だ、ここまでちゃんと出来なかったらお前の苦労が水の泡になっちまうからな」
そう言うとアキは巨体であるニコラウスの目から自分達の敵であるユウトとビショップを見つめる。
『はい』
「チィ……」
アキの言葉にクイーンとニコラウスはそれぞれ答えると自分達の敵を見据えた。
アキはこの場所で覚えたニコラウスの力の制御を駆使して、垂れ流しとなっていた力を内部へと溜めるため意識を集中させる。
「我が力を制御することなど雑作もない事だ……だが少し時間を貰う」
といいながらニコラウスもアキの力の制御に合わせ、力を内部へと送り込む。
それができるなら、今こんな苦労はしていないと心の中で愚痴を言いながらクイーンも二人の力の制御に合わせていく。
突然巨体であるニコラウスのあちらこちらから煙が噴き出し始めた。それを見ていたユウトは全く警戒することなく、好奇心を全面に出した興味津々の表情を浮かべた。それとは逆にユウトの手に収まっていたビショップは不味いことになったと考えていた。
ニコラウスの巨体を覆い隠すように煙が立ちこみはじめ、すぐに巨体であるニコラウスの姿は煙に消えていく。
「これは……第二形態か? 変身か?」
今までで一番の目の輝きを放つユウト。すでに無口だった頃の面影は無く、死神が今のユウトを見たら誰ですかこの人はと言うだろうと思うビショップ。
期待を胸に変化しようとしている目の前のドラゴンに何もせず見つめ続けるユウト。変化中に攻撃するなど無粋な考えはユウトには無かった。
「これこそ浪漫!」
感情を全面に出してそう叫ぶユウト。変化するという事はさらに強く、より絶対的なドラゴンになるのだとユウトは自分の考えを信じて疑わなかった。しかしそんなユウトの期待は大きく裏切られることになる。
煙が徐々に晴れていくとそこには見るからに小さくなった何者かが姿を現した。
「えっ?」
ユウトの呆気にとられるような声。
『やはり……』
ビショップは自分が考えていた事が実現してしまったことに落胆の声を上げる。
ユウトは最強であるドラゴンと戦う事を望んでいた。それがなぜなのかはビショップにも分からないが、ドラゴンという形をした何者かと戦う事を切に願っていたユウトにとって本気を出しドラゴンへと姿を変えたニコラウスは適任であった。しかしその場に姿を現したのは、何の変哲も無い人の姿をした者であった。
「どういうこと?」
目の前に現れた人間を見て落胆の声をあげるユウト。これをビショップは危惧していたのだ。ニコラウスが強くなろうとビショップにとってはどうでも良い事であった。それよりも姿が変わり、自分の所有者がやる気を失う方が問題であった。
「ふぅ……ようやく人の体に戻れたぜ」
― まあ半分死んでいるがな ―
嫌味を言うニコラウスに苦笑いを浮かべるアキ。
気を取り直してアキは目の前の少年に視線を向ける。
「さて、次は俺が相手だ……て、あれ?」
だがそこにいたのは光を失った目と、あからさまにやる気が無くなったという表情をしているユウトの姿であった。
「お、おーいどうした少年!」
思わず声をかけるアキ。だがユウトはダンマリとしたまま口を動かすのも面倒だとアキを自分の視線からそらした。
「お、おい、なんだその態度」
― ギャハハハハ、舐められてる舐められてるぞ ―
ユウトの態度をみて大笑いするニコラウス。
「うるせぇお前は黙っていろ! お、おーいどうしたんだよ!」
先程までのピリピリした雰囲気は何処へといった状態のなんともたるんだ空気が流れるギンドレッド跡地。
『坊ちゃんに変わり説明しますね』
ユウトが持っていた本から言葉から発せられる。この時アキは初めて伝説の本ビショップの声を聞いた。その声は所有者同様、なんともやる気の無い声であった。
『あ、失礼しました、私伝説の本ビショップという者です』
そう言いながらビショップはユウトの手から離れると眩い光を放ちながら人へと姿を変える。
そこには笑顔という仮面を張り付けたような男が立っていた。その笑顔は笑っているのだが、見る者によっては冷たく残忍な笑顔にしか見えない、そんな表情をしたビショップは一歩足を前に出した。
『ビショップ……なぜこの場で人の姿に』
クイーンはビショップのその姿に驚愕していた。伝説の武具達は、ある一定の場所でしか人の姿にはなれないようになっている。だが目の前の伝説の本ビショップは、このガイアスという世界で人の姿に変化して見せたのだ。
「おやおや、クイーン、私の力は知っていますよね……私の力は模倣……これぐらい朝飯前ですよ」
そういうといつの間にかアキとの距離を超至近距離まで近づいているビショップ。あまりの速さにアキは動けずその場でただ突っ立っている事しか出来ない。
『私は最も創造主に近い存在なのですから』
それはアキに向けられた言葉ではあったが、言葉はアキにでは無く、アキが纏っている伝説の防具クイーンに向けられた言葉であった。
「な、なんだこいつ……」
今まで感じた事の無い感覚を味わうアキは、ビショップから漂うなんとも不可思議で不気味な雰囲気に額からは嫌な汗がにじんだ。
『さて……そうそう、坊ちゃんの言葉を伝えるのでしたね……坊ちゃんはこう言っています、ドラゴンじゃないんだったら興味がないから戦わない……と』
「はい?」『はい?』
ビショップの言葉に呆気にとられるアキとクイーン。
「坊ちゃんにはこだわりがありまして、ドラゴンじゃないと戦いたくないんですよ」
― ギャッハハハハ! 愉快愉快、これは傑作だな……あのガキ中々いいセンスだ! ―
アキの中で笑い転げるニコラウス。
「ふざけるな!」
ニコラウスの笑い声を煩わしいと感じながら、ユウトに対して怒鳴り声を上げるアキ。
「ふざけてなどおりません、これは坊ちゃんの願いですから」
何か問題でも、という表情をしてビショップは自分を見ていないアキに視線を向ける。
「お前は、たかがドラゴンと戦うためだけにこの国を巻き込んだっていうのか?」
アキの怒鳴り声がユウトに向けて放たれる。だが当の本人はそんなアキの怒鳴り声を気にする事なく無関心無感情のまま、アキとは別の方向をみている。
「お前、人の話はちゃんと聞け!」
それは一瞬、閃光の二つ名を持つスプリングよりも速い動きでアキは目の前のビショップを避けると、真っ直ぐにユウトに向かって行く。その勢いのままアキは拳を振り上げユウトに振り下ろす。振りぬかれた拳はユウトへと直撃する。しかしバチンという派手な破裂音とは裏腹にユウトが吹き飛ぶことは無く、その場に居座り続けている。
そこには絶対的なユウトを守る透明な壁が存在していた。
「あらら、私に構わず坊ちゃんに手を出すとは……少々煩わしいですね」
顔は笑っているのだが、その表情に温もりは無く、まさに絶対零度のような笑顔を浮かべるビショップは、ゆっくりと振り向いたかと思うと、次の瞬間にはユウトに拳を振り下ろしたアキの後方へと立った。
「でははっきりといいましょう……坊ちゃんの望みを邪魔したあなたはもう終わりです……消えなさい」
アキはビショップの言葉に悪寒が体中を駆け巡る。そして次の瞬間
「なっ! ……ガハッ!」
アキの背中には凄まじい重さの衝撃が加わり、地面へと押しつぶされていた。
「……」
その光景を遠目から見る一人の剣聖がいた。
「……色んな意味で不味いなこりゃ……」
独り言を呟く剣聖インセントは目の前に広がる状況が危険である事を悟る。
「しゃあない……」
インセントは頭を掻きながら誰にも悟られないように気配を殺し、その場から姿を消した。
― 小さな島国ヒトクイ ガウルド 中心街 ―
「……なっ!」
時が止まった事によって状況が変化した事によって驚きを隠せない者がキングの他にもいた。
「ソフィア! 何処だソフィア!」
実は時が止まっていた事などと知りもしないスプリングは、忽然と自分の目の前から姿を消したソフィアを探す為、周囲を見渡しその姿を探した。だが誰も居ないガウルドの中心街には当然ソフィアの姿も無い。
「どういうことだ……ポーン、お前何か知らないか……」
自分の両腕のナックル伝説の武器ポーンに話しかけるスプリング。
『すまない……私も主殿と同じで忽然と消えたソフィア殿に驚きを隠しきれない』
「そうか……何が起こったんだ……」
『……』
ポーンはスプリングに分からないと答えていたが、心当たりがない訳では無かった。しかしそれをどうスプリングに説明すればいいのか分からず、黙っていることにした。
― 私達の前から一瞬にして姿を消したという事は、時間を操作したとしか考えられない……それをソフィア自身が行ったのか、それとも別の誰かが行ったのかは分からないが…… ―
「とりあえず、移動しよう、ここには多分ソフィアはいない」
ポーンが悩んでいる中、ここに居てもしょうがないと考えたスプリングは中心街から移動することを決め、その場を後にするのであった。
ガイアスの世界
零吹雪
ユウトが伝説の本ポーンのページを適当にめくってそこに記されていた呪文。
目の前に突如として扉が出現し、その扉が開くとそこから、フルード大陸よりも凶悪な吹雪が放たれるという召喚に近い術である。
その吹雪はどんなものでも凍らせるという代物で、本来ならば凍るはずの無い物まで凍らせてしまうという。だが発動時間は短くすぐに切れる。




