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真面目に集うで章 27 不確定要素(イレギュラー)

 ガイアスの世界


 アキとニコラウスによる協力とは?


 文字通りの意味ではあるのだが、アキとニコラウスがお互いに役割を決めて共闘するということである。だが普通の協力、共闘とは違う。

通常一つの体に複数の魂が存在している場合、体の持ち主が主人格と呼ばれ、それ以外が副人格と呼ばれる。

 主人格と副人格の関係との関係は色々とあり、互いの事を全く知らない場合、互いの事を知っており友好的な関係を築けている場合、互いに敵対しており、副人格が体を乗っ取ろうとしている場合と大まかには三つある。

アキとニコラウスの場合、三つ目の関係性が該当している。そして一つの肉体に複数の魂が存在している者は、魂同士で協力することにより、単体の魂では到底到達できない強さを手に入れられることがある。

それは役割分担することが可能だからだ。通常ならば戦闘中一人ですべてやらなければならない事を、体を動かす者、精神集中し魔法を使えるようにする者と分担ができるようになるからだ。

これだけではなく、魂同士の相性が良ければ良いほど、全体的に飛躍した向上がみられることにある。

それゆえに、自分の能力向上を目指し人為的にその現象を起こそうとする者達が多いが、そう言う場合、大抵は失敗に終わり、死亡することが多いそうだ。

ちなみに伝説の防具クイーンの能力とこの現象には近いものがあるそうだ。







  真面目に集うで章 27 不確定要素イレギュラー





 小さな島国ヒトクイ。その城下町ガウルドで『闇』の力が渦巻いている頃、まるでその『闇』に呼ばれるようにしてフルード大陸から駆けるようにして海を渡る白き獣がいた。銀色に輝く体中の毛は光を浴びることによって白く輝き水上でその存在を異様に主張しており、海に生息する魔物や空を飛ぶ魔物達はその白き獣を避けるように散っていく。そして何より異様なのが、白き獣が口に咥えた剣であった。人が扱うには大きなその特大剣を軽々と口に咥え海の上を疾走する白き獣。

 何が目的なのか、眼前に捉えた島に向かい白き獣はその足を速めるのであった。



 すでに地上と地下の境界が無くなってしまったギンドレッド跡地に、上下左右から止むことの無い突風が吹き荒れる。その中心で両腕を無造作に振り回す巨大な体躯の翼の生えた黒きドラゴン。上下左右から無軌道に出現する突風の発生源は、無軌道に吹き荒れる突風の中心部で両腕を無造作に振り回す黒いドラゴン、竜帝ニコラウスのものであった。

 

「うひょおおおお、こりゃ流石にヤバい」


 吹き荒れる突風を目にして、言葉とは裏腹に満面の笑みを浮かべながら必至に突き刺した剣の壁にしがみつく剣聖インセントは突風の向かう先を見つめた。

 突風は無軌道に見えてそのすべてが竜帝ニコラウスの目の前に立つ小さな少年、ユウトへと向かっていいく。だがその突風が自分に襲いかかってくるというのに、本人は涼しい顔でその場に佇んでいる。しかしその表情は先程までの落胆したものではなく、無表情になっていた。


『どうですか、坊ちゃん、竜帝ニコラウスは坊ちゃんの攻撃でも傷一つついていませんよ』


ユウトの手に持たれた伝説の本ビショップは、落胆していた表情が無表情に変化した自分の所有者を見て動物園にいる珍しい動物を目にし、子供よりもはしゃぐ親のように、自分達の前に立ちはだかっている竜帝ニコラウスの状態を伝える。


「……」


当然ユウトはビショップの言葉を無視して、目の前にそびえるドラゴンを見上げた。

 確かにビショップの言うように目の前で突風を作り出し、それをユウトに向けている竜帝ニコラウスの体には焦げ一つついていない。ユウトの発動した攻撃は地面が抉り出され、周囲に存在していた物を瞬時に蒸発させるほどの爆発だったというのに、ユウトの前に山のようにそびえ立つドラゴンは無傷で爆炎の中からゆっくりとその姿を晒してみせたのだ。


「……」


 ユウトは深く思考する。それはこの世界にきて初めての行為であった。何か考えるという行為は知性を持つ生物である以上、常に行われているものでありユウトの頭の中でも色々と考えていたりはするが、ここまで明白に意思を持って一つの対象についてユウトが思考したのはこの世界に来て初めてのことであった。

 明らかに規格外である竜帝ニコラウスの強度、防御力は、ユウトの世界の言葉で言う『不正チート』とよばれてもおかしくない代物でありユウトはそこについて深く思考する。


(……彼奴も『不正チート』を持っているのか……もしくは僕の力が彼奴に劣っているのか……)


己の持つ『不正チート』の回答は否定であった。それは知識であったとしても正しく対価を支払うことによって、容易に自分が知りたい内容を抜き取ることができる。その『不正チート』からの回答は否定、その内容は『不正チート』という能力はこの世界で唯一無二であり他には存在しないというものであった。確かに『不正チート』というものはユウトが居た世界には存在するが、今ユウトがいる異世界ガイアスでは、概念そのものが存在しないものである。一つの事を除いては……。


(ということは……自力で『不正チート』という能力と渡り歩いているということなのか……)


己の持つ能力から聞かされた情報を冷静に分析していくユウト。だとするならば、目の前にいる存在は限りなくアレに近い者であるということになるとユウトは更に思考を続ける。

 ユウトは本来どちらかと言えば現実主義者であり、到底理解できない出来事も何かしらの理由から解決ができると思うタチである。そんな考えを持ったユウトが、魔法や精霊や幽霊ましてやドラゴンがいる異世界にいるのだから皮肉と言えば皮肉であるのだが。

 だからユウトはその考えを一度は否定する。だがこの異世界ではそれが日常であると考え直すのに時間は必要なかった。ユウトの特出する所は、『不正チート』では無く、その柔軟性にあった。

 ユウトがこの異世界で目を覚まし周囲を軽く観察した段階で、自分の中でこれは夢の延長であるという認識がされ、だとすればどう行動するべきか、自分が置かれた立場を柔軟に認識していったのだ。それはユウトの中にある『不正チート』とは別の膨大な知識量がなせる技ではあるが、それ故にユウトは自分の置かれた状況を瞬時に理解し、その知識と照らし合わせ自分の行く道を進んできたのであった。

 それを証明するようにユウトはこの異世界という場所にやって来てから、一度も困った事はなかった。不確定要素である伝説の本ビショップという存在を除いては。だがそれすらも些細な事であり、ビショップが何をしようとしているのか、そして自分がどういう位置づけをされているのか、理解している。

 このガイアスという世界の理から外れた者として、ユウトはすでにゴールの見えた道を歩き出しているのだ。

 そんなユウトの柔軟性が目の前の存在の正体を明白にさせる。


(彼奴は……神……もしくは創造主……)


自分の夢の中で、自分の存在の上を行く者が現れるという状況に多少不満はあるが、それ以上にユウトの心臓は強く鼓動する。


(ならば……やることは一つ……)


自分に示された道に突如として割り込んできた何者かの影響によって、ユウトは道を失おうとしている。だがそれでいい、それがいいとユウトは何時ぶりかの興奮という感情が湧き上がってくるのを感じていた。

 止まない突風。それはどんな物でも切り裂いてしまうような刃となり、ユウトを襲う。それを自分の持つ『不正チート』という能力で防ぎ切っているユウトではあったが、ユウトには気がかりが生まれる。

 あらゆる事象を可能とするユウトの持つ『不正チート』と言う能力は、生物の魂をエネルギーとして発動する。便利な能力ではあるが、使用する内容によって魂の消費量が変わり、場合によってはとんでも無い量を奪われることもある。休む間も無く続く突風による攻撃を、己の持つ『チート』の力で防いでいるユウトは自分の中に内包されている魂の残量を確認した。


(……消費が激しい……)


ユウトの中に内包されている魂の減りは明らかに通常よりも異常な速度で減少していた。というよりもここまでユウトの前で生きていた者が珍しく、ユウトにとっては初めての長期戦といってよかった。ユウトは再度思考する。思った以上に自分が持つ能力の燃費が悪い事発見し、このままでは己の持つ魂の残量が底をつくと考えた。


(ならば戦い方を変えなきゃいけないな……)


だがユウトに焦りは無い。自分の前に不確定要素イレギュラーが立ちはだかるのならば、こちらも不確定要素イレギュラーを投入すればいいと考えたからだ。それは初めての行為。それはユウトが初めて己に降りかかる脅威であると認識した瞬間でもあった。


「ビショップ……力を貸せ……」


『……ふふふ……命令オーダー受けたりました、所有者マイマスター


抑揚の無い、感情の無い声でユウトは手に持った自分の所有物である伝説の本ビショップに命令する。それに答えるビショップの声は、歓喜を帯びていた。


 ユウトが新たな力を投入しようとしている最中、神、もしくは創造主ほどの力を持つとユウトにそう思わせた竜帝ニコラウスの内部では、陰気な場所には似つかわしくない騒がしさが広がっていた。


『マスター、もう少し力を押えて』


「あ……ああ、分かった」


「おい、一向に我の攻撃が効いている気配が無いぞ!」


『大丈夫です、今はそれを続け、距離をとってください、その間にマスターが次の準備をしてくれています』


「……それにしても、あの攻撃は肝が冷えたぜ、なんせ周囲が一瞬にして蒸発したからな」


慌ただしく言葉が飛び交うその場所には伝説の防具の所有者であるアキの姿しか存在しない。だが、アキとは違う男女の声が常に言葉を発している。


『あれほどの攻撃を殆ど予備動作無く放つあの少年は、化け物です……私が月石ムーンロックで出来ていなければ、今この世に私達は存在しないでしょう……ですが……その攻撃をマスターと私が防ぐと貴方は考えていたのでしょう』


何処か含みのある言葉を口にするクイーン。その言葉に竜帝ニコラウスはニタリと笑みを浮かべ


「それはお前も同じだろう」


と返す。そんな腹の探り合いが頭上で行われていることなど気付く暇もないっといった様子でアキは必至で今自分がやらなければならない事に集中していた。そう竜帝ニコラウスの持つ莫大な力の制御ともう一つ、クイーンの体といってもいい月石ムーンロックの制御である。

 月石ムーンアイアンとは、ガイアスの世界では非常に希少な鉱石であり、それは空から降ってきた石だとも言われている。希少なこともさることながら、月石ムーンロックはガイアスに存在するどの鉱石よりも硬質であり、その強度は折り紙付きであった。それ故に加工するのも難しく、武器などに用いられれば、その時点で伝説と名の付く武器といっても過言ではなく、ましてやクイーンのような全身防具フルアーマーともなれば、すでにそれは存在している事が不思議といっても過言では無い代物である。だがその強度が月石ムーンロックが伝説と言わしめる特出した所ではなく隠された力があった。

 それはガイアスの月石ムーンロックを扱ったどの文献にも載っていない使い方である。月石ムーンロックの隠された力とは『思いを力に変える』という所にあった。

 とても曖昧ではあるが言葉通り、月石ムーンロックは使用者の思いを力に変えるという力があるのだ。使用者の思いが強ければ強いほどに力として使用者にその恩恵を与えてくれる。

 その使用例の一つが伝説の武具達の己の姿を自在に変化させることができる能力であった。伝説の武具達が使用者に対して強く想う意思が、力となり形状を変化させているのであった。

 その力は伝説の所有者達にも共有されており、所有者と伝説の武具達の想いがうまくかみ合えばその力は天井しらずといっても過言では無い。

 しかし想いが強ければ誰しもが扱えるという代物では無い。月石ムーンロックにはそれぞれ固有の波長があり、それに合った者にしか、その力を引き出すことは出来ないのだ。アキはその波長が合ったからこそ今、その力を使うことができるという訳であった。

 そして偶然かそれとも必然なのか、主人格として現在ユウトと戦いを繰り広げている竜帝ニコラウスもまたその波長と合う適合者であった。それ故に竜帝ニコラウスとアキ、そしてクイーンの思いが力となりユウトから放たれた攻撃を瞬時に分散することに成功し無傷という結果を生んだのだった。

 しかしクイーンは少し前までこの事を綺麗さっぱり忘れていた。それを思いだしたのは、自称ガイアス一の鍛冶師と豪語する者に修理されることによって思いだした知識であった。

 その事実を忘れたままクイーンはアキとともに戦っていた。だが思いだしてみればなんてことは無い、人が歩くように息をするように扱えるその力をなぜ今の今まで忘れていたのか不思議でしょうがないクイーンは、それが作為的に行われていた事なのだと理解する。

 しかし今はそんな事を考えている余裕は無い。確かに強度もあり、思いを力に変える月石ムーンロックではあるがそれにも限度がある。とういうよりも問題があるのは自分達のほうであった。思いが力になるが故に、その思いを切らしてはならないのだ。少しでも思いが揺らげば即死につながる。竜帝ニコラウスの前で攻撃を防ぎ切る少年はそういう存在であった。それを理解しているクイーンは、説明をする暇も無いまま、その事を知らない竜帝ニコラウスやアキの思いが揺るがないように細心の注意を払っている。自分達は強いのだと思い込ませるように演出するのが、現在クイーンに置かれた立場であった。


『マスターと貴方が協力すれば、絶対に目の前の敵を粉砕できます!』


自分の所有者であるアキは別として、正直竜帝ニコラウスに対しては心にもない事を口にするクイーン。だが今は自分の私的な感情を取り除かなければ、この状況を勝機に出来ない事を理解しているクイーンは自分の感情を捨て去り、自分の役目に徹する。


「あたり前だ……なんせ我は竜族の頂点である竜帝ニコラウス様だからな!」


扱いやすくて助かると心の奥で悪そうな笑みを浮かべ呟くクイーン。


「これでいいかクイーン?」


『はい、見事です先程よりも格段に力の制御が上達していますよ!』


正直先程よりも少し制御が上達したというのが事実ではあったが、クイーンはアキの調子をあげるために誇張する。


「そうか、ならもっと行くぞ!」


こちらも扱いやすいと今度は愛しい我子を見つめるようなそんな笑みを浮かべるクイーン。

 なんとも器用な事をやってのけるクイーンの働きによって現在竜帝ニコラウスは、その力を恐ろしいほどに上昇させていくのであった。


振りぬかれる竜帝ニコラウスの拳。その威力は計り知れないものがあり、その場の地面を更に抉る。明らかに規格外の力はギンドレッド跡地の姿を破壊することによって変化させていく。その力はギンドレッド跡地の外、即ちガウルドに牙を向きそうなものであったが、現在ギンドレッド跡地以外に被害は出ていなかった。その理由は伝説の盾の所有者ブリザラと、その盾キングによる影響からであった。

 アキが竜帝ニコラウスに姿を変えガウルド城の上空は飛びだしてから数分後、反応が消えていたクイーンの反応が突如として復活した事をキングが感じていた。そして私とマスターは大丈夫ですというクイーンの声がキングに伝わる。そしてクイーンはキングとブリザラにあるお願いをしたのであった。


『王よ、流石だ、これだけの巨大な結界を作り出せるとは』


「そ、そうかな」


キングの言葉に真面目な表情ではあるが、少し照れるブリザラ。現在ブリザラとキングはギンドレッド跡地の外で大規模な結界を発動していた。それはスッポリとギンドレッド跡地を覆えように展開されており、中からの攻撃を一切外に出さないようにしていた。守りを司るキングの持つ『絶対防御パーフェクトディフェンス』の応用である。これもまた、少し前に月石ムーンロックの持つ思いを力に変える効果を思いだしたキングによるものであった。

 キングもクイーン同様、自分の所有者であるブリザラの思いが揺らがぬよう最善の言葉を投げかける。ブリザラはキングの言葉を信じ、更に展開している結界の強度をより強固なものへとしてみせた。


 『現在、中がどういう状況になっているのかは分からないが、それでも小僧やクイーンが無事であることは確認できた、ならば、今内部にいるクイーンの言葉を信じ、この町に被害が出ぬようにするのが我々の仕事……だが……』


クイーンから頼み事はギンドレット跡地から発生するあらゆる攻撃の防御であった。現在ギンドレッド跡地では、すでにガウルドが一瞬にして吹き飛ぶような攻撃が幾度となく繰り返されている。それを防ぐためのブリザラとキングによる『絶対防御パーフェクトディフェンス』の応用であった。


「どうしたのキング?」


キングの言葉が最後で尻つぼみとなり、気になったブリザラはキングに素直に聞いた。


『いや、なんでもない、王よ、今は自分の力を信じて力を振うのだ』


ブリザラの表情は不安に曇りそうになっている事を察したキングは、すぐに話を切り替え不安がるブリザラの意識を別の所を移す。

 納得してくれたのか、それともキングに余計な心配をかけないように振る舞ったのかそれは分からないがブリザラは結界の維持に意識を戻した。そんなブリザラをみて安堵するキング。それと同時に精神的に成長したなと考える。精神もそうだが戦う者としての力量は目を見張るものがあった。それは異常ともいえるほどに。


(確かに、月石ムーンロックの持つ力が影響しているのは確かだが、それにしても王の成長速度、そしてなにより現在の力が大きすぎる)


キングはブリザラの驚異的な成長と強大な力を前に疑問が浮かんだ。それはブリザラがあまりにも急速にそして、強大な成長を見せているからだ。本来ならばここまでの成長も強大な力もこの短期間の中ではありえないものである。たとえキングの補助が付いていたとしてもここまでの急速な成長はありえない。

 キングの予測ではギンドレッドの半分を覆うことができる結界が作れれば上場いや合格であった。だが今その結界はギンドレッド跡地全体を覆い尽くしている。しかもブリザラには余裕があるようで、ブリザラが本気を出せば余裕で町全体を覆い尽くすことも可能なのではないかとキングは結界を維持しているブリザラを見てそう推測していた。

 そして何よりも自分の所有者であるブリザラの瞳は赤く輝いていた。何度かその現象を目の当たりにしているキングは、それが自分の知っている《王領域キングオブテリトリー》という能力を上回る力であることも認識している。だがそれが何のかを理解できない。

 だが、とキングは更に思考を巡らせる。知らないはずの能力なのに自分はそれを見たことがあると既視感を感じていた。その感覚はガイアス一の鍛冶師を自称する者に修理を行われてから感じるようになったことであったが、結局それ以上の事は何もわからなかった。

 そしてキングの思考は別に移る。我々の曖昧であった記憶をここまで復元させたあの鍛冶師は一体何者なのかと。


 猫型獣人であるソレは、ガウルド城の屋上といっても本来上ることの出来ない場所から、ギンドレッド跡地の状況を静観していた。


「……」


いつもののような愛くるしい、もしくは苛立つような視線はそこに無く、何かを見極めようとするような落ち着き払ったその瞳で事の状況を見つめているのであった。


 ガウルド城へ向かって走り出していた伝説の武器の所有者であるスプリングは、伝説の武器であるポーンによって行先を急遽変更し、今は先程まで自分がいた場所、ガウルド墓地跡、即ちギンドレッド跡地に向かって足を進めていた。そこは先程まで自分の剣の師であるインセントといた場所であり、とんぼ返りのような状態になっていた。

 スプリングは自分の仲間達であるブリザラやアキに合流するためにガウルド城に向かっていたのだが、突然ポーンからクイーンの反応が消えたという知らせを聞いた。その直後上空に強大な『闇』の力を感じ上空を見上げる。だが目視では確認できない高さにその気配があっため、とりあえずガウルド城へ向かおうと走り出し、ガウルドの中心街近くまで来た時に、クイーンの反応が復活したとポーンから知らせを受けた。そしてギンドレッド跡地に来てくださいとクイーンから指示を受け、踵を返しギンドレッド跡地に向かい走り出してしばらくしてのことであった。

 スプリングの足は突然走るのを止めた。ガウルドの町、ギンドレッド跡地まで一本道である大きな通りで現在人っ子一人居ないはずのその場所に、スプリングが向かおうとするのを阻むかのようにして立つ少女の姿があったからだ。


「……お前……」


少女はまだ少し幼さの残る顔をしており、活発そうな褐色の肌がその顔とマッチしてとても可愛らしい。だがそこにある表情は幼さも可愛らしさも存在しない無であった。

 自分の事を時に怒ったり笑ったり泣いたりとコロコロと表情を変えた瞳に今はその影すらなく、光は失われ虚ろで、深く曇っている。だが確かに自分の事を見据えていると感じるスプリング。

 スプリングは少しの間だが仲間として背中を預けた少女の顔を思い浮かべ、目の前の少女に重ねる。それは寸分の違いも無いはずだが、スプリングが思い浮かべた少女の表情とは全く違い冷たい。一瞬別人では無いかと思うほどであったが、確かにスプリングの目の前にいる少女は、スプリングの思い浮かべる少女と一致する。


「……ソフィア」


声を振り絞るようにしてその少女の名を口にするスプリング。だが冷たい表情にその言葉は届くことなく、少女は手に持っていた自分よりも大きな特大の槍を構えた。その瞬間少女の体は純白の全身防具フルアーマーに包まれる。


「対象を……消去」


明らかに感情が乗っていない冷たい少女の言葉にスプリングの体は硬直する。それが戦いの合図であることを理解しているはずなのにスプリングは一瞬判断が遅れ隙を見せてしまう。

 どう考えても少女の細腕では持ちあがりそうにないその特大の槍がスプリングの胸に向かい一直線吸い込まれるように解き放たれていた。


「うおぅ!」


少女が隙として判断し打ち抜く攻撃。しかしスプリングは自分の思考では無く、今までの戦いで染みついた戦いの記憶で少女の放つ特大の槍の一撃をかわす。


『主殿……ソフィアは』


「ああ……そうだろうな……あれは完全に自我を押さえつけられている」


瞬時に目の前の少女が操られていると判断するスプリングはその事実を一つの希望としてとらえていた。なぜならば、ソフィアの意思で自分達に攻撃をしかけてきている訳では無いからだ。もしこれがソフィアの意思で自分に対して攻撃を仕掛けてきているのであるならば、スプリングにとって重い決断をしなければならなかったかもしれないが、操られているのなら、操る要因を断ち切ればいい。

 アキやブリザラ達から状況は聞かされていたが、自分の目で確認するまでは安心できなかった。もしかしたらという思いがあったからだ。ソフィアには酷い事をしたという自覚はある。一緒に真光のダンジョンへ行っていればという後悔もある。それらの要因が不確定の何かと絡み合いソフィアが自分に刃を向けてくるのではという可能性をスプリングは持っていた。

 だが目の前の少女は操られている。それならば、その後謝ることも、自分の中に生まれた想いを打ち明けることもできるとスプリングは思ったのだ。

 

「ポーン、転職だ」


『了解だ主殿』


スプリングは勢いよく叫ぶと腰に下げた剣の形であるポーンを抜く。それと同時にポーンの能力が発動し、己の姿を上位剣士から拳闘士へと変化させる。ポーンは光を放ちながら二つに分裂し、スプリングの手に纏わりつき形を剣からナックルへと変えた。


「とりあえず意識を絶てばひとまず終わる……話はそれからだ!」


拳闘士ならば、力の調整をすれば、ソフィアに大きな怪我をさせることも無いと考えたスプリングは体を左右に振りながら特大の槍を構える少女ソフィアに向かって走り出した。


「はい……じょ」


「悪い」


ソフィアは迷いの無い綺麗な突きをスプリングに向けて放つ。鼻先をかするソフィアの特大の槍は、スプリングの前髪を少し焦がす。焦げた臭いをその一瞬で感じたスプリングはギリギリの所で避けソフィアの懐に入ると、右腕をソフィアの鳩尾に向けて放った。


「ぐぅ……」


跳ね上がるソフィアの体。息を漏らしたソフィアではあったが、体が跳ね上がっただけで鳩尾へのダメージが無いと言うように、すぐさま次の攻撃動作へと移る。


「堅い……」


スプリングは右手に重い衝撃を感じていた。それは分厚い鉄板を叩いたような衝撃であり、スプリングにもすぐにダメージになっていないことを理解させる。


『主殿、ソフィアが纏っているあの全身防具フルアーマーは……』


ポーンの言葉が言い終わる前に、ソフィアの持つ特大の槍がスプリングの足元の地面へと突き刺さる。その瞬間、スプリングの足元が不安定に揺れ出し揺地面が割れた。


「おお!」


崩れる地面に足を取られるスプリング。地面に突き刺さった特大の槍を軸にして対空時間を稼いだソフィアは体をねじり上げ、地面に突き刺さったままの特大の槍を無理矢動かし、地面を切りながら地面を削りながらスプリングに向けて切り上げた。それは単なる切り上げでは無く、衝撃波を発生させ、鋭い刃となってスプリングを襲う。


「うおっ!」


超至近距離からの衝撃波の攻撃は、めくれ上がる地面がスプリングの視界を奪い衝撃波の刃の軌道を隠した。だがその攻撃をスプリングはギリギリの所でかわす。だが視界が奪われたことによって大きく体を動かし回避したスプリングには隙が生まれていた。虚ろな視線をスプリングに向けるソフィアはその瞬間を逃さない。衝撃波の攻撃すら釣る為の餌でしかないというように、ソフィアは切り上げた特大の槍をすぐさま自分の下へ引き戻し、スプリングに向けて強力な突きを放つ。


「うおっ!」


だがその時スプリングは風の力を纏った拳でソフィアの放った特大の槍の突きを弾く。風を纏った拳により弾かれた特大の槍は上に舞い上がった。持ち手から手を離さないソフィアの手も上へと上がりソフィアの胴ががら空きになる。ソフィアは無防備となっていた。

 

「はぁああああ!」


スプリングの声に反応するように風を纏っていたはずの拳からはピキピキと甲高い音が響く。眩い光に包まれたスプリングの拳は雷を纏っていた。


「!」


再びソフィアの鳩尾に向かって雷を纏った拳をねじり込むスプリング。拳がソフィアに触れた瞬間、拳に纏われた雷は這うようにしてソフィアの全身へとその牙を伸ばし。


「キャアアアアアッ!」


ソフィアの体中に雷撃が広がりソフィアの口から声にならない悲鳴が響く。

 二人以外誰も居ない場所に響き渡るソフィアの悲鳴。当然人っ子一人いないその場所で、ソフィアの悲鳴を聞きつけて助けに来る者などいない。そういないはずであった。。だがその悲鳴を耳にした人ならざる者はその聞きなれた声を聞きとりその場から跳躍するのであった。

 スフィアの悲鳴の直後であった。スプリングとソフィアの周囲にある建物の一つが突然音を立てて崩れた。


「なっ……」


目で追えない速度で何かが接近してくる事を感じるスプリングは次の瞬間には空を舞っていた。


「ガハッ!」


それはなんてことはない体当たりであった。だがその体当たりは出鱈目に重く、スプリングを軽々と弾き飛ばすほどの威力を持っていたのだ。

 空に舞ったスプリングは体を捻り体勢を整えながら地面に着地し、すぐに自分を弾き飛ばした何者かを確認しようと視線を向ける。そこには特大剣を咥えた狼と呼ぶには大きすぎる何かがスプリングに鋭い視線を向けていた。


「な……何だ……」


神々しい白い輝きを放つ銀色の毛をした巨大な狼。それを目にしたスプリングは、何が何だか分からず驚きの表情を浮かべその不確定要素イレギュラーである巨大な狼を見つめるのであった。 






ガイアスの世界


 竜帝ニコラウス(ドラゴン形態協力型)


 狂戦士バーサーカー竜族ニコラウスの竜化し、アキとクイーンが協力した姿。姿形はそれほど変化ないが、力はニコラウス単体の竜化した時の力を軽く凌ぐものであり、ユウト曰く、神か創造主に匹敵する力では無いかと言われている。あくまで憶測の域を出ないが。

 ニコラウスの内部ではアキが力の制御に苦労させられている。だがもしアキが竜帝ニコラウスの力を制御できたならば、ユウトの憶測が事実になる可能性ははらんでいるといっていい。

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