真面目に集うで章 24 偽り
ガイアスの世界
夜歩者同士の治癒
夜歩者の治癒の能力が高いことは知れていることであるが、それは仲間に対しても有効である。
何らかのの要因で自力での治癒が不能になった仲間が居る場合、その仲間を一度取り込むことによって、欠損した体や能力を治癒することか可能である。勿論これは夜歩者同士でなければ成立しないものである。体内に取り込んだ夜歩者の技量にもよるが全快するまでに一カ月ほどかかるという。
ちなみに闇歩者であるスビアがギルを取り込んだ時は、ギルが全快にいたるまでに一週間程度であったようだ。
真面目に集うで章 24 偽り
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
空を切りさくような、時空すら切り裂きそうな速度で小さな島国ヒトクイ、ガウルド上空から滑空するソレは、飛ぶというよりは落下しているようにも見える。
その光景を現在緊急避難が言い渡されたガウルドの人々は不安を顔に浮かべながら眺めていた。
「足を止めないで、城に向かうんだ!」
退避の足が止まってしまった町の人々を城へと先導するガウルドの兵達。だが当然ガウルドの兵達にも不安はあり、一体自分達の町で何が起きているのかと顔には出さないが心の中では不安が渦巻いているようであった。
ガウルド城の前の門を潜り内部へと入って行くガウルドの人々。ガウルド城には災害が起きた時に町の人々を受け入れられるだけのスペースを確保した場所があった。ガウルド城の地下にあるその場所には、ヒラキ王による厳重な結界が施されており、生半可な攻撃では傷一つつかないものであった。だがその結界がどうやって生成されているのか、知る者はヒラキ王以外にいない。その理由はヒラキ王が人ならざる存在であることと関係している。
ヒラキ王、本名レーニ=スネッグは、昔人類を脅かした夜歩者である。人間との壮絶な戦いにより、数を減らした夜歩者の大半は人類と共存する事を望んだ。その中の一人がレーニであった。
そんなレーニがヒラキ王であるということは本人以外が知らない事実であり、レーニもそれをずっと隠し通してきた。何故ならば人類にとって未だに夜歩者とは恐怖の対象であり、憎むべき相手であったからだ。
そんな者が国の頂点にいると知られれば国は混乱し、統制が取れなくなる。そうならないためにレーニは夜歩者という己の存在を殺し、人間ヒラキ王という存在として数十年間、ヒトクイという国を治めてきたのである。
そんな夜歩者レーニが扱う技や魔法の大半には『闇』が含まれており、地下に施された結界の力も勿論『闇』の力が使われている。それを感知できる能力を持った者が結界を見れば一目瞭然でそれが『闇』でできた物だと分かってしまう。従い避難場所に大規模な『闇』の結界が施されている事を他の者に知られる事をレーニは嫌った。だがそれでは、いずればれるのも時間の問題でありレーニは悩んだ。だがそんなレーニの悩みは直ぐに解消されることになる。
それはレーニの中に宿る元ヒラキ王の力であった。元ヒラキ王の死後、レーニはその体を自分の体内に取り込むことによって、様々な恩恵を授かることになった。それまででも十分に強かったレーニの身体的、精神的な力が爆発的に上昇し、今まで苦手であった太陽の光が平気になり、朝昼と活動ができるようになったレーニは人間のように生活がおくれるようになったのである。それだけでなく、生前の元ヒラキ王の記憶の断片も継承し、自分が王として足りない部分を補えるようになり、他の者の前でヒラキ王本人として振る舞う事ができるようになった。そして元ヒラキ王の持つ『聖』の力もレーニの中で息吹きはじめ、現在では『闇』と『聖』の力がうまい比率で混ざり合う事によって、『闇』でも無く『聖』でも無い力を持つようになったのであった。そのお蔭で『闇』の力を帯びた結界であっても、『聖』がまじりあうことによって、それが『闇』で出来ていると探知されることが無くなったのであった。それに気付いたのは、レーニが元ヒラキ王を取り込んでからしばらく経ってからのことであった。
ただの人間であったにも関わらず、夜歩者であったレーニにこれほどまでの変化を与えた元ヒラキ王の存在は計り知れないと言うほかにない。だがこれだけの変質をレーニに与えた要因は、単に元ヒラキ王の力が計り知れないほどであっただけでは無い。それは元ヒラキ王とレーニの間に深い繋がりがあったからだと言えよう。それ故に変質を起こしたレーニの存在は夜歩者とは全く異なる存在になってしまったと言っていい。そう言うなれば道筋が変わってしまった闇歩者と言えばいいのだろうか。
闇歩者であるスビアよりも先に生を受けたレーニは、闇歩者の出来そこないであった。本位その力は人類を、聖狼を蹂躙するための力であったが、夜歩者が描いた存在とはまるで正反対の存在となったレーニは人類を、いや自国を守るための王の力としてその力を覚醒させたのである。
「王、町の者の避難は現在八割といった所です」
町の人々が城に避難してきた状況をガウルドの伝令兵が伝えてくる。まさか目の前にいるのが人類の敵であった存在だとは思わない伝令兵は、ヒラキ王が発する次の指令を一字一句逃すまいと真剣な表情で見つめていた。ヒラキ王の姿をしたレーニは伝令兵から伝えられた内容に頷き
「分かった、残った人々の避難誘導を続けろと伝えてくれ」
直ぐに次の命令を伝令兵に伝えた。
「はっ!」
伝令兵はヒラキ王が口にした言葉を胸に仕舞いすぐさまその場を後に城の外へと駆けだしていく。レーニは伝令兵の背中を見送ると、ガウルド城の中に入って行くガウルドの人々を見つめた。こういった非常時に対してなんの疑いも無く自分の言葉に従ってくれて、問題も無く柔軟に対応してくれるガウルドの人々に、レーニは感謝と自分の不甲斐なさを心に抱いた。
ヒトクイは統一されるまで戦乱の多い国であった。特にガウルドはヒトクイの中心に位置する場所であったため、数々の戦に巻き込まれた町である。それ故にこういった状況に対して町の人々は迅速かつ柔軟に対応してくれる。それは悲しい性質ではあるのだが、それでも生き残ろうとする強い意思に対してレーニはガウルドの人々を尊敬している。だからこそ自分を信頼してついてきてくれる人々にも道を踏み外してはならない。
「……さてこれからどうなる」
レーニは全く先の分からない状況で、王として自分の責任を貫くためガウルド地下に集められた町の人々の下へと足を向ける。城から落下していく何かを見つめながら。
― 小さな島国ヒトクイ ガウルド ガウルド墓地跡 ―
ソレは、度々夜空に流れる願い星のようにガウルドの上空を流れていく。
願い星とは夜空に突如として流れる光の事をいい、願い星、流れ星、凶星と呼ばれ、場所によって願いを叶えるおまじないだったり、ガイアスの涙だとロマンチックな囁きだったり、悪い事が起こる兆候だったりと様々な捉え方をされているようだ。だが現在は朝方であり、通常白や青の光を放ちながら流れていく願い星とは違い、黒い光を放ち流れていく様はどちらかといえば凶星そのものであり、人々の不安を掻き立てるには十分であった。
ガウルド城へ避難する最中である町の人々やそれを誘導するガウルドの兵達は見た目ゆっくりと落下していくようにみえる凶星を見つめる。だが実際には恐ろしいほどの速度で願い星でも流れ星でも凶星でも無い『闇』の塊は一つの場所目がけて落下していた。
それはガウルド墓地跡の地下にある、ギンドレッド跡地の天井に空いた大穴から見つめるユウトとビショップ。ソレが目指す場所は間違いなく自分がいる場所だと確信しているユウトはそれを見つめながら、普段は殆ど変わらない表情に変化が生じる。頬を吊り上げ、それはただ感動と歓喜に震える笑顔であった。
「来たっ! やっと出会えた!」
頭上に迫った『闇』の塊と化した竜帝ニコラウスの影響で、ユウトの遥か頭上にあるガウルド墓地跡は凄まじい突風に見舞われ、それは地下にあるギンドレット跡地にまで影響していた。ガウルド墓地跡と同じように地下のギンドレッドにも突風が発生し、周囲をかき乱しているがそれをものともせずユウトは、周囲に人がいるというのにそれを気にせず声を出し笑っており、人前で無口を通していたはずなのにすっかりその事を忘れ地がただ漏れとなっていた。
その姿を嬉しそうに見つめるビショップ、表情は確認できないが驚いている死神、そして喋れるじゃないかと少し苛立つインセント、それぞれの反応を三人はユウトに向けていた。
『闇』の塊が降ってくるという絶体絶命といっていい状況だというのに、その場を離れる素振りすら見せない二人と一冊と一体。それはユウトが確実に止める事をその場の者達全員が確信していたからであった。ビショップと死神はユウトの強さを嫌というほどまのあたりにしており、ここは安全だという素振りをみせていた。
そして一人未だ事情をあまり理解していないインセントも、周囲の異様に落ち着いた雰囲気と、異様にも見えるユウトの笑みにこの場は安全なのだと確信したのであった。
「……行って来る」
そう言い残すとその場からまるで消えるようにして竜帝ニコラウスに飛び立っていくユウト。
「あ、お待ちを、私も行きますよっ!」
すでに遥か上空に見えるユウトに慌てて声をかけ、同じように上空へ飛び立っていくビショップ。
「おお、空も飛べるのか、高ぇな……こんなことなら俺も空が飛べる術でも学んでおくべきだったな……」
「いやいや、人間の力じゃあんな高さまでいけませんよ」
一人と一冊を見送るインセントは空を飛ぶ術を習得する事がまるで簡単であるかのように口にすると口惜しさを吐露した。だがインセントの言葉に不可能だと見た目とは裏腹に軽い口調で否定する死神。それほどの高さまでユウトは上空へと飛び立っていた。
普通空を飛ぶためには翼を生やす術を使うか風の魔法で空を飛ぶか、大まかに言えばその二つである。だがユウトはそのどちらも使うことなく空を飛び、そしてそのどちらよりも早く上空を駆け抜けていく。
『坊ちゃん、心配ないとは思いますが、あまり無理はしないでくださいね』
その速度に追いつくようにビショップが後を追い、そして珍しくユウトを心配するような言葉をかけてきた。ビショップはユウトに追いつくと本の形になりユウトの手に収まる。
「……」
ユウトは別に自分が興奮し無口を装っていた事を思いだして、黙った訳ではなくビショップが自分を心配した事について考えていた。今までどんな事があろうと自分を心配したことなど一度も無かった。だからこそ目の前に迫る『闇』の塊といっていい、竜帝ニコラウスが今までのどんなものよりも強いと確信するユウト。
『あの……坊ちゃん、いいんですよ無口を演じなくても、もう知っていますから』
わざとらしく、白々しくビショップがユウトに声をかけるが、ユウトはそれに反応することなく目の前の『闇』の塊を見つめていた。何か自分にとって都合の悪い事が聞こえたような気がするぐらいにしか考えていない、ユウトは気にせず落下してくるニコラウスを見据え準備を始めるように体全体に『聖』の力を纏う。
「……まず一発」
殴る動作に入るユウト。その対象は自分よりも何十倍も大きなドラゴンの姿をした『闇』を纏った竜帝ニコラウス。ユウトは近づくそれに目を輝かせ微笑んでいる姿は異様でしかない。
「あ、まずい」
間の抜けたような声をあげるユウト。右手を振りぬくと同時に落下してくるニコラウスが発する『闇』にぶつかる。その瞬間『闇』と『聖』が混ざるようにして互いを喰らい合い、そしてガウルド空には爆炎に包まれた。
爆炎を纏ったニコラウスはそのままガウルド墓地跡へと落下、地面を破壊し、その地下にあったギンドレッド跡地へと衝突する。その衝撃でガウルド墓地跡は跡形も無く吹き飛びギンドレッド跡地が顔を出した状態となっていた。だが本来、ニコラウスの体がギンドレッド跡地に激突したならば、その衝撃で周辺に衝撃波や爆発が起こり、周辺が跡形も無く吹き飛んでもおかしくない状態であったのにも関わらず、そこには衝撃波も爆発もおこらず、小さな地響きだけが広がった。
「おいおい、なんだ結局落下してきたじゃねぇか」
揺れる地面に全く動じることなくその光景を遠目から眺めていた。
インセントはユウトが飛びたった後、その姿をギンドレッド跡地の天井に空いた大穴から眺めていたのだが『闇』と『聖』が入り混じり爆発を見たのを確認し、これは不味いとその場から退避していた。
案の定『闇』の塊は火だるまになりながらガウルド墓地に衝突、その衝撃でガウルド墓地の地面は瞬く間に崩れ落ち、インセントの周辺にも容赦なく降り注いだ。だがそれ以上にニコラウスの勢いは止まることなくギンドレット跡地にまで落下、あれだけのものが自分の頭上に落下してくるのだ、何とかできるだろうと思っていたユウトがいない今、インセントはその場から退避するしかなかった。退避した所で助かるかは分からなかったが。
だがインセントのそんな考えは杞憂に終わる。ギンドレッド跡地にニコラウスが落下、衝突したというのにたいした被害は無く小さな地鳴り程度ですんだのだから。
「おいおい、大丈夫かあの小僧?」
頭や肩にかかった土や何だか分からない骨の欠片などを払いながら、自分の影に隠れ息を潜めた死神に視線を落とすことなく言葉を口にするインセントは、落下したドラゴンを遠目から眺めていた。
「大丈夫ですよ、あの方なら……」
インセントの影からニョキリと顔を出す死神はやはり軽い感じでインセントにユウトは大丈夫だと伝えた。
全身が爆発によって火だるまとなったニコラウスはたたんでいた翼を大きく広げ咆哮する。すると翼を広げた事によって発生した突風が、一瞬にして火だるまとなっていたニコラウスの火をかき消した。それによって遠目で眺めていたインセントの目にニコラウスの全容が明らかとなった。
「ヒュー、ドラゴンか……デケェな……」
ニコラウスの咆哮に耳を押えるインセントは、自分が生きてきた人生の中でこれほどまでに大きなドラゴンは見たことが無いと驚く。だが更に驚く光景がインセントの視界に飛び込んでくる。
「おいおい、あの小僧あの馬鹿デカいドラゴンの足元にいるぞ」
それは咆哮を続けるニコラウスの足元で悠然と立つユウトの姿であった。上空の爆発が直撃したというのに、その姿は傷一つ負っていない。だがなぜかユウトの表情は曇っていた。
「……確かにドラゴンだけど……何か人間臭い……」
『それはしょうがありません、彼は元々、竜族という存在で、人類や亜人と似た姿をしており、知性も持っていますから』
ビショップが目の前に山のようにそびえる竜帝ニコラウスの事を軽く説明する。
「いや、違う……その竜帝とは違う人間の気配がする」
ユウトの勘は当たっていた。
― 場所不明 ―
《このガキが……生意気な焼き殺すぞ》
突風によって滅茶苦茶となっているギンドレッド跡地に一人立つ少年の姿を見ながら吠えるように声を発する何か。
だがその声は目の前にポツリと立つ少年には聞こえていないようで、じっとその声の主達を見つめている。
「あまり興奮するなニコラウス……」
気性の荒い声とは違うもう一つの声がその場に響く。そこにはニコラウスによって自我を取り込まれたはずのアキの姿があった。
『マスター、ニコラウスの感情が高まっています』
そこには伝説の防具であるクイーンの声も響き渡る。
「落ち着けニコラウス……お前の望みは俺達と同じだ、だがあの子供は殺しちゃいけない」
《だがアキ……あのガキ我の攻撃をうけて……》
『忘れないでくださいニコラウス、貴方の目的は……ビショップを倒すことです……それ以外の行為は私とマスターがすべて押さえつけます』
強い口調でニコラウスの言葉を制するクイーン。
《チィ……》
舌打ちを討つニコラウス。だが大人しく従ったようでそこから静かになった。
「さて……スプリングやヒラキ王には悪いが、すべてここで終わらせるとしよう」
アキはそう言うと、あれからじっとこちらを見続ける少年に視線を向けるのであった。
ガイアスの世界
『闇』と『聖』の力のぶつかり
どちらかの力が強い場合弱いほうの力は強いほうに消滅させられる。だが両方の力が均衡を保っていると、そこに多大な力があつまり、大きな爆発を起こすことが現在のガイアスでは判明している。
それはユウトとニコラウスの衝突の時に見られた現象と同じである。だがそれは確率的に言えば零に近い可能性で殆ど起きることは無い。それは狙って出来るものでは無く、全くの偶然に起きた現象である。
ならば元ヒラキ王とレーニの混ざり合う現象とは一体なんなのか……。それは今のガイアスでは全く確認されていない現象であり、どうしてそういうことが起こったのか分かる者はいない。
ただ、その混ざり合った『聖』と『闇』の力に二人の絆が関わっているのではないかと予想される。




