真面目に集うで章 20 まどろみの記憶
ガイアスの世界
ロンキの持つ道具の能力
鍛冶師であるロンキが愛用する道具はどれもが一級品である。下手な武器よりも攻撃力があるようで、弱い魔物なら一撃で倒せると言う。その道具はすべてロンキ自身で作り上げたものであり、長年愛用したことにより独得な能力を得ていた。それは掘り出すことや、加工することが難しいと言われている月石をもたやすく掘り出すほどの能力であった。
ロンキが戦闘職では無いために周囲の者は気付いていないが、伝説の武具達を破壊する事も出来る人物である。
真面目に集うで章 20 まどろみの記憶
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
― 場所不明 ―
そこには何も無く、暗く陰気な場所。音もしなければ光も届かない、何処か寂しさや不安を掻き立てる、人の負の感情が集められたようなそんな場所であった。そんな負の感情が渦巻くその場所には髑髏が漂っていた。それは世界を混乱に陥れようとしている伝説の本ビショップと行動を共にしている死神のトレードマークと言ってもいい仮面であった。人の髑髏であるそれは仮面にも関わらず、不気味さがありまるで本物の人の頭蓋骨ようであった。
どうやら仮面以外は周囲のと同化しているようで髑髏の仮面だけがその場をフワフワと漂っている。仮面の下の素顔や体は闇に溶け込んでいた。だがその姿は闇に抱かれた死神そのものであった。
だが本人からしてみれば自分の事を死神と呼ばれることが不本意であった。自分は死期が迫った者に死の宣告をするなんて事はしない。死が迫っていようが迫っていまいが、関係無くその相手に死を与える。それが死神が自分の事を死神と呼ばれることに対して不本意だと思う理由であった。相手からしてみれば死ぬことは変わらず、タチが悪くなっただけだという事を死神は理解していない。
その姿は皆がイメージする死神そのものであり、出くわした者や周囲の仲間にそう呼ばれてしまう。逆にその姿を見て死神以外のイメージをする方が難しいというものだ。
そして彼の行動や思考からしてもやはり死神以外ありえない。だが死神は頑なにその呼び名を否定している。最近では半ばあきらめているようではあるが。
死神の言葉を尊重するとして一体死神をなんと呼べばよいのだろうか。それは彼にも分からない。本来の真名が彼にもあるはずなのだが、彼の頭の中には数多くの記憶、魂が内在している。
それは今まで彼が刈り取ってきた者達の魂であり、死神はその魂を喰らっていた。それゆえに死神の記憶は他人の魂と混ざりあい、現在では自分が本来何者だったのか分からなくなっていた。そうなれば自我が崩壊しそうなものであるが、死神はしっかりと自我を保っている。それは死神に自我を保たせるほどの強い目的と、死神を導く声があったからだ。
死神の中に響く声がある。本来ならばそんな声聞こえるはずがないのだが、死神の頭に響く声は、呪いの言葉のように彼の頭に響いてくるのだ。
―この世界を滅ぼせ―
と。そして死神に押し付けるように一人の人間の記憶を見せてくる。惨めな男の最後を。
「おい、坊主、酒は?」
ヒトクイの南端にある小さな村、その村の一つに今にも崩れそうな平屋があった。その平屋の中にはみすぼらしい姿で顔を真っ赤にした初老の男が、四歳ぐらいの子供に酒を要求していた。
初老の男を見つめる子供の顔に明るさは無く、真っ白な頭髪は伸びたい放題であり少年なのか少女なのか判断がつかない。服もボロボロでありお世辞にも良い生活をおくっているとは言えなかった。だがそれを差し引いたとしても、その子供の顔の作りは綺麗であり、こんな状況でなければ将来は美男か美女という可能性が溢れ出ているようであった。
ヒトクイ南端にあるその場所はオキンドと呼ばれた場所であり、ヒトクイと言われつつも小さな島々からなるオキンドは、ヒトクイ同様四季はあるがヒトクイに比べると常に温かい。そしてヒトクイとは別の文化を持っているようで食べ物や街並み、人の恰好などもヒトクイとは異なり独得の姿をしていた。
オキンドに住んでいる人々は、皆温厚でのんびりとした者が多く、突然この村にやってきた初老の男を警戒することなく村に受け入れるぐらいであった。
そんなヒトクイからすると独得の文化を持つオキンドに初老の男が姿を現してから四年の歳月が経っていた。この村に初老の男がオキンドが姿を現した時、両腕には赤ん坊が抱えられていた。その赤ん坊が男初老の男を無気力に見つめている子供であった。
「ああ? なんだその目は? いいから早く酒を持ってこい!」
空になった酒瓶の中身を確認しながら初老の男は、子供を蹴りつける。初老の男の姿では無く、内面を見透かしているようなその子供の目が気に食わなくて仕方が無かった。綺麗な顔をしているのに愛嬌の一つも振りまかない子供に苛立ちを覚える初老の男。だが初老の男は気付いていない。自分が目の前の子供をそう育ててしまった事を。
子供は力なく倒れ込むと、表情を変える事無くすぐに立ち上がり初老の男の指示通り酒を探しに部屋を出ていった。
「チィ……俺はな……本当はこんな場所にいるような人間じゃ無いんだ……」
部屋を出ていった子供に気付かないのか初老の男は目を瞑り、栄光に満ちていた過去を語ろうとする。
「俺はな……ヒトクイのガァ……ガァ……」
言葉を口にしようとするのだが、言いたい単語が口に出てこない。
「……俺は……剣の一族、イ……イ……ああああああああ!」
言いたい単語が口から出ない事に怒りを爆発させる初老の男は空になった酒瓶を壁に投げつける。酒瓶は壁にぶつかり粉々になった。それでも怒りが収まらない初老の男は壁に立てかけてある杖を手に持つと砕けた酒瓶を杖で殴りつける。
「はぁはぁ……ぐう……」
肩で息をしながら、粉々になった酒瓶の破片を見て怒りは多少収まったのか、ボロボロの椅子に腰かける初老の男は苦々しい顔になる。
「これも……全部ヒトクイの……」
そこで再び口にしようとしていた単語が阻まれるように口から出てこない。それは初老の音に課せられた制約であった。
初老の男は四年前のとある日まで、ヒトクイの王が住まう城がある城下町ガウルドで剣の一族を束ねる族長をしていた。王からの信頼も厚く、右腕といっても過言では無いほどの影響力を持っていた。
だが男の地位はある日突然失墜することになる。自分は全く身に覚えのない事であり、寝耳に水であったが、一族の中にある一つの派閥がヒトクイの王に対して反旗を翻したのである。その時初老の男は、自宅で好きな酒を飲んでいた。突然町に火が上がり何事かと、城に向かおうとしたのだが、反旗を翻した派閥の者達に邪魔をされ城に向かうことが叶わなかった。そして気付けば事態は収束しており初老の男は何もする事ができなかった。
ガウルドに混乱をもたらした初老の男の一族の一派閥は、後にとある人物に操られていたことが判明する。だが初老の男はその事を知らない。そしてその事実を知らされないまま、その責任を取る事になった初老の男は一族の長から失墜することになる。だが初老の男に課せられた罰はそれだけでは無く、ガウルドからの永久追放、そしてヒトクイに関する事の殆どを言葉にすることを強制的に禁止する、ある種の呪いのようなものを受けることになった。
それは初老の男が他国に渡り、ヒトクイの内部事情を口にしないようにするための処置であったが、自分がやっていない事の責任のために制約を課され、納得できるものでは無いと思う初老の男。だがそれ以上に自分の息子にこの制約が課されなかった事が男の怒りに油を注ぐ。
それは自分が王に信じてもらえていなかったという事であった。王と共にヒトクイを統一するために自分は身を費やしたというのにこの仕打ちはあんまりでは無いかと、ヒトクイの王を恨んだ。
ヒトクイの王の非情とも思える初老の男に対しての処遇。だがそれには理由があった。だがそれすらも知らされることのなかった初老の男をやはり、ヒトクイの王は信用していなかったのであろう。
理不尽な自分への罰にさらに恨みの炎が燃え上がる初老の男。だがただの人に成り下がった初老の男にチリジリとなった一族をまとめ上げ再び反旗を翻し恨みを晴らす術は無かった。
無力になった自分に荒れる初老の男は酒に逃げた。酒好きであった初老の男が飲む酒は栄光に満ちていた日々を酒によって思いだし、今の惨めな自分を忘れ浴びるように酒を飲んだ。美味く感じた酒の味が全く分からなくなるほどに。
その後ガウルドを追放された初老の男は、息子夫婦とヒトクイの北の大地で細々と暮らすことになった。息子の妻は、ヒトクイで一、二を争う魔法の使い手であり、本当の意味でのヒトクイの王の右腕であった。ヒトクイの王からの信頼も厚く、ガウルドを追放になったものの、北の大地で生活するには困らないほどの援助は受けていたようであり、生活には困らなかった。
だが初老の男はそんな息子の妻を納得できるはずも無く、夫婦二人にも怒りを、恨みを持つようになっていた。
なぜ自分は不幸なのに、この家族は自分と同じくガウルドを追放となった身だというのに楽しく笑顔でいられるのだと。そして初老の男は一つの結論にたどり着く。
― その幸せを壊せばいい ―
と。初老の男は剣を持ち自分の息子に切りかかろうと杖に仕込まれた得物を抜こうとする。だがこの時すでに浴びるように、現実から逃げるように酒を飲んでいた男は体を壊し、常時フラフラとした危ない足取りでヒトクイ統一前のような面影は無い。当然剣の腕も見る影も無く、杖に仕込まれた剣を抜くことすらできなかった。そんな初老の男に、現在が男としても剣を使う者としても絶頂期である自分の息子に刃を振り上げることすら出来なかったのだ。結局自分の息子達の幸せを壊すことすら今の初老の男には出来なかった。それに絶望する初老の男。
だがそこで初老の男の中に巣くう闇が耳打ちをする。
― だったら子供にすればいいじゃないか ―
初老の男はスヤスヤと寝息を立て寝ている息子夫婦の双子の子供達に視線を向けた。酒の影響なのかすでに名前など思いだすことも出来ない初老の男は、自分にとっての初孫であり、ガウルドにいた頃に誕生した双子の孫達は初老の男にとっても可愛く映っていた。だがそれはガウルドにいた時までであり、今は自分の情けなさを増長するものでしかない。
だがいくら酒を浴びるように飲み、精神が不安定になっている初老の男にも僅かな良心と、傷つきボロボロになってはいたが武人としてのプライドがあった。
力無き子供に手を上げるなど自分のプライドが許さない。だが再び闇が耳打ちをする。
― そんなもの結局なんのやくにもたたなかっただろう…… ―
その言葉に初老の男の顔は八となる。
自分はヒトクイを統一するためにヒトクイの王とともに立ち上がり、ヒトクイに戦乱を起こした。それはこのヒトクイを良くしようと思う想いからだった。だが今はどうだ、やってもいないことで罰を受け、自分は酒浸りな老人となりヒトクイの辺境の地に追いやられてしまった。
それが自分が持つ良心と武人のプライドの結果であった。
自分の横に置かれた鏡を見つめる初老の男。そこには自分の欲望に素直になり、醜く笑う自分の姿が写っていた。そこで初老の男の中にあった何かがプツリと切れた。
初老の男は双子の片割れを手に抱えると息子夫婦と自分が住んでいた家から飛び出し、そして姿を消した。
そしてたどり着いたのがヒトクイ南端の地、オキンドであった。
最初すぐに双子の片割れは死ぬと初老の男は思っていた。だが何かに守られているのか、それとも純粋にその子供に驚異的な生命力があったのか、初老の男によって与えられる過酷な環境から生き抜き、そして気付けば四年の月日が経っていた。
最初は息子夫婦の子供を連れ去った事で息子夫婦の幸せを奪ってやったと満たされた心も、すぐに消えて無くなり、再び自分は惨めなのだと輪をかけるように酒に逃げるようになった初老の男。
初老の男は愛嬌一つ振りまくことの無い双子の片割れに自分の闇をぶつける日々をおくった。すでに愛情など無く酒を運んでくる単なる道具ぐらいにしか思っていなかった初老の男は、殴っても蹴っても、泣く事無く立ち上がる双子の片割れが、蔑むような目で自分を見つめてくる。その目を見て自分は惨めなのだと再び自覚し、酒を飲み暴れ、その怒りを双子の片割れに当たり散らす。そんなすでに逃れることすらできなくなった輪に囚われた初老の男にもう先は無かった。
闇の声は初老の男が病むほどに発言が強くなっていく。そしてその日は来た。
「家が燃えているぞ!」
「は、早く避難するんだ!」
村人の悲鳴が響く。初老の男の平屋に火が付いた。火はまるでそう動く事を定められたかのように、距離の離れたはずの他の家にも移っていき、すぐに村は火の海と化した。
その光景を村から少し離れた高台から見つめる初老の男。初老の男の目にはすでに理性と呼べるものは無く、舞うように村を飲み込む炎を映し出していた。
「……」
物言わぬ口元が醜く歪む初老の男。だが初老の男は気付かない。舞う炎が自分の体にも移って来ている事を。炎が全身に回った初老の男は自分が燃えていることに気付かずに朽ち果てていく。
初老の男が死の間際に見た最後の光景は、焼かれていく村から逃げ出そうとする村人を村もろとも闇に呑み込まれていくというものであった。その闇は初老の男をも呑み込みそしてそこで初老の男の意識は途切れた。
これが死神が毎回見せられる記憶であった。すでにその記憶が何者であり、なぜそんな記憶を見せつけてくるのか死神には分からない。だがその記憶の最後に記憶の主が口にした最後の言葉が死神の心に突き刺さり、そして行動を起こさせるように駆り立てるのだ。
― 世界を滅ぼせ ―
と。
暗い以外に何も無いその場所に漂う髑髏の仮面が、息を吹き返したように動きだす。するとその動きに合わせるかのように、暗く何も無いその場所は霧が晴れたように霧散する。そこに現れたのははガウルドにある裏路地であった。そして霧散した何かを取り込むようにしてボロボロのローブを身に纏った死神が姿を現した。
「分かっていますよ……後少しです、世界が滅ぶ扉が開くのは……」
そう言うと死神は薄暗い路地裏にかすかに顔を出す月を何も映らず何も無い虚空の髑髏の仮面から見つめるのであった。
ガイアスの世界
名も無き死神
謎の多き者、死神。 今までその手にかけた者達の魂を取り込み己の糧にしてきた外道と呼ばれる者である。
その他の能力は未だに解明されていないが、伝説の武具の所有者と同等の力を持っていると思われる。
どうやら色々な者達と因縁があるようだ。




