真面目に集うで章 18 前哨戦
ガイアスの世界
ロンキの生態
ロンキは基本怠惰である。なので基本自分に振られた仕事をしようとはしない。だが自分が興味を持った物、者には強い執着をみせる。それは下手をすれば変態とよばれるほどのものであり、そうなった時のロンキを見る周囲の目は恐れだったり、気味悪がったりする者が殆どである。
だがそれゆえにロンキが没頭した時に作り出す、武器や防具の性能は一級品であり、他の追随をゆるさない。
そのため、ロンキに武器や武具の製作を頼む人々はロンキに気に入られようと必至になる者が多い。そんな中、伝説の武具の所有者達は極めてロンキには冷たい。だが伝説の武具の所有者達の武具があまりにも素晴らしいために、何度冷たくれよえうとも結局は手を貸してしまうのであった。
真面目に集うで章 18 前哨戦
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
ガイアスにある大きな三つの大陸。それに囲まれるようにして小さな島国ヒトクイはある。ヒトクイの中心である城下町ガウルドを見下ろすようにしてそびえるガウルド城。普段は静かな城の周辺は、現在夜だというのに大勢のガウルドの兵達による警戒態勢により慌ただしくなっていた。
そんな慌ただしいガウルド城内部にある広間では、伝説の武具を所有した者達が集まりガイアス全土に迫っている驚異に備えるべく、話し合いが行われていた。
だが現在、話の中心となっている者はヒトクイの王でも、伝説の武具の所有者でも、はたまた元盗賊で現在は王の護衛兼身の回りの世話をしている者でも、大精霊と呼ばれる者でも無く、ガイアス一の鍛冶師自称する猫獣人である亜人であった。
「……それは本当なのか?」
伝説の剣の所有者であるスプリングが、目の前にいる猫獣人であるロンキに驚いた表情で声をかける。周囲にいる伝説の武具の所有者達もロンキの言葉に驚きの表情をし、声を上げていた。
周囲の者達が驚いたロンキの言葉とは、アキが纏っている伝説の武具からその伝説の防具を外すこと無く調べる、または修理をすることができるというロンキの言葉であった。
武器や防具を自分の身から外し整備する、そんな事当然だろうと思うかもしれないが、それが出来ない理由がアキにはあった。
伝説の防具の所有者であるアキは伝説の防具であるクイーンと出会った時、黒竜の攻撃により致命的な傷を受け死んでしまっていた。体から抜け出すアキの魂は魂があるべき場所へと向かおうとしていたのだが、それを伝説の防具であるクイーンが無理矢理体にとどめ、アキを死んでもいなければ、生きてもいないという生き物としてはとても不安定な状態にとどめたのであった。
そんな状態である事が許されているのはクイーンの持つ力であり、クイーンはアキの生命維持としての役割も担っていた。現在のアキからクイーンを離せば、すぐにでもアキの魂は肉体から離れ、アキは死ぬ。それがアキからクイーンを離せない理由である。
アキの生命維持を担っているクイーンをアキの体から離す事が出来ず、調べることも修理することも出来ないと思われていたのだが、ロンキは少し大変だができると言い放ったのだった。
「だから言ってるニャ、大丈夫だって……さてそれじゃ早速伝説の盾と防具を拝見するニャ!」
視線を伝説の盾であるキングと、伝説の防具であるクイーンに視線を向けるロンキ。手をポキポキと鳴らしやる気十分といった感じで二つの伝説の武具に近づいていくロンキ。その姿に伝説の武具の所有者であるアキとブリザラはある種の恐怖を感じ後ろに下がる。
「逃げちゃ駄目ニャ~、それじゃ調べられないニャ~」
どこか座り暗い光を放つ目をしたロンキが、耳まで裂ける笑みを浮かべ両手をワナワナさせながら二人ににじりよってくる。引きつらせた表情の二人はなぜか金縛りにあったように体が動かずもう後ろに逃げることもできなくなっていた。
「……お、おい、俺達これから変なことされないよな?」
辛うじて口を動かすことはできるようで、アキはこれから起こる事を想像して顔を青くしていた。
「へ、変な事ってなんですか?」
基本世の中、特に下世話な類の物事に鈍感であるブリザラですらアキの言葉を聞いて恐怖を倍増させているようであった。
『マスター、私気分が……』
『王よ……私もクイーンと同じく気分が……』
伝説の武具達に気分が悪くなることがあるのかと言われれば、疑問であるが、クイーンとキングの気分は今、絶不調に陥った様子であった。
「……へ、変な事なんてしないニャ~大丈夫ニャ! すぐに気分爽快にして上げるニャ!」
ロンキの顔は明らかに動揺していた。
『な、なんだその間は!』
『止めて~私の純潔が!』
まるで変質者のような表情のロンキの言葉を最後に、アキとブリザラ、伝説の防具と盾の恐怖から絞り出された悲鳴が広間に響き渡った。
「……なあ、ポーン、俺達あんな感じだったっけ?」
『ロンキ殿が興奮したことで禍々しくなっているように見えるだけでやっていることは、私にしていた事となんら変わらないと……思いたい……』
すでに事切れたような状態になっているアキとブリザラ、そして沈黙したままうんともすんとも言わない伝説の武具を見て自信無くそう呟く伝説の武器ポーン。
「ブリザラ王!ブリザラ王ぉぉぉぉぉ!」
「まてまてお前病み上がりでそんなに激しく動くな」
そこで騒ぎ出したのは、ブリザラを自分の命に代えても守ると心の中で誓っているピーランであった。、ピーランは発狂していた。そんなピーランの体を心配しつつ、ピーランがブリザラの下へ突っこんでいかないよう羽交い絞めにするウルディネ。
なぜこんな事を私が、という表情でウルディネはため息をつく。
「でも、ブリザラ王が、ブリザラ王がぁああああああ!」
ブリザラと騒ぎ散らすピーラン。ウルディネは呆れ果てたように再びため息をつく。
「ダンジョンの中で意識を失って大事なオウサマを守れなくなった奴は誰?」
ウルディネはピーランの耳元で静かにそう呟いた。ウルディネの言葉が耳に入った瞬間凍りついたように固まるピーランは、そのまま膝から崩れ落ちた。
「……そうだった……私は無能……無能だ……ブツブツブツ……」
体を丸め膝を抱えるとブツブツと呪文のように言いだしたピーランは、見るからに落ち込んでいた。そんな姿を見て一仕事を終えたというようにウルディネは汗をかいてもいないのに腕で額を拭う。
「……大丈夫なのだろうか、あの二人?」
ヒラキ王がスプリングの耳元で囁いてくる。ヒラキ王の顔はロンキをこの場に呼んだことを悔いているようなそんな表情であり口元を引きつらせていた。ヒラキ王の問に苦笑いを浮かべることしかできないスプリング。
珍しい武具に我を忘れているだけのロンキではあったが、実際、その光景をはたから見ると強姦しているように見えなくも無い。そんな光景にスプリングも自分が選んだ選択は間違いではないと言える自信が無くなりつつあった。
スラリスラリとヒラキ王から距離をとるスプリング。
「と、とりあえず、この間に私は少し外に出てきますね」
「スプリング殿!」
脱兎のごとくその場から逃げ出すスプリング。混乱した状況に取り残されたヒラキ王は、スプリングの背中を恨めしそうに見つめていた。
― 小さな島国ヒトクイ ガウルド 城門外 ―
『はぁ……主殿、あの場にヒラキ王だけ残して大丈夫だったのか?』
混乱したガウルド城内の広間から脱兎のこどく逃げ出したスプリングを心配するポーン。正直ポーンはあの場に残るべきだと思っていた。
「だ、大丈夫だろう……それに今俺があそこにいても何も出来ないからな……それにウルディネさんとピーランさんもいるじゃないか」
『大丈夫なのか? ピーランは落ち込んでいたようだし』
どう考えてもあの二人にあの場をまかせるのが不安でしかたがないポーン。
『ああ……まっまあ大丈夫だろ、それよりも今できることをやろうと思っただけだ」
目が泳いでいるスプリング。どうみてもあの場にいたくなかっただけだろうと思うポーン。
『体の良い言い訳にしか聞こえなくも無いが……』
「うっ……な、何言ってるんだそんなことは……」
さらに目が泳ぎ語尾が聞き取れなくなるスプリング。
『はぁ……それで主殿が今出来ることとはなんなんだ?』
若干呆れながらもポーンはスプリングを責めるのを止め、スプリングが口にした今できることが何なのか聞いた。
「……あ、ああ……ガウルド墓地だ」
ポーンの言葉責めから解き離れたスプリングは内心安堵しながらポーンに今から向かう場所を教えた。
『ガウルド墓地……』
ガウルド城を背にして現実から目を背けるようにしてスプリングは目的地となったガウルド墓地に向けて歩き出した。
『……嫌な思い出しかない所だ』
「……ああ、俺もそうだよ」
スプリングの脳裏にガウルド墓地で起きた苦い記憶が蘇る。
夜歩者の圧倒的な強さによって死の淵を彷徨ことになったスプリングには、足を踏み入れたくない場所でありその気持ちはポーンも一緒であった。
『なぜガウルド墓地に? 現在では跡形も無く吹き飛んだと聞いているが』
数日前、スプリング達が真光のダンジョンから帰還する少し前に突如として起こったガウルド墓地を中心とした爆発。それはスプリング達の真光のダンジョンからの帰還を待っていたかのようなタイミングであった。
その直後、謎の光の柱がガウルド墓地のあった場所から伸びるようにしてガウルドの上空に打ちあがったという。その光景はガウルドの町の人々に恐怖を与えた。そんな話が真光のダンジョンからガウルド城へ直行したスプリング達の耳には入っていた。
爆発によって消し飛んだガウルド墓地の地下には、ガウルドとは別のもう一つ町があり、そこには闇王国という一つの国といってもおかしくない規模の盗賊達が住まう場所があり、その盗賊の頭であり、町の王といってもいい夜歩者の上位種である闇歩者スビアが根城としていた場所でもあった。
「ああ、結局何やかんやでガウルド墓地の地下には行けなかったから、行ってみたいと思って」
元々とある事情でガウルド墓地の地下にある町を目指していたスプリングであったが、結果地下に潜入する直前で夜歩者の襲撃にあい、死の淵を彷徨うことになった。自分が敗北した場所にもう一度赴くというのはどんな気分であるのだろうとスプリングの気持ちを考えるポーン。少なくとも気分がいいものでは無いと思うポーンはスプリングの行動に疑問を持った。
「良くも悪くもあそこから始まったような気が俺はするんだ……あれがあったお蔭で俺は次に進めた、今こうしていれるのは、あの敗北があったからだ……あの敗北が無かったら今の俺はいない……でももう次は御免だからな……今の内に戒めておこうと思ってさ」
なるほど二度目の失敗をしないためかと頷くような声をだすポーン。それはスプリングが心情にしている油断しないという言葉と繋がっているようにも感じた。
ガウルド墓地があった場所に向かう道中、スプリングの視線にはボロボロになった町が映る。建物が建物に刺さっているというとんでもない光景を目の当たりにしたスプリングは爆発がどれほどの威力であったのか容易に想像できた。
スプリングはガウルドの町が燃えている所を目撃していた。だがその時ガウルド城でも異常が起こっており、スプリングはガウルド城へと走り出していたのであった。なので町の優被害状況などはガウルド城の兵達から聞いていたが、直に目で見るのは初めてであった。
『これは……』
町の惨状に思わず呟くポーン。
ガウルド墓地を中心とした爆発による被害は、ガウルド墓地付近の建物を吹き飛ばし、一体は焼け野原のようになっており、吹き飛んだ建物の瓦礫が爆発に巻き込まれなかった建物に被害を与えていた。
だが町の一部が消失したといってもいい現状であるにもかかわらず、そんな惨状の中で死者が出なかった事は奇跡と言っても過言ではなかった。
ガウルド墓地周辺は、地下にあったギンドレッドが消滅した際の爆発により、その場所を危険と判断したヒラキ王はガウルド墓地周辺に警戒態勢を敷いた。その警戒体勢が幸いし、周辺の町の者達がその場から避難していたことでその後に起こった爆発と謎の光の柱による被害を最小限に抑えることができたようだ。
「……にしても凄いなこの町の人は、もう復興作業が始まっている、しかも皆希望を失っていない目をしているよ」
夜も深いというのに爆発によって吹き飛ばされた建物の瓦礫をせっせと取り除いている町の者達の目に疲れは無く、すぐに復興してやるんだという強い意思さえ感じ取れる。これが現ヒラキ王の国なのだなと改めて、町の者達とヒラキ王に感心するスプリング。
『人とは愚かな生き物ではあるが、逆に強い生き物だな、主殿』
感心していたのはポーンも同じようで、復興作業を続けている人々をみてスプリングにポーンはそう言った。
「だな……」
人間の代表として柔らかい口ぶりではあったが厳しいポーンの言葉に苦笑いを浮かべるスプリング。
スプリングとポーンがそんなやり取りをしていると、目的としていた場所が視界に入ってくる。
「……こりゃまた本当に跡形も無いな……」
スプリングの視界に入った光景、周囲には小さな松明が置かれているだけであまり遠くまで見えないが、それでもスプリング達に異様な雰囲気を感じさせる。小さい町が消し飛んだその場所には果てしなく巨大な窪みがあった。爆発の中心地であるが故に、地面の土は焼け未だに煙が漂っている。表現し難い臭いがスプリングの鼻孔に入ってくる。
『これが例の爆発によって出来たクレーターか』
「クレーター?」
聞きなれない言葉に頭を傾げるスプリング。
『こういった大きな窪みの事をクレーターと言う、本来は隕石が地面に衝突してできるものなのだが』
「隕石って空から降ってくる大きな岩の事か……俺も話でしか知らないけど……何で空から岩が降ってくるんだ?」
スプリングは隕石がなぜ空から降ってくるのかポーンに質問する。
『それは……』
そこでポーンの思考にノイズが掛かる。
『なるほど……禁止事項……封印か』
自分にまだ記憶の封印が掛かっていることに気付くポーン。
「?」
『すまない、私にもその理由は分からない』
自分にまだ封印が掛かっている事を隠したポーンは、スプリングにそう言うと沈黙した。
「まあいいや、それよりも俺はそのクレーターの中心にいる気配が気になってきたからな」
距離にしていえば走って数分は掛かりそうなクレーターの中心部に、スプリングは何者かの気配を感じ取っていた。
常人では気配など感じ取れる距離では無く、ましてや肉眼では絶対に確認できない距離である。それに加え現在は夜で視界が悪い。スプリングもクレーターの中心にいる気配を感じただけで目で認識した訳ではなかった。だがスプリングは中心部から放たれる気配が何者であるのか分かっているようであった。
「とりあえず中心に向かおう」
スプリングは躊躇することなくクレーターを滑り落ちていく。焼けた土や石が、スプリングが滑り落ちていくことによって崩れ、バラバラとスプリングの後を追うように下へと落下していく。クレーターの底に着地すると同時に中心部にいる気配に向かって走り出した。
「んっ?」
気配の主もスプリングの気配に気付いたのか、スプリングの方角に視線を向ける。するとその気配の主の視線の先には、今は剣である伝説の武器ポーンと戦続きの剣を握りしめ戦闘態勢にに入っていたスプリングの姿があった。
「ほほう……」
気配の主の口元はニヤリと笑みを浮かべている。手をスプリングの方に向けるとそこからは無骨という言葉一番合う、切るというよりも押し潰すと言ったほうが分かりやすい大剣が現れる。
「うおああああああ!」
スプリングの気合の入った叫びと共にスプリングは跳躍する。ガイアスの平均男性の身長三人分ほどの高さまで跳躍したスプリングは右手左手に持ったポーンと戦続きの剣を十字にクロスさせて中心部にいた人影に向かって落下した。
スプリングの二振りの剣と人影の太剣が剣戟を響かせた瞬間、クレーターの中心部にいた人影の立っていた地面はひび割れその者の足が沈む。そして周囲には焼けた砂や岩が爆発するかのように舞った。
「小僧っ!」
顔から見える年齢とは反して肉体はまだ若者のようなその人影の姿、そしてスプリングには聞きなれた低く勇ましい懐かしい声。それは自分に剣の道を教えた剣聖の姿であった。
「インセントぉぉおおお!」
人影をそう呼んだスプリングは素早くインセントの足元に落下すると左手に持っていた戦続きの剣をインセントの足元に向けて薙いだ。
「ふん、甘いっ!」
だがインセントは余裕という表情で大剣を自分の足元に突き刺した。突き刺したインセントの大剣が盾となり、スプリングの攻撃を防ぐ。
「チィ……!」
防がれた事によって隙が生まれたことを危惧したスプリングは咄嗟に後方にバックステップをするとインセントから距離をとった。
「おうおう、師匠に向かって手荒い歓迎だな」
地面に突き刺さった大剣を抜くと自分の肩に持っていき、トントンとさせながら余裕の表情で距離をとったスプリングに視線を向けるインセント。
「何が手荒い歓迎だ涼しい顔しやがって」
スプリングはポーンを地面に突き刺すと戦続きの剣を右手に持ち変えた。
『主殿、お師匠殿にいきなり無礼ではないか? それとなぜ私を地面に突き刺す?』
スプリングの突然の攻撃と、自分が地面に突き刺された事を抗議するポーン。
「おお、その剣ポーンなのか? へぇ~それが真の姿て訳か……」
以前見た時と形がすっかり変わったポーンを見て驚くインセント。
「ポーン、このやり取りは挨拶と一緒だ、気にするな、それとお前を地面にに突き刺したのは、純粋にお前の力を使わないでインセントと戦いたいからだ」
せわしなく説明するスプリングは言い終えると同時にインセントへと攻撃を仕掛けていた。
『なるほど、分かった主殿の気持ちを汲んで私はここで見物するとしよう』
スプリングの説明で納得したのか、その場で静観することを決めるポーン。
「たくひよっこが、お前がポーンの力を使わないで俺と全うに戦える訳……うおっ!」
そう口にするインセントの頭上をスプリングの戦続きの剣が鋭く通り過ぎる。
「余裕こいてると痛い目にあうぜ剣聖!」
「ほほう」
笑みを浮かべるインセントはその笑みの奥で、弟子の成長に驚いていた。自分の下から旅だった時よりも、久々にガウルドであった時よりも明らかに攻撃の鋭さが増していた。
(たく……乗り越えたな……このクソガキ)
以前スプリングに久々に会った時に感じた危うさが無くなり、指摘した壁を乗り越えた様子であるスプリングを前に心を躍らせるインセント。
地面を蹴るスプリングは隙が出来た懐に切りかかる。
「だがっ!」
スプリングの攻撃に合わせるように自分の懐をずらし攻撃を空ぶらせるインセントは、大剣をスプリングの頭上に振り下ろす。
「がっはっ!」
打撃のような大剣の攻撃を背中に喰らうスプリング。
(ズラしたか)
わずかな時間でスプリングが自分の体をずらし、大剣による攻撃を最小限に抑えていた。
「ぐぅ……なんだその大剣、刃が潰れてるじゃないか!」
「ははは、当たり前だ、可愛いお前に刃なんて向けられるか」
ワザと臭くそう叫ぶインセント。明らかにスプリングに対しての挑発であった。
「ふふふ……インセント悪いな……もう昔の俺じゃない、そんな挑発に俺は引っかからない!」
「ははは、そんな表情で言われてもな……」
ポリポリと顔を掻くインセント。状態を起こし再び剣を構えるスプリングの表情は今にも怒りが爆発しそうであった。
その後もスプリングとインセントの攻防は続く。スプリングが切りつければそれをインセントがいなし、インセントがスプリングに大剣を叩きこめば、その攻撃を避ける。いつしかその攻防は師が弟子に稽古をつけているようなものになっていた。
「おらおら、疲れたか、攻撃が単調になってるぞ」
「ぜぇぜぇ……うるせぇよ」
スプリングは目の前でニヤニヤしているインセントに向けて今日一番に研ぎ澄まされた突きを放った。
「だから甘いんだよ!」
だがその突きはインセントの予想を超える速度でインセントの頬をかすめた。突然の突風が二人の間を駆け抜ける。
「へへへ……油断しちゃだめだぜ」
へとへとな表情は満足したのか、その場に崩れ落ちた。インセントは驚いた表情で自分の頬に出来た切り傷に触れる。
「ふふ、ふはははは……やりやがったな!」
弟子がようやく自分に一太刀いれたことに喜びを爆発させるインセントは力一杯にスプリングの肩を抱いた。ブンブンと体を揺らされ、スプリングは目を回しそうになる。
「はっはははは、これでお前もようやく一人前だ」
「い、痛い、痛い……」
容赦なく肩を叩かれスプリングは苦痛に顔を歪ませる。だがそんなスプリングの表情はどこか嬉しそうでもあった。
「まあまだ甘々だが、合格だ……強くなったなスプリング」
「インセント……」
小僧では無く自分の名前を呼ばれたことに、スプリングは驚いていた。インセントが自分を認めたように思えたからだ。
「まあ、まだまだだけどな」
「うるせぇ!」
互いに笑みが零れる。そんな二人の姿を見ていたポーンも見た目では分からないが目的を成し遂げたスプリングの姿に感動しているようであった。
だがこの場にいる二人と一本は知らない。日が明け運命の日がやってきた時、再び互いの剣を交えることになることを。そした互いに隠し持った本当の力でぶつかり合うことになることを。
師としてのインセント
二人の稽古は基本実戦形式の者が多く、まだ幼かった頃のスプリングは結構な頻度で大きな怪我をしていた。
それは当時インセントがまだ人に剣術を教えることに不慣れであったからであり、スプリングと別れてから、インセントも世界各地で剣の指導をするようになって力の加減などを覚えていったようだ。
気付けば短期間で教え子を強く成長させられるほどの指導者になっていたようで、インセントに教わった者達は凄い成長を遂げているようだ。




