真面目に合同で章 15 旅立ち
ガイアスの世界
サイデリーと他国との状況
ある主、サイデリーという国は、ガイアスに他国からすれば異端な国であると言ってもいい。
そう言われてしまう理由はやはり他国を侵略しない、侵略しないというサイデリーが掲げる信念だろう。
現在ガイアスで大きな戦争を行っている国は無いものの、どの国も他国との間に問題を抱えているのが普通である。
しかしその中でサイデリーともう一つとある国だけが、唯一他国との問題を抱えていない国と言える。それはサイデリーが侵略しない、侵略させないという信念を掲げていることが大きな影響を与えているが、それとは別にサイデリーという国が大国であるという理由も大きかったりする。
サイデリーという国は、雪国でありながら、食料や資源、技術など様々な分野に置いて他の国では太刀打ちできない力を有している。その恩恵を受ける為、下手な問題を起こさないよう他の国も配慮しているというのが、正直な所であったりするのかもしれない。
真面目に合同で章 15 旅立ち
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
ブリザラが放った言葉は、サイデリーの人々を激震させ動揺させた。しかしそれでもブリザラの言葉や意思を否定しないのがサイデリーの人々。混乱し戸惑いを見せつつも氷の宮殿前に集まった人々は、サイデリーの王の意思や想いを尊重し、ブリザラが旅に出ることに納得する。
だがブリザラの発言に納得したのはサイデリーの人々だけだ。他大陸や他国からやってきた者達からすれば一国を背負う身分の王が国を離れる理由としては、あまりにも相応しくない内容であった。
まだ王の立場として一国を背負うには幼いという状況を差し置いても、ブリザラの発言は明らかに軽率だと他大陸や他国から来た者達は、サイデリーの王に失望の色を濃くする。
そんな中ブリザラに対して失望する他大陸や他国の人々の集団から一人二人と離れていく者達がいた。その数は数十人。バラバラに散らばり足早にその場を離れていく者達の表情は、皆一様にブリザラに失望した他大陸や他国の者達とは違い二ヤついた表情をしていた。そんな彼らの正体、それは各国の密偵であった。
国総出の大きな祭りである春の式典の開催によってやってきた旅行客や冒険者、戦闘職に紛れサイデリーへ情報収集にやってきた各国の密偵達は、今まさに大きな情報を手に入れたと歓喜の笑みを浮かべていたのだてある。
元々サイデリーの情報はその殆どが公に公開されており彼らは自分達が喜ぶような情報は得られないと思っていた。しかし蓋を開けてみれば王自らが彼らが欲する情報を提供したのだ。ブリザラが旅に出る、それは密偵達の顔が笑みで歪むほどにおいしい情報であった。
だがなぜブリザラがサイデリーから出て旅をするというだけで、密偵達が笑みを浮かべるのか、それはサイデリーという国がガイアスの中心といってもいいほどの大国であり、その大国の王がブリザラであるからだった。
ブリザラが旅に出れば、体を休める為、旅をするうえで必要な道具を揃える為に当然のように他国に立ち寄ることになる。それが自国であった場合、万全の準備を持ってブリザラをもてなす事が出来る。ブリザラをもてなす事が出来れば、自国とサイデリーの間で行われる外交の際、物事が有利な方向へと進むのではないかと密偵達は考えているのだ。
ブリザラは旅に出るといっただけで何処に行くなどの情報は一切口にしていないというのに、各国の密偵達はブリザラが自国に来ることを確信したかのように口元を歪め我先にと得た情報を自国に伝えようと動きだしたのだ。自分達が得た情報が無駄になる可能性のほうが高いというのに。
だが無駄になる可能性が高いと分かっていても自国に伝えるだけの価値がある。他国からすればそれだけの価値が、大国であるサイデリーとブリザラにはあるのだ。
《各地区の盾士達に通達、危険指定されていない国の密偵はかまうな、危険指定されている国の密偵の行動にだけ注意しろ、サイデリーを出国する素振りをみせたら即刻拘束、直ちに尋問に移れ》
響声の応用、静声によって大臣の声が盾士達の耳にだけ響き渡る。
本来、手に入れた情報を自国へと持ち帰りその情報を元に他国との外交を有利に進めていくのが、密偵の役目であり仕事である。多くの国の密偵がここの行動に準ずる者達であるが、中には例外もある。その例外というのが大臣が口にした危険指定された国の密偵である。
危険指定された国とはサイデリーの思想とは相反する危険な思想を持った国の事であった。その大半が財源が枯渇した国や、軍事武装を主軸とし隣国と常に戦争状態になっている国である。そういった国は常に戦争をする為の火種を求めているのである。
そんな危険指定された国の密偵がとる行動、特に多いのがそれは要人の誘拐であった。誘拐する方法は様々であるが、今回の場合、旅に出たブリザラを誘拐し、サイデリーに対して多額の身代金を要求するの方法をとる可能性が高い。一国の王の誘拐が成功すれば、外交以上の利益を得ることは約束される。もし失敗したとしても何やかんや因縁をつけて戦争状態へと運ぶことも出来て、火種を求めている危険指定された国にとってはうまみしかない。
《特に港の警備をしている盾士達は、危険指定されている密偵の動向を見落とすな、海に出られたら追うのは難しい……その前に食い止めるんだ》
密偵が海に出ることだけは確実に止めろと港にいる盾士達に念を押す大臣の指示を受け、港で警備をしていた盾士達は身を引き締めた。
大臣の素早い対応、これは全て事前にガリデウスと打ち合わせをしていた結果であった。ブリザラが氷の宮殿前に集まった人々の前に立つ少し前、ブリザラが旅立つことをガリデウスから聞かされていた大臣達は、各国の密偵が、旅立つブリザラを利用しようとする可能性を考えていた。
その中で特に危険指定された国の密偵の行動を危惧した大臣達は、サイデリーの盾士達全員に危険指定されている国の密偵の情報を公開し素早い行動をとれるよう事前準備をさせていた。
そのお蔭で、好きな人がいるというブリザラの突然の発言に対して大臣達や盾士達は動揺したもののすぐさま行動に移すことが出来たという訳であった。
ブリザラの発言によって慌ただしくなった雰囲気、しかしそれとは違う慌ただしさが漂う氷の宮殿前で盾士達はすぐに危険指定されている国の密偵達の後を追う為に行動を開始するのであった。
「ブリザラ様! 全く事前の打ち合わせとは違うではないですか」
人々にサイデリーから旅立つことを話終えたブリザラがテラスから部屋へ戻ると何とも言い難い複雑な表情で話しかけてくるガリデウス。いや正確に言えばガリデウスの顔は、ブリザラが好きな相手は誰か聞きたいそうな表情といったほうが正しい。
「私はガリデウスの注意事項は守ったと思いますが?」
しかしブリザラもそれを分かっていてあえて触れず、ガリデウスと交した注意事項を自分は守ったと主張する。確かにガリデウスが口にした注意事項、なぜ王であるブリザラが旅立たなくてはならないのかについては、好きな人がいる発言によって守られている。
「ですが、もう一つ交した注意事項はその……守られていません……皆……その……王の言葉で混乱しています」
だがもう一つの注意事項、人々を混乱させないというものは本来とは別の状況で守られていない。確かにサイデリーに迫る危機という点で国の人々は混乱していない。しかし、ブリザラの好きな人がいるという発言によって違う混乱を招いた事は事実であった。
「その……王の……」
「それについては内緒です」
ガリデウスがブリザラに好きな相手の事を聞こうとした矢先、ブリザラは笑みを浮かべて先手を打った。
「ブリザラ様……」
ブリザラから好きな相手の事を聞けないことに対してなのか、それともブリザラに好きな人がいるという現実を直視したくないからなのか、ブリザラに内緒と言われたガリデウスは力の抜けた声を漏らす。
「この話はこれでお終いです、これから私は旅立ちの準備をします……ガリデウス、後の事を頼みます」
今まで少女のような表情をしていたブリザラが突然サイデリーの王としての表情になりガリデウスにそう告げる。
「……分かりました……明日早朝の出発でよろしいですね」
王としての顔を見せているブリザラにこれ以上食い下がっても話してくれないだろうと悟ったガリデウスもまた、サイデリーの王に仕える最上級盾士の顔に戻りこの後の予定を口にする。
「あの、お話に割って入る事をお許し願えますか」
ガリデウスが明日の出発をブリザラに告げている王のお付役であるピーランが二人の会話に入ってきた。
「なんだピーラン?」
ブリザラのお目付け役でもあるピーランの言葉に素直に聞く態勢に入るガリデウス。
「このままいけば明日、港にはブリザラ様の旅立ちを見送ろうとする人々で溢れかえる可能性があります、そうなれば、また良からぬ事態が起こらないとも限りません……出来れば出発は速めがいいかと……」
それはブリザラの命を狙っていたピーランによる助言であり警告でもあった。
もし明日ピーランが予定時刻通りに港に向かえば、ブリザラを見送ろうとする人々で溢れかえることは氷の宮殿前にいた人々の様子を見れば確実であるのは確かであった。娘や孫のように思ってきたブリザラとの別れ、それはサイデリーの人々にとって是か非でも立ち合いたい所である。下手をすれば今日氷の宮殿前に来ることが出来なかった者達も港に押し寄せる可能性は高い。そうなれば港は本来の役割を果たすことが出来なくなり収集がつかなくなる。それは国としては避けるべき事態であった。
そしてそんな混乱に乗じて良からぬことを考えた輩、ブリザラの命を狙った者や盾士達の追跡を逃れた危険指定された国の密偵が行動を起こさないとも限らないと思ったピーランは、自らの経験を踏まえてブリザラとガリデウスに忠告した。
「確かにそれはありえるな……」
説得力のあるピーランの言葉に頷くガリデウス。
「……王……どうなさいますか?」
最終決定するのは旅立つブリザラ、ガリデウスは決断をブリザラに委ねた。
「……確かに、出発するのは速いほうがいいかもしれない、皆さんとお別れの挨拶が出来ないのは残念ですが、これも混乱を避けるため……・分かりました、すぐに旅立つ準備をします、ピーランさん手伝ってください」
少し考えた後、ブリザラは本心を口にしながらもピーランの忠告を受け入れ、直ぐに旅立つことを決断した。
「はっ!」
ブリザラの言葉に深く頭を下げて返事をするピーラン。
「……それと、この事をアキさん達に伝えてもらえますか……」
ピーランの助言と警告を受け、急遽旅立つことを決めたブリザラは、旅に同行することになっているアキ達にも出発が早まった事を伝えるようピーランに指示を出した。
「ああ、それなら問題ない、今の今まで全部話は聞いていた」
しかしその必要は無いという声がブリザラ達が居る部屋に響く。いつの間にか部屋にアキの姿があった。その横には、目を擦り眠たそうな表情のウルディネの姿もあった。
「アキさん!」
突然姿を現したアキに驚くブリザラ。その顔は一瞬にして赤く染まる。
「はぁ……どーせこんな事になるだろうと思ってな……俺達のほうは準備できている、後はオウサマ達だけだ」
気だるげな雰囲気を出しながらアキはそう言うとブリザラに視線を向けた。
「あ、はい……それじゃすぐに支度してきます、行きましょうピーランさん」
アキに視線を向けられたブリザラは何故かその視線から逃れるように慌てて部屋を出ていく。
「あ、はい」
そんなブリザラの様子に首を傾げながらも後を追って部屋を出ていくピーラン。
「……」
「……」
部屋に残されたアキとガリデウスの間には微妙な空気が流れる。
「うーん、アキよ……私は眠いぞ……」
先程からアキの隣でうとうとしているウルディネが眠いと訴える。
「……はぁ……眠いってお前は子供か?」
そう言いつつも内心ガリデウスとの微妙な空気を壊してくれたウルディネに感謝するアキ。
「仕方ないだろう、体は子供、テイチなのふに゛りくられね……」
もう喋ることも辛いのか、途中で喋る事を放棄したウルディネは大きな欠伸をすると、近くにあったソファーに倒れ込む。すると間もあかないうちに子供らしい寝息を立て始めた。
ウルディネがぶち壊してくれた微妙な空気が一瞬にして復元され、再びアキとガリデウスの間に微妙な空気が流れ始める。
「……その……なんだ……王を……頼む」
口火を切ったのはガリデウスであった。短い言葉ではあるものの、その言葉からはブリザラを想う気持ち
が強く感じられる。言葉の終わりに深く頭を下げるガリデウス。
「……本当、この国の連中はご気軽に頭を下げてきやがる……他の国じゃいいカモにされるぞ」
ガリデウスが会話の口火を切った事で多少話しやすくなったアキ。しかしその口から出たのは皮肉であった。
「頼み事がある場合、自分の非が確実である場合、頭を下げるのはサイデリーでは常識だ」
それは国の王であろうが、最上級盾士であろが変わらないというように、アキにサイデリーの常識を伝えるガリデウス。
「へ……それで今までよく国を保ってこれたな……他の国で王やあんたみたいな立場の人間が頭を下げたら大事になるぞ」
サイデリーの常識はその他ガイアスの国ではありえないことが多い。特に劣悪な環境の国で幼少を過ごしていたアキにとっては全く受け付けない物ばかりであった。
「それでどっちの立場であんたは俺に頭を下げた?」
「どっちの立場?」
アキの問の意味が分からないと首を傾げるガリデウス。
「最上級盾士としてのあんたか……それともあのオウサマの親代わりとしてのあんたなのかと聞いている」
アキがガリデウスに向けた問、その答えはアキには分かり切ったことであった。だがそれをあえてガリデウスに問うアキ。
「……どちらの立場としてもだ、最上級盾士として王に仕える自分、そしてブリザラ様の親代わりとしての自分その両方の立場で……私はお前に頭を下げ頼んでいる……」
アキはなぜ自分はこんな問をガリデウスにしてしまったと思ってしまうほどにガリデウスの答えは当然のものであった。その上でアキはふと自分の事を考えた。自分の両親が生きていたとして、もしこんな状況になったら両親は自分のために頭を下げてくれたのだうかと。両親の顔すら思いだす事が出来ないアキは、少し心が落ちている事に気付くとすぐに考えるのを止めガリデウスに視線を向ける。
「どうか、ブリザラ様の事を頼む」
「……」
再度、今度ははっきりとブリザラの旅に同行するアキにブリザラを頼むと告げるガリデウス。しかしアキはそのガリデウスの言葉に沈黙した。
人一人を守る事が難しい事は、テイチの件で痛い程痛感しているアキ。結果的に命は助かったもののテイチを目の前で死なせてしまった事が心の中で引っかかっているアキは、素直にガリデウスの言葉に答えることが出来なかった。
「……とりあえず、やれることはやってやる……」
これが今のアキがガリデウスに答えられる精一杯の返答だった。
「……ふふ、こちらとしてはそれでは困るのだがな……」
アキの頼り無いない答えに鼻で笑うガリデウス。
「だがまあ、絶対と守ると吐く愚か者よりは信用できる」
ガリデウスの過去に何があったのかは分からない。しかしその人生の中でガリデウスは、絶対という言葉はあれど、実際には有り得ない言葉である事を学んだガリデウスは、この場面で絶対と口走らなかったアキに一定の評価を告げる。
「……チィ……」
ガリデウスの言葉に自分が試されていた事に気付いたアキは、機嫌を損ねたように小さく舌打ちする。
「こんな所でその子を寝かせていたら風邪を引く、来客室を開けるから時間までその子を寝かせるといい」
機嫌を損ねたアキに苦笑いを浮かべながらガリデウスはその視線をソファーで寝ているウルディネに向けた。苦笑いであったはずのガリデウスの表情はいつの間にか本物の笑みへと変わっていた。
「おいおい、寝ているこいつを見てあのオウサマの小さい頃とか思いだしていないだろうな?」
以外にも変な所で感が鋭いアキ。ガリデウスは図星だというように再びその表情は苦笑いに染まる。
「まあ、用意してくれるっていうんなら、遠慮なく使わせてもらう」
そう言いながらアキはソファーで寝ているウルディネを抱き抱える。
「オウサマの準備が出来たら知らせてくれ」
そう言うとアキはガリデウスを残し部屋を出ていくのであった。
「……まさか……な……」
アキの後ろ姿を見てガリデウスの脳裏に過るある可能性。だがすぐにその可能性を否定するガリデウスは、今までウルディネが寝ていたソファーに腰掛けると力を抜くようにしてため息を吐くのであった。
― サイデリー 氷の宮殿内 長い廊下 ―
「ピーランさん、先に行ってもらえますか」
氷の宮殿の長い廊下をピーランと共に歩いていたブリザラは、突然立ち止まると同じく足を止めたピーランに対してそう告げた。
「どうなされたのですか?」
突然足を止めたブリザラにその訳を聞くピーラン。しかし何も答えず自室とは違う方向へ歩き出すブリザラ。
「ブリザラ?」
今度は友達としてブリザラに話しかけるピーラン。すると自室とは別の方向へ歩き出していたブリザラの足が再び止まる。
「……ちょっと寄っておかなければならない所があって……」
呼び止めたピーランに困った表情で事情を説明するブリザラ。
「……悪いね、一応私はブリザラのお付だ……ちゃんと場所を伝えてもらわないと色々と困る」
あえて友達の立場のままでブリザラにそう告げるピーラン。
「……父の所へ挨拶してきます」
「父……わかった……時間はあまりないから、手短にな」
ブリザラの父と言えば、サイデリーの先代の王である。ブリザラのお付になる上で氷の宮殿のあらかたの場所は頭に叩き込んだピーラン。これからブリザラが向かう場所を悟ると、これ以上聞くのは野暮だと思ったピーランは、それ以上何も言わずブリザラを見送る。
父の所。すでにブリザラの両親はいない。そんなブリザラが父に会いに向かう場所、それは歴代の王達が眠る墓であった。長く続く廊下をゆっくりと進むブリザラ。
今まで父の死をうまく受け入れることが出来なかったブリザラは、歴代のサイデリーの王、そして父が眠っている墓がある場所に近づこうとはしなかった。それはその場所に行けば父の死を認めることになるという父を失う恐怖からくるものであった。
しかしその考えは子供じみている。そう思ったブリザラは、今一度しっかりと父の死に向き合わなければならないと思っていた。
歴代のサイデリーの王の遺体が安置されている墓のある建物の前に到着したブリザラ。その瞳は決心したように強い意思を秘めていた。
ゆっくりと足を進めブリザラは建物へと足を踏み入れていく。ひんやりとした空気がブリザラの頬を撫でる。春を迎えたとは言え、夜になればサイデリーの気温はガクッと下がる。しかしそれだけの寒さでは無い。墓のある建物特有の空気とでも言えばいいのか、ただ気温が下がっただけのものでは無い寒さがブリザラの体を通り抜けていくのだ。自分の足音以外何も聞こえず薄暗いその部屋でブリザラは右左に視線を振りながら今自分がいる位置の確認と目的の場所までどのくらいかを簡単に測っていた。ブリザラの視線に入る墓標は古くはなっているがしっかりと手入れされたている。だがブリザラが目的としている墓標とは違い、ブリザラは更に奥へと足を進める。
ブリザラにとって祖父である先々代の王の墓を通り過ぎその先へと進むと目的の場所、ブリザラの父、先代のサイデリー王が眠る墓標か姿を現した。
「……」
立ち止まったブリザラは、まだ新しい自分の父が眠る墓標に視線を落とす。
「お父さん……今まで来れなくてごめんね……」
亡き父との久しぶりの再会。今まで来ることが出来なかった事を謝るブリザラ。しかし当然墓標の下に眠る父がブリザラに語り掛けてくることは無い。
「……私、これからサイデリーの外に出るよ……きっと危険な事も沢山あると思うけど……私絶対に帰ってくるから……だから……みまも……ううん、待っていてね」
見守ってと言いかけたブリザラは、首を横に振って待っていてねと言い換える。その言葉には父の死を受け入れるという確かな決意が込められていた。
「……それじゃいくね……」
短い再会を終えたブリザラは、父の墓標に背を向け、来た道を戻る為踵を返した。
(……いってらっしゃい)
「えっ!」
自分の耳に懐かしい声が聞こえたような気がしたブリザラは、思わず振り返り父の墓標に視線を向ける。しかしそこには物言わぬ墓標が立っているだけで特に変わった様子は無い。
「……」
気のせいとは思いたくないブリザラは、父が眠る墓標に笑みを向け、頷くと再び来た道へと視線を戻しその歩みを再開するのであった。
《……先代よ……お前の娘は強く育ったぞ》
― 深夜 サイデリー 港 ―
春の式典の閉会式も終わり静寂に包まれるサイデリーの港。そこには人っ子一人いない。しかしそんな港に小さな光がポツリポツリと浮かび上がった。
「この船がムハード行きってことか……」
自分がサイデリーへやってきた時のボロ舟とは比べ物にならない立派な船を見上げるアキ。その背には爆睡するウルディネの姿があった。
「ああ、これはブリザラ様専用の船だ」
アキの隣に立つガリデウスが目の前に存在する船の説明をする。
「専用? やっぱりオウサマってのはすげーな」
自分とき全く身分が違う事を改めて痛感するアキは、まだ来ていない本人に対して皮肉を言うことができずその代わりにガリデウスで代用した。
「だが残念なお知らせだ……俺達の中にこんな大型の船を操作できる奴いないぞ?」
ブリザラと行動を共にするのは、ブリザラとピーラン。ブリザラは当然としてピーランが目の前の船を操作できるとは思えないアキ。ウルディネに関しては前回の件もあって頼むことは絶対にしないと心に誓っているアキ。だとすれば船を操作できるのはアキだけなのだが、そのアキもボロ舟を操作した経験ぐらいしか無く立派な船を操作した経験は無い。目の前の船を操作するにはそれなりの技量と実力が必要であることを理解しているアキは、その技量と実力を持った人材が旅立つメンバーにはいないとガリデウスに告げる。
『それなら大丈夫だ、私とクイーン二人いればこの大きさの船ならば問題なく操作することが出来る』
暗い港にまた一つの光が増える。その光のほうからする声に視線を向けるアキ。そこには松明を持ったピーランと、ピーランに導かれながら大荷物を背負うブリザラ。そしてブリザラが手に持つキングの姿があった。相変わらずブリザラはアキが視線を向けるとその視線から逃げるように視線を逸らした。
『航海は我々にまかせてください』
張る胸は無いが胸を張るようにクイーンはそうアキに告げる。
「ふーん、なあクイーン……だったらなぜあの時、ボロ舟を操作してくれなかったんだ? そうすれば俺は凄く酷い目に遭わなくて済んだんじゃないか?」
そう言いながらジトっとした目で漆黒の全身防具を纏った自分の体を見つめるアキ。
『そ、それは……あのボロ舟は私と規格が合わないというかなんというか……それにあの時私は色々とありましたし……』
「……」
泳ぐ目は無いが、目を泳がしながら言い訳するクイーン。ひの言葉に更にジトっとした目を向けるアキ。
「もう夜が明ける、時間が無い、話は船にのってからにしてくれ」
そういいながらアキとクイーンの会話を止めるガリデウス。
まだ港は暗いが既に朝が近い。後数分もすれば、漁師たちが目を覚ます時間である。漁師達に見つかれば、すぐさまブリザラが旅立つことが他の人々に広がり港に大勢の人が集まってきてしまう。それだけは阻止しなければとガリデウスはアキとクイーンにそう伝える。
「さあ、王も早く乗船を」
まだ港について一言も発していないブリザラを急かすように乗船させようとするガリデウス。
「待ってガリデウス……」
「な、なんでしょうか王?」
急かされたブリザラはそれに抵抗するようにガリデウスを見た。視線を向けられたガリデウスはすぐさま視線をブリザラから外す。
「……ちゃんとお別れの挨拶をさせてください」
「……」
ブリザラの言葉はもっともであった。今から旅立とうとしている者が、親しい人物に別れの挨拶をする時間は必要である。それに国の人々に別れを言えないブリザラにとってせめて近しい人、ガリデウスだけでも別れの挨拶をしたいと思うのは当然のことであった。
「……色々迷惑をかけてごめんなさい……」
じっとガリデウスを見つめていたブリザラはそう言うと細い両腕をガリデウスの首元に巻き付けるとそのままガリデウスに抱き付くブリザラ。
「……ブ、ブリザラ様……」
その瞬間、困ったような表情になるガリデウスの手は、ブリザラの腰を抱いていいものかとあたふたする。
「そしてありがとう」
ガリデウスの胸の中でそう呟いたブリザラは、ガリデウスの胸から顔を離すとニコリと笑った。
「それじゃ、行ってきます……」
「……行ってらっしゃいませ……」
船のタラップへと足を進めるブリザラ。その背を見つめていたガリデウスは、何かが込み上げてくるものがあったがそれを必至で押さえこんだ。
ブリザラはそれから一度もガリデウスに振り返らず船の中へと入って行くのであった。
「……そいじゃ俺も行くぜ」
何かに堪えるガリデウスを横目にアキは静かにそういうとブリザラが入っていった船の入口へと足を進めていく。
「アキ殿……ご武運を……」
「……ッ!」
背中越しに響くガリデウスの声に目を見開き驚きの表情を浮かべるアキ。久しくそんな事言われなかったアキは、すぐさま恥ずかしそうな表情へと変わる。
「……」
声は一切発さず、右手をヒラヒラとさせガリデウスの言葉に答えるアキ。それが今のアキの最大の返答であった。
「……それではガリデウス様、私も行きます」
そろそろ頃合いだろうと今まで場の空気を読み静かにしていたピーランがガリデウスに声をかける。
「ああ、お付に任命して早々、面倒事に巻き込んですまないな」
「元犯罪者に詫びなんかするもんじゃないよ……今の私が存在するのは、ブリザラ……様とあんたのお蔭だ、サイデリーの王の事は任せな、私の命に代えても守ってみせるよ」
そうブリザラのお付としてではなく一人の人間としてガリデウスに答えるピーラン。
「ああ、頼む」
今までの人生経験で、絶対と口にする人間をあまり信用できないと悟っているガリデウス。しかし命に代えてとまで言われてはピーランの言葉を信じる他には無いとガリデウスは、ピーランの言葉に対して深く頷いた。
「それでは行ってまいります」
再びブリザラのお付としての立場に戻ったピーランはもう一人の主人と言ってもいいガリデウスに深々と頭を下げ、ブリザラやアキが歩いて行った船へと繋がるタラップを歩いていく。
「姉御~!」
「あねー!」
すると突然港の方からピーランを呼ぶ野太い声が響く。
「お前達!」
自分を呼ぶ声に港に視線を向けるピーラン。そこにいたのはピーランがサイデリーにやってきた時に一緒に行動していた仲間達であった。
ランギューニュに捕まってから、一切接触出来ていなかった仲間の姿に笑みがこぼれるピーラン。
「……ふふふ、何だいその恰好は?」
しかし笑みは瞬時に笑いへと変わる。強面の男達の姿が余りにもおかしかったからだ。
「へへへ、似合いますかねぇ」
はにかんだように笑みを浮かべ頭を掻く強面の男達。
「に、似合う……ふふ、あっははははは! 悪い全く似合わないよ、まさかお前達が盾士なんてな! アッハハハハ」
こんなに笑ったのは何時ぶりだろうと思う程腹から笑いが込み上げてくるピーラン。それにつられ強面の男達も大笑いする。
「やっぱり似合わないすよね、アッハハハハ!」
自分達でも自覚しているのかピーランの言葉を全面的に受け入れる強面の男達。
「あっハハハ……うっふふふ……うん、でもいい面構えだ、盾士として立派にやんなよお前達」
強面の男達の充実した顔にうんと一つ頷くピーランは、そう言うと別れを告げたはずのガリデウスに視線を向けた。
「こいつら、今まで悪い事を沢山してきたけど根は良い奴らです、どうか立派な盾士にしてやってください、よろしくお願いします」
「ああ、ビシバシしごいてやる」
ピーランの願いにそう答えたガリデウスは力強く頷く。
ゆっくりと頭を上げたピーランは、今まで苦楽を共にした仲間達に別れを告げるとブリザラ達が待つ船の中へと入っていった。
しばらくすると、ブリザラ達を乗せた船がその船体を揺らしながらサイデリーの港から離れ始めた。ガリデウス達は、朝日が昇り始めた海へと出発した船を黙ったまま何時までも見送り続けるのであった。
ガイアスの世界
魔法 静声
響声の発展形である静声は響声とは真逆の性質を持っている。
広い場所で声を響かせる響声に対して静声は指定した者に向けて発せられるものである。
指定した相手にしか声が届かない為、聞かれたくない話をする場合に使用されることが多い。だが一方通行のため指定された相手は返事をすることが出来ない。




