真面目に集うで章 15 死
ガイアスの世界
ヒトクイの王になる前のヒラキ。
ヒラキについては戦闘スタイルもそうだが、出生についても不明な事が多い。突然現れたかのように、ある時から突然ヒラキはヒトクイに姿を現し名を上げていったようだ。それまでどこで何をしていたのか知る者はいない。だが時折仲間にガイアス各地の話をしていたことから、ヒトクイにやつてくる前は他の大陸にいたようだ。
ヒラキは各地で特殊な技を持つ人々に出会っているようで、その経験からヒラキは数多くの技を習得していたと思われる。
本当に身近な仲間に対して酔ったヒラキはたまに自分が生まれた国の話をしたことがあるようなのだが、どう考えてもガイアスには存在しない国の話であり、酔っ払いの冗談と仲間達は笑っていたようだ。
真面目に集うで章 15 死
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
闇歩者スビアの一撃により倒れたヒラキ。私の視線の先には地面に横たわり今にも息絶えそうな弱い呼吸をしていヒラキの姿があった。それは私が見たことの無いヒラキの姿であった。
ヒラキの戦いの中でヒラキがここまで重症を負った所を私はみたことが無い。いやそれ以前に傷を負った所も見たことが無い。それほどまでにヒラキは絶対的な力を持っていた。そんなヒラキが今地面に横たわり顔を苦痛に歪めている。その姿を見て私は、なぜヒラキがスビアにトドメを刺そうとした時、それを止めてしまったのか後悔していた。
すでに顔色は悪く、貫かれた腹部からは大量の血が流れていた。私は倒れたヒラキに駆け寄り必至でその傷口を手で押さえる。だが血は止まる事なく私の指の隙間から砂のように滴り落ちていく。
「う……うぅぅぅ……」
小さく呻くヒラキに私の体はビクリと反応した。私はヒラキの顔に視線を向けた。
「ヒラキ! ヒラキ!」
私はヒラキが意識を失わないように呼びかけた。呼びかけ続けた。ヒラキの姿に耐えられず涙で視界が歪みヒラキの顔がまともに見られない。私は流れ落ちる涙を必至で拭い視界をクリアにする。だがそれでも止まる事の無い涙がすぐに視界を悪くする。
「ヒラキ……ヒラキ……しっかりしてヒラキ……」
「ゴフゥ……」
ヒラキは吐血したのだろう涙目の視界に真っ赤な色が広がる。
「すぐに……すぐに手当てをしま……す……から……」
流れる血を止めるためさらに手に力を入れ傷口を圧迫するが、やはり傷から血は止まること無く溢れてくる。流れる出てくるヒラキの血を止められない私は自分の無力さを感じていた。なぜ私は回復の魔法を使えないのだろうと。
私は自分が夜歩者であることを忘れ、できもしない事を頭で巡らしていたのだ。夜歩者は『闇』の属性を持った種族であり、自分の体の再生などには特化しているが、他人を回復させる術や魔法などは扱えない。それは回復魔法が『聖』の力を司る魔法であるからだ。『闇』の力を持つ者が『聖』の力を持った魔法などを浴びれば当然それが回復の魔法であったとしてもダメージを受ける。根本的な属性の違いにより私は回復魔法を扱うことはおろか、回復魔法を他の者にかけてもらう事も出来ないのだ。
なぜ私は自分の大切の人の傷も癒せない夜歩者なのだ。
「レ、レーニ……」
籠ったヒラキの声が私の耳に響く。
「ヒラキ喋っちゃ駄目……」
私はできるだけヒラキの体力を消耗させまいとヒラキに喋るなと伝える。だがヒラキは私の言葉を拒否するように首を力無く横に振った。
「聞いてくれレーニ……俺に……もう時間は無い……」
「やめてヒラキ……もう喋らないで」
今はヒラキの言葉を聞くよりもヒラキの負った傷をどうするかが先決だ。そう考えた私はヒラキの言葉を遮ろうとした。
「いいから聞けよ!……お前が責任を感じる必要は無い……俺はあいつに射抜かれなかったとしても、近いうちに寿命が尽きる運命だったんだ……」
「え?」
ヒラキは私の言葉を更に遮り話を続けた。そしてヒラキの言葉は私を凍りつかせることになる。
「……殺魂刀ってあっただろ」
ヒラキは私が凍りついている事もお構いなく話を続ける。腕を上げ掌から殺魂刀は出現させた。
「ヒラキ止めて力を使わないで」
「これな……実は使用者の魂も削るんだ……」
さっきから、調子の悪そうだった理由はそれだったのかと私は納得した。
「だからな、これを使うと何となく自分が後どれぐらい生きられるか分かっちまうんだよ……」
ヒラキが手に持つ殺魂刀は『闇』の属性を持った魔物やゴースト、亜人、特に夜歩者に対して絶大な効果を発揮する特化武器である。確かにその効果は私もガウルド城の広間で、ヒラキとスビアが対峙した時にこの目ではっきりと見ている。その後のスビアの状態を見ればその代償として命を削られたとしてもおかしくないと思えるほどの威力を持っていた。
強力な力には代償があることがつきものである。なぜ私は殺魂刀に代償があることに気付かなかったのかと私は再び後悔した。
「おい……聞いて、るか……俺の話?」
死にそうになっているというのに無理に笑顔を作るヒラキ。
「は、はい……」
私は小さく返事をした。当然ヒラキが言っていることなどろくに耳に入ってこない。今は目の前で息絶えようとしているヒラキの命をどう救うかということと自分の仕出かしてしまった事ーの後悔で頭が一杯だった。
「ゴフゥ……」
「ヒラキ!」
今まで一番大きな吐血をするヒラキ。
「ち、ちゃんと聞け!……レーニ……これからのヒトクイについてだ……」
「ヒトクイ?」
ヒラキは私の腕を払いのけようと私の腕を手で押す。だがヒラキの手から力を感じられない。それほどまでにもう体は衰弱していた。私は自分の腕の力を抜く。するとヒラキは私の腕から抜け出し上体を起こし私と向かい合った。
「ヒラキ……」
どう見てもヒラキの状態は体を起こしていいようものでは無い。だがヒラキはそれでも尚、私に何かを伝えようと歯を食いしばり体を起こしていた。
「……これからのヒトクイは……お前に任せる……」
「な、何を言って……」
私はヒラキの言葉に異議を唱えようとした。だがヒラキは私の肩に手をやるとジッと私を見つめてきた。その目は死を間際にしても尚強い意思がこもっており、見つめられた私はヒラキの言葉を拒否できなくなってしまった。
「……死んだ後の俺の体は……お前の好きにしていい……頼むぞ」
ヒラキの言葉に絶句する私。ヒラキはニコリと微笑みながら自分の体を好きにしろと言った。夜歩者の力の一つをヒラキは知っていたのだ。
人と共存を望んだ夜歩者はその力を自ら封印したが、本来夜歩者は人間の血肉を食料の一つとしていた。いや力の糧にしていたと言ってもいい。夜歩者は人間の血肉を食料として喰らう以外に、もう一つ人間の血肉を喰らう理由があった。数百年経った今ではその理由を知っている人間少なく、知るためには夜歩者から直接聞くか、古い文献を調べることでしかその理由を知る術は無いはずだ。そしてヒラキはそのもう一つの理由も知っているようであった。
「……俺の力を使って……はぁはぁ……この……ヒトクイを守ってくれ」
息が荒くなるヒラキ。だがそれでも笑顔を絶やさないヒラキは最大の笑顔を私に向ける。
「ど、どうして……どうしてそんな顔が……出来るんですか……」
その笑顔に再び私の目からは涙があふれ出す。
「へへ……一度しか言わねぇ……よく聞けよ……」
言葉を発するのも辛いであろうヒラキはゆっくりとだがしっかりとした口調で私に笑顔の理由を口にする。
「お前と……最後まで一緒に入れたからだ……俺は……お前の事が……好きだ」
ヒラキの顔が破顔する。ヒラキの顔は笑顔と恥ずかしさが入り混じったようなそんな顔だった。ヒラキの言葉に私の心には複雑な感情が渦巻いていた。勿論ヒラキが私に好意を持っていてくれた事は嬉しい。だがこんな、こんな状況で聞きたくなかった。
「お前は……どう……なんだよ?」
「はい、ありがとうございます、私も……好きです……」
「そうか……」
俯く私の目からは嬉しさと悲しみがまじりあった涙があふれ地面へと落下していく。私の返事を聞いて、今までずっと笑顔であったヒラキの表情はホッと気の抜けたものになった。
私もヒラキのその表情に答えるべくヒラキの体に抱き付き俯く顔を上げた。
「……!」
声を失う。それは一瞬の出来事であった。私の胸を切り裂く斬撃。だが私は、自分の胸を切り裂いた斬撃よりも、目の前からヒラキの頭が飛んだことに声を失っていた。宙を舞ったヒラキの頭はゴツッと嫌な音を立てながら地面に落ちる。
「やった……やったぞ! ヒトクイの王の首をとった!」
突然の男の声。その声の主はヒトクイに反乱を仕掛けたイライヤ一族の男であった。周囲に他の者の気配は感じられなく一人であるようだった。焦点が定まってい無いようでどう見ても普通の精神状態では無いイライヤ一族の男。
「女ぁ! 邪魔だ!」
頭を無くしたヒラキの体を抱きかかえたままの私を蹴りつけるとイライヤ一族の男はヒラキの頭を掴もうとしていた。
「……何をした?」
「……ああ? うるせぇな!」
私の問いかけにヒラキの頭を掴もうとした手を止め倒れた私に振り向くイライヤ一族の男。イライヤ一族の男は煩わしそうに私の顔をジロリと睨みつけ、そしてヒラキの体に剣を突きさした。
「お・れ・は! こいつの首が欲しいんだ! グダグダ言っていると……」
そこでイライヤ一族の男の言葉が止まる。
「お、お前何をした?」
男の表情は明らかに恐怖に染まっているようだった。今までヒラキであった頭と体は溶け始め、一緒にいた私の方へと吸い込まれていっていく。何も知らない者がみたらその光景は恐怖に染まるに違いない。
私はヒラキの言いつけ通り、ヒラキの血肉を喰らった。
「それは私の台詞だ……お前は、ヒラキに何をした?」
何も感じないといえば嘘になる。私の腹の中は煮えくり返りそうなほどに怒りに満ちていた。だが私の体の中に取り込まれていくヒラキの血や肉が私を冷静にさせる。死んでも尚、私の中で私をあの酒場で出会った時のように守ってくれているような感覚が私の体に広かがったからだ。
だがそれでも目の前の男は許さない。たとえスビアに操られていたとしてもヒラキの最後を邪魔したこの男だけは絶対に許さない。
「ひぃひぃいいいいいい!」
立ち上がる私を見て恐怖で腰を抜かすイライヤ一族の男。この男に移るこの時の私はさぞかし醜くそして恐ろしく映っていたことであろう。だが私はそれで構わなかった。
目の前でヒィヒィ言いながら腰を抜かす男だけは楽くに殺しはしない。四肢をもぎ、目玉をくり抜き、舌を切り裂き、男のソレを踏みつぶし、私が考えられるだけの苦行を与え、そして私の指示でしか死ねない体にして永遠に……
苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて苦しめて
私の意識はそこで途切れた。
次に私が目を覚ました時、私はガウルドの酒場街の路地で立っていた。空を見上げるとすでに太陽が昇っていた。どうやらイライヤ一族の強硬派による反乱は辛うじて失敗に終わったようだ。その証拠に町の人々は滅茶苦茶になっていた町を復興させるためにすでに立ち上がり行動を始めていたからだ。だがその被害は甚大であり、現在私がいる酒場通りも反乱による傷跡は痛々しかった。
崩れた店や家から使える物や食べ物を取り出し、炊き出しを始めているガウルドの人々。前回のヒトクイ統一時に経験した事が生かされているようでガウルドの人々はてきぱきと自分ができる事をしっかりとこなしていた。
私は自分がなぜここに居るのか疑問に思いながら周囲の人々を見つめフラフラと歩いていた。
彼らを照らす明るい太陽。私はそこで自分の体質の変化に気付いた。本来ならばありえないことだが、ヒラキを自分の体内に取り込んだことによる影響なのか、私は太陽の下でも体が焼けること無く普通に歩けるようになっていた。
「……ヒラキ……」
ヒラキの存在を自分の体に感じることが出来る。だがそれなのにこのガウルドから、このヒトクイから、このガイアスからヒラキという存在が消失した。ガイアスにとっては小さな消失であったとしても、このヒトクイにとっては大きな消失であり、たとえ自分の体の中でヒラキの存在を感じる事が出来るとしても、もう話すことも触れ合うことも出来ないヒラキは私にとっても胸に大きな穴が開いたような消失感を与えていた。
ガウルドの人々はその事実を知らず、焼けた町を復興させようと動いていた。
「あっ! あんちゃん無事だったか!」
一人の男が茫然と立ち尽くしていた私に気付いたのか近づいてくる。確かお忍びでヒラキが酒場街に行っていた時の飲み仲間の一人であり、私もヒラキを城へと連れ帰る時に、何度か見かけたことがあった。
だがその男の言動はおかしい。その男は私をみてあんちゃんと言ったのだ。確かあんちゃんとはヒラキの飲み仲間達がヒラキを呼ぶ時の愛称だ。なぜそれを私に向かって言うのか。
「おっ? どうしたあんちゃん?」
よく見ればヒラキの飲み仲間である男は体中に傷を負っていた。
「ああ、これか……」
男は自分の体についた痛々しい傷を見る。
「昨夜の騒ぎでな、店も潰されちまったけど、店はまた作れる、命があっただけ儲けもんだ」
ニカリと笑う男。昨夜この男はきっと死さえ覚悟したに違い無い。だがそれでも私に向けて満面の笑みを浮かべる。よく見れば周囲の人々も笑顔を浮かべボロボロになった町を復興させようと行動を起こしている。この町の人々は強い。たとえ敵を倒す力が無かったとしても、精神的に強い。
嗚呼ヒラキはこの町のこんな人々が住む国が好きだったんだ。だからこそこの国を統一し、争いの無い国にしたかったんだ。私は町の人々のたくましさに触れヒラキの心に触れたような気がした。
そして私はそれを託されたのだ。この人々を守るというヒラキの夢を。
「そういやこんな所にいていいのかあんちゃん? 城であんたの指示を待っている兵隊さん達がいるんじゃないのか?」
「えっ?」
男は突然訳の分からない事を言いだした。私は首を傾げる。
「えっ? ……ってあんたこんな時までチャランポランしていたらいけないだろ、……あんたが身分なんて関係無いって俺達に言うから俺もあんたにこんな口聞いているけど……あんたこの国の王だろ!」
男の言葉に一瞬固まった私は鏡やガラスは無いか周囲を見渡した。そんな私を、首を傾げながら見つめる男。
男の不思議な言動に私は一つの答えが浮かんでいた。瓦礫に紛れた割れたガラスを手にとり自分を写す。私はそこに写った自分の姿に驚愕した。
「……ヒラキ……」
ガラス越しに移った私の姿はヒトクイの王、ヒラキその者であった。そう私は無意識の中でヒラキに姿を変えていたのだ。
「ど、どうしたあんちゃん?」
「……い、いやなんでもない私は城に戻る……」
「わたし……? なんかあんちゃんがそんな喋り方すると気持ち悪いな」
私はしまったと口を塞ぐ。
「お、おい今度はなんか女ぽいぞ……」
不審と気味の悪いといった表情で私、いやヒラキを見つめる男。
「あ、いや……なんだ、とりあえずまたな!」
私は出来る限りヒラキを真似た口調で男にそういうと城に向かって走り出した。
私は急いで城へと戻った。途中城の者達に声をかけられたが私はそれを無視して自分の部屋へと逃げるように飛び込んだ。私に起こった今の状況を整理するためには、混乱している自分の心と頭を整理するためにも籠る必要があったからだ。
「はぁはぁはぁ……この姿は私の想いからなの……」
自分の部屋に戻った私は自分に起こった異変を色々と調べた。
どうやら姿は自分の意思で元に戻るようであり、ヒラキの姿から戻った私は部屋に置いてあった手鏡で確認した。
「これは……」
冷静に自分を見つめる私。すると次第に『血肉の記憶』が私に流れてくることに気付いた。
『血肉の記憶』とは夜歩者が取り込んだ人間の血肉から、その者の記憶をみることができ、その者の生前使っていた力や技術などを程度はあるが再現することができるようになるという夜歩者の力の一つであった。人間が夜歩者を恐れる理由の一つでもあった。
断片的ではあるがヒラキの記憶が断片的ではあるが私の体に流れ、ヒラキが私をどう思っていたのかも私に流れ込んでくる。
「……ありがとうヒラキ……」
私の事を想っていてくれたヒラキの気持ちが伝わり、その想いに私はもうこの世にはいないヒラキを抱きしめるように自分の体を抱いた。
「私……頑張るよ……この国を、ヒトクイを守っていく」
― おう、頑張れよ! -
そこには破顔しながらそう私に言うヒラキの姿があった。それは私の勘違いだったのかもしれない。でも私はそのヒラキの言葉を胸に、私はヒラキの残したこの国をヒラキの想いを継ぐことをこの時決めた。そして人知れず私はこのヒトクイの王位を継承した。
今回の騒動の結末は、イライヤ一族を影で操っていた者がおり、それをヒラキ王が倒したということで一応の終息を迎えた。不思議なことに大怪我を負った者は沢山いたが死者は一人として出ていなかったことだ。これは奇跡といってもいいのかも知れない。だがそれでもイライヤ一族の責任は重いと、強硬派は責任を負われることになり地位を奪われ、強硬派の者達は国外追放となった。
直接関わった訳ではないが、イライヤ一族の長であるリューの父親と次期長であったリューも責任をとることになり強硬派と同じく地位を奪われ追放となった。だが強硬派の者達と違ったのは国外追放では無くガウルドのみ追放であり、国内に残ることは認められたことだ。
だが頭を失った一族の行く末は分かり切ったことであり、すぐにイライヤ一族は没落することになった。リューの妻であったバラライカもリューと共に双子を連れガウルドを出ていくことになった。
バラライカとの別れの日、私はバラライカに今この場にいるヒラキ王は別人であるという事実を伝えない決心をした。
「結局……レーニは見つからなかったの?」
バラライカの表情は憔悴しきっているようであった。そんなバラライカに私は首を縦に振った。
「そう……私……あの子の事好きだったわ……だから……だからこそ真実を知れないことが悲しい……レーニは何処にいったのだろうか……」
バラライカの目からは一筋の涙が零れ頬を伝っていた。私はバラライカの目を見つめるだけで精一杯だった。彼女は勘が鋭い。もしかしたら、いや間違いなくバラライカはヒラキに起こった事、そして今彼女の前にいるヒラキが別人である事に気付いていたのではないだろうか。そんな真実を口にしてほしいという切実な目に私は無言を貫くことしか出来なかった。
「それじゃ……お元気でヒラキ王……」
他人行儀な言葉を口にしてガウルドに背を向けるバラライカ。バラライカの背は私とガウルドから決別を意味しているようだった。それが彼女を見た最後の姿であった。
数年後、一緒に暮らしていたリューの父親であるバラライカの元長が、リューとバラライカの子供である双子の一人を連れて、姿を消したという情報がバラライカ達を監視させていた兵の口から私の耳に入った。
どうやら地位を失った元長はガウルドを出てからすぐ、自分の現在の状況に耐えられなくなり酒に逃げたようだった。毎日浴びるように酒を飲みそして体を壊した。そしてある日、双子の一人を連れて忽然と姿を消したということであった。私は兵を使い元長と双子の一人の捜索を水面下でおこなったのだが、どうやっても元長と双子の一人を見つけることは出来なかった。
二人の生存は絶望的であった。いくら接近戦を得意とするイライヤ一族であっても酒が毒となり体を回っていた元長の初老の男と、言葉を少し喋れるようになった子供二人が生き延びれるほど町の外のヒトクイは優しくないからだ。
そして狙い撃ちにするかのように過酷な運命がバラライカを襲うことになる。双子の一人と元長が行方不明になってから数年後、突如何者かによる襲撃にあいバラライカとリューは命を落とした。自分の子供である双子の一人が行方不明になったことによって受けた心の傷を抱えたまま、バラライカはこの世からいなくなってしまった。
私は何も出来ずただ兵が口にする報告を聞くことしか出来なかった。
ガイアスの世界
記憶にも無く、知る者もいないガウルドの空白の時間
ヒラキの死を引き金にしてレーニを中心としてガウルドを包み込むほどの黒い霧が発生した。だがその状況、それを覚えている者も知っている者もいない。本人すらもその時の記憶は無い。闇がガウルドを覆った瞬間、その場にいた人間や亜人達は皆意識を失ったからだ。ならばその時ガウルドでは何が起こっていたのか。なんの捻りも無い言葉であるが奇跡が起こっていた。
ガウルド兵の報告でこの反乱による死者は一人もいないというありえない奇跡的な状況になっていたが、実はそのうちの数百人は実際死んでいた。だがその者達はなぜか息を吹き返し生き返ったのだ。その理由はヒラキの力とレーニの力が合わさったことにあった。
ヒラキがまだガイアスの各地を旅していた頃、ヒラキは多くの人々から魂の欠片を貰い死んだ者を生き返らす秘術を使える術士に出会った事があった。勿論ヒラキはその術を目にして自分でも扱えるようになっていたようで、ヒラキの血肉を取り込み『血の記憶』を得たレーニが暴走した力でガウルドの人々を生き返らせるという奇跡を起こしたのだ。
術士には何百人もの命を一挙に生き返らす力などは無く、ヒラキとレーニの驚異的な力が合わさったことにより発動した奇跡と言っていいだろう。『闇』の属性を持ったレーニがなぜガウルドの人々を生き返らせられたのかは謎である。
ちなみに酒場街でレーニが出会った男も死んだ者の一人である。




