真面目に集うで章 11 二人の出生
ガイアスの世界
ガウルドにある公園
町の人々の憩いの場である公園は、視線をあげるとガウルド城がよく見渡せる。城がよく見渡せる性質上、催しや式典、祭りの時などにはよく利用される。
真面目に集うで章 11 二人の出生
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
男は浮かれていた。小さな島国に置いてきた両親に、久々に会えることを思い浮かべながら。
男はつい数カ月まで生活していたその場所から半ば逃げるようにして、氷や雪が支配する大陸へと渡っていた。そこは今まで自分が生活していた小さな島国が天国に思えるほどに、逃げてきた場所としてはあまりにも過酷な場所であった。
そんな場所で天職とまではいかないまでも自分にあった職を見つけた男は、盾士というフルード大陸、サイデリー王国にのみ存在する国家職に就いていた。
フルード大陸に来てから男の身には色々なことが起こり、国家職である盾士になってから訓練と職務に忙しくなった男は時に流されながらも必至に職務をまっとうし、それ以外の事など考える暇も無かった。
そんな男の仕事ぶりは一定の評価を受け、盾士の上司から久々の長い休暇を言い渡され、男は浮かれた表情で自分が生まれた故郷である小さな島国、ヒトクイにその足を下ろしていたのであった。
男の名はハルデリア=イルバート。元駄目な魔法使いである。
己の今の職に自信と誇りを持つことができたからであろう、以前よりも静観な顔立ちになったハルデリアは自分の故郷であるゴルルドに向かうため、ヒトクイの中心であるガウルドに降り立っていた。そこでハルデリアは半壊したガウルドを見て何が起こったのかと目を丸くしていた。
突如ガウルドに現れた光の柱の影響で半壊したガウルドの各所にある出口は通行封鎖が敷かれており、ハルデリアが乗ってきた船も何とか入港できたものの、町からは出られない状況になっていた。
城を中心とした綺麗な街並みであったガウルドは今、見る影も無くどこか絶望にも似たそんな雰囲気すら漂わせているようにハルデリアには見え、困惑の表情を浮かべていた。
「……どうしたものか? ……このまま通行封鎖が解除されるまで待ち続ける訳にもいかないし、それに町の人々が心配だ……何か……自分にできることは……」
盾士であるハルデリアは現在ガウルドが置かれている状況に自分も何か力になれないかと考えていた。数カ月前のハルデリアからは考えられないような思考に、自分でもそう言葉を口にした瞬間、おかしさで頬が緩む。だがそんな自分を好きになれそうだとも思っていた。
「とりあえず、近くの兵士に状況を聞いて何か手伝えないか相談しにいこう」
港から出られなくなっていたハルデリアは周囲を見渡し近くに兵士がいないか探した。だが近くにガウルドの兵士はおらず、港の出口まで足をのばそうとしていたその時であった。
「お待ちください、盾士の方」
その声はどこからともなくハルデリアの耳に直接語り掛けてきた。只ならぬ気配にすぐに背負っていた盾を構え防御体勢をとるハルデリア。
「な、何者だ!」
周囲は静かな港。波の音だけが響き他に音は無い。人気も無く自分の耳に響いた声の主を目で探してもその場には誰もいない。
「ああ、失礼、今姿を」
その声は通行人に物を売る商人のような明るさを持っており、夜の港に似つかわしくないものであったが、何よりもその明るさが逆に不気味さを煽っていた。
ハルデリアは夜の港の闇に違和感を抱きそこに意識を向ける。闇は吸い取られるように一か所に集まり気付けばそこには人型の輪郭をした闇が出現していた。その姿は次第にはっきりとしていき、ボロボロな漆黒のフードを纏い、フードから覗かせる顔は髑髏、まるで人の死を狩ることを生業とした死神のような姿になっていく。
「し、死神……?」
目の前に現れた者を死神と呼んだハルデリアは明らかに常人では無い死神の姿をした者に、さらに警戒心を強くする。
「……あなたもですか……」
死神と呼ばれた者は、何か残念そうに肩を落とした。
肩を落とし残念そうにしている死神の行動などに意識を裂く暇も無いハルデリアは、これから自分が取らなければならない行動を考えていた。
一切情報の無い敵に対してまず盾士が考えなければならないことは、攻撃を防ぐことが可能か不可能かの判断であった。
盾士が盾士になるうえで課せられる課題がある。盾士の初歩としてまず盾士が叩きこまれる課題は、物理攻撃対策課程という物理攻撃を防ぐ術であった。これは盾士にとって基本中の基本であり、これが出来なければ盾士としての存在意味が無いといっても過言では無い。ハルデリアはこれ習得しており、物理攻撃に対してはそれなりの自信があった。
だがどう見ても今ハルデリアの前にいる存在は、ハルデリアがまだ習得していない魔法や霊功などを得意としているような輩に見えた。物理よりも魔法を使ってくるタイプの輩でありそうで今の自分では対処でき無い相手であることは間違いなかった。
「あらら、良い感じに警戒されてますね」
相変わらず姿と声のギャップが酷いその者はハルデリアの警戒に臆することなくハルデリアの前に向かってその者は歩き出した。それに対してハルデリアは一歩さがる。何か対処する方法は無いかと頭を必至に回転させていた。だが悲しくも何一つとしてこの場を切り抜ける対策を思いつかないハルデリア。
「いやいやあなたと敵対したい訳じゃないんですよ」
警戒心が最高潮に達したその時であった。目の前に現れた死神はハルデリアに危害を加える意思は無いと言ってきた。
「じゃ俺に何の用だ?」
別に有名でも無い自分にわざわざ会いに来るなどハルデリアには意味が分からなかった。それこそ怪しすぎると疑問が湧いてくるハルデリア。
「……あなたのお力をお借りしたいのですよ!」
さらにハルデリアの中では目の前の死神が怪しく思えてくる。そんな時であった突然フードの中から髑髏が飛び出す。
「お、おおおおおおお!」
急に飛び出した髑髏に鼓動が早くなるハルデリアは腰を抜かしてしまった。
「あらら、緊張を解そうと思ったのですが、ちょっと驚かしすぎましたかね」
少しは成長したかもと思ったちょっと前の自分をぶっ叩きたい気持ちで一杯になったハルデリア。情けない悲鳴を上げた自分を今は心の奥にしまいこみ、目の前に現れた髑髏顔の何者かを再び警戒をこめた視線で見つめる。
「あらら、私はただお話を聞いてもらいたいだけなのですがね」
表情の分からない髑髏顔はそう言いながら顎をカタカタと揺らした。
― 小さな島国ヒトクイ ガウルド城 王の間 ―
王の間で語られるヒトクイの王、ヒラキ王、レーニの真実の話は続いていた。その話の中に出てきたスビアという闇歩者とヒラキの戦いに驚きを隠しきれない表情になってする伝説の武具の所有者達の中で、スプリングは一つ引っかかることがあった。
(……まさか……な)
ある一つの可能性が脳裏を過ったスプリングではあったが、そんなはずは無いただの偶然だとすぐに脳裏を過ったそれをかき消した。
「それ以降、スビアは一旦その姿を隠し、ヒトクイには平穏な日々が続くことになった」
レーニは語り部のようにそう言うと、再び伝説の所有者達を過去にあった事実へと誘っていく。
「そうあれはたしか……」
闇歩者である少年、スビアによるガウルド城侵入、襲撃があってから数カ月後の事、いつものように大広間にそれぞれが顔を見合わせた時だった。
突如として私達の元に驚く話が舞い込んできた。
「な、何ィ! ……結婚するだと!」
修復が完了したガウルド城内にある大広間にインセントの驚きの声が響き渡っていた。
「ああ」
バラライカは何処か寂しそうに呟いた。インセントはその頷きに何かを悟ったのかそれ以上バラライカに話を聞くことはせず、口をつぐんだ。
この時バラライカとは一年以上の付き合いになっており人間と夜歩者という立場の違いはあったにせよ、同性ということもあってか私はバラライカにたわいない話や相談などを聞いてもらっていた。
だがそんな話の中に、バラライカが結婚するという話は無く初耳だった。そもそもバラライカと恋仲にある男性がいたということも初耳であり、私も驚きを隠せないでいた。いや信じられなかったのだ。なぜならバラライカには……。
「まだ婚約したというだけで、結婚はもう少し先になるわ……」
強く持つ感情をしまいこんだような視線で、バラライカは、顔を反らしているインセントを見つめていた。
「どうして急に婚約なんて……」
「……家の事情だ……」
私の疑問にバラライカは短くそう答え、悲しく見える笑みを浮かべた。
バラライカの家はヒトクイでも有数の魔法使いの一族であり、その中でもバラライカは抜きんでた才能を持っていた。
そんな魔法一族の娘を見過ごす訳がない周囲の魔法を生業としている一族や、それ以外の名の知れた一族がどうにかしてバラライカの一族に取り入ろうとヒトクイ統一前からバラライカ言い寄ってくる者が多かった。そんな話を半ば呆れた表情のバラライカから聞いていたことを思いだした。
一族や結婚に興味を示さなかったバラライカは当然今の今まで、言い寄ってくる者の話など聞かず突っぱねていたと言っていたのに。
「ふふふ、私もそろそろ年貢の納め時というやつなのかもしれない」
決して本心を口にしないバラライカの唇は、笑みを作る。
「まじかよ……よくお前に貰い手がいたな?」
「はぁ……ありがとう」
インセントとは対照的に何がおかしいのかケラケラと笑うヒラキ。そんないつもと変わらないヒラキの対応にため息をつくバラライカ。
「んっ?」
バラライカの反応の悪さに小首を傾げるヒラキ。いつものバラライカならば、ヒラキの今の言葉に視線だけで人を殺せるような目を向け鉄拳制裁があってもおかしくないのだが、今のバラライカの目には一切の怒りは無く、寂しそうにヒラキを見つめ続けているだけだった。
私は頭を抱えたい気持ちを抑え、ヒラキの横腹を優しく小突き空気を読めという合図を送った。
「あ?」
私の小突きに反応したヒラキの視線の先には、何とも複雑な表情を浮かべるバラライカと、見るからに落ち込んでいるインセントの姿があった。
「ヒラキ王が言っていた二人の関係」
「ああ~」
私が小声でヒラキにそう言うとヒラキは手をポンと叩いた。
「インセントいいのか? バラライカが嫁にいっちまうぞ?」
「な、なんでそこで俺に話を振るんだ……お、俺には関係無い……」
みるからに動揺をみせるインセント。
「関係無いって……それは言いすぎじゃ」
「いいんだ、レーニ……インセントには関係の無いことだから……」
バラライカの言葉にその場にいた者達は黙り込んでしまった。こういう時、空気を読まず場の空気を壊してくれると期待して、私はとなりで座っていたヒラキを見たのだがそのヒラキは、いつもは読まない空気を呼んだのか重々しい表情のまま一点を見つめていた。
「だぁあああああ! 俺はこういう雰囲気が苦手なんだ!」
重々しい空気を破ったのはインセントだった。頭をむしるようにかき乱したインセントは、そのまま大広間を出ていこうとする。
「インセントさん!」
私はこの場から一番離れてはいけない人物を呼び止めようとした。だがそれを止めに入るバラライカ。バラライカは無言で首を横に振り、私を止める。
「……これでいいんですか?」
私はバラライカに問いかけた。だがバラライカの意思は変わらず、再び顔を横に振った。
「ありがとう……でもいいんだ」
バラライカはこの日何度目かの悲しい笑顔を私に見せた。私はそんな表情にかける言葉が一つも出てこなかった。
「ヒラキ王……これでよかったんでしょうか?」
バラライカが大広間を去って私とヒラキ二人だけになった。私は、私の中で渦巻くどうしようもない感情を途中から一切話に入ってこなくなったヒラキに聞いてもらおうと口を開いた。
「ぐぅ……ぐぅ……」
「こ、こいつ……ね、寝てる……」
返ってきたのは気持ち良さそうな寝息。何処まで空気を読まない男なのだろうと、その時初めて私はヒラキの事をこいつと言ってしまうほどにヒラキは二人の関係に無関心であった。
「はぁ……まったく……」
私はヒラキをその場に残し大広間を出た。
大広間を出ると、私の視界に広がる大きな廊下、その片隅でその巨体を小さくするインセントの姿があった。
「……インセントさん」
「お、おお……」
インセントはばつが悪そうに私に向かって片手を上げた。
「バラライカさん、行っちゃましたよ」
私は少し意地悪な言い方でバラライカがもうこの場に居ないことをインセントに伝えた。
「ああ、分かってるよ……見てたからな」
「はぁ……インセントさんって案外女々しいんですね」
私の言葉に顔をゲッソリとさせるインセント。
「な、中々キツイこと言ってくれるな……」
「ええ、言いますよ……これは私の勝手な想像ですが、二人の気持ちは繋がっているはずなのに……どうして二人は正直にならないんですか?」
私の言葉にインセントは一瞬ハッとしたような表情になるが、すぐに自傷気味の笑みに変えた。
「そもそもが無理なんだよ……」
「無理? どうしてですか?」
インセントの諦めにも似たような言葉を口にする。ヒトクイ統一を成し遂げた者の一人とは思えない言葉に私の心は怒りに包まれた。
「……ふふ、あいつと俺は生まれが違う、あいつは名の知れた魔法一族の娘、俺は何処で生まれたのかも、親の顔すら分からない戦災孤児だ」
インセントが戦災孤児であることを私はここで初めて知った。だがそれがどうしたというのだ、二人の立場がたとえ違うとしても、二人はこうして出会い互いに互いを想っていると言うのに。
「あなたがそんな事を言うなら、私はどうなるんですか? 私は……人間じゃない、人の天敵である夜歩者なんですよ!」
そう本来私は彼らと共に行動することもはばかれる存在なのだ。だがそんな私を受け止めてくれたのはヒラキやインセントやバラライカなのに、種族さえ乗り越えた者達がたかが立場の違いというだけで想いを諦めてしまうのかと私の想いはあふれ出し、涙となって頬を伝う。
「お、おい……泣くなよ……お前の言い分は分かるけど……」
インセントは私の頭に大きな手を落とす。頭を包んだ手はゴツゴツしていたが、剣聖とは思えないほどに優しかった。
「だがな……分かってくれ……こういう言い方はお前に対してしたくないが、人間はお前が思っている以上に、恐ろしく卑しい存在なんだよ……あいつは自分が一族に利用されていることも知っているし、それをしなくちゃいけないことも分かっている……そんなあいつを俺は止められるわけない」
やりきれないという思いがインセントの手を通じて私に伝わってくるのが分かる。私はインセントの手を頭から外し涙をぬぐう。
インセントの話によれば魔法を主とするバラライカの一族と物理的な武器、剣などを主とする婚約者の一族は昔からそりが合わなく因縁があるらしかった。今その因縁は最高潮に達しており、一触即発の状態にまでなっているのだという。
それをどうにか収めようとしている両家の穏健派が、両家の中で一番能力の高く影響力のある者達同士を婚約、結婚させ事を納めようとしているようであった。
そこで白羽の矢が立ったのが、一族の中でもっとも魔法に優れ影響力を持つバラライカと、同じく優れた能力を持ち影響力を持つ婚約者だったそうだ。
「……インセントさんはバラライカさんの相手を知っているんですか?」
もうどうにもできないのなら、せめてバラライカの相手がどんな人物なのか知ろうと私は、そこら辺の事情を知っているであろうインセントに話を聞いた。
「……あ? 気になるのか?」
「そりゃバラライカさんの相手ですから気になりますよ」
インセントは私の問に少し困った表情をみせながら頭を掻いた。
「バラライカの結婚相手の名前はリュー=イライヤ、俺と同じ剣聖だ」
「えっ?」
バラライカの結婚相手がインセントと同じ剣聖であると聞き、私は驚いていた。それにイライヤと言えば、ヒトクイ統一前、ヒラキに色々と支援した一族だとどこかで聞いたことがあったからだ。
「……なるほど……だからヒラキ王はバラライカさんの結婚に対して何も口にしなかったのですか……」
珍しくいつもなら騒ぎそうな場面で騒がないヒラキの行動の意味を理解した私は頷く。
「ああ、はっきり言ってイライヤにはヒラキもそうそう手は出せない……分かっただろ……」
どう考えても分が悪い。それが私の結論であった。
「まあ……救いなのは、リューが能天気な奴でそう言った一族の思惑とは無縁な所だ」
「え? リューってインセントさん、知り合いなんですか?」
「ああ……しかも同じ釜の飯を食っていた中だよ……」
インセントの話によればヒラキに出会う前にすでにバラライカの婚約者であるリューと出会っていたそうだ。ヒトクイ統一前、各地で起こっていた小競り合いに武者修行という名目で飛び回っていたインセントとリューは戦場で出会ったそうだ。リューもインセントと同じく武者修行のため戦場を回っていたそうだ。
互いに気があったらしく、出会ってからは一緒に各戦場を回り、互いに己の剣を高め合った仲、本人は照れて認めないが親友といってもいい仲だったようだ。
「気が合うのは女性の好みもなんですね」
「うぅ……」
苦虫を噛み潰したような表情になるインセント。
「と、とりあえず、俺が知っているのはこんな所だ、俺とバラライカの事色々考えてくれてありがとうな」
そう言うとインセントは再び私の頭に手を優しく置いた。こう見えて私の方が数十倍年上だということをインセントは理解しているのかと本人にこの場で聞くのは愚問であろうか。
一通り話し終えたインセントは手を振ってその場を後にした。私はインセントの大きな背中を見つめ続けていた。
「バラライカさん……」
今バラライカはどんな想いでいるのだろう。それは本人にしか分からない事である。
― ガウルド城 王の間 ―
「……イライヤ……」
レーニの語った話の中に出てきたイライヤという名。スプリングを除いたその場にいたすべての者がスプリングの顔を見ていた。
「……ヒラキ王……それはどういうことですか?」
状況を飲み込めないスプリングは、レーニに答えを求めた。
「スプリング殿は……バラライカとリューの息子だ……」
「はっ!……」「……」「……」
一切の音がこの場から消え去るようにその場が静になる。だがレーニは言葉を続ける。
「そして……アキ殿もだ」
レーニの話に出てきたバラライカという人物がスプリングの母親であるという事実は確かに衝撃的な事ではあったが、全く自分には関係が無い事と捉えていたアキは、自分の名をレーニの口から呼ばれ一瞬反応が遅れた。
「えぇ……ええええええええ!」
アキが全身全霊で驚き叫ぶ一方で、スプリングは事実に次ぐ事実が襲い頭を抱えていた。
「い、いや……お、落ち着け……母さんが魔法を使っている所なんて一度もみた事無いぞ」
自分の記憶の中の母を探り出すスプリング。どうやらアキが自分の兄弟であるという話は全く耳に入っていないようであった。
スプリングの記憶の中にいる母は、厳しい所はあったが、優しい人であり争いを好まないという印象があった。どう考えてもスプリングの記憶の中にレーニが話したバラライカの面影は無い。
だがレーニの話の中でバラライカが口にしていたある言葉が、スプリングの耳に響く。スプリングの母がスプリングに対して口を酸っぱくして言っていたある言葉、今のスプリングの信念でもある「油断してはいけない」という言葉だったからだ。
「……おいおい、どういうことだよ……俺とスプリングが兄弟って……」
思わぬ所で自分の出生を知ったアキもまたどうしたらいいのか分からないという具合に動揺していた。
物心がついた時にはすでに一人であり、生きていくために泥水をすすり汚い仕事もこなしてきたアキ。自分の両親の事など考える暇も無かったアキは両親が誰であったというよりも、隣で座っているスプリングが兄弟であるという事実の方に動揺が大きかった。
「あ、あの……二人が正常に戻らないので私が聞きますが、どうして二人は離れ離れになったんですか?」
ブツブツと呪文のように呟くスプリング、方や頭を抱え全身全霊で驚きを表現したまま、こちら側に帰ってこないアキをほおってブリザラがレーニになぜ二人が離れ離れになったのか聞いた。
「ああ、それはこれから話そう」
混乱した状況の中で、レーニは冷静に再び過去の話をブリザラに話始めるのであった。
― 小さな島国、ヒトクイ ガウルド 港 ―
月が港の海に移り込み、とても綺麗な光景をつくり出していた。男女二人がその光景を見つめながら愛を語り合うにはとてもいいシチュエーションと言えるだろう。だがそこにいたのは、盾を持った男ハルデリアと不気味な姿をした死神であり、どう考えても愛の語り合いをしている雰囲気では無かった。
「とまあこんな所です」
「……」
ハルデリアの目は虚ろに染まっていた。明らかに意識が別のどこかに行ってしまったような表情のハルデリアを見て死神はコツコツと髑髏の顎を鳴らす。
「なぜあなたを主が求めたのか理解し難いですが、まあ言われたことはこなすのが筋ですからね……」
死神は何も映ることの無い虚空の穴から港を照らす月を見上げた。
「さて……では大本命を探しますかね……骨が折れそうです」
死神は自分を覆い隠すほどの闇をマントのように広げると、その闇のマントの中にハルデリアを包み込んだ。すると次の瞬間にはハルデリアの姿はその場から消え去っていた。
「……長い夜ですね……いい加減太陽が拝みたいです」
死神は自分に似つかわしくない言葉を残すと、ハルデリアと同じようにその場から姿を消していった。
ガイアスの世界
バラライカの一族
バラライカの一族はヒトクイの中でも有数な魔法使い一族であり、戦闘職でありながら強い権力を持っていた。
ヒラキがヒトクイ統一を成し遂げられたのもバラライカの一族の後押しがあったからとも言われている。
バラライカの一族と双璧を成すイライヤの一族とは敬遠の中のようで、その理由としては、魔法と物理的な攻撃の考え方の違いからきているという話だ。
そんな一族の中でも高い能力を持ったバラライカに結婚を前提とした交際を求めてくる者は数多くいた。その殆どがバラライカの一族の力を得るための政略的なものが多かった。それを知っていたバラライカは言い寄ってくる男に一切興味を持たなかったようだ。
ちなみにバラライカの一族はヒラキの妃にバラライカを推していたようで、その話をバラライカとヒラキにした時は二人に鼻で笑われたという話がある。
当然この話は幻の話となっていたが、もしこの話が通りヒラキとバラライカが結婚していたら、ヒトクイは強力な魔法国家になっていたかもしれない。




