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真面目で集うで章 10  殺魂刀

 ガイアスの世界


 バラライカ


魔法の神と呼ばれるバラライカ。勿論人間の間だけで大精霊やエルフからすれば毛が生えた程度なのだが、人間の中ではガイアス一と言っても過言では無い。

 その偉業は凄まじく、響声ビックボイスなどを筆頭に魔法を生活に馴染ませていったのはなにをかくそうバラライカである。

 レーニほどでは無いが、バラライカもガイアスの世界を巡っていたという話でその経験から色々と魔法を考案していったらしい。

 バラライカが特に得意とする魔法は強化系、補助系の魔法であり、対象者の潜在的に持つ力を引き出す魔法であった。

 その他にも戦うための魔法も得意であり、本来後方から攻撃する魔法使いの中で前線に立って戦える数少ない魔法使いでもある。

 余談ではあるがバラライカは魔法以外にも肉体を駆使した体術も使え、その腕も一流だという。

彼女には口癖があり、その口癖は「油断してはいけない」である。



     真面目で集うで章 10




 剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス




 —― 小さな島国 ヒトクイ ガウルド 公園 ――



 時間が時間ならば子供や老人などで賑わうその場所は、中心街と同等の広さを持った公園であった。現在は夜の闇に包まれあまりよく見えないが、朝から夕方にかけてガウルドのシンボルともいえるガウルド城を一番良く見渡せる場所である。

 現在は人気を感じさせない公園で一人、暗闇に包まれ松明や魔法の光でぼんやりとしか見渡せない城を見上げる男の姿があった。


「はぁ……歳とっちまったな……俺もそろそろって所かな……」


城を見つめるその男の目は、城では無く別のものを見つめているようであった。


「バラライカとは仲良くやってんのか? ヒラキ?」


懐かしそうにすでにこの世には存在しない者の名前を口にする男。


「……そいで……あんたは何の用だ?」


今の今まで柔らかかった男の表情が一瞬にして険しいものとなり、両手の掌からは小ぶりではあるがしっかりと手入れされている剣が出現した。

 男の名はインセント=デンセル。ガイアスの世界で最高峰の職業である剣聖の一人であり、元ヒトクイの王ヒラキの右腕であり、伝説の武器の所有者であるスプリングの剣の師でもあった。

 インセントの背後からゆらりと夜の闇とは明らかに違う、禍々しい暗闇が姿を現し、人の形となっていく。


「あらら……なんかヤバいのが出てきたな……」


言葉の割に全く動揺を見せないインセントは自分の背後に姿を現した人型の黒い闇から距離をとると自分の周囲に十本の剣を出現させた。


「いやはや、流石最強の剣聖……全く隙がありませんね……」


見た目の割に明るい声を上げる人型の黒い影は、その姿をはっきりとさせる。そこに現れたのは髑髏の仮面を被った死神のような姿の者であった。


「なんだ? 早速お迎えがきたのか? 俺は立派な生き方はしてないが、できれば彼奴らと同じ場所に行かせてもらいたいな……」


言葉はそう言っているもののインセントの目からは殺気が放たれ、いつでも目の前の死神の首に刃を立てられる準備をしていた。


「待ってください、私は別にあなたの命を取りに来た死神でも、あなたと戦おうとしている命知らずでもありません」


死神のような者は両手をバタバタとさせ自分は命を取りに来たわけでも戦いにきたわけでもない意思を示した。


「ん? じゃなんなんだ死神?」


「はあ……やっぱり私は死神と呼ばれてしまうのですね……」


インセントの言葉に深いため息をつく死神と呼ばれた者は諦めたように肩を下げた。


「ん? 何か言ったか?」


「あ、いえいえ、別に何も……」


怪しさしかない死神に警戒を解かないインセントは両手に剣を持ったまま、死神の話を聞く体勢になった。


「それで、死神でも俺と戦いたい命知らずでも無いお前が、俺に何の用だ?」


本題に入れと顎をしゃくるインセント。


「ええ……私の主があなたのお力を借りたいという話でして……」


「主……?」


死神はそういうと自分の胸を、両手を使って開いた。そこにあるのは虚空。だがインセントはその虚空を見つめ驚いた表情を浮かべた。


「――な……」


「そうですか……ふふふ」


死神は無表情な骸骨の仮面の顎を鳴らし、笑いを浮かべているようであった。




 —― ガウルド城 王の間 ――


「結局私はそれから、インセントの言ったヒトクイの暗部として活動することになった」


ヒトクイの王であり、夜歩者ナイトウォーカーでもある、現ヒラキ王、本名レーニ=スネックは自分の正体を知った伝説の武具の所有者達に自分の過去を語り続けていた。


「それからは多少危険な事もあったが、何とか生き延びて己に課せられた仕事をこなすことが出来た」


 レーニは多少危険な事もあったがとは言ってはいるが、それは彼女の謙遜であり自分の評価を下にみているものであった。

 事実はレーニの的確な仕事に、統一されたヒトクイに牙を向こうとしていた反乱分子達を、集結させる前に鎮圧、大きな騒動になる前に抑え込んでいくという偉業といってもいいことであった。


「私が任務から帰るたびにヒラキは心配そうな表情を浮かべていたがな……」


 すでにこの世にはいない自分の雇い主であり、仲間である者のなんとも情けない表情を思いだしたのかレーニは微笑みを浮かべる。だがその微笑みには寂しさが混じっており、その微笑みに隠れた表情に気付いた伝説の武具の所有者達はそれぞれ心に想いを浮かべる。


「それからの一年はあっという間だった」


レーニの声に変化が現れた。その変化に本題に入って行くのだという確信を感じた伝説の武具の所有者達は表情を引き締め、レーニの口から発せられる言葉によりいっそう耳を傾けるのであった。





 私がいつものように任務から帰還した時のことだった。


「ヒラキ王、レーニ只今帰還……」


いつものように心配そうなヒラキの表情を見ながら自分が帰還した事を告げようと、ヒラキがいる大広間に顔を出した時だった。

 凍りつくような感覚が体に伝わる。大広間には私が城に住むようになって初めてと言っていいほどに張りつめられた緊張感が漂っていた。その原因は、ヒラキの前に堂々と立っている一人の少年であった。少年は私の声に反応してその顔を私に向ける。

 あどけなさは残るものの、整った顔をしている少年は私が前に酒場街に向かう近道で出会った少年であった。


「なっ!」


一瞬にして体中に電撃を喰らったかのような感覚が走り、私は本能の反応するまま、後ろへと跳躍し後退した。


「いや~久しぶりだね……お姉ちゃん」


 間違い無くあの近道であった少年であった。一切寸分違う事無く、背格好さえ変わっていない少年が私を見つめ、にこやかに微笑む。だがその裏には隙あらば、とって喰らうと言った威圧感のようなものが隠れており、私の体中に再び電撃が走った。

 インセントやバラライカはすでに戦闘態勢に入っている状態であり、いつでも飛び出す準備は整っているようであった。だが二人の表情はあまり良くない。きっとインセントとバラライカも私のように目の前の少年の異様な雰囲気に気付いていたのだろう。だがその中でヒラキだけが玉座に肘をついて悠然と異様な雰囲気を醸し出す少年をまっすぐに見つめていた。


「なるほど、本当にレーニの弟なんだ……って訳あるか!」


 いい意味で言えば何事にも動じない、悪く言えばその場の空気が読めないと言えばいいのだろうか、私やインセントやバラライカが少年の発する異様な雰囲気に当てられている中、ヒラキは一人ふざけたように大声をあげ、舞台などで人を笑わす職業である芸人が使う話術の一つノリツッコミというやつを放ったのであった。

 余談ではあるがこの時、ヒラキはその芸人という職業にドがつくほどにハマっていた。


「……」


ヒラキの渾身の笑い術は、私を含めた全員に総スカンを喰らっていた。その時私や他の二人は多分同じ考えに行きついていたはずだ。こんな時まで何をやっているんだこの王はと。


「あれ? 面白く無かった?」


ヒラキは玉座から首を傾げて少年を見つめる。少年と言えば突然のヒラキの大声に顔をキョトンとさせ反応に困っているようにさえ見えた。


「……ねぇ王様が、僕とお姉ちゃんが姉弟だって信じてくれないんだ」


明らかに反応に困った少年は私の顔を見てそう口にする。若干助けを求めているようにも見えた。

 少年の言った事は合っていると言えば合っているし、合っていないと言えば合っていないといった微妙なものであった。私と少年に血の繋がりは無い。だが同じ作られた存在であるという点では姉弟であると言ってもいいからだ。


「えー嘘だ~、レーニどうなのよ?」


ヒラキは目の前の少年の年齢と合わせるような口調で私と少年が姉弟であるのか問いただした。


「い、いえ……私とこの少年は今日合わせて二回しかあった事の無いぐらいの間柄です」


私はヒラキに正直に話した。実質、少年とはあの時出会ったのが初めてであり、たとえ同じ作られた存在だとしても、そこに姉弟というような絆は感じられなかったからだ、それよりも、私を支配しようとする感覚が強いことを私は感じていた。


「だ、そうだ……やれ!」


一瞬にしてヒラキの表情が鋭くなり、低くなった声がヒラキの両隣にいたインセントとバラライカに指示を出す。するとインセントは飛び出し、バラライカはすでに詠唱を終えていたのであろう魔法を放つ。


「おりゃあああああ!」


訓練場でもみたことの無いインセントの鋭い剣技が少年の頭上に振り下ろされ、間髪入れずに、私の前では決して使うことの無かった『聖』の力を宿したバラライカの光の魔法が人インセントごと貫き少年を襲う。

 インセントの剣撃により大広間の地面が割れ、それと同時にバラライカの光の魔法によって周囲に光があぶれ、私の視界が一瞬霞む。それと同時に『聖』の力が宿った光の魔法の余波が私の体を少し焦がしたのが分かった。


「――んっ?……」


すぐに視界がひらけた私は、インセントと少年がどうなったか視線を向けた。そこには、光の魔法に貫かれたというのに平然とした表情を浮かべ自分の剣撃の先を見つめるインセントの姿があった。

 バラライカの話によれば、『聖』の力が宿った魔法は、人間の内側に存在する『聖』の力によって無効化されるそうだ。勿論例外もあり、『闇』に染まった人間には効果が現れるそうだが、たとえそれが凶悪な殺人鬼であっても、『闇』にそまる事は難しいらしい。

 人間程度の犯した罪では『闇』に染まれないというのが『聖』と『闇』の力を研究している者にとっての定説である。それほどまで『闇』というものは限りなく深いのだ。それ故に生まれながらに『闇』を持つ種族は『聖』の力を持つ者達と反発しあっている。

 ガイアスの世界において、人間と共存を望んだ私や夜歩者ナイトウォーカー達は異物のような存在なのかもしれない。

インセントは自分の得物の剣先に少年の姿がないことを確認すると周囲を見渡した。


「皆気を付けろ! 何処から仕掛けてくるか分からないぞ」


姿を眩ました少年に警戒するようにインセントが周りに声をかけると、手に持っていた得物を握り直し鋭い眼光で再び周囲を警戒した。


「凄い凄い、一瞬にして飛び込んでくるんだもん、焦ったよ」


焦ったという言葉が一発で嘘だと分かる少年の喋り方にその場にいた全員が天井を見上げる。そこにはその場に浮いた少年の姿があった。


「飛べるのか……」


玉座から静観していたヒラキが興味を持った視線を少年に向ける。


「……飛ぶ魔術は相当高度なもの……見た目に惑わされちゃ駄目みたいね」


バラライカはそう言うと本格的な戦いに備え、体を解す動作を始める。それを見ていたインセントも同様に、手に持った得物で素振りを二、三度として体を戦闘状態へと引き上げていった。


「あらら……こりゃ本格的な戦いになっちゃうのかな……」


眉毛を八の字に曲げ困っている表情を浮かべる少年。だがその口は喜びに歪んでいた。


「レーニ!」


「は、ハイ!」


バラライカが私の下に歩いてきた。その時点ですでにバラライカは次の攻撃に備え詠唱開始しているようであった。


「あなたはヒラキの側に向かって……こんな状態だから絶対に無いとは思うけど、絶対に油断しちゃ駄目よ」


私はバラライカの言葉に頷くと駆け足でヒラキが座っている玉座に向かった。


「レーニ? あの少年どう思う?」


ヒラキが私に小声で目の前の少年のことを聞いてきた。


「どう思うって?」


私はヒラキの言葉の意図が分からず首を傾げる。


「……彼奴……お前と同じ存在だよな……」


ヒラキはすでに少年の正体に気付いているようで私はその言葉に頷く。


「それもお前よりも上位の存在だ……俺の見立てだと、インセントとバラライカは相当苦戦すると思うんだが?」


「ま、まさか……」


 現在のガイアスで最強とまで言われる剣聖と魔法の神の二人が苦戦するというのは信じがたい事であったが、私の本能はそれを否定していない。嫌な予感というものが私の心の中で渦を巻くように大きくなっていく。

 だが不安を隠しきれない私を尻目にヒラキは涼しい顔をしていた。口では苦戦すると言っているヒラキではあったが、それでもヒラキは目の前で得体の知れない存在と戦おうとしている二人の背を信頼の目で見つめていたのだ。


「うおおおおおおおおお!」


それは突然だった。インセントが雄叫びを上げると同時に、インセントの周囲には大小様々な剣が地面に突き刺さる。それと同時にすでに詠唱を終えたバラライカが魔法を放つ体勢に入っていた。


「今度はどんな攻撃を仕掛けてくるんだ?」


それをにこやかに見つめる少年。


「限界突破へ誘え!『限界突破リミットブレイクするフォース』!」


そう叫んだバラライカの持つ杖からは、白い光が放たれその光はインセントやインセントが地面に突き刺した大小様々な剣へと降り注いでいく。すると光が降り注いだインセントの体や大小の剣は淡く光を放ち始めた。


「人体強化……しかも限界突破だなんて……」


本来強化系の魔法は、精々二倍、もしくは四倍が限度である。それ以上の強化魔法はかける方にもかけられる方にも負担がかかり、現在のガイアスではそれ以上の強化は原理上不可能とされているはずだった。

だが事実、目の前では四倍以上の強化、限界突破の魔法が発動していることに私は驚いていた。

ちなみにこの知識を教えてくれたのは、四倍以上は無理だと言っていたバラライカからであった。


「あらら本気だね、前言撤回、あれは無いわ……あの二人の連携はピカ一だ、ああなった二人は手強いぞ……」


先程二人が苦戦するという言葉を撤回したヒラキは、私の横で二人の連携を楽しそうに眺めていた。


「ふぅ戦闘じゃ、ちゃんとした連携がとれてるのに、なんで普段は互いの気持ちが理解できないかね」


「えっ?」


緊迫した状態であるというのに、ヒラキの爆弾発言に別の意味で動揺した私はなんとも緊張感の無い声を上げてしまった。


「……んぅぅぅ……くぅ……」


場違いな話にその先が聞きたいという心を我慢して、私は再び視線を二人の背中に向けた。


「さぁ……どうする、この魔法は、ただ俺の能力を強化するだけじゃなく、お前をこの中に縛りつける力もあるんだぜ」


インセントが突き刺した大小様々な剣達がバラライカの放った魔法を繋ぎ、結界のような効果を発動させていた。


「これはこれは……少し不味い事になったな」


逃げる選択が無くなった少年はそれでも余裕の表情を浮かべ笑みを浮かべている。


「インセント、いつも言っているけど……」


「ああ、分かってるよ、油断はするなだろ」


頭上にいる少年を見上げながら、インセントは手に持った得物を少年へと向けた。絶対絶命という状態だというのに、余裕の表情を浮かべる少年を見て気を引き締めるようインセントに伝えると、インセントは頭上にいる少年を見上げながら手に持った得物を少年へと向けた。


「さあ行くぞ!」


そう言った瞬間、インセントは大広間の床を割りながら一瞬にして少年の目の前に跳躍する。


「—――っ!」


人よりも速いものを捉える力はあるほうだと思っている私であったが、その私の目でもインセントの動きを捉えることはできなかった。そもそも魔法で強化がかかっているとはいえ、インセントの動きは人間の動きを超えていた。


「おらよっ!」


跳躍した勢いのまま、インセントは得物を少年へと振り下ろした。


「っぅ……」


 辛うじてインセントの動きに反応したのか、少年は両腕を前に出しインセントとから振り下ろされた得物からの衝撃を防ぐ。大広間に少年の両腕が砕ける音が響き渡る。少年の両腕を犠牲にしても、インセントから振り下ろされた得物の威力が衰えることは無く、少年は広間の床へと凄い速さで叩き落とされた。

 周囲を震わすほどの衝撃音とともに周囲には砕けた床の破片が散っていく。


「これで終わりじゃねぇぞ!」



 大広間に落下した少年を追うようにインセントは少年が落下した場所に向かって剣を突きたてる。

 再び凄い衝撃音とともに大広間の床が大きく割れて崩れていく。


「あらら……こりゃ修理が大変だな」



ヒラキはインセントの心配よりも大広間の床にできた大きな穴をみて少し困った表情でそう言った。


「とりあえず死んではいない」


インセントはボロボロになり気絶しているように見える少年の首根っこを掴んで大きく開いた穴から上がってきた。


「体に異常はない?」


駆け寄るバラライカはインセントの体の心配をしていた。


「ははは、大丈夫だよ、対して時間は経ってない」


どうやらバラライカの使った強化魔法には強力な効果がある変わりに、その代償として使用者と対象者に多大な負荷をかけるようであった。

 そんなやり取りをしていた二人を見ていた私は、まだ晴れない不安を感じ、インセントとバラライカに駆け寄ろうとした瞬間であった。


「待てっ!」


「えっ?」


強く握られる私の腕。その先には凄い殺気を纏ったヒラキの姿があった。引き寄せられるようにして私はヒラキの座っていた玉座に投げられた。私と交代するようにヒラキは飛び出しインセントとバラライカの下へと駆けていったようであった。表現が曖昧なのは私の視界にはすでにヒラキの姿がなかったからだ。 次の瞬間にはヒラキはすでにインセントとバラライカの下でいつの間にか持っていた細い剣、ヒトクイ特有のカタナと呼ばれる武器で少年の体を切りさいていたからだ。

 その姿に驚いていたのは私だけでは無く、インセントとバラライカもヒラキの動きに驚いていた。

 体を切り裂かれた少年の手は、インセントの首に狙いを定めていた。もしヒラキが少年を切り裂いていなければ、インセントの命は無かったかも知れない。


「がっ……があああああああ!」


初めて余裕であった表情が歪む少年。


「危ない危ない、油断しちゃ駄目ってバラライカが言っていただろ」


一瞬纏われた殺気は今はなりを潜め、いつものようにオチャラケながらインセントに注意するヒラキ。


「あ、ああ……すまない」


インセントは自分の命が救われた事と、ヒラキのいまだ底の見えない力に驚きの表情を浮かべていた。


「ぐぅ……ぐがぁぁぁぁあ……お、お前……何をした?」


苦しむ少年は一向に塞がらない傷に手をやり、苦しみながら自分を切り裂いたヒラキを睨みつけていた。


「おうおう、なんか凄そうな雰囲気だしておいて秒殺された少年、傷が治らないのがそんなにおかしいか?」


相手を挑発するようにヒラキはヘラヘラと笑いながら手にしたカタナを肩でトントンと弾ませる。


「本当ならこんな傷すぐに治るのに、どうしてどうして……か?」


既に体を動かすことも出来ない少年を見下ろすようにして少年が考えていたであろう思考を読みとり口にするヒラキは不敵に笑う。

 確かに少年の傷がすぐに塞がらないのはおかしかった。少年は夜歩者ナイトウォーカーの上位種である闇歩者ダークウォーカーだ。夜歩者ナイトウォーカーが人間にとって脅威である理由は数多くあるが、その一つに治癒能力の高さがある。本来ならば、ヒラキが少年に負わせた傷ぐらいならば、すぐに傷が塞がっていくはずなのだ。しかも少年は闇歩者ダークウォーカーだ。治癒能力が夜歩者ナイトウォーカーに劣っていることなどまずありえない。


「不思議か? 不思議だよな……お前達を追い込んだ人間達が作り出したのは聖狼セイントウルフだけじゃないってことだよ」


そういうとヒラキは手に持ったカタナを突き出した。


「……殺魂刀コレだ」


「ごふぅ……剣……だと」


吐血しながらヒラキが突き出した殺魂刀ソウルキラーを見て驚きの表情を浮かべる少年。


「原理は俺には難しくて分からないが、お前みたいな奴には絶対な力を発揮する……まあ他の奴にはナマクラなんだけどな」


それは人間が夜歩者ナイトウォーカーを倒すことだけに特化した対夜歩者武器であった。


「お前は色々企んでいたようだが、もうお前の力は奪ったから何も出来ない……残念だったな」


その口ぶりからすると、どうやらヒラキは少年がヒトクイを滅ぼそうとしていたことに気付いていたようだ。毎晩のように酒場街に向かい浴びるように酒を飲んでいた者がどうしてそんな情報をしっているのか私は不思議でならなかった。


「く、くそぉぉぉぉぉぉ!」


最後の悪足掻きというように雄叫びを上げた少年からは黒い霧が霧散する。


「不味い! このままでは逃げられる!」


「ああ、いいよほっとけよ、もう何もできやしない」


なんて適当なんだ。


「なんだよ、その顔」


私やインセント、バラライカの表情にふて腐れたような表情をするヒラキ。


「「「はぁ……」」」


ボロボロになった大広間に私達の深いため息が響き渡った。

案の定少年はその場から姿を消した。この時はこれで終わったのだと私は思っていた。



—― ガウルド城 王の間 —―


『……その少年……まさか……』


伝説の武器であるポーンの代わりと言わんばかりにスプリングはレーニを見つめる。その言葉に頷くレーニ。


「ああ、スビアだ」


「……」『……』


レーニの答えに驚き言葉を失うスプリングとポーン。


「な、なあそのスビアってなんだよ?」


話が見えないアキとブリザラはスプリングの腰に差されたポーンとレーニを交互に見ながら首を傾げた。


『主殿がガウルドの墓地でやられた夜歩者ナイトウォーカーのボスだよ』



ポーンの言葉に今度はアキとブリザラが言葉を失った。スプリングは悔しそうに握った拳に力が入る。


『墓地で出会った夜歩者ナイトウォーカーの女は、あの時の主殿より遥かに強かった……それ以上の力を持つ闇歩者ダークウォーカー……しかもそれが力を抑えられ本来の力を発揮していなかったとは……』


ポーンは自分が見たスビアと聖狼セイントウルフのガイルズの戦いを思いだし、驚愕しているようであった。その話を聞いていたスプリングは、自分とガイルズにどれだけ力の差があるのか再度確認したように強く握っていた拳にさらに力が入った。


「しかも困った事に……殺魂刀ソウルキラーの呪いが年月によって弱っているようなのだ……それがなぜだかは分からない……その影響からなのか闇王国ダークキングダムという組織が出来てしまい、先日は大規模な事件も起こった……もう殺魂刀ソウルキラーの力だけでは奴は抑えられないかも知れない」


「奴が抑えられない……ということはまだスビアは生きているのか!」


ガウルドを襲撃したゾンビ化した魔物達の事件の後、闇王国ダークキングダムが根城としていた、ならず者の町ギンドレッドは突如として起こった巨大な爆発により消滅し、その時、闇王国ダークキングダムの団長でもあったスビアも消えた。

 だが消息を絶ったスビアが死んだという報告は上がっていない。その事実にスプリングはレーニに顔を近づけた。


「ああ、スビアは死んでいない……まだこの町のどこかに潜んでいる……この殺魂刀ソウルキラーがそう告げている」


レーニは自分の腰に差してある殺魂刀ソウルキラーに視線を落としながら自分の同族であり、上位種族であるスビアの命を感じ取っていた。


「そうか……なら今度はやってやる絶対に!」


自分の拳を強く握り直しそれを見つめるスプリングの表情には、決意が現れていた。剣を交えることすら出来なかった高みの敵と戦えるかも知れないという期待を胸に抱きながら。




― ガウルド 公園 ―



「無理強いはしません、ですが私の言っていることは本当ですよインセントさん……」


夜の闇に溶けるような死神は目の前で茫然と自分の体の中を覗きこむインセントに語りかける。


「……バラライカ……」


「おっと……ここまでです」


死神は自分に手を伸ばしてきたインセントから距離をとるように後方に一歩飛んだ。


「それではいいお返事をお待ちしてますよ……剣聖……」


「ま、待て!」


インセントの制止も空しく目の前から姿を消す死神。


「……どういうことなんだ……」


その場から姿を消した死神を見つめるように茫然と見つめ続けるインセント。インセント以外誰も居ない公園には、インセントの心に不安を掻き立てるような風が吹き始めていた。




 ガイアスの世界


 殺魂刀ソウルキラー


 「そのカタナは邪悪な『闇』を切り払う一筋の希望である」そう言い残して殺魂刀ソウルキラーを製作した鍛冶師は絶命したと言われる武器である。

 能力は、『闇』の力を持つ者の命を奪う、もしくは能力を断ち切る呪いをかけるというものであり夜歩者ナイトウォーカーを倒すためだけに作られた武器であり、人間や『闇』の力を持たない魔物にはナマクラ同然の能力しか発揮しない。

 聖狼セイントウルフ同様にかの人間と夜歩者ナイトウォーカーとの戦いに配備される予定であったが、製作者の死亡、量産化の難しさなど色々な問題があり実戦投入されることの無かった物である。

 実戦に投入されなかった一番の理由としては、殺魂刀ソウルキラーを持ち戦場に出たとしても力を振う前に夜歩者ナイトウォーカーに殺されるからというのが一番の理由であり、持ち手が強く夜歩者ナイトウォーカーと対等に戦える者というのがハードルが高かった。

 作られた殺魂刀ソウルキラーの中で現存しているのはヒラキ王が持つ一振りであり、他は所在が不明となっている。

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