真面目で集うで章 9 夜歩者の涙
ガイアスの世界
夜歩者の容姿
基本的に美男美女である夜歩者ではあるが、その姿はヒトクイに住む人々の容姿と系統が似ている。
黒髪であったり他の大陸に比べて顔のほりが少なかったりとほぼヒトクイの人々と同じ姿であり、ただ見ただけでは簡単に判断できない。だがやはりどこか人間とは違う雰囲気を持っており、その気配を隠す意味で人々の中で生きる夜歩者は変身能力を使い人間の中に溶け込んでいる。
なぜ夜歩者がヒトクイの人々の特徴を持ってるのかは謎ではあるが、夜歩者とヒトクイには何等かの関係があることは間違いない。
真面目で集うで章 9 夜歩者の涙
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
ヒトクイの王、ヒラキ王が住まうガウルドにある城、ガウルド城。
国の命運を一手に引き受け、多忙な公務をこなし、気が休まる事が無いヒラキ王が唯一気を休められる場所、ヒラキ王のプライベート空間、王の間。
そこはヒトクイの古い文化が詰め込まれたような空間であり、城や町とは全くと言っていいほどデザインが異なっていた。
王の間の床に敷き詰められたタタミは、靴で入ることを禁じられており基本寝る時以外は、靴を脱がず部屋で生活する文化が浸透しているガイアスでは違和感があった。
だが実践してみると発せられる爽やかで清々しい香りを放つタタミは触れた者を虜にしてしまうほど良いものであった。
王の間にはタタミ以外に、タンスと呼ばれる木で出来た衣類箱や、フスマと呼ばれる鮮やかな絵が描かれた引き戸など、ヒトクイの古い文化独得な物が多く置かれている。
現在ではヒトクイでも殆ど見られなくなったそれらは、昔の文献やヒラキ王自身の記憶を下に、最高級の家具屋に作らせた一点物であり、激しい激務をこなすヒラキ王が唯一、自分に贅沢を許した物たちばかりである。さながらヒトクイの古い文化を扱った博物館といっても過言では無い。
そんな博物館のようなヒトクイの古い文化に溶け込むようにして、美女、いや絶世の美女といっていいだろう一人の女性が立っていた。その美しさは、今では絶滅してしまったと言われている、エルフと同等、いやそれを超えるほどであった。
ヒトクイで生を受けた者達特有の綺麗な黒髪は腰まで流れ、蝋燭から放たれる淡い光が反射して、キラキラと銀の光が輝いている。
その下に覗く小顔に収まった目や鼻や口もヒトクイ特有の特徴を持っているが、そのどれもが最上級でありまるで美の女神がそこにいるのではないかという存在感を放っていた。
その美しさは男女に関係無く人を虜にしてしまうようで、その証拠にその美女を見つめていた伝説の盾の所有者であるブリザラはあまりのその美女の美しさに鼻から血を流しながら、幸せそうな顔を浮かべ意識を失っていた。
仲間が気を失っているというのに伝説の武器の所有者であるスプリングも、伝説の防具の所有者であるアキも、その場で放心したように心ここにあらずと言った感じであった。
『王……王……しっかりするのだ王ぉぉぉぉぉぉぉ!』
鼻から血を流しながら気絶している己の所有者ブリザラのその姿に絶叫する伝説の盾キング。
『いやあぁァァァァァ、マスターぁぁぁぁぁ!』
伝説の防具クイーンもまた自分の所有者であるアキのだらしない姿に甲高い悲鳴をあげ取り乱している。
『くぅ……申し訳ない、ヒラキ王……このままでは我々の所有者達が会話にならない、元に戻るか所有者達が、話が出来る姿になってもらえないだろうか……』
その中で伝説の武器ポーンだけが、己の所有者のだらしない姿に耐えるような口調で、目の前の美女に対してその美しさを抑えるよう願いの言葉を発した。
「え、ああ……なんとも申し訳ない……」
大混乱となっている王の間でその大混乱を引き起こしたのが自分である事を理解していた美女は頷くと、体から発せられた黒い霧のような物を纏い、すぐさま姿を変える。
そこにはヒトクイの人々の特徴を持った女性がその場に立っていた。先程の美女に比べればだいぶ美しさは落ちるが、それでもタタミに身を預けたまま気絶しているブリザラと同じほどの美しさを持っていた。
「……こ、これでいいか?」
この姿で大丈夫かと女性は不安そうな表情を浮かべながら、放心したままのスフリングの腰に差されたポーンに話しかけた。
『ああ、それで問題ない ……それでも美女ではあるが……』
最後のほうの言葉は殆ど独り言に近い声の小ささであり、目の前に立っている女性の耳には届かなかった。
姿を変える能力を持った女性の正体は、現在伝説の武具の所有者達がいるガウルド城の主であり小さな島国ヒトクイを統べるヒラキ王本人であった。
性別や年齢すら超越できるその能力で、今まで己の正体を隠してきた現ヒラキ王。その能力は数百年前に人々と争っていた夜歩者の力の一つであり、現ヒラキ王、本名レーニ=スネックはその夜歩者でもあった。
レーニはタタミに足を折り曲げて綺麗に座ると、各所それぞれだらしない姿をしたまま気絶したり放心したりしている伝説の武具の所有者達を見渡した。
「やはり私の姿は醜悪であったか?」
『—―気付いていないのか……いや、そう言う訳では無い……今の彼らの姿は好意的な姿だ、見た目は悪いが……』
ポーンの言葉に首を傾げるレーニ。その反応をみたポーンはレーニ自身は自分の美しさに気付いていないと判断し、ポーンは目の前のレーニに気にするなと言葉を付け加えた。
レーニの反応を見て口には出さないがヤレヤレと思うポーンであったが、ポーン自身は気付いていない。自分達が優れた容姿を持っている事に気付いていない所が似ているという事を。
「皆……おきてくれ、これでは話ができん」
レーニは彼らが知りたがっていた自分の真実の続きを話すため、伝説の武具の所有者達に起きるよう声を上げた。
「……んっ……あ、……あれ……なんか凄いものをみたような……」
「おお起きてくれたか!」
『マスター!』
最初に我を取り戻したのはアキであった。その姿に歓喜するクイーン。アキは見知らぬ女性に首を傾げながらも状況を確認しようと自分の隣で倒れているブリザラに視線を落とした。
「……な、何があった! 起きろブリザラ!」
キング同様取り乱すアキは飛び跳ねるように体勢を立て直すと隣で倒れているブリザラの肩を持ち揺さぶる。
『や、やめろ小僧! そんな激しく王を揺らすな!』
ブンブンと揺さぶられるブリザラの姿を見て悲鳴のような声を上げるキング。
「ん……な、何だ、俺は……どうしてたんだ」
「スプリング殿も起きたか」
『ふぅ……意識を取り戻したか主殿……』
アキの声に次に我を取り戻したのはスプリングであった。その姿に安堵のため息を吐くポーン。
少しぼんやりした頭で周囲を見渡すスプリングは、少しの間自分の記憶が綺麗さっぱり無くなっている事に気付いた。
自分の目の前で見知らぬ女性が自分に声をかけてきたことを不思議がりながら再び周囲を見渡し状況を確認するスプリング。頭がクリアになったスプリングの視界には、倒れたブリザラとそれを起こそうとブリザラの体を揺さぶるアキの姿があった。
「……な、何だ敵襲か!」
素早く立ち上がり剣の形になっているポーンを手に構えるスプリング。
「いやいや、敵は来ていない、落ち着いてほしい」
周囲を警戒するスプリングに落ち着くよう促すレーニ。
『主殿、ヒラキ王の言う通りだ、落ち着いてくれ」
ポーンはレーニの言葉に続くようにスプリングに落ち着くよう言った。
「ヒラキ王? ……そういえばヒラキ王は何処に? それにそこの人は誰なんだ?」
首を傾げながらスプリングはレーニをみた。
『……その人がヒラキ王だ……』
「……いやいや、だってこの人女性じゃないか……」
『……はぁ……そこからか」
スプリングの記憶が失われていることに気付いたポーンは深くため息をついた。
「なんだかすまない……」
申し訳なさそうな表情になるレーニ。その後ポーンは意識が回復したブリザラとアキに現ヒラキ王が目の前にいるレーニだということを伝え、事情を説明した。
「そ、そう言えば……そうだったな……」
「ええ、そうでした」
ポーンとの言葉に納得するアキとブリザラ。先に説明を受けていたスプリングもポーンの説明を再度聞いて納得するように頷いた。
「それじゃ……あの夢のような美しい女性も……」
意識を失う寸前に見たレーニの姿を口にするブリザラはうっとりした表情を浮かべる。うっとりとしたブリザラの鼻からは再び血が流れ始めていた。
「お、おい、ブリザラ鼻、鼻!」
アキの指摘で自分の鼻から血が流れていることに気付いたブリザラは恥ずかしそうに鼻を手で覆い隠す。そんなブリザラの姿を見つめるレーニは不思議そうな表情を浮かべる。
「……美しい? 冗談はよしてくれ、……本来の私の姿は……理由は分からないが、あの姿になると、皆のように放心したり気絶したりする者が多くて……あのヒラキ王も私の姿をみて気絶したんだ……私の姿はそんなに醜悪だったのだろうか?」
レーニは再び自分のあの姿が醜悪だったのかと、困った表情で伝説の武具の所有者達に質問する。
その言葉に伝説の武具の所有者達は顔を見合わせた。
「……おいおい……じょ、冗談だよな」
「理解していないのか……」
「ええ、そのようですね」
レーニの言葉に何とも言えない表情の伝説の武具の所有者達。レーニは答えを濁した伝説の武具の所有者達を見ながら深くため息をついた。
「君達も私をからかうのだな、ヒラキ王も意識を取り戻した時、美しいと私をからかっていたよ……」
「「「えっ?」」」
レーニはそういうと、再び伝説の武具の所有者達を、自分の過去の記憶へと誘っていく。レーニは己の記憶を再び語り出したのだった。
ヒラキ王の呼び出しに城の大広間に向かった時だった。そこにはヒラキ王以外にインセントとバラライカがいた。
「お前……いい加減俺に本当の姿をみせてくれないか?」
私がヒラキ王の仲間になって、ヒラキ王が亜人奴隷を廃止してから一カ月が過ぎていた。亜人奴隷廃止もそれなりにヒトクイに浸透したのか、亜人の扱いもだいぶ柔らかいものとなり、若干のいざこざはあるもののヒトクイの人々も亜人を受け入れはじめているようであった。それもすべて、私を見つめながら本当の姿を見せろと言いよってくる、どう見ても町のチンピラにしか見えないヒラキ王……では無く、その後ろで呆れた表情を浮かべながらヒラキ王を見つめている剣聖インセントと、魔法の神バラライカのお蔭であった。
言うだけ言って後はすべてこの二人に任せてしまったヒラキ王は、毎晩のように夜のガウルドに姿をくらまし遊びほうけており、亜人奴隷解放を宣言してから何もしていなかった。最初の頃はインセントとバラライカもそんなヒラキ王を、せめて自分の仕事ぐらいはこなせる王に矯正しようと頑張っていたようだが、今ではすでに諦めているようで大きな問題以外には口を挟まなくなったようだ。
「あ、あの……なぜ私の元の姿をそんなに見たいのですか?」
なぜか私が姿を偽っていることに気付いたヒラキ王は、しつこく私に本来の姿をみせてくれと頼み込んできた。亜人奴隷解放が実行され、私も自分の姿を偽らなくよくなったのだが、私の種族は人間との因縁が深く、簡単には姿を晒すことは出来なかった。それともう一つ理由があった。
「だってお前、変身できる亜人なんだろ? だったらその姿をみておかないと、お前がお前だって分からないじゃないか」
「はぁ姿を確認するだけなら今の姿でいいじゃないですか……それに私あまり元の自分の姿が好きじゃないんです」
そう言いながら私は顔を伏せた。私の元の姿はとても醜悪なのだ、私がその姿で町を歩けば、バタバタと人が倒れていく。倒れなかった者は放心してしまいしばらくは動くことも出来なくなる。それほどまでに私の姿は醜悪なのである。
「力尽きて下の姿に戻っちゃったらどうするんだ?」
確かに体内の魔力が無くなれば変身は解けてしまう、だが基本この力はわずかな魔力があれば使えるので、たとえ意識を失ったとしても魔力さえ少量でも残っていれば変身は解けないのだ。
「だ、大丈夫ですよ、私はこの姿で長年生活してきたんです、そんなヘマはしません!」
私は言い切った。それは私自身この能力には自信があったからだ。だが最大の理由は、ここで少しでも自信が無いような素振りを見せればヒラキ王がそこに付け込んでくると分かっていたからだ。
私とヒラキ王が会話している姿をインセントとバラライカが見つめていた。私は二人に助けてと目でサインを送ったのだが、二人は首を振り目を反らした。そこで私は助けは来ないことを理解して、肩をガクリと落とす。だが私はひの状況を切り抜けなければならない。
「と、ところで……もう城にやってきて一カ月が経ちますが……私は何をすればいいのですか? 全く何もやっていないんですけど……」
私は話を切りかえた。そうでもしなければ永遠とヒラキ王は私の本来の姿をみせろと言い寄ってくるからだ。ヒラキ王はそれほどまでにしつこい。そのしつこさがヒトクイという島国を統一した一つの原動力でもあるのだが。
ヒラキ王の仲間となった私ではあったが、ガウルド城にやって来て一カ月、したことと言えば城の庭にある花壇に水をやったり、読書をしたり、昼寝をしたりと全く持って仲間としての役割をはたしていなかった。だがそんな私を誰も咎める者はいなかった。そればかりか、城の人達は私をまるでお姫様と接するがごとく優しく扱ってくれている。どうやらその根回しをしたのはインセントとバラライカらしい。
この一カ月で私の生活は激変した。ボロボロだったフトンから自分の体の三倍はあるベッド。女性らしい綺麗な服を与えられ、食べる事にも困らない。とてもいい環境ではあるが、これでは自堕落してしまう。このままでは私は駄目になるとそう思った。
「あっ? そう言えばそうだな……、インセント、バラライカそこら辺どうなってるんだ?」
私を見つめていたヒラキ王は後ろで私達のやり取りを見ていたインセントとバラライカに視線を向けて聞いた。
「はぁ……」
バラライカの深く重いため息が大広間に響く。
「……あのなヒラキ、レーニを仲間にしたのはお前だ、レーニに何をさせるか決めるのは、お前の仕事だろ」
全くの正論だ。インセントやバラライカに私の処遇を頼むなんてお門違いもいいところだ。
インセントの言葉にウンウンと頷く私をみてヒラキ王は頭を掻いた。
「当然何をさせるのか考えて、レーニを仲間にしたのでしょう?」
バラライカがインセントの言葉に続く。それも正論だ。突然仲間になれと言ったヒラキ王は当然私の何かを見極めたからこそ仲間に誘ったはずだ。まさか何も考えずに仲間に引き抜こうなんて考えているはずが……。
そんな事を思いながら私は視線をヒラキ王に向けた。すると顔から大量の汗を流し目が泳ぐヒラキ王の姿があった。
「え、えええ……うん……」
その反応を見ただけでインセントやバラライカはヒラキ王に私を仲間にした後の考えが無いことが分かったようで、当然私もヒラキ王に何の考えも無い事は理解できた。
「はぁ……本当にお前は行き当たりばったりだな……」
バラライカが深くため息をつきながらヒラキ王にそういうと、視線を私に向けた。
「レーニ、お前は何か得意な事があるのか?」
そうバラライカに言われ、私は自分が得意な事を頭の中で探す。
「変身できるんだったら、密偵とかスパイとかはどうだ?」
インセントが軽いノリで私の仕事を幾つか上げてくる。ヒトクイはヒラキ王の手によって統一を成し遂げたものの、まだ小さな火種はヒトクイ各所にくすぶっている。そんな火種を調査する密偵やスパイは、確かに変身能力を持った私ならば適した仕事なのかもしれない。
「……駄目だ」
インセントの言葉はヒラキ王の言葉で一蹴される。その言葉は珍しく真面目であり言インセントやバラライカは驚きの顔になっていた。基本的にだらしない表情をしているヒラキ王が突然真顔で言うものだから、当然私も驚き少し心がドキリと脈を打った。
「え、でも……インセントさんが上げてくれた仕事は、私の能力に適していると思いますけど……それに私はそういうことでしかヒラキ王のお手伝いはできないかと……」
他に自分の特技が見つからない。ならばインセントが言っていた事に従うしかないと考える。それが危険な仕事であったとしてもだ。
「……嫌だ、駄目、絶対駄目……お前をそんな危険な仕事につけさせる訳にはいかない、そんなことしたら俺が心配で仕事が手につかない」
ポカンとする私達を置いて行くように、先程のインセントを威圧するよう口調とは思えない子供が駄々をこねるよう口調でヒラキ王は私がスパイや密偵をすることに反対した。
真顔でインセントの言葉を一蹴したヒラキ王を少しカッコいいかなと思ってしまった私の感情を返して欲しい。
「お前な、そもそもまともに仕事をしていないだろ……はぁ……確かに危険な仕事だが、レーニの腕前はソコソコ強いぞ」
「えっ?」
そうなのと言った表情でインセントに声を漏らすヒラキ王は私を見た。
「え、ええ……」
それは私がガウルドの城内ウロウロしている時だった。この一カ月間、私は基本城から出ず、やる事も無く暇を持て余していた。暇を潰すため城内をウロウロしていた道中で、静まり返った訓練場で風を切っているような鈍い音が響き、その音に興味を魅かれた私は風を切る音がする訓練場をのぞき込んだ。するとそこには大きな剣を持ち、素振りをしていたインセントの姿があった。
闘技場の外から顔を覗かせていた私にすぐに気付いたインセントは、興味があるのかと声をかけてきた。私はインセントの言葉を断ることができず、あれよあれよと訓練場に置いてあった木刀を握らせれ、インセントと模擬戦をやるはめになってしまった。
ヒトクイにやってくるまで他の大陸を旅していた私は我流ではあるが自分の身を守る程度の剣術は身に着けていた。あくまで身を守る程度であり、対して強くは無い。そう思っていたのだが。
模擬戦が始まるとインセントは、私に打ってこいとばかりに、その場で隙を見せるように大きな剣を構えた。私は目の前の人物が剣の道を究めた剣聖であることを思いだしその隙が誘いであることに気付いた。インセントがわざと作った隙に打ち込むことはせず、私は一旦後方に飛び距離を離した。
その瞬間インセントは驚いた表情を浮かべニヤリと笑いわざと作っていた隙をかき消すと突進してきた……という所までは覚えていた。その後の事は必至でどうなったのか分からない。ただ結果だけ言えば当然剣聖であるインセントの勝ちであった。
模擬戦の後、インセントはえらく機嫌の良さそうな表情で話しかけてきた。どうやら私がワザと作った隙に踏み入らなかった事がインセントには好評価だったらしく、その後の攻防もかなりうまい物だと語っていた。インセントが言うにはガウルドにいる兵では私とまともに戦える奴はいないというえ話であった。
そんなこんなで、インセントは私の変身能力も加えた上で、密偵やスパイの仕事はどうかと口にしたのであり決して思いつきだけでは無かったのだ。
「んっ……なんでお前が、レーニがソコソコ強いって事を知っているんだよ!」
インセントに向かって怒鳴るヒラキ王。
「この前模擬戦を少ししたからな」
インセントは私に視線を向けるとさわやかに笑いながら親指を立てた。
「な、何だと! ず、ずるいぞインセント! 俺もまだだと言うのに……ぐぬぬぬぬぬ……レーニ今から訓練場で俺と模擬戦をするぞ!」
「えっ?」
なんでそうなる。ずるいってなんでだ。鼻息を荒くしながら訓練場に向かおうとするヒラキ王。だがそれを止めるインセント。
「待て、今は訓練場でレーニと模擬戦をするって話じゃないだろう?」
インセントはそう言いながら深くため息をついた。
「そうよ、ヒラキ、今はレーニにどんな仕事をさせるのかって話でしょう、でもインセントが言うように密偵やスパイって話は私も賛成だわ、レーニは魔法使いになった事は無いって言っていたけど、素質はあるようだし」
「何だと……」
ギロリとヒラキ王の視線がインセントからバラライカに移る。
バラライカとそう言う話になったのも、インセントの時と同様城内をブラブラしている時に魔法研究所と書かれた部屋の前を通りかかった時であった。中にいたバラライカが丁度部屋から顔を出し私を見つけると、私をその部屋へと誘ってくれた。
そこで魔法の話を色々と聞いてバラライカの前で実践してみたら、以外にもすぐに出来てしまいそれを見ていたバラライカは驚きの表情を浮かべていた。
「お前もか……お前も俺には内緒でレーニとイチャイチャウフフしていたのか?」
イチャイチャウフフって……一国の王が口にするような言葉では無い単語を言い放つヒラキ王を前に茫然を通りこし呆れる私やインセントやバラライカは互いの顔を見て苦笑いを浮かべていた。
「もういい……どうせ俺は仲間はずれ……何だよ、畜生……」
先程までの勢いはどこへやら、一瞬にしてヒラキ王の顔は暗くなり、体を丸めて部屋の隅でスンスンと肩を震わせ始めた。
「ど、どうしたのですか……」
ヒラキ王のその姿に若干引く私を見てバラライカが私の下へやって耳打ちをする。
「あれはいじけているんだ、一見何も気にしないように見えるがあれで実は中々繊細でな……正直面倒だ」
そういうとバラライカは私の耳から顔を離し、うっすらと笑みを浮かべる。その笑みは苦笑いではあったが心底面倒に思っているようには見えない。
「あ、ははは……大変ですねお二人とも……」
私はどういう顔をすれば分からず、とりあえず引きつった笑いと二人への労いの言葉を口にした。
「ああなったら中々回復しないからな……とりあえずこの件は保留にするか、すまんなレーニ」
頭をかき困ったような表情を浮かべながら私の下へやってくるインセントの表情もまた、バラライカと同様のものであった。
はたからみれば本当にダメダメな王ではあるが、それを帳消しにする、いやそれ以上の何かを持っているのがヒラキ王なのかも知れないと二人の表情を見て私は思った。
「それと……あの状態になったヒラキに甘い言葉は……お、おい、レーニ?」
インセントが私に何か話しかけてきたが私はその言葉を聞かず大広間の隅で小さくなりスンスンと肩を震わすヒラキ王の前に立った。
「あのヒラキ王……機嫌を直してください……私に出来る事があったらなんでもしますから」
私は少しでもこの二人の気苦労が解消されればとヒラキ王に声をかけた。
「ま、待てレーニ!」
「早まるな!」
私の言葉に顔を青くするインセントとバラライカは止めに入るように私の言葉を遮ろうとする。だが。
「……本当に?」
ヒラキ王は一瞬にして私との距離を詰めて目の前に姿を現した。
「え、ええ……」
二人の警告に私の心は動揺していた。言ってはいけない事を口にしてしまったと。だがもう遅かった。
「うーんだったら……本当の姿を見せてよ」
ヒラキ王のその言葉に、私はここにきてヒラキ王という人物ががどれほど恐ろしい存在なのかに気付いた。ヒラキ王は私の本当の姿を見ることを忘れてもいなければ、あきらめてもいなかったのだ。私が話を切り替えた時点で、ヒラキ王にはこの結末が見えていたのかもしれない。
ヒラキ王の策略によってここによって、私がどんな仕事をするべきかという話からうやむやになっていた私の本当の姿の話に話を戻したのだ。私はまんまとヒラキ王の罠にはまってしまった。
そんなヒラキ王の策略に気付いた私が茫然としているとヒラキ王の口が開く。
「あれ? なんでもしてくれるんだよね……まさか約束、破ったりしないよね?」
満面の笑み。だが笑っている目の奥底には勝利を確信した光があった。
自分の首を絞めるように自分が出来ることなら何でもと言ってしまった私に逃げる道は無く、私に選択肢は無かった。
「ねぇねぇ何でも聞いてくれるんでしょ? 早く早くぅぅぅ」
拗ねていた顔はどこへと言った感じに目の前で小踊りを踊るヒラキ王。
「くぅ……わ、分かりました……」
私は生まれてから一番自分の本当の姿を見せたく無い相手だと思いながら、ヒラキ王の言葉に同意した。
「いいのかレーニ?」
「……無理しなくても」
インセントとバラライカは互いに自分の得物を持ちヒラキ王の策略を止めようとしてくれていた。二人の私を心配しする気持ちが背中に伝わってくるが、私はその言葉に振り向き頷くと再びヒラキ王を見た。そこには今か今かと待つヒラキ王の姿があった。
もしかしたらこれで私はこの場所にいられなくなるかも知れない。私が夜歩者であることが知られれば、この場所にはいられない。私はその事が怖かった。
半ば強制的に仲間にされてしまった私ではあったが、城の人達もインセントやバラライカの根回しがあったとはいえ、亜人である私に色々と優しくしてくれたし、私を心配そうに見つめるその二人も私が亜人だからと辺に取り繕う事をしないでくれた。
そして何よりも目の前にいるヒラキ王も、私を必要だと言ってくれた。そんな温かく私を包んでくれるこの場所に、名残が無いと言えば嘘になる。
だが約束は約束である。そもそも今のこの状況を切り抜ける策が思い浮かばない。私は自分の身を晒す事を心に決め、自分の能力である変身を解いた。
周囲にまとわりつく黒い霧。その瞬間インセントとバラライカの気配が一瞬にして警戒に変わった事を感じた。そして目の前にいるヒラキ王の表情も驚きへと変わって行く。
黒い霧が晴れる。瞑っていた目を見開くと私を見つめるヒラキ王の姿があった。
「これが……私の……本当の姿です」
これからやってくる罵詈雑言に身構える私は奥歯を噛みしめた。
「……」
だがいっこうにヒラキ王の口から言葉が紡がれることは無い。すると次の瞬間ヒラキ王の鼻からは赤い血が流れはじめた。
「あああ、ヒラキ王」
やっぱりだ私の姿を見た者はその殆どが気絶するか放心する。ヒラキ王の膝が崩れ落ちる。私は寸前の所でヒラキ王を抱きかかえた。
「ど、とうした?」
「ヒラキ!」
倒れたヒラキ王を心配して駆け寄ってくるインセントとバラライカ。私は助けを求め二人に顔を向ける。するとインセントに異変が起きた。
「が、がはぁ!」
まるで吐血したかのように噴き出す血。その血は鼻からであり、その血は綺麗な放物線を描きながらインセントは倒れ込んだ。
「……な……なるほど……」
倒れたインセントを見て、バラライカは納得の声を上げる。そんなバラライカの挙動も少しおかしかった。目が泳ぎ頬が赤い。私をまっすぐに見られないようであった。
「レーニ、悪いがさっきの姿に戻ってくれないか……」
バラライカはあまり私のほうを見ようとはせずに私に先程の姿にもどるよう言ってきた。私は頷き再び変身能力を使い皆に馴染みのある姿に戻った。
「はぁ……ようやくお前の正体が分かったよ、レーニ」
倒れたヒラキ王とインセントを隣同士で寝かせた後、バラライカは一息吐きながら私に向かって言葉をかけてきた。その言葉に肩をビクリとさせてしまう私をみてバラライカは笑みを浮かべた。
「お前は、夜歩者なのだな……」
バラライカの言葉に悲しい現実が迫ってきた事を感じる私は、頷くことさえできなかった。
人間にとって夜歩者は天敵であり忌むべき存在だ。人間との長い戦いが終わり数百年たってはいるが、それでも人間が私達を恐怖の対象にしていることは変わらない。その関係は人間と共存の道を辿ろうとしている夜歩者達も変わらない。だからこそ共存を望む夜歩者は本来の姿を隠して生きている。
何の反応もしない私を見てバラライカはヒラキ王とインセントの顔を指指した。
「というか、何ともだらしない顔をした男達だな……レーニ、笑ってもいいんだぞ」
私が夜歩者だと知っても変わらないバラライカの態度。その瞬間私の目からは涙がこぼれ落ちた。
「泣くなよレーニ、私もそこに居る男達もお前が夜歩者だからって態度を変えたりしない……、まだ一カ月ちょっとの付き合いだが私達はお前が悪い奴では無いと知っているつもりだ」
優しく微笑むバラライカの笑みは、私にとって救いであった。詰まっていた何かが取り除かれるようなそんな開放感が私の心を包む。
「それにヒラキは多分、お前が夜歩者だって知っていたはずだ」
ヒラキ王は私が夜歩者である事を知っていたと口にするバラライカ。それでもなお自分の仲間にしたいと思ったのだろうと続けたバラライカに首を傾げる私。
「何故ですか?」
涙が止まらない私は喉を詰まらせながらバラライカに聞く。だがバラライカは少し困った表情を浮かべて さあ? と言葉を濁した。
「それは俺が説明しよう!」
「えっ!」
「ヒラキ……」
何処から気付いていたのか、意識を取り戻したヒラキが私に言葉をかける。
「それはお前が美しかったからだ……」
「……?」
私の涙が一瞬にして枯れる。私の問に対しての答えが美しいというその言葉一つに私もバラライカも固まった。
「からかわないでください!」
「お前ぇぇぇ! 少しはタイミングを考えろ!」
硬直が解けたバラライカは怒鳴り声を上げヒラキ王の頭を何度も殴りつけた。
「い、いたっ痛い、痛いよ、バラライカ……や、やめろマジで止めて、エリー止めろ!」
「エリー?」
ヒラキ王の口からエリーという人名がバラライカに飛ぶ。私は首を傾げた。
「そ、その名前で私を呼ぶなぁぁぁぁぁ!」
バラライカの殴る力はさらに強くなり、ヒラキ王を襲う。魔法の神とまで呼ばれているバラライカが拳でヒラキ王を殴りつける様は、まるで鬼神のごときであり下手な接近職の者よりも強そうに見えた。
後々恐る恐る本人に聞いた話では、バラライカのフルネームがバラライカ=エリーゼ=フォンブランという名らしく、本人はエリーゼという名が顔から火が出るほど恥ずかしいらしい。私はエリーゼという名がつくような女では無いと今にも爆発しそうな表情で語ってくれた。
そんなこんなで私が夜歩者である事はヒラキ王達にばれた。それでもなおヒラキ王達は私を仲間だと受けいれてくれたのだ。
― 小さな島国 ヒトクイ ガウルド ガウルド城内 王の間 ―
「わ、私達と同じ状況になったんですね、ヒラキ王達は……」
つい先程同じ目にあったブリザラ達はヒラキ王達も同じ状況にあった事に笑いを浮かべていた。
「い、インセントの鼻血を出してぶっ倒れた姿、みぃあはははは、見てみたかった……あはははは」
自分の剣の師であるインセントの無様な姿を見てみたと口にしたスプリングは今からでは想像できない若かりし頃のインセントを思い浮かべ再び笑いだした。
「私の本当の姿が醜いばかりにヒラキ王達には迷惑をかけてしまった……」
今でもなお罪の意識があるのか少し困った顔でそう口にするレーニを見て笑っていた三人の表情が固まる。
「どうした? 皆固まって……」
ピタリとやんだ笑い声に首を傾げるレーニ。
この人自分が美女だってことに本当に気付いていないんだとこの時、伝説の武具の所有者達は再度改めて思ったようであった。
結局話が進んだのか進んでいないのか分からないまま、ガウルドの夜は更けていく。王の間に響く笑い声に部屋の前に立っていたガウルドの兵士は驚きの表情を浮かべていた。
ガイアスの世界
レーニの戦闘能力。
夜歩者であるレーニの戦闘能力は当然強いわけで、失敗作ながらも闇歩者の下になった人物でもあるわけで潜在能力は計り知れない。
だが幼少の時から周りから半歩者と呼ばれいじめのようなものにあっていたレーニは、己の潜在能力や戦闘能力を理解しないまま、ガイアスの各大陸を旅することになる。
本人は自分を守る程度にはと言っているが、本人が気付かないだけで、それはそれは凶悪な魔物を倒した事も何度もあったようだ。それを自分を守れる程度といってしまうレーニの頭は、やはりどこかずれているようだ。
レーニの本来の姿は同族までもを気絶または放心させてしまうことから幼い時から自分の姿は偽っていたようだ。それがレーニにとって自分は醜いのだと思い込ませる要因になっているようで、そのトラウマが頭から離れず、いまだに自分は醜いと思い込んでいるようだ。
レーニの本当の姿を見て人々が気絶したり放心したりする症状は、典型的な魅了の能力でありレーニのような美しい姿を持った人物の中には稀にその能力を持って生まれる者がいる。その能力は基本本人の意思に関係無く発動しており、それを知っている者は任意でその魔法のオンオフができると言う。
そのことをレーニはいまだに知らない。
ちなみにガイアスの世界のルールの一つである人を操る魔法や道具の禁止というものがあるが、この能力は該当しないようだ。
ブリザラが持つ王としての力と同じような扱いなのかもしれない。




