真面目に集うで章 8 その者、美しく
ガイアスの世界
ガウルドの酒場通り
ヒトクイ統一のおりに戦場になってしまったガウルドの町は大きな被害を受けていた。だがその中で酒場通りだけが最小の被害ですんでいた。
その理由は、統一直後にうまい酒が飲めないのが嫌というヒラキ王の単なる我儘であった。ヒラキ王のその我儘でヒラキ王の部隊の半分が酒場通りの防衛に向けられたという話である。ヒラキ王のその我儘が無ければ、無駄な被害を出すことも無く、勝敗がついのではないかといわれているが、その反面、酒場通りに殆ど被害が出なかったお蔭で、統一直後の食料不足を解消するのに大いに役に立ったとも言われている。
人々はそんな戦後の事を考えていたヒラキ王の事を称えていたが、本人には全くそのような考えは無かったようだ。
真面目に集うで章8 その者、美しく
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
夜が深くなり、ガウルドの町から殆どの灯りが消える。だが真夜中だというのに燦然と灯りが灯る場所がある。夜こそが稼ぎ時と言わんばかりに眩しく、そして少し下品に輝く場所、酒場通りだ。
ガウルドの人々や、旅で寄った冒険者達が毎晩集い酒場通りを賑わせている。そんな酒場通りに灯る光を、ガウルド城、王の間の窓から見下ろす現ヒラキ王の瞳は、懐かしむように柔らかく揺れた。
あの場の光だけは、どれだけ時が経とうとも、変わらず同じ光を放ち続けていると、現ヒラキ王は数十年足を踏み入れていない酒場通りを見つめていた。
酒場通りの光を瞳に移すたびに現ヒラキ王は思う。もしあの場所でヒラキに会わなければ、私は今でもあの光の中で、酒に酔った者達を相手に働いていたのだろうかと、家庭を持ち、伴侶や子供がいたのかと、もしもという自分を想像し妄想にふける。
「――ヒラキ王?」
窓の外を見つめる現ヒラキ王の横顔を見つめ首を傾げながら、声をかけるブリザラ。
「……ああ、すまない」
ブリザラ達の方に顔を向けた現ヒラキ王は、柔らかく微笑んで返事を返す。その柔らかなな微笑みにドキリと胸が高鳴り締め付けられるブリザラ。
胸が締め付けられるような感覚に、一瞬心がときめいたのかとブリザラは心の中で焦りを爆発させようとするが、自分の心に冷静になるよう言い聞かせると、チラリと気付かれないようにアキに視線を向ける。そこで今自分が感じた感情が、ソレとは違うものであることに気付いた。そして深く考えたすえにたどり着いた答えそれは母性であった。
現ヒラキ王の柔らかな微笑みには母性を感じさせるものがあり、その母性に包まれた感覚だということに気付いたブリザラ。幼い頃に母を亡くしたブリザラにとっては、現ヒラキ王の微笑みが母親の面影と重なったのだ。
だがブリザラは再度首を傾げる。何故ならば目の前にいる現ヒラキ王は男性であるからだ。例外はあるものの、常識で言えば男性が母性を持つことは無い。そんな母性を現ヒラキ王から感じ取ったブリザラは若干混乱しながらも、気のせいだとその感覚を己の胸の奥深くに仕舞いこんだ。
「それでは、話を再開するとし……」
現ヒラキ王が話の続きをしようと口を開いた。その時だった。
『ちょっと待ってもらえるか、ヒラキ王』
「質問かな伝説の武器……ポーン殿?」
話だそうとした現ヒラキ王を止めるポーン。話を止められたことに一切嫌な顔をすること無く、スプリングの腰にぶら下げられた伝説の武器ポーンに声をかける現ヒラキ王。
『ポーン今は私達が口を出す場所ではないでしょ』
『クイーンの言う通りだ、この事に関しては王達に任せようと話はついていたはずだ』
今まで口を閉ざしていた伝説の武具達は、どうやら伝説の武具の所有者達と現ヒラキ王の会話に立ち入らないという約束をしていた。だがその約束を破りポーンは現ヒラキ王との会話を望んだ。
『ああ、すまない……だが少し確認したい事があってな……』
クイーンとキングに申し訳なさそうな声で謝るとポーンは一呼吸置いて再び声を発する。
『ヒラキ王、あなたのその体質に関してなのだが……』
「……体質、私が半歩者という事か?」
自分が何者であるか、同族が侮蔑の意味として使うその名称を口にする現ヒラキ王に頷くような声をだすポーン。
「そうその事だ……これは私が主殿と一緒に旅をして、見て聞いてきた事でしかないので憶測でしかないが……もしかするとヒラキ王は、……闇歩者なのではないか?」
闇歩者。
この名称に反応する者、首を傾げる者反応は様々ではあったが、ポーンは周囲の反応を気にする事無く、ただ一点に自分を見つめる現ヒラキ王の反応を窺っていた。ポーンは自分の中に刻まれた記憶を紐解くように思いだしていた。
あれはまだスプリングが慣れない魔法使いに四苦八苦していた頃、このガウルドの町でポーンは少年と出会った。正確に言えば出会ったのはポーンでは無くスプリングだが。
その出会いは決して良い出会いでは無く、印象はあまりよくない出会いであった。少なからずスプリングの心に小さなシコリのような物を残すぐらいには。
その少年は思わぬ場所でポーンとスプリング達の前に再び姿を現すこととなった。だがスプリングはそれを知らない。その時スプリングは、夜歩者の攻撃によって死の淵を彷徨っていたからだ。
ポーンは傷ついたスプリングの体を癒しながら、その場で行われていた戦いを見つめていた。ガウルドにある今は崩壊してしまった墓地で、狼男へと姿を変えたスプリングの仲間と、町で出会った少年が戦っている所を。
そこで狼男へと姿を変えたスプリングの仲間と少年の会話の中で確かにポーンは聞いたのだ、少年が夜歩者を超えた存在である闇歩者であると。
「闇歩者、俺が死にかけた時にガイルズが戦っていたって奴だよな……」
スプリングは目を鋭くしながら、腰に吊るされたポーンに視線を向ける。当然スプリングもその墓場での最後の記憶を思いだしていた。不甲斐なく敵の攻撃に倒れた自分の姿を。
スプリングは自分が意識を失い生死を彷徨っていた時の話を、ポーンやソフィアから軽くではあるが意識を取り戻した時に聞いていた。
己を貫いた夜歩者の主人であり、スプリングの前からガイルズが姿を消した原因とも言える存在である闇歩者をスプリングは敵として認識しいつかという考えを心の奥底に忍ばせていた。
「闇歩者 ……ポーン殿が言っている事は、半分当たりで半分はずれだ、確かに私は夜歩者によって作り出された存在ではあるが……失敗作だ、成功したのはスビアただ一人……それゆえに私は半歩者」
―― そう……スビア一人だ ――
心の奥底でそう呟いた現ヒラキ王は、それに続くように伝説の武具の所有者達に止まっていた自分の過去話の続きを口にし始めたのだった。
—―あれは、ヒラキ王から自分の仲間になれと誘われた日の夜だった。
突然ヒラキ王に仲間に誘われ気が動転していた私を見て考えておいてくれと言い残しその場から去っていたヒラキを見送り私は、頭の中をグルグルと回しながら自分の寝床へと戻った。
ただ屋根があるだけの物置のようなその場所に、申し訳ない程度に引かれたボロボロのフトン。そこが私の寝床であり、私が唯一本来の姿を現せる場所であった。
私はすぐにフトンに体を預け、夜の酒場の仕事に備え寝ることにした。気が動転していた私は眠れるか心配であったが、昨晩の出来事がだいぶ答えたのだろう、一呼吸も置かずに私は深く眠りについていた。
気付けばガウルドの空は赤く染まり、所々暗くなり始めていた。復興作業から家路に向かう者達の気配で私は目が覚めた。
「……店に行かなきゃ……」
未覚醒のボーっとした頭を上げて私は酒場に行く準備を始めすぐに外に出た。酒場の開店にはまだ時間があったが、私はいつも早めに店に向かい、店主の開店準備を手伝っていたからだ。いつも店主はゆっくり来ればいいのにと私に言っていたが、私は店主の優しさに少しでも答えたかった。
この時期のガウルドは、店につく頃には暗くなり周囲には夜の暗さが広がり家や店の灯りがぼんやりと灯る。その中で一番輝きを放つのが酒場通りであり、私はその酒場街に灯る光が好きだった。
そんなガウルドの町を歩き、酒場通りに向かうためよく使う近道を通っていた時だった。そこは町や店の灯りがあまり届かない場所であり、この時間好んで通る者はいない。この場所で人とすれ違った事など今まで無く、これからも無いと思っていた。だがその日、その場には暗い場所に溶け込むように少年が立っていた。
「……子供」
有り得なかった。こんな場所にましてや人間の子供が居るはずがなかったのだ。子供にとってこの場所に広がる暗闇は恐怖以外の感情を持たせはしない場所のはずだ。なのにその少年は笑っていたのだ、楽しそうに。
私は少し気味が悪かったが、少年と目を合わせないようその場を早歩きで進んでいくことにした。
「ねぇ? 何で人間の姿をしているの?」
ビクリと体を強張らせる私の足はピタリと足を止めてしまった。それは私の意思に反して歩く事を強制的に止めてしまったかのようであった。ピリっとした空気が周囲を包むと、その空気から私は同族の気配を僅かに感じた。
「はぁはぁ……」
なぜか息が荒くなる。少年から放たれる気配は重く、そして何よりも冷たい。すべてを、それこそこの世界自体に恨みを持っているそんなちても深く、そして冷たい感覚が伝わってくる。
「んっ? どうしたの? ……息が荒いよ……お姉さん?」
お姉さんと私を呼んだ子供は明らかに私が怯え震えていることを知ってなお、無垢な笑みを浮かべ私に近づいてきた。
「……お、お前は……夜歩者なのか?」
私は自分の種族の名を少年に向かって口にした。だが口にしておいて何だが、少年から漏れる気配は、夜歩者としての本能が、目の前の少年に対して同族であってそれでは無いと混乱していた。絶対的強者とでも言えばいいのか、混乱していた夜歩者としての本能が膝を着けと答えを見出していた。
だが私はその本能に抗った。半歩者と罵られていても、私は自分の種族に誇りを持っていたからだ。その誇りを得体の知れない何かに穢されるわけにはいかない。膝を折りそうになった私は足に力を入れ直しその場に踏みとどまった。するとすぐに少年は私の中で渦巻く疑問に対して答えを口にする。
「……うーん、ちょっと違うかな……僕は夜歩者の上位種族、闇歩者」
少年の口から零れた言葉に私の表情は驚きそしてすぐに凍りついた。
夜歩者にとって私の目の前にいる少年が口にした種族名は、ある意味私が同族に呼ばれていた侮蔑よりも敬遠されている名称であり、その名を口にしようとする者はいなかった。
人間との戦いに間に合わず、だが夜歩者を滅ぼすだけの力を持ったその名は軽蔑と恐怖に染められていたからだ。夜歩者の負の遺産、隠さなければならないものとでも言えばいいのか、歴史からも消されたそれが今私の前に立っているのだ。
「……うーんなんか気配が似ていたからもしかしたら……と思ったけど……違うみたい……お姉さんは失敗作だったんだね……」
少年が口にした言葉の意味をうまく理解できない、少年から放たれる気配も相まって、私の頭は混乱していた。
「あれ? ……もしかして自分がどんな存在か知らなかったの? そうか……じゃ教えてあげる、お姉さんは、僕が生まれるための実験体だったんだよ」
少年は何の配慮も気配りもなく私の心に鋭い何かを突き刺した。
「……まあ、いいや、それでね、今僕この国を滅ぼそうとしているんだけど、力を貸してくれないかな? お姉さん失敗作だけど、それなりに強そうだからさ」
昨日から一体何の冗談なのだろうというのが正直な私の気持ちだった。この国の王は、私が働いている酒場にやってくるし、その場で痛めつけられていた亜人を助けるし、次の日には亜人奴隷撤廃を宣言するし、その王が私に仲間になれと言って来るし、今日は今日で自分の上位種族である者に出会うは、そいつはこの国を滅ぼうとしているは、そいつが私を仲間に勧誘してくるは、もう頭の要領はいっぱいであり、今にも何かがあふれ出しそうだった。
「……」
「……」
互いに見合うが言葉がでる事は無く、ただ時間だけが過ぎていく。完全に沈んでしまった太陽に代わり淡い光を放ち始める月を感じて私はようやく我を取り戻した。
「……ち、遅刻する……」
少年の重苦しい気配など何のその、今の私は上位種族の言葉よりも酒場の店主を遅刻して困らせてはならないという思いのほうが上であり、私の目の前に立っていた少年の脇を走り抜けて酒場へと駆けだしていた。ある意味私の足を前に進めさせてくれた店主の人懐っこい笑顔に救われた気分であった。
少年はそれ以降私を追うことも話しかけることも無くその場に立ち尽くしていた。
近道を抜けるとそこは酒場通り。酒を飲もうと歩き回る人々の姿が視界にはいった。ホッとした私は、ㇾ店主がいる店へと急いだ。
「おじさんすいません、遅れました!」
慌てて酒場の中に入った私はすぐに酒場の奥に引っ込み着替えをすませる。
「まだ開店前だ、そんな焦らなくても別にいいのに」
店に出られる恰好になった私は店が開店した事を告げる看板を持ち外に出た。
「おっ開店か、ちょうどいい」
店の前に看板を設置した瞬間、私の背後から聞いたことのある声がした。私がその声に反応し、後ろを振り返る。
「邪魔するぞ」
今朝ガウルドの中心街で、不器用な言葉で亜人奴隷撤廃を宣言したヒラキ王の姿があった。
「えっ?」
自分の意思に反して間抜けな声を上げてしまった私を見て、ヒラキ王は視線を私に向ける。
「客にえっ? は無いだろう」
ヒラキ王はそういいながら店の中に入って行く。一瞬時が止まっていた私は我を取り戻すとすぐさまヒラキ王を追って店の中に入りヒラキ王の前に立った。
「な、何をして……なさっているのですか、こんな場所で」
騒ぎにならないよう小声でヒラキ王に質問する私を見て怪訝そうに首を傾けるヒラキ王。
「何って、飲みに来たんだよ酒を、ここはうまい酒を出してくれるからな」
ヒラキ王はご贔屓にしている店だと言わんばかりに席にドカリと腰を下ろす。
「いつもの頼むぜ!」
おじさんに向かっていつものと口にしたヒラキ王をみておじさんは別段驚きも動揺もせずにヒラキ王にあいよと言って酒の準備に入った。
確かにヒラキ王はこの店の常連客であった。私も何度もヒラキ王の席に酒や食べ物などを運んだ記憶がある。だがそれはヒラキ王がこの国の王だと分かる前の話だ。
一国の王が町の人々が通うような酒場にいて言い訳が無い。私はすぐさまヒラキ王が座る席の前に向かった。
「一国の王がこんな所でお酒を飲んでいるってどういうことですか?」
あまりの状況に私の声は大きくなっていた。店の奥で酒を用意していたおじさんにも私の声が聞こえたのだろう。おじさんが出てくる。
「こんな所とは酷いな」
店の奥から顔を出したおじさんは明らかに私をからかっているような笑顔を零した。
「そうだ、こんな所なんていっちゃいけない、この場所は正に最高の酒場だ!」
おじさんが手に持っていた酒をみるやいなや目を輝かせながらその酒がテーブルに置かれるのを今か今かと待つヒラキ王の顔がそこにはあった。
「はぁ……そういうことじゃないんですよ……」
私は二人に対して趣旨が違うと否定しながら、おじさんとヒラキ王が談笑しているのを見ていた。
「そういえば昨日の亜人君はどうした?」
ヒラキ王は昨日の騒動で怪我をしていた亜人の容態をおじさんに聞いていた。店の奥に運ばれた亜人はおじさんが傷の手当てをしたらしく、私が寝床に変える頃には痛みも引いたのかぐっすりと眠っていた。
「ああ、あの子はまだ店の奥で寝ているよ、傷は言えたがまだ心のほうがね」
少し困ったような表情を浮かべるおじさんはそういうと、ヒラキ王の座ったテーブルにコップを置き、酒を注いだ。
「そうかそうか、まああんな事されればな……」
注がれた酒をいっきに煽るヒラキ王は喉を鳴らしながら酒を飲みほし、くぅーっと歓喜の声をあげる。
「仕事の後の一杯はこれに限るね」
おじさんから酒を奪うようにして再びコップに酒を注ぐとすぐに二杯目を煽る。
「仕事? あんなド下手な演説が仕事か?」
ガハハッと豪快に笑うおじさん。その言葉に私の全身は氷つくような感覚にとらわれる。一国の王を目の前になんと無礼な物言いなのかと。案の定ヒラキ王はおじさんの言葉にコップを持っていた手を止め、鋭い眼光でおじさんを見つめる。
静かに間が空き、私の心だけが嵐のようにざわついている。私はその場の間に耐えきれなくなり思わず目をつぶった。
「ガッハハハハ、だよな慣れないことはするもんじゃねぇな、これからああいう事はインセント達に任せるわ」
「おいおい、あんまり二人に苦労かけるなよ」
おじさんの言葉にまったく怒りを現さず、大声で笑うヒラキ王。その二人の会話に私はドッと力が抜け大量の疲労感が襲ってきた。
よくよく話を聞くと、おじさんは元々ヒラキ王と一緒にヒトクイ統一を目指していた仲間だったようだ。ヒトクイ統一後、すぐに店を開き現在に至るというのだが、それよりなにより私はおじさんが元戦闘職であった事が驚きであった。その温厚な顔からおじさんが戦闘職のしかもソードマスターであった事など全く想像が出来なかった。
「インセントが俺の右腕ならこいつは俺の左腕だ、まあどちらも戦場じゃ俺の言うことなんかまったく聞かず、暴れ回っていたけどな」
「何を言っている一番暴れていたのはお前じゃないか」
ヒトクイ統一はまだそれほど昔の話では無いがまるで昔話をしているように酒場には二人の陽気な笑い声が響いた。
「お知り合いだったのですか……」
何だか一人だけ馬鹿のようでガクリと肩を落とす私は開いている席に腰を下ろした。
「ああ、悪かったよ……一応お忍びってことでこいつはここに来ていたようだったから、話せなくてな」
お忍び……今日もお忍びできたつもりのようであるヒラキ王だったが、全く忍んでいないことに私は顔を引きつらせる。
「まあ亜人のことはよくやったとは思うが、まだまだヒトクイ、特にガウルドは酷いな……ちゃっちゃっとよくしてくれよ王様」
ただの酒場の店主が一国の王に対して国の事に対して軽口を叩くというその光景は、何とも異様な光景であり、私は吊り上がった口元が痙攣しそうであった。
「ああ、そこら辺もインセント達がそろそろ動き始めるさ……」
「おいおい、それでもお前は王様なのか……今後のこの国が心配でならないよ俺は」
おじさんの言う通りである。復興が始まったばかりのガウルドで酒場通りの一角にあるこの店で呑気に酒を飲んでいる王を誰が王と認めるのだろうか。私は呆れかえった。
「いいんだよ、城でふんぞり返って偉そうに指示しか出さない王なんて糞喰らえだ、王は愚者ぐらいが丁度いいんだ」
王とは何かと持論を展開するヒラキ王。確かに偉そうに指示しか出さずふんぞり返っている王もどうかと思うが、愚者である王はもっと駄目ではないのかと思わずツッコミたくなったが、喉まで出ていた言葉を私は飲み込んだ。
「で、だ」
突然ヒラキ王の視線が私に向けられる。
「今朝の返事はどうなんだ?」
今朝の話、私がヒラキ王の仲間になるという話だ。正直今の今まであまりの衝撃でその事を忘れていた。私は突然のヒラキ王の言葉に動揺する。
「なんだ返事って?」
おじさんは私とヒラキ王を交互に見ながら、どんな内容なのか聞いた。
「ああ、単刀直入に言うと引き抜きだ、俺はこいつが欲しい」
私に向かって指を指しながらおじさんにそういった。
「へぇ~この子をね」
別段驚くといった感情がでること無く、おじさんはヒラキ王の言葉に頷いた。そして
「いいんじゃないか、こいつ戦いの事に関してはすこぶるキレるが、それ以外はダメダメだからな、しっかり者のレーニだったら支えてやれるだろう」
一国の王をこいつ呼ばわりしたおじさんは納得するように頷く。
「そうか、じゃ商談は成立だな、レーニこれからお前は俺の仲間だ!」
「え……あ、あの私の意思は無視ですか?」
自分の意思に関係なく、ヒラキ王の仲間になることになった私は困惑した表情でおじさんを見つめる。その視線には助けてという意思を乗っけていたのだが、おじさんは絶対に気付いていたのに気付かないフリをしてソッポを向いた。
「え、ええええええええ~!」
私は抗議をする間も与えられずヒラキ王の仲間に加えられてしまった。
― 小さな島国 ヒトクイ ガウルド ガウルド場内 王の間 ―
現ヒラキ王の話に伝説の武具の所有者達は何とも言えない表情を浮かべていた。その表情が意味するものは、ヒラキ王の自由気ままな性格でも無ければ、現ヒラキ王がヒラキ王の仲間になった経緯がそれぞれ考えていたものと違くとても適当であった事でもなかった。
それは現ヒラキ王が自分の過去を話した上で誰もが、伝説の武具達ですらも考えていなかった事。
「あ、あの……こういう事を聞く事自体が変なのかかもしれないですが……ヒラキ王……あなたの性別は……」
現ヒラキ王以外の者達が混乱する中でブリザラが恐る恐る現ヒラキ王に質問する。ブリザラのある意味勇気ある行動にスプリングとアキは現ヒラキ王の言葉に固唾を飲んだ。
「—―性別……ああ、私は女だ」
現ヒラキ王は軽い口調で己が女性である事を口にした。
現ヒラキ王の言葉は石化の魔法のように、その場の空気と伝説の武具の所有者達を固めた。
「「「……ええええええええ!」」」
数秒後、石化の魔法が解けたかごとくに、ほぼ同時に伝説の武具の所有者達の驚きの声が上がった。
天地がひっくり返ろうとも、目の前にいる現ヒラキ王の姿は男であり女性に見えない。現ヒラキ王の口から私は女だという言葉は説得力が無いのは明白であり、アキもスプリングも納得できないと言った表情であった。
ただ一人ブリザラは現ヒラキ王の言葉に驚きながらも、王の間の外を眺めていた時に現ヒラキ王から感じた母性のようなもの理由はそれだったのかと納得しているようでもあった。
「まあ、驚くのも無理は無い、私もこの姿ので過ごしている事のほうが長くて、自分が女である事を時折忘れそうになるぐらいだからな」
現ヒラキ王である彼、否、彼女の持つ夜歩者としての変身能力は性別をも変えることが出来る。彼女がヒトクイの王として玉座に座った時から、彼女は自分が女性である事を放棄してヒトクイの王をまっとうしていた。それがどれほど大変なものであったかは彼女自信にしか分からない。想像 それでもなお彼女はヒトクイの王であろうと今日まで玉座に座りヒトクイに繁栄をもたらしていた。
「……もう、何が何やら……」
「あ、はははは……」
頭を揺らすアキと空笑いをあげるスプリング。両者に共通していえる事は二人とも思考が停止しているということだった。
「もうここまで腹を割ったのだ、元の姿に戻ってもいいかな?」
現ヒラキ王は肩を揉みながら目の前にいる伝説の武具の所有者に自分の本当の姿を晒していいか同意を求める。だがアキもスプリングも停止した思考が動かず返事が返ってこない。
「はい、大丈夫です、というか見てみたいです」
ブリザラだけが興味津々といった表情で目の前の現ヒラキ王の言葉に頷いた。
「では……」
そういうと現ヒラキ王は夜歩者特有の黒い霧を発生させ自分の体を隠す。そしてその黒い霧がゆっくりと晴れていく。
「……」
声にならないといったような驚きの表情を浮かべるブリザラの視線の先には、流れるように腰あたりまである長い黒髪が姿を現し。その黒髪は蝋燭の火の光を浴びてキラキラと輝きを放つ。黒髪の下には真逆の真っ白な肌。綺麗に先がとがった顔のラインが現れる。
キリっと整った眉毛は女性的であり、その下に続く黒髪とはまた違った黒さを放つ切れ長の瞳。スッキリと通った鼻先に上品な色香が漂う唇。まさしく絶世の美女がその場にはいた。
「ふぅ……」
元の姿に戻ったことによって開放感からかため息をつく現ヒラキ王、いやレーニは息をするのも忘れじっと自分を見つめるブリザラに軽く微笑んだ。
「ぶ……ぶふぅ……」
するとブリザラは女性らしからぬ声を上げながらその場に倒れ込んだ。
『王、大丈夫か王!』
倒れたブリザラに必至に声をかけるキングの声が王の間に広がる。ブリザラは幸せそうな顔を浮かべながら気絶していた。鼻から血を流しながら。
これが絶対的な防御力を誇る伝説の盾の所有者であるブリザラが初めて受けたダメージであった。
ガイアスの世界
登場人物
名前 ヒラキ王 (現ヒラキ王) 本名 レーニ=スネック
年齢 不明(スビアがお姉さんと呼ぶため、スビアよりも年上600歳以上と思われる)
レベル 不明
職業 ヒトクイの王
種族 夜歩者 半夜歩者
今までにマスターした職業
不明
装備
武器 魂殺刀
頭 ヒトクイの王冠
防具 ヒトクイの民族衣装
靴 上に同じく (ゾウリ)
アクセサリー ひび割れた髪飾り (カンザシ)
ヒラキ王になり替わりヒトクイの王として玉座に腰を下ろすレーニは、夜歩者である。レーニは人と暮らす方の夜歩者であり、ヒトクイにやってくる前までは自分の正体を隠し、人間と静かに暮らしていた。
長寿である夜歩者であるレーニは、その長い寿命を生かし、ガイアスの世界を点々とし、ヒトクイにたどり着いた。
当時のヒトクイは他の大陸と完全孤立しており、独得の文化を持っていた。その文化を気に入ったレーニはその場で永住することを決意する。
そして月日が流れ、ヒトクイの各地で統一の声が上がり始めた頃、たまたま亜人の姿をしていたレーニは、半ばさらわれるようにして傭兵になった。
ヒトクイの王になってからは、ヒラキ王の性格が変わったと周りの者達は驚いていた。だが長年の経験と、元々王の資質を持っていたレーニの手腕はヒトクイを目まぐるしい速度で発展させることになった。




