真面目に集うで章 7 再会は町の中心で
ガイアスの世界
ヒトクイでの亜人
ガイアスの世界にとって亜人とは、肌の色が違う、目の色が違うなどと同等ぐらいの認知であり、ヒトクイのような反応の方が珍しい。それはヒトクイが島国であり、大陸から海を渡りわざわざ小さな島に行く意味が亜人には無かった事が影響している。
亜人の身体能力の高さに目を付けたマルイが傭兵亜人達を大陸で雇いヒトクイ大陸からヒトクイに渡らせることでようやく、ヒトクイでは亜人という人種がいることを認識するほどであった。(当時は魔物と誤認されることも多かった)
戦乱中の亜人の扱いは酷く、当然反発する亜人も現れたが、絶対的に人の数が多く、当時国全体が戦乱に巻き込まれており、ヒトクイの人々自体の力が高くなっていたこともあり、反発する傭兵亜人達はヒトクイの人々に追いやられていった。
ヒトクイを逃げ出そうとする傭兵亜人もいたようだが、周囲を海に囲まれたヒトクイを逃げ出すのは困難だったようだ。
のちに亜人はヒトクイで人権を認められることになるがそれまでは統一後も酷い仕打ちを受けていたようだ。
真面目に集うで章 7 再会は町の中心で
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
僅かに揺らぐ蝋燭に灯った火が、王の間に広がった陰影を揺らす。一旦小休止を取ったヒトクイの王である現ヒラキ王と伝説の武具の所有者達は、再び面を向け合うと自然に現ヒラキ王の口が開かれた。
静かな王の間に現ヒラキ王の声だけがその場に広がり、時には熱く、時には憂いを帯びながら、目の前にいる伝説の武具の所有者達に己が持つ真実を語りだす。それはヒトクイが統一を果たし、ヒラキ王が誕生してから現在に至るまでの話である。
酒場の騒動があった夜から時間が経ちガウルドの空に太陽が登った頃、復興作業に向かう者や仕事に向かう者がガウルドの中心街を行きかっていた。
種族的に、なるべく太陽の下での行動を控えたい私はいつものようにフードを被り太陽を避けながら復興作業や自分の仕事へと向かう者達に逆行するように人の波をかき分け、自分の寝床に向かっている最中であった。自分の仕事場を酒場とした理由もその辺の事があってだ。
だが別段太陽が絶対駄目というわけでは無く、太陽の下で数時間活動すると肌が赤く脹れ水膨れができる程度だ。これは私が半端者だからだろう。
本来の夜歩者ならばたとえ厳重に太陽を遮断する装備を身に纏ったとしても、活動出来て約30分といった所だろう。
もし太陽が遮断できる物が無ければ力無い者は直ぐに灰になり消えていく。夜歩者とは文字通り、月の下でしか活動出来ない種族なのである。だが私は何不自由無くとまでは言わないが太陽の下でも活動が出来る。これは己の種族の名に反している。私はその事で幼い頃同じ種族の者達にいじめられていた。お前は太陽の下でも歩ける半端者、半歩者と。
なぜ私だけがそんな体質なのか、この時の私はまだ理解していなかった。私は生まれた時から一人であり、自分の出生を知らない。それは周りの同じ種族の者達も同じで私の出生について知っている者はいなかった。
だがそんな私の特性は、人間社会の中では役に立っている。職が無ければ背に腹は代えられないと昼の仕事もしていたことだろう。だから酒場の亭主には感謝している。私を何も言わず拾ってくれた酒場の亭主には。だからこそ昨晩の騒ぎは亭主に申し訳なくなんともモヤモヤとした気持ちで私は帰路についていた。
中心街の人の行き交いはこの時間、ピークに達する。その時間を見計らったようにヒトクイを統一した王が、兵達を連れゾロゾロとガウルドの中心部に突如現れた。
突然現れた王を目に、歩いていた者達は歩きを止めその場に留まる。王の兵らしき者達が、王がこの場に姿を現した事を告げ、王が現れた事に気付いていない者達の歩みを止めさせる。そんな中私は仕事明けで眠い目を擦りながら人がどんどん集まるその場所を遠巻きに眺めた。
「あーどうもどうも……王です」
ヒトクイの王は、すでに設置されていた壇上に上がると、自分の事を見つめる人々に軽い調子であいさつをした。
「えー俺がこの場に出向いたのは、一つ言いたい事があるからだ」
何とも威厳の欠片も無い喋り方をする王に視線を向ける私は息を呑んだ。
「俺が気に食わないから、亜人を奴隷にする事は無しね、これからは亜人も人間も同じって事で一つよろしく」
まるで中の良い隣の住人に何か頼み事をするといつた感じの雰囲気で、ヒトクイの王はヒトクイでの亜人の人権を主張した。経った数行の王の言葉。その声は、近くで何やら詠唱していた魔法使いの放った『上響声』に乗って瞬くまにヒトクイ全土に広がった。
ヒラキの言動や素振りは王らしからぬものであり、その場に集まった町の人々や、王の横にいた家臣と思われる人間達は唖然を通り越しただただ口をポカリと開けている状態だった。
私もそんな人々の一人ではあったのだが、私はそれ以上に、その場で亜人奴隷を撤廃した王の顔を見て驚愕していた。
その顔は昨晩私が働いている酒場で裕福な姿をした男、多分ガウルドに住む貴族であろう男をぶん殴り、蹴りを入れその男に面と向かってお前みたいな奴が一番嫌いだと言い放った男であったからだ。二日酔いの所為か多少顔は歪んでいたが。
その時の風貌は冒険者風の恰好であったが、現在もほぼ似たような恰好で、言動も見た目もどう見ても王という存在としてはだらしがない。
確か周囲の仲間がヒラキと呼んでいたその男は、面倒臭そうに頭を掻きながらその場から去ろうとする。
「お、おい待て……」
昨晩ヒラキとともに酒場にいた魔法の神と呼ばれる女性バラライカが、去ろうとするヒラキを止める。
「なんだよ……俺は言いたい事は言った、二日酔いだから早く帰りたいんだよ」
言葉の内容はオヤジ臭いのに、態度は自己中心的な子供と言った感じのヒラキはバラライカの言葉に機嫌を損ねているようであった。その姿を見ていた剣聖、インセントは頭を抱え深いため息を漏らしていた。
公式の場での王の発言に、流石にバラライカもインセントもヒラキのその態度を咎めようとヒラキを囲む。
「ちょっと待ってヒラキ、お前はこの国の王なんだ、流石にあの物言いではヒトクイの人々に伝わらない」
「ああ、ヒラキお前が言いたい事だろう、ちゃんと言わないと伝わらん」
バラライカやインセントはもう一度しっかりとした言葉で、国の人々に亜人奴隷撤廃を伝えるようにヒラキを説得しているようだった。だが当の本人は、二日酔いの所為なのか、二人の声で痛みが響く頭を抱え、機嫌の悪い表情となっていた。
「うるせぇな……言葉や態度なんてものはどうでもいいんだよ、俺がこの国の王としてこれから何をするかが問題じゃないのか?」
「だが、今のお前の態度じゃ国の人々はついてこない」
ヒラキの言うことは分かるがそれでは駄目だと、バラライカは頭を抱えて去ろうとするヒラキを引き留める。
「うっせぇ! 俺のこの態度や言動に文句がある奴には言わせとけばいいんだよ!」
そう言いながらヒラキは地面に落ちていた小石を蹴り上げ、怒りを吐き出しながらその場を後にしてしまった。
「たくっ……」
「ようやく国の成り行きに興味を持ったかと思えば……これじゃ先が思いやられるな……」
苦笑いを浮かべるバラライカとインセントは去って行くヒラキの後ろ姿を見つめていた。
その後バラライカとインセントはヒラキが言わんとしていた事をヒラキに変わって懇切丁寧にガウルドの人々に話した。そのお蔭もありガウルドの人々はとりあえず納得し、その場を収めることとなった。
ガウルドの人々は納得したが、『上響声(ハイビッグボイス』でしか聞くことの出来なかったガウルド以外のヒトクイの人々は当然ヒラキの言葉を聞き混乱とも茫然とも言えない表情を作ったことであろう。それぐらいにヒラキは王としての言葉遣いも、立ち振る舞いも、それこそ威厳すら無かったのだから。
駆け巡ったヒラキの言葉は、当然亜人を奴隷として扱っていた者達の混乱を産むことになる。特に元々マルイ側陣営であるガウルドの貴族達からすれば、自由に出来る手駒を取り上げられたようなものなのだから。
直ぐに王に対して貴族の一部は亜人に対して行われている奴隷行為撤廃の話を撤廃するようにと王の下へと向かった。
だがヒラキは一切貴族の言葉には耳を貸さず、終いに死刑にするぞと言い放ち城にやってきた貴族達を脅し追い払ったようだった。後の事後処理もバラライカとインセントが中心となって納めた後になってから私は本人達から聞いた。
ヒラキの宣言によって亜人達は自分達の人権が認められたことに喜んだがやはり混乱と戸惑いは隠せなかった。それはヒトクイの人々も同様であり、ヒトクイに住む誰もがヒラキの言葉に混乱させられ、これからこの国は大丈夫なのかと不安の声も上がっていった。
「な、何が……起こったんだ?」
ざわつくガウルド中心街の端っこで、仕事疲れからくる眠気など、一瞬にして吹っ飛ぶような出来事が起こりその光景を茫然と見ていることしかできなかった。
「……おい、そこで何をやっている?」
茫然としていた私の背後に突然気配が立ち込め、暗い声が私の耳を支配する。
「――だ、誰だ……」
私は背筋を通り過ぎる恐怖を感じながらもその恐怖の元凶を確かめようと振り向いた。すると。
「よっ!」
右手を上げ、私に親しく話しかける男の姿。それは先程まで町の中心で国に向けて奴隷撤廃を宣言したヒラキの姿であった。
「えっ! な、なんであん……あなたが」
突然目の前に現れたヒトクイの王に私は驚きすぐさま膝を着き、頭を下げた。
「――やめてくれよ、あんたも見てただろう、俺は誰もが敬意を払う王様なんかじゃないんだからさ」
後頭部を掻きながらヒラキは自分が町の中心で起こした騒動の事を言いながら困ったような顔を浮かべ私を見ていた。
「ですが……」
だがやはり立場というものがある。私の前に立っている男は、素行が悪く、言葉遣いの悪いが、この国を統一したヒラキ王なのだと。
「はあ……王になるとみんな俺に対して頭を下げる……インセントとバラライカぐらいだよな、普通に接してくれるのは……」
愚痴るようにヒラキ王は小さく呟くとしゃがみ、私と視線を合わせてきた。
「昨日の酒場で言った借りは返した、酒場でボコボコにされてた亜人君にそう伝えといてくれ、これでお前達は自由だってな……」
昨晩酒場で私達に迷惑をかけたことを言っているであろう、ヒラキの言葉。あの後店主がボコボコにされた亜人を引き取り、酒場の二階で傷の手当てをしていた。本当に店主には頭が上がらない。
ヒラキの言葉に頷く私ではあったが、ヒラキが最後に口にした言葉、お前達は自由だ……という言葉に違和感を覚えた。
なぜなら私は亜人という姿を隠し人に姿を変えて、酒場で働いていたからだ。そこは自分の命に関わる事なので、自分の素性がバレないよう最善の注意を払っていた。そのはずなのに私が亜人である事をヒラキ王は知っているようであった。
「ふふ……何でって顔しているぞ……それじゃせっかくの変装も台無しだな」
私を見つめながら人懐っこく笑うヒラキ王。
「へへへ……姿を変えられるってすごいな……」
私の事を物珍しそうに私を見つめるヒラキ王。
「な、何で私の正体を……」
「なんでだろうな……何となくかな……」
私の言葉に何とも安い感じで受け答えを返すヒラキ王。その言葉には全く裏が無いように思えるほどであった。
「ああ、そうだ……それよりもお前俺の下に来ないか?」
文脈もその場の空気さえもお構いなく、ヒラキ王は、驚きの表情を浮かべた私に手を差し伸べた。
「はい?」
私の頭に浮かぶ疑問。その時の私の感情はそれだけだった。
― 小さな島国ヒトクイ ガウルド城 王の間 ―
「――話を聞けば聞くほど……自分の中の王と想像がかけ離れていく」
頭を押さえるブリザラ。
「い、いや~なんか今のヒラキ王のままでいいんじゃないかと思えてきたぞ……」
スプリングの言葉にうんうんと頷くアキ。
「あははは、確かに私もはじめはそう思ったよ、言葉使いも荒いし、気性も荒い……何かあるとすぐに癇癪おこしていたからね……ただ……」
「――ただ?」
現ヒラキ王の言葉に首を傾げる。
「ヒラキ王は……人に対しても自分に対しても正直だった……ヒラキ王の事をよく知らない者にはそれが、悪い方へと写ってしまったんだろうな……」
「はぁ……何義だな」
肘をつきくつろいだ恰好になるアキは、大きく欠伸を上げた。
「アキさん……ここが何処かわかってますか?」
アキの姿を見て眉毛をピクリと動かしアキをジロリと睨んだ。
「あ、はいはい、す、すいません」
すぐさま体勢を元に戻すアキ。姿勢を正したアキを見たブリザラは満足な表情を浮かべると現ヒラキ王に視線を移した。
「な、なあ……なんかここ最近ブリザラの性格が変わったと思わないか?」
ブリザラを警戒しながらアキは隣に座っているスプリングに耳打ちをする。
「い、いや……俺はまだブリザラさんと出会ってから日が浅いからなんとも……」
スプリングは困ったような表情でアキの問に答える。
「……何か文句でもありますか?」
アキとスプリングはブリザラの言葉にビクリと体を震わす。アキはゆっくりと視線をブリザラに向けるとニコリと笑うブリザラがいた。
「ぃ、ぃえ……何も、文句は、ありません」
笑顔の裏に隠れたブリザラの怒りが手に取るように分かり姿勢を正していたアキは限界を超えるのではないかという勢いで背筋を伸ばした。
「あっははは……まったくどんな場所でも君達は賑やかだな」
現ヒラキ王の笑いが王の間に広がる。
「あ、あのヒラキ王……お話をしてくれるのはありがたいのですが、結局まだ私達は真実を聞いていいないのですが?」
ブリザラは申し訳なさそうに笑うヒラキ王に全くと言っていいほど真実が見えてこないことを伝えた。
「ああ、悪い悪い……これはちょっとした大人の事情だ、さてでは続きを話すとしよう」
大人の事情というよく分からない言葉でブリザラを煙に巻いたヒラキ王は、すぐに自分とヒラキ王の話を再開するのであった。
ガイアスの世界
『上響声』
『響声』の上位版であり周辺に声を響かせるものから、魔法使いの能力によって変動するものの、村か村、町から町へと声を届けることが出来る。能力の高い者が扱うと、大陸から別の大陸へと声を届けることもできるという。




