真面目に合同で章 14 想いを言葉に
ガイアスの世界
氷の宮殿前に広がる広場(庭)
氷の宮殿前には大きな広場が広がっている。そこは盾士達からは庭と呼ばれている。
沢山の植物か植えられており緑の多いその広場は、常時解放されておりサイデリーの人々の憩いの場として使われている。
王やガリデウスがサイデリーの人々に対して直接伝えたい話がある場合に使用される場所でもあり、王やガリデウスは氷の宮殿の二階にあるテラスから人々に話をすることになっている。
真面目に合同で章 14 想いを言葉に
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
日が落ち魔力に反応して光る街灯が、高く強固な壁に囲まれたサイデリー中を照らし始める。その光はサイデリーに住む人々のように温かい光を放ち美しいサイデリーの町並を鮮やかにしていた。夜のサイデリー北地区、サイデリーの象徴であり中心でもある氷の宮殿前には、町を照らす街灯に導かれるように人々が集まる姿があった。氷の宮殿前にある巨大な庭は既に人で埋め尽くされた状態であるにも関わらずそこに向かおうとする人の波は止まる気配が無い。
なぜサイデリーの人々が氷の宮殿前にある巨大な庭に集まっているのか、それは日が傾き始めた頃、響声の魔法によって拡大されたガリデウスの声がサイデリー中に響き渡ったからであった。
『サイデリーの人々に向け、王からお話がある、集まれる者は、一時間後、氷の宮殿前にこられたし』
絶対に集まってくれというような言葉は発せられず王から話があるという情報提示だけの簡単な放送。別段それに従う必要は無いという姿勢を見せるガリデウスの言葉であったが、サイデリーに住む人々の半数は、時間通り氷の宮殿前にその姿を現したのだった。
ブリザラから話があるというガリデウスの放送に、人々は一体何事だとざわつく。だがどの口からも景気の悪い言葉などは一切でる事は無く、前向きな憶測やおめでたい話ばかりであった。中には婚約発表かと騒ぐ者もいた。そんなサイデリーの人々の言葉には、この国やブリザラを慕う感情が滲み出ているのであった。
「……準備は……よろしいですか王?」
「……」
「……やはり最後に、もう一度確認を……」
静かにその時を待つブリザラに対して準備が出来ていないのはお前の方だと言われかねない程ソワソワと落ち着きの無いガリデウスは、静かに椅子に座りテラスの外を見つめるブリザラにここにくるまでに何度も話した注意事項を伝えようとする。それもそのはずで公の場でブリザラが話をするのは今回が初めて、春の式典開催の宣言とは比べものにはならないものであったからだ。そしてもう一つ、ガリデウスが何度も注意事項を伝えようとする理由があった。
「ガリデウス、そう何度も言わなくても分かっています、私が言わなければならない事は、明日から王としての知識を高める為にこのサイデリーを旅立つことを皆に説明する……そして言ってはならない事は、サイデリーに迫っているかもしれない危機、私とキングを探してビショップという存在がサイデリーへやってくるかもしれないこと、そしてやってきた場合、サイデリーが危機に陥るかもしれないということ……皆を不安にしない為にその事については一切触れない……でしょ」
「お、王……」
つい先日まで自分の目を盗み町へ一人遊びに出かけていた少女とは思えないサイデリーの王としての顔つきになったブリザラの横顔に驚き、そして見惚れた。
「心配しなくても大丈夫ですガリデウス……」
そう言いながら座っていた椅子から立ち上がるブリザラ。するとすかさず王専属お付であるピーランが春の式典開催の宣言の時にブリザラが着用していたサイデリー王の礼装の長い裾を持つ。
「はい」
短く返事をするガリデウスはテラスへ向かおうとするブリザラの背を見つめる。
「どうかなさいましたか王?」
テラスへと歩いていたブリザラは突然足を止めた。ドレスの裾を持っていたピーランは足を止めたブリザラに声をかける。するとブリザラは自分の表情がガリデウスに見えないよう隠しながらピーランに視線を向ける。
ピーランにだけ見せたブリザラのその表情は、不安と迷いのあるものであった。
「……大丈夫、王の胸中を素直に皆にお伝えください」
不安と迷いが残るブリザラの表情を見たピーランは、専属お付として抑揚無くブリザラにそう告げる。しかしその表情は友達に向けるような柔らかい笑みを浮かべておりブリザラの背中を優しく押したのだった。
「……ありがとう、ピーランさん」
ピーランの言葉とその笑みに釣られブリザラの表情も笑みへと変わる。何かが吹っ切れたように柔らかい笑みへと変わったブリザラは、自分の背中を押してくれたピーランへ礼を言うと再びテラスの方へ視線を向ける。テラスの先に待つのは自分を慕ってくれる人々。彼らの想いに答え、そして納得させるべくブリザラは再びテラスに向かって歩み始める。
「サイデリー王!」「ブリザラ様~!」「ブリ公!」「ブリザラちゃーん!」
テラスに姿を現したブリザラへ割れんばかりの歓声が巨大な庭に響き渡る。しかし本来ここで響き渡る歓声は当然『サイデリー王』という名称であるはずなのだが、人々の口から出る言葉は、王に対しての歓声としてはあるまじき名前呼びであった。サイデリー王と叫ぶ者は僅かでその殆どがブリザラやそれに属したあだ名のような呼び方をしている。しかしこれがサイデリーという国の王に歓声を送る際の常識、習わしであった。
テラスから姿を現したブリザラは、氷の宮殿前の広場から歓声を送る人々に笑顔で答えそして手を振った。
何時までも止まない歓声、まるで娘や孫を応援するような人々の歓声に嬉しさを感じるブリザラは手を空に掲げる。すると一瞬にして静寂に包まれる氷の宮殿前の庭。聞こえるのは、庭に植えられているピンクの花をつけた木々が風に揺れる葉の音だけ。先程の歓声が嘘だと言うように人々の歓声がピタリと止んだ。
一国の王が口にする言葉を聞き洩らさないようにと全神経を集中させる人々は、テラスに立つブリザラを見つめる。人々の視線を浴びながらブリザラも静まり返った人々を再度眺めた。その数、約一万。あまりの人の多さにブリザラの視力では奥の方の人々の顔を伺うことは出来ない。しかしブリザラはこの場に集まった約一万の人々の顔を、そしてこの場には来ていない人々の顔と名を正確に全て把握している。集まった人々の顔を一人一人見てその一人一人に感謝を伝えたい衝動にかられるブリザラであったが、そんな事をしていたら朝になり昼になってしまうと思いその衝動を抑え込む。
サイデリーの王の血筋に与えられたその人智を超えた記憶力は、ブリザラとサイデリーの人々を王と国民という関係では無く、見知った知人に変えるのだ。ブリザラは自分のために集まってくれた約一万の知人たちに感謝しながら、この国の頂点に立つ王としてゆっくりと口を開いた。
「まず、私の我儘でこの場に集まってくださったこと、感謝と共にお詫びします」
春の式典で忙しい中、この場に集まってくれた人々への感謝とお詫びを口にしたブリザラの言葉は、サイデリー専属の魔法使いによる魔法、響声によって氷の宮殿前の庭に響く。それだけでは無くブリザラの声はサイデリー全体へと響き渡っていた。
氷の宮殿前に行くことが出来ず自分達の仕事をしていた者達は、そのブリザラの声にまるで娘や孫の晴れ舞台に顔を出せない父親や母親、祖父祖母のような表情でくやしさを滲ませる。
「そしてこれから私が話す内容で再び我儘を重ねてしまうことを先にお詫びします」
更に我儘を重ねると宣言したブリザラは、宮殿前に集まった人々に頭を下げた。人々はそんな一国の王に対して戸惑いをみせる。
「そ、それがどうした! 私はブリザラ様を娘のように思っている、娘の我儘の一つや二つ聞けないような器の小さいような男じゃないぞ!」
だがそんな戸惑いの雰囲気に穴をあけたのは、防具屋、日々平穏サイデリー店の亭主だった。
「そうだよ、私だってブリザラちゃんの事を孫のように思っているんだ、いいんだよ我儘言って!」
防具屋の亭主に続くようにして今度はブリザラが大好きなパンを売るパン屋のおばあちゃんがそうブリザラに向け叫ぶ。
「そうだそうだ! ブリ公の我儘なんてのはな、俺達にとっちゃ嬉しい我儘なんだよ!」
防具屋の亭主とパン屋のおばあちゃんに続き声をあげたのは、サイデリーの建物を一気に請け負う大工のおっさんであった。三人の叫びを皮切りに、戸惑いを見せていた他の人々もまだ内容も聞いていないというのにブリザラの我儘を肯定する声をあげはじめる。
静寂に包まれていた氷の宮殿前が再び人々の声で騒がしくなる中、心なしか顔を引きつらせている少年の姿があった。
少年の目は眠そうに半開きではあるが整った顔をしており背丈はブリザラよりも少し低いくらい。年齢は12~3くらいに見える。まだ子供と言っていい少年は当然冒険者や戦闘職には見えない。だがサイデリーの人間かと言われれば、サイデリーの人々が持つ優しい雰囲気は一切纏っておらず、他の大陸の人間であるようだった。
子供が持ち運びするには分厚く大きな本を持つ少年は、異様な興奮のしかたをする町の人々を冷ややかな目で眺めていた。
『……坊ちゃんが顔を引きつらせるなんて珍しいですね』
突然少年に話しかける声は、普段表情の変化が乏しい少年の表情の変化に少し驚いた声をあげた。しかし少年を坊ちゃんと呼ぶその声の主は少年の周囲には見当たらない。
「……異様……」
ボソッと短く呟いた少年は興味を失ったというように踵を返しその場を離れようとする。
『坊ちゃん竜探しはいいのですか?』
「うん、こんな場所に竜がいるとは思えないし……しっかり竜探してよビショップ」
手に持っていた分厚く大きな本に向かってそう話しかける少年。そう彼らこそが、キングやクイーンが警戒する自我を持つ伝説の本とその所有者であった。
『あらら、これは痛い所を突かれましたね』
少年の言葉を一切間に受けていないビショップは、ふざけた口調で少年の言葉に返答する。
「……嘘つき……まあいいや……どうせまだ時期じゃないとかそういうことだろ?」
自分が目的としている竜の居場所を既にビショップは知っている事を少年は見抜いていた。だがそれをビショップが自分に伝えないのは、ビショップが結果よりも過程を好むからだと理解している少年。色々と段取りをしたい事があるのだろうと、出会ってまだ間もない自我を持つ伝説の本の性格を理解している少年はめんどくさい奴と心の中で呟いた。
『それにしてもここまで来ると、この国はあの王に洗脳されているのでは思ってしまいますね』
テラスに立つサイデリーの王ブリザラに対して熱烈な言葉を投げかける町の人々の姿に、ビショップは呆れたような声でそう少年に告げた。
「いや、あの王様はそんな事をする人間じゃないよ、これは純粋に彼女の持つ魅力の成せる技さ……」
一見ただの観光客にしか見えない少年、しかし少年はその目でブリザラの体から出る力を見抜いていた。赤く放たれ時より黄金に輝きブリザラの周囲を漂う力。それが人の上に立つ、いや世界の頂点に立つ者の色であり力なのだと少年はブリザラを見て理解した。
「ただ、僕は嫌いだけどね……」
そう言葉を漏らした少年は、町の人々が見つめるブリザラに背を向けその場を後にするのであった。
「……なんだこの鬱陶しい雰囲気は……気持ち悪いな本当、この国の人間は洗脳されてるんじゃねえのか?」
少年たちが立ち去った頃、まさか自分達を狙う者達が近くにいたなどと知らないアキは、氷の宮殿前から少し離れた場所から氷の宮殿前の光景を見つめビショップと同じような考えに行きついていた。
まだ本題にも入っていないというのに、ブリザラの我儘宣言を肯定する町の人々の姿に、日頃から思っていた事を口にするアキ。
確かに外の人間からすればサイデリーの人々のその光景は、異様なものとして映ることだろう。一切ブリザラの言葉を否定する者はおらず肯定的な意見しかない。ビショップやアキが言う洗脳と思われてもおかしくない。
本来人間とは互いに共感したとしてもその想いが完全に一致することは決して無い。必ず僅かなズレがあり、完全に同じ方向をみることは無いのだ。それが個という価値観を持ち感情を持つ人間という存在だと思うアキ。
だがその価値観や感情がサイデリーの人々には感じられないと思うアキ。いや正確に言えば、サイデリーの人々に価値観や感情が無いという訳では無い。それはブリザラの周囲にいる人間を見れば明らかだからだ。
だがそれでもアキは、サイデリーの人々に違和感を抱くのだ。自分が幼少の頃に住んでいた国の人々と本当に同じ種族であるのかと。個の価値観を強く主張しおぞましい程に欲望に忠実な感情を持ったムハードの人間達と同じ人間なのかと。
その違和感はサイデリーへ観光にやってきた他の大陸の人々や、己が目的を求め他の大陸からやってきた冒険者や戦闘職の者達の中でも同じく抱かれた感覚であった。
まるで物語の中に存在する平和な国のように何処にも暗い部分が見られずあまりにも国として綺麗すぎるサイデリー。自分達は本当に同じ世界の住人なのかと疑ってしまうほど、他大陸や他国からやってきた観光客や冒険者戦闘職の者達からはみたサイデリーという国は違和感でしかなかった。
しかし、外の人間からは異様に見えるこの光景がサイデリーでは普通であり日常なのである。誰もが他の人の事や王の事を考え、その王も町の人々の事を考える。そうやってサイデリーは建国してから今まで発展し続け世界で一二位を争う大国になってきたのだ。
物語のような国が現実に存在する事を目の当たりにしたアキは、自分もこんな国で生まれていれば、人生は変わったのかも知れないと自分の故郷であるムハードを思い出しそしてその思考を直ぐに止めた。
「何が故郷だ……すぐにでも破滅させてやる」
故郷に強い思い入れなど無いというように吐き捨てるアキ。そこにあったのは自分を虐げてきた者達への、いや国への強い恨みであった。
ブリザラに対しての思いを叫ぶ人々は止まらない。ブリザラは人々の自分に対する思いをこれでもかと浴びながらゆっくりと手を空へかざす。それと同時にブリザラの思いを叫んでいた人々の声が止む。
「ありがとう……皆が私の事をこんなに思っていてくれたなんて……」
人々の言葉に心を揺さぶられ、いつもの少女の顔を覗かせるブリザラ。
「私……こんなに私の事を思ってくれる皆を……守りたいの! ……だから旅に出ます!」
ブリザラの言葉がサイデリー全体に響き渡る。だがそれを聞いた人々は一様として同じ表情を浮かべ、同じことを思った。
「なぜ?」
ブリザラが自分達の事を守りたいと言ってくれたことは理解できし嬉しいとも思う国の人々。しかしなぜそこから旅に出るという発想になるのか町の人々は一斉に首を傾げていた。
「好きな人ができました……」
少し間を置いてブリザラは再び話始める。しかしその言葉は国の人々に衝撃を与える。
「好き……」「な……」「人……」
今まで分け隔てなく人々に接してきたブリザラが、一個人にそういった特別な感情を抱くということは無かった。ブリザラのその一言は一瞬にしてサイデリーの人々を混乱の渦に誘っていく。
静寂に包まれていたはずの氷の宮殿前は再び騒がしくなる。一体誰が、ブリザラ様の心を射止めたのかと騒がしくなる人々。
「あれれ、こりゃまた凄い爆弾を投下しちゃったな……」
サイデリーの警備のため、町中を巡回していた最上級盾士ランギューニュは、響声によって響き渡るブリザラの言葉に顔をいやらしく歪めた。
「ランギューニュ……爆弾って何よ? というかブリザラ様今何て言ったの?」
隣で同じく警備をしていた最上級盾士ティディは、ブリザラの言葉が理解できないというような茫然とした表情で隣のランギューニュに聞いた。
「好きな人が出来たって言ったんだよ、ふふーんブリザラ様が好きになった人って誰だろうね……はっ! まさか僕だったりして」
ブリザラの言葉に茫然とするティディを前にブリザラが口にした言葉を復唱したランギューニュは、その人物が自分ではないかと目を輝かせた。
「それは絶対に有り得ない……あるとすれば……ガリデウス……グラン……いいえそれは無い……」
ランギューニュの言葉を完全否定したティディは、すぐさまブリザラが好きになりそうな可能性がある男性を思い浮かべた。その中で思い浮かんだのはガリデウスやグランの顔であったが、彼ら二人はブリザラにとっては父や祖父のような存在、尊敬はしていてもそれが恋愛対象になる可能性は殆ど無い。そもそも歳の差がありすぎてお互いに対象外のはずだとすぐさま選択肢から外すティディ。
「……全く見当もつかない、一体誰よ?」
全くブリザラが好きになった人物を導き出せないティディはお手上げというように知るはずも無いランギューニュに聞いた。
「……きっと、ブリザラ様が好きになった人物は、この国の色に染まっていない奴さ」
全てを悟ったというようにそう言うランギューニュはブリザラが話す氷の宮殿に視線を向ける。
「えッ……」
自分よりも年下でありまだ幼さの残るランギューニュの横顔、しかしその表情が一瞬別人のように見えたティディは、自分達が居る場所からでも眺めることが出来る氷の宮殿を見つめるランギューニュの横顔に胸の高鳴りを感じるのであった。
「ど、ど……!」
ブリザラの衝撃的な言葉に、声を詰まらせるガリデウス。今にも窒息しそうな表情でガリデウスはテラスに立つブリザラの背中を見つめる。
「だ、誰が……ブリザラ様の心を……」
ガリデウスは荒くなる息を無視してブリザラの心を射止めた男を想像する。しかしティディと同じく全く思い当たる人物に心当たりがないガリデウスは、立派に蓄えられた髭を掻きむしった。
(ま、まさか……い、いやそんなまさか……でも……も、もしかしてブリザラは……)
ブリザラが纏う礼装であるドレスの裾を掴みテラスの床を見つめていたピーランは目を見開きブリザラが好きになった人物を頭の中で浮かべる。
(い、いや待て私達は仮にも女同士……それに友人であり、いやいやそれ以前に私とブリザラは王とそれに仕える存在、そんなことは……)
何故かブリザラが好きになった人物は自分だと思い込むピーラン。ブリザラのドレスの裾を持つ手が震える。
「ガッハハハ! こりゃ面白い事を言ってくれる! 一体誰だろうなブリザラ様が好きになった人物とは……」
「そ、そうですね……一体だれですかね……」
ランギューニュやティディと同様別の場所を警備していたグランは大笑いしながら部下である盾士の肩を強めに叩く。強めに肩を叩かれた盾士は自分の肩が外れるのではないかと叩かれた肩を摩りながらグランに苦笑いを浮かべた。
「ハルデリアと言ったか、もしかしたらお前かもしれんな!」
肩を叩いた盾士の名を口にしながら違う方の肩に手を置くグラン。
「い、いやそんな事は絶対に無いと思いますよ……」
そうグランに言いつつもハルデリアは、自分がブリザラに盾士としての技術を教えている事を思いだしまさか訓練の中で自分にと、あるはずの無い可能性に心を踊らせていた。
「ああ、そんな事絶対にあってはならない」
大笑いしていたグランの表情が一変、鬼のような形相に変わりハルデリアの肩を握りつぶそうとする。
「い、痛いですグラン隊長!」
その痛みで浮かれた心が一瞬にして正常に戻るハルデリア。
「誰だ……ブリザラ様が好きになった奴はぁぁぁぁぁぁぁ!」
口から煙を吐き今にも狂戦士に変容しそうなグランは、響声に匹敵するのではないかという音量で叫ぶのであった。
「その人は強くて優しくて私の憧れの存在でもあります、ですから私もその人と肩を並べるくらいに強くなって……そして皆さんを守れるようなサイデリーの王になりたいのです……ですからどうか旅に出ることを許してください」
騒然とする氷の宮殿前に集まった人々にそう告げ頭を深く下げるブリザラ。
「……あいつ……何を言ってやがる……」
サイデリー中が騒然とする中、氷の宮殿から少し離れた場所で様子を伺っていたアキは呆れた表情を浮かべそう呟いた。
「むふふ、一体誰の事を言っているのだろうな~あの王様は?」
思わせブリな言い方で呆れるアキに声をかけるウルディネ。
「さあな……ランギューニュあたりじゃないのか? ……知らんけど」
全く興味が無いと言った感じでウルディネの問に適当に答えるアキ。
「……お、おう……まさか……ここまで鈍いとは……」
「何か言ったか?」
「いや、何も……」
全く気付いていないアキに顔を引きつらせるウルディネは、何も言っていないと顔を横に振った。
「それにしてもなんであのオウサマは突然こんな事を言いだしたんだ?」
ブリザラの思惑が全く理解できないアキは、なぜ突然あんなことを言いだしたと首を傾げた。
『……それは多分、ブリザラなりの誘導なのだと思います』
アキの疑問に答えるべく声を発するクイーン。
「誘導?」
『はい、一国の王が旅に出るという状況はどの国であっても普通有り得ないことで誰しもが衝撃を受けるものです、ましてやブリザラを愛してやまないサイデリーの人々ならばその衝撃は大きいはず、当然サイデリーの人々はなぜ旅に出るのかと疑問に思うはずです』
「まあ、そうだな……」
クイーンの言葉に納得し頷くアキ。
『……ですがブリザラはその疑問に答えることは出来ない、答えるということは、サイデリーの人々を不安に落とすことになるから……ならばどうすればいいか……ブリザラが旅に出るという事実以上の衝撃を与えればいい、それがブリザラにとって好きな人ができたという発言だったんです、事実ブリザラのその発言によってサイデリーの人達の関心は旅という言葉からブリザラの好きな人へと変わっています』
「ああ……確かにそうだな……」
騒然としている氷の宮殿前に視線を向けるアキは、ブリザラの好きな人物とはで騒いでいる国の人々を見てクイーンの説明に正当性があると再び頷いた。
「だが、だったらもっと違う衝撃の与え方があったんじゃないのか……オウサマにべったりだったガリデウスは悲惨な事になっているんだろうな……」
鬼の目にもなんとやら、今はどんな顔をしているのかとガリデウスを想像するアキ。
「ブ、ブリザラさまぁぁぁぁぁぁぁ……」
テラスに立つブリザラの背に叫ぶガリデウスはまたしても泣いていた。それもワンワンと。ブリザラから子離れすると決意して数時間も経たずにしてその決意は崩れ去っていた。
表情には見せないが、自分の後ろでワンワンと凄い勢いでなくガリデウスにブリザラは心の中で顔を引きつらせるのであった。
ガイアスの世界
ブリザラの想い
突然好きな人がいるとサイデリーの人々の前で告白したブリザラ。それは本編でクイーンが説明したように人々の関心を別の所に向ける為のブリザラなりの作戦であった。
ブリザラの思惑通り人々の関心は旅に出るという事よりも好きな人は誰なのかという所に向けられうまくいったようである。
ブリザラはこの決断をするにあたりかなり悩んでいたようだが、ピーランの言葉によって心を決めたようであった。




