真面目に集うで章 6 ヒラキ王の真実
ガイアスの世界
ヒラキ王の家臣達
ヒトクイを統一したヒラキ王の家臣達はヒラキ王を支えるため日夜奔走している。その殆どはヒトクイが統一されてからヒラキ王が選び抜いた者達である。
ヒトクイ統一以前にヒラキ王と一緒に戦っていた仲間の殆どはヒトクイ統一後、色々な理由でヒラキ王の下から去っている。
スプリングの師匠でもあるインセントもヒラキ王の仲間であった。
ヒラキ王の周辺にいた仲間達は凄腕の者が多く、伝説は数多くの物語として語り部に語られていることが多く、自国以外にも人気があったりする。
真面目に集うで章 6 ヒラキ王の真実
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
夜も更けガウルド城にも表面上の静けさが訪れた頃、ヒラキ王と共に伝説の武具の所有者達は、再び王の間に足を踏み入れていた。
昼とは違い、柔らかい蝋燭の光が王の間を照らしだす中、ヒラキ王は定位置に腰を下ろすと、後からやってきたブリザラ達を鋭い眼光で見つめていた。
「座るといい……」
ヒラキ王の低く重い声に応じ、ブリザラ達はそれぞれ靴を脱いでタタミに足を付け座った。
「……」
無言が続く王の間には重い空気が立ちこめていた。そんな空気が立ちこめる王の間で見つめ合うブリザラとヒラキ王。これが男女の中ならば淡く光を放つ蝋燭の火がロマンチックにうつる事であろう。だがこの二人に男女の中は無く、細かく言えば両者とも国を背負った王である。
そんな二人が見つめ合う事と言えば交渉事である。だが今回き国を抜きにした個人的な話ではあるが。
ブリザラとヒラキ王が醸し出す重い空気。水面下ではどちらが主導権を握るかという戦いがすでに始まっているようであった。
だが二人とも一切動く気配を見せず、この状態になつてから数分が過ぎ去ろうとしていた。その理由は、どちらも主導権を握られる事を嫌いどちらとも話だすことができないでいた。
ブリザラはヒラキ王から直接真実を口にしてもらうことを望み、そのためにはヒラキ王が最初に口を開かねばならなかった。もしブリザラから口を開けば、質問の綻びを突き、いつの間にかヒラキ王の掌で踊らされるとブリザラは考えていたからだ。今のブリザラには、捕まったヒラキ王の掌から逃げ出せるだけの自信も術も持ち合わせていないことはブリザラ自身が分かっているからだ。だからこそ先手をとる事が出来ず、逆にヒラキ王の言葉を狩るしか手段が無い。
それを理解しているからこそ、ヒラキ王も堅く口を閉ざしじっとブリザラの様子をうかがっていた。ヒラキ王にとってみれば、伝説の盾の所有者であることと、サイデリー王国の王である事を除けばブリザラは、世間知らずの少女でしかない。ヒラキ王はブリザラが痺れを切らし口を開くのを待てばいい。
王として他国との交渉を数多くこなしてきたヒラキ王とブリザラとでは経験の差は否めない。
だが。
「な、なあ……さっきから、黙ったまんまだけど……何か話があるんだよな……」
ピリッとした空気感に耐えきれなくなったのか、アキは隣に座っているスプリングに声をかけた。
「あ、ああ……だと思うんだが……」
「俺、こういう空気苦手なんだよ……スプリングどうにかしてくれよ」
「どうにかしろって、俺がこの場で何ができると思う?」
「あ……そうだな悪い……」
「悪いって……」
最初場の空気から静かに話していたスプリングとアキではあったが、最終的には場の空気など忘れ普通に喋っていた。
「ぶぅ……」
笑いが込み上げるヒラキ王。そう場にいるのはヒラキ王とブリザラの二人だけでは無い。張りつめ重い空気の中、スプリングとアキという不確定要素がヒラキ王の何かを揺り動かした。
「ははは……はぁ……ふふふ……ブリザラ王……貴女は思った以上に強情な女性のようだ……」
アキとスプリングを見てなのか、長く続くと思われていたにらみ合いはことのほか早く打ち破られることとなった。
先に口を開いたのはヒラキ王であった。ヒラキ王は頑なに口を閉ざしていたブリザラを見て張りつめていた糸が解けるように表情を緩め、伝説の盾の所有者の名に恥じない強固さだとヒラキ王は笑みを浮かべた。
「……なぜ?」
ブリザラはこれから長い時間ヒラキ王とのにらみ合いが続くと思っていた。だが突然ヒラキ王が口を開いたことにブリザラは驚いた。
「そこの二人が可笑しく……いや失礼、懐かしくてな」
ヒラキ王は再びスプリングとアキに視線を向けると何やら想いにふける。見つめられたスプリングとアキは訳が分からず首を傾げていた。
「懐かしい……?」
ブリザラもヒラキ王の言葉に首を傾げた。
「ふふふ……それも含めて話そうじゃないか……」
ヒラキ王は今までの鋭い眼光では無く、どこか童心のような輝く瞳でブリザラに真実を話すことを口にした。
「……それはヒラキ王から話を進めていただくという意思でいいんですね?」
ブリザラのその言葉に口を押え再び笑うヒラキ王。
「ああ、完敗だ……良い仲間をお持ちのようだ……」
ヒラキ王はそういうと訳が分からないという表情をしているアキとスプリングを見て再び笑みを零す。ヒラキ王の言葉に三人は互いに首を傾げながら顔を見合わせる。
ヒラキ王の完全降伏であった。これが非公式であるブリザラとヒラキ王の個人としての会話では無く、国を背にした王同士の会話であったなら大問題である。一国の王が他の王に完敗を認めるということは、たとえそれが単なる我慢比べであってもあってはならないことであった。
しかも戦闘に置いても外交に置いても今までほぼ敗北という言葉を知らないヒラキ王が、目の前の王と言うよりは町娘のような少女に自分の負けを認めたのだから。これを家臣の者達が耳にすれば卒倒して下手をすれば死人がでても可笑しくない。
そんなとんでもない会話が王の間で発せられた事にピンときていないスプリングとアキは、先程からずっと首を傾げぱなしであった。
「ふぅ……ではお話してもらえますか……貴方の隠していることを……」
ブリザラは己の緊張を解すように一呼吸置くと、ヒラキ王が何を隠している真実が何なのか聞いた。
「私が隠している事……それは私か何者であるかということから話さなければならない……夜歩者という種族は知っているか?」
その言葉にアキとブリザラは驚きの表情を浮かべた。
だがヒラキ王の言葉に一番反応していたのはスプリングであった。それも当然と言えば当然である。スプリングはつい先日夜歩者と戦っていたのだから。
スプリングはその時の苦い記憶を思いだし、奥歯を噛みしめた。
「確か人間との長い戦いの末、過激派と穏健派に別れた『闇』を司る種族ですよね……穏健派の人達は、今は人に紛れひっそりと暮らしているとか」
ブリザラは自分が持つ知識を口にする。この知識はサイデリー宮殿にある宝物庫で、遊んでいる時にキングに教えてもらった知識であった。
「夜歩者……確かスプリングが戦ったとか言っていたよな、しかもヒトクイで」
真光のダンジョンでアキ達が己の力を上げているさなか、休憩地点で互いの事を話した時にスプリングが語った話を思いだすアキ。スプリングの話によれば激しくボロ負けしたという話であり、その話を聞いたアキは楽しそうに笑っていたという。
「……なるほど最初のギンドレッドの騒ぎは伝説の武器の所有者が関係していたのか……スビア……いや闇歩者は元気にしていたか?」
「「闇歩者?」」
聞きなれない単語に首を傾けるアキとブリザラ。
納得したような表情になったヒラキ王は、まるで甥っ子を気遣うような表情でスプリングにその時のスビアの様子を聞いた。
闇歩者とは夜歩者の能力をさらに強化させたような、言うなれば上位種のような存在である。その出生は人との戦いで自分達を狩る存在として作られた聖狼の圧倒的な力を前に敗戦が多くなった夜歩者が聖狼に対抗するため、作り出したのが闇歩者である。
だが闇歩者が戦場にでることは無く、その存在は闇に葬られ知る者は少ない。
「……元気? ……まるで知り合いのような口ぶりですね……」
スプリングが言葉を発した瞬間、ヒラキ王やブリザラがにらみ合っていた時とは違う空気が場を支配した。視線に殺気を混じらせるスプリング。その殺気に反応するアキとブリザラは万が一の事を考えすぐに飛び出していけるように少し腰を上げた。スプリングの表情からして冷静は保たれているが、次にヒラキ王が口にする言葉次第によっては分からないという状況であった。
「……そうそれが私の真実、私が隠している事……私は夜歩者だ」
刹那スプリングの腰に収まっていた戦続きの剣の刃が鞘から抜かれる。
「あっ!」「なぁ!」
スプリングの抜いた戦続きの剣の刃は準備をしていたアキやブリザラの反応速度を超え一瞬にしてヒラキ王に迫る。ヒラキ王を照らしていた蝋燭の火はそれに気付かないというように揺れ動くことさえなかった。だがヒラキ王の眼前で止まる戦続きの剣の刃。
「……なぜ止めた?」
眼前で止まった戦続きの剣を見つめるヒラキ王は剣の持ち主であるスプリングになぜそのまま突き刺さないのかと言っているようだった。
亜人との暮らしが一般化したとはいえヒトクイは人の国である。その人の国の王が亜人、ましてや人と長らく争い続けてきた夜歩者である事が知れ渡れば、ヒトクイの人々は想像するまでも無く混乱に陥る。そして最悪の場合、自分達を騙していたヒラキ王に対してヒトクイの人々は反逆にでるかも知れない。それほどにヒラキ王が口にした言葉は大きなものであった。
「お、おいスプリングよせ!」
「スプリングさん落ち着いてください!」
戦続きの剣をヒラキ王に向けたスプリングを慌てて羽交い絞めにするアキ。アキの動きと同時にブリザラはヒラキ王とスプリングの間に割って入った。
「ん?」
アキはスプリングの体に触れて、スプリングの体に力が入っていいないことを感じる。するとスプリングは自分の事を羽交い絞めにしていたアキの腕を振りほどく。
「……ご無礼申し訳ありません……ヒラキ王が奴の仲間なのか試させてもらいました」
膝をつくとヒラキ王の前でスプリングは頭を下げた。だがアキとブリザラの表情は緊張感で染まっている。
たとえヒラキ王がヒトクイの人々を騙していた偽りの王だとしても、今この場ではヒラキ王は王なのだ。ヒラキ王が命じればすぐさまスプリングを死刑にすることも簡単だろう。ガウルドの兵がスプリングとまともに戦えればの話ではあるが。
スプリングが仕出かした状況がその後何をもたらすか理解しているアキとブリザラの表情は硬い。恐る恐るアキとブリザラはヒラキ王の表情を見た。
「んっ……話を続けてよいか?」
自分に刃を向けたスプリングを不問にするという思いがヒラキ王の言葉には乗っているようであった。スプリングの行動を一切咎めることなく、話を続けていいかと聞くヒラキ王を見てアキとブリザラは安堵し深いため息を吐いた。
「……おいおい、王に刃を向けるなんて冗談じゃすまないぞ……」
タタミに腰を下ろすアキは頭をかきながらスプリングを呆れたような表情で見つめる。
「そうですよ……冗談でも止めてください」
アキの言葉に続くブリザラはスプリングに対して厳しい表情でそういうとヒラキ王の前から歩き出しアキの隣に座った。
「悪い、ちょっと考え無しだった……ヒラキ王、本当に申し訳ありませんでした」
再び頭を深く下げるスプリング。そんなスプリングを見てヒラキ王はゆっくりと首を横に振った。
「いや……私も君達を……いやこの国の人々を騙していたのだ、君をとやかく言う筋合いは無い」
少し表情の砕けたヒラキ王は普段とは違う柔らかい雰囲気を醸し出していた。
「さて、何から話すべきか……」
何から話せばいいのかと腕を組むヒラキ王。それを見ていたブリザラが手を上げる。
「あの……質問なのですが……ヒラキ王は最初からヒラキ王だったのですか?」
ブリザラは疑問をヒラキ王にぶつける。その質問に頷くヒラキ王。
「ふふふ……ヒラキ王は最初からヒラキ王だったのか……そうだな、そこから話そう……少し長い話になるが聞いてもらえるとありがたい」
ブリザラの問いかけ方が面白かったのか、少し頬を吊り上げながら笑みを零すヒラキ王は、少し遠くを見つめながら語り始めるのであった。
あれはヒトクイが統一されてから数年後だった。戦乱の傷跡が残るガウルドで、ヒトクイの王を宣言したヒラキ王の下でガウルドは復興を始めていた。
そんな中なぜか一番に復興が進んでいた酒場街にある一軒の酒場で私は皿洗いや給仕をして働いていた。
当時のヒトクイでは亜人はまだ珍しく、統一前の戦乱で半ば強制的に連れてこられた亜人達は、傭兵亜人としてこの国を統一しようとしていたヒラキ王とは別の権力者に雇われていた。
私もその一人であった。だがヒトクイが統一され職を失った傭兵亜人達は、祖国に帰ることも出来ず行き場を失った。当時ヒトクイでは人権も認められていなかった我々亜人は表に立てば魔物だ、何だと石を投げられ挙句の果てには殺そうとする者までいた。その頃の亜人の処遇は良くて奴隷、悪ければ魔物として見世物小屋で人々の好奇の目に晒される、そんな時代であった。
そんな世の中で姿形を変えられる夜歩者であった私は人に姿を変えることで他の傭兵亜人達と比べれば比較的楽な生活をすることが出来ていた。
その日も私は酒場で自分に与えられていた仕事をせっせとこなしていた。酒場には亜人を奴隷として従えた復興途中のヒトクイにしては裕福な姿をした男と、冒険者風の男達がお客として座っていた。
「ふふふ……ほらほら飲めよ、俺の酒が飲めないのか?」
すでにほろ酔い以上に出来上がっている冒険者風の男は、静かに酒を楽しんでいる仲間であろう男女二人に絡み酒をしていた。
「――、お前は少し自分の立場を自覚したらどうだ?」
その時名前は聞き取れなかったが静かに飲んでいた冒険者風の男の仲間の一人が、絡み酒をしていた男の名前を呼んで呆れるような表情を浮かべているようであった。
「立場だと……いつからお前はそんないい子ちゃんになったんだ、インセントぉぉぉぉ」
インセントと呼ばれた冒険者風の男の仲間の一人をそう呼ぶ絡み酒の男は、インセントに肩を回しながら上機嫌で酒を煽った。
「……何だ? 不景気な顔して……お前もちゃんと飲めよ、バラライカ」
そう言いながら絡み酒の男はインセントの隣に座っていたバラライカと呼ばれた女性の口を奪おうと自分の口を近づける。
「……ふぅ……何をやっている」
「イテッ!」
バラライカは容赦無く絡み酒の男の頭を叩いていた。
当時他の亜人達よりは暮らしがよかったそれでも働くことに精一杯だった私は、その二人が剣聖や魔法の神と呼ばれている人物だということを知らず、何とも吹抜けた者達だと思っていた。特に絡み酒の男を。
そんな感じで一人だけドンチャン騒ぎをしている絡み酒の男を迷惑そうにチラリと見た隣の席の裕福な恰好をした者は、その小さな苛立ちを足元で静かにしている奴隷を小突くことで発散させていたのだ。私はその奴隷を見ていられなかった。
その奴隷が本気を出せばすぐにでも裕福な者を殺すことは可能であろう。だがそれをすればこの国では自分の居場所は無くなる。どれだけ人よりも優れた力を持っていても、今のこの国で人と亜人は対等では無い、その事を私もその奴隷も心得ていた。だから無表情でその場をやり過ごす事しかできなかった。私も奴隷も無表情な顔の裏では屈辱と怒りに満ちた表情をしていたであろう。
何度目かの裕福な恰好をした者の足による小突きは、奴隷の体勢を崩させ、不運にもとなりの席で絡み酒わしていた男の足元にぶつかってしまった。ギョッと顔を青くする裕福な恰好をした者は絡み酒の男の顔を見た。
当時復興途中のガウルドは治安が悪く、となりでドンチャン騒ぎをしていた絡み酒の男に難癖を付けられて金品を巻き上げられては困ると、思ったのだろう。裕福な恰好をたし者はすぐに頭を下げ、詫びを入れた。
「すいません、ご無礼を……ちゃんと躾ますので」
その表情は胡散臭かった。笑っている割に表情が薄い。なぜ私がこんな奴らに謝らなければならないのだと言うような心がその胡散臭い表情に現れているようであった。その証拠であるかのように倒れた亜人を今度は思いっきり蹴り上げたのだ。行き場の無い怒りを奴隷に擦り付けるように。
「ガハッ……」
奴隷は軽く吹っ飛ぶと口から息を吐いた。それをじっと見つめている絡み酒の男とその仲間であるインセントとバラライカ。
私はその時どうせこの者達も吹っ飛んだ奴隷を見て大笑いを浮かべるのだろうという思いが脳裏を過り、怒りで震え始めた拳を抑えることに必至になっていた。
「全く亜人という奴は、ノロマで人様に迷惑をかけるだけの能無しですね」
揉み手をしながら絡み酒の男達の様子を窺い、奴隷の腹に二、三発蹴りを入れる裕福な恰好をした者。その光景を見た瞬間、私の視界は真っ赤に染まっていた。
今までもこういうことは度々あった。だがその度、亜人に浴びせられる罵声も中傷もその行為でさえも無表情という仮面の奥にねじ込み我慢してきた。
だがこの時はもう私の中で我慢の限界であったのだろう、私は皿やコップなどが置かれていたテーブルに飛び乗り、皿やコップが、私が乗った事で落ちて割れることも構わず、裕福な恰好をした者へと飛びかかっていた。
「がぁああああ!」
「えっ! ひぃいいいいい!」
裕福な恰好をした者へあと少しで届くという所で私の手を絡み酒の男が掴んでいた。絡み酒の男の目は先程まで酔っ払いドンチャン騒ぎをしていた者の目ではなく、何でも切りさいてしまうかのような鋭い目をしていた。その目を見て恐怖からなのか、私は我を取り戻した。
「……この手でこいつをどうする気だったんだ?」
絡み酒の男は裕福な恰好をした者を顎で示しながら、先程とは打って変わって低く重い声を私に向けて放った。私は言葉に詰まり絡み酒の男の問に答えることが出来ない。
「な、何だこの店は店員の躾も出来ていないのか! 全くこれじゃ亜人と何も変わらない!」
裕福な恰好をした者はここぞというばかりに私を蔑んだ表情で見下ろした。その表情に一旦は収まった怒りがすぐさま沸点へと駆け上る。私は裕福な者を睨みつけた。
「ひぃひぃぃいい……な、何だその目は? 冒険者の方々、こいつをボコボコにしちゃってください!」
今にも殴りかかりそうな私を見て怯えたのか裕福な恰好をした者は、私の手を掴んだままそのばで立つ、眼光が鋭くなった絡み酒の男を見て助けを求めていた。
「ああ……?」
低くて冷たい絡み酒の男の声。
「だ、だからこんな奴早くボコボコ……」
「うるせぇぇぇぇ!」
それは一瞬だった。絡み酒の男の私を掴んでいた手とは逆の手が夜歩者の私の目でも追いきれない速度で裕福な恰好をした者の顔面を捉えていたのだ。裕福な恰好をした者は、絡み酒の男の放った拳を喰らいその衝撃で店の壁に激突してズルズルとへたりこんだ。
「俺はお前みたいな奴が一番大っ嫌いなんだよ! 何が亜人はノロマで人に迷惑しかかけないクズだ? まるっきりお前の事じゃねぇか、反吐が出る!」
そういうと絡み酒の男はへたりこんだ裕福な者の男に二、三発蹴りを入れた。
「ああ……やっちまった」
「もうやめなさいよ」
後ろで見ていたインセントとバラライカが止めに入る。
「たく、気分が悪い……こんな国にした奴は一体誰だ?」
吐き捨てるように絡み酒の男は言う。
「はぁ……直接ではないにしてもこの状況を放置しているのは前だろヒラキ……」
インセントは呆れた表情で絡み酒の男ヒラキに向かってそう言い放つ。それに続くように深いため息を吐くバラライカ。
「……ああ……そうか俺か!」
そう言ってヒラキと呼ばれた者は私を見て掴んでいた手を離した。
「ああ……何か色々と悪かったな、そこの亜人君にも悪かったと謝っといてくれ、この借りは必ず返すから」
そう言うとヒラキと呼ばれた者はインセントとバラライカを連れて飲み直すぞと叫びながら酒場を出ていった。勘定を置いて行かずに。
これか私とヒラキ王の出会いであった。
― ガウルド城 王の間 ―
「あ、あの……ということはヒラキ王とあなたは別人ということでいいのですね?」
口を半開きにしたブリザラはヒラキ王に向かってそう告げた。
「ああ、私とヒラキ王は別人だ」
現ヒラキ王の表情は何処か晴れ渡っているようで、ブリザラの質問に潔いほどにはっきりと答えた。
「な、何だか、私が想像していたヒラキ王とは全くかけ離れているような……」
ブリザラは自分の想像とはかけ離れていた現ヒラキ王が語ったヒラキ王に混乱していた。
「ヒトクイ統一前と比べれば丸くなった方らしい」
現ヒラキ王はカラカラと笑いながらブリザラの混乱に笑い声を上げた。
「……なぁ……目の前にいるのはヒラキ王か?」
「いや……俺も分からない」
自分の過去を話す前と後で全くの別人になってしまった現ヒラキ王を見てスプリングとアキは首を傾げ、頬を引きつらせていた。
「さてではこれから私がなぜヒラキ王になったか話を戻すとしよう」
そう言ってヒラキ王は混乱する伝説の武具の所有者達を軽く置いて行くかのように再びヒラキ王と自分の過去について語り出すのであった。
ガイアスの世界
統一前夜のヒトクイ、ガウルド
ヒラキ王が統一を宣言する場となったガウルドは、ヒラキを頭とした軍と、ガウルドを最後の拠点としていたマルイ軍の最終局面の場でもあった。
そのためヒトクイにある町の中では一番の被害を受けた場所といってもいい。
マルイ軍は戦力の殆どを他国から引っ張ってきた亜人で固めていたため士気が低く、圧倒的な戦力を持っていたヒラキ軍を前にすぐさま敗退の色が濃くなった。するとマルイ軍は最後の砦であるガウルドに火を放ち、ヒラキ軍の退路を潰し半ば相打ちという手を使ってヒラキ軍を退けようとする。だがその一手で文字通り尻に火の突いたヒラキ軍は、行軍し続け、あっけなくマルイ軍の対象、マルイを打ち取ることに成功する。
余談ではあるが、後にマルイ軍が取った作戦は愚策と罵られ、ガイアスの歴史にマルイは一番尻に火をつけてはならない男に火をつけた者として後世まで笑い者として語り継がれることとなる、どうでもいい話だ。
余談の余談ではあるが、ヒトクイでは、駄目な作戦や行動をとった者を尻火と言ったり言わなかったりするらしい。




