真面目で集うで章 3 襲撃者ソフィア
ガイアスの世界
光の柱によるガウルドの被害
突如としてガウルドの墓地を消し去った光の柱はしばらくの間、その場に漂い続けていた。光の柱が立ち上ったことによって衝撃が墓地の周辺の民家などを吹き飛ばしていた。最終的な被害の規模は町の3分の1を破壊、もしくは半壊させたという。幸い怪我人は出たものの、死者は出ていない。被害の規模の割に死者が出なかった事は奇跡といっていい。
真面目に集うで章 3
剣と魔法の力渦巻く世界、ガイアス
小さな島国ヒトクイ、ガウルド城に呼ばれた伝説の武具の所有者達三人。王からの話とは、ガウルドの城城門前を襲撃した者からガウルドを守ってほしいとの話だった。
ガウルドの王ヒラキ王と伝説の武具の所有者達がそんな会話をしている頃。
― ガウルド どこかの裏路地 ―
ガウルドにはギンドレッドという裏の顔を持ったもう一つの町が存在していた。現在は原因不明とされている謎の光の柱の影響でギンドレッドは見る影も無い。
従いガウルドという町からは裏の世界で生活をする者はいなくなったとされている。だがそんな単純なものであれば、このガイアスという世界はもっと単純であり簡単なものであるはずだ。そうでは無いのが人の世、世界の理と言ってもいい。
どれだけ膿が排除されようとも、人が集まれば何処にでも影は出現し、膿は生まれてくる。
表の町だけとなったガウルドでも例外は無く、ギンドレットという町が存在している頃から、当然悪事を働く膿は存在している。
ガウルドのどこかの裏路地も、ギンドレッドにいた者ほど凶悪な事をするわけでは無いが、悪事に手を染める者がそんな裏路地を隠れ蓑として活動していた。
「こんなジメジメした所にあんたみたいな表の人がいちゃいけねぇな」
裏路地という特殊な場所に凄く馴染んだガラの悪い男達が、一人の少女を取り囲んでいた。褐色の肌をした少女はそんなガラの悪い男達に物怖じすることなく、いや眼中にも入っていない様子で、自分が向かうべき場所を見据えていた。
「おいおい、人の話はちゃんと聞こうやぁ!」
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら、ガラの悪い男達の一人が少女の肩を掴み自分の方向へ引っ張ろうとする。だが少女の体は少しも動く気配は無い。
「お前、何やってんだ?」
全く動かない少女を見て他の者達は少女の肩を掴んだ男を笑う。だが少女の肩を掴んだ男だけが、その少女から流れでる違和感を感じ取っていた。
「……私に……何か用ですか?」
少女は一切視線を動かすこと無く、何の感情も無い声で言葉を口にする。
「ああ? 用ならあるよ……俺達を楽しませるってな!」
下衆な笑いがジメジメとした陰湿な裏路地に響き渡る。その瞬間少女の姿は光に包まれた。
町娘のような恰好をしていた少女の姿は光に包まれた瞬間、全身真っ白な全身防具を纏った少女の姿があった。真っ白な全身防具を纏った少女の手には片手に持った少女の身の丈より大きな真っ白な槍を持っており、その槍をガラの悪い男の一人に向けた。
「ひぃ!」
突きつけた槍の先端に悲鳴を上げるガラの悪い男の一人。少女を囲んでいたガラの悪い男達は、少女の変化した姿に驚き腰を抜かした者までいた。
「私があなた達を楽しませる義理は無いですが……いいでしょう楽しませてあげましょう」
少女は槍を引く。それは攻撃を止めたのではなく槍の最も得意とする攻撃、突きを放つ準備をしている姿だった。ガラの悪い男達も当然、少女が攻撃を止めたとは思っていない。顔が真っ青になっていた。
「い、いや楽しませるってそういうことじゃ……」
槍で狙われたガラの悪い男は、少女から逃げようとジワジワと後方にさがっていく。だがここは裏路地ですぐに建物に背中がぶつかるガラの悪い男。
「あっ……」
もう後ろに逃げられないことを背中で感じ取るガラの悪い男の表情は恐怖に支配され青ざめていた。
「それでは……楽しんでください」
引かれた槍が一瞬のうちにガラの悪い男の顔目がけて伸びていく。
「ああああああああああ!」
ガラの悪い男の悲鳴が裏路地に響きわたる。だが裏路地であるが故に男の悲鳴に飛び出してくる者はいない。
「ひぃひぃひひひひ……」
「楽しんでもらえましたか?」
嗚咽交じりのガラの悪い男の頭は少女の槍によって潰されることなくあるべき場所に健在していた。槍の先端は男の耳をかすり後ろの建物に突き刺さっていた。 ガラの悪い男達が楽しんだことを確認すると少女は槍を引き抜き、真っ白な全身防具を解くと町娘のような姿に戻り、ガラの悪い男達に背を向けて裏路地を歩き出した。
ガラの悪い男達は少女の気まぐれによって命を落とすことなくその場に存在できていることを実感して恐怖に顔を染めみっともなく叫び声を上げながら裏路地から逃げ出した。
少女はそんなガラの悪い男達を気にすることなく自分の目的の場所へ向かうため、裏路地を進んでいく。
少女の名前はソフィア。伝説の武器の所有者であるスプリングと少し前まで共にパーティーを組んでいた、元盗賊で剣士のソフィアであった。
明るく元気であった頃から比べるとその表情に感情と呼べる熱は無く、見る影も無いソフィアは何の感情も宿っていない目で裏路地の闇を見つめながらそこへ向かって足を進める。
その瞬間であった。逃げ出した男達の体はコマ切れになり、真っ赤な血液が周囲に振りまかれた。
「……目撃されて殺さないとは……」
足を止めソフィアは裏路地に出来ている影を見つめていた。その影の中から這い出すように姿を現す黒い影。
「死神さん……どうも」
ペコリと無表情で頭を下げるソフィア。死神と呼ばれた男が闇から形を形成していく。その姿は誰もが死神と呼ぶであろう黒くボロボロなフード付ローブを身に纏い、骸骨の仮面を被った姿をしていた。手には巨大な大鎌を持っており、刃からは、先程細切れにしたガラの悪い男達の血が滴っていた。
「……死神ですか……まあ死神でいいですけどね……」
髑髏の仮面を被っているせいで表情は分からないが死神と呼ばれた者は何処か諦めたようにそう言うと大鎌をどこかに消し去った。
「事後処理が出来ないのなら派手に立ち回らないことです、それでなくてもあなたは目立つのですから」
死神の仮面から伸びる視線はソフィアを一瞥する。
「……死神さんも負けてないとおもいますけどね……」
ボソリとソフィアは死神の姿も案外派手であることを無感情のまま告げた。
「ゴホン……まあ、そんな事よりもです……3日後にはあの方が目を覚まします……あなたがやること……分かっていますね」
話を切りかえるように死神はソフィアに与えられた任務を理解しているかソフィアに聞いた。
「はい……ですが先程我々と同じもしくはそれ以上の敵に遭遇しました……またあの者達と遭遇すると、任務に支障をきたすかと……それに……」
そこでソフィアは言葉を切った。
「どうしました?」
「その者達は私の事を知っているようでした……私は自分の事が分からないと言うのに……」
ソフィアは無感情のまま地面を俯いた。
「ふむ……なるほど……その者達は君の知り合いなのかもしれないね」
「知り合い?」
キョトンとした顔で死神に視線を向けるソフィア。
「まあ、今のあなたにはもう関係ないことです、あなたはあの方の駒、優秀なね……」
死神の仮面がまるで笑っているかのようにカラカラと笑った。
「……」
笑うことすら忘れてしまった少女は、夕焼けに染まりつつある半壊したガウルドの町を見上げた。その表情に感情は無い。だがどこか寂しさのようなものが漂っていた。
― ガウルド城 王の間 ―
「……」
王の間は重苦しい雰囲気に包まれていた。その原因を作ったのはアキであった。城門前で起こった襲撃、その襲撃を引き起こしたのがソフィアという少女であることをアキはスプリングの前で口にしたのだった。
その少女はスプリングの仲間であり、スプリングが真光のダンジョンから戻ってから探そうとしていた人物でもあった。
その話を聞いたスプリングは、重く口をつぐみ表情を曇らせていた。無神経な発言だとアキを睨むブリザラ。だがアキはどこ吹く風というようにブリザラの無言の批難を弾き飛ばしていた。
『主殿……』
次の言葉を何てスプリングにかけていいか分からない伝説の武器ポーンは、言葉を詰まらせた。
一国の王が住まう城の前で起こった襲撃、これは明らかに国に対しての敵対行動である。もしソフィアが捕まれば、国家反逆罪で良くて二度と日の光を浴びることの出来ない場所で無期懲役、悪ければ即刻死刑である。
だがどう考えても今の状況からしてソフィアの処遇は死刑になるだろう。それを理解しているスプリングにはもうどうすることも出来ないと頭を抱えていた。
「くぅ……」
顔が割れてしまっているソフィアは近いうちにガイアス中に指名手配されることになり、世界中の者達がソフィアを国家反逆罪の御尋ね者として命を狙いにくるであろう。そんなことが頭の中でぐるぐると回るスプリングの表情は重くそして苦しそうであった。
もしも自分があの時、無理にでもソフィアを連れていけばこうはならなかったのか――もしもソフィアの願いを聞き入れていれば――
そんな後悔の念がスプリングの表情をさらに重く苦しくさせる。
「スプリングさん……」
アキを睨みつけていたブリザラは視線をスプリングに向けるとそう呟く。だが当然その声にスプリングは反応しない。
スプリングは視界に入る自分の両手を見て思った。この手からは何もかもが砂のように落ちていく。
自分の両親の命も、仲間であるはずのガイルズも、そして仲間以上の感情が芽生えていたソフィアも。そのすべてが自分の手からすり抜けるように落ちていく。ただそこに残るのは、魔物や人間の血の後。自分の手は断つことはあっても繋ぐことは出来ないのだと言われているような気分にさえなっていくスプリング。
「たく……ウジウジしてんじゃねぇよ……よく考えろ、お前の話が正しければ、あのソフィアって娘は、元盗賊でお前と一緒にいるうちに剣士になりたいとと思ったんだろ、それで剣士に転職した……それからまだ一週間ちょっとぐらいしか経ってないんだ、何の力も無い新米剣士があんな力持っている訳ないだろ……絶対に後ろで糸を引いてる奴がいるんだよ」
重苦しい雰囲気をぶち破ったのは、重苦しい雰囲気を作った張本人であるアキであった。その言葉にブリザラの顔は晴れやかになる。
「そうですよ、ソフィアさんは何か訳があってあんな事をしているんです、きっとそれが証明できればソフィアさんの身の保証は確保されるはずです!」
アキの援護とばかりにブリザラは俯いているスプリングを励ますように声をかけた。
「……そうか……そうだよな……ソフィアが意味も無くあんなことをするはずがない、盗賊の癖に正義感の強い、そんな奴だったんだから」
拳に力を入れ、顔を上げるスプリング。
「ありがとう、アキ」
「たく……世話をかけさせるんじゃねぇよ、馬鹿が……」
笑顔でアキを見るスプリングにソッポを向いて腕を組むアキ。
「スプリングさんが元気を取り戻してくれてよかったです!」
「ブリザラさんもありがとう」
スプリングは頭を下げブリザラに礼を告げる。
「盛り上がっている所悪いが、結局の所話は進んじゃいない、俺達はこれからどうするかだ……」
ソフィアの事はどうにか話がまとまったが、本題であるヒラキ王の事と世界消滅をどうするのかは一歩たりと話が進んでいなかった。
アキの言葉で三人は難しい顔になり考え込んでいると、王の間の引き戸が開いた。
「すまない伝説の武具の所有者達」
入ってきたのは、大臣の至急の用で席を外していたヒラキ王であった。
「あ、大丈夫です王」
三人を代表してスプリングが王の言葉に返事を返した。
「すまない次いで申し訳ないのだが……多分すぐに例の襲撃者が戻ってくる……できれば戦ってはくれないか?」
「えっ!」
まさかここまで早く再び襲撃者がやってくる事など考えていなかった、三人は驚いた表情を浮かべた。
「いやはや……私達がここで話をしている間に襲撃者らしい少女が町にいることを兵が見つけてな……この国も舐められたものだよ」
困った表情を浮かべてはいるが、どこかイラついているようでもあった。
「……王……お願いがあります」
王の前に膝をつくスプリング。
「何だね、スプリング君」
ヒラキ王は膝をついたスプリングを見つめた。
「これから襲撃してくる者、もし先程話されていた白い少女ならば、彼女が城で行った事を許してもらえないでしょうか……」
「……どういうことだ?」
温和なヒラキ王の表情が厳しいものとなる。その瞬間王の間の空気がいっきに凍てつくのをスプリング達は感じ取っていた。
「あの襲撃者は……君の知り合いなのかな……スプリング」
ヒラキ王の言葉は一言一言がスプリングの肩に重りのように掛かる。
「は、はい……」
そんな重い空気の中、スプリングはヒラキ王に襲撃者と知り合いであることを告白する。
「あの襲撃者はこのガウルド城を襲撃したのだぞ……、運よく死亡者はいなかったがそれでも数多くの怪我人を出した……それに前日にあったギンドレッド跡地に伸びた光の柱の件もあの襲撃者の仕業であると言う話だ、あの光の柱は町を半壊させた……私はこの国の王として、あの者を許すわけにはいかない……それは君達も分かっているだろう」
ヒラキ王の言っていることは正論であり、スプリング達に本来ならば言い返す言葉は無い。だが。
「ではもし……その襲撃者に何等かの理由があり止むおえなくやっているとしたら……」
スプリングは頭を下げたままヒラキ王に先程のアキとブリザラの証言を話した。
「……」
考え込むヒラキ王。
「きっとソ……あの少女は何か事情があるんです……そうでなければ」
ソフィアという名をあえて伏せるブリザラ。ブリザラと瓜二つであるソフィアの事を考えできる限りソフィアの素性を知られないためのブリザラなりの配慮であった。
「……わかった……もしあの者にあの蛮行をした理由があるとするならば私も考えよう……だが分かっているな……何も無ければ……」
その後の言葉は聞くまでも無いだろうとヒラキ王はそこで言葉を切った。
「はい、ありがとうございます」
スプリング達伝説の武具の所有者達にとって、この展開はありがたいものであった。ここでソフィアを止め、ソフィアがガウルドを襲撃しなければならなかった理由が見つかれば、襲撃者からこの国を守るという話はすぐに終わる。そうすればビショップ達を捜しに行くことができるからだ。
「よっしゃ! そいじゃその襲撃者達を捻りにいきますか!」
意気揚々と王の間を飛び出すアキ。
「待ってください、アキさん」
それを追うブリザラ。
「それでは行ってきます」
深々と一礼をヒラキ王にしたスプリングは二人を追おって駆けていった。スプリング達の背中を見つめるヒラキ王の目は何処か影が差しているようだった。
ガイアスの世界
ガウルドにある裏路地。
町ならばどこにでもある裏路地。ただの裏路地もあれば、町の者が絶対に立ち寄らない裏路地もある。
町の膿を一手に受け持っていたと言っていいギンドレッドではあったが、そこまで足をのばすことが出来ない小物達は裏路地を根城として小さな悪事を働いていたようだ。だが町ならばその光景は何処にでもある光景で別段特質することは無い。
どこにでも膿はあり、決してなくなることは無いものである。




